天使ちゃん(仮)調査報告
天使ちゃんの調査から二日後の夕方、途中経過を報告するために私は再び例のカフェにやってきていた。
必死こいて仕事を終わらせ定時に上がった私は、優雅に紅茶を楽しむ実くんを前に崖っ淵に立たされた気分を味わっている。
調査員として失格な事この上ないことを自覚しているので非常に申し上げ難いのだが、私は天使ちゃんのことを報告したくない気持ちでいっぱいだった。
それは決して初回とはいえ調査結果が不足しすぎているとか、そんな話ではない。
肝心な話に触れることが出来なかったので不足は否めないが、天使ちゃんの人となり趣味嗜好がイメージからかけ離れていることだけは十分わかった。
私は天使ちゃんが大好きだ。
結局終電ギリギリまで飲み交わした結果、そう思った。
一目惚れというイメージだけで惚れている実くんに私が抱いたイメージを伝えてしまったら、恋愛童貞の淡い恋心は儚く砕け散ってしまうのではないか。
そしてなにより、私の大好きな天使ちゃんに勝手に一目惚れしておいて勝手に失望するなんてことになったら許せない。
だから、実くんの本気度合いを計りたい。
大魔王様の逆鱗に触れないよう言葉を選ぶ私をチラリと一瞥した実くんは、深い溜息を吐いた。
「実くんの天使ちゃんへの気持ちが本物だって分かるまで報告しないから!」
私の心配をよそに溜息を吐かれて、私は思わず日頃の上下関係も忘れて宣言してしまった。
やっちまった感が半端じゃない。
冷たい視線に思わず怯える私だが、実くんは容赦などしてくれなかった。
「俺の気持ちが本物だって、どうやって見極めるつもり? 愛美と俺は違う人間なんだから、俺の気持ちを100%理解するなんて無理でしょ。そもそも実際の彼女が俺のイメージする彼女と必ずしも同一だとは思ってないし、その程度のことで失望しただのなんのって言うくらいなら初めから綺麗なまま思い出にしておくよ」
実くんの言葉が正論過ぎて何も言えない。
とりあえず、私の心配は的外れもいいところだと言うことだけはよーく分かった。
色々と申し訳無さすぎて涙目になる私に、実くんはにっこりと微笑んだ。
「分かって貰えたみたいだし、そろそろ報告してもらおうか」
その微笑みが怖いです。
なんてことを言えるはずもなく、先日の天使ちゃんを尾行したところから一緒に飲んだところまでをしっかりと洗いざらい報告した。
ついでに一緒に飲んだ時は酔いと天使ちゃんの話上手が災いして私の話ばかりで天使ちゃんから何も情報を引き出せなかったことがバレて軽く睨まれた。
実くんは私から報告を受けても天使ちゃんの酒豪っぷりというかオヤジっぷりというか、そういうことに引くこともなく、ふーんと一言で済ませ、財布からぽんと諭吉さんを二人引っ張り出して私に渡した。
居酒屋代ということだけど、多過ぎる。
かなり飲んだし食べたけど、諭吉さん一人でだってお釣りがくるくらいにはリーズナブルにお店だった。
慌てて返そうとしても、実くんは受け取らない。
調査代として色をつけてくれたらしい。
恐縮しながらも、飲み代で給料がほとんど消えてしまい万年金欠な私は有難く自分の財布へと諭吉さんを移住させた。
実くんの漢気にうっかり惚れるかと思った。
さすがに嘘だけど。私はそんなドMじゃない。至ってノーマルだ。
「じゃ、今からその居酒屋行くぞ」
そろそろ天使ちゃんが現れる時間だ。一時間後にはあの居酒屋コースな可能性がある。
先回りをしようという実くんに、またあの美味しいお酒とつまみが楽しめる! と、大魔王様と天使ちゃんを接触させることに戸惑いつつも頷いた。
現金でごめん。
でもね、天使ちゃん。実くんは大魔王様だけど良いヤツだから!
安心だから!
大丈夫だから!
色々うまいこと行くといいなぁ、と祈りつつ、私はウキウキしながら実くんを居酒屋へと案内するのだった。