鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (十九)
5/17 誤字やら色々訂正。
フレデリック兵士長とノルベルト・グリモワールの会談の後のこと。
人買い連中を捕縛し牢屋にぶち込むと、衛兵達はさっそく立て札の準備に取り掛かった。
内容はこうである。
五人の子供たちをさらい亜人との取引に使うつもりだった悪逆の人身売買組織の摘発に成功したこと。
摘発に功があったのはたまたま町を訪れていたディルツ騎士団の団員であること。
掴まえた人買い共は一日さらされた後、縛り首であること、などが早々に決定され、告知された。
海賊は捕れば極刑である。
一番大きく報じられたのが、人身売買組織摘発に最も功績があったのはディルツ騎士団の団員である、ということである。徹夜となったノルベルトたちに、フレデリックはこれ見よがしに報奨金を町の住人が見ている前で渡した。わかりやすい擦り付けである。
海賊としても、すでに処刑されてしまった人間はどうしようもない。それよりは、報復の目印はこちらですよ、と提示したというわけだ。マツェーラ・デ・ルバッロの町にアジトがあったわけで、まだ知られていない一味はどこかにいるはずである。それらの者から情報が流れるであろう、というのがフレデリックの目論見だった。
事情をまったく知らなかったとはいえ人身売買組織をぶちのめし海賊の報復を受ける恐れが発生してしまった以上、よそ者であるノルベルトたちに文句をいう筋合いはない。一生をこの町で過ごす気もない以上、文句の言いようもない。衛兵が町を守る仕事を優先させるのも当然というべきだ。逆の立場なら、同じことをしただろうから。フレデリックの考えに、他の衛兵が大きく安堵したことは言うまでもない。
ちなみに、この時代、縛り首はいい見世物となる。罪人を殺す極刑すら、町のものからすればいいショーとなるのだ。人々は、こうして日常の憂さを晴らしているのである。
しかし、本当にたかだか20人の仲間の敵を討つために何の利もなく船団で報復に出て来るのか、と、冷静に考えるとあほらしい気もするが、海賊とか、賊というものは面子やらプライドやらが非常に高い。なめられたままではすまさねぇ、というわけだ。高をくくってはいられない。
ノルベルトたちは町の住民の賞賛の中、出立した。そして、おとなしくフレデリックの忠告に従い援軍を頼むべく、フランコ・ビニデンをパラレマ王宮にいるであろうミハエルたちのもとに走らせた。走っていかせることになるから、位置的に考えても四~五日はかかるだろう。徒歩のフランコを行かせるのは正しい判断ではなかったが、五人の中でいなくても最も問題ない人間を送り出すことになった、というだけのことだ。知らせを聞いたミハエルらが駆けつけて来ると考えても、海賊が報復に出るまでの時間は十分ある、と考えたのだ。海賊が船団で押し寄せても、ミミクル・フォン・プロンゾやケット・シーのニーモの強大な魔法ならば撃退可能なはずである。
不安は拭えないが、アルクスネ最強の魔法戦力が来てくれれば千人力である。もし、ミミクルやニーモがいなければノルベルトとて尻尾を巻いて逃げただろう。
そして、子供たちを馬に乗せてルルサマに帰還する。子供たちの憔悴を考慮して、朝出発してゆっくり進んで夕方の到着である。失踪からかなりの時間が経っての無事の帰還となって、ルルサマでは大騒動となった。
子供たちの軽挙をしかる父親たちに、無事を泣きながら抱いて喜ぶ母親たち、ディルツ騎士団の活躍をたたえる住民たち。当然、町の出身者であるヨハン・ウランゲルの賞賛の声は高かった。ブレチェロやかつての友人がヨハンを取り囲んで祝杯をあげた。
ちょっとしたお祭りになって、ノルベルトたちは定宿に決めていた可愛い看板娘のいる宿で住人と酒を酌み交わす。臨時の収入もあったことだしと気前良く酒を振舞った。一度精神的な垣根が取り払われると、仲良くなるのに時間はかからない。ディルツ騎士団の活躍を聞かせてくれ、とか、フリーデルン皇帝はどんな人物だ? とか質問が飛んだ。
さすがに、ヨハンは自分の家に帰るから酔いつぶれるわけにもいかず、切りのいいところで引き上げた。徹夜で帰還を果たして、それでもどんちゃん騒ぎができるノルベルトたちの底なしの体力に、さすがのヨハンもついていけない。
暗闇の中を千鳥足で歩く。
切りのいいところ、とはいえ町に帰ってきてから飲みとおしだったのだ。相当に酩酊していた。
家の前にまできて、引き戸を開ける。鍵はかかってはいなかった。
「ただいまー」
食卓にいたる。そこにいたのは、父ナックスだけだった。母コリンはもう寝たのか、いなかった。
「おやじ………」
したたかに酔った姿は、ちょっとみっともないかも知れない。ヨハンは気まずいまま、席についた。
「うっぷ」
みっともないが、飲みすぎて胃が拒否反応を起こした。軽く自己嫌悪に陥るヨハン。
「………水はいるか」
ぽつりと、つぶやくようなナックスの声。
つぶやくようなその一言があまりにも小さくて、何を言ったのかしばらくヨハンは考えねばならなかったほどだ。
「………あ、ああ、いや、足が悪いんだろ、自分でとってくるよ」
水がめに向かってゆらりと立ち上がる。
「………エルンスさんとこの、ルドルート坊らを助け出したそうだな」
ヨハンの背中に向かって、ナックスのしゃがれた声が届く。
「ああ。偶然見かけてね、20人もの人買い連中を相手だったけど、何てことなかったよ」
自分は何もしてはいなかったが、とはさすがに言わない。
さらに、そのおかげで海賊に目をつけられたかも知れない、などと言えるはずもない。
「そうか………。お前は、本当に、騎士になったんだな」
「おやじ………」
賞賛とも、なじっているとも、何とも判断に困る声音で。
水を飲んで、ヨハンは席に着く。
じっと、ナックスの真意をうかがうべくヨハンは視線を投げかける。
昨日見た、大切なものを失った、消沈した敗残兵のような目の光ではなかった。瞳の輝きに、どこか意思を感じた。
「………夢ばっか語って、どうせ、大それたことなど、できやしないと思っていたんだがなぁ。何せ、ワシの子だ。身の丈にあった人生を送るもんだとばかり、思っていたが、よもや、こんな立派な騎士になって帰って来るとはな………」
ぽん、とヨハンの肩を叩く。
ようやく、酔いに濁ったヨハンの目でも、父ナックスの瞳の色が理解できた。
「おや、じ………」
親父が怖くて、理不尽が許せなくて、一山あてて見返したくて。
何のかんのと言い訳をして逃げ出した。だから、当然ナックスは怒っているものだと思っていた。それが、右足を失って、意気消沈して、失意のどん底に落とされ、ヨハンの帰還も喜ぶような精神状態ではないと思っていた。
だが。
ナックスは、ヨハンの身を案じていたのだ。
案じていたからこそ、漁師になるために絶対に必要なことを叩き込もうとした。だから、手が出るのもやむをえなかった。
それどころか、ヨハンが逃げ出しても怒るどころか、身を、案じていたのだ。
そして、今も。
「ワシの、狭い世間を押し付け、お前を、小さな人生で終らせなくて良かったと、心から思った………。お前は、もっとでかい世界で活躍できるほどの器の持ち主だったんだな。………すごいな」
じっと、ヨハンを見る目。
それは、紛れもなく、息子を誇りに思う父の目だった。
言葉に出来ない、様々な感情が一挙に押し寄せ、ヨハンの胸は一杯になった。
「い、いや、あ………ごめ」
ほろほろ、とヨハンの目から涙が溢れ出す。
「心配かけて、ごめん………」
ようやく。
言いたくても、言えなかった一言が、自然と流れるように口から出た。
自分は、この父の何を分かっていたのだろうか。
ただ、表面的な、刹那的な部分でだけで判断して、本当の部分など何にも理解できていなかったのだ。
何も、理解しようとしてこなかったのだ。
自分の感情を振り回すだけで、自分を気遣ってくれる人がちゃんといたことに、何にも理解しようとしてこなかった。
でも、それも仕方のないことなのかも知れない。十代半ばのガキに、父親の真意を理解できようもないだろう。でもいま、ようやく自分も少しは苦労して、世間に対して顔向けができる程度には頑張れて、ようやく、父の心情を理解できるほどの年齢にはなれたのだ。
それが分かって、ヨハンの胸中に色々な感情がどっと押し寄せたのだ。
静かに、頭を下げる。
ナックスは、静かに微笑んだ。
「構わんさ。………頑迷なとこは、ワシに似たんだろうしな」
ぽんぽん、とヨハンの肩を叩く。
「………生きているうちに、こうして会えただけでも、ワシは幸せだ。………休みの間に、どこかに飲みにゆくか」
「………ああッ。話したいこどッ、一杯あるがら」
「ふっ。立派な騎士が、泣きべそかいてどうする」
ナックスの暖かな微笑み。
そんなナックスの目にも、光るものがあった。
すすり上げ嗚咽にむせんで、ヨハンは本当の意味で、我が家に、家族のもとに帰って来たことを、魂の帰るべき場所に帰還をはたしたことを心の底から喜ぶのであった。
こうなることを願って二人の時間をつくった母コリンも、寝室で泣いていた。
※ ※ ※ ※ ※
数日は何事もなく過ぎた。
どの町にもいるという監視役の影を警戒するも、おかしなそぶりを見せるものは現れなかった。
フレデリック兵士長がいうには、町の監視役はその町の交易品の相場や流通量といった情報を渡し、そのついでに起こった出来事を話しているだけで悪気もなければその情報がどこにゆくか、ということも知らないごく普通の人間を使っているらしい。
確かに、町に暮らしている監視役としては普通の人間を使った方がばれにくいのだろう。
自分が悪事の片棒を担いでいる、などという自覚もなければ微塵も疑っていない。むしろ逆に、正規の流通の一役を担っている、といった誇りをもって情報を渡していることだろう。それで小遣いでももらえれば喜んで続けられる。
そうなると後は輸送に関わっているものを片っ端から掴まえればいいのでは、と思うが、情報それ自体に違法性は何もないので今のところ強制的に荷物を改め、そういった情報を探るような手段には出られないらしい。
各地から集まった膨大な、ありふれた情報を統合し必要な情報だけを抽出する、巨視的な視野をもったものが組織を支配しているのだという。一介の衛兵の身分ではまったく実態をつかむことが出来ないのも無理はない。
海賊は相当大きな規模で活動しているようだ。
町の人々と気軽に挨拶を交わしつつ、ノルベルトは海賊の視線を警戒し徐々に気が焦ってゆくのを感じるのであった。
それからさらに数日。二週間目が過ぎた。
そして、ついに変化が起こった。
床につき、寝静まった頃。
かさ、と扉の隙間にかすかな音。扉の向こう側に人の気配があった。
「!」
ただちに身を起こすノルベルトたち。
警戒心を最大に張り詰めて寝ていたので、わずかな気配でも気がつく。
物音立てず飛び出す。扉の隙間から、手紙が差し込まれているのが見えた。ただちに手紙を拾うバルマン・タイドゥアに、走って扉を開け廊下に飛び出すガンタニ・ティーリウム。
「いないな」
「さすがにここでとっつかまるような間抜けは来ねぇか」
辺りの気配を探る。だが、動くものの気配はない。
中に戻り、バルマンの読む手紙の内容を聞く。
「我々の人間関係は把握されているようですね。特に、ヨハンの家族、全員の名が記されています」
「ちっ、やっぱ、そうなるよな。で?」
いざとなればヨハンの家族を人質にとるという脅しだ。
わかりやすく、そして防ぎにくい、やっかいなことになったとノルベルトは舌打ちをする。
ここまで何の動きもなかったのも、こちらの内情を探っていたからだろう。準備を整えつつ敵の内情を探る。基本に忠実だ。
「明日、使いをよこすのでおとなしく従え、とありますね」
「断ればヨハンの家族が代わりに海の藻屑か………」
それがもっともかしこいやり方だろう。
いくら報復のためとはいえ、海賊が船団で町に攻め込むなど正気の沙汰ではない。デメリットが多すぎる。それよりは家族をダシに脅して、ノルベルトたちをおびき出すのが一番被害を出さない方法だ。
そしてのこのこついて行った先にはそれこそ海賊が大挙して待ち構えているのだろう。
「全力でお断りしてぇところだが………」
ミハエルらはいまだ到着していない。
ここで海賊にのこのこおびき出されるなど死にに行くようなもの。しかし、呼び出しを無視すればヨハンの家族がさらわれる危険がある。特に、妹のヨニなどは格好の獲物となるだろう。
ヨハンに似て、そこまで別嬪というわけでもないが、気立ての良い素敵な女性だった。彼女の幸せを自分たちのせいでぶち壊してしまったらヨハンにも、家族にも申し訳ない。
ノルベルトたちがここにいられるのもせいぜい後二週間。この間は全力でヨハンの家族を護衛するとしても、それ以降はそこまで面倒は見切れない。だが、ヨハンに、諦めてアルクスネに帰るぞ、とも言えない。
また、ヨハンを残してノルベルトだけで帰っても、ヨハンだけでは家族を守りきれないだろうし、ヨハン自身にも危害が及ぶだろう。
もっとも確実な方法は海賊を壊滅させること。出来るとは思えないが。
そして、組織を牛耳る親玉が出てきたところでこれ以上被害を出しても双方にメリットはないだろうから手打ち、となるのが理想的だが、そこまでうまくことが運ぶ気がしない。それも後二週間でだ。
最悪、滞在は伸ばすにしても、絶対に阻止しないといけないのは、敵の報復を潰すことだ。
我々を相手にするのはやめた方がいいと、敵に思わせない限りはヨハンの家族が狙われる恐れはいつまでも消えない。
「ノルベルトさん、どうしますか?」
「まだミハエルたちは来てねぇ。ここでついてゆくなど自殺行為もいいとこだ。どうせ案内に来る奴らなんて小物だろ、ぶちのめしてでも時間を稼ぐ。すべては、ミハエルたちが来てからだ」
「そうですね。………そうなると、ヨハンの家族を護衛するための行動が必要になりますね」
「人間相手ならともかく、亜人の海賊が出張って来たら俺らでも厳しい。自慢の槍もどこまで通じるかわからん。ミミクルちゃんやニーモ様なしでは戦えないな」
今まで宿に閉じこもるようにじっとしていたが、宿はヨハンの家もヨニの家も遠い。もし襲撃を受ければ救出は不可能だ。
「じゃまくせぇなぁ。くそ、だんだんイライラしてきたぞ」
せっかくの休暇が、何でこんなことになってしまったのか。
こういう、敵が見えないという状況が一番つらい。
この一週間というもの、常に警戒していたから精神的に消耗していた。先程の扉の向こうの人の動きに即座に対応できたのもそのためだが、そのせいで寝ていても熟睡には程遠い。徐々に精神が摩滅してノルベルトも苛立ちがつのっていた。
「ヨニの家って、数人泊まれるスペースがあったよな?」
「ええ、二階に空きがありましたね」
住宅事情のよくないこの時代では、せまい区画を生かすために都会では三階建て、四階建ての家屋は少なくない。一階に店舗件倉庫、二階に住宅、三階四階は賃貸にしていることが多い。そこまで狭くはないルルサマの港町では二階建ての店舗が多かった。
ちなみに、階数が上になればなるほど、家賃は安くなる。生活しにくいからだ。
「よし。明日からヨニの家はバルマンとガンタニが見張れ。ヨハンの家には俺が見張る」
「はい」「了解」
まだ新しい家族に恵まれていないヨニの家では空きスペースがあった。いくら緊急時とはいえ、よそ者を泊めるなど不本意だろうが仕方ない。
「オリーブちゃんに別れを告げるのは悲しいねぇ」
「また会えますよ」
オリーブちゃん、とは宿の看板娘のことだ。
この二週間ですっかりお気に入りになっていた。
一階は酒場になっており、給仕してもかわいらしく愛想もいいし、酔っ払いの扱いもうまい。ノルベルトが酔っ払った振りをして抱きつきにいったときにも巧みにかわして、しかも間接をきめられたこともある。実は相当の使い手ではないのかと思わせるほど動きが只者ではなかった。さらに、数多の女性を落としてきたバルマンの口説きにもまったく動じない。恋多きガラタリア人の手練れだった。町のアイドル的存在で多くの男たちの支持を集めている。
「とはいえ、これでこの夜だけはゆっくり寝られそうだ」
「そうですね。海賊船団上陸はこれでなくなりましたね」
「やれやれだ」
敵が手紙を送ってきた以上攻めて来ることはない。
一番の恐れであった、海賊の総力をもっての上陸戦がなくなっただけでも懸念は減った。
いくら王国軍が駐留しているとはいえ、亜人海賊相手となると被害は免れない。ましてや住民の被害はどれほどになったか。それが現状なくなっただけでも精神的な負担は消えた。
ノルベルトは安心してベッドに横になった。敵の動きがみえないとつらいが、敵の動きが分かれば何とか対処も出来る。事態は切迫してはいるがだからといって焦ってばかりいても仕方ない。寝られるときに寝る、歴戦の勇士らしい頑強さだった。横になるとまもなく寝息を立て始める。
「やれやれ、この思い切りの良さは、良くも悪くもすごいですね」
「まねできん」
ノルベルトを見下ろし、うらやましく思うやら呆れるやらなバルマンとガンタニであった。
翌朝。
使いが来るまでは一安心、とノルベルトたちは宿を出て、ヨハンと合流すると今後の予定を話した。
「ついに来ましたか………」
バルマンから手紙を受け取ったヨハンが厳しい表情を見せる。
「んで、今言ったとおり、これは全力で無視する。使いがやってきたらぶちのめしてでも無視だ。で、ヨハンの家族を全力で守る」
「ご迷惑をおかけして、すいません」
「ま、仕方ねぇ。ミハエルたちが来ないうちには敵とやりあえねぇ。ここは姑息に時間かせぎだな」
「因循姑息………。無駄な時間稼ぎどころか、生命線ですね。ミミクルちゃんとニーモ様がいないと我々ではさすがに敵の総数もわからないところに突っ込めませんものね」
「まぁな。敵の狙いがヨハンの家族と分かった以上、ここを守ってれば敵もこれ以上動けねぇだろうからな」
敵がヨハンの家族を持ち出してきた以上、つまり、こちらの弱みはそれだけなのだ。後は暗殺や、人攫いを警戒していればそれですむ。
それで時間を稼いでこちらは強力な助っ人を待てばいい。
姑息、無駄な時間稼ぎではない。
「そうと決まれば使いとやらが来るまで鱈腹食って英気を養うぞ。来い」
「………はいっ」
ディルツ騎士団の頼りになる兄貴分ノルベルトに付き従う。
四人はそのまま朝市に出向き、新鮮な魚介を買い込むと、看板娘オリーブの宿に向かった。オリーブの宿は食材を持ち込むと調理してくれるのだ。
ノルベルトたちが滞在して定番になりつつある豪華な食事が始まった。
当初は色々なお店に出向いたが、オリーブのいる宿が便利で美味しいとわかってほとんどをそこで済ませていた。魚介はもちろん、肉類や様々な食材を巧みに仕上げてくれる宿の主人にしてオリーブの父マサリックは今は引退したが、かつては宮廷料理人として辣腕を振るったという。腕は一流だが、欲がないマサリックは愛弟子に職を譲って故郷に戻ってきたのだという。
そんじょそこらのお店よりはるかにうまい料理がでるので、料理目当てでやってくる地元客や泊まり客がいる。そんな料理にほれ込んだノルベルトたちは出歩くことの無意味を悟ってしまったわけだ。
「酒は控えてくださいね」
「分かってるよ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇ。この程度で酔ったりしねぇよ」
ルルサマ産の上等なワインを飲みつつ。
これから敵の使者が来るというのに酒盛りなどしている場合などではない。
当然、誰もがそう考えるだろう。普通なら。
昼頃。
すっかりどんちゃん騒ぎとなっていた。
「だから、言ったじゃないですか………」
「な~に、大丈夫だって、雑魚相手、かる~くぶちのめしてやっから」
豪華な料理をほとんど消費し、地元の人々を巻き込んでのどんちゃん騒ぎである。ヨハンも、振る舞い酒に付き合わされてしこたま飲まされていた。
そんな、まったく状況をわきまえない酒盛りの場に、異質な雰囲気のものが現れた。フードを目深にかぶり、亜人の強固な革をベルトで体の要所をまとめた一目で荒事向きのものが、ついに現れた、のだが。
「うおっ」
どんちゃん騒ぎに気おされた。
ガンタニとバルマンが抱き合って踊っていた。それをはやし立てる地元客。今日もノルベルトの振舞う酒目当てにやってきているのだ。
「あ? 誰だおめぇ、ここのもんじゃねぇな?」
だらけた目で誰何するノルベルト。すっかりルルサマの町になじんで地元民きどりである。
「お、お前ら正気か!? 状況をわかっているのか?」
「ああ………そうだった。ああ、すまねぇ用事ができた。皆さん、今日はここで解散だ」
ゆらり、と立ち上がる。
「お出かけですか?」
オリーブが怪しい男の登場に怪訝な顔をしつつ。
「ああ、うまかったぜオリーブちゃん、マスター、また頼む」
オリーブやマサリックに手を振り、バルマン、ガンタニ、ヨハンに目配せする。支払いに関してはすでに前金でたっぷり払っている。報奨金がなくとも彼らは大金持ちだ。
「うぷっ。ここじゃ何だ。ついてこい」
「それはこっちのセリフだ!」
怒鳴りつつも、ノルベルトのただならぬ気配にそこまで踏み切れない使い男。明らかに駄目なレベルで酔ってはいてもそこには隙がないのだ。切りかかれば即座に反撃されるのではないかと、感覚的に分かっていた。
しこたま酔いつつもノルベルトたちも使いのフードの男の力量を見抜いていた。
「まぁまぁ、お前も飲むか?」
「ふ、ふざけるな!」
使いの男の肩に腕を回し、しなだれかかるノルベルト。人気のない場所に行く。
「く、くっさ! どれだけ飲んでるんだよ!」
「一樽だよ。別に普通だろ?」
「し、正気じゃねぇ………」
樽にもいろいろあるが、ルルサマの町で使っているのはワイン一樽で9リットル入っていた。50人分くらいだ。もし本当に一人で飲みきったとしたら、普通の人間なら命に関わってもおかしくない量である。
「どうせもうここには戻れねぇんだ、質問してもいいか?」
「何だ、おとなしくついてくるんなら、少しくらいはいいぞ………」
しおらしい雰囲気を少し出す。フードの男も、おとなしく従うのなら多少は答えてもよい、という気が起こった。それこそ、ノルベルトの狙いである。
「お前ら、何人で来たんだ?」
「へっ、んなこと言えるかよ。ま、たくさん、とだけ言ってやろう」
「そうか。おおこえぇ。あのおっかない亜人もたくさんいるんだろ?」
わざとらしく震える。
見るものがみれば白々しい三文芝居だ。
「そんなことまで知ってんのかよ………。でかい仕事があってそっちはまだだ」
「おろ、それは素直に話してくれるんだな」
「ふん! 亜人がいなくてもどうせ逃げられやしねぇからな」
確かに、普通の人間だったら海賊に狙われた時点で生きた心地がしないだろう。そもそも、普通の人間ならこんな荒事に首をつっこみはしないわけだが。
「なるほどな………」
亜人がいないだけでも重畳、とはいえ大人しくついてゆくわけもないのだが。
フードの男に回した手をほどき、足を止める。
「あ、悪いが、おしゃべりはここまでだ。まだ死にたくねぇや」
「てめ! どういう意味かわかってるんだろうな!?」
「ああ、狙いはヨハンの家族だけだろ? それだけで俺たちが大人しく従うと思ってもらっちゃ困るぜ」
にや、と笑うノルベルト。
だが。
初めて、フードの男が勝ち誇った笑みを浮かべた。
「お前ら、単純だな?」
「………何だ?」
「手紙の内容を素直に信じたんだろ? ははっ! それだけですますわけがねぇだろうが! こんなこともあろうかと、ガキどももさらってんだよ!」
「………ガキ? ッ!? ガキって、まさか!」
酔いがさめてゆくのを、いや、それどころか、
音を立てて血の気が引いてゆくのを、ノルベルトたちは感じていた。
「俺たちはギリ堅いほうでな。取引は必ず果たす。約束の荷は必ず届けるんだよ!」
完全に立場が逆転したことを理解し、ふんぞり返るフードの男。
救出した子供が狙われる、という危険性を完全に失念していたことを今になってノルベルトたちは思い知らされることになったのであった。
何で子供たちが狙われると考えもしなかったんだろう、と後悔しながら。




