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天と地と人  作者: 豊臣 亨
二章  鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク
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鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (二十六)

2018/11/13 間違いがあったので訂正。


グナクトがディルツ騎士団と共闘する時にも大声を発していたことを忘れていたので訂正いたします。



「さあ、乾杯だ」


「おう!」


 パラレマ王宮に戻る道すがら。


 幌馬車の中で、ノルベルト・グリモワールと、フィーコ子爵ジョリコ・シレンダーは何度目かの祝杯を挙げていた。


 奇しくも仲良くそろって両足をつぶされた両名のためにルルサマの王国基地司令が幌馬車を手配したもので、治癒してくれるはずのミミクル・フォン・プロンゾのいるパラレマ王宮に向かっているのである。他にもグナクト用にも幌馬車が出されていた。ルルサマの町を命がけで救った英雄として、帰還するノルベルトらには町からたくさんのワインが送られており、馬車の中でノルベルトとジョリコだけですでに何樽も空にしていた。


 その後ろを、バルマン・タイドゥアらはノルベルトの馬をつれて騎乗で引き上げていた。


「しかし、話を聞くに信じられん思いだ。まさかこの脚が治るとはな」


 ジョリコが己の脚をさする。


 ディルツ騎士団総長レオポルト・フォン・シュターディオンによって一応の形は取り戻したものの、神経系に筋繊維はズタズタ、まったく動くことはできなかった。


「まったくだ。ありがたいこったぜ」


「おい。俺にもよこせ」


 レオポルトが山と詰まれたワイン樽に手をのばす。レオポルトも例に漏れず酒豪である。


 治療魔法をかけたものの、完全に潰されてしまった脚は今でも激しい痛みを発する。そのため、同乗するレオポルトが時々痛み止めの治癒魔法をかけているのだ。


「本当に良かったですね。でも、ミミちゃんにそんな奇跡が起こせるとは知りませんでしたね」


 フランコ・ビニデン。


 幌馬車に並んで歩いている。


 ここ、ガラタリアに来るときも、彼らはミミクルと一緒に行動していたのだ。そして、高位の天使を召喚できるようになったという話は彼らも知ってはいた。しかし、損傷した体を治癒できるという話までは知らなかったのだ。


「まあ、貴族になってからわかって助かったぜ。そうでもなけりゃ、プロンゾ帰化どころの話じゃすまなかっただろうしな」


 レオポルト。


「ふむ、古プロンゾ族を併呑するべく、貴君らは活動していたのだったな」


 ジョリコ。


「ああ。それも、プロンゾ族がガロマン帝国貴族化することで決着を見たんだけどな」


 もし、ミミクルが高位の天使である座天使(スローンズ)を召喚できるほどの召喚士であることが事前にわかっていれば、ディルツ騎士団首脳部は是が非であろうとプロンゾをつぶして、成功するか失敗するか度外視であらゆる手段を用いてでもミミクルを自軍の戦力とするべくやっきになったであろう。そしてその動きをレオポルトといえど抑え込むことはでなかったはずである。それがこうして、曲がりなりにもガロマン帝国の貴族になったのだ。もはや、ディルツ騎士団がたやすく介入できる話ではなくなったのである。


 座天使(スローンズ)を召喚可能な人間は大司教や枢機卿クラスに限られる。第三位階以上の天使召喚に関する魔法技術はクルダス教でも最高機密であり、しかも、実際問題、召喚術式を授けられるほどの位になったからといって座天使(スローンズ)が召喚に応じるかは別問題なのである。それが、実際に召喚可能で、年齢的にも身分的にも最前線に投入可能な戦力など、そんな人間はこのユーロペタ世界のどこにも存在しないはずなのである。


 扱いは一騎士程度。しかし戦闘能力は王国覆滅レベル。ディルツ騎士団ならずとも、この話を知った、亜人の脅威を受ける国からすれば是が非であろうと手に入れたくなるであろう。亜人に対してぎりぎりの戦いを強いられてきた人類にとってどれほど待望の存在か。垂涎、などという言葉では生ぬるいほどの、伝説の英雄と言っても過言ではない戦力なのである。今後ミミクルの取り扱いに関しては幾重にも輪をかけて慎重にならざるをえなくなるだろう。


「まあ、緘口令を敷くのも分かるな。しかもそれどころか、亜人海賊をほとんど一人で壊滅した超戦士か。その、プロンゾとやらは今後どうなるのか」


 ジョリコ。


 座天使(スローンズ)によって脚は治してもらえるものの、そのことに関しては吹聴するなとレオポルトに釘を刺されているのである。


 ミミクルだけでもしゃれになっていないが、亜人船団を撃退した、戦士として完全復活を遂げたグナクトもいるのだ。


 今後、プロンゾに関して、良くも悪くも何が起こるかわからない、といった事態なのである。


 そのグナクトは、鱈腹ワインを飲んで高いびきの真っ最中。


「まあ、周りは黙ってほっといては、くれないだろうなぁ」


 レオポルトのため息交じりの呟きがこぼれた。




   ※     ※     ※     ※     ※




 あの、海賊船団を完膚なきまで撃破した後。


 ほとんど誰もいなくなった甲板で、人間の船長の胸倉をつかんだまま、途方にくれるグナクトの姿がそこにはあった。


 巨大なタコを無力化し、人間の船長に怒りの一撃をお見舞いした時。


 亜人たちは恐れをなし我先にと海中に逃亡を図ったのだった。しかも、オールを漕ぐ亜人ももれなくの逃亡である。自力で泳いで帰れる亜人にとって、ある意味、もっとも懸命な選択といえるかもしれない。


 だが、船長と取り残されたグナクトは、大きなガレーを動かす術も知らず途方にくれていた。


「………おい、お前、船を動かせ」


「ういいああいえうえ!」


 無理言わないでくれ。


 アゴを粉砕され、涙やら鼻水やら血やら垂れ流しながら船長が必死に声を張り上げた。


「………使えん」


「ぶぎゅゥッ!」


 ボロ雑巾のように船長を投げ捨て、グナクトは閑散としてしまった甲板を歩く。


 とりあえずはこの目障りな太鼓は潰さないと気がすまない。


 グナクトは巨大なタコすら操り人形にしてしまう、妙な魔法の道具であろう太鼓を叩き壊した。


 溜飲を下げ、視線を外へと向ける。


 巨大なガレーだ。帆は張ってはあるが、ほとんどの推進を人力と想定している船だ。恐らくではあるが、50人ほどは人手がないとまったく動かないであろう。


 側舷にて海上を眺める。


 巨大なタコがそろそろ沈下を始めていた。他のガレーもあらかた沈んではいるが、炎上し海上にその姿をわずかにとどめている船もあった。そして、船の積荷や装備も燃えながら海上を漂い、あちこちでいまだ炎上中。死亡した亜人も海上を漂っているものや、グナクトに気づいて大きく避けて泳いで逃げる最中の亜人もいた。


 視線をめぐらせれば、大型ガレーから基地までは200メートルも離れていない。グナクトは飛び乗って来たときにはもっと基地に近かったのでは、と思う。制御を失い漂っている現在、潮によって沖に流されているのだが、グナクトにはわからない。


 わからないが、このままでは基地に戻れないことはわかる。

 

「………泳いで帰る、にしてもな」


 暗雲も消え去り、波も穏やか。とはいえ、まだ先程までの地獄絵図の残り香がくすぶっている。のんきに泳いで帰る、というわけにもいくまい。


 はて、と思案に暮れるグナクトの目が、基地上部に人影を認めた。

 

 200メートル先だが、間違いない。


 レオポルトだ。様子を伺いにやってきたのだろう。王国兵と共に見えた。


 迷わず、グナクトは大きく息を吸い込んだ。


 限界まで息を吸い、そしてそれを一気に解き放つ。


「人手をよこせェッ!!!!」


 久々の、


 プロンゾ人を恐怖のどん底に叩き落していた、プロンゾ前族長の大音声だった。


 そういえば、この大声も相当久しぶりだな。


 のんきに、グナクトはそんなことを考えていた。


 ディルツ騎士団に、レオポルトに手を貸すことを決めた時にも歓喜のあまり大声を張り上げたものだが、遠慮も何もなしに怒声を放ったのは、ミハエルがやってきた、あの日以来のこと。久方ぶりだった。


 族長たることを解任され、心を腐らし、生ける屍となったわが身の窮状を見かね、レオポルトに手を差し伸べられ救われたことに歓喜して心が震えたものだが、やはり、こうして思う存分体を動かし盛大なストレスの発散を成し遂げた上での大声の爽快さには較べられない。


 戦士たることを完全に取り戻した、自信が全身を駆け巡っているのだ。


 すべてを取り戻した。


 久しぶりの大音声を発し、グナクトは妙にすがすがしい気分になっていた。足元で、そうでなくても瀕死の船長が突然の大声にさらにびっくりして心臓が止まりそうになっていることなど、当然、今のグナクトに斟酌(しんしゃく)するものではなかった。


 やがて、200メートル沖から発せられた大声に気づいたレオポルトによって王国軍が船を出し三層櫂船の大型ガレーは拿捕、ようやくグナクトは帰還を果たすこととなった。


 哀れなのは船長であろうか。


 レオポルトによって慰め程度に治癒魔法をかけてもらったものの、グナクトの炎熱剣を眼前に突きつけられて心の底から震え上がりながら土下座で命乞いをしていた。


「………どうするのかね。海賊は規定どおり、縛り首だが」


 基地司令が苦々しげな顔でレオポルトをみる。


 ディルツ騎士団の総長と基地の危機を見事に救ったグナクトの登場に、面目を潰された気持ちはあるもののさすがに表には出さない。


「海賊の土下座なんて信用度皆無だしなぁ。どうするよ、旦那。なんだったら、いまからこいつらの根城襲いにいくか?」


 にやにやと笑うレオポルト。


 こういう場面は大好きな人間だ。


「勘弁してくれッ! もう、もうあんたらには手をださねぇッ!!」


 泣いて懇願する船長。


 ノルベルトをいたぶっていた時とは別人のような、いっそ哀愁を漂わせる姿ではいつくばっていた。

 

 いたぶっても心が痛まない人間をいたぶるほど、楽しいことはこの世にはない。レオポルトもグナクトも、のりのりだった。


「お前の申告どおりに根城に向かい、嘘なら手足をこの剣で切り落とし、真なら全員地獄に叩き落すか」


「………この剣で手足を切られるとな、すぐに炭化して血が出ん。出血死できずに苦痛だけ長引くことになる。………味わうか?」


「俺が間違っていた! まさか、まさか、こんな強者がいるなんて思ってもみなかったんだ! 復讐なんて馬鹿な真似は二度と考えもしないッ! だから、だから許してくれェッ!!」


 今の姿をみれば、この男が海賊船団の長だなどと、誰も信じはしないだろう。


 もはや、憐憫をもさそう姿に成り果てた船長を見て、レオポルトは意地悪くにやり、と笑った。


「聞いた話じゃ、お前ら表と裏で商売をきっちりと分けてうまくやってるそうじゃねぇか。表の方もついでにぶっ潰すか?」


「………面白そうだな」


「勘弁してくれッ、そっちはカタギもいるんだ! 俺の方からもあんたらには絶対に手を出さないように言っておくから! だから、もうこれ以上は、これ以上は勘弁してくださいッッ………!」


 涙と一緒に、人としての大切なものを垂れ流しながら、船長の哀願は続く。


「………どうするかね、ディルツ騎士団総長殿」


 基地司令も、さすがにいたたまれない顔つきだった。


「………仕方ねぇなぁ」


 ここに来て、一番の極悪な笑みを浮かべたレオポルトであった。




   ※     ※     ※     ※     ※




 結局、人間側亜人側の海賊の親玉、すべてを取り仕切るものは誰なのかは分からずじまいだった。


 だが、亜人海賊を壊滅に追い込まれ、人間の船長の、人として大事なものを壊され、それでもなお復讐を、などと考えはしないだろうというレオポルトの判断により追求はしなかった。仕事を邪魔された、というだけで始まった今回の事件、海賊側がこうむった被害は甚大で、それでも小さな復讐を果たすだけの価値がかけらもないからだ。それでも復讐を、というのなら、レオポルトはディルツ騎士団の総力をあげて潰す、と心が壊れた船長にさらに圧力をかけ、見せしめとして生かしたのだった。


 なにより、レオポルトは出立前にガロマン皇帝フリーデルン二世に今回の件についてどこまでやるのか聞いていたのだ。


 北ガラタリア都市連合との戦争の最中ということもあり亜人とは本腰を入れて相手にしたくないというフリーデルンの意向により、今回の事件はこれ以上発展することもない。


 今回の海賊襲撃事件は海賊の一方的な敗北で終了と相成った。


「………思いがけない里帰りで、思いがけない事件に巻き込まれたけど、何とかうまくいってよかった」


 熱烈な、家族や友達と別れの挨拶をし、誇らしい気持ちで出立したヨハン・ウランゲルは、のどかなチチリカ島の日差しを浴びて、微笑みと共に空を見上げたのだった。





 短いですが、気持ちよく終わってしまったのでこれ以上付け加えることができませんでした。


 あと、


 恒例(?)のおっさんが最近知った日本語のコーナーや~(神尾春子風)。


 妙齢。


 さて、この意味がわかります??


 おばはん? 


 そう、わたしも数ヶ月前辺りまでおばはんだと思っていましたが、さにあらず。


 不安になってネットで調べるとあらびっくり。


 本当の意味は、妙齢とは、うら若い乙女のことです。


 しかも、妙、とは美しい、という意味も含むんだそうな。


 日本語ってほんと、間違われてますねぇ。一応、わたしも母国語を使ってこうして表現しているし、大和をのことしての誇りもあるので気をつけているつもりではありますが、どれほど間違っておるやら。


 まあ、少しでも間違いが正せるのなら、進化しておるわけで。一歩前進です。


 こんなところで、


 日々学問。

 

 では、今回はこれにて。したらばな~。


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