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天と地と人  作者: 豊臣 亨
二章  鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク
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鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (二十三)

5/17 誤字やら色々訂正。



「お、おい、なんだありゃ」


 フィーコ子爵ジョリコ・シレンダーがそれに気づく。


 これまでの人間の善戦をあざ笑い、木っ端微塵に打ち砕くような敵の新手の登場だった。


「………リザードマン・チーフ!」


 リザードマン・チーフ。


 この上陸部隊を率いるリザードマンの酋長の出陣であった。


 身長は優に四メートル。まるで山が動いているかのような巨体だった。普通のリザードマンも見た目は凶悪だが、リザードマン・チーフに較べればまだ可愛いほうだったのだと思わせられる。


 手にもつのは巨大なウォー・ハンマー。ノルベルト・グリモワールはあの、コボルドの君候を思い出した。コボルドの君候は100キロ程だったが、今度は200キロはありそうな鬼のように巨大な鉄の塊をぶら下げていた。あれほど巨大だと当てにくくはなるが、実際、戦うなら武器は鈍器の方が有効なのだ。固い鎧に身を包んだものに剣や槍でははじかれる。しかし、巨大なハンマーやフレイルなら装甲など無視して打撃を与えられる。頭に食らえばよくて失神、悪ければ陥没か、つぶされるか。体に食らえば骨が砕かれ内蔵が致命的なダメージを受ける。あの200キロはありそうなハンマーを受ければ間違いなく人間などあっけなく潰される。肉片にされてしまうだろう。


 どす黒くぬめる体皮にはところどころいびつに肉瘤のような盛り上がりがある。長年生きて、積層された皮膚が変化を起こしているらしかった。盛り上がるほどの分厚い体皮にどれほどの攻撃が通用するのか、まったく想像すらできなかった。その山が動いているような見た目にあいまって、長年の経験が生むのであろう、老成された強圧的な威圧感を漂わせていた。


 眼光もそれにふさわしい。普通のリザードマンは爬虫類らしく冷血な目つきだが、リザードマン・チーフの目はドラゴンクラスのもつ、弱い種族を見下しなめきって睥睨する眼光だった。もはや、リザードマンという種を超越しドラゴンに手を伸ばした存在、と言っても決して過言ではないだろう。


「酋長様かよ」


 ごくり、と唾を飲み込むジョリコ。


「ああ」


 ノルベルトはかつての十字軍遠征で、幾度か見たことがある。あの時は、精鋭の騎士や魔法使いが数十人で取り囲んでようやく討伐可能だった。若いノルベルトは一人で戦うのが正義という妙な意地をこじらせて集団討伐には参加していなかったから、こうして間近にみたのは初めてだった。この状況下で数十人で取り囲もうにも、魔法使いだっていない。数を集めようにも兵士だって他のリザードマンと必死の防衛戦を行っているのだ。


 やるしかねぇのか………。


「あんな化けもん、倒せるのか?」


 さすがのジョリコも怖気づいていた。


「俺たちと、お前さんがいれば、もしかすると、もしかするかもな」


「頑張るしか、ないよなぁ」


 苦笑するジョリコ。



コハァァァァ



 呼気しつつ威嚇の音を発するリザードマン・チーフ。自分がいれば人間など一ひねりだ、とでも言わんばかりの視線だった。静かにたわめられた力を解き放つべく気を練っている。


 あの暴力鉄拳修道女がいれば、何とかしてくれたんだがなぁ、とノルベルトがまたもや内心でため息をつく。そして、ため息をついてから、苦笑した。

 

 すっかり弱気になってしまっていた。ここ最近で、自分には到底及ばないほどの戦力が登場しすぎて、思わず頼りにしてしまうのだ。一人で戦っていた時には、よもやこんな弱気な自分になるとは夢にも思わなかった。


 いや、それも仲間を得たという証だ、と思う。思うことにする。


「本当なら魔法使いがいなきゃ話にならねぇが、いないもんはどうにもならん。あの分厚い皮をちまちま削っていくしかねぇ。やれるな!? てめぇら!」


「応!!」


 何の躊躇も、怖気づくこともなく即座に返すバルマン・タイドゥアにガンタニ・ティーリウム、ヨハン・ウランゲル。


 まじかよ、おめぇら。


 ちょっとだけ呆気にとられるノルベルト。


 この前戦ったコボルドの君候と同等の化けもんだぞ、ありゃあ。ちい………やるしか、ねぇよな。


 今は、ノルベルトが頼られる側であり、自分がいるから、彼らも微塵も臆さず強気で返せるのだ。自分こそ、彼らの信頼のよりどころなのだ。ならば、それに応えないでどうする。


 ノルベルトは改めて剣を握り締めた。


「いくぞォッ!!」


 駆ける。



ヴオォッ!!



 空気がうなりをあげ、ウォー・ハンマーがノルベルト目がけて振り下ろされる。誇張でもなんでもない、文字通りの必殺の一撃だ。しかし、巨大な分、動きは単調で見切れないほどではない。軽くステップを踏んでよける。200キロはあるだろうハンマーが木でできた桟橋を粉砕しとてつもない衝撃を発生させ、土砂と桟橋の破片を撒き散らし、木片や土砂を浴びる。隣で即死級の一撃が炸裂するのは、かなり神経にくる。


「当たらなきゃ、どうってことはねぇんだよ!!」


 怖気を払うように叫ぶ。桟橋を叩き潰して貫通したおかげで、そこから抜くために少しばかりの時間がかかる。その隙を見逃しはしない。ハンマーをもった手首を長大な曲刀が襲う。


 だが。



ガリガリガリッ!



「かてぇ!?」


 渾身の一撃は、重厚な体皮をわずかに削り取っただけだった。


「これなら!!」


 ジョリコが突進して弱いはずのわき腹を目がけて全力の突きを放つ。



ゴリゴリッッ!



「くッ!」


 同じだった。まったく傷がつくような様子は見えない。浅く体皮を削いだだけで、逆に槍の穂先の方が欠ける心配をせねばならなかった。バルマンの剣も、ガンタニの槍も、ヨハンの矢も同様だった。かすり傷ひとつ、つけられない。


 変質した重厚な体皮を若干削ったのみ。


 まるでアカスリじゃねぇか。奴の健康を増進しただけかよ。


 渾身の一撃が、まるで通じていない。


 絶望的な戦闘開始だった。


 無表情だったリザードマン・チーフの口が、わずかに吊り上がったようにみえた。


「ふ、ふはは! これでこそ討伐のしがいがあるというものよ!」


「ま、まあな! 討ち取って名をあげるチャンスだぜ!」


 見合って空元気。


 少しして恥ずかしくなるおっさん二人。


 そんな空気を無視してハンマーを振り上げ、それを肩に担ぐリザードマン・チーフ。


「むっ!?」


「やべぇ、ショルダー・チャージだ! かわせ!!」


 左肩を前方に突き出した、次の瞬間、山が突進してきた。


 桟橋を踏んで粉砕しつつ構わず突進して来る、そしてすさまじい轟音を立てて倉庫にぶち当たる。レンガ造りの倉庫が衝撃に耐えられず倒壊し始めた。


「わわっ!」


 屋根に乗っていたヨハンが慌てて逃げる。


 レンガ造りの倉庫は二階建て、経年劣化は否めないもののどっしりとした頑丈な造りだった。それが、衝撃で崩壊を起こした。どれほどの衝撃でそんなことが可能なのか、もはや想像の範疇を超えていた。


 崩壊するレンガからゆっくりと体を抜き出し、反転するリザードマン・チーフ。盛大にレンガを浴びるが気にかけるそぶりもない。


 あまりの轟音に、周囲の兵士ですら戦闘をしばし忘れて息をのんだ。


「化けもんが………」


 ジョリコが、ここのいるすべてのものの声を代弁する。


「それでも、やるしかねぇ………。クソがァッ!」


 突っ込んでくるリザードマン・チーフにノルベルトが駆ける。振り上げ、そして雷のように落ちてくるウォー・ハンマーの一撃をすんでで避け、少しでも弱い箇所を探して剣を突き入れる。


「我もゆくぞ!」


 ジョリコが駆け、バルマンもガンタニも闘志を衰えさせず、わずかでもダメージをあたえんと剣を、槍を突き出す。


 ヨハンも別の屋根に飛び移って唯一の弱点とおぼしき目に向かって射る。


 だが、リザードマン・チーフも数多の戦場でそんな事態は慣れて、知悉しているようだった。矢が目に当る瞬間、まぶたを閉じたのだ。渾身の矢も、分厚いまぶたに阻まれ落ちる。


「だめか………」


 一瞬、ヨハンも弱音を吐く。だが、ノルベルトたちが果敢に挑んでいるのをみて、すぐさま気を取り直した。


 絶好のタイミング、ウォー・ハンマーで攻撃をし始め少しでも気がそれた瞬間を狙って射る。


 凶悪なウォー・ハンマーを振り上げ恐るべき速度で振り下ろす、その一瞬こそ、得物に狙いをつけ気がそれる瞬間。そこを狙ってヨハンは矢を放った。


 自信の一矢。


 だが、正確な狙いは、だからこそ逆にかわしやすい。


 ほんのわずかにリザードマン・チーフは顔を傾けた。たったそれだけで矢は分厚い体皮にはじかれる。


「くそっ!」


 憤激する。


 生まれた町を、自分のふるさとを、家族や友達が住んでいる町を、守らないでどうする。親父だって、自分の活躍に期待しているはずなのだ。それなのに、大した攻撃にもならないのが悲しい。


 ヨハンは非力な己を恨めしく思った。


 剣や槍がうまければ、彼等と共に戦えたのに。


 しかし、自分は弓しか秀でていない。どんな武器より上手に扱えるのが弓だ。ならば、それにすがってそれにこだわりぬいて弓の腕を磨くほかない。


「慎重に………」


 たくさん矢はもらったとはいえ、無駄な攻撃はできない。良く見て、十分力を込めて、最高のタイミングで、射るのだ。


 ヨハンは今まででもなかったほどの、最高の緊張をもって狙いをつけ静止した。


 間断なく剣を突き入れていたノルベルトはヨハンの矢がおさまったことを理解する。


 ちらり、と見る。やられたわけじゃない。


 豪雨の中、極度の精神集中にある。絶好のタイミングを狙っているのだ。


 そりゃそうか。


 ここはヨハンの町。この町を守る、という決意なら誰よりも強いはずだ。


 ならば、花を持たせてやりたいじゃねぇの。


 にやり、と笑うノルベルト。


 頑張らねばならない理由が、また増えた。


「ははっ! ここが正念場だぜ!!」


 ギラ、と眼光に覇気をほとばしらせ、走る。


 足を狙う。


 巨大な敵と戦うのなら大勢で足にロープを引っ掛け、力任せに引いてバランスを崩させるのが常套手段だが、そんな数的余裕などないのだ。直接、膝を狙う。



ガリガリガリッ!



 強固な皮に阻まれる。先程と同様、何のダメージにもなっていないかのようだった。近づいたノルベルトをリザードマン・チーフが手で払った。張り手一発でも受ければ重傷は免れない。


「ぐわっ!」


 ノルベルトは曲刀で受けるが、速さと重さがある強烈な一撃に吹っ飛ばされた。いつもなら華麗に避けたところだが、やはり背中の傷によって身体能力が損なわれていたのだ。したたかに地面に叩きつけられる。衝撃で、雨に濡れて冷たいはずの背中が暖かく感じた。きっと魔法で塞いだだけの背中の傷が開いたのだ。また盛大に出血しているはずだ。


「大丈夫か!?」


 ジョリコが助け起こす。


「ああ、何とかな………」


 バルマン、ガンタニが援護で攻撃をするが、しかし何のダメージにもならない。腕を狙った二人の攻撃にリザードマン・チーフは意にも介していなかった。


 しかし、妙だな。


 ノルベルトは思った。


 足を狙った時、両手で握っていたハンマーから、左手だけ放して追っ払った。先程から、こちらの攻撃など何の意にも介さず攻撃だけしてきたのだが。


 足を狙ったときだけ、即座に反撃を行ったのだ。


 もしかして。


「いけるかも知れねぇ」


「なんだと!?」


 不敵に笑うノルベルトにジョリコが正気か、という声を上げた。


「まあ、見てなって。うおおりゃあァッ!」


 駆ける。


 ガンタニとの応戦で気が回らないリザードマン・チーフの死角から曲刀で膝の間接を狙う。



ガリリッッ!



 わずかに傷をつけることに成功する。


「やりぃ!」


 今度はリザードマン・チーフの反撃をかわし即座に戻る。


 膝を狙った時、リザードマン・チーフが嫌がった。この、山のような巨体を支える足の間接部分こそが、このリザードマン・チーフの泣き所だったのだ。


「思ったとおりだぜ! おめぇら、膝間接を狙え! そこが急所よ!」


「まことか!」


 にやりと笑って曲刀を振り上げる。まさかこんな化けものに通じる攻撃があろうとは、とジョリコが驚きの声をあげた。


「膝を集中攻撃ですね!」


 バルマンが歓声を上げる。


「桟橋を壊してくれたおかげで狙いやすい!」


 ガンタニも走る。


 リザードマン・チーフは自ら桟橋を粉砕し砂地に落ちている。だからこそ、桟橋にいる人間側からすると間接部分が攻撃しやすい位置になった。とはいえ、その桟橋も相当壊れ、まともに走れるところも少なくなってはいるが。


 体重を乗せた槍の一突き。膝関節の隙間を狙う。


 ザリッと今度こそ皮を裂く。


「グギャァッ!」


 リザードマン・チーフが叫ぶ。


 上半身は恐ろしく重厚な体皮によって鎧われてはいても、動くために必要な間接部分に余計な体皮で覆うわけにはいかない。確かに、体格、重量、膂力、すべてが超越的なドラゴン級の化け物であっても、逆に、大きくなりすぎたのだ。あまりの巨体に、それを支える足は常に強い負荷にさらされる。それこそが、このリザードマン・チーフの最大の弱みだったのだ。


「よし! ならば我も!」


 そうとなればやるしかないとジョリコもいきり立つ。怒り、がむしゃらになったリザードマン・チーフが振り回すウォー・ハンマーをかいくぐり、傷となった箇所目がけて槍を突き出す。


 ガンタニがえぐった皮膚に正確に突き入れる。



ザシュッ!!



 血が飛び散った。


「グギャアアァガアアァッ!」


 痛みに悲鳴をあげ、体をくの字にさせるリザードマン・チーフ。先程までの老練さもどこへやら無防備な姿をさらしたのだ。


 ここだ!


 ヨハンはためにためた一矢をいまこそ放つ。



ドッ!



「グギィギャアアアアアアアァァァァァアアアァァァッ!!」


「やった!」


 見事、目を穿った。


 半狂乱となってハンマーをも落とし、暴れるリザードマン・チーフ。


 思わず、普段はしないガッツポーズを決めるヨハン。そんなヨハンの様子に、ノルベルトも喜色を浮かべた。


「ふはは! 人間様をなめるからだ! 続いていくぞ!!」


 追撃を狙い突進するジョリコ。


「待て! 無理に行くな!」


 ノルベルトが叫ぶ。


 半狂乱になって暴れる生き物に無理な追い討ちは危険だ、そう言っている暇はなかった。とはいえ、歴戦のジョリコもさすがだった。暴れるリザードマン・チーフをすり抜け、先程傷つけた傷口に深々と槍を突き刺す。


「ガアアアアアァァァッッッ!!」


「どうだ!」


 次々と深手を負わされ、半狂乱のまま倒れ始めるリザードマン・チーフ。痛烈な痛みに、自重を支えることが出来なくなったのだ。痛みにのた打ち回りながら思い切り腕を振り回す。


 その腕は、逃げようとしたジョリコに向かった。倒れながらということもあってジョリコには把握し切れなかったのだ。完全に死角となった位置から思い切り殴られる。


「ぬがっ!」


 狂乱し、暴れる腕にぶち当たり吹っ飛ぶジョリコ。


 腕だけでも大樹のような太さだ。それだけではなく、狂乱した勢いでまともに食らったのだ。逃げようとした頭蓋に直撃を受け、桟橋から落ちウォー・ハンマーで開いた大穴に落ちる。


「グゥゥルルガガアアアァァッッ!!」


 リザードマン・チーフが激怒した。


 ジョリコを吹っ飛ばした腕で脚に突き刺さったままの槍を引き抜くと、何とか自重を支え、その体勢のままショルダー・チャージに入る。左目に矢を生やしたままジョリコを睨みつけた。


「しまった!」


 何とか助けに入ろうとノルベルトは走る。


 だが、それはかなわなかった。


 ジョリコの落ちた穴にリザードマン・チーフが怒涛の勢いで突進する。穴に落ち、気を失ったジョリコには逃げることも、避けることも、ましてや叫ぶことすらできなかった。一トン以上はあるであろう体重で踏み潰す。


「ジョリコ様ーーーッ!!」


 王国兵士の悲鳴があがる。


 ジョリコのはまっている穴の上で体勢を崩し、リザードマン・チーフが地面を踏みしめる。目に矢を受けたままで痛みに苦しげな様子だが、しっかりと自分が踏んでいるものを認識しているのか、何度も踏みつけた。そして酷薄に笑う。


「くっそがあああぁぁぁーーァッッ!!」


 走る。


 足をどかすべく、曲刀を水平に斬りつける。



ガリガリガリッ!



「くっ」


 弱点をいつまでもさらすほど、リザードマン・チーフも馬鹿ではなかった。ノルベルトの怒りの一撃を、腕でかばって防ぐ。そして、またもやショルダー・チャージの構えを取る。かがめば、同時に膝もかばえる。


「くそッ!」


 目の前に来てしまった。四メートルの巨体の突進を受ければ内蔵が破裂する。


 眼前にドラゴン並みの凶悪なリザードマンが力をたわめている。その恐ろしさは数多の戦場で活躍したノルベルトといえど恐怖で心臓をわしづかみにされた気分だった。


「ノルベルトさんッ!!」


 ガンタニの声すら、どこか遠くで響いているようだった。


 真横に飛ぶのと、ショルダー・チャージがうなりをあげるのは同時だった。


 間一髪、とはいかなかった。


 人外の強烈な衝撃を、下半身にしたたかに受けノルベルトは吹っ飛んだ。


 軽々とまるでおもちゃのように宙を舞い、叩きつけられて、ごろごろと桟橋を転がる。


「ぐっ………」


 ダメージは下半身に集中したから脳へのダメージは少なかった。


 周りは王国兵やロザードマンがいる。


 ただちに起きて、復帰しなければいけない。


 体を起こそうとして、しかし、体は言うことをきかなかった。


 腕は動く、だが、下半身はもはや感覚がなかった。


「………っ!!」


 ありえないほど潰され、いびつにひん曲がっていた。


「かはっ………!」

 

 終わった。


 天を仰ぐ。


 それでも、容赦なく豪雨がノルベルトの体を叩きつけてくる。


 バルマンやガンタニ、ヨハンが必死でノルベルトを呼ぶ。だが、その声すら遠くに聞こえた。


 彼らは、狂ったように暴れるリザードマン・チーフの前にこちらに来ることすらままならないらしかった。だが、来てもらってもどうすることもできない。


 脚が、ぐちゃぐちゃにされてしまった。もはや、神経うんぬんというレベルではない。粉砕されてしまったのだ。もはや、ミミクル・フォン・プロンゾやケット・シーのニーモといえど治せるレベルではないだろう。


 桟橋に横たわり、自身の人生の終わりを、かみ締めていた。


 だが。


「おう。ド阿呆共」


 そんなノルベルトを覗き込む人物があった。


「なかなか愉快ななりになってんじゃね~か」


 ………誰だ。


「俺たちに黙って楽しそうなことしてっから、バチが当ったんだよ。ド阿呆」


 かかかっ。と笑う。


 この状況でわきまえねぇくそったれは誰だ!


 絶望のどん底にあったノルベルトもさすがに激怒し、謎の人物をにらみつける。


 意識が遠のき、しかも、豪雨の中で天を仰いでいるのだ。視界はほとんどないに等しい。それでもこの男をにらみ殺してやらないと気がすまない。だが。


 この声にどこか聞き覚えがある。


 必死に顔を起こし、にらみつけた、


 その怒りに震えるノルベルトの目が、そのまま驚愕に見開かれた。


 そのものこそ、


「そ、総長………!!」


「頑張ってんじゃね~か」


 ディルツ騎士団総長。


 にやっ、と爽快に笑う、レオポルト・フォン・シュターディオン。


 その人であった。



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