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天と地と人  作者: 豊臣 亨
二章  鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク
24/49

鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (十三)

5/16 誤字やら訂正。



「本当にいいとこだな」


 受爵式典の翌日。


 チチリカ島。パラレマから北に離れた丘。


 湿度の低い、からっとした海風を浴びつつ、リリクル・フォン・プロンゾは雲のほとんどない晴れやかな日差しに目を細めた。眼前にはガラタリア半島とチチリカ島に挟まれたチュラニタ海が広がっている。


 日差しを受けた海面が、きらきらと光を反射させておだやかにたゆたっている。


 リリクルとて海は知っている。だが、ユーロペタの北の果ての海とはまったく違う。


 海の香り、頬を打つ潮風、さえぎるもののない太陽の輝き。


 生命力というものがまるで違うように感じる。海そのものに宿った生命力がはるかに躍動しているように感じる。いやこの南方ユーロペタの世界に満ちるエネルギーすべてが桁違いに北方より多い気がするのである。


 最初は、爵位をもらう程度で往復三ヶ月もかかるとか冗談ではない。その程度なら送ってよこせばいいだろ、とか思ったものだが、行く前と来てからでは認識は百八十度ひっくり返った。


 今ではむしろ帰りたくないくらいだった。


 すべてのプロンゾ人はこの光景をみるべきだ、とも思った。


 世界は、こんなにも広く、果てしなく、輝いている。自分のもっている世界、みてきた世界が、どれほどちっぽけなものであったかと思い知らされた気分だ。これほどまでに世界とは広大なのだ。


 自分という人間が、一皮も二皮もむけて、新たな自分が創造されているような気さえするのである。


 前には果てのない海が広がり、背後では人の営みたる港町がある。


 神聖ガロマン帝国皇帝フリーデルンのパラレマ王宮膝下の街ともあって、港町は交易の帆船でにぎわっている。一本や二本の帆を立てた帆船やガレー船が停泊し荷の積み下ろしをしたり、交易品や魚や果物などを積んだ船が盛んに行き交う。パラレマに豊富な物資を提供しており、帝国の繁栄を物語っていた。


 この南方ユーロペタのもつ莫大なエネルギーを浴びて、海も、人も、瑞々しく輝いている。こんな素晴らしいことはない。


 さらにこのエネルギーを受け取ろうと、リリクルは深呼吸をした。



 ミハエルらは式典が終わった後、いくつかの用件のために逗留していた。


 それは、リリクルがネコババした品を使った製作の依頼。


 あの、撲殺された哀れなコボルド・コマンダーが身にまとっていたミスリル銀を用いた装備の製作である。


 パラレマ王宮の膝元ということもあり優秀な甲冑工房があって、午前中にはその製作のための採寸で時間を割いたのだ。ミスリル銀は貴重な金属であるので工房魔術師も仕事に追われておらず、ひと月ほどで完成するだろうとのことだったので、観光がてら完成を待つことにしたのだ。


 甲冑製作ともなれば城が買えるほどの値段になるミスリル銀だが、その材料が哀れなコボルドのおかげで無料で手に入り、経費は甲冑制作費のみ。もっとも、甲冑ひとそろえを製作する金額だけでも相当なものにはなるが、プロンゾの貴族入りの祝いとしてフリーデルンやディルツ騎士団総長レオポルト・フォン・シュターディオンから出ている。対コボルド戦での褒賞と戦費の前払い、も兼ねてはいるが。


 また、ヨハン・ウランゲルにとってはこのチチリカ島はふるさとである。せっかくひと月もゆっくりできるならと、ルルサマという港町に帰っている。ノルベルト・グリモワールたちも王宮のそばでは気がやすまらない、とのことで一緒に行動している。


 あともう一点、受爵の他に重要な問題があるにはあるのだが。


「わたしも、こんな南方にまで来たのは初めてですが、こんな素敵なところだとは思いませんでした」


 ミハエル。


 グナクトはそのままプロンゾに帰る可能性が高いのでそのまま逗留している。第六次十字軍遠征によってレプティリアン側とフレーデルンとの間に十年の和平期間が設けられ、聖地はいまのところ平穏無事であり緊急性を要するのはコボルドくらいだからである。


「こんなにのんびりさせてもらえるなんて、幸せです」


 ついこの間、コボルド相手に血みどろの絶望的な戦闘を行っていたのだ。それを思うとこの平穏が嘘みたいだ、と思うミミクル。


「でも、ミミにはこの潮風も日差しも、過ぎるといけないから気をつけてるんだよ」


 ケット・シーのニーモ。


「そうですね。グナクトさんもそうでしたけど、強力な日差しは肌を焦がすみたいです」


「そうなんだな。しかし、島の人々もそうだが、多少は焦がしたくらいがよく見えるな」


 十字軍遠征によって日に焼けたグナクトの姿を思い出す。もともと色白な方ではなかったが、南方の強烈な日差しにやられたのか、本当にヒグマような風貌と化していたのを思い出して笑いをこらえきれないリリクル。


 極北付近に住む、肌が透き通るほどに白いリリクルからすれば、南方の肌が焼けた人々を見ると健康的にさえ見えるのである。もちろん、逆もまた真なり、ではあるが。


「グナクトもリリも戦士として鍛えてるから多少のことでは動じないだろうけど、ミミの肌は繊細なんだよ」


「そうやって甘やかすから、いつまでたっても弱々しいままなんですよ」


「む………」


 リリクルの反論に、言葉を詰まらせるニーモ。


「そ、そうよ、ニーモ、わたしだっていつまでたっても『アトゥーレトゥーロ』に閉じこもっているわけにはいかないんだから」


「ふう、可愛い子には旅をさせろ、か。う~ん、とはいえ………」


 ミミクルの自主性に任せるべきか、それともまだまだ手が離せないか。ニーモは頭を抱えた。


「ふふっ、ミミクルさんにとってはお父さんが二人いるようなものですね」


 成長を喜ぶ反面、自分の手の届かないところへゆこうとする愛娘に苦悩する父のような姿のニーモをみてミハエルが笑う。


「過保護なんですよ」


「ばっさりだね………ミミがどれほどこの世界で希少な存在か、ちゃんとわかっているかい?」


 大きな目をくるくるとさせて、ニーモが得意げな様子で問う。


「ちょっ、ちょっと、ニーモ、それを言えばミハエルさんだって」


「ミハエルは男だからいいんだ」


「これまたばっさりですね。どうしてミハエルが男ならいいんですか」


「宗主クルダスだって男だったじゃないか。男の恩寵者は世界を救うため戦って死ぬ定めなのさ」


「そ、そうなんですか」


 宗主クルダスはレプティリアンの女王と一騎討ちの末果てたという。自分も同様の運命だといわれミハエルも苦笑いを禁じえない。


「ちょっとニーモ、失礼でしょ!」


「女の恩寵者の定めは?」


「そこまで知らないからわからないね。ま、わたしがいれば何があろうと万難を排除して天寿を全うさせてみせるさ」


 えっへん、と胸を張るニーモ。


「ニ、ニーモのバカ」


 親ばかっぷりを見せ付けられた子供にはちょっとどころか、かなり面はゆい。


「しかし、どうなるかはともかく、どうしてクルダスと同様の性質をもつものが同時に二名も生まれたんだろうな」


「天の思惑など、図りようもないね。でも、きっと………」


 言葉を探すニーモ。


 宗主クルダスのように、ミハエルもこの後には過酷な運命が待っていると考えられる。


 力を持つものには、応分の使命というものが降りかかる。逆に言えば、その使命を乗り切るために力が与えられている、とも言えるのだ。その力を、世のため人のために使うのが本来の由来であって、それを私利私欲に用いれば忽然とその力が霧散してしまうこともある。人を生すのも、人を育むのも、人に力を与えるのも、天の意思だ。天に背けば、天から与えられたものが消えてなくなってしまうのも当然といえる。


 ならば、天の恩寵を生まれながらに得たミハエルと、ミミクルには、相応の使命が降りかかると見なければいけない。それは、きっと過酷なものであり、誰よりも、その使命を帯びたものにしかなしえないことなのだろう。


 人に羨まれるような宿命に生まれたものは、人より過酷な運命が待っていることもある。


 ミハエルの常人離れした優れた膂力と敏捷性、ミミクルの強大な魔力、最初から人より優れた資質を与えられているが故に、苛烈な運命が待ち受けているかも知れないのだ。


 ミハエルは騎士であり、ある程度は覚悟の上であろうが、ミミクルにはそんな過酷な運命を背負ってはほしくはない。そんな、ミミクルを苦しめるような運命が降りかかろうと、それを拭い去るために自分はやってきたのだ、とニーモは思う。


「まあ、なんにせよ、ミミはのんびりしていればいいんだよ。何があろうと、わたしが守る」


「う、うん、ありがと」


「そうやってすぐ甘やかす」


 ミミクルの頭に、まるで帽子のように覆いかぶさるニーモに、リリクルは微笑みとともにため息をもらす。


「しかし、宗主クルダスのような大きな出来事には、遭遇はしたくはないものですね」


「当然だ。お前はわたしの婿となってプロンゾを率いてゆくんだからな。くたばってもらっては困る」


「………はい」


「む。さらっと流しやがったな」


 小声で、顔をそらして言うミハエルに、不満げなリリクル。


「甲冑も着ていない今なら大丈夫だ。ミミ、意識だけ刈り取れ。なぁに、体さえ起きてれば事はすむ」


「えっっ」


 物騒なことを言い出したリリクルに困惑のミミクル。


「既成事実ってやつだな。心配するな。事がすんだらミミにもわけてやる」


「ええっ」


「か、勘弁してください」


「ふっふっふ。不犯の罪で弾劾されて、騎士団を追い出されたお前をわたしが拾い上げてやろう」


 悪い顔で笑うリリクルである。


 そこに。


「相変わらず、騒々しいな」


 上空から声。


 その声色に、何より反応したのはミミクルだ。


 空中で静止する常識はずれの存在。カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイクだった。


「カトリーナッ!」


「元気だったか。ミミ」


 すーっ、と静かに着地して飛びついてきたミミクルを抱きとめ、召喚魔法を解除する。


「どうしてカトリーナが!?」


「うむ。ミミたちがここに来ていると小耳に挟んでな。飛んできた」


「ディルツから!?」


「ん? ああ、いや、いまはガラタリアだ。教皇のいるバティキュノにいる」


「お久しぶりです。カトリーナさん」

 

「うむ。ミハエルにリリクルも変わりはなくてなによりだ。ニーモ様も変わりは、あるわけないな」


「どうしてディルツから移動してきたんだ?」


 喧騒を聞かれて少し赤面のリリクルとミハエルが近づく。


「うむ………」


 ふん、と鼻を鳴らすカトリーナ。


「帰還した母セシリーニと完成した魔法術式を神聖ガロマン帝国魔導学院に発表したのだが、奴ら、禁呪に指定しやがった」


「なるほどな………」


 天使召喚憑依魔法術式。


 天使を己の内部に召喚し、常人では発揮できない能力を発揮する。


 召喚魔法を使用し、召喚したものを使役する最中は極度の集中を強いられる。その間はほとんど無防備なのである。その極度の集中を、背中に入れ墨として刻んだ魔方陣で代用し維持させることで魔法使い自身が戦い、その身を守ると同時に強力な戦士となる。


 結果だけをみるとまことに結構な話だが、そこにはいくつかのハードルがある。


 まず、天使召喚魔法を駆使できる熟練した魔法使いであること。召喚魔法の中でも天使召喚は高度な部類に属する。精霊や妖精ならばともかく、天使は人間にとっては上位に属する位階の存在だ。その天使を召喚するというだけでも相当な能力者であることが前提となる。


 次に、己に召喚した天使の、純粋なエネルギーを十全に発揮できるだけの基礎体力、運動神経が要求される。


 さらに、術者と天使と間に均質な魂レベルでの統一が要求される。カトリーナの場合は、生まれた時から守護天使がいれてくれたおかげでその問題はクリアされた。


 術式の完成をもって、体が爆発するなどという非常事態はもはや発生しないが要求される内容がほとんど荒唐無稽と考えられたのも無理はない。


 優れた天使召喚魔法使いで、強力な戦士であること。そして守護天使の加護を得るほどの清らかな存在。


 そうそういるわけがない。


 何より、わざわざ憑依を願わなくとも、すでに天使召喚魔法は完成されている。


 そこまでの危険を払う、つまり、己を戦士とさせなくとも、天使に戦闘を願えばよいのである。それでこれまでにも十分な結果が得られているし、これからもそうであろう。故に過度な無理をする必要はない。よって憑依に関する研究は一切無用。というのが神聖ガロマン帝国魔導学院の結論である。


 穏当な判断である。


「なので、天使召喚の本場でもあるクルダス教教皇グレゴッグス九世のいる首都バティキュノなら神官にことかかん。父上の門弟にも召喚魔法を駆使できるものを育成し、両者の融合を図ればこの術式の優位性も認めざるを得まい、とのお母様の目論見でこっちにきておったのだ」


「そうなんだ………」


 諦めの悪いというか、たくましいというか、カトリーナの母セシリーニの不屈の精神は見事というべきであろう。しかも、カトリーナと同じく武闘僧、モンクならば、憑依召喚魔法をもっとも活用できそうなのも事実、というか、それ以外に選択肢はないように思われた。空中を自在に飛び廻る。そんな超常の力が得られるのならやってみたい、と思うものはいるだろう。


「でも、よくここがわかりましたね」


「うむ。ミミの気配をラフェキエルに探ってもらったのだ。ミミの魂は独特だからな。この地上にいる限りはどこであろうと感知できる」


 ミミクルはカトリーナの守護天使で権天使(プリンシパリティ)、ラフェキエルと接触をしている。しかも、ミミクルは天の恩寵を受けたものなので、天使からすれば探し出すのに苦労はしないのだろう。


「ミミクルさんに会うために、ここまで飛んでこられたんですか?」


 ヴァティキュノからこのパラレマまで直線距離で400キロ以上。空をすごい速さで飛んできたのだろうとは思うが、とはいえ、相当体力のいる話のはずだ。


「うむ。まあ、それだけではない。ミハエルがいるからちょうど良いが、正式にわらわはアルクスネにやっかいになるからよろしくな」


「えっ!?」


 ミミクルの嬉しそうな驚きのほか、純粋な驚きのミハエルとリリクル。


「カトリーナ、ずっと一緒にいてくれるの!?」


「うむ。あのコボルド・ロード。ヴォルゴノーゴと申したか。あやつが再戦を挑んで来るであろうからな。あやつの相手はわらわでないと務まらぬであろう。あれから鍛錬を重ねておる。今度こそ撃破してやろうぞ」


 不敵に笑うカトリーナ。


「そういえば、カトリーナ、背が伸びた?」


 見上げるミミクル。もともと小柄なので見上げてはいたが、さらにその差が開いた気がするのである。自分の頭のてっぺんから手のひらを水平に寄せて、カトリーナの身長と比べるミミクル。


 ミミクルが身長145cmくらいなら、カトリーナは175cmくらいだ。


「そうか? ふむ、まだ伸び盛りであろうからな、そういうこともあろうか」


「いいなぁ………」


「ふ。ミミは身長のことなど気にせずともよいではないか」


 格闘家ならば、体格の差は如実に戦闘力の差ともなるが、魔法使いには関係はない。


 なのだが、同じような年齢で一方は身長は伸び、自分は大した変化もないとおいてけぼりをくった気がするミミクルである。


「ご両親は、反対されなかったんですか?」


「うむ、お母様は反対したが説得した。父上には否やは言わせん」


「そうなんだな。だが、あの化け物の相手は、こっちの化け物に任せるという話になってな」


「なに」


「ええ、グナクトさんと言いまして、あのコボルド・ロードと同じくらいの身長三メートルの巨漢で、膂力も決して引けをとらないすごいお方がいらっしゃいまして、そのお方にお願いする、という予定です」


「ほう、そんな猛者がおるのか。しかし、これは教皇からも了承を得ておるのでもはや確定だ。正式な要請はこれから届くであろうがな」


「そうですか………」


 ディルツ騎士団はレオポルトの影響でガロマン帝国よりといえるが、現状ガロマン教皇とも太いパイプがある。カトリーナはブラウツヴァイクの令嬢であり教皇を警護する近衛隊長ジョヴィルリッヒの娘である。今は修道女とはいえ、そんな重要人物の受け入れとなるとミハエルらだけで抱えられる問題ではなく、当然レオポルトの裁可を仰がねばならない。


 もっとも、レオポルトが拒否するとも思えないのだが。それどころか、むしろ喜んで押し付けてきそうな気がするくらいだ。


 ジョヴィルリッヒは教皇グレゴッグス九世の近衛隊長であると同時に枢機卿の一人でもある。そんなブラウツヴァイク家の貴族の令嬢の身柄を預かる、となれば下手をすれば火種になりかねない。ましてや本人は危険な最前線希望。火種が燃料を抱えているようなものだ。何かあっても責任はとれませんけどね、という言質をとるくらいはレオポルトはするだろう。


「まあ、カトリーナがいなくなってミミがあからさまに落ち込んでいたからこちらはいいんだがな」


「ちょっと、リリ姉様!」


「ふふっ、そう思って飛んで来たんだ」


「う………カトリーナのバカ」


 文字通りの意味で飛来してきたカトリーナに抱きしめられたうえに頬ずりまでされ、ミミクルは顔を真っ赤にしながらもおさえきれない笑みをこぼすのであった。


「そうだ、ミミも天使召喚を覚えたか?」


「あ、うん! 司祭様に教えていただいた!」


 タルトーム防衛戦の後、すぐに母セシリーニを追ってディルツへ向け出立することになったので、カトリーナは洗礼を見届けることができなかった。その後、リリクルが代母となって洗礼を終え、その後に天使召喚魔法を授けられている。


「おお、それはなによりだ。ここで召喚はできるか?」


「う………うん、あ、あの、驚かないでね?」


「どういう意味だ?」


 本来なら、天使はちょっと来て、くらいのそんな些細な呼び出しに応じるような存在ではない。なのだが、ミミクルの心配は別にある。とはいえ、それを言うのはちょっとはばかられた。


「あー………なんでもない。だ、誰もいないよね?」


 周囲をきょろきょろと見渡すミミクル。


 高台でもあるし、街からはけっこう離れているので人目は一切ない。


「だ、大丈夫のようだな」


 リリクルも人目を気にする。


 天使を呼び出すのにそんな気を使う必要などあったかな、と疑問に思うカトリーナ。


「………じゃあいくね、天の御心にして天の慈悲、天の剣にして天の盾、天の怒りにして天の嘆き、天縦(てんしょう)なる使命を伝えし御使いよ、いまここにそのラッパを吹き鳴らせ。――――兤光降襽!」


 両の手を合わせ、呪文を詠唱して尊き存在に呼びかける。


 呪文詠唱が終了し、しばらくの間、何事もおこらなかった。


 もしかして失敗か、そう思い始めた時、それはこの世界に現れた。


 傾きかけた太陽の日差しよりまぶしく、潮風の香りより馥郁たる気配を辺りに漂わせた、この世のものではない、神聖なる存在。


「なッ………!!」


 その存在の降臨にカトリーナは絶句した。




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