鉄拳修道女 カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイク (七)
「………おお、やってるな!」
興奮気味で、タイルドゥ司教区の街タルトームを見下ろすノルベルト・グリモワール。
タルトームを見下ろせる丘陵地にミハエルらは到着したのだ。
そこはまさに攻城戦が繰り広げられている真っ最中であった。
タルトームは平坦に広がる平野に、突如として独立して山が盛り上がっており、その山に教会が置かれ、その周辺に発展した街だ。
その起源はピウサ修道院と同じく、古代の城砦であったようだ。それが、没落した現地有力貴族に代わることになったクルダス教が現在のクルダス教信仰の最北、影響の及ぶ限界として教会を置いたのが今から20年前のこと。タイルドゥ司教が赴任したのは今から10年前のことだという。
敵からの侵攻を食い止めるべく、幾重にも取り囲む城郭や見張り塔に空堀という防御設備によって教会は守られている。街の中心が教会、というだけでその構造そのものは要塞といって間違いはない。侵攻してくる敵に対して堅固な防御力を誇り、逆に敵地に侵攻する際の重要な拠点となる。常に異端国家や亜人との戦闘を意識した辺境の大要塞なのである。
漆喰によって教会や市壁、外周を覆う城壁が装われ白くて美しいが、装飾や美麗さなどより頑強、重厚さのほうが重視されているようだ。また、遠目にひときわ高い鐘楼である塔が目に入る。普段はそこで定時に鐘をついて時報をしているはずだ。
背後、ともいうべき真南は険しい崖となっており、かつ、真下は川の水を引いた物資搬入用の堀となっている。そこから攻め寄せることなど不可能、というよりは無意味である。
その教会を守る防壁として、周囲に街が形成されており、三層の市壁によって街は鎧われている。
大男の修道士ギルス・バッテルンによると、街の一番外、外周にある城壁は、高さは10メートル、厚さ3メートルもある重厚なものだ。街に流れる川を引き入れつつ地形にそってでこぼこしているが緩やかに城壁は半円を描いている。
城壁側が居住区であり、流入してきた新しい住人や貧民などが住む。中間の市壁には商店や工房、古くから住む住人のいる商業地区、教会に一番近い市壁にはタイルドゥ軍に勤務する軍関係者やクルダス教信徒が住む上流区、と分かれている。街から山を登る途中には貴族やクルダス教の幹部の邸宅や、また防衛する兵士がつめる防御施設、防御塔が備えられている。
常に2万のタイルドゥ軍が常駐しており戦いに備えている。それはすなわち、2万もの軍兵を常に維持できるだけの経済力を備えた、強大な街であり、その資金力をもつのがタイルドゥ司教の実力なのである。
そのタルトームの街を包囲しているのがコボルド軍、8万。十重二十重に取り囲み、数多の攻城兵器を擁して迫っていた。
100基を超す攻城櫓、10数基もの破城槌、50基はあろうかという移動式の投石器。それら攻城兵器を駆使し、タルトームの街を征服せんと圧迫している。
攻めるコボルドの投石が、数多のコボルドが放つ矢が、さらに攻城櫓からも矢がさかんに射掛けられており、嵐のように城壁によるタイルドゥ軍兵士に降り注ぐ。
守るタイルドゥ軍は城壁により、主に魔法戦力によって迫るコボルド軍に必死の抵抗を見せていた。電撃が、火炎が、さらには召喚された天使が、白光をひらめかせて攻城兵器を撃破する。
絶叫と鬨の声、張られた結界によって飛来した岩が砕け落ちる音、城壁にぶつかる音、雷撃や火炎に天使の光撃。
数キロ離れた丘陵地にも、激闘の音の波、声の波が轟音となって押し寄せ、ミハエルらの頬を打った。
※
話は少しさかのぼる。
輜重隊がピウサ女子修道院に到着したのはコボルドを撃退して五日後のことだった。
途中、大吹雪に見舞われたりと、予定より二日遅れの到着となった。
それによって困ったのが、飼葉の補給である。
馬が一日で食べる飼葉は10キロ。最低でも5キロは食べさせないといけない。
人間は最悪の最悪、馬を食べれば飢えをしのげるが、馬はそうはいかない。馬に人間を食べさせるわけにはいかず、飼葉がなければ動くことはかなわない。しかも、あたりは雪原に覆われ、生えている草を食べることはかなわない。
基本的に、騎士は戦場に赴く時、従卒をともないテントや換えの武装に生活道具、自分たちの食料や馬用の飼葉を運搬して戦地に赴く。そのため移動に際して物資搬送用だけの荷馬ももっておりおおよそ五頭以上で移動する。
馬が運べる物資の量は馬体重の30%であり、馬体重が500キロあるとすると運搬できる物資は単純に166キロ。物資運搬用に二頭馬をあてるとして運べる総量は単純に332キロ。
重武装の一人の騎士に、軽武装の二人の従卒が多少は運搬できるとしても、五頭で一日に必要な飼葉が50キロ。単純に見積もっても六日分しかもたないのである。しかもこれは二頭の荷馬が運搬する物資を飼葉だけで満たした場合、である。
五日間で到着し、その後輜重隊到着までの五日間ものあいだ、ピウサ修道院の食料をわけてもらいながら馬の分のギリギリの食料を確保してきたのである。
このように、馬とは、つねに食糧確保に気を使わねばいけない、繊細な移動手段なのである。
ようやく到着した糧秣によって補給を完了したミハエルは、引き上げる輜重隊に護衛100人をつけ、ピウサの修道女たちをアルクスネに護送した。
「本当に、気をつけてね………? 危険なら、すぐに逃げるのですよ?」
セシリーニ・フォン・ブラウツヴァイクが、カトリーナを気遣う。
自身の考えた、万能な召喚憑依魔法術式である。
空を飛び、超常の膂力でもって敵を打ちのめす。
普通ならば、多少のコボルドを相手にしても遅れをとることはないはずだった。しかし、敵の数は8万。決して、油断できる数ではないのだ。
「案ずるな。お母様。大将首を手土産に、必ず戻る」
「い、いえ、そういったものはいらないけれど………」
自信満々のカトリーナに、それでも不安を払拭できないセシリーニ。
「わらわは、一人で戦いに行くのではない。心強い、仲間とゆくのだ。心安んじて待たれよ」
「………そう、言うのならば、貴方がそう言うのならば、心配はいらないわね」
仲間、といった。
セシリーニは内心驚きを隠せなかった。
カトリーナは、普段は決して他人を信用したり、頼ったりするような人間ではないことは、母親であるセシリーニが誰よりも知っている。そのカトリーナがそこまで言い切るのは、相当な信頼をミハエルらに寄せているのであろう。
しかし、カトリーナの変化は、この七日間感じていたことだ。ミミクルとカトリーナの仲の良さは、誰もが驚きをもって見守っていたからだ。
セシリーニは、ようやく少しの安堵を得ることができたのであった。
※
修道院は捨てられ、ミハエル部隊はタルトームに向けて進発し、二日の行程で到着したのであった。
「ひょう! 攻城戦なんて久しぶりだ!」
「すごい規模だな………」
興奮するノルベルトに対して、リリクル・プロンゾは眼前に展開する大激闘に尻込みしていた。
優れた戦士であるプロンゾ人とて、ここまで大規模な攻城戦は始めてみる光景である。
今も、眼前ではコボルドの矢を受け城壁によるタイルドゥ軍兵士が落ち、魔法攻撃を受けて攻城櫓が炎上している。ある地点では攻城櫓の接近を許し、コボルドが城壁に踊りかかっている場面もある。城壁からの矢、魔法攻撃、天使の攻撃だけでは大挙としておしよせたコボルド軍を撃退しきれていないのだ。
数多の命が、その刹那、散っている。
あの中にこれから殴り込みをかけようというのだ。
尻込みしないほうがおかしい光景が、眼前では展開されていた。
「こ、怖いね………」
ミミクルは、リリクルの服のそでをつかんで緊張していた。
「どれほどいようが関係あるまい。ボスをつぶせばコボルドは終わり、であろう」
カトリーナ・フォン・ブラウツヴァイクはふん、と鼻息をつくと包囲するコボルド軍を見下ろし、総大将を探す。
それらしい集団を探すのはたやすかった。
包囲に加わらず遠方に着陣して動かないコボルド集団が存在しているのだ。
ミハエルらからすると、包囲されているタルトームは左側。それを半円に包囲するのがコボルド軍。右側の奥、背後に大きく広がる森林に背を預けるように布陣している部隊があるのだ。陣幕を展開し、いかにも総大将がおなりである、といった風情である。その前面に展開する軍は総大将を守る兵士だろう。推定で8000。
「あれは………やっかいな奴がいるね」
はるかな遠方に着陣している総大将を見据えて、ケット・シーのニーモがつぶやくようにいう。丘陵の高さからなら陣幕の様子も少しはわかる。
「猫の神からみても、か?」
カトリーナ。
布陣して動かないコボルド集団。後方に陣を張り状況を見守っているようだ。体格が大きなコボルドがかろうじて見える。普通のコボルド・ウォーリアが身長二メートルだとすると、それより倍近い、三メートル以上の巨漢のコボルドが、確かに、いた。
「たぶん、あれはコボルド・ロード。コボルドたちの君候位にある存在。最上位の王、コボルド・キングに手をかけた存在だよ。この前までのコボルドとは、別物だと思った方がいい」
たんたんと、抑揚なく語るニーモの声には、だからこそそこに一種の緊張感があった。
ごくり、とのどを鳴らすフランコ・ビニデン。
「わらわ一人で十分であろう?」
しかし、ニーモの忠告にも、ふん、とせせら笑うカトリーナ。
「一人で突出するのはやめた方がいい。コボルド・ロードも特別なら、それを護衛するのも特別。コボルド・ロードの周囲を守っているのは近衛兵、ロイヤル・ガードたちだ。コボルド・ウォーリアの精鋭中の精鋭。一撃で倒せず、空にも逃げられなかったらあっという間に取り囲まれて串刺しにされるよ」
「む………」
その光景を想像し、さすがに顔をしかめるカトリーナ。
「しかも、コボルド・ロードは戦闘能力も飛びぬけてる。ただの怪力だけなら向こうも得意中の得意だから」
「ぐぐ………」
ただの怪力扱いされてカトリーナはご機嫌斜めだ。
しかし、そうはっきりいわれると、同日の談ではないと反論することもできないのも事実だった。
召喚天使憑依魔法術式。言葉にすれば何かすごそうで聞こえはよいが要は、天使を体内に召喚し、その超常のエネルギーでめいいっぱいぶん殴る。それだけのことだからである。
どちらの怪力が強いか試してやる、と勇ましく宣言するのはよいが、敵の本質もまったくわからず力負けしたことを考えると、迂闊に飛び出せない。見掛け倒しなら万々歳だが、見かけ以上の実力だったら目も当てられない。
「それなら、どうしますか。包囲するコボルドだけを相手にし、その後タイルドゥ軍と共闘しますか?」
バルマン・タイドゥア。
包囲するコボルドを背後から強襲し、その後気勢をあげ呼応しタルトームから討って出たタイルドゥ軍とともにコボルド・ロードを挟撃する。攻城戦における、防衛側の基本行動ではある。
逆に言えば、篭城する側は、援軍を期待して篭城を続ける。
援軍のない篭城など、ただ食料がつき窮乏し、攻撃を受け続けるだけの絶望しかない戦いだ。
「いや、それは現実的とも思えねぇな。たかだか2400のこっちなんぞ、8万のコボルドからすりゃあ小勢もいいとこだ。それこそ各個撃破のいい見本にされちまうだろう。いくらこちらの魔法戦力が高いとはいえ数が多すぎる」
「ですね。挟撃効果でコボルドの混乱を狙えても、持ち直される恐れが強い」
ノルベルトが否定し、ミハエルが賛同する。
ここから一番近い場所に包囲展開するコボルドに攻めかかったとしても、すでにタルトームはコボルドに相当攻め寄られている。こちらが劇的にコボルドを全滅できるのならばともかく、その間にタルトームが落とされてしまう危険性のほうが高いといえた。
「しかし、不思議なんだが、コボルドが攻め寄せてもう十日以上は経っているのではないのか? まるでさっき総攻撃が始まったようにみえる、ってのはどういうことなんだ?」
リリクル。
「それは、恐らくですが、攻城兵器を作っていたからではないかと。
修道士ギルス・バッテルンが推測する。
「ふむ?」
攻められることはあっても、攻めた経験のないリリクルには分かりづらい。
「つまり、今奴らが運用している攻城櫓や投石器、あれらの木材は、現地調達、現地組み立てなのです」
「ほ~。そうなのか」
攻城兵器は多量に木材が消費される。
十メートルもの城壁を越える高さの攻城櫓を製作するためにも、それだけの高さをもった木材が必要となる。それら大量の木材を自国からかついで進軍、など常識的にありえない。
すべて、現地において調達するのである。
よくみると、布陣する総大将のさらに背後の森林が、すっぽりとなくなっているのが分かった。すべてこの戦いで切り出されたのだろう。また投石用の大きめの岩も、どこからか掘り出してきたか、採石してきたのだ。それらの採集、運搬も簡単な作業ではない。
「はい。いくらコボルドが8万もの大軍を擁しているとはいえ、まともな攻城兵器もなしに攻めかかったりはしないでしょう」
「そして、準備がすべて整ってからの総攻撃、ということか」
タルトームを陥落させるに必要な準備を万端整えるのに、それだけの時間を要した、ということなのだろう。
そして、コボルドが必要十分な兵器を整え、満を持しての総攻撃であったので防衛側は迎撃が間に合っていないのだ。いまこの時にも五~六柱の天使が投擲槍、ピルムを攻城兵器に投げ、必死の抵抗を見せてはいる。いるのだが、城壁に到着して乗り込んでくるコボルドの操る攻城櫓、さかんに岩を投げつけてくる投石器、門を破壊せんと轟音をたてる破城槌、天使の数に比べてコボルド軍の数が多するのである。
「ちんたらやってたらタルトームが落ちる。ここは起死回生の一手に討ってでるしかない、ということだな」
ガンタニ・ティーリウム。
「ここは、無理押しでも総大将の首を狙った方が、危険ははるかに大きいが勝敗を決しやすい、ということですね」
ヨハン・ウランゲル。
「悩ましいけど、やるしかないか………」
フランコが彼我の距離を測る。
総大将のコボルド・ロードが布陣する地点までの距離は、およそ約二キロ。その二キロを全力で疾走することになる。移動に関しても大量の攻城兵器を運んだおかげで周辺の雪は踏み固められているか、はげて地面がむき出しになっており、雪に足をとられる恐れはない。包囲するコボルドが背後の危機を知ってとってかえすようになってもそれなりの時間はかかるはず。
「しかし、あれだけ遠方に着陣しているということは、ロイヤル・ガードだけで大将を護衛するのは十分、という判断なんだろうな」
ガンタニ。
「とも考えられるし、コボルドたちは魔法に対して無抵抗だ。篭城しているタイルドゥ軍の召喚魔法を警戒して近寄らない、という見方もできるね」
総大将を倒せば終わり、ならば、その総大将を必死に守るのもコボルドの生命線のはずである。コボルドとて、その認識がないはずがない。にもかかわらず、包囲から遠い場所に陣を敷き、静観の姿勢をみせているのは、ロイヤル・ガードだけで護衛は十分であり、残りのコボルド軍だけで攻城は勝利可能、という認識があるからだろう。さらに、ニーモの言うとおり、コボルドはプロンゾ族と同じく魔法に対抗する手段がない。迂闊に天使の攻撃範囲に総大将は近寄れない、ということなのだろう。
「ならば、わたしたちが力を合わせて天使を召喚し、コボルド・ロードに挑めば勝機はある、と………?」
ニーモの考えに、ミハエルについてきた女性司祭の一人、ドリエス・エンゲーハルンが興奮して手を握る。
司祭は三人。カトリーナも加えるとすると四人もの術師が天使を召喚できるわけだ。確かに、強力な攻撃を加えることができるだろう。司祭たちはこの五日間ですっかり疲労も回復、二日の行軍でも全然元気だった。つねにミハエルを取り囲んでおり、リリクルに威嚇されていたのだが。
「ならば、その周囲のロイヤル・ガードを我々が蹴散らせばよいな」
リリクルが自身に満ちた笑みを浮かべる。
コボルドに対してあれだけの優勢を誇った長弓だ。いくら精鋭とはいえ、ロイヤル・ガードにも十分通用するはず、と考えた。長弓は至近距離なら重装甲でも打ち抜くほどの威力がある。
「危険な賭けになるけど、それしかないね。長弓によってロイヤル・ガードを撃破して、かつ急いでコボルド・ロードを撃退する。すべてがうまくいけば攻城中のコボルドの妨害も受けずにすむ。あと、今回に関しては時間が勝負だ。わたしたちが魔法で吹き飛ばそう」
「猫神様が先頭にたってロイヤル・ガードを蹴散らしてくださるってか。そりゃあありがたいが」
ノルベルトがにやりと笑う。
「ミミも、前線にでることになるけど、できるかい?」
ちらり、とニーモがミミクルをみる。
その言葉に、全員の目が、ミミクルに集中する。
「えっ!?」
突如の注目に、びっくり仰天のミミクル。
「わたしたちが、持てる魔力を総動員してロイヤル・ガードを叩くことができれば、勝機が見える、んだけど………」
プロンゾ長弓隊1000とリリクル、ニーモとミミクルで力を合わせてロイヤル・ガードを撃退する。そして速やかに女性司祭が天使を召喚、コボルド・ロードを撃破。こっちの一方的な予想がうまくいけば、あっさり片がつくことになる。
「き、危険、だよね?」
最前線での戦闘経験など、もちろん、ミミクルにあるわけはない。
いまから敵の総大将とその護衛8000に襲い掛かり、たった2400でこの大規模攻城戦における手柄をあげようというのだ。
「間違いなく、敵の猛反撃が予想される。でも、大丈夫。ミミはわたしが絶対に守るから。ミミは、ただ教えたとおり魔法を使って敵を吹き飛ばすだけでいい。矢の一本だって、ミミには近づけやしないよ」
ニーモが、静謐な瞳でミミクルに太鼓判を押す。
「う、うん………」
あの中に、これから突撃する。
コボルド・キングに継ぐ強さをもつというコボルド・ロード。精鋭中の精鋭だというロイヤル・ガード。別格の強さを持つ集団と、これから戦う。
足でまといにならないだろうか。自分でできるだろうか。大丈夫だろうか。
そもそもあれだけの距離を走らなければいけない。息がきれて、呪文詠唱がつっかえたらどうしよう。
眼前に迫る敵の姿に、怖気つかないでいられるだろうか。
様々な悪いイメージにさいなまれすぐに、わかった、と言えないミミクル。
しかし、誰もその事を責めたりはしない。
ミミクルは根っから戦士として育てられてはいないからだ。それどころか、箱入り、深窓の、という形容がつく、ほとんど外に出ることも許されなかったか弱い女の子なのだ。いきなり最前線に出て勇を鼓舞して戦え、と無理に言えるものではない。
ただ一人をのぞいて。
「わらわが、いるではないか」
「えっ………」
「守ると誓った。必ず。わらわが、ミミを守る。ニーモと一緒にな。まだ、足りぬか?」
にっ。と笑うカトリーナ。いつもの尊大なポーズも、絶対の自信の表れ。
その瞬間、ミミクルの不安は心の底から払拭された。
「とんでもない!」
変わらぬカトリーナに、自信をもらったミミクル。
ニーモと、カトリーナの鉄壁の護衛。
これほど強固な鉄壁は、眼前のコボルド・ロードだってもっていない。そう断言できた。
「ミハエルさん! わたし、やります! やらせてください!」
全員が、微笑んだ。
ミミクルとカトリーナの仲の良さはこの七日間でみんな知っていたのだ。
大森林に閉じ込められ、ニーモとリリクル、兄ディディクトと母イーナムしか心の許せる人のいなかったミミクルと、幼い頃から父ジョヴィルリッヒに武道の心得を叩き込まれ、大きくなっても母の研究のため極北に追いやられ誰も迂闊に信用できなかったカトリーナ。生まれも育ちも境遇も全然違うし、気性ですらまったく似通ってはいないが、この点において二人は惹かれあうものがあったのだ。
年頃も近く、身内ではない、でも身内のように心から許しあえる、という存在に。
まるで、そうなるべくして出会った二人は、無二の親友となっていたのである。
「決まりですね。全軍! 敵本陣を強襲する!」
「応!!」
もしかすると、ピウサ修道院コボルド撃退戦より楽勝なのではないか、そんなムードが漂っていた。
飼葉の重要性。
申し訳程度に現実的っぽい描写をしてみたり(笑)。
あ、あと、「同日の談ではない」大昔から使ってみたかった言葉なんですよね(笑)。もう二度と使わなさそうですけど(笑)。




