第二話 碧き星の守り人 前編
気が付けば、私は暗闇の中を漂っていた。
「やぁ、君は他の子達と違って面白い姿をしているねぇ」
頭の中におちゃらけたような声が響く。
「誰だ――」
どこからか強い視線を感じる。
近いような、遠いような、八方から見られている様な不思議な感覚があった。
「そんな言い方はないだろう、僕の世界に勝手に入ってきたのは君たちの方だっていうのにさ」
「僕の世界、だと?」
「そう、君の世界とは次元というか階層というか、まぁそこら辺がちょっと違う世界なのさ。
それより見ていたよ~、派手に撃たれていたじゃないか、左胸のあたりをさ!」
そうだ、私はあの時、ヌヌ様に――
ふと左胸を見る。
そこには赤い線で結ばれた2イニ(約6cm)ほどの祈祷陣が結ばれていた。
「これは…?」
「ここに転移させるための…祈祷陣?ってやつさ、全く、君たちが来てから大変だったんだよ?
特に君が僕の力と同調してすぐ暴発しちゃって、海は大荒れさ」
――こいつは何を言ってるんだ?
そもそもここはどこなんだ。
ふっと、あの瞬間のことを思い出した。
『…ともあれ最後に……
せいぜい……』
あのときの喪失感、そして憎悪。
だが、あの時、あの時ヌヌ様は最後に。
『――せいぜい……次は守り切りなさい――』
瞬間、この世界に光が生まれた。
私は空高い場所に浮かんでいた。
下を見下ろすと、5年間暮らし続けたルキエッタ家の屋敷が見えた。
だがあの頃の面影が少なく、そのほとんどが崩れ、植物がはびこっていた。
視線を上げ周りを見渡すと屋敷の近くにあったはずの町はなく、代わりに小さな集落のようなものがあたりに転々としていた。
「ここは――」
「おぉ、すごいね。もう見えるようになったのかい?もう数日かかるかと思ってたよ」
頭の中に楽しげな声が響く。
「さっき、『君たち』と言っていたな。他にも来ている人間がいるのか?」
「え?あぁ、他にも二人きているよ、君くらいの歳の子がね。
一人は金髪で、もう一人は少し紫がかった深い黒髪の子だよ」
――金髪と黒髪…?シーラ様と――もう一人は…?
同じくらいの歳の深い黒髪ときいて思い浮かんだのは、ただ一人だ。
ラン・ルキエッタ。旧名をランセル・ロイフェルト・フェイルミーク。
ロイラセンタが誇る三大研家、魔術のフェイルミーク家6代目当主オルフェライト・ロイフェルト・フェイルミークの家に生まれた第三女だ。
13歳で新たな術を構築した天才術師と言われ、一時は次期当主に最も近い存在だとされていた。
訳あって現在はヌヌ様の従者として、シーラ様の良き友人としてルキエッタ家にその身を置いている。
だが何故ランが来ている…?
そういえばあの時、ランを一度も見なかった。
屋敷で倒れていたのはみな、薄めの茶髪でメイドや執事であったか、濃い赤茶色の髪を後ろに結った屈強な騎士たちであった。
もしランが倒れていたならとても目立つ。
それに彼女はもともとフェイルミーク家の、それも本家の直系だ。あの程度で倒れるような人間ではないだろう。
それにランはヌヌ様に特に重宝されている。
そもそもあの事件の首謀者がヌヌ様であるならランは事前に話を聞いていた可能性もある。
いや…もしかしたらランが――いや、今はそんなことはいい。
シーラ様が無事であるのなら、まずはそれ以外は置いておこう。もしヌヌ様が首謀者だとすれば、屋敷を攻撃した理由は私の理解の範疇を超えている可能性が高い。
「二人はどこにいる」
「あの子たちは近くで眠っているよ。といっても、この次元とは少しズレたところにいるから君が認識することはできないけどねぇ。」
「二人は無事なのか」
「無事だよ~、君たち3人はそれぞれ少しづつ違う祈祷陣をつけられているみたいだから、これから先はどうなるかわからないけどね。でもまぁ、わざわざこんなところに転移させるくらいだ、死ぬようなことはないんじゃないかなぁ?」
言われ、胸元の祈祷陣を見る。あまり詳しくはないが、シーラ様の護衛を兼ねて共にヌヌ様とランの講義を受けていた甲斐もあり大まかな目的程度は分かるはずだ。
…………。
視ると、祈祷陣はとても緻密に条件を設定されていることがわかる。おそらくは転移用のものであることがわかるが、位置の設定をしているであろう箇所は特に細かく陣が結ばれ、私には読み解くことができない。祈祷陣の発動する条件が満たされた場合、あらかじめ陣に仕込まれたマナを使い強制的に術が発動する方式のようだ。発動条件は――だめだ、わからない。
しかし、奇妙な事が一つある。祈祷陣のまわりがかすれているのだ。これは本来、発動後の祈祷陣特有のマナの霧散した痕跡だ。一体なぜ――。
「ねぇ」
頭の中にあの声が響く。
「まだ話の途中じゃないか~、他に聞きたいことは何か無いかい??」
声は話したりないとばかりせかしてくる。
「…おまえは何者だ」
「僕かい?僕はそうだねぇ…君たちの世界の守護者みたいなものさ」
「世界の守護者?自分が神だとでも言うのか?」
「神じゃないさ。あれは人が会えるようなものじゃない、意思のある概念みたいなものさ。
僕はああ言うのとは違うよ」
頭の中の声が少し考えるようにうーんと唸る。
そして「あっ」と、思い出したように声を張り上げた。
「そうそう思い出した!人には『ガザメフローテア』って呼ばれせてるよ!」