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天と地と人  作者: 豊臣 亨
二章  鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク
33/49

鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (二十二)

ようやくまとまったです。

5/17 誤字やら訂正。



「具合はどうですか」


 ベッドに上半身を起こすノルベルト・グリモワールに問うバルマン・タイドゥア。


 海賊船団から生還し一日が経っていた。


 船長を叩き起こして人質として連行し、新人海賊たちにカッターボートを漕がせ、子供たちを救出。その後、ノルベルトは応急処置をして海賊の襲撃があったこと、子供たちを救い出したことをルルサマの町に知らせた。


 命からがら海賊船から脱出したばかりではなく、またしても子供たちを無事生還させたことに町の住民は今度こそ英雄的行為として驚きと尊敬をもって彼らを出迎えた。


 そして、負傷したノルベルトが帰還したことで住民も王国軍も海賊の襲撃の深刻さを認識、これ以上子供たちをさらわれてはかなわんと、王国兵が家々に警備につくこととなった。さらに、ヨハン・ウランゲルの家族にも王国兵の警護がつくように取り計らってもらえることとなった。ルルサマの町は城壁に守られてはいるが海岸線などはそこまで強固にはなってはおらず、進入しようと思えばたやすい。


 幸いにも、回復魔法が使える魔法使いがつめており、何とか傷は塞いでもらった。しかし、中級回復魔法までは使えずただ皮膚の断裂が何とか治っただけで筋肉の回復までにはいたっていない。


「激しく動くと今度は内出血を起こしてしまう、とよ。改めてミミクルちゃんと猫神様の偉大さを実感したぜ」


 上半身を包帯でぐるぐる巻きにされたノルベルトが嘆く。


 アルクスネでも以前はまったく魔法使いがいなかったのだから、大した重要度もない前線基地などその程度で当たり前なのだ。むしろ、回復魔法を使えるものがいただけでももうけものだ。そうでなかったら、バルマンかガンタニ・ティーリウムによる外科的処置が行われていただろう。ミミクル・フォン・プロンゾやケット・シーのニーモがいれば跡形もなく傷が消えていたであろうことを考えると、どれほど自分たちが恵まれた環境にいるかがわかる。


 ノルベルトは一晩王国軍の治療所で一夜を明かし、宿に戻ってきたのである。


「ですね。これで本当にミミクルちゃんと、ニーモ様がやってくればいいんですけどね」


「ああ。くそ、遅ぇなフランコのやろう」


 フランコ・ビニデン出発から八日目。


 日にち的にはそろそろ来てもおかしくはない。というか、この緊急時に何をちんたらやっておるか、という気持ちの方が強かった。


「まあ、そろそろ帰ってきますよ。それまではゆっくりしていてください」


「ですが、援軍がいまだやってこないとなりますと、………不安ですね」


 ヨハン。


「ああ。今度こそ、亜人がやってくるだろう。そうなると、またお呼び出しをくらうか、もしくは」


「船団による上陸………」


 海賊たちも、もはやノルベルトたちをおびき出すエサの確保ができないはずだ。となると、今度こそ力押しで攻めてくる。


 本体、と呼ばれる亜人海賊がどれほどの戦闘能力をもち、どれほどの規模の戦力を扶植しているのか。考えられる最悪のケース、海賊船団による上陸となるとそれこそ大事となる。


 話は子供たち誘拐事件から、王国と亜人大陸との戦争、ということにもなりかねない。そうなる前に、ミミクルやニーモが圧倒的な魔法で蹴散らし、二度と復讐を考えようなどという気をおこさぬよう海賊の精神を折ってくれればそこまで大事にならずにすむはずだが。


「もしフランコが道を間違えていたら、ぶっとばしてやる」


「………土地勘がないから、それもありえるでしょうけど」


 この町に来たときは、ヨハンの先導によってただついて来ただけだ。それを、道案内しながら、となると相当記憶力がいいか、土地勘がないといけないが、どちらもフランコに期待できるものではない。


「やっべ、送り出す奴間違えたか」


 ミハエルに援軍を求めるべくパラレマ王宮に向かわせることになった時、五人の中でもっとも土地勘がなく、かつ戦闘力も低い人物を走らせることになったのだ。バルマン、ガンタニははずせない。ヨハンは土地の者だ。となると、と送り出したのだが、考えてみれば道案内をしながら帰ってくるのだ。土地勘がまったくないフランコが、迷わずここにたどり着けるとは思えない。ノルベルトたちはう~ん、と頭を悩ませることとなった。


 誰かが気を利かせて土地勘のあるものを道案内につけてくれることを祈るしかなかった。最悪の最悪、海岸に沿って走ればいつかはたどり着くが、それこそどれほどかかることやら。


「船に乗ってここにやってくる、ということもあうるな」


 ガンタニ。


「なるほど………」


「船でなら一日か二日で到着ですし、もうそろそろ来てもおかしくはないですね」


 徒歩で戻って五日とみて、準備を整えて出発、で一、二日、船に乗って一、二日なら、そろそろ来てもおかしくはない。陸を戻ってくるにしても間違ってもフランコにつきあって徒歩でなど来ないだろうから、急げば二、三日で到着するはずだ。


「まあ、考えていてもしょうがねぇし、到着を待つだけだな。亜人がどんな行動にでるかはわからねぇが、今度こそのこのこ連れ出されるのだけはごめんだ」


 皆が実感をこめてうなずいた。


 今回は運よく、相手の隙をついて脱出を図れたが、あれだって奇跡的に生還を果たしたにすぎない。船長が問答無用で首をはねてたら一巻の終わりだった。


「それより腹が減ったぜ、何かいいもんはないか」


 宿の部屋の中には、住民からの差し入れがいろいろと置いてある。


 子供たちを救い出し名誉の負傷を負ったノルベルトに、ありがとうと全快を願って住民が食べ物を差し入れてくれたのだ。もっとも、ほとんどが魚介類の干物や燻製などだが。中にはあの子供が持ってきてくれたぬいぐるみやら手縫いのぶかっこうなボールが置いてあった。ルドルートに至っては、何と聖書をおいていったのだが。修道騎士に聖書をもってくるか、とバルマンらが微妙な表情になったのはいうまでもない。


「スルメなんてどうですか」


「おう、口寂しいしちょうどいいや。みんなで食おうぜ」


「じゃあ、炙ってもらいますよ」


 ヨハンが何枚か抱えて出て行き、階段を降りると。


「おう、ヨハンもいたか」


 住民が酒場にいた。


「ノルベルトさんの様子はどうだ?」


「ええ、傷も深刻なほどではないですし、元気にしていますよ」


「そりゃあ何よりだ。よし、俺が見舞いに上等なワインをもっていってやろうじゃないか」


「ええっ、けが人にアルコールはご法度ですよ!」


「ちい。ブドウジュースなら文句はあるまい。お邪魔するよ」


「わたしも、お礼に言いに行こうかねぇ」


 ノルベルトの見舞いに人々が集まっていたらしい。いつもノルベルトの宴会に参加していた客だけではなく、20人ほどの様々な年齢のものが酒場から二階にあがってノルベルトの部屋に入ってゆく。


「愛されてますね。ノルベルトさん」


 オリーブがヨハンに微笑む。


「そうですね。あの人はそういうお人ですしね。あ、そうだすいません、スルメを炙ってもらっていいですか」


「わかりました」


 誰からも信頼され、愛される。


 ノルベルトはそういう人間だった。


 その後、次から次へと見舞い客が現れ、ヨハンの制止も空しくいつの間にやら宴会になって夜中までどんちゃん騒ぎとなった。所狭しと料理や酒を広げ、飲めや歌えやの大騒ぎのルルサマの人々。他の泊り客はノルベルトの偉業を知っているので文句一つこぼさなかった、どころか、進んで参加していたのであった。


 大丈夫だって、といいながら樽ごと飲み始めたノルベルトに頭を抱えるヨハン、常人離れした剣さばきやナイフによる曲芸を披露するバルマンやガンタニ。


 心穏やかなうちに日は没していった。


 そんな安らかな日から、その次の朝は珍しく湿度が高くどんよりとして開けた。


 いつもの快晴から一転、振り出しそうな鉛色の雲が世界を覆う。


 頭痛に頭をしかめつつ、窓を開け外の様子をみたノルベルト。


「風が湿ってやがるな」


 酒のせいばかりではなく、背中の傷が痛む。


 風にも、いつもとは違う匂いを感じた。


 生臭い。


 やるしかねぇか………。


 ノルベルトは腹をくくった。


 海上にも濃霧が発生していた。


 いつもなら遠方まで見渡せる海上だが、先がほとんど見えない強烈な濃霧。漁師たちも、こんな日は危ない、と経験上漁を取りやめていた。凶悪な海獣が暴れる日など、こういった濃霧になることがある。凶悪な海獣は、どうしたわけか出現するときに雷雨や嵐、濃霧を引き連れて出現するのだ。こういった自然現象に隠れて、現れるのではない。こういった自然現象を起こしてから、巨大な海獣が現れるのだ。


 今日は、そういう日だった。


 波止場の役目もあわせた基地で警備をする王国兵も、いつもの穏やかさとはまるで様相を異にする海と、海から漂ってくる匂いに違和感を感じていた。


 海全体を覆う、真っ白な霧。


 強烈な濃霧が海全体を巨大な幕として覆い、何かがすでにそこにいて、それが隠されているのではないかという疑念を起こさずにはいられず、言い知れない恐怖をかき立てるのであった。


 王国兵たちは言葉もなく、海上を見つめる。いつも以上の緊張感をもって。


「結局、間に合わなかったか」


 急いで服を着るノルベルト。


「………仕方ありません。せめて、この町が蹂躙されないように頑張りましょう」


 バルマン。この前奪ったサーベルを腰に佩く。装飾が美しいだけでなく、実戦を想定された刀身と強度をもったサーベルだ。


「ここの町なら、この前みたいな船団規模の海賊の襲撃でも耐えられる。敵の上陸を防げば何とかなる。恐らく、ヨハンもまもなく駆けつけるだろうし、急ごう」


 ガンタニ。入念に槍の手入れをして。


 オリーブとマサリックにみんなして逃げ出すようにように言うと、三人は宿を出る。そこにヨハンが合流するのはほとんど同時だった。


 うなずき、基地に向かって走る四人。


 まさか本格的な戦闘を考慮してきていないし、ヨハンの弓だってもってきてなどいない。だが、要塞化された王国軍基地なら予備の鎧も武器も十分あるはず。まずは最低限の装備を整えるのが先決だ。


「っつう」


 走るノルベルトの足が鈍る。


「大丈夫ですか」


「何とかな」


 表面を塞いだだけで、そもそも傷はほとんど治っていないのだ。ずきずきと痛みが体を走る。


 こういったことには慣れているとはいえ、戦傷に完全に耐性がついたわけでもない。激しい痛みにさいなまれ身体の動きが鈍る。しかも、さらに事態は悪化する。


「ちい、ますますやべぇ」


 雨が降り始めたのだ。


 この曇天から雨脚が強まると予想できるのはたやすかった。


 亜人たちは、魚人が多いと聞く。水に特化した亜人からすれば、この降雨は亜人にとってもっとも活動しやすい場となるはずだ。そして、当然人間にとっては最悪の環境となる。


 四人が基地に到着するのと、事態が動き出すのはほとんど同時だった。


 濃霧から、何かが姿を現すのを王国兵が気づく。


「むっ!? あれは………船!」


 雨によって薄れゆく濃霧の中から進み出てきたのは真っ黒なガレー船。


 船体から長大なオールが伸び、強力な推進力を生み出している。上甲板には完全武装の亜人海賊がひしめくように乗船していた。


 海から、亜人特有の、生臭い匂いがやってくる。


「海賊だッ!!」


「鐘を鳴らせ!」


 見張り台から警戒の鐘が打ち鳴らされた。


 それは瞬く間に伝播し、町全体が鐘の音に満たされる。


「来なすった!」


「ディルツ騎士団の方々か!? 海賊が現れたが、どうなされるつもりか!」

 

 基地の警備につく王国兵が鐘の音に動揺の色を浮かべつつ、走ってきたノルベルトたちに緊張のまま問う。


「俺たちも戦う。すまねぇが、装備を貸してもらいたい」


「………あ、ありがたい! 案内しよう、こっちだ!」


 警備の兵たちがうなずき、一人が先頭に立って門を開ける。


「ああ!」


 基地になだれ込む。町では住民の避難が始まっていた。


「放てーッ!」


 前線では、すでに戦端が開かれていた。


 亜人から矢が放たれると、お返しとばかりに基地からはバリスタがうなりをあげる。普通の矢の二、三倍は太さと長さがある矢が一斉に放射される。


 バリスタの矢を受け倒れ伏す亜人。


 だが。


 ガレー船は一隻だけではなかった。濃霧が薄れゆくと同時に現れる亜人の海賊船。


「な、何隻あるんだ!?」


 バリスタに次の矢を装填する兵士が驚愕の声を上げる。


「奴ら、こんなに戦力を蓄えていやがるのかッ!」


 次々に王国兵の眼前に現れる海賊船は、すでに数十にも及ぶ。


 海賊船の総数、それは50隻を超える大船団だった。一隻につき100人はいるだろう。つまり、5000人は下らない。しかも、オールを漕いでいる漕ぎ手まで戦闘に加わったとしたら、その総数は計り知れない。


 それに対する王国軍兵士はその数1000。


 海賊船団は基地を取り囲むように動く。ルルサマの町の要塞化された波止場基地を突破されれば町中にそれ以上の防衛施設はない。だが、左右の波止場基地は狭く軍用ガレーが滑り込むような隙間はない。また、波止場基地に海上から基地内に乗り込むような取っ掛かりもない。よって、この町に上陸するのなら魚人なら泳いで波止場基地の間をすり抜けるのがもっともたやすい。


 そのためまずは基地の防衛能力を無力化するのが最優先となるだろう。亜人たちは盛んに基地に向かって矢を放つ。


 波止場基地の高さは五メートル。海からの攻撃を考えると十分な高さがあり船から乗り込むことはできないが、矢ならその上にいる兵に簡単に射込むことができる。山なりになって降り注ぐ矢が、基地を襲う。


 亜人たちは人間よりはるかに膂力に勝れる。人間には真似できない速度で次々に矢を放つ。1000、2000はある矢が間断なく降り注いだ。


「うわわああああああぁぁぁぁッ!!」


 バリスタで果敢に反撃を行っていた兵士たちが雨と、同様に降り注ぐ矢の雨に恐慌状態に陥る。もはやまともな反撃どころか、雨となって降り注ぐ矢から身を守るだけで必死だった。半円状に取り囲む海賊船から、様々な角度から矢が放たれるのだ。もはや反撃どころではない。


 基地上部に集まった兵士たちは恐慌状態となって我先に階段を下りて内部施設に逃げ込む。逃げ遅れた兵士は背に矢を受け倒れた。


 基地内部に設けられたバリスタ用の窓からそれでも亜人海賊船に反撃をする兵士がいる。しかし、亜人の矢の猛攻によって基地からの反撃は半減以下にまで下がってしまう。


 半減以下にまで下がってしまえばそれでよしと見たのか、矢による牽制を行う30ほどの船をそのままに、20ほどの船が波止場基地の間に接近する。二十の船から甲板にひしめく亜人が降りるとすればその数は単純に2000。


 2000の亜人の上陸を許せば、ルルサマの町は、終わる。


「よし、準備はいいかてめぇら!」


「はい!」「応!」「まいりましょう!」


 一般兵士用の鉄鎧に身を包むノルベルトたち。


 慣れたディルツ騎士の甲冑に較べれば防御、動きやすさ、重さ、色んな面で劣るが普段着で戦場に出向くなど自殺行為に他ならない。鎧があるだけでも上等だった。


「い、急いでください! 奴ら、基地をすり抜けてくるとのことです!」


 基地はすでに混乱に陥っている。それでも、海賊の動きが逐一報告されていた。平和に浸りきっていたとはいえ、それでも王国兵。完全に統制を失ってはいないようだ。


 船を降り、海を泳いで亜人たちはすでに波止場基地を過ぎている。


 波止場基地から桟橋まで50メートルほど。あっという間に町が蹂躙されてしまう。


「………出来るだけは、やってみるさ」


 痛みに耐えつつ、に、と笑うノルベルト。鎧を着るだけでも一苦労だった。そんな中、これから戦いにおもむこうというのだ。我ながらどうかしていると思う。


 しかし、この痛みも、戦場の高揚によってまぎれるはずだ。敵を眼前にし、剣を振るえば痛みなどどこかへ吹き飛ぶ。


「いま、伝令が各町に走っています。増援が来れば一安心です」


「だといいんだがな」


 気休めだ。


 近隣の町に配置された王国兵の数などたかが知れている。あのマツェーラ・デ・ルバッロの町でもみたところ100いるかどうかだった。そこから派遣可能な数は、多くて半分。焼け石に水、というものだ。それに、伝令が届いてそれに応えて兵士が応援にかけつけるまで何時間かかるか。5000は下らない亜人たちに対して、こちらは1000。考えなくても気休めであることは誰でもわかるが、それでも、そう言うのだろう。


 基地を出て、走る。


 基地から見える港内部に、うようよと亜人たちが泳いでいるのが見えた。


 鎧を着てさらに完全武装で泳ぐなど相当訓練を積んだものでも普通の人間なら至難の業だが、亜人にはそんなこと問題にすらならない。完全武装で恐るべき速さで泳いでいた。


「くそ、はえぇ!」


 桟橋で上陸に備えていた兵士と戦端が開かれる。


 上陸部隊は接近戦を得意とするのか、矢による攻撃はしない。だが、そんなことは何のマイナスにもならない存在だった。


 上陸した亜人は海棲リザードマン。身長は優に二メートルを越し、強靭な体皮で様々な攻撃を防ぐ。膂力はすさまじくあらゆる武器を使いこなす強力な戦士だ。ノルベルトも若い頃、十字軍遠征で聖地での戦いで幾度となくやりあったが常にぎりぎりの戦いを強いられた。コボルドがかすむほどの強力な亜人だ。


 そんな強力な亜人だからこそ、王国軍は数で優位に立てるように、二、三人で取り囲んで相手にしている。


 そういう風に訓練しているのだろう。


 力で負けるのなら数で勝つ、そして相手の隙をついて弓や弩を射掛ける。平和に浸りきっていたとはいえ、そこは王国兵、練度も士気も並み以上にはあった。


 そんな戦場に到着し、ノルベルトは自分に問う。


 いけるか、と。


 戦場の高揚感で、すでに先程から嫌になるほど感じていた痛みも忘れつつある。大丈夫だ。小さく、うなずいた。きっと、背中は内出血でひどいことになっているだろうが、死んでしまえばおしまいだ。全力で戦って生きねばならない。


「うおおおおりゃああぁぁぁッッ!! ディルツ騎士団、ここに推参!!」


 海賊の船長から奪った一メートルもの曲刀を上陸したばかりのリザードマンに真っ向から振り下ろす。


 周囲をきょろきょろと見回して反応が遅れたリザードマン、頭を真っ二つにされ倒れ付す。それを見た王国兵が歓声をあげる。ディルツ騎士の強さは折り紙つき。強力な援軍の登場だ。だが。


 かてぇ。


 長く重い曲刀を全力で振り下ろしたのだ。人間相手だったら体ごと斬っていただろうし、景気づけにもなる、そのつもりだったのだ。それが、頭蓋を割ったのみ。先が思いやられた。だが、あの時は自分ひとりの孤独な戦いだった。今は違う。


「散って戦うなッ。俺たちもまとまって戦うぞ!」


「はい!」「任せてくれ!」


 散開したら各個撃破されてしまうだろう。ここは王国兵と同じく、かたまってお互いを守りながら戦った方が生存率はあがるはずだ。傷を負ったノルベルトを守るようにバルマンとガンタニが動く。


「援護します!」

 

 ヨハンは建物に上った。矢もたっぷりともらった。リザードマンといえど皮がやわらかい腹や喉に矢を受ければ致命傷は免れないだろう。


 次々と上陸を果たすリザードマン。


 ノルベルトたちは三人ひとかたまりとなって対処した。そしてそれを援護するヨハン。


 ノルベルトの攻撃を防げばガンタニの槍がわき腹をつく。


 バルマンの剣がリザードマンの目を貫けばノルベルトの剣も喉を貫く。


 リザードマンの剣がバルマンを襲えばノルベルトが滑らせてそらし、バルマンが腹部を貫く。


 気をとられたバルマンにトライデントが迫ればヨハンの矢が正確に喉を射抜く。


 王国兵には到底真似できない恐るべき連携だった。どんどんリザードマンの死体が積みあがってゆく。


「助太刀、感謝する! ディルツ騎士団の方々!」


 桟橋に集まった兵士を統率する男が声をかける。


 この基地の副指令にしてパラレマ王国の貴族だ。昨夜ノルベルトは顔を合わせていた。


 貴族だというのに鎧などに大した装飾を施さず無骨なまま着込んでいた。戦闘には装飾など何の役にも立たないという信念がそのまま表されており、その鎧姿が示すとおりの武辺者で、三メートルにもなる槍を振り回し、亜人と戦う剛の者だ。


 貴族だからすべてがすべて華美装飾を好むかといえばそうでもなく、本来、戦場で真っ先に先陣を駆け戦う義務を負うのが貴族であり、その義務ゆえに様々な特権を享受できるのが貴族という特権階級なのだ。貴族の中には本来の意義を見失わず武にのみ生きるものも確かにいる。この男もそういう類の人間だった。平和な時代ならともかく、このような戦乱渦巻く時代にはこういう男こそ必要とされるのだ。


 一見してノルベルトとは意気相通じた。


「おう! まあ、今回の問題を起こしたのも俺たちのせいだしな。ケツはふかねぇとな」


「なぁに。元々、この地域の問題が表面化しただけのこと。貴君らには貧乏くじを引かせてしまって申し訳ないと思っている。この戦いが終わって生き残れたら、おごらせてくれ」


「ふ、いいのかい? 俺はうわばみだぜ?」


「………がっはっは! その意気よ!!」


 上段から剣を振り下ろしてきたリザードマンを突進して槍で一突きにする。あまりに強力な突きで吹き飛ぶリザードマン。この男も怪力の持ち主だった。


「昨夜はごたごたして名を名乗っていなかったな。俺の名はフィーコ子爵ジョリコ・シレンダー」


「改めて、ノルベルト・グリモワールだ」


 がっちりと握手する両者。


「怪我をおったものに言うセリフではないが、頼りにさせてもらう。あれくらい、日常茶飯事だろうしな」


 治療途中のノルベルトと、基地指令との会話に加わっていたので、ノルベルトの怪我の具合も知っていた。


「まぁな。とはいえこっちは四人だ。防衛の主役はそっちだぜ」


「おうよ! 亜人どもにこの町は蹂躙させん!!」


 にやり。と笑いあう両者。


 知ったことか、と突っ込んでくるリザードマンをノルベルトの剣が喉を裂き、ジョリコの槍が腹部を貫く。そして、新たなリザードマンと対峙する。


 戦場でこその友情、ってのもいいねぇ。


 雨脚が強くなってきた桟橋で、リザードマンがそれでも陸続として上陸してくる中、ノルベルトは強く剣を握り締めるのであった。


 ノルベルトたちが慣れた様子で亜人と戦うが、ジョリコ率いる部隊も精鋭だった。


 一人が注意をひきつけている間に、二人目が弱点をつき、三人目が致命の攻撃を見舞う。決して数で劣るような状況は作らない。囲まれそうなら無理して戦わず、一時でも逃げて多対一にもってゆく。


 2000対600+4の戦いで、しかも雨脚はかなり強く、戦っている人間には過酷な戦場。体温は奪われ、視界は悪く、足場も悪い。それでもノルベルトたちは善戦していた。


 しかし、それは現れた。


「お、おい、なんだありゃ」


 ジョリコがそれに気づく。


 人間の善戦をあざ笑い、木っ端微塵に打ち砕くような、敵の新手の登場だった。



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