チューインガム
ある暗殺者は再就職先が決まらず、今日も暗殺者再支援センターの窓口にいた。受付を担当する眼鏡の男は、暗殺者の経歴と希望職種の書類と、パソコン上にある人材派遣希望のおびただしいメールリストを照らし合わせ、相手と面談した。
こんなのはどうでしょうかと眼鏡の男は訪ねる。週五で、麻薬製造に関わる疑いがある一般人を監視する仕事はどうですかと勧められる。
駅チカらしいですから立地面では申し分ないでしょう。それに上手くいけば、麻薬取締局への就職試験を受ける際に役立つんではないでしょうか。暗殺者は当然訝しがった。なぜ俺がこのような仕事をするのだろう。今迄この身一つで、殺人の依頼を取り持ってきた自らの歴史が、ここでリセットされてしまうのだ。もし就職すれば、そうなる。いやちょっと待てよと暗殺者は思い直した。というより、自分の経歴を生かす方法を考えついた。
それ、面接やってみてもいいですか。眼鏡の男は担当部署へ電話をし、面接の日時を確約させた。明日の午後二時でどうでしょう。暗殺者の男は頷いた。一連の書類をファイルに収め、部屋に戻った。それから明日になった。
約束の時間よりも随分早くついてしまい、暗殺者の男は面接会場となっている組織の入口でうろうろしていた。すると見張り役の男が近づいてきた。近づく速さは遅いので、こちらから歩み寄り、男に事情を説明した。見張り役の男は太っていた。四角いシャツを可能な限り膨らませた、風船のような男は自分の利き腕が出せるようにと男の左側にいた。事務所内には、二人のサングラスを掛けた用心棒の男たちと、小太りだが、背は低く、さっきの風船男の兄弟がいた。口ぶりからしてボスはこの小さな男が兄なのだろう。皆彼のことを兄貴として名前を呼んでいた。
こいつだ!と叫んだ。そして手を叩いた。夢に見た男だ。お前は少年のときに流行ったチューインガムのニオイがするな。暗殺者はポケットからそっと、ゆっくりベリー味のチューインガムを人数分並べた。小男は肯定的な態度で、それを皆に分けた。そして口にした。噛む程に染み渡る果汁のような甘味と食感が繰り返され、それぞれ、ガム風船を膨らませた。なんだか本当に少年時代に戻ったような気分だった。それからもう何度か噛むと、唾液とチューインガムの成分が結びつき、暗殺者を除いた男たちは次々とむせ返り、血の泡と硝煙の花が脳みその内側に咲いていった。
死んだ男たちが残した書類や金庫にある現金や宝石、麻薬を押収し、それらをボストンバッグに詰めた。暗殺者は自分の仕事ぶりを見渡し、満足気に身体を振り向かせた。それから事務所のドアを閉じた。