鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (二十八)
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「うむ。よく来た」
尊大に胸をそらすカトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク。
ミハエル一行を出迎える。
そして。
「ようこそ、お越しくださいました」
40人はいるであろう召使いたちが一斉にミハエル一行に頭を下げた。
「わ、わざわざの出迎え痛み入ります」
もらった地図を頼りにやってきたものの、驚きの声をあげるミハエル。
アルクスネに帰還するにあたって、一緒に同行するカトリーナを迎えにやってきたというわけだったのだが。
先触れもなくやってきたが、門の警備を担っていた門弟が知らせに戻る前に一行の到着をまるで知っていたかのように出迎えたのだ。恐らく、ミミクル・フォン・プロンゾの気配を感じ取っていたのだろう。
ここはカトリーナの、ブラウツヴァイクの居館。
ガロマン教皇を補佐する枢機卿の一人であるジョヴィルリッヒ・フォン・ブラウツヴァイクの居館である。ジョヴィルリッヒ家はユーロペタにおける古い家柄でガラタリアに広大な領地を有する有力な貴族であった。さらに、ガロマン教皇領を警護する、ほぼ唯一の戦力ともいえる独自の武闘流派、天鋼聖拳の門弟1000人という私兵を抱えてもいるのだ。よって、出家が当たり前の神官職にあって唯一とも言える妻帯した枢機卿であった。教皇領を警護する、という私兵を抱えているような存在ともなればその地位は自然と世襲となってしまったのだ。なので枢機卿という地位もほぼ不動である。そのかわりに自身が教皇に立候補することはない。ないが、浄財によって運営される教会にあって唯一、私財を抱えることを許された存在であり、立場的には大貴族と変わらない。
その影響力は絶大である。
居館も、居城と言い換えてもおかしくないほどの規模であり、1000人の門弟の住む屋敷や修行場を広大な敷地内に抱え、ガロマン教皇領でも抜きん出た存在感を放っていた。
数多の召使を引き連れたカトリーナは、間違いなく貴族令嬢といってよいのだが、その姿は瀟洒なドレスではなく、見慣れた道着に革鎧をまとった姿である。ふん、と鼻を鳴らすいつものカトリーナと、王族にも匹敵する数の召使と背後にそびえる轟くような居館。
つい昨日までパラレマ王宮におわす神聖ガロマン帝国皇帝フリーデルン二世の歓待を受けており、王族とも親しく接してきたわけだが、よもやカトリーナがここまで王族にも匹敵するほどの大貴族であるとは。あのコボルドとの戦いの時ピウサ修道院で母であるセシリーニからも話には聞いていたとはいえ、ミハエルらは面食らったというわけだった。
「父上もお母様も中でお待ちだ」
歩き出すカトリーナに、かしずく召使いたちに挟まれるようにそれに続くミハエルら。
「話には聞いていたけど、こんな大きなお屋敷に住んでるなんて、カトリーナは本当にお姫様なんだね」
ミミクルが眩しいものを見るかのようにカトリーナを、そして居館を見上げた。
「まぁな。とは言っても、すべては父上のものだから、わらわのものではないが」
「とはいえ、ジョヴィルリッヒ様の唯一の跡取りなのだから、いずれはすべてを相続するのだろう?」
リリクルが驚きとも羨望とも取れぬため息をつきながら言う。
カトリーナの他に兄弟も、親族もいない。
ジョヴィルリッヒは妻、セシリーニの他に第二婦人も側室も妾も、もちろん、お手付きのものもいない。神官職にはあるが特例として妻帯しているとはいえ、そう妻を増やすわけにはいかないからだ。莫大な資産を、カトリーナ一人が相続することになるはずである。
「そうなんだがな。わらわに、こんな巨大な資産は手に余る。相続すると言っても、誰ぞに管理を委ねることになるだろう。もしくは、婿を取ることには、なるのであろうが」
見慣れたはずの自身の居館を見上げるカトリーナ。普通、貴族は自身の領地経営を地元の有力者に代官として一任し、本人は出納などを見るだけなのが多い。広大な領地を自身で管理するなど到底できることではないからだ。なので、現状でもジョヴィルリッヒが一人ですべてを見ているわけではないが、カトリーナが相続するとなると、当然、婿を取り、そのものが管理をすることにはなるだろう。
世襲枢機卿を約束された一族の美貌の令嬢、しかも一人娘。
これだけなら、数多の独身貴族が雲霞の如く、雨後の筍の如く、押し寄せそうなものだが。
なのだが。
少なくとも、ユーロペタの貴族令嬢に、道着に革鎧をまとった貴族令嬢など皆無のはずだ。
ノルベルト・グリモワールやバルマン・タイドゥアなどが、チャンスだぞ、お前いけよ、などと小声で言い合い、フランコ・ビニデンの背をどしどし押してからかってはいるが、誰も本気で立候補しようとは夢にも思わない。彼らの誰もが、カトリーナと本気でやりあって勝てるとは思っていないのだ。
彼らとて、歴戦の勇士。腕には覚えがある。だが、相手が悪い。
この前殲滅した亜人海賊。グナクト一人でほとんど撃滅したが、カトリーナだって同じことができるだろう。いやたとえ、天使を憑依させなくとも、人間海賊相手なら一人でのしてしまいそうだった。それだけの力量を、カトリーナはもっているのだ。
「ミハエルはやらんぞ」
リリクル。ミハエルの腕にしがみついて。
「いらん。………いや、その見栄えなら悪くはないが」
ちらり、とミハエルを見て。当のミハエルは苦笑しか出ない。
「恩寵者だけあって、武はそれなりだが、こう、父上にも匹敵するほどの腕前がないと、納得できん」
「あのジョヴィルリッヒ様に匹敵、って、親父くらいのものじゃないか?」
「………なんだ」
ヒグマのごときジョヴィルリッヒの巨漢を思い浮かべたリリクル。それに匹敵するヒグマとなると、グナクトしか想像できない。当のグナクトはまだ見知らぬジョヴィルリッヒと比べられて少し不機嫌そうに返す。
ミハエル並の容姿に、ジョヴィルリッヒ並の武闘家。
いるはずがない。
カトリーナの婿取りは想像以上に(あるいは、想定通りに)難儀することになりそうだ。
「うむ………。凡骨を婿にとっても、気に食わなければぶちのしてしまいそうだしな」
ひぃぃ、とフランコが小声で悲鳴をあげる。お前いけよ、とさんざん背中を押されていたのだ。ノルベルトのにやにや顔が止まらない。そんなふざける彼らをケット・シーのニーモが呆れ顔をしていた。
「見通しは明るくないな………」
「まあ、父上も、あれは殺して簡単にくたばるような人間ではない。この家を継ぐのは相当先になるだろう。ゆっくりやるさ」
「なら、1000人の門弟から選ぶのは?」
ミミクルが門を警備していた偉丈夫たる門弟を思い返してつぶやくように言う。カトリーナ以上の武道の達人、となると、同じ天鋼聖拳の使い手から選ぶのが自然の成り行き、と言えるだろう。
「その線が濃厚であろうが………」
煮え切らないカトリーナ。厳しい鑑識眼にかなう逸材はいないのだろう。カトリーナは自分以上か、それに匹敵するほどの武道の達人でないと認めない。根っからの武闘派だ。
そういえば、とミミクルは思い出す。カトリーナは自身のことをジョヴィルリッヒ一の弟子、と豪語していたのだ。そういうことだ。
「まあ、わらわのことは置いておけ。ここだ」
豪壮な扉につく。
「お連れしたぞ」
両脇に配置された執事が、聞いただけで貴族邸、とわかる重底音を響かせて漆黒の扉を開けた。
「ようこそ。ディルツ騎士団の方々。拙僧が主のジョヴィルリッヒである」
特注製のソファから腰をあげたジョヴィルリッヒ。
グナクトに至っては、ギラリ、と眼を輝かせた。その眼にジョヴィルリッヒも気がつく。両者、自分によく似た巨漢がいる、と聞いており興味津々だったのだ。もちろん、並外れた巨漢など、この二人以外にいるはずがないから、視線に気がつくのも当たり前ではあるが。
「こちらが妻のセシリーニ。妻が世話になったようだな」
「セシリーニです。お久しぶりです。皆様」
セシリーニが会釈する。ピウサ修道院以来の対面であった。
山のような武闘家の夫に、対象的な知的な雰囲気の妻。これほど対象的なのはグナクトと妻のイーナム・ディームとそっくりだった。確かにグナクトとよく似ているな、とリリクルは思った。ヒグマの如き巨漢といい本当によく似ている。
「ご機嫌麗しく、セシリーニさん。お久しぶりです」
深々と頭を垂れるミハエル。
「こちらこそ、カトリーナさんにはお世話になりました。この前のコボルドとの一戦でも、カトリーナさんがいなければ我々は生きて帰ることもできなかったでしょう。本当に助けていただきました」
「はい、カトリーナが、あと、わたくしの研究の成果がお役に立ちまして幸いです」
朗らかに微笑むセシリーニ。
苦難を乗り越え、研究を結実させて家に帰ることができたのだ。誇らしげであった。
「ですね。本当にありがとうございました。あ、ジョヴィルリッヒさんには初対面ですね。こちらが副官のノルベルト、隊長のバルマン、ガンタニ、ヨハン、フランコ、あとこちらが、前プロンゾの族長、………族長はまずいんですかね? 現プロンゾ方伯の前当主にして、プロンゾ一の戦士。リリクルさんとミミクルさんのお父さんである、グナクトさんです」
眼光鋭いグナクトに、ジョヴィルリッヒがずい、と一歩前に出る。
「ジョビルリッヒである。貴殿の息女には世話になっている」
「グナクトだ。こちらも、娘が世話になっている。よろしく頼む」
ずい、と右手を差し出すグナクト。
それを握り返すジョヴィルリッヒ。
がっちり、と熊にも匹敵する、巨大な手を握る両者。
微笑ましき、素晴らしき友好の一場面。その手は、すぐに離れる、………はずだった。
だが、しばしの時間をおいてもその手が離れることがない。さすがに、ん? と皆がそちらを伺うと、両者、恐ろしいほどの握力で握っているのが分かったのであった。
ぎょっとする一行。
ここで力比べかよ………、とさすがのノルベルトも冷や汗を禁じ得ない。
やがて。
「ふ。世界は広いな。旅の途中でかような傑物にお目にかかれようとはな」
ほくそ笑むグナクト。
「拙僧も同じ気持ちである。我が全力をもってしても潰れない拳に出会ったのは、貴殿が初めてだ」
能面のごとき巌の顔に微笑を貼り付けるジョヴィルリッヒ。
そして、握手から一転、バン! と腕相撲のようにがっちり手と手を取り合う両者。その顔は晴れ晴れとしていた。
ヒグマ同士が認めあった!? ミハエルらも驚愕する。超越的戦士の邂逅、そして常人の域をはるかに隔絶した理解のはやさに、到底ついていけない。
「す、すいませんね、うちの人、優れた武人と出会うと試さずにはいられないたちで」
セシリーニが知的なものには理解できないという風に頭を下げた。
「いえ、我が親のことながら、お恥ずかしい」
リリクルも頭を下げる。
「うむうむ、武道家に言葉はいらぬ。その一瞬で分かり合えるのだ。素晴らしいことではないか」
一人、カトリーナだけが満足げであった。
「せっかくいらしたのだ、存分に歓待させていただきたいが、すぐにでも発たれるのであるか?」
素晴らしき好敵手に巡り会えたからか、幾分興奮気味のジョヴィルリッヒ。
「そうですね………、特別、急がねばならない理由も、あるわけではありませんが」
ミハエルが思案する。アルクスネはいまやプロンゾと、行政に秀でたディルツ本国から派遣された修道士によって順調に復興が進んでいるはずであり、ミハエルらが大急ぎで帰らねばならない理由もなかった。
「急いで帰ることもあるまい。せっかくだ、門弟たちの稽古風景でも見てゆくが良い」
カトリーナがミミクルの手を取りながら言う。カトリーナとしてはミミクルと遊べればそれで良いのだ。
「それは有り難いが、良いのか? うちの親父は人八倍食うぞ?」
リリクルがグナクトを見上げて言う。
「ふ。大食らいが一人増えるだけだ。ま、厨を預かる者共は面食らうであろうがな。それとて織り込み済みだ。安心せい」
ああ、だろうな………。
グナクトとジョヴィルリッヒとを見比べ、腑に落ちる一行であった。
※ ※ ※ ※ ※
「ここが修練所である」
翌日。ジョヴィルリッヒの案内で邸内にある1000人の門弟用の稽古場に案内されるミハエルら一行。
広大な敷地には数百人程が修練に励んでいた。
列をなし拳法の型を繰り返すもの、地面に突き立てられ荒縄を巻かれた丸太に拳打を浴びせるもの、片腕で逆立ちをするもの、細い丸太の上でバランスを取りながら筋力を鍛えるもの、様々なものが稽古に励んでいるのであった。
「壮観ですね」
ユーロペタでも唯一の武闘家の修練に、さすがのミハエルも興味津々であった。
その中でも一際目を引くのが、中央にある闘技場だ。
今も二人の門弟が独特の形をした曲刀を振り回し、もう一方も独特の型で槍を操って戦っていた。
身のこなし、体捌き、ユーロペタの騎士には馴染みのない動きであった。
ユーロペタの騎士、戦士は重装な鎧に身を包んでいるから、いかにそれを上回る腕力、体力で相手を打ち負かすかを競うが、この門弟たちはすべて道着を着ただけの軽装な姿である。軽装な分、動きもそれに合わせて軽快で時には宙を舞うかのような動きで相手を翻弄しようと戦う。華麗な戦闘スタイルだった。
ノルベルトはその動きをつぶさにみながら、しかし実戦ともなればあの門弟たちが相手では苦戦は免れない、と思った。
確かに、門弟たちは軽快な動きで時にひらりと宙に舞い、見た目は軽やかだがその一瞬、一瞬での攻防は常に相手の急所を狙った的確なものだ。しかも、一撃が重い。まるでハンマーに殴打されたかのように、鎧を着ていても突き抜けるような衝撃が体を襲うはずだ。
並の騎士、戦士ならその動きにたやすく翻弄され、思わぬ痛打を浴び叩きのめされるであろう。
「ここの門弟どもは教皇をお守りするのが本務であるからさほど実戦を味わってはおらんが、それでも訓練は実戦を想定しておる。いざとなれば歴戦の戦士にも遅れはとらんはずだ」
「でしょうね」
ミハエルも真剣な眼差しで彼らをみていた。
「そういえば、カトリーナと同様の研究を彼らに試しているのか?」
リリクル。セシリーニが召喚術と武闘術を融合させようとしていると聞いているのだ。
「うむ。まあ、召喚術を使いこなせるものもおらんし、天使と相性の良い武闘家もそうそうおらんからそっちは難儀しておるが、研究は次の段階に進んでおるぞ」
カトリーナ。
「次の?」
不思議そうに小首をかしげるミミクル。
「そうだ」
にやりと笑うカトリーナ。
「天使召喚憑依魔法術式というのは、天使を純粋なエネルギーとして身体強化に用いるという技術だ。なら、純粋なエネルギーを用いるなら別に天使をその身に宿す必要は必ずしもないと言うわけだ」
「………えっと?」
「つまりだ―――」
「ジョビルリッヒ様、カトリーナお嬢様!」
一層元気な声がカトリーナの声を遮る。
「おう。アドリアンではないか」
たっ、と軽やかに駆けてくる門弟。
若い。
齢はまだ十代後半であろう。身長は180ほど。ほどよく鍛えられた肉体に、陽気さでは人後に落ちないガラタリア人をさらに輪をかけて陽気にしたような、一瞥で陽気なキャラだとわかる笑顔に彩られた青年であった。
どちらかと言えば寡黙に修練に励んでいる門弟たちにあって異彩を放っていた。
「北方に発たれるとのことでしたが、はわっ!? そ、そ、そちらのやさお、ごほん! か、方々が、ディルツ騎士団の!?」
ミハエルを識別して、明らかに動揺するアドリアン。
こいつ、優男と言おうとしたな。
ミハエルとミミクル以外のすべての人間が理解した。
そういえば、カトリーナもミハエルをみて開口一番、優男といっていたな、とノルベルトも思い出す。武闘家にとって優男は何か含む所でもあると言うのか。
また、この一瞬で、明らかにこの青年はカトリーナを狙っている口だな………、と理解する一行なのであった。確かに、ミハエルのようなものと一緒にいくと分かれば動揺もするというものであろうか。
腕に自身があるノルベルトたちは、この青年が明らかに若さの消えない発展途上の状態にあると分かった。だが、確かに見栄えはミハエルに数段劣るとは言え、これがあと数年、もしくは十年も経てばもしかすると、と思わせた。それだけの将来性を十二分に匂わせるものがこの青年にはあった。現状でも、恐らくフランコを凌ぐだけの実力はありそうだった。
「アドリアン・カッチャリーノ。門弟の中でも有望な一人である。アドリアン、挨拶せんか」
「はッ、はい! ジョヴィルリッヒ様の下で鍛えさせて頂いているアドリアンと申します、お見知りおきを!」
ジョヴィルリッヒの苦虫を噛み潰したような顔つきからの紹介に、アドリアンが頭を下げた。元気いっぱい。お辞儀の角度は90度だ。
「わらわのいない間、留守を頼むぞ」
「えっ!! い、いえ、そうだ、ジョヴィルリッヒ様の跡を襲う大事な御身ではありませんか、カトリーナお嬢様がそのような危険な地に赴くなど!」
目に見えてわかりやすく引き止めにはいるアドリアン。
「すでに幾度も説明したであろうに………」
「得体の知れないコボルドと戦うなど、危険に過ぎます。この稽古場で十二分に修練を積んでからでも遅くはないではありませんか!」
「ふ。古の賢人もこう申されているであろう。『民人あり、社稷あり、何ぞ必ずしも書を読みて然る後に学と為さん』とな」
尊大に胸をそらすカトリーナ。
学問をするというのなら、何も机にかじりつくだけが能ではない。民衆と向き合い、国家のために働くことも十二分に学問である。
という意味だ。
アドリアンの諫止を待つまでもなく、ジョヴィルリッヒからも、セシリーニからも十二分に諫止を受けているのだ。それを受け流す説得方法もすでに手慣れたものだった。
「その後に『この故にかの佞者を悪む』とも言うではありませんか!」
つまり、それは屁理屈だ。というわけだ。
確かに、机にしがみつくばかりが学問ではなかろう。そのすべてではなかろう。
だが、発展途上の若者を実戦に送り出してしまっては、むざむざと死地に追いやる結果にもなりかねない。十分な修練を経た後にこそ、鍛え上げた練達の技で己を活かすべきだ。
どちらもどちらに、一理あった。だから、屁理屈の得意なやつは嫌いだ、という古の賢人の嘆息である。
カトリーナの学に追随できるこの若者も、ただの武闘家ではない。
「ふ。それは、お前のような青二才にこそふさわしい」
「うぐッ」
あくまで尊大なカトリーナである。
「それにだ。このミハエルは、お前如きには遅れはとらんぞ?」
に。と笑うカトリーナ。
引き合いに出されたミハエルは、え、と嫌そうな笑みを浮かべた。
「ま、まさか! わたしとてこの天鋼聖拳の末席を汚す者、いくら高名なディルツ騎士であってもそうそう遅れをとるなどと」
ミハエルをちら、とみて侮るアドリアン。
確かに、自分より見栄えで数段優れたミハエルが、そこまで武に長けたものであるとは思えなかったのであろう。明らかに偏見ではあるが。
「ふ。だからお前は未熟者よ」
小馬鹿にするカトリーナ。
「アドリアン。そなたはまだ、人を見る眼を養っておらんようだな」
ジョヴィルリッヒもたしなめる。
「ううっ………」
とはいえ、そう簡単には引き下がれないアドリアンであった。
高嶺の花を追い求める者。
リリクルなどは徐々にこの青年に好意をもってゆくのであった。似た者同士であったからだ。
「わからぬと申すならミハエル、この未熟者の相手をして、現実を知らしめてやれ」
振り返り、ミハエルに猛々しい笑みを向けるカトリーナ。
「え………」
目に見えて嫌そうな顔のミハエル。
「そうだぞ。ミハエル。前途有望な若者を教導するのも先達の努めというものであろう」
ミハエルの肩をぽんぽんとたたいてカトリーナの援護をするリリクル。ミハエルと戦って現実を知るのも悪くはないと思ったのだ。自分もかつて同様の目にあったから。戦士たるもの、現実を思い知ってさらに成長の芽が出るというわけだ。とはいってもノルベルトとグナクト以外ではこの一行では年齢的にそこまで離れているわけではないが。
「そうだぜ。ミハエル。せっかく見学に呼んでもらったんだ。何もしないんじゃ荒くれのディルツ騎士としても格好つかんだろ」
にやにやと笑うノルベルト。
「え、いや、はぁ………」
渋々、といった感じのミハエル。
「決まりだ。アドリアン。もんでもらえ」
「ぐッ、よ、よろしくおねがいしまッす!」
お辞儀は90度。
しかし、顔を上げて一転、アドリアンは絶対ミハエルを一敗地にまみれさせてやる、と決意していた。
道着の紐を締め直し、ぱんぱん! と両頬を叩いて気合を入れる。
「………まあ、ミハエル殿がお嫌でなければよいであろう。今をときめくディルツ騎士に稽古をつけていただくのも良い経験となる。者共、場を整えよ!」
ジョヴィルリッヒの号令一下、門弟たちが闘技場の土をならし、綺麗に片付けられる。
「好きな獲物を使え」
カトリーナがミハエルに稽古用の武器を示す。
様々な形状の木剣や槍、ミハエルらが見たこともない武器も立てかけてあった。
「では、なれた剣で」
木剣を手に取るミハエル。ぶんぶんと振って感触を確かめる。
まさか稽古とは言え戦うことになるとは思わず、ミハエルは旅装のままだ。渋々といった感じで闘技場に歩を進めるミハエルに、アドリアンは闘志を向ける。
「ち、ちなみに、ミハエル、さんと申されましたか、カトリーナお嬢様とはどういったご関係ですか!?」
「え………」
どう、と聞かれても………とミハエルがカトリーナを見る。助っ人、と言ったほうが良いのであろうか、と考えていると。
「二人して約束を果たしに行くような間柄だぜ」
と、のたまうノルベルト。
約束、とは、あのコボルド・ロードとの再戦のことだろう。
しかし、その言い方だと………、と一行が考えた、次の瞬間。
「ふっふ、どうやら、ミハエルさんとは徹底的に話し合う必要がありそうですね!!」
ゴウ、と闘志を爆発させるアドリアン。
「おい………」
ジト目でリリクルがノルベルトを睨む。
「嘘は言ってねぇだろ?」
にやにや顔のノルベルト。
「わざと誤解を招くような物言いを………」
「ああいうガキは怒ってるくらいがちょうどいい力加減になるんだよ」
「まったく。まあ、心配はしていないが」
若者がブチ切れて想定以上の力量を振り回したところで、それでミハエルがどうにかなるとは思っていない。リリクルは絶対の信頼を寄せているのだ。
「実戦に『始め』も、『終わり』もない。自身の呼吸でかかれ」
いきなり実戦を想定しろと言い出すジョヴィルリッヒ。客人ではなかったのかな、とミハエルも思わないでもないが、それで動揺するわけでもない。
「では、いきますよ!」
まずは、と自慢の足さばきを見せるアドリアン。ミハエルに見せびらかすように、踵落としや連続回転キック、三段蹴りなどを次々と演武のように披露する。
速度や、空気を切るように繰り出される足技は、確かに強力だった。しかし、ミハエルは木剣を両手で正眼の位置に構えたままアドリアンの動きを注視するのみで微動だにしない。
臆したか。
自身の体捌きに絶対の自身があるアドリアン。多くのユーロペタの騎士たちが、この天鋼聖拳の動きについていけないことを知っていた。
盾や鎧で守られてはいても、動きを捕捉できなければ意味がない。相手の攻撃をあっさりとかわし、こちらは必殺の攻撃を叩き込むのみ。
いくら重装を誇ろうと、完全に体を鎧うことなどできるわけはない。そんなことをすれば身動きが取れなくなる。その、わずかと言えどあいた隙間に武器を突き入れる稽古を、血反吐を吐くくらい修練するのが天鋼聖拳だ。例えば、兜をかぶっていても眼を完全に覆うわけにはいかない。ほんの僅かな隙間に剣を突き入れるという芸当だって、優れた門弟なら軽々とやってのける。
さすがにこの稽古の場でそんな真似はできないが、旅装のままの相手を叩きのめすくらいはわけない。
最近プロンゾを征伐したというディルツ騎士団がどれほどの集団なのか知らないし興味もないが、凡百の騎士など天鋼聖拳の敵ではない。無様に地に倒れ伏すが良い。しかし、凡百、と思ってミハエルの面構えを見て、無性に苛立ちを覚えるアドリアン。
ダッ、と一瞬にして距離を詰め、ミハエルに渾身の正拳を突きつける。
その刹那。
強烈な殺気をミハエルに叩きつけ、アドリアンは身を落とす。片手を地について、それを軸に全力の足払いを仕掛ける。
勝った。
アドリアンはその瞬間、無様に地を転げ回るミハエルの姿が脳裏に閃いた。
しかし。
己に襲い掛かる殺気を浴びながらもミハエルは、アドリアンの動きを寸毫も見逃さなかった。目くらましの正拳からの足払いへの移行にも幻惑されない。アドリアンの狙いを正確に理解すると、ただ、静かに腰を低くするのみだった。
雷光の如き足払いがミハエルを襲う。だが。
ゴッ!
「バッ!」
ばかなっ!?
その一言をかろうじてアドリアンは飲み込んだ。反撃の剣を避け、すぐさまミハエルから距離をとるアドリアン。
無様に舞って地に叩きつけられるはずだった、しかし、実際はアドリアンの蹴りはたやすく防がれていた。絶対の自信の足払いを防がれ、信じられない事態に思わずアドリアンも驚愕の声が出てしまったが、ただちにその声を飲み込んだのも、彼の矜持のなせる技だった。相手をなめきって繰り出した技を完璧に防がれたあげく、驚愕の声が出ました、などと天鋼聖拳の末席を汚す身として、これ以上その席を汚すわけにはいかない、ということだ。
しかし、とはいえアドリアンの驚愕も仕方ないものだった。
彼の足払いは、まともに食らえば装備重量も含めて100キロを超す重装の騎士と言えど上下をひっくり返せるほどの威力がある。それを、全然力をこめた風もなく腰をおろしただけで防いだのだ。しかも、鉄を蹴飛ばしたかのような衝撃を受けた。どんな強靭な肉体を有しているのか、と驚愕するのも仕方がない事態だったのだ。
「ほう………」
若さゆえの未熟とはいえ、アドリアンも天鋼聖拳の有力な門弟の一人だ。その全力の足払いを、易々と防ぐとは。ジョヴィルリッヒもミハエルが只者ではないとは知っていたつもりだが、軽く驚いた。
周囲を取り巻く門弟たちにも、開いた口が塞がらないものもでるほどである。
「くそガキも、少しは現実を知ったんじゃないか?」
にやにやと笑うノルベルト。ミハエルならこの程度の芸当は朝飯前、といったところだ。
「で、あろうな。だが、あの未熟者が、なにゆえ天鋼聖拳の高弟か。すぐに分かるぞ」
「ほう?」
当然の結果であろうな、とわかりきった風のカトリーナの一言に、ノルベルトも興味を示す。
「は、はっは! さすがですね。これはわたしも奥の手を出さざるを得ませんね」
「奥の手?」
「そうです! ジョヴィルリッヒ様の武道とセシリーニ様の研究の成果の融合、とくとご覧あれ!
我が拳は天を突き、我が脚は地を覆う! 音に聞け! 我が武威に瞠目せよ! 我が飛べば天を飛翔し、我が鳴けば世界を驚かす! ――――三身駆陽魄!」
「呪文!」
ミミクルが驚く。
「そう。先程の続きだ。天使を純粋なエネルギーとし、その力をもって身体を強化する。しかし、天使を召喚できないものはどうするか、その答えのひとつが、あれだ」
「そうか。己の魔力で身体を強化する、ということか」
感心するニーモ。天使を純粋なるエネルギーに変換し、身体を強化する技があるのなら、己に巡る魔力を使って身体を強化することだって不可能ではないはず。セシリーニはその研究を進めていたというわけだ。
今の今まで、魔法とは外に放出するものだという概念で全てであった。地水火風に治療に使う魔法とて、すべて放出系の魔法である。
だが、その放出するはずの魔力を、自身の内に蓄えみなぎらせ、身体を強化する。セシリーニが背に彫る魔法陣という方法でエネルギーを肉体に循環させる研究を完成させたことによって生み出された考えで、これまでのユーロペタにはない発想であった。
「これなら、天使を召喚するなんてしち面倒くさいことしなくても済むってことか。魔法使いなら誰でも使いこなせる可能性はある。こりゃ面白くなってきたじゃねぇか」
これで、天使との相性とか、天使を召喚できるほどの有力で高潔な人士を求める必要もなくなった。そうでなくても強力な武闘家である、このジョヴィルリッヒの抱える1000人の門弟のうち、魔力に素養のあるものなら誰でもさらに強力な身体強化ができる可能性が出てきたというわけだ。
革命的、とまでいうと言い過ぎであろうが、それでも革命的と言ってもよいほどの発明である。
「うむ。まあ、天使を召喚するのに比べれば当然、数段落ちるがな。ミハエル! 気をつけよ。先ほどとは比べ物にならんぞ」
「………はい!」
「そうです! 先程は貧相なものをお見せして申し訳ありませんでした! これからが本番です!」
ドッ!
一蹴りで闘技場の地面をうがち、アドリアンが飛ぶ。
ミハエルの頬を狙った高速の右ストレート。
それを避けつつ、木剣をアドリアンの背に叩き込む。手加減している余裕はない。遠慮なしの一撃だった。だが。瞬時に大地を蹴り高速の右ストレートからバク転するアドリアン。結構な慣性が身体にかかったはずだが、そういったものを一切感じさせない素早い身のこなしだった。
「………さすがカトリーナお嬢様と轡を並べたというディルツ騎士。動きについてこられるんですね」
先程より一気に加速したというのに、全然ミハエルの対処に遅れはなかった。自分が授かった魔法の原点である、カトリーナの動きを知っているからの反応と言える。カトリーナと戦闘を共にしたというのは伊達ではないということだ。
「余裕はないですけれどね」
「どれほど底知れないんですか」
会心の笑みを浮かべるアドリアン。
余裕はない、とミハエルは言うが、本来なら対処すらできないはずの速度と膂力のはずなのだ。それなのに避けたばかりか即座に反撃する反応速度。ついさっきまでミハエルを侮っていたが、ようやく好敵手と認めたのだ。カトリーナとの関係性とか邪魔な相手とか、そういった想念がすべて脳裏から払われ、今はただ純粋に全力を叩きつけるのみであった。
天鋼聖拳の最先端技術を惜しみなくぶつけられる相手に出会えたことに対する、素直な嬉しさがアドリアンにあるのみだった。
「いきます!」
さらに、ドッと地を蹴り加速する。
疾風と化したその身体から放たれる強烈な踵落としを、避けるミハエル。
踵落としはしょせん、虚仮威し。アドリアンとてこんな大ぶりな技が決まるなどとは思っていない。ミハエルの反撃を許さずすぐさま着地から連撃に移る。
右ストレート、踏み込んでの左フック、すかさずの右の蹴り上げにそのままの踵落とし。
「くっ」
流星の如き連続攻撃。
ミハエルは回避するだけで精一杯だった。だが。
アドリアンの後ろ回し蹴りの隙きをついての雷速の突き。
後ろ回し蹴りをただちに変更し、雷速の突きを蹴り上げるアドリアン。身体強化のみならず、反応速度、五感すべてを強化しているからこそできる芸当であった。
突きをかわされたばかりか、蹴り上げられたミハエル。しかし、バランスを失うことなく反撃のアッパーをかわし流水の如き柔軟さで飛び退く。
「………フン」
グナクトが鼻息を荒くする。
腕を組み、つまらなそうに見ているが、真逆だ。その眼は一切の動きを見逃さず両者の戦いに注がれていた。
「あの魔法があれば、プロンゾ長弓が引けるのに………」
ヨハンの嘆息。この前のリザードマンとの死闘も、全然違ったものとなったはずだ。
「だ、だめだ、二人の動きが目で追いつかない………」
フランコがため息をつきながら言う。
両者の動きがあまりに早いので何をしているのか、どう防いで、どう反撃に転じているのかつかめないのだ。フランコとてこの戦いを糧にしようとしてはいるのだが、その、肝腎の部分が分からない。
「ミハエル様もさすがですが、あの天鋼聖拳の若者の身体強化も凄まじいですね」
バルマンも感嘆の声をあげる。
「俺たち、二人がかりで挑んでやっとか?」
ガンタニ・ティーリウム。バルマンとタッグを組んで挑んで、アドリアン一人と戦って勝ち負け、つまりいい勝負が望めるかどうか。
「相手の勢いを利用するタイプの俺でも、あれはやりにくいねぇ」
ノルベルト。勢いを利用しようにも、現在のアドリアンならばほぼすべての動きを見切ってくるだろう。利用したくてもさせてもらえないはずだ。相手の隙きをついたはずが、こちらの隙きをつかれかねない。身体強化、恐るべき魔法であった。
「今この時ほど、魔法が使えたらって思うことはねぇな」
ノルベルトの嘆息に、そろって同意のうなずきをする一行。天使召喚うんぬんは羨ましいとは思えなかったが、この魔法はさすがに垂涎ものだった。戦士だからこそ、この魔法の優位性が理解できるのだ。
「どうだ。お母様の研究も捨てたものではないであろう」
「すごいね! わたしもああいう魔法使いたくなってきた」
「え、ミミはああいうの、勘弁してほしいけど」
ミミクルの歓声に、ニーモが困った顔をする。
「わたしも改めて魔力がないか鍛えてみるか………」
リリクル。多くのプロンゾ人が魔力を失っているが、しかし、皆無というわけではないのだ。プロンゾの巫女は、生まれた時から顕著に魔力を有しているから巫女と指定されるのであって、プロンゾ人のほとんどは少し魔力がある程度なら魔法使いになろうなどとは思わないし、家族がそうさせない。もしかすると魔力を引き出す訓練をすればあるいは、と思う。武術訓練と魔術訓練はまったく違うものだが、しかし、等しく生命エネルギーからわきいずるものだからだ。
「プロンゾ人はかつては魔力をもっていたそうではないか。もしかすると、この魔法がプロンゾ躍進につながるやも知れぬな」
普通のユーロペタ人で魔力をもって生まれるものはそう多くはない。それにミミクルのように魔力をもって生まれるものの大半は魔法使いとして肉体を強化することなど考えない。そうすると、魔力があるかも知れない、また戦士として優れたプロンゾ人の方がまだ見込みがあるのだ。
「この魔法を授けてもらっていいのか?」
魔法は普通、秘匿される。
国家規模で戦闘に使用されるのが前提となるからだ。そうほいほい他者に教えるわけにはいかないものだ。ましてや最先端技術ともなれば、部外者の目からも隠すのが当たり前なのだが。
「構わぬ。母上の研究が正しいことを世に知らしめる意味もあるからな」
「助かる。これはいい土産になりそうだ」
にっこりと微笑むリリクル。
「ふ。………む。そろそろ決着だな」
そんなリリクルを横目にしたカトリーナがつぶやく。
跳躍してからの、脳天を狙った強烈なブーメランフックに合わせるように薙ぎ払われたミハエルの一閃。
「がッ!!」
ミハエルの全力の剣を受けて、アドリアンが吹き飛ぶ。
どっと地面に叩きつけられ、ごろごろと盛大に転がる。
「あ、大丈夫ですか!? すいません、避けられることを前提で打ち込みました」
「………い、え、平気です。すいません、わたしの負けです。魔力が、つきました………」
立ち上がろうとするも、がっくりと膝をつくアドリアン。
体力、魔力、すべてを消耗してしまったのだ。本気で、全身全霊すべてをミハエルに叩き込んだのだ。ついに魔力がつきて、ミハエルの剣を避けることができなくなってしまったというわけだった。身体のエネルギー、すべてを焼尽してしまったアドリアンに対して、ミハエルは肩を上下させて荒い息をついている程度だ。
アドリアンの体術はほとんどをかわされ、いなされ、有効打は多くない。アドリアンも、単調に終始しがちだったミハエルの剣のほとんどを見切ってかわしていたが、最終的には生命力の差で勝敗が決してしまったと言う訳だった。
恐らく、ミハエルがなりふり構わず攻勢に出ていれば、防戦一方だったのは自分だったろう。そう思わざるを得ないアドリアンであった。ミハエルは徹頭徹尾、稽古の剣撃だけだったのだ。
「さすが、ですね。カトリーナお嬢様と一緒に戦えるというのも、納得いたしました。わたしも精進いたします」
「アドリアンさんも、素晴らしい動きでした。今後が末恐ろしいです」
ミハエルが歩み寄り、アドリアンに手をかす。
そして、がっちりと握手。
自然と、激闘を演じた両者に惜しみない拍手が巻き起こった。
「見事であった。勝敗を分けたのはアドリアンの若さゆえ、といったところか。しかし、得るものの多い一戦であったろう。これを生かして次に活かせ。ミハエル殿も、門弟の稽古に付き合っていただいて感謝にたえない。ディルツ騎士、いや、徴はさすがと言うべきであろうか。今後の活躍を期待しておるぞ」
ジョヴィルリッヒが両者の健闘を称える。
「皆も、慢心せず稽古に励めよ! 強者はこのようにどこにでもおるぞ!」
ハッ!!
ミハエルとアドリアンの戦いに感化された門弟たちの、気合のこもった呼号が周囲にほとばしる。
得たものは、何もアドリアン一人ではないということだった。
そして、両者に感化されたものが、もう一人いた。
無言のまま、ずい、と歩き出すのは、
グナクトだ。
「お、おやじ!」
リリクルが慌てて止めようとする。だが。
「あんなものを見せられて、黙っていられるか。ワシの相手もしてもらうぞ!」
ギラリ、と剣呑な眼光を発するグナクト。
そうなのだ。
生命エネルギーの権化のようなこの男が、白熱する一戦を見せられておとなしくしていられるはずがなかったのだ。
「あー、ああなったら誰にも止められんぞ」
グナクトの高ぶりが手に取るようにわかるノルベルト。自分もそうなのだから。戦士が、あんな戦いを眼前に展開されて血がたぎらないはずがないのだ。
「………そうだな。グナクト殿の相手ができるのは、拙僧しかおらんであろう」
グナクトの射すくめるような眼光を一身に浴びて、不敵に笑うジョヴィルリッヒ。
次の瞬間。
「お相手いたそう!!」
ばっ! と上着を脱ぎ捨てるジョヴィルリッヒ。露わになったのは何の戯画かと言いたくなるほどの筋肉の化物であった。古代の神々の彫像とてここまで化物じみていない、と言いたくなるほどの筋肉の塊。
感化された戦士が、ここにもいたと言うわけだ。
「………遠慮は、いらんな」
一瞥し、獰猛な笑みを浮かべるグナクト。
「もとより!」
ドラゴンすら素手で殺してしまいそうな驍勇の邂逅に、ミハエルも、疲れ果ていたアドリアンもほうほうの体で逃げ出すのみであった。
そして、何とこの化け物たちは一晩中死闘を演じるのであったが、語る要はないだろう。
ただ、
周辺の住民が、すわ、神聖ガロマン帝国皇帝フリーデルン二世の侵攻か!? と恐慌状態に陥ったことと、教皇グレゴッグス九世から叱責の使者が派遣されたこと、だけを記せばこの戦いがどれほど常軌を逸脱したものであったかわかろう。
あと、これを語ってもよいだろうか。
一晩中死闘を繰り広げた両者であったが、かすり傷一つ負うことはなかった。
と――――。
やっもかめ~(やっとかめの上位版。漢字で書くと八百日目(嘘)最上位版はやっちかめ。漢字で書くと八千日目(大嘘))
思想っぽいものを勝手放題書きなぐって満足したのでラノベの方の再開を。最後の文章も数ヶ月前から想定していたので実現にこぎつけて一安心。
って、久し振りになろう世界にやってくるとトップページがおにゅうになっていて面くらいました。これからも躍進を続けるなろう世界ということで、めでたいかぎり。
さて、再開にあたって一応読み返しましたが、まあ、駄文で背筋が凍えるような気がいたしました…。やり直したい気もしましたがそれよりは続きを書くべきだろうということで。自分の文章をこっ恥ずかしく思えるくらいには自身の文章力があがっておる証拠、と前向きに捉えることに。
これからもだらだらと好きなタイミングで書いてゆくのでヒマヒマ星人さんにお付き合いいただければと思います。
まあ、面白いラノベを書く自信は欠片もありませんが、ためになるラノベを書ければ本望ですね。さらっと論語の一文を混ぜ込むラノベもそうないでしょうしね。
……え? ラノベにんなもん求めてない?
デスヨネー(止めるとは言ってない。笑)




