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天と地と人  作者: 豊臣 亨
二章  鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク
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鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (三十一)~天を衝くもの~



「たっ! 大変! 大変なの!」


 大声をあげて飛んでくるケット・シーのニーモにまたがったミミクル・フォン・プロンゾ。と、それに同行していたカトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク。


 空を飛べる二人(正確にはミミクルを乗せたニーモが)が先行して無事の帰還を知らせるのだと、勇んで飛び立ったのだが、そんなに時間を経たずに大慌てで戻ってきたのであった。


「どうしましたか!?」


 まさしく血相を変えて、といった風のミミクルに、ミハエルも同調して問う。


「あッ! ケホッケホッ」


「ミミちゃん、大丈夫かい?」


 一気にしゃべろうとしてつっかえるミミクル。ここまであせった様子も珍しいミミクルの様子に、ノルベルト・グリモワールはひきつけでも起こすのではなかろうな、と気が気ではない。旅のほとんどをニーモにまたがっていたとはいえ、元来頑健な体ではないミミクルにこの長旅による消耗が激しかったからだ。


 しかも、季節は夏。動けば汗ばみ、その汗に誘われるかのように砂塵が体にまとわりつく。ニーモにまたがっていれば上空に退避して避暑ができるとはいえ、長旅と高温による疲弊は、修道騎士といえど気軽なものではない。


 それに旅装というのは気温を考慮して着ない。毒虫や毒蛇、魔物を考え、防護を最優先させるのだ。暑さをいとい、肌を露出させて刺されて毒で瀕死など、旅をするものが聞けば気の毒がるよりむしろ鼻で笑われる。ミミクルやニーモが魔法によって解毒できるとはいえ、だからといって無防備でうろうろしないものだ。


「あ!」


「………あ?」



「『アトゥーレトゥーロ』があるのッ!!」



 アルクスネも目前。


 コボルドとの戦いで一朝事あったのならガロマン教会に依頼をくれればすぐに駆けつける、と最上級冒険者たちであるアルスレイド・ディ・フィエキバルド一行と、ヴィーディナンにて再度の出会いを期して別れ、それから約一月での旅路であった。


 ファイアドレイクとの戦闘も目撃し、その後も決して穏やかとはいかなかったリリクルの授爵、プロンゾの貴族の仲間入りという旅も、いよいよ終わりが見えてきたという、軽い安堵の声も出ていた頃のことだ。


 ミミクルの口から飛び出た言葉に、特にプロンゾ人であるリリクルが顕著に反応する。


「アトゥーレトゥーロだと!? ………どこに、あった?」


 本来、アトゥーレトゥーロがあるべきプロンゾの大森林はアルクスネから騎乗でも約二日はかかる。ここから視認できる位置にあるはずはない。と、なると答えはひとつしかないのだが、決して間違えてはいけないもののため、リリクルはつとめて冷静に問うた。


「………ア、アルクスネ、にあるの」


「バカな………」


 間違いではないのか、とリリクルはがっくりと肩を落とす。


「深奥にあるアトゥーレトゥーロがアルクスネに? 見間違える、はずはないよな………」


 ノルベルトが顎に手をやって何かの見間違えか、勘違いかで思案にふける。だが、高さ200メートルに達するプロンゾの神樹、あの大巨木を何より、そこの生まれ育ちのミミクルが見間違えるはずがない。


「ミミ、それは真か」


 グナクトが口を開く。いつもは馬車に揺られるだけの坐像にしてうわばみ、底なしの胃袋と化しているグナクトだが、ことの重大さにさすがにのん気にしていられず巨体を馬車から乗り出していた。


 しかし、坐像か涅槃像の化身と化したグナクトだが、魔物の襲来ともなればこれほど頼もしい護衛もいないのも事実だった。体長五メートルものスフィンクスの頭を一刀でかち割れるものなどそうそういない。


 行きの旅にはニーモやミミクルが大活躍だったが、帰りともなればグナクトの独擅場(どくせんじょう)だった。とはいえ、ミハエルらはグナクトの扱いに相当気をもんだのだが。


「砦がある湖の方にあったの」


「見間違えじゃないよ。あれは間違いなくアトゥーレトゥーロだった」


「わらわもみたぞ」


 激しい動揺のミミクルより、静かに事態を話すニーモの一言の方がはるかに重みがあった。そこにカトリーナもうなずくのだからもはや疑いようはない。


「どういうことでしょう………」


 さっぱり訳がわからないミハエル。


「ふむ、まさかとは思うが………」


「前当主、心当たりが?」


 グナクトの思案にノルベルトが振り返る。


「………ない、ではないが口に出すのもおぞましい」


「な………」


「そう………だな。可能性として、考えられるのは一人しかいないな」


 リリクルも、グナクトの渋面を見て思い至る。


「我らが神樹を、手足のごとく扱えるお方など、あの方しか考えられませぬ、な」


 苦悩の表情のビーククト・ブロンゾ。


 アトゥーレトゥーロはプロンゾ族長、いまは方伯となり得たが、族長一族の住まいにしてプロンゾ一族が全霊をもって護衛すべき神聖なる対象でもあるのだ。


 それを実質の首都、領都とは言え、アルクスネに持ってくるなどプロンゾ人の今までの考えからすると常識外れもはなはだしい。だが、それを平気で行いそうなものが、しかも大巨木を移動させるなど到底できなさそうなことを、こともなげになしてしまえそうなものが、一人だけ、いるのだ。


「それって、ディレ―――」


 ミミクルがぽつり、とこぼすと、うつむき加減のリリクルの眉間が渓谷のように険しくなって思わず言葉をつまらせる。


 想念が表出し、とぐろを巻きそうな雰囲気のリリクルに、カトリーナがため息をもらす。


「ここで立ち止まっていてどうにもならん。とりあえず、進むしかあるまい」


 ミミクルから、住まいであり神木、神樹であるアトゥーレトゥーロのことは当然聞き及んでおり、是非とも見てみたいとカトリーナは思っていたのだ。ピウサ修道院からディルツに帰還する時にはゆっくりと見て回れるような余裕などなかったからで、それが、プロンゾの大森林の奥地ではなくアルクスネにあるなら手っ取り早いと思った程度だが、その重要性はミミクルから伺っているので余計な発言は差し控える。


 その声に、うなずきながらもより苦悩を深めるリリクル。


「そうだな………お尋ねするしか、あるまい。この事態を」


 苦渋の声を出し、頭を抱えてため息を漏らすリリクルに、肩をすくめるしかないカトリーナ。この世が今日、終わりを告げる。といった風情のプロンゾ人たちに、ミハエルもかけるべき言葉が浮かばない。


「で、では参りましょう」


「………ああ」


 がっくりと肩を落とすリリクルを促す。


 気を取り直し、交易馬車が常に行き交う主街道を馬を進める。


 目指すアルクスネまでは勾配もさしてない、平坦な地だ。大小様々な湖、池があり森を切り開いてしまえば耕作に適した穏やかな土地なのだが、それはある意味当然、歩を進めれば200メートルもの高さを持つ巨大な存在が、いの一番に目に飛び込んでくるという場所でもある。


 そう、そこで生活していたものなら、絶対に、見逃すはずがないものが視界に飛び込んでくるのだ。


「ある、な………」


 ノルベルトが、あるはずのない大巨木の見事な、繁茂した枝葉に目を奪われる。


 あの、プロンゾの木々に囲まれてすら偉容を誇った神樹が、辺りを払う感あるといった風情で屹立しているのだ。アルクスネ周辺では200メートルどころか10メートルを超す建築物だってまれなのだ。それを見逃せるものなど、いるはずはない。


「ありますね………」


 ミハエルが、そうポツリとこぼしてリリクルを伺う。


 リリクルは、ちらり、とそれを目の端におさめ、深く深くため息をついた。


「やってくれたな………」


 かろうじてミハエルに聞こえたのはこれくらいで、騎乗する馬に頭を預けるようにして聞こえないつぶやきをぶつぶつと発するリリクル。軽く呪詛に見えたのは内緒だ。


「ワシは知らんぞ。後はお前らがやれ」


 ごろり、不機嫌そうに馬車に寝っ転がるグナクト。巨体がどがっと投げ出され馬車とひく馬が悲鳴をあげる。暴れる馬を慌てて御すビーククト。


 帰還の旅路でもグナクトの巨体に耐えきれず何度も修復を要した馬車だ。車輪を支える車軸は、グナクト専用に木材ではなく、特注の鋼鉄製だ。普通の木製の車軸だったら、ほぼ間違いなくへし折れ、旅路は二倍以上の日程がかかったであろう。


「ああっ! ずるいぞ親父!」


 非難の声をあげるリリクル。


「知るか。折衝は当主の役目であろうが」


 不機嫌そのままにエールの入った、彼にとっては手のひらサイズの木樽をいじるグナクト。もちろん、すでに空だ。とっくの昔に飲み干している。フンッ、と鼻を鳴らし空になった木樽を馬車外に放り投げた。


「リリクル様………」


 うぐぐぐ、と呻くリリクルに心中、お察しします、という視線を送るビーククト。だが、リリクルをおもんぱかるが、ビーククトとてすでに胃に穴があいたかのような苦しげな表情を浮かべている。


「リリ姉様………」


 泣き出しそうな顔をするミミクル。


 うつむいて、小刻みに震えながら唸っていたリリクル。突然、顔を上げた。


「ミハエルッ!」


「は、はい!」


「こっちに来い!」


「え………はい?」


「いいから来い!」


 リリクルが突然ミハエルを呼ぶ。まさか、八つ当たりでもされるのではなかろうか、といぶかしむミハエルが渋々リリクルのそばに馬を寄せる。すると、


 がばっ、とミハエルに抱きつくリリクル。


「わ!」


 ぎゅっと抱きしめ、しばしの間ミハエルの胸元に顔を埋めるリリクル。


 心ゆくまで深呼吸する。


「………よし」


 精神の均衡が崩れかけたので、それを補うための必要な何かを摂取したようだ。


 騎士たるミハエルの胸板は、貴族然としたきりっとした顔の見た目に反して大きく、そしてたくましい。旅装のほこりをかぶっていても、お日様の香りがする。リリクルにとっては胸元に顔を埋めれば得るものがあるのだろう。


 ちなみに、リリクルがミハエルの胸元に顔を埋めることに安らぎを憶えるようになったのは、ガロマン皇帝フリーデルン二世に招かれて踊ったパーティーからのことだ。


「落ち着かれ、ましたか?」


「んむ。よし、いくぞ!」


 少し頬を朱に染めたリリクルが馬を促す。


 そんな様子を、ニーモとカトリーナだけは我関せずといった顔で見ていたが、ノルベルトたちは、によによといった顔つきで眺めるのであった。



 それから小二時間ほど。


 明らかに、あからさまに、これみよがしに、その尋常ではない巨樹が視界にこれでもかと存在を主張する中を、歩を進めるミハエル一行。無視できるはずのないその大巨木は、辺りに山すらないアルクスネ周辺にあって、まるで冗談かおとぎ話か、妖魔に騙されているのではなければ自分の正気を疑いかねないレベルの光景だった。


「………初めてみましたけど、半端なくでかいですね」


 フランコ・ビニデンが見上げる巨木に、ため息交じりにつぶやく。


 多くのディルツ騎士は、プロンゾの大森林に秘められたる神樹を見る機会がこれまでにもなかったのだ。ディルツ騎士団員とて、プロンゾにとってその樹の重要性はよく聞かされている。そんな、信仰の重大要素が、よもやアルクスネにあると思うはずもない。例えるのなら、とある王国の一級の重代の宝物が、路傍に投げ出されているようなもの、もしくは、クルダス教の始祖、クルダスの聖遺物が無残に門外にさらされているようなもの、といえるであろうか。


 プロンゾ人たるリリクルやミハエル、ビーククトが苦悶の表情を浮かべる理由が、フランコにも理解が出来た。


 もはやグナクトは楽隠居の立ち位置と思っているのか、ふて寝の最中だが。


「確かに、あってはならんところに、あるよなぁ」


 ノルベルトが苦笑交じりに言う。


 確か、アトゥーレトゥーロの中で、火の扱いを間違ったものは腕を根本から斬られる、という掟だったはず。火気厳禁というわけだ。しかし、アルクスネならいつ何時戦火にさらされるか分からないし、下手すれば町が失火によって火に包まれることだってあるかも知れないのだ。


 そんな、決して燃えてはならないものを、わざわざ、燃えやすいところに置くなど正気を疑われても仕方がない、というところか。


 ノルベルトの脳裏には、あの大巨木を動かした人物が浮かんでいた。確かに、常識をあっさりと覆してしまいそうな、豪快な人物だ。全プロンゾ人がやめてくれ、と必死になって嘆願する中を高笑いしながらあの神樹を動かしている様が、想像できた。とはいえ、巨大な根っこがうねうねしている光景を想像してすぐにやめたが。


 やがて、一行はアルクスネの門に到着する。


 門と言っても、土魔法によってぐるりと町を取り囲むように土塁を築き、出入り口をくり抜いて門扉を取り付けた程度のものだ。その土塁の上に、櫓が組まれており見張りの兵が数名いる。


 朝ともなれば周辺の農村から食料を売りに来る行商がやってきたり、リーグ港からの商隊の移動があったり、反対にプロンゾ産の特産品の販売に出向くプロンゾ商人がいたりと忙しい様相を呈するが、現在は人気はなかった。


 そこまで至ってようやく、アトゥーレトゥーロの位置が分かった。ディルツ騎士団の砦がある小島の空き地に鎮座ましましているのだ。


 アルクスネの町から見て砦は北東方向にあり、ものすごい勢いで日光を遮るだろう。木陰、などとのんきなことをいっていられるレベルではない。恐らく昼日中にならないと完全に日光を浴びることはできないと思われ、洗濯物が乾かないとすごい文句を言われそうだ。


 懐かしのアルクスネに帰ってきたというのに、視線は否応なく、天を衝くものに注がれてしまう。ミハエルらは何とも言えない表情で帰還を果たしたのであった。


「ミハエル様が戻られたぞ!」


「鐘を鳴らせ!」


 見張りの兵がミハエル一行に気づき、カーンカーンと鐘を鳴らす。


 本来、鐘は緊急事態でもないとそうそう鳴らさないものだが。と、ノルベルトは考えて、ちらり、アトゥーレトゥーロに視線を移し、十二分に非常事態か、と内心ため息をついた。


「ただいま戻りました」


「無事のご帰還、お慶び申し上げます!」


「お前らも息災だったか」


 櫓による兵士たちからの安堵の声を浴びながら門をくぐるミハエルらが町に入り、ノルベルトが留守役の兵士をねぎらう。と、鐘によって兵士だけではなく、町の人々まで集まってくる。


 時間はすでに昼頃を回っているのだが、明らかに、あの大樹によってできた影が町の一角に落ちているのが分かる。突如として日光を遮られるような生活になってしまえば戸惑いもするだろう。


 今の町に住んでいる人々はプロンゾとの融和以前から住んでいるものも多い。当然、敵対関係に身をおいてきたのだ。いまはすでに融和を果たしたとはいえ、下手をするとアルクスネの住人とプロンゾとの間で紛争が惹起しかねない。


 次々とミハエルを出迎える人々の中には、武器屋やパン屋、旅館などの商人や工房の職人など普段は忙しそうに働いている人もいた。仕事をほっぽりだしてでもミハエルに話を聞かねばならないということだろう、のっぴきならない状況なのであることが、それだけでも伝わってくる。


「おかえりなさいませ、ミハエル様」


「無事のご帰還、お疲れ様でございました」


 様々に言葉を述べる人々、しかし、喜びの表情の中に、ありありと懸念を伝える表情がある。


 しかし、アルクスネはもはやプロンゾ領、ディルツ騎士団領ではないのだ。リリクルやミミクル、ビーククトにニーモや馬車でふて寝するグナクトに遠慮して町の人々は明確には発言をしない。


 ミハエルらが、正確にはリリクル、プロンゾが貴族位の授爵のために旅立ったことを知らぬものはいない。


 つまり、帰ってきたいま、リリクルは押しも押されもされない、まごうことなき貴族様なのだ。貴族への無礼は情状酌量の余地なしに処断される。そのことをわからないものも、またここにはいないのだ。


「留守の間、ご苦労さまです。………あれ、のことですね」


 困ったようにミハエルが、ちらり、と視線を全長200メートルもの巨大なアトゥーレトゥーロに移すと、人々はうんうんうんうんと盛大にうなずいた。


 早くなんとかしろ、と、視線が如実に物語っているのが分かった。


「プロンゾから、この度の事態に関する説明は?」


「は、はい、町の発展のための移転だ、とは説明を受けました」


「なんじゃそりゃ………」


 ノルベルトが留守役の兵士に、プロンゾ側からの説明があったかを聞く。だが、その中身は分かったような分からないような内容だった。町の発展に、あんな巨大な木をもってくる必要性がわからない。


 何らかの生産性があるのならともかく、神樹とはいえ、要はただの木だ。


 ただの木に、アルクスネの発展に寄与するような何かがあるとは到底思えない。


 とはいえ、プロンゾ人に向かってアトゥーレトゥーロを、ただの木、呼ばわりすれば流血事件になりかねないのでノルベルトも発言はしないが。まかり間違ってもグナクトがいる状況でそんなことを言えるはずがない。劇的に丸くなったとは言え、その暴力性は健在だからだ。


 もっとも万が一、ディルツがいまだ知らない、アトゥーレトゥーロに何らかの秘密がある可能性も、捨てきれるものではないわけだが。


 はあ、とため息をついてリリクルも一歩前に踏み出す。


「………皆の気持ちも、少しは分かるつもりだ。まさか、あれをこんなところにもってくる不届き者がいるとは想像もしていなかったのだ………」


 みんなも泣きたい気持ちだろうが、泣きたいのはこっちだ、とリリクルの表情が語っていた。


 やはり、族長、現当主も知らなかったのか、と人々が狼狽する。


 だったらどうすればいいんだ、と誰かが視線をアトゥーレトゥーロに向けた時、


「あ」


 と呆然と声をあげた。



「だぁ~れが不届き者か。この放蕩者めが」



「ディレル婆!」


 リリクルが発言者を見つけて驚愕の声を放った。


 そう。 


 この度の騒動の張本人にして、プロンゾ一族の巫女、そして、何千、何万トンあるか見当もつかない巨樹、アトゥーレトゥーロを『移動させる』などと奇想天外なことをやってのけた、プロンゾ最強の人物こそ、


 ディレル・ピロンゾ。


 その人である。


 唖然、愕然とする皆を泰然と見下ろしニコニコと笑って、悠々と空を浮かんでのご登場である。


「予定の期日よりも帰るのが遅いわ。遊び呆けおって。ようやく戻ったか」


 巫女装束に身を包んで琥珀の冠をかぶり、空中を浮遊する姿は確かにこの世のものとは思えない、一種気圧される迫力はある。子供なのか老婆なのかいまいち判然とはしないその容貌に、その容姿にふさわしく、かなりの高齢のはずなのにまるで衰えというものを感じさせない生き生きとした生命力。プロンゾの大森林を支えるといわれるほどの強大な魔力。ディルツ騎士団総長レオポルト・フォン・シュターディオンを、一見しただけでひれ伏させた隠然たる魅力。


 軽く人外の存在である。


「なんてことをしてくれたんだ! プロンゾの御神木をこんな無下に扱って!」


 リリクルが絶叫する。


 ここにたどり着くまでにたまりにたまったものを一斉に吐き出しかねない勢いだ。


「ふふ。驚いたであろう?」


 リリクルの必死の形相を、まるで水を得た魚のごとく嬉々として受け流すディレル。すた、と地に降り立ち、胸を張った。


「普通、驚くだろう!」


 リリクルの叫びも、ディレル本人を前とすると、さすがに最初こそは空中に浮かんだディレル相手に感情を爆発させた感があったが、目前にいるいまでは多少の抑制が利いていた。最強の巫女相手に突っかかる勇気は、さすがにないのだ。


「そもそも、どうしてあれをここに持って来たんだ!」


 これこそ、誰もが気にする理由である。というか、誰もが知っていなければいけない理由でもある。


 リリクルの、臆してはいけない、という気持ちを皆が感じてすべての視線がディレルに向く。


 すでに、二百人ほど集まってきた人々の中心にあって、その視線を一手に集めていながらディレルはそれでも泰然自若たる雰囲気を失わない。


「ふむ、婆も考えたのだよ。ここ、アルクスネはプロンゾにとっても枢機の地となった。しかし、領主の居館たるアトゥーレトゥーロは大森林の深奥にあって遠い。連絡を密にするためにも、やはり領主の居館と領地は近くなければいかん、とな」


「それだけなのか!?」


 ぎょっと目をむくリリクル。


「それくらいならディルツ騎士団の砦でいままで何とかしていただろう! 仕事のほとんどを砦で行っていたのだからな!」


 そう、プロンゾ復興の陣頭指揮に当たっていたリリクルたちは、常日頃はディルツ騎士団の砦で寝起きしていたのだ。ディルツ本国からやってきた文官とも言える修道士の住まいもここ、砦にある。当然、仕事の中心は砦で行っていたのだ。


 族長の居館であるアトゥーレトゥーロは、必要があれば帰って情報の共有、連絡や引き継ぎなどを行っていた。必ずしも領主の居館と領地が一緒になければ不都合がでることはなかったからだ。


 アトゥーレトゥーロの引っ越し、などという一見、無駄にみえる公共事業の必要性、説得の材料としては弱いと言わざるをえなかった。


「そもそも、プロンゾの皆がこの度の暴挙を諌めただろう!」


 止めないプロンゾ人がいるとは思えない。


「ふは。文句があるなら婆を倒してみせよ、と言ってやったら皆が押し黙りおったわい」


 にんまり。と得意げに笑うディレル。


「無茶なことを………」


 がっくり、と肩を落とすリリクル。


 グナクトですら気圧されるディレルと戦え、など人の身でかなう相談ではない。


「巫女様」


 たまりかねたグナクトがずい、と前に出る。リリクルにすべて任せる、とふて寝していたはいいが、やはり黙っていられなくなったのだ。


「なんだ。馬鹿息子。戻ってきたのか。お払い箱か」


 十字軍遠征に出向いたグナクトが戻ってきているのをみて、ディレルが愉快そうに笑う。十字軍ではさしたる活躍の機会もなかったと聞いている。無駄飯ぐらいが暇を出されたか、と笑ったのだ。


「それは今はいい! ………あれはプロンゾの象徴にして秘。人前にさらすなど、正気の沙汰ではありませんぞ」


 ギラリ、と眼光を発するグナクト。


「それよ」


 亜人海賊をすら圧倒するグナクトの眼光を真っ向から受けてもディレルには微塵の変化もない。


「なに?」


「プロンゾの象徴」


「………それが?」


「お前たちは、何をしに、ガラタリアくんだりまで出向いた。それを今一度申してみよ」


「貴族に、………なるためですが」


「そうだ」


 鷹揚にうなずくディレル。本人はこれでわかっただろ、と言わんばかりだが、誰もわからない。


 誰か気づくか、と皆を見回すディレルだが、戸惑った気配だけがあって、これといった反応はないので軽く嘆息する。この中で、ノルベルトはうすうす察しつつあったが迂闊に発言する気はない。


「いまのいままで、プロンゾはただの弱小民族でしかなった。それこそ、いつ消え去るかわからぬ、な。それが、この度の貴族様だ。しかも、世にときめく神聖ガロマン帝国の貴族の仲間入りである」


「………む」


「よいか、世界の者共に、我らプロンゾここにあり、と高々と宣言せねばならんのだ。そうであれば、何をもって叫ぶ? 象徴を押し立てて叫ぶほかなかろう」


 にやり、と笑うディレル。


「そのためのアトゥーレトゥーロだというのか!?」


 驚愕の声をあげるリリクル。


 プロンゾ貴族化をいち早く考えるものがいたとは、しかも、それがプロンゾにこもって動かない巫女、ディレルが発想ししかもすでに着手していたとは、と雷に打たれたかのように衝撃を受けるリリクル。


「そうだ。貴族には、貴族にふさわしい振る舞いというものがあろうが。人目に触れさせず秘せ? 阿呆め。いつまで蛮族に甘んじておるつもりだ」


「ぐ」


「ガラタリアに出向いて、何を見た。何を聞いてきた。貴族というのは、自分の強味を隠す存在か? 富や権力を誰の目にも触れさせず慎ましく過ごしておるのか? 違うであろう。誇りを、尊厳を、生命を、胸を張って主張するのが、貴族という存在であろうが」


 ちらり、とディレルの目が、見知らぬカトリーナに注がれる。


 少々過度な部分はあるが、カトリーナこそ、自分の力を、存在を、これでもかと胸を張って主張して生きているのだ。これほどわかりやすく貴族というものを表すものはない。もちろん、ミハエルとて見栄えなら負けてはいないが。


 確かに、神聖ガロマン皇帝フリーデルン二世から賜ったプロンゾの紋章も、アトゥーレトゥーロを意匠化したものだ。アトゥーレトゥーロ=プロンゾ、これが公式の理解なのだ。ならば、それを旧態依然として、他のものの目に触れないように秘したまま隠す、というのは蛮族の風習と侮られても仕方がない、と言えよう。


 そう言われてみれば、これほどわかりやすい、暴力的なまでに人の目をこじ開け、さあ見ろ! とばかりに主張してくる象徴はそうそうないであろう。プロンゾというものがどういうものか、これほど把握しやすい題材はないと言ってよい。


 しかし、こんな辺地にあってまるで世界を見てきたかのように情勢を、そこまで開明的に、誰よりも先鋭的に思考していたとは、と、ディレルの底知れぬ智謀に人々は驚愕する。プロンゾの、古風な風習やしきたりや伝統、思想をもっとも体現すべき巫女が、誰よりもその固着した因習を打破し、新時代に先駆けて変革を推し進めていようとは、誰が想像し得よう。


「………ぐぬ」


 そんな深謀遠慮を、すでに考えて手を打っていたとは、とさすがのグナクトも避難の声があげられない。


「で、でもディレル様、アトゥーレトゥーロによってできた日陰で町に影響が出ております」


 ミミクルがニーモにすがりながら。


 ディレルやらグナクトやらの登場におっかなびっくりだった町の人々もうんうんと小さく同調する。先程よりだいぶ大人しいが。


「………ふむ、なにせ、あの大きさだ。場所については臨時で置いたにすぎぬ。邪魔なら考えればよかろう。町の皆には迷惑をかけたな。謝るぞ。この通りだ」


 頭を下げるディレルに、驚いてあわあわとする町の人々。そう簡単に平民に謝罪する貴族など、この世界にはいないのだ。


「なぁに、なかなか戻ってこぬ放蕩者がいたものでな。本来なら話し合いで決められたのだよ」


「うぐ、ちょっと用事があって時間をとられたのだ」


 リリクルのミスリルの甲冑にかかった日数のことだ。


 いくら、ある程度は軌道に乗ったとはいえ、復興の陣頭指揮に当たるべき指導者が一月以上も予定を超えて戻ってこないとなると、それは不都合も出てくる、ということだ。


 ディレルの叱責にばつが悪そうに顔を背けるリリクル。


「そしてだ、アトゥーレトゥーロをここに持ってきた意味は、それだけではないぞ。そろそろ来る頃だ」


 自分が来た方向、アトゥーレトゥーロを振り返るディレル。


 ディルツ騎士団の砦と、アルクスネの町をつなぐ橋。その橋から歩いてくるものが見えた。


 三人の男たちだ。


 ただの平民にしては身なりがよい、洗練された所作を感じる者たちだった。そのものたちは真っ直ぐにミハエルたちに向かってくるので、町の人々が割れて場を開ける。


 にい、と笑うディレルに、三人の男たちがひざまずく。


「客人だ」



 やっとかめ~。


 久しぶりすぎて内容なんて憶えてねぇよ、と思っておられるでしょう。大丈夫。


 わたしもまったくおb(ピーーーーーーーーーーー


 …


 最近はアニメ化されてようやく『わたし、能力は平均値でっていったよね!』と『本好きの下剋上』を読んでおりまして。続きが気になって気になって、読まずにはいられない。あと、あの長大な内容をすべてアニメ化してくれたら言うことはありませんけどね。


 さて、天を衝く大巨木といって「ファザナドゥ」がわかる人は、間違いなくおっさん。


 本家とは全然違うゲームだそうですが、子供のわたしは夢中になって遊んだもんです。ー人ー。


 あと、一度は使ってみたい日本語シリーズ。独擅場。どくせんじょうだよ。どくだんじょうではないよ。漢字では独擅場と、独壇場で違うので気をつけてね☆


 言葉というものは、時として間違ったまま流布するものでして。たとえば「的を得る」という言い方も昨今はそこまで間違いじゃないんじゃね? という意見に傾いているのだとか。


 古くは「正鵠を得る」と言って、的の中心を意味したもので、物事の要、かんどころ、という意味だとか。


 つまり、要点を得た、という言い方もするので、正鵠を得る、的を得る、という言い回しでも間違いではない、ということになっているんだとか。


 あと、全然、という使い方。


 昔は、否定的な言い回しでないと駄目よ、というニュアンスだったそうですが、本来は、どっちでもいいのだそうですね。全然OK、で問題ないんだそう。


 にほんごって難しい。


 と、言ったところでまだ生きておりますよ、というご報告までに。


 したらば。

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