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剥がれるようにボロボロと落ちていった

 週末、トイレや食事に立つ以外は、自室の机に張り付いていた。久しぶりに深く集中出来た。

 街灯に集まる蛾のように、教材に集中力が向いている。理解出来なかった苦手分野でさえ、克服出来た。

 有意義な気分のまま、週初、公園へと足を運ぶ。

 そこに、愛海の求める影はなかった。今日も休みだったのだろう。月曜は週末に働いた分、休みが多いらしい。


 しかし、火曜も、水曜も、木曜も、今日も、かおるは来なかった。


 丸一週間、会えなかった週は初めてだ。意図的に、来ないのだろうか?

 それとも病で床に伏せているから?

 来ないのか、来れないのか。愛海に知る由もない。


 その夜、愛海は自宅を抜け出した。病気なら仕方がない。インフルエンザの猛威は過ぎようとも、風邪は季節を選ばないのだから。

 だが、もし避けているならせめて理由が知りたいと願うのは当然だ。

 愛海にとって、ストレスを忘れさせてくれる貴重な時間で、貴重な相手だった。かおるにとっても、そうだと自惚れていた。

 かおるはいつだって眠そうだったけど、いつだって笑ってくれた。


『きみと居ると楽しいよ』


 何度もそう微笑んでくれたのだ。

 同じ、気持ちだと無意識に思っていたのに。こんな終わり方は、オトナになった時必ず後悔する。

 両親が不仲なのは自分のせい。クラスメイトが寄ってこないのは愛海自身がクラスメイトを嫌っているからだ。

 では、かおるが離れた理由は?

 かおるにとっては、ただの暇つぶしだったのかもしれない。

「飽きたからもう来ない」と言ってくれればいいのに。

 無言の別れより、悔いの残るものはない。少なくとも、現在の愛海にとっては。


「いらっしゃいませ〜」


 気怠げな挨拶だ。本人はこちらを見ようともせず、狭いレジの中でたばこの補充を行っている。黙々と作業を行うかおるは、欠伸を噛み殺した。


「忙しそうですね」


 誰もいない店内を見渡してから、嫌味ったらしく声をかける。愛海の心中には、被害者意識がのさばっていた。


「久しぶりだね、愛海ちゃん」


「“ ちゃん”は余計ですよ、かおるさん」


「“ さん”は余計だよ、愛海ちゃん」


「──言葉遊びをしに来たんじゃありません!」


 かおるの言葉に被せるように、語尾を強調した。つもりだった。

 当のかおるは、飄々としたままだ。どんな言葉であっても、かおるには微風に等しいのかもしれない。風が吹けば、風力を利用し、のれんのように旗めく。


「ごめんね、しょうがまんはもう無いんだよ」


 意地が悪そうに口角を上げて軽口を叩く。どんな言葉でさえ、かおるには届かないのだろう。

 だから、愛海は冷静に、一語一句言葉を選ぶ。


「今週、毎朝、待ってたのに、どうしていらっしゃらなかったんですか?」


「あぁ、公園のこと?」


 愛海は声の代わりに、浅く頷いた。


「別に理由なんてないよ」


「飽きたんですか?」


「んー、飽きてはないかな。愛海ちゃんと話すのは面白いし」


「それじゃあ!」


「でも、めんどくさくなっちゃった」


『めんどくさくなっちゃった』


 頭でその言葉が反芻する。何かが剥がれるようにボロボロと落ちていった。

 見えていた月が、影に覆われていくような不安感に揺られる。足元が、今にも崩れそうだ。


「それに待ち合わせしてるわけじゃないでしょ?」かおるは少し眉をひそめて続けた。


 なぜ愛海はここに居るのか。なぜかおるに会いたくなったのか。なぜ会ってしまったのか。


「会わなきゃ良かった」


 どちらが言ったのか。愛海には分からない。だが、微かにかおるのため息が聞こえた瞬間、愛海はコンビニを後にした。

 足取りは不確かで、思考は混沌に落とされる。

 暗晦とした瞳から流れるのは、剥がれ落ちた傷心だと、回らない頭で感じた。


 帰宅し、上着のまま布団にくるまる。

 愛海は、かおるに干渉しすぎたのかもしれない。所詮、自分は子どもなのだと認めざるおえない。


 ひと月にも満たない、楽しい時間はこうして、終わってしまった。

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