第一話 炎の夜 後編
――???視点――
タンタは胸を打ち抜かれた瞬間、空に昇る煙のようににうっすらと姿を燻らせ、やがて完全に見えなくなった。
女はそのまましばらくその場に立っていた。
少しして屋敷から小さな少女がタタタと走ってきた。
肩くらいまでの短めの黒っぽい髪、碧い宝石のペンダントを首から提げ、貴族のものとは違うが気品のある服を身にまとった華奢で背の低い子だ。
「おかえり、ラン」
少女は答えない。だがその言葉に応えるようににこりと笑う。
「よくやってくれたわ、辛いことを押しつけてしまったわね...」
女は少女の頭をそっと撫でる。
少女は少し困ったように笑いながらそれを受け入れた。
「最後はあなたね...」
女は撫でるのをやめ、改めて少女を見る。
その言葉に少女も表情を改め、覚悟を持った顔でコクと頷いた。
「そうだ、渡すのもがあるの」
女は何もない空間に手を伸ばすと、どこからか大きな布を取り出した。
それは黒いローブだった。
女はそれを少女にゆっくり優しく包むように羽織らせ、正面に立つ。
「よく似合っているわ、ラン」
優しい声音でそう微笑む。だがその表情は消して笑ってはいなかった。
むしろ少し辛そうな、泣き出しそうな顔であった。
反対に少女は優しく微笑む。
「あなたには本当に...辛いことを押しつけてしまうわね...」
少女はぶんぶんと顔を振る。
やがて女は決意を決めたように少女に言い聞かせる。
「ごめんなさい、先に謝っておくけれど、座標は完全には固定できていないわ。
高さの座標だけは大体のあたりをつけたから、いきなり高いところから落ちて死ぬ事はない思う。
けれど、シーラのすぐ隣に転送はできない。転送先に特殊な魔力のマークが発生するようになっているから、それをたどってくるものが来るまで、暫く近くに身を潜めていなさい。
タンタはあなたよりも座標が曖昧だから、多分あなたより後に迎えに行くことになるでしょう。
迎えに来るのはあなたの知らない魔女になると思うわ。もしかしたらシーラと一緒にくるかもしれないわね。それから...」
女は言いかけて、やめた。
少女は少し頬を膨らませ、ジトリと女を見ていた。
「そうね、あなたはもう子供じゃないし、その後のことはあなたに任せるわ」
そう言って、2人は笑い合った。
「じゃあ、いくわよ」
女は少女の胸に手をあてると、やがて煙のように姿を燻らせた。
「ぬぬ...さま...いって...きま...」
最後に少女は一言そう言い残して、消えた。
女は少しそのまま立っていたが、やがて踵を返して屋敷を後にした。
――
数ヶ月後、テルス大陸中に驚愕のニュースが流れた。
三大研家の1つであるルキエッタ家が消滅。大地ごと抉られたようにその姿を忽然と消した。
生存者の有無は分からないものも多いが、消滅の範囲外に数十名のルキエッタ家の人間の死体が発見され、恐らく魔女による襲撃を受けたと断定。
討伐隊が編成されたが、数多くの魔女に襲撃を受け半数以上が死亡または重傷。
その帰還と共にルキエッタ家周辺に不思議な森が出現。
その森は拡大を続け、瞬く間にテルス大陸の北西の大地を飲み込むように浸食し、
やがて大陸の2割ほどを飲み込み、そして拡大をやめた。