大魔王様の指令
突然ですが、皆さんは一目惚れってやつを信じますか?
片想い歴六年目の冬、なんやかんやあってようやく結ばれた愛しの彼とラブラブ生活五年目な私こと愛美には、まったく理解できないのです。
一目惚れって、顔と雰囲気しか分からないじゃないですか?
必ずしも見た目通りの中身ってこともないだろうし、相手のことを知ってみたらもしかしたらとんでもない人間かもしれないし。
そんなわけで一目惚れってやつを私はまったく理解できないのですが、大魔王様ーー私と彼が付き合う後押しをしてくれちゃったりした大恩ある幼なじみの種村実はどうやら人生で初めての一目惚れを経験中らしい。
つい数十分前まで、とっても可愛らしくて居心地のいいカフェで延々とその一目惚れした女の子を初めて見かけた日から今日に至るまでを詳細に語られた。
彼女はいつも、そのカフェにやってくるという。毎日決まった時間に来て、決まった時間だけ滞在して、決まった時間に店を出ていく。
店を出る時にはパターンがあるらしく、その時間に携帯の着信があるとにこにこと笑顔で店を出ていき、着信がないと沈んだ表情で店を出る。
後者のパターンだと、会計の時に顔馴染みらしき店員に今日も行くの?と声をかけられるそうだ。
実くんが粗方話を終えて私に指令を下したところでいつもの時間になったようで、天使ちゃんーー名前がわからないから、とりあえずそう呼ぶことにしたーーはやって来た。
確かに天使ちゃんは、天使と表現するに相応しい犯しがたい雰囲気を持つ女の子だった。
お嬢様っぽいというか、俗物的な物に触れてこなかったというか、汚れを知らないというか、ぶっちゃけ可愛い。
・・・が、正直に言うと私はそういうタイプの女子が苦手なので友達にはなれそうにない。
私の任務はなんとかして天使ちゃんと仲良くなり、実くんと不自然なく接触させることなのに、さっそく任務に大きな問題が立ちはだかった。
まあ、そんな私の個人的な得手不得手は置いておいて。
天使ちゃんは実くんが話していた通り、きっかり一時間カフェに滞在した。
そして着信の鳴らない携帯を見つめて深く溜息を吐いた後、会計を済ませ店員と「今日も行くの?」「はい、行ってきます」「気をつけて。ほどほどにね」というやり取りをして店を出た。
実くんの観察力すごい。けど、そんな観察してる暇があったらさっさと話し掛ければいいのに。
自分で話し掛けてチャラい軟派男だと思われたりするのが怖いとか言う辺り珍しくヘタレだ。そして自分に有利な状況を他人を使って作り上げようという姿勢が実に卑怯で、とても大魔王様らしい。
そんなことを考えていると、実くんに肩を叩かれる。
そのイラっとするくらい強い力と裏腹に、とっても優しい笑顔を浮かべて穏やかな声で命令した。
行ってこい、と。
最近はなりを潜めていた笑顔での命令は、幼稚園、それから小学校、中学校、高校と十五年間も私を苦しめた。
大人しく従えば何も起こらないけど、反抗したり無視したりするとお仕置きとして、その時々で私が一番嫌がることをしてくる。
さすがにもう大人なんだからそんなことはしないだろう。
だけど十五年間で鍛えられた私の下僕根性は逆らうという考えを示してはくれない。
私はどこまでも小心者なので、大魔王様に逆らおうなんて大それたことはできないのだった。
反射的に立ち上がって敬礼すると、私は慌てて天使ちゃんの後を追った。