続・聖バレンタインデーの想い出
2019年3月14日。ホワイトデーに寄せて。
* 先に「聖バレンタインデーの想い出」をお読み下さい。
この作品は続編です。
2月14日の「聖リリュバリデー」にお互いの気持ちを伝え合い、私とルッジェーロ様はすっかり仲睦まじい婚約者どうしになっていた。
そして迎えた今日は3月14日。
前世では3月14日は「ホワイトデー」だったが、こちらの世界では「聖リリュバリ返礼デー」という分かり易い名の付いた、要するに「聖リリュバリデー」にチョコレートを受け取った男性が女性にお礼の品を返す日である。男性からの返礼の贈り物は何でも良いとされている。たいていは花束や焼き菓子などだが、本命の女性には宝飾品など高価な物を贈ることも珍しくはない。
その日、大きな薔薇の花束を抱えて我が家にいらしたルッジェーロ様。
「メラニー。聖リリュバリデーにはチョコレートをありがとう。これはお礼だ」
ルッジェーロ様は、そう言って花束を私に渡してくださった。
「ありがとうございます」
私はにっこり笑って受け取る。心の中で”花束だけか~”と呟いたのは内緒である。
「あの、メラニー。これから買い物に行かないか?」
「え? はい、かまいませんが……」
私とルッジェーロ様は、王都の街に出かけた。
ルッジェーロ様は私の手を引いて、まっすぐ宝石店に向かった。え? もしかして宝飾品を買ってくださるおつもりなのかしら? わぁ~い! 嬉しい! ”花束だけか~”なんて思ってごめんなさい!
私はウキウキしながらルッジェーロ様と一緒に宝石店に入った。女性店員がルッジェーロ様に向かってにっこり微笑み、こう言った。
「お待ちしておりました。アルドワン様。お取り置きの品をお持ちしますね」
「ああ、頼む」
んん? 取り置き? もう選んでくださってたの? 店員が奥から持って来たのはダイヤの指輪だった。えっ? これって?
「メラニー。婚約の記念に指輪を贈ろうと思ったんだが貴女の指のサイズがわからなくて……それで今日、一緒に来てもらったんだ」
あー、なるほど。
「まぁ、ありがとうございます。ルッジェーロ様」
私がそう言うと、店員が、
「それではサイズを測らせていただきますね。失礼いたします」
と私の手を取った。
サイズ調整に1週間かかるとのことで、ルッジェーロ様は、
「すまない、メラニー。今日3月14日に渡したかったのだが……」
と申し訳なさそうにおっしゃる。私が、
「楽しみが1週間延びてワクワクしますわ」
と返すと、ルッジェーロ様はホッとした様子で、
「ありがとう。メラニーは優しいね」
と私を抱き寄せた。店員の目が生温かい……
宝石店を出た後、二人でカフェでお茶を飲んだ。
それにしても不思議だ。この世界には前世と違い、「婚約指輪」という概念がない。指輪は、ネックレスやイヤリングといった物と全く同列の宝飾品でしかないのだ。ちなみに「結婚指輪」も存在しない。それなのに何故、ルッジェーロ様は”婚約の記念としてダイヤの指輪を贈る”という発想をされたのだろう? そもそも私とルッジェーロ様が婚約したのは半年前である。今になって急に「婚約の記念」とは? 私がその疑問を(前世云々は抜きにして)口にすると、ルッジェーロ様は思いがけない事実を教えてくださった。
「実は王太子殿下が最近、提唱されたんだ。婚約する時に男が給金の3ヶ月分の額の指輪を相手の女性に贈ることを、我が国の慣習にしたいそうなんだよ。左手の薬指にするということも徹底したいそうだ。王都の宝石店には、王宮から『慣習の普及に尽力せよ』とお達しが出ているらしい」
「エリク王太子殿下が?」
「左手の薬指」に「男性の給金の3ヶ月分」ですって? ……まさか、殿下も転生者?! そういえば、さっき宝石店の店員が当然のように私の左手の薬指のサイズを測ったわ。私は前世の記憶があるから不思議に思わなかったけれど、よく考えてみれば、この世界ではそんな慣習はなかったのよね……
「騎士団の同僚達が、殿下のおっしゃる通りに婚約時に記念品として指輪を贈ったら、婚約者にとても喜ばれて仲が深まったと聞いて……その、私とメラニーが婚約したのは半年前だから今更なんだけど、聖リリュバリ返礼デーに渡したらどうかな、と思って……」
少し照れながら、そうおっしゃるルッジェーロ様。
「そうだったのですか。ルッジェーロ様、ありがとうございます。とても嬉しいですわ」
騎士は高給取りなので、ルッジェーロ様の給金3ヶ月分のダイヤはけっこう大きかった。「物ではなく、気持ちが大事」とは、前世でも今世でも言われるが、目に見える形で受け取る愛情はやはり嬉しいものだ。
「そしてね、やはり王太子殿下の案なんだけど、結婚後に夫婦ともに『結婚指輪』というシンプルなデザインのお揃いの指輪を常に身に着ける慣習も定着させたいそうだよ」
エリク王太子殿下……絶対、転生者だわ! でも男性なのに、そんなに指輪の慣習にこだわるなんて、何か前世で思い入れでもお有りだったのかしら?
「メラニー。結婚したら是非その『結婚指輪』をお揃いで常に着けたいんだが……いいかな?」
「もちろんですわ。ルッジェーロ様」
私が笑顔でそう言うと、ルッジェーロ様は嬉しそうに微笑み、囁いた。
「メラニー、愛してるよ」
「私も愛していますわ」
私とルッジェーロ様は、カフェのテーブルの下でこっそり手を繋いだ。
1週間後、出来上がった「婚約指輪」を携えてルッジェーロ様が我が家にいらした。私の左手の薬指にダイヤの指輪をはめて下さるルッジェーロ様。いや~ん、ニマニマが止まらない。思えば前世では恋人もいないままだった。当然、婚約指輪を貰うのは初めてである。こんなに心が弾むものなのね。
引き締めようと思っても、すぐに口元が緩んでしまう私を見て、ルッジェーロ様は可笑しそうに、
「メラニー。無理して、すまし顔をしなくて良いんだよ。私しか見ていないんだから」
とおっしゃる。私は恥ずかしくて、ルッジェーロ様に抱きついた。
***********
その夜、ルッジェーロ様と私は王宮で催された夜会に出席していた。
私はルッジェーロ様から贈られたドレスを纏っている。
「メラニー、綺麗だ」
「ありがとうございます。ルッジェーロ様も素敵ですわ」
ルッジェーロ様とファーストダンスを踊り、2曲目も二人で踊った。
そしてルッジェーロ様が、
「次も踊ろう」
と私の手を取った時だ。後ろから男性の声がした。
「美しいご令嬢、私と踊ってくださいませんか?」
へ? もしかして私のこと? 振り返って声の主を見ると……えっ?! 王太子殿下!? いやいやいや、どうして!? 私は夜会で目立つような美人ではない。至って平凡な私が、まさか王太子殿下からダンスに誘われるなんて?! 戸惑っている私に殿下は続けて話しかける。
「名前を聞いてもいいかな?」
「ブラントーム伯爵家長女メラニーにございます」
「メラニーか……。私と踊ってくれるかい?」
「は、はい」
相手は王太子殿下である。伯爵家令嬢に過ぎない私に拒否権などない。
「ありがとう」
王太子殿下は嬉しそうに微笑むと、私の手を取った。
私は頭の中が真っ白のまま、何とか踊っていた。
「そんなに緊張しないで」
殿下は優しく声をかけてくださる。
「は、はい」
王族と踊った経験などない私。緊張するななんて無理ですー!
その時、信じられないことが起こった。
「芽以だよね?」
突然、王太子殿下が日本語を喋った!? えーっ!? 私はパニックになった。日本語!? そして、「芽以」は前世での私の名前だ。も、もしかして前世の知り合い!? 脳内大混乱である。
「ねぇ、芽以。私が誰だかわかる?」
そう言われて、殿下の顔をじぃ~っと見つめる。しかしどう見ても金髪碧眼の完璧イケメン。前世日本人の私には、そんな知り合いはいなかったよー。
そう言えば、今世の私も容姿は(平凡顔とはいえ)白人だ。前世日本人の芽以だった頃の面影は一切ない。
「あの、どうして私が『芽以』だとお分かりになったのですか? 全く見た目が違うと思うのですが」
「あー、何故か突然気が付いた。”勘”としか言いようがない」
「勘」ですか?
「あの、殿下は一体……?」
「わかんない? そっかー、残念。私だよ。絵里子!」
えっ!? 絵里子ー!? まさかの親友登場である! 絵里子とは中・高一緒でずっと一番仲が良かったのだ。
「ま、まさかエリク王太子殿下が絵里子だなんて……!? そして、なぜ男!?」
「う~ん。転生って性別も変わるみたいでさー。芽以は女性のままなんだね。今は『メラニー』だっけ」
「うん。でも私、前世の記憶が戻ったの1ヶ月半前の聖リリュバリデーなの」
「えーっ? ホントについ最近じゃん! 私は5歳の時に3日間高熱が続いた後に思い出した。もう15年も前だよ」
「そうだったのー」
あれ? そう言えばエリク王太子殿下は今20歳。私、メラニーは17歳。んん?
「ねえねえ、同性の同級生だったのに、今は性別も違うし年齢も違うんだね?」
「まぁ、一緒に前世とおサラバしたわけじゃないから、年齢はズレるんじゃない? 性別の件はケースバイケースなのかなー?」
ずっと二人で日本語でコソコソ喋りながら踊っているうちに曲が終わってしまった。
「芽以。今度、二人でゆっくり話そうよ」
「うん。私も話したいことがいっぱいあるの」
「いや~。久しぶりに日本語でお喋りできて超嬉しい!」
「私も!」
「じゃあ、またね。連絡するから!」
「待ってるね~!」
私と、絵里子もといエリク王太子殿下はお互い笑顔で離れた。婚約者以外と2曲以上踊ることは出来ないものね。
殿下と離れた私に、ルッジェーロ様が駆け寄っていらした。
「メラニー!」
心配そうな顔。自分の婚約者がいきなり王太子殿下に声を掛けられたら驚くわよね。
「メラニー、大丈夫? 殿下に何か言われた?」
「いえ、特には……」
ルッジェーロ様は不安そうに私を見つめる。
「もしかして殿下はメラニーのことを見初められたのかな……」
いやいやいや、よぉ~く私の平凡顔をご覧ください。私如きが王太子殿下に見初められるなんて、あり得ないでしょ? だからと言って「前世の親友だったのー。びっくりだよね?」なんて言えるはずもない。
「殿下の気まぐれですわ」
「そうかな? やっぱりメラニーが可愛いからじゃ……」
それは婚約者の欲目というヤツですわね。
「おほほ。ルッジェーロ様、踊りましょう」
「あ、ああ、そうだね」
そして3日後。
私はエリク王太子殿下に招かれて王宮に来ている。殿下は立場上、私と二人きりになることは出来ない。従者と護衛数人が後ろに控えている。
「という訳だから、会話は全て日本語でするからね。芽以」
「オッケー!」
私たちはペチャクチャと日本語でお喋りを始めた。
「――――――――でね。社会人になったところまでは記憶があるのよ」
「芽以は突然死だったんだよ。だから自分で最期を覚えてないんだね。私は芽以のお葬式に行って……ホントに悲しかったよ。いっぱい泣いたんだからね」
「そうだったんだ……ごめんね。絵里子はいつ?」
「私は30歳の時に事故に遭っちゃって。しかも彼氏にプロポーズされて婚約指輪を貰った帰り道だったんだー! 無念!」
……なんて可哀想な絵里子……
「だから、あんなに指輪に思い入れがあるのね。聞いたわよ、私の婚約者のルッジェーロ様から。絵里子が”婚約指輪”と”結婚指輪”をこの国の慣習にしようとしてること」
「えへへ。あれは良い慣習だと思うからさー。女性には大好評なんだよ!」
「うん、とっても良いと思う。それにしても絵里子の方が後に亡くなったのに、私より3年早く転生したんだね? 計算合わなくない?」
「そうだね。でもここって異世界じゃん。前世の日本と時間軸も空間軸も違うかもしれないよ? こちらの3年間が前世の時間とは何の関係もないかもしれない」
「そっかー。私、文系だからわかんない」
「私も文系だよ」
「だよねー。理系の転生者、出て来て説明してくれってか?」
「アハハハ」
殿下が大きな口を開けて笑う。前世の絵里子の笑い方だわ。王族らしからぬ笑い方ね。
「ねえ、絵里子。私以外の転生者に会ったことある?」
「ないんだなー、これが」
「そっかー。やっぱり、あんまりいないのかな?」
「いても、周りに黙ってるだろうしね」
「だよね。私も誰にも言ってないもの。絵里子は?」
「もちろん言ってないよ。王太子が転生者で、しかも前世が女だったなんて、下手をしたら国が乱れる」
真面目な顔をする殿下。
「そうだね。絵里子は大変な立場だもんね」
それにしても……と思う。王太子殿下の従者や護衛って、すごいわ。私と殿下がずっと日本語で喋っているのに、彼らは顔色一つ変えないで後ろに控えているのだ。異世界の人間である彼らにとっては日本語は未知の言語であるはずなのに……プロだわ。
楽しい時間は、あっという間に過ぎる。
「じゃあ、芽以。また遊びに来てね」
「うん、今日は楽しかった。ねえ、絵里子。王宮のお菓子、なるべく色々食べてみたいから次回は別の種類を用意させといてよ」
「アハハ。伯爵令嬢のくせにお菓子の催促? はしたないなー」
「ふん! いいじゃん、別に!」
「わかった、わかった。いろんな種類を用意させとくから」
「ありがとう、絵里子! あ、それから私の婚約者のルッジェーロ様、侯爵家令息だけど王国騎士団の騎士だって話したじゃん。絵里子の力で彼を出世させてくれない?」
「芽以ってば。それ、お菓子と一緒に要求することなの?」
呆れ顔のエリク殿下。
「ほれ、『使える権力はとことん使い倒せ』って諺もあるでしょー」
「前世にも今世にも、そんな諺はない!」
「ちっ……」
「芽以、ガラが悪いよ……」
それから、エリク王太子殿下から週に一度は王宮に呼び出されるようになった。
私も喜々として馳せ参じた。唯一の転生者仲間が前世の親友だったのだ。いくら話しても話は尽きない。私も絵里子も前世からおしゃべりな質だったから余計かも。
そんなある日。
突然、我が家に公爵家令嬢シャルリーヌ様が訪ねていらした。私は、今までシャルリーヌ様ときちんとお話ししたことは一度もない。顔を合わせれば、ご挨拶をする程度の関係である。
シャルリーヌ様は思いつめた顔をしていらっしゃる。
「メラニーさん。突然、ごめんなさい。どうしても貴女と直接お話ししたくて」
「は、はい?」
何だかとてもイヤな予感がするわ。
「単刀直入に聞きます。エリク様とは、どういうご関係なのかしら?」
げぇ~!? もしかして疑われてる?! シャルリーヌ様はエリク王太子殿下の婚約者なのだ。殿下が私と浮気してると誤解なさっているのでは!? 冤罪よー! 焦る私。
「あの……私は殿下のお話し相手というか、ちょっとした友人といいますか……」
「お忙しいエリク様が毎週お会いになる女性が、ちょっとした友人だなんて……信じられませんわ!」
そうですよね~。私も自分がシャルリーヌ様の立場だったら浮気を疑うと思う……どうしよう? でも、「殿下って実は前世女性だったんですー。でもって私とは親友でー」なんて言えるはずもない。
「あの、シャルリーヌ様。殿下と私は本当に友人なんです。信じられないかもしれませんが、殿下は私のことを女性として見ていらっしゃるわけではございません」
「エリク様もそうおっしゃるのです。『メラニーは友人だ』って。でも私、不安で不安で……」
シャルリーヌ様はハンカチを握りしめ、唇を噛む。シャルリーヌ様、そんなに美人なのに……客観的に見て、私なんか恋敵として全く相手にならないと思うんだけどなー。
「シャルリーヌ様は大変お美しくて、私のような平凡令嬢とは比べものにならない完璧なご令嬢ではございませんか。殿下はシャルリーヌ様のことを誰よりも大事に思っていらっしゃいますわ」
シャルリーヌ様は私をキッと睨む。
「でも、貴女の婚約者のアルドワン侯爵家令息も、貴女に首ったけだという噂を聞いたわ。貴女には女には分からない、何か男性を虜にする魅力があるのよ。『魔性の女』って、きっと貴女のような女性を言うのだわ」
はぁ? 私が「魔性の女」? 冗談キツイわ~。
「と、とにかく、殿下と私は友人に過ぎません。殿下はシャルリーヌ様だけを愛しておられます。本当です!」
これは本当だ。エリク殿下に直接確かめたもの。
「ねえねえ、絵里子。公爵家令嬢と婚約してるでしょ。大丈夫なの? アンタ女性を好きになれるの?」
「私は前世が女だったというだけで、今世の心も身体も男だよ。普通に女の子が好き。特に胸の大きい子。婚約者のシャルリーヌのことはホントに愛してるよ。巨乳だし美人だし性格も可愛いしマジでサイコー。早く結婚して揉みたいし抱きたい」
手をワキワキさせながら下品なことを言う殿下。おいっ! 金髪碧眼完璧イケメンが台無しだよ!
「へぇ~、そうなんだ……っていうか絵里子! アンタ前世で自分が貧乳だったくせに『胸の大きい子が好き』なんて、よくも言えたわね!」
「アハハ。やっぱ大きい胸は正義だよ! 前世の私は実に残念だった。貧乳は悪だな」
「サイテー! マジでアンタ、サイテーだわ!」
「怒らないで。芽以は前世も今世も胸が大きいね」
私の胸をジロジロ見ながら言う殿下。でも、その不躾な視線は男性のものではなく、前世の絵里子が悔しそうに女友達の胸を値踏みしていた、あの視線だ。
「ちょっと! ヒトの胸を値踏みするんじゃないわよ! この貧乳王太子!」
「ヒドイ! 今、男だから! 男だから胸がないだけだし! ものすごい不敬だし!」
という会話を思い出した私。
「シャルリーヌ様。殿下はシャルリーヌ様のことを、すごい(巨乳で)美人な上に可愛らしい性格の女性なのだと自慢しておられました。シャルリーヌ様と早く結婚したい(そして揉みたい抱きたい)と、待ちわびていらっしゃるのです。私はいつもノロケ話を聞かされておりますのよ」
「ま、まぁ。エリク様がそのようなことを? 本当に?」
「ええ、殿下はシャルリーヌ様のことを、それはそれは愛していらっしゃるのです。ですから、何も心配なさることなどございませんわ」
「そ、そうかしら?」
真っ赤になって、はにかむシャルリーヌ様。身分も高いし見た目はクール系美人なのに、初心で可愛らしい面がおありなのね。絵里子もといエリク殿下が惹かれるのも分かるわ。
「エリク殿下は、私とルッジェーロ様の結婚披露宴に、ぜひ出席したいとおっしゃってくださっていますの。友人として、私の結婚を祝いたいと。私のことを少しでも女性として意識していらっしゃるなら、あり得ませんでしょう?」
「まあ、そうなの? メラニーさん、私もエリク様と共に出席してもよいかしら? 貴女とは仲良くなれそうな気がするの。私もぜひ祝福したいわ」
えーっ!? シャルリーヌ様ったらチョロリーヌ? なんて素直なお人好しなのかしら。王太子妃になられる身なのに、ちょっと心配……その分、エリク殿下が腹黒いからちょうど良いのか?
「もちろん大歓迎です。ぜひご出席をお願い致します」
シャルリーヌ様は上機嫌で帰っていかれた。よ、良かったー。殿下をめぐって修羅場とか、絶対イヤだわ。勘弁してくれ。
シャルリーヌ様の誤解を解いてヤレヤレと安堵していたら、その数日後、今度は思いつめた表情のルッジェーロ様が我が家にいらした。そして、
「メラニー。エリク王太子殿下から『側妃に迎えたい』と申し込まれたというのは本当か?」
と、トンデモナイことをおっしゃる。
「はぁ? 側妃? 私がですか?」
「そうだ。社交界で噂になっている。殿下はメラニーに夢中で『メラニーを正妃にしたい』と陛下に願い出られたが、陛下がお許しにならず、側妃として迎えることになったと……。先日、まだ若輩の私が、急に”第一大隊長”に任命されて不思議に思ってたんだ。これが、婚約者のメラニーをエリク殿下に渡す見返りとして王家から与えられた地位だったのなら、そんなものは要らない! 私は絶対に婚約解消などしないぞ! メラニーは私のものだ!」
ルッジェーロ様は今にも泣き出しそうなお顔で、そうおっしゃる。
殿下ってば、いつかの「ルッジェーロ様を出世させてくれない?」っていう私の願いを叶えてくれたんだわ……が、タイミングが悪かったようである。
「ルッジェーロ様、落ち着いて下さいませ。私が王太子殿下の側妃になるなど、あり得ません。ルッジェーロ様が第一大隊長に抜擢されたのは実力ですわよ。エリク殿下は、私とルッジェーロ様の結婚披露宴にぜひ出席して祝福したいとおっしゃってくださっているのですよ。そのことをご相談しなければと思っておりましたのに」
ルッジェーロ様は驚いたようだ。
「えっ? 殿下が私たちの結婚披露宴に? メラニー、本当か?」
「はい、ルッジェーロ様。ご両親にもお伝えくださいね。王太子殿下に失礼のないように準備もしなければなりませんし。そうそう、殿下の婚約者のシャルリーヌ様も、殿下と共にぜひ出席したいとおっしゃってますの」
「……あの、メラニー。エリク殿下とメラニーの間には、その……何もないということなんだね?」
「もちろんです。確かに殿下は私をよく王宮に招かれますが、あくまで友人としてでございます。私のことを女性として見ていらっしゃるわけではありませんわ。側妃だなんて、あり得ません」
「友人か……あの夜会以来だよね? 殿下がメラニーを王宮に呼ばれるようになったのは」
「そうです。お話し相手を務めております。エリク殿下は、婚約者のシャルリーヌ様を心から愛していらっしゃいますわ。私にもよくノロケ話をされますのよ。私もルッジェーロ様の格好良さを、よく殿下にお話ししておりますの」
「えっ? 私の話を?」
「はい。ルッジェーロ様、信じてくださいませ。エリク殿下と私はお喋り友達なのです。殿下が(今世は)男性で私が女性だから、そんな噂になってしまったのだと思いますが、どちらかと言うと同性の友人どうしのような会話ばかりしておりますのよ」
「うーん。よく分からないが、そういう関係もあるのかなー?」
「不思議かもしれませんが、真実ですわ」
「とにかく。私は絶対にメラニーを手放さないからね! それを伝えに来たんだ!」
私を抱きしめるルッジェーロ様。
「ルッジェーロ様。私は心から貴方様をお慕いしております」
「メラニー、愛してる。ずっと私の側にいてくれ」
「もちろんですわ。ルッジェーロ様」
「メラニー……誰にも渡さない……」
ルッジェーロ様はそう言うと、私に情熱的な口付けをした。繰り返し繰り返し、何度も……。こ、腰が砕けそうですわ。
****************
半年後、私とルッジェーロ様は無事に結婚した。
エリク王太子殿下とシャルリーヌ様は、揃って披露宴に出席してくださった。このことで、私と殿下のあらぬ噂は完全に払拭された。
更に半年後、エリク王太子殿下とシャルリーヌ様の結婚式が挙行された。
こちらは国を挙げてのお祝いなので、それはそれは豪華絢爛で盛大な披露宴が催された。夫婦となっていた私とルッジェーロ様も招かれ、殿下とシャルリーヌ様を心から祝福した。
その後は、家族ぐるみで王太子殿下ご夫妻とお付き合いをさせて頂いている。
シャルリーヌ様とルッジェーロ様の前では、さすがに大っぴらに日本語での会話は出来ないけれど、私とエリク殿下とは相変わらず仲の良い友人だ。何せ前世からの「ずっ友」なのだ。私たちの友情は筋金入りである。
やがて、王太子殿下ご夫妻に男児が産まれ、私とルッジェーロ様の間に女児が産まれると、エリク殿下は二人を婚約させると言い出された。
「ちょっと、絵里子! いいの? 王家の後継者になる第一王子様なのよ。政略的に益のあるお相手と婚約した方がいいんじゃないの?」
「芽以ったら、元日本人の庶民のくせに『政略』とか言わないでくれる? 私たち、前世で話してたじゃん! 『お互い結婚して子供が異性だったら、結婚させたいね~』って」
あー!? そう言えば、高校生の頃、そんな話をしてたわねー。
「よく覚えてたわね。絵里子」
「ねっ! 前世ではお互い未婚のまま人生を終えちゃって、叶わなかったんだからさー。この異世界で叶えようよ!」
「周りが反対しない? うち、侯爵家だよ? 『同盟国の王女を迎えるべき』とか『公爵家令嬢を』とか言われるんじゃない?」
私の言葉に、絵里子もといエリク殿下はニヤリと笑った。
「フフフフフ……余計なことを言うヤカラは、叩き潰してくれるわ!」
……そうだ。絵里子はそういうヤツだった。前世からドSだったよね。
子供たちの婚約についてはシャルリーヌ様も賛成して下さり、ルッジェーロ様も、
「殿下とメラニーは本当に友人として仲が良いんだね……」
と、若干呆れつつも賛成してくれた。
エリク殿下がコソッと日本語で話しかけてくる。
「芽以。私、生まれ変わって良かったよ。王太子って大変だけど、今けっこう幸せだ」
私も小声で返す。
「うふふ。絵里子、私もけっこう幸せだよ。転生して良かった」
私と絵里子は顔を見合わせて笑った。
終わり