EP04 ユートピア&ディストピア
時刻は午後5時半まで遡行した黄泉の部屋。
黄泉は祷理に断罪者に関する情報を与えていた。
「じゃあまず、いのりんに基礎的なこと教えるね」
「うん、お願い」
黄泉はESDでステータス画面を表示し、
各ステータスを指さす。
「昨日はランクやEXPを説明したから、
次はこのSTRとかの能力値を説明するよ。
ここは規則にない情報だから、
ESDに入ってるメモなり使ってちゃんと覚えてね?」
「うん、わかったっ」
祷裡は強めに頷いた。
「いい返事だねー。
えっと、まずSTRだけど腕っぷしの強さだね。
この値が大きいと剣や槍や鈍器など
腕力を使うEWの威力が増すから覚えとくといいよ」
「うん」
「そんで、いのりんのEWは斬首に使うような大剣だから
この値が増えると威力が増すね」
「ええと、増やし方なんてあるの……かな?」
黄泉は焦るなと言わんばかりに首を左右に振った。
「それは後で教えたげる。今は基礎的なことから覚えよー」
「うん、ごめんね」
「オッケー、次にAGIだね。
これが上がると素早くなるから回避行動とかしやすくなるね」
「うん」
祷理はESDでメモ機能を使い、どんどん書き込んでゆく。
「そしてDEXは器用さの値だね。
手先が器用になるからEWが使い易くなるよ。
そんであたしの使う鞭や弓とかの細かい動作が要求される
EWの威力が特に上がるんだ」
「うん、うん」
「そんでINTは知性の値でね、その人の賢さを現してる」
「なるほど」
祷理は納得して手の平をポンと叩いた。
「そんでINTが上がれば
処刑方法が魔術的なEW……杖とかロッドによる魔術だったかな?
そこら辺の威力が増すわけ」
「魔術的な処刑方法って……あまり思い浮かばないね」
「うーん、あたしが思い付く限りだと火炙りとか水責めかな?」
祷理はゾッと震え上がる。
「こ、怖いね……」
「ちょっと怖いよねー。
あ、確かあたしも電気椅子がモチーフのEWだから少し関係あった」
「そ、そうなの?」
「そだよー、じゃあ次に行くね」
「う、うん」
「次はMNDだけど、これは本人の意思の強さを現してる」
「へえ……」
「で、この値が高ければあらゆるダメージを抑えられるんだ」
「そうなんだ」
「そだよ、後この値が高ければ
相手をビビらせる事ができる利点があるね」
「うん?」
返事を返したものの祷理はよく分からない。
「あはは、その感じだと分かってないぽいけど問題なし!」
「えへへ、ごめんなさい」
「いいよん。
じゃあ最後にLUKだけど、これはそのまま運の値だね。
高ければきっといい事あると思う」
「うーん……適当なんだね」
「まあ有るに越した事は無いじゃん?
高いともしかしたら宝くじ当たるかもよ?」
「そ、そうだよね!」
「うんうん。
それでこれらの値はランクが上がると増える仕様なのさ。
あ、運は上がらないけどね」
「な、なるほど……
その、上がり方に法則ってあるのかな?」
「おお、いい質問だね」
「えへへっ」
祷理は自慢気に微笑む。
「えっとね、
あたしが実際に確認した限りだと
ランク1の時の初期値が一番高いステータスが3上がって、
一番低いステータスが1上がる。
そしてその他は2上がってた」
「黄泉ちゃんたらそこまで調べたんだ。すごいなあ……」
「まあ元々こういうの好きだからねー」
「うん、頼りになるよ」
「ふふん、いくらでも頼ってー」
「どんどん頼るね」
「ふふん、じゃあ最後にステータスを確認しようか」
「うん!」
祷理は自分のステータスを確認すると、
一番数値の低いLUKに目が行ってしまう。
「うっ……わたしの運が4しかないよ?」
「あら、とんでもなく低いね。
運が微妙なあたしでも56あるんだけど」
「黄泉ちゃんは高くて羨ましいな……」
「まあまあ、運なんて飾りよ飾りー」
「そう言えばさっき、あの男の人にいきなり刺されたし……」
祷理はどんどん下向きに思考が働く。
「ああー」
「この間なんか晴れてるにも関わらず、
水たまり踏んだ車から水飛沫もらっちゃったし……」
「うーんと」
「それにこの胸のせいで
男の子達から妙な目線向けられるし……」
「それは逆に羨ましいじゃんか!」
黄泉は悔しそうに叫んでいた。
「ひゃっ! ビックリした……」
「おっとごめん、つい熱くなってしまったわー」
「ううん、こっちこそごめんね。
でも、とにかくわたしはツイてないの」
「悪かったよいのりん。
まさかLUKがそこまで関係あるなんて思わなかった。
でもひとつだけいい事あるじゃん?」
「何かあったかな?」
祷理は一生懸命思い返すが、
とくに思い浮かばなかった。
「ふふん、めっちゃ身近にあるじゃんかー」
「ごめん、全然わからないかも」
「もう、いのりんったら仕方ないね!
ほら、断罪者のおかげであたしたち友達になれたんじゃん?」
「あっ……」
黄泉がESDを前に差し出して
祷理は驚いたまま口を開けてポカンとする。
「それともあたしと友達になるのは、いのりんにとって運が悪いこと?」
そんな祷理に黄泉はわざと悲しそうな声を出してみせる。
表情は微塵も変わっていなくとも。
「そ、そんな事ない!
とっても嬉しかったし……
運なんかじゃ図りきれないくらいだし!」
祷理は必死に言葉を紡ぐが、
具体的な言葉をうまく言えずにモヤモヤしていた。
「ううっ、言葉にするのって難しいな……」
「ううん、今ので祷理の嬉しい気持ちはよく伝わったよ。
なんて言うかあたしも嬉しいな」
「えへへ……恥ずかしいな」
「そだね、なんかあたし達青春してんね。
青春なんてもうあの頃から諦めてたんだけどなー」
「あう……」
物思いにふけている黄泉に対して祷理は口を開けなかった。
それから少しだけ沈黙が続くと黄泉がケラケラと笑い出す。
「あはははっ、んまーアレだよ。
とにかくステータスの事は理解しただろうし
数値の確認を続けよっか」
「あっ、うん!」
「こっちでもいのりんのステータス見てるけど、
自分でステータス読んでみー」
「うんっ、ええと……
STR85、AGI30、DEX35、
INT29、MND41、LUK4……だね」
自分の運の数値を見る度に祷理は気落ちする。
「うん、いのりんは完ぺきにパワータイプだね。
すごく意外だけど」
「パワー……」
黄泉は勝手にタイプ付けをするが、そんなシステムは無い。
祷理はパワータイプという一言を聞き、残念に思う。
「それにしてもこのSTR、ちょっと尋常じゃないね。
そりゃ、昨日口抑えられた時に苦しかったわけだ」
「あっ、昨日は本当にごめんね……」
「ううん、いいよーん。
それじゃあたしも自分のステータス読むから参考にしてよ」
「うん」
「STR31、AGI65、DEX70、
INT61、MND60、LUK56。
タイプは多分トリッキーだよね」
「何かわたしの能力値より全体的に高くないかな。
とくにAGIやDEXなんて2倍もあるし……」
祷理は自分のパラメータに不満気だ。
「あはは、まああたしはいのりんよりランクが3高いし
EXPを消費して能力値が上がるスキル上げてるからね」
「スキル?」
「うん、どういう仕組みか分からないけど
能力上げたり新しい技を覚えたりできるんだ」
「うーん、不思議を通り越して怖いかも」
「まー細かいこと気にしなさんなってー」
「うん、そうだね。気にしないでおこう。
一度蘇った前例もあるくらいだし……」
祷理は何でもありな今の状況に順応してきていた。
「うーん、蘇ったってのは意味不明だけど、
とにかくあたしも最初は疑ったさ。
このステータスの表示にね」
「やっぱりそうだよね」
「うん、それじゃ次にスキルの説明をしよう!」
「お願いっ、とっても知りたいな」
「あははー。
えっとね、ステータス画面の一番下にあるスキル一覧をタップしてみ?」
祷理は黄泉の指示に従いタップした。
「あっ、何かアイコンがいっぱい表示されたね」
「その一番上のアイコン……多分いのりんの場合は
STRアップだと思うんだけど一回だけタップしてみ?」
言われたアイコンをタップするとスキルの説明が表示される。
「あっ、STRを5%アップするって書いてる。
それに現在EXPを100消費するみたい。
あとパッシブスキルって書いてるね?」
「そそ、因みにパッシブスキルは常に発揮されるんだ。
パッシブの逆がアクティブで自分で発動するスキルなのさー」
「なるほど」
「まーそれはよしとして。
もう一度画面をタップすると
【このスキルを上げますか?】
って表示されない?」
祷理は素直に画面真ん中をタップする。
「うん、されたよ。
それで【はい】か【いいえ】が表示されてる」
「じゃあ、今回は【はい】を選んでね」
祷理が「うん」と返事をして【はい】をタップすると、
彼女の体がキラキラと光り、
力が漲ってくるような感覚を覚えた。
「あっ、なにか体が軽くなったような気がする……」
「そんでSTRの数値を見てみ」
「ええと……わっ!
STRが4上がって89になってるよ!?」
祷理は心底驚いて少し興奮気味に声を張り上げた。
「スゴいでしょー。その代わり現在EXPは減るけどね」
「あっ、本当に減ってる……」
祷理の現在EXPは20を表示していた。
「何か悲しいな」
「まあそう悲しまないでよ。
総合EXPはそのままで、その値でランクが上がるしね?」
「うん、それならいいかも」
「いいに決まってるじゃーん。ま、とにかくそれがスキルなの」
「うん、よく分かった」
「それとスキルの振り方で派生する技や能力値上昇なんかがあるから、
ちゃんと考えて振ったほうがいいよ?
スキルレベルが上がるに連れて必要EXPもホント極端に上がるからさ」
祷理の頭上にたくさんのハテナが飛び回る。
「うう、なんだか覚えることが沢山あってメモが大変……」
「大丈夫だよいのりん。
ゲーム感覚でゆっくり覚えてけばいいんだし。
まあスキルをどう振るか迷ったら
あたしが助言したげるし安心しなよー」
「うん、その時はお願いするね」
「おうよー。
さて次は実戦練習に移りたいからLOKに入ろうか」
新しい用語を聞いて、祷理の頭はクラクラしてしまう。
「エ、エルオーケー?」
「えっとね。
ロードオブキングスの略で
断罪者だけが入る事のできる世界なのさー」
「……うう、頭が痛い」
「うーんとね、規則通りだと
ESDを通じて仮想世界に意識を移せるんだって。
まあ説明聞くより実践したほうが早いって!」
「う、うん。
ええと、このESDに意識を移すの?」
「そうだよ。まずESDを自分の額に当ててみ?」
黄泉は説明しつつESDを自分の額に当て、
祷理も倣って自分のESDを額に当てていた。
「こうかな?」
「それでこう言って。リンクって……」
額にESDを当てた黄泉がリンクと口にした途端、
彼女は意識を失いその場に倒れてしまった。
「よ、黄泉ちゃん大丈夫!?
ええとっ、救急車……警察がいい??」
祷理は慌てふためき、錯乱する。
そんな時、彼女のESDがティロリンと鳴り響き
誰かからのメールが届く。
「えっ、黄泉ちゃんから?」
その内容は、
『いのりんも早く額にESD当ててリンクって言いなよー』
であった。
それで祷理はホッとし、再びESDを額に当てる。
「と、とにかくわたしも行かなくちゃ……リンク!」
その場に祷理もバタリと倒れた。
○
祷理が意識を移したLOK。
そこは現実世界では考えられないほど空気が澄み、
川や海を流れる水は全てが清らか。
壮大に広がる大平原には村や町、
それに大きな城が建った王国が在る。
その他にも洞窟や神殿跡地などの
様々なダンジョンが存在する幻想的な世界。
「あれ、なんでわたし大きな剣持ってるんだろ?
それに格好も変わってる……」
祷理は処理執行時の服装に変わっている事に気付く。
彼女の周囲は中世時代をモチーフにした町の中央広場。
「それになにここ……なんでわたし外国の街中にいるの?」
状況が全く理解できずに困惑していたが。
「初めまして、ロードオブキングスの世界へようこそ!」
「ひゃっ……」
そんな祷裡の背後から、
処理執行専用制服のような
青いスーツを着こなす女性が声を掛けてきた。
「あらら、驚かせてしまい大変申し訳ございません」
「あっ、ええと、大丈夫です……」
祷裡は女性に振り返り、ぎこちなくお辞儀する。
「それではこの幻想的な世界をモチーフにした
ロードオブキングスのご説明をさせていただきますね」
「あ、あの……わたしの友人が
一緒にこの世界に来たはずなんですけど……」
「あら?
いまログイン履歴を確認しますので少々お待ちくださいね」
「あっ、はい……」
ログインとはなんぞやと祷裡は思いつつ、
黒いタブレットを器用に操作する女性を見守っていた。
「ああ、はい。
今から2分程前にログインしております認識番号613番の
卯ノ花黄泉さまでお間違いありませんね?」
「あっ、はい。その子で間違いありませんっ!」
「卯ノ花さまは
この世界に何度かログインされているようですね」
「あっ、そうですよね?」
「あのう大変失礼なのですが、
もしかして卯ノ花さまから
初めてログインされた時のことをお聞きになってません?」
質問攻めを受け、祷裡はどんどん沈み込む。
「はい、そこまでは聞いてません……」
「わかりました。
それでは卯ノ花さまへ他のガイドから5分程
ご友人をお借りしますと連絡させますので、
鬼頭さまには大切なことを説明しますね」
「あっ、ええと、ごめんなさい……」
祷裡は深々と頭を下げていた。
「構いません。
これも断罪者のみなさまの将来性を高める為ですから」
「しょ、将来性?」
「コホン、大変失礼しました。
今のは私の独り言です、お忘れください」
「あっ、はい」
「それでは改めましてこの世界のガイドを勤める私、
御影ヒロミがロードオブキングスのご説明をさせて頂きます」
「お、お願いしますっ」
ガイドのヒロミが端末を操作すると広場だった空間が歪み、
全てが真っ暗闇になる。
その地面に地球の様な青く丸い天体が映し出された。
「な、なんですか?」
「こちらが今回、
鬼頭さまがログインなされたロードオブキングス――
略称LOKの惑星の映像でございます」
「この星がそうなんですね。
あの、一つ聞いてもいい……ですか?」
「はい、なんでしょうか?」
「ログインってなんですか?」
それを聞いてヒロミは少しこける。
「あららごめんなさい、私としたことが。
最近の若者はこういうの知ってる前提でお話を進めておりました」
「あっ、大丈夫です……わたしが不勉強なだけですから」
「いいえ、そんな事ありません。
寧ろ最近の子はパソコンを与えられ過ぎなんですよ。
まったく、私の幼少時代はそんな贅沢な事なんてグダグダ――」
ヒロミは小さな声で愚痴をこぼし始めてしまう。
「あ、あの……ガイドさん?」
「あっ、こ、これは大変失礼しました!
私、たまに我を忘れる時がありまして……」
「いえっ、お気になさらず」
祷裡は思わず微笑んでしまう。
「ふう……あなたの様な優しい子が初めてで良かったわ」
「えっと、ガイドは初めて……なのですか?」
「はい、実はそうなんですよね。
これでも私、けっこう緊張しいなんですよ?」
「それを聞けてわたしもホッとしました」
「うふふ、お互い初めましてで嬉しいね」
「あっ、はい!」
ヒロミの和やかな笑顔を見て、祷裡はすっかりと緊張を解く。
「それでは話を戻しますが、
ログインとはESDの認識番号と個人情報を照らし合わせ、
この世界へ入ることをいいます」
「認証番号なんてあったんですね……」
「ええ、因みにあなたの認識番号は666番よ」
「あう……なんだかおどろおどろしい数字です」
「そうですねえ、他人事だから少し微笑ましいです」
祷裡は少し頬を膨らます。
「ひどいっ」
「ふふ、冗談ですよ。
それではこの世界の目的を説明しましょう」
「お願いします」
「この世界LOKには沢山の住人と動物が暮らしております」
「はい」
「しかし、その住人達を脅かす存在が多々いるんです」
祷裡達の床に映った惑星が消えると、
祷裡達の目前におぞましい姿をしたたくさんの生物が映し出される。
「ひっ、なにこれ……気持ち悪い」
「でしょう?
因みにこの不気味な姿の生物達が、
住人や動物園の暮らしを脅かす魔物という存在なんですよ」
「これが……魔物なんですね」
「ええ、この魔物達は何処から来て何処へ行くのか不明なんです」
「あの、もしかしてわたし達断罪者のお仕事って……」
「そう、鬼頭さんの考え通りです!
この世界でも鬼頭さんは断罪者であり、
主任務としてこの魔物達をひたすら退治してもらいます」
「あう、やっぱり……」
こんな気持ち悪い生物を相手にしなければいけない。
そう考えるだけで祷裡の心はぐんにゃりする。
「うふふ、ですが沢山の住人との出会いもありますよ?」
「住人との出会いですか?」
前面に映し出された魔物達が消え、
ロードオブキングスの住人達が映し出された。
「そうです。
その住人は頑固なおじいさんから気弱な女の子、
はたまた獣人と幅広いんです」
「はあ……」
「そんな住人達に頼まれたクエストを熟していく事で物語は進み、
断罪者の真相も紐解かれていくんですよ」
「はい、わかりました!」
「あとの細部事項は
断罪者の職務に関する規則第19条に載ってますので
絶対に目を通してくださいね。
お姉さんとの約束――ですよ!」
「はい!」
ヒロミの説明が終わると、
真っ暗闇だった空間が元の広場を映し出す。
「それでは良いLOKライフを」
「はい、ガイドさんも……お仕事頑張ってください!」
「ええ、精進しますね」
祷裡の前からヒロミが消え、
代わりのように住人が立っていた。
「あのー……ここは?」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
「あ、なるほど……」
この人がLOKに住む住人なのだと祷裡は確信した。
「あ、あなたは誰ですか?」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
「いえ、あなたのお名前を……」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
「な、なにこの人……同じ事ばかり言って」
「ようこそ旅のお方、この町はシンパシータウンです」
同じ事しか返答しない住人を前に、祷裡は気味悪がる。
「やだ、この人怖いよ……」
「わーっ!」
「ひやぁぁぁっ!?」
怖がる祷理の背中から誰かが大声で叫んだ。
それで腰を抜かし、石畳みの地面にぺたりと座り込んでしまう。
「やっほー、いのりん」
大声を出した正体は、
緑を基調とした狩人服を着て、
電流流れる茨鞭を左腰に掛けた黄泉。
そんな彼女の隣には気怠そうな顔した緑の丸鳥が飛んでいる。
「よ、黄泉ちゃん!?」
「ゴメン、そこまでビビるとは思ってなかった」
オーバーに地面へ座り込んだ祷理を前にして
黄泉は若干申し訳なさそうにしていた。
「もう……っ、本当にビックリしたんだから!
それにこの人も同じ事しか言わないし」
祷理は頬を膨らましながら町娘を指差す。
「あれ、もしかしていのりんってゲームとかした事ない?」
「う、うん。そうだけど……」
「そっかー、そりゃ悪い事しちゃった」
「えっ?」
何がなんだか分からない祷理に黄泉は説明を始める。
「あのね、それはここの住人を模したNPC……
んまー喋る人形みたいなものかな」
「喋るお人形?」
「そうそう。
いのりんもガイドさんから話を聞いてると思うけど、
ここは本当にゲームみたいな世界でね。
一部だけど物語に関係ない住民がこんな感じで突っ立ってんの」
「ええと……うん。
なんとなく分かった……かも」
祷理は頭では分かっていても体は追いつかない。
「あははっ!
まあ最初は違和感すごいけど慣れると楽しいんだよ」
「そうなのかな……」
「本当に楽しいって。
とにかくまずは南平原に出るからあたしについて来て?」
「う、うん!」
祷理はわけも分からぬまま、走る黄泉に着いていく。
黄泉の隣をパタパタ飛ぶ緑の丸鳥を気にしながら。
それから数分も走れば
広大な大地を見渡せる南シンパシー高原へと辿り着いた。
「ここまで来たら誰にも邪魔されないでしょ」
「ええと、どういう事かな?」
「ガイドさんの話は覚えてる?
断罪者全員が入れる世界なんだよ、ここ」
「あっ、なるほど……」
「うん、だからこうしてだだっ広い高原まで出て人目を避けたわけ」
「うん」
「まあそういうわけで擬似的に罪人との戦闘を学ぼー」
「えっ?」
「んーとね。
ESDを前に掲げて
リンカーバトル・ルール・イーブンって、
あたしの後に叫んでね」
「う、うん、分かった。
でもその前に……その鳥さんや
黄泉ちゃんの着てる衣装の事を知りたいな」
「あっ、ゴメンゴメン。そう言えば教えてなかったー」
黄泉は少し焦っていたのか、深呼吸をする。
「あっ、わたしは気にしてないからいいよ。
でもその鳥さんが可愛いくて気になって……」
「ああ、確かにカワイイかもしれない?」
「うん、とっても可愛いっ!」
「あははっ、まあ祷理がそう思ってるならいいや。
でね、こいつはマジカルサポーターって言ってさ。
ESD内にあるマジサポってアプリで作れんの」
「そうなんだ、わたしも鳥さん飼いたいな……」
祷理は密かにボンタンの事を思い出してしまう。
「そうだね、じゃあこの鳥の作り方教えたげる」
「お願い!」
「じゃあね――」
祷理は黄泉から説明を受けてマジサポというアプリを起動する。
起動したら次に好きな色を選び、
次に【あなた好みの男性のタイプ】という項目で
とくに思い浮かばなかったらしく
自分の父親を当てはめていた。
最後に確認画面で【はい】を選択すると、
祷理の隣に赤い丸鳥が召喚された。
祷理はその鳥を見て大喜びしてはしゃぐ。
「わあ……とってもかわいい!」
黄泉は祷理の赤い丸鳥と、自分の丸鳥を見比べる。
「あはは、よく見たらあたしのもブサかわいいね。
でも祷理のマジサポは妙にカッコいい顔してんね」
「うーん、好みの男性にパパを入れたから?」
「あー、なるほど納得だわ」
「ねえねえ、黄泉ちゃんはどんな男の子がタイプなの?」
黄泉は無表情ながらも少し口元をしかめる。
「ええっと、まあアレだね。
あたしもいのりんみたいなモンよ」
「それって黄泉ちゃんもお兄さんとかをタイプに選んだのかな?」
「ああうん……まあそうだよ」
「そっかあ、黄泉ちゃんも好みの男子はいないんだ」
「まあ……そうだと思う」
歯切れの悪い黄泉の様子に祷理は心配する。
「あの、黄泉ちゃん大丈夫?
少し顔色悪そうだけど体壊したりしてない?」
「ううん、あたしは大丈夫だよいのりん。
それより早く次の説明をするね」
「あ、うん。お願いするね」
「デフォルトの格好だけどいのりんの格好はとくにエロいよねー。
主張するボディラインが丸分かりでさー」
「えっ――もうっ!」
黄泉は体を必死に隠す祷理の白タイツ姿を舐める様に眺めていた。
祷理は抱えていた大剣を地面に投げ捨ててでも、
体を必死に両手で覆い隠す。
「そんなにジロジロ見ないで!」
「それにその大きさ、堪らないねー」
「うう、だから見ないで……っ」
黄泉のしつこさに祷理は涙ぐんでしまう。
「ふふん、ほれほれー」
「ひっ……!」
それでも黄泉は気にせず両手を前に突き出してワキワキする。
その様子に祷理は堪らず、遂には泣き出してしまった。
「うああああんっ! 黄泉ちゃんのイジワル!」
「ああゴメン、ちょいとやり過ぎたゃったね。
ほら、もうイジメないから泣きやみなよ」
反省した様に見える黄泉を見て、祷理は涙をおさめる。
「もう……イジメない?」
「うん、イジメないよ」
「グスン――それじゃあ衣装のこと教えて」
「いいよ。
それじゃあESDの画面を二回右にフリックして、
EAv……エクスキューショナルアバターってツールを表示して」
落ち着いた祷理が「うん」と返事を返して操作すると
沢山の四角い枠が画面下に、
その上に祷理の全体像が表示される。
「表示したけど枠がほとんどハテナばかりだよ?」
「そうだよ、最初は全然ないんだ。
まああるのは執行専用制服と遊装ぐらいかな。
それも規則に載ってるよん」
「うん、後で絶対に読むね! それにしても……少し残念」
「まーまー。
EXPが溜まったりすれば交換できるから気長に頑張ろー」
「うん、頑張るね!」
「因みにいのりんはどんな衣装が最初にあるの?」
「ええと、
処理執行専用制服一式、
鉄の胸当てと腰当て、リボン、ネックレス、
それに革のブーツがあるよ」
「うん、じゃあその中でいのりんが気に入ったものを
タップして装備するといいよ」
「うん、分かった。
ええと……露出が少なくて可愛く見えるのは……コレとコレと……」
祷理が呟きながら
鉄の胸当て、鉄の腰当て、リボン、ブーツをタップすれば、
画面に映る祷理の全体像の右サイドテールにリボン、
全身青タイツの上に、鉄の胸当て、鉄の腰当て、
胸当ての背中に大剣を納める大きな革製の鞘、
革のブーツが装着される。
その全体像を見て祷理は嬉しそうにはしゃいでいた。
「わあ……本当に格好良くてかわいい!」
「うん、鉄製の軽装鎧が大剣とマッチしてていいね。
それで【決定】をタップしたら装備完了だよー」
言われて祷理は【決定】をタップした。
すると祷理の体も全体像と同じ様な装備に変わり、
クルリと体を回してはしゃいでいた。
「えへへ、黄泉ちゃんありがとう!」
「オッケーよ。はい、これ」
黄泉が大剣を拾い上げると
腕をプルプルさせながらも祷理に手渡した。
「あ、わざわざごめんね」
「ううん、気にしないで。
それにしてもその大剣、めちゃくちゃ重いね」
「えっ、そうかな。
わたしには金属バットの重みぐらいしか感じないよ?」
祷理は言いながら大剣をブンブンとスイングし始める。
「おーう、なんて怪力……」
「えっ?」
「いや、なんでもなーい。それじゃあ戦闘始めようか?」
「あっ、うん!」
黄泉が「リンカーバトル・ルール・イーブン」と叫ぶと、
続いて祷裡もそう叫んだ。
すると二人の頭上に緑ゲージと体力数値、
その下に青ゲージと魔力数値が表示される。
「よ、黄泉ちゃんの上に何かゲージが……」
>祷理:HP1183 MP312
>黄泉:HP789 MP507
二人のESDの画面上にはそんな数値が表示される。
「うん、これが仮想世界で戦闘時に出てくるゲージなんだ。
まあダンジョンだと出っぱなしだけど」
「そうなんだ……」
「そんな事より――闘いはもう始まってるよ!」
「えっ?」
祷理から素早く離れた黄泉は雷の茨鞭をビュンと振り、
構えた祷理の大剣を打った。
すると鞭が大剣に触れバチバチと大きな火花を散らす。
その火花を浴びた祷理は痛がり、
「きゃあっ!」と大声を上げてしまう。
>祷理:HP1183→934
「うう、いきなりひどいよっ!」
「ふふん。
だけどリアルだったら
こんな感じで罪人から襲われる事だってあるかんね!」
黄泉は更に鞭をビュンビュン振るう。
それを何とか大剣で弾く祷理だが、
その度にバチィッと大きな音が鳴り響き火花が散る。
>祷理:HP934→681
「こ、怖いし痛いっ!」
「さらに連撃ー!」
「ひゃあっ!」
>祷理:HP681→484
祷理は反撃できず、ジッと耐えていた。
「まだまだこんなもんじゃ無いよ! 最後に……稲妻落とし!」
黄泉は上空でビュンビュン雷の鞭を振り回し、
勢いに任せて祷理の頭上目掛けて激しく叩き付ける。
その軌道はまるで雷の如くに。
「ひっ……きゃあああ!」
祷理は必死になって大剣を盾にして鞭を受け止めたが、
あまりの電撃の威力に遠く後方へ吹き飛んでしまった。
>祷理:HP484→0
>黄泉:MP606→586
「きゅう――」
「あっ、ごめん。ちょっとやり過ぎた」
祷理は遠くの地面で大の字に転がり、目を回していた。
○
黄泉は一呼吸置き、冷静さを取り戻す。
「あら、リンカーバトルでも
体力無くなると気絶しちゃうんだ。
まあ現実世界で死ぬよか全然マシだね?」
黄泉は思う所があるのか、少し気落ちしていた。
「まーそれにしてもスキルLVを1上げただけで
かなり強くなってビックリ」
かと思えばすぐに気を取り直す。
先ほど黄泉が使用した稲妻落としというスキル。
そのスキルレベルが現在2で攻撃倍率が通常攻撃の4倍程度。
加えてDEXとINTがやや高く、
祷理のINTとMNDが低いうえにクリティカルヒットが重なり、
威力も相当なものとなった。
そんなスキルを断罪者ビギナーな祷理に
容赦無くぶち込んだ事を心中で謝りながらも
黄泉の気分は昂ぶって仕方が無かった。
○
同時刻、ホテルに宿泊していた虚は
「はあ……なんかホテルで寝てるのも飽きてきた。
暇潰しに誰でもいいから処刑しようかしら」
と独り言をこぼしながらSOEで罪人リストを眺めていた。
表示されているのは三人。
そのいずれもランク3であり、
虚にとって燃えるゴミを捨てるのと変わらない作業。
「うーん、
昨日みたいなランク高いエボルブ持ちの罪人なんて
ポンポン出ないわよね。
まあいいわ、せっかくだからこれ全部潰そ。処理執行」
バスローブ姿の虚はつまらなそう表情のまま、
黒のフォーマルスーツと
小さなシルクハットを被った姿へと変身し、
100mにも及ぶ高さはある窓を銃のEWで撃ち抜き割り、
そこから勢いよく飛び降りた。
虚の体はとんでもない速さで地面に落ちてゆくが、
彼女は顔色ひとつ変えない。
ひと気のない地面スレスレで「はっ!」と叫びながら
何事も無かったように地面へ着地した。
「さて、ここから北に800m先か。
ひとっ走りしなくては――ねっ!」
言い終わるや否や既に彼女の姿はその場にない。
それからたったの数分で虚は二人の罪人を即処刑し、
素早く小さな公園内に移動して
三人目の前へとやって来ていた。
「さて、あなたが三人目のクソザコさんね?」
「お、お前なんなんだよ!?」
「うるさいですわね。大人しく処刑されなさいよ?」
虚は7.62mm口径のライフルを両手に創り出すと
罪人は「ひっ!」と声を上げて腰を抜かす。
そんな男性の顔面に慈悲無く銃口を向けた。
「さあ、死になさい」
「ひ……っ!」
だがここでアクシデントが虚を襲う。
彼女のライフルが何者かの攻撃で弾かれてしまったのだ。
「っ……なんですの?」
「そこまでだ、この泥棒猫め!」
「そうよ……許さないんですから!」
虚が振り向いたその先には、
ショートソードと盾を装備する
露出度のやや高い軽装鎧を着た戦士の少女と、
大きな木弓を構えた弓道衣姿の少女がいた。
虚のライフルは弓道少女が射った矢に弾かれたのだ。
「ふーん、あなた達ふたりだけ……ですの?」
「そうだよ!」
「ふ、ふたりだと何か悪いですか!?」
「ううん別に」
「ひ、ひいいいい!!!」
虚達が話している間に罪人は態勢を立て直し、
その場からそそくさと逃げ出してしまう。
「あーあ、あなた達のせいで
獲物を逃してしまったではありませんの。
それにしてもあなた達、
ワタクシが誰だか知っていて処刑の邪魔をしたのかしら?
多少は噂になってる筈なのですけど」
虚が氷の様に冷たい視線を送りながら新たにライフルを創ると、
二人の少女はゾクゾクと体を震わせる。
「そ、そんな事知ってるよ!
だけどあんたのせいでな……あたしらが罪人を裁けないんだ!」
「このままでは私達、
あと三日で断罪者の資格を失ってしまうんですよ!」
戦士少女は素早く虚に斬り掛かり、
その間に弓道少女は狙いを定める。
「ふうん、別に知った事ではないんだけど」
「グッ……!」
虚は容易くライフルの銃身で斬撃を受け止め、
戦士姿の少女の下腹部を蹴り飛ばす。
そこからすかさずバックステップして間合いを取り、
ライフルを構えて銃口を戦士少女の額に向けた。
「それとあなた達、ちゃんと規則読んでますの?
断罪者同士で殺しあってはいけないって
ニュアンスのところですわよ?」
「そんなの知ってる!
でもこうも書いてあった。
罪人の処刑権利は取り上げられるって!」
「あら、規約読むなんてあなた意外とマジメなヤツですのね。
ただの脳筋バカだと思っていましたわ」
「うるさい――メテオスラッシュ!」
戦士姿の少女が叫ぶと
まるで隕石のような速度の斬撃が虚の首元を襲う。
「……バカね?」
「んなっ――きゃあああ!」
だが少女の斬撃が虚に辿り着く事は無かった。
何故なら虚は魔力を消耗し、
虚の背後真上に召喚したライフル2丁から魔弾を射出させ、
戦士姿の少女の両肩を貫いたのだから。
「いっ――痛い! 痛いっ!!」
「ミカ大丈夫!? もう許しません……っ!」
強力な魔弾を食らった激痛で
ミカと呼ばれた少女は剣と盾を落とし地面に膝を付いてしまう。
「はあ、つまらないですわ……。
ねえそこの弓道女さん! それでワタクシを貫く気?」
「う、うう……っ!」
虚は構えた銃口を弓道少女へ向ける。
涙目になった弓道少女はガクガクと震えていた。
「あたしを殺す覚悟が無いなら、
その弓を降ろした方がいいですわよ!?」
大きな声で弓道少女に伝えても彼女は弓を降ろさない。
「う……うあああああ!!!」
それどころかヤケっぱちに矢を射ち放ってくる。
しかし射たれた矢は虚自身が撃った魔弾で正確に撃ち落とされ、
更に2発目の魔弾に弓を弾き飛ばされた。
「きゃああああ!!」
その勢いで少女も地面に吹き飛ぶ様に倒れていた。
「全く、どちらも相当な格下じゃないですの……。
まったくお話になりませんわね」
呆れながら虚は背中を振り向き、
呼吸を整えて構えたライフルの照準を
遠くの木上に合わせる。
「ふう……」
そこで魔弾を撃ち出すと、
遠くから「あぐっ!」と甲高い声が聞こえてくると共に
黒い物体がドサリと地面に落ちてくる。
その落下物の正体は宵闇の様なローブを纏い、
燃え盛る杖を持つ少女であった。
>虚:酢昆布LV5 12個取得
地面に落ちて数秒後、少女は跡形も無く姿を消す。
「うふふ、ジャストヒットですわ」
そして再び二人の方に振り向く。
「あとね、3人いる事は初めから知ってましたから。
SOEで全く動かない断罪者を把握していましたし。
オマケに炎がメラメラしてるからタダの案山子でしたわ」
虚はESDを左手で二人の前に掲げて苦笑する。
「ウソだろそんな……一番ランクの高いカオリが……」
「こんなの……信じられない……」
最後の頼みの綱らしいカオリと呼ばれた
昔ながらの魔法使い姿の少女を殺された二人は
絶望という文字を顔に表す。
それでも虚はお構いなしに銃口を戦士少女の額に向けた。
「さて、覚悟はいいかしら。
規則に書いてある内容を解釈するとね、
処刑の邪魔をする断罪者は好きにしてもいいらしいのよ?
例えるならば過剰防衛でも……ね」
戦士少女は青ざめる。
「そ、そんな……。
やだ、許してくれ……殺さないで……」
「バァーカ、嫌に決まってるじゃない」
次の瞬間、
発砲音が鳴り響くと共に戦士少女の額に風穴が空いた。
>虚:酢昆布LV4 8個取得
そして、その場から消え去ってしまう。
「いやあああ! ミカぁぁぁぁっ!」
その場で友人を処刑された弓道少女は発狂する。
「うるさい」
虚は無表情のまま銃口を弓矢の少女に向けると、
何のためらいも無くそのまま撃ち貫いてしまう。
>虚:酢昆布LV4 7個取得
「はあ……バカな子たち。
くだらない友情ごっこにかまけてるからこうなるのよ」
虚は心底つまらなそうな顔で三人の少女を侮蔑していた。
そして何事もなかったかのように公園の入り口に立つ。
「とにかくこれだけは残しといてあげる。
今までお仕事お疲れさま。
あんた達は『現実で好きに過ごす』といいわ」
そう言い残して飛ぶように駆け出した。
逃げた三人目の罪人を処刑するために。
○
地獄の奥底にある掘っ建て小屋。
相も変わらず閻魔はPCディスプレイで、
祷理と虚の様子を同時に監視していた。
「ふむ、祷理くんは特訓中か。どんどん頑張っておくれ」
祷理が目を回している姿を見て閻魔は嬉しそうに微笑む。
「それに比べて虚くんと来たら……カオスだねー」
三人の少女を容赦無く倒した虚を見て、
閻魔は微妙な表情になる。
「やれやれ物騒だ、三人いっきに使えなくするとは。
まあ代わりなんていくらでもいるからどうでもいいか。
とにかく三人のデータを見るだけ見とくかな、仕事だし」
閻魔はパソコンを操作し、嫌々三人のデータを確認する。
ディスプレイにはまず戦士少女が表示された。
「ふむ、認識番号475、
最終ランク15、
氏名は剣崎美果。
処刑方法は祷理くんと同じく斬首系か。
自分大好きだから盾を持ってたのかね。
中途半端は良くないな。
これはやられて当然だ」
もう一度画面をクリックすると
データを除外リストに移動するかの確認が
ディスプレイに表示される。
「決まってるじゃないか」
閻魔は容赦無く【移動】をクリック。
机の上に剣崎美果が使っていたESDが出現する。
「魔力の無駄使い方は避けたいものな。さてと……」
呆れ顔の閻魔はマウスで【次へ】をクリックし、
弓道少女の画像を表示する。
「次に471か。
最終ランク14、
本名は西奈寿栄子、
処刑方法は射殺系ねー。
弓道部部長だったから弓なのか分かりやすい。
あ、475とは同じ高校に通う幼馴染か。
いつもふたりは一緒か……熱い友情を感じるねー」
閻魔はデータ移動画面で【移動】ボタンを押し、
次のデータを表示させる。
「最後は1365、最終ランクは23。
ふうむ、ここまで上げるとはなかなか頑張り屋じゃないか。
本名は棚田歌織。
ほほう、処刑方法火炙りとは中々」
そのセリフとは裏腹に閻魔は楽しそうに微笑んでいた。
「何々、人と顔を合わせるのが苦手?
それでLOKにソロで没頭していたのか。
しかも序盤のクエストを欠かさず攻略しているとは。
ソロでそこまでするのは虚くん以来かな。
なかなかやるねー。
あっと、この子……くふふははは!」
閻魔は破顔しながらも込み上げた笑いを堪えていた。
「ふう……っ、やばいやばい!
それにしてもさっきの二人とは仲が良いとあるが
本当に良かったのか?
まあ二人が使えるこの子を利用してただけかもしれんな」
更に画面をクリックし、
データ移動確認を表示させる。
「そんなの決まってるじゃないか」
閻魔はくだらない事聞くなと言わんばかりの表情で
【いいえ】をクリックする。
「ふふん、『私たちと同胞』の歌織くんには
再び生き返る権利がある。
次に死ぬまで頑張ってもらおうじゃないか!」
閻魔が「おーい未來くん!」
と備え付けマイクで呼びながら手を叩いて数分後、
彼の横に割烹着を羽織って右手にお玉を持った
いかにも料理してました的な姿の女性が、
あきらかにイライラしている表情で現れた。
「ちょっと遅かったね?」
「……この格好を見て、何も思いませんか?
それに強制転送はやめてくださいとあれ程!」
「まー、たまにはいいじゃないの。
それでさ、このESDふたつを神奈川では無く、
君が気になる東京の子に届けといてよ。
キミ、東京の管理者でしょう?」
「……畏まりましたよ、閻魔さま」
神奈川に新しい断罪者がいらない事を察した
女性は閻魔の指示を嫌々受け、
二機のESDを懐に納めて姿を消す。
閻魔は引き続き、
祷理と虚の他、更に歌織の監視も加えて続ける。
「やはり祷理くんの様子を確認するのが一番楽しい。
彼女は素直でいい子だし、
それでいて心底カワイイ姿してるしな!
ああ、ホントに楽しいぞ!」
閻魔のバカみたいな高笑いが地獄いっぱいに響く。
○