鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (十ハ)
5/17 誤字やら色々訂正。あれ、十七が二個あるぞう?(笑)
「衛兵さんよ、ちょいといいか?」
町中の衛兵詰め所で警備につく衛兵を呼ぶノルベルト・グリモワール。
人買い共をぶちのめし、ヨハンと子供たちを宿に送った後のこと。
ノルベルトたちは人買いの一人を叩き起こしアジトに乗り込んだのだが、仲間が二人いるだけで捕らわれた人はいなかった。最近まとまって送り出したばかりだという。
人買い共は、集めた子供を奴隷として売り飛ばすどころか、亜人の食料として輸出するつもりだったのだ。チチリカ島から150キロ南方の亜人が蛮居する暗黒大陸には、ダイアモンドというとても価値の高い宝石が豊富に産出する。人買い共はそのダイアモンドを買うための対価として人を輸出していたのだ。
特に、子供は肉質が柔らかく好まれ、高額で売れるという。子供を高値で売り払い、得たダイアモンドを王侯貴族に高値で売る。利益を考えるととてつもない。何せ、仕入れ値はただだ。
レプティリアンもそうだが南方の亜人も、一方では激しく戦争を繰り広げているが、その一方では商人の間では商売が成立しているようだった。
まだ息がある人買い連中をアジトにあったロープで縛り上げとりあえずアジトに放り込み、フランコ・ビニデンを見張りに残し衛兵に報告にやってきたのだ。もはや息がないのは放置した。息があるものも目をさませば激しい痛みにさいなまれることになるだろうが。
「む? 何者………だ、この町の者ではないようだが」
衛兵の一人が近づいてきたノルベルトたちに一瞬警戒するが、その姿に気おされる。どうやら、並みのものでないことを察したらしい。それ以外の若い衛兵などはあっけにとられていた。
それも仕方ないだろう。そうでなくとも体格が人並みはずれて立派なバルマン・タイドゥア、ガンタニ・ティーリウムと三人、たったいま荒事をやってきたばかりでまだ戦闘の余韻が抜けきっていないのだ。ある程度戦闘になれた人間だったらわかるほどに尖った雰囲気だった。
普通、こういう田舎の町では町民が交代で夜警を担当する。自分たちの町は自分たちで守るというわけだ。よって、練度も意識も低い、はっきりいってそこいらのおっさんが衛兵を「やらされている」のが多いのだが、マツェーラ・デ・ルバッロの町はルルサマと同じく王国兵が警備についているようだった。海の向こうは強大な亜人の大陸、警戒を緩めるわけにはいかないのだろう。とはいえルルサマと要塞化と比べれば雲泥の差だが。
ノルベルトたちを尋常ならざるもの、と認識した衛兵は三十代を過ぎたあたりの、ベテラン兵士だった。
ノルベルトたちも、そこらのおっさん相手でなくてよかったと内心安堵していた。話の通りやすさがベテランの兵士とそこらのおっさんでは全然違う。ものすごくどうでもいいローカルルールを持ち出してきていちゃもんをつけてくるのがいるのだ。ベテラン兵士ならばそんなローカルルールに縛られずに柔軟に思考するものの方が多い。まあ、それも人の差が大きいが。
「ディルツ騎士団のものだ」
「ディルツ………! パ、パラレマ王宮にいるとは聞いていたが、こんな町に何の用か?」
ディルツ騎士団、と聞いて目に見えてベテラン兵士が緊張する。
パラレマ王でもあるガロマン皇帝フリーデルン二世とディルツ騎士団が懇意であることを知らない王国兵はいないだろう。フリーデルンと騎士団総長レオポルト・フォン・シュターディオンは股肱の間柄であり、ディルツ騎士団はかなり優遇されている。下手に揉め事をおこせば自分たちの立場が悪くなることを懸念したのだ。
さらに、ディルツ騎士団の蛮勇は有名だ。
こんなのんびりとした港町で引退状態で警備をしている二線級の兵士とは場数が違う。もし攻撃されたらと考えると、ベテラン兵士といえど、いや、ベテランだからこそ脅威を感じたのだ。
王国兵とディルツ騎士団は、そもそも所属も違うし命令系統もまるで違う。王国に組織された正規兵とガロマン教皇によって支持された宗教騎士団。今でこそ偉そうにしているが、ディルツ騎士団はちょっと前までは影も形もなかった無頼集団だったのだ。両者の間には、同盟関係はあっても立場の上下は何もない。しかし、この一瞬のやりとりでベテラン兵士はノルベルトにのまれていた。
一瞥しただけでノルベルトたちのまとう雰囲気を尋常一様ではないと見抜いたベテラン兵士は、最初の対応を間違えなかった自分を褒めてやりたい気分だった。
「なに、本当はルルサマに休養にきていたんだがね。偶然、見知った子供たちが人買い連中に船でさらわれているのを見かけて、ここまで来たってわけだ。で、その人買い連中を残らずぶちのめしてきたから報告にね」
そんな兵士の心理を知ってか知らずか、ノルベルトは飄々とした態度だ。
「なっ! そ、の、人買い、と言ったか、ぶちのめした? 一人残らず?」
「ああ」
「そうか………」
ベテラン兵士は、ノルベルトの報告に驚愕の表情を浮かべたあと、動揺しはじめた。
「その、子供たちを助けてくれて感謝する、と言いたいところだが、………どうやら事情を知らないようだな」
「事情? なんか特殊な取り決めでもあったってのかい?」
懸念のひとつが現実になってしまったかな、とノルベルトは密かに冷や汗をかく。考えていなかったわけではないのだ。
こういう人買いが町で拠点をもっている場合、その町の実力者、市長とか貴族とか商会などとつながりがあって、秘密の約定が交わされているケースがある。
法を取り締まる側と、法を破る側が結託するのだ。
こういう例は珍しいことではない。
さらに、この法を取り締まるものと、破るものの区別がまったく曖昧であることも珍しい話ではない。
宗教騎士団が、未開の蛮族と一方的に決め付けた集落に襲い掛かり、殺し、奪い、暴虐を働くのと同じように、絶対の正義の存在などこの世界には存在しないのだ。人買い連中が表で王侯貴族を相手にダイアを売り、裏で人をさらって出荷しているように、表向きは綺麗な商売をし裏ではあくどいことをやる商人、など腐るほどいる。そのお先棒をかつぐ兵士、というのも珍しい話などではない。人買いをぶちのめしそれをのこのこ衛兵に報告したら実はみんな同じ穴のムジナでした~。などということになってしまったかな、とさすがにノルベルトも冷や汗をかく。もちろん、ついこの間やってきたばかりのノルベルトたちにその辺りの機微などわかるはずもないとはいえ。
兵士といえどノルベルトからしたらそこまで脅威ではない。だが、衛兵と事を構えた、となればさすがにノルベルトの側も立場があるというものだ。
いくら悪事に手を染めた町といえど、王国兵であればそれは立派な正規兵。王国を相手に喧嘩を売ったことになりかねない。ここから飛び火しまくってフリーデルンとレオポルトの関係が破綻、などということにでもなればさすがに、物理的な意味におけるノルベルトの首を差し出しただけですむかどうか。
こいつらも全員ぶちのめしてとんずらこくか? とノルベルトは、後ろに控えるバルマン、ガンタニと目配せをした。
「ああ、いや、取り決めなどはない、そこは安心してほしい」
やばい雰囲気を、恐らく本能的にさとったベテラン兵士が慌てて制する。
「なんだ………」
握りこぶしをゆるめるノルベルト。
「その、なんだ、人買いだな………我々も一応奴らの存在は知らなかったわけではないし、これでも調査はすすめてはいたのだが………」
「煮え切らねぇな」
「ああ、すまない。詳しい話は、兵士長にお願いすることにしよう。ちょっと、こんなところでする話ではなくてね。いいかい?」
「ってことは、大事になりそうか?」
上司を引っ張り出してくる、ということはそういうことだ。
「恐らく………」
「そうか」
「まあ、やっちまったもんは仕方ない。とりあえず、その人買い連中は、まだ生きてるのか?」
「………ああ。三分の二は、な」
頭を抱えるベテラン兵士。
「フハハッ! ちくしょうめ! はぁ………おい、お前は応援を呼んでくれ。人身売買組織の摘発だ。フレデリックさんも起こしてくれ」
もはや沈うつを通り越してかんしゃくを起こし笑い始めたベテラン兵士。とりあえず落ち着きを取り戻し、困惑する若手の兵士に指示をする。若手の兵士は言われたとおりに兵舎に走った。
「人が集まったら、案内を頼む」
「ああ。そのつもりだ」
幾分かやつれた感が出始めたベテラン兵士。
そんな大事な話なのか、とノルベルトたちも不安を覚え始める。
やがて十分ほどで数人が集まり、ベテラン兵士が事態を説明していると、やがて大柄な男が現れた。どうやら先程いった兵士長らしい。
「諸君らが、ディルツ騎士団員か。余計なことをしでかしてくれたな」
開口一番、憎まれ口を叩く。
とはいえ、激怒しているという雰囲気はない。ただ迷惑そうな表情ではある。
「まずかったかい?」
苦笑するノルベルト。
「色々な。まあ、こんなところで立ち話もなんだ。どうせ諸君らももはや当事者、知らねばならんことも出来た。茶でもだそう。中にはいってくれ。ワレンコ、摘発の指揮をとってくれ」
「はい」
フレデリック兵士長がベテラン兵士に指示をだす。ワレンコという名前らしい。
「ふむ、バルマン、ガンタニ、場所を案内してやってくれ」
「はい」「了解」
寝ぼけ眼のままでてきた兵士をかき集め、総勢10名ほど集まったところでバルマンとガンタニを先頭にワレンコが衛兵を率いて出立、ノルベルトとフレデリックは兵舎に入る。
そして、応接間に通されたノルベルト、それなりに上質なソファに座る。とはいえ相当年季が入っていて生地の痛みは激しい。
「で、だ」
ソファは上質だが、無骨な木製のカップに薬草だかを煮出したものをポットから注ぐ。
フレデリックはとりあえずすすめると、真っ先に煮出したものをすする。フレデリックが飲んでいるのをみて、ノルベルトも口をつける。苦味と甘味がそれなりにバランスをとっており悪くはなかった。
「結論から言うべきだろうな。人買い共、な。奴ら、でかい海賊が本体だ」
「海賊………」
なるほど、と納得するノルベルト。
海賊ならば、人買いをやっていても何の不思議もない。
そしてやっかいごと、の意味も。
海賊をまともに相手にできるのは海軍など本職のみで、町の衛兵では数に物を言わせて打ち破られる恐れが高い。海賊は船の操船など練度や戦闘術、どれも並み以上に高く町に襲い掛かっては略奪、殺戮をやってのける。こんな小さな港町など襲われればひとたまりもない。
もっとも、ちょっと遠方とはいえそれでもここはパラレマ王国兵が警備する町、そんなことをすればどうなるか、わからない愚か者とも思えないが。
「それでいて、表では普通の商売をしている。表と裏の区別が鮮やかな組織でな。しっぽがつかめん。表の奴らは裏の組織など知らんし、裏も同様。きっちりしてやがる」
「なるほど」
「しかも、だ。奴ら、一般人を使ってどの町にも監視役を伏せているのだ。その情報網たるや、我々をしのぐ」
「って、おい、それって………」
「ああ。お前さんらが英雄的活躍をした、など、すぐに奴ら本体の耳に入るだろう。そうなれば、わかるよな?」
復讐が待っている、ということだ。
さすがにノルベルトもまずったな、と顔をひきつらせた。
「その、海賊とやらの、規模はつかんでいるのかい?」
「いくつかの情報なら入ってはいるが、全体像は杳としてつかめん。何せ、海賊本体は暗黒大陸の亜人共なのだ。そんなところ、我々では手も足もでん。こちらも、人攫いや人身売買のうわさならつかんではいたが、手をこまねいていた、というのが正直なところだ」
そうか、とノルベルトは思った。どうりで暗黒大陸の亜人と交易が出来るわけだ。人間と亜人、どちらも同じ仲間だったというわけだ。どちらが主筋になるのかは知らないが、手広くやっているらしい。
「とはいえ、断片の情報からある程度推測はつくんじゃないか? そこまで本腰をあげて捕り物をしない理由は?」
「いま、フリーデルン陛下が誰と戦っているか、知らないわけはないよな?」
「ああ………」
現在、ガロマン皇帝フリーデルン二世は、ガラタリア北部のガロマン教皇グレゴッグスに属する複数都市と戦争状態にある。
そして、これまでは十字軍遠征に行っていた。
つまり、本腰をいれて海賊を討伐に出るだけの余裕がないのだ。しかも、決定的な情報もつかんでいない。フリーデルンに報告し討伐を決めさせるだけの決定打に欠けるということなのだろう。暗黒大陸の亜人が人買いの本体ともなれば、それこそ亜人と本腰をいれて戦争する決意がなければいけない。
それを、もし衛兵だけで海賊と事を構えれば、王国からの十分な支援もなしに戦わねばならないことになる。それは、警備が精一杯の衛兵としては荷が勝ちすぎるわけだ。
だから、今まで海賊の存在を知りつつも、見て見ぬふりをしてきたのだろう。それが、今回のノルベルトたちの、知らぬこととはいえ、一斉の大捕り物。
さぞかし海賊の逆鱗に触れることだろう。
「で、だ」
フレデリック兵士長が言葉をつむぐ。
「これから諸君らが取れる選択肢だが。まず、気にせず帰ること。これが一番、諸君らとしては安全な策と言えるだろう」
「お、おい………」
「うむ。ここまで介入してしまった以上、すたこらと帰るのも後味が悪かろう。そこで次の手として、予想される海賊の襲撃を撃退する」
「そうなるか………」
海賊の規模がつかめない以上、どれほどの戦力があるかはまったく不明だとしても、20人もの仲間を一挙に失う、という今回の事件で、どんな報復に出るか。
まったく報復しに来ない、という可能性も皆無ではないだろうが、楽観は出来ない。
王国兵が警備する町にいきなり襲撃をかける、などということをするとは思えないが、敵の本体が本気になれば襲い掛かってくるだろう。ちんけな海賊程度ならともかく、暗黒大陸に根城をもつ亜人ともなればどれほどの規模になることやら。
もし、海賊の襲撃を待つ、ということになった場合、どれほどの規模があるのか不明な戦力の襲来を警戒せねばならないということになる。それは、ここにずっといるのなら仕方ないだろうが、ノルベルトたちはひと月の休暇に立ち寄っただけだ。しかも、正確に言うと後三週間程。あと三週間で海賊との戦闘をすべて決着させることなどできるのか。それとも休暇終了と共にすたこらと逃げ去るのか。ノルベルトは苦慮する。
ああ、やっぱりあんなガキどもなんて見殺しにすればよかった。と、内心思った。思うだけは思った。
「正直、人買い連中はたいした連中ではなかったが、その本体とやらの海賊共はどれほど強いんだ?」
「うむ、亜人共は、人間よりはるかに水中に特化したものもいる。魚人とかの類だな。強靭な鱗に、強大な戦闘力、ディルツ騎士団の諸君なら、亜人との戦闘も心得ているだろう」
「………ああ」
つまり、総数もわからぬ屈強な亜人の襲来に備えろ、ということだ。
やっちまった、というのが正直な感想だった。
どうしてこうもディルツ騎士団というのは亜人と縁が深いんだか、とノルベルトは一人ごちた。
「ところで、子供たちはどこの町の子なんだ?」
「ルルサマだな」
「そうか! ルルサマなら王国の軍船があるし、海賊もさすがに攻め込むようなことは出来まい。そこにいれば一安心だな」
フレデリックが安堵する。
港町ルルサマは警備の王国兵が多数駐屯する町であり半要塞化されている。亜人襲来に備えた多数の戦闘用船舶がある。そんな本職の海軍がいる町に襲撃してくる阿呆がいるとは到底思えない。さすがに自殺行為だ。
海賊の襲撃がマツェーラ・デ・ルバッロの町になる予想からはずれ、危険性が低下したことで露骨に態度にでたのだが、ノルベルトに文句を言う筋合いではない。
「………だといいんだがね」
「ああ。子供たちを救出した諸君らが大手を振ってルルサマに凱旋してくれた方が奴らの注意を引くことができるだろう。そして、襲撃に備えたらどうかね。まあ、我々としては、人身売買組織摘発に一役買ってくれた諸君らを、出来うる限りは支援を惜しまんつもりだ。幸い、ルルサマの警備隊長とは知己の間柄でな。紹介状くらいは書いてやるぞ」
「すまないね」
「いやこちらこそすまんが、これから掴まえる連中だが、後顧の憂いを絶つためにさっさと首をはねてやろう。その時にはディルツ騎士団の面々が大活躍したと大いに喧伝する。こんな小さな港町、海賊の襲撃を受ければひとたまりもない。こちらの被害を避けるために、奴らの怒りの矛先をそらさせてくれ」
申し訳程度に謝りつつも、にやり。と笑うフレデリック。
襲撃に備える。と、なるとミハエルに報告して、ミミクル・フォン・プロンゾに援軍に来てもらうのが一番かと思った。そうすれば自動的にケット・シーのニーモ、猫神様まできてくれる。そうなると亜人が大船団で攻めてきても何とかなる。
休暇にでて何でこんなことになってるんだか、と自嘲するノルベルトであった。
まとまってきたので。
ところで関係ないですが、最近知った日本語。
『なし崩し』
これを状況の推移によって仕方なく、無理くり、と思ってましたが、さにあらず。
元々は借金を少しずつ返済する、という意味で転じて、徐々に、ゆっくり変化させるという意味だそうな。
無駄に年食って、知らない日本語が多すぎますね。
というかむしろ、どれほど日本語誤用されてんだよ。と、文句をいいたい気分。間違った日本語をみんなが使うから、そういうもんかとなし崩し(×)に使ってしまうわけで。個々の努力でしか日本語は正せないとか不確定要素が大きすぎます。ちゃんと日本語を教えてくれるところはないもんですかね。
ってな塩梅で、おっさんは今日も生きております。




