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ねことねずみ

作者: みんた

 夏の暑い日。駅から右に曲がり、ロータリー広場に出る。できたばかりのキャンパスの前には、ベンチもあり、ちょっとした休憩地でもある。ベンチに荷物を置いて、ふと周りを見回すと、皆の視線が、一点に注がれている。

 自転車置き場の一番すみの車輪の横から、小さな灰色の塊が、アスファルトが盛り上がったのかと思う素早さで、草むらに向かう。と、カッと、アスファルトをひっかく鋭い爪の音がして、ネコがネズミの行く手をいとも簡単に遮る。方向を変えようとしたネズミの横腹を爪をしまい、傷つけないように、しかし、強い力で反対側へ叩き込む。ネズミはバウンドして、振り出しの自転車の横にしがみつく。ぶるぶると体と髭をふるわせて、せわしなく鼻をひくつかせながら、低い体勢をとり、力を蓄えている。

 ネコは、対角線上に陣取り、ゆったりと腹ばいに座し、しっぽをゆらゆらと揺らす。まるで暑さをしのぐうちわのように、余裕をのぞかせ、観客を一望している。

 2匹のにらみ合いに気付き、足を止めた人達は動かない。急ぐ必要がなく、ベンチに後ろ手をついて、この勝敗を見物する人。手にしたペットボトルを時々口に当てながら、見るでもなく見つめる人。スマホ片手に面白い動画を期待する大学生。「あらあら、ネズミがかわいそう。」と言いながら、手押し車に大儀そうに腰を下ろして休む老女。眼を細めて、成り行きを見届けようと息を吐く。

 お昼近くなり、陽は、ますますたかく、汗がねっとりと流れる。猫は相変わらず、涼し気にしっぽを揺らす。ネズミは意を決したように、自転車のすき間をぬって、逃れようと試みるが、おもむろに立ち上がったネコは、一飛びで行く手を遮り、頭を軽くなでるように爪にかけ、ぽんと広場の中央に投げつける。投げられた勢いで、ネズミは小さな石の影に丸くなる。静かに近づいて匂いを嗅ぐネコ。石の影からネズミの髭がひくひくと見える。

 「ネズミはもう逃げられないなあ。残酷だな、ネコは。いたぶっているんだ。ああやって、命を弄んで。」と中年の会社員がコンビニ弁当を片手に下げて言う。「弱肉強食だね。」と薄く笑いが顔に浮かぶ。ベンチの男は、たばこの煙を輪にして、ぽっぽっと浮かべる。

 昼休みでぞろぞろと人がビルから流れ出てくる。ネズミが、キーっと超音波のような高い音を出す。石の影から、2本足で立ち上がり、体を大きく見せようと前足を高く広げる。ネコの顔めがけて、高くジャンプ。飛びつき、鼻にかみつく。虚を突かれたネコは、かみつきぶら下がったネズミを振り払うべく、顔を右に左に。両前足で素早く鼻をなでる。地面に下りたネズミは再び飛び掛る。構えては飛び上がり、ネコの目を狙う。

 ネズミの反撃に立ち去ろうとしていた人も、またそろそろと腰を下ろす。新参者も足を止める。

「窮鼠ネコを噛む、ていうやつだ。本物を見るのは初めてだな。」と笑いが漏れる。スマホで撮影していた学生達も、期待していた以上に迫力のあるものが取れそうなので、興奮し、「おー」と声をあげ、笑いながら目配せする。

 ネズミはネコの目に向かって飛び掛かる。歯をむき出した小さな口が赤くカッと開き、野生の獣の顔を見せた。ネコはその必死の威嚇を右前足一発で払いのける。アスファルトにたたきつけられるネズミ。前足で弱りすぎたネズミをひっくり返して、オモチャが壊れたのか、確かめるネコ。

 開いたままの赤い口。仰向けのまま、荒い息、早い呼吸、髭の震え。胸の前に揃った細い足。つまらなそうに、「なーお」と一声鳴いて、離れた日陰に座るネコ。

「勝負あったか。」と誰かが愛想笑いをうかべ、ぽそりを言う。広場の緊張が、人の流れと共に消える。学生たちはスマホをポケットにねじ込み、授業の話をしながら、建物に入る。昼休みの会社員たちも一服を終えて、重い腰を上げる。伸びをしてゆるゆるを立ち去ってゆく。手押し車の老女もちょっとネズミを見やってから、立ち去る。

 熱せられたアスファルトの上。荒い息のネズミは仰向けのまま、置き去りに。毛並みがじりじりを毛羽立ち、乾き始める。髭が時々思い出したようにぴくりと動く。



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