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EP01 はじめまして、さようなら

 東京都府中市に所在するミドリの森公園の中。


 上空は茜色に染まり、しんと静まり返るほど誰もいない。


「うあああああ!」


 そこに響くのは激昂した少女の雄叫び。

 整った長い黒髪をなびかせ、

左側頭に短く結わえた1本の尾を激しく揺らしながら、

両手で持つ少女の身長より大きく禍々しい大剣を、

一心不乱に地面へと叩き落とす。


「ひぎゃああああ!」


 叩き落された地面の上には厳つい男の右腕。

 少女の斬撃がそれをザクリ――容赦なく斬り落としていた。



 時は2025年4月。

 新たな春を迎えたこの季節。

 東京都府中市に所在する第一アサマ中学校では、

畏まった入学式が開かれていた。


 たくさんの新入生や、彼らを見守る保護者、校長に教師らが、

紅白模様で綺麗に飾られた体育館の壁を占めている。


 嬉しい、楽しい、不安、驚き、焦り、

そんな感情の渦が体育館に立ち込めるが、

とある少女1人だけ寂しそうに俯いていた。


(ママ……結局来てくれなかったな。

でも仕方ないよね……お仕事大変だもの)


 だが、妙にそわそわと浮ついている様にも見える。


 そんな彼女の周りは揃いも揃って楽しそうに笑ったり、

ドキドキしたり、照れ臭がっていたり。

 そんな空気が彼女を少し浮つかせていたのかもしれない。


 数十分も経てば、

少女にとって鬱屈とした入学式も閉式し、

行事や始まりの授業も終われば、

午後2時を間もなく迎えていた。


 少女は慌て、足早に自宅へと帰る。


「はあ、早く帰ってボンタンと散歩したい……」


 やや下向きに歩く少女はボソリと呟く。


 少女の周りは沢山の下校者で溢れており、

彼女はその群れに混ざっていた。


 話す相手はいなかったが。



 数分後、

少女は鬼頭と書かれた表札のある民家の前で立ち止まった。


 家の敷地に入ると小さめの柴犬が

「わんわん!」と元気に吠えながら少女に駆けつけてくる。


「ボンタン!」


 柴犬を目にした少女に大きな笑顔が咲き、一心不乱に抱きとめる。


「元気にしてた? ママにイジメられてない?」

「くぅーん」


 ボンタンは少女の頬をペロペロ舐める。


「あはは、くすぐったいよ」

祷理いのり!」

「ひっ……」


 女性の鋭い声を聞き、祷理は怯んだ。


「遅かったわね、授業あったんでしょう?」

「あ、うん……宿題もあります」

「だったら、遊ぶ前に早く宿題なさい」

「で、でも……ボンタンを散歩に……」

「宿題が先よ。当たり前でしょう?」

「うん……」


 女性は溜息を吐く。


「さっきから『うん』と――返事は『はい』でしょう?」

「は、はい!」

「それと帰ったらただいまを先に言いなさい」

「あ、はい……ただいま」

「おかえり。じゃあ、さっさと宿題なさい」


 不機嫌な女性――祷理母は家へ入ってゆく。

 それだけでも祷理はホッと一息吐いてしまう。


「ごめんねボンタン、散歩は宿題が終わるまでの我慢だね」

「クゥーン」


 寂しげに鳴くボンタンを撫でてから、祷理も家の中へと入っていった。



 あれから30分後、

入学時の気持ちを作文にする宿題を終えた祷理は、

ミドリの森公園に向かってボンタンと散歩をしていた。


「ふわあーっ、宿題から解放されると気分最高だね」

「わん、わんっ」

「外は気持ちいいね~」


 祷理はノビノビと背伸びする。


「はあ……ママもあんなに怒鳴らなくてもいいのにね」


 祷裡は他愛ない愚痴をこぼすが、

ボンタンは舌を垂らしてハッハッと息を整えるだけだ。


「あはは、こんなことボンタンに言っても仕方ないよね。

ごめんね、ボンタン」

「わんっ!」

「ん? あっ、あの人……」


 ボンタンが吠えた先には、

信号の無い横断歩道前で大きな荷物を持った老婆がいる。

 彼女が横断歩道を渡ろうにも、どの車も止まる気配が無い。


「ボンタン、ちょっと走るね」

「わんっ!」


 それに見兼ねた祷理は急いで老婆の元へ駆け付ける。


「あの、おばあちゃん……大丈夫ですか?」

「おや、おやおや」


 駆け付けてきた祷理を真近で見た老婆は、

孫でも見るかのような優しい視線を送っていた。


「あの……荷物お待ちします」

「有難いねえ。でもこの荷物はちょいと重いよ?」

「いえ……わたし少しだけ、腕力に自信ありますから」

「そうかい? じゃあお願いするかねえ」

「はい……お任せください」


 祷理は照れ臭そうに少し頬を染めつつ、老婆から荷物を受け取った。


 荷物の荷重がズシリと、祷理の右肩にのしかかる。


「うあっ、本当に重い……それにゴツゴツしてる?」

「おやおや、大丈夫かい?」

「あ、はい、わたしは大丈夫ですから。

おばあちゃん、横断歩道を渡りましょう」

「ええ、ええ。本当に助かるわあ」

「えへへ……」


 祷理は横断歩道に車が来てない事を確認し、

空いた左手を上げて老婆と共に渡った。


 完全に渡り切ると老婆は微笑む。


「本当にありがとうねえ」

「いえ、わたしなんて……そんな」

「とってもいい子だわあ。よしよし」


 祷理は老婆から頭を撫でられ、

嬉しくて仕方がなさそうに微笑んだ。


「えへへっ」

「それでは荷物を返して頂きますねえ」

「あ、ごめんなさい」


 祷理は、背負った荷物をそそくさと老婆に返す。


「それではさようなら――と、その前にねえ」

「はいっ、なんでしょうか?」


 突然振り返った老婆の怪訝な瞳に祷裡はギョッとする。


「あなたは――外道に落ちてはいけませんよお」

「あ、あの……どういう事ですか?」

「いえねえ。『変なもの』を拾ってはいけないと伝えたかったのよお」


 そう聞いて祷裡はハッとする。


「あっ、あの! わたし拾い食いなんてしません……から!」

「おや――おやおや、この子ったらあ! お~っほっほっほおっ」


 老婆は大笑いする。


「あう……わたし、何か変なこと言いましたか?」

「いいえ、本当にあなたはいい子だわあ。

是非とも孫にしたいぐらいねえ」


 祷裡は慌てふためく。


「い、いえそんなっ……帰り道、気を付けてください」

「ええ、どうもありがとうねえ」


 老婆は笑顔で祷理に一礼し、

重たそうな荷物と共にゆっくり歩き始めた。


 その背中を見えなくなるまで見守った祷理はハッとする。


「――ああっ!

お家まで持っていきますって言えば良かった……」


 俯いた祷理の足元にボンタンは近付き、頬をすり寄せていた。


 その無垢な表情に、祷理は少し元気を取り戻す。


「ボンタンっ」

「へっへっへ」

「ありがとね。ボンタンは優しくて気の利く立派な男の子だね」

「わんっ!」


 元気を取り戻した祷理は、再び公園目指して歩く。



 ミドリの森公園へとやって来た祷理は、

とても歩きやすい散歩コースを1時間以上歩き、

公園の噴水広場前で、ボンタンと遊びつつ休憩していた。


「うーん、やっぱり公園の空気は最高。ねえボンタン」

「わんっ!」

「でも――さっきまで遊んでいた人達も居なくなってる。

夕方の5時半を回ったとは言っても、このひと気のなさは稀かも」


 それでも気にする事なく遊ぶ祷理の目に、

何か白い長方形の機器が落ちているのが入る。


「あれ、あそこに落ちてるのなんだろ?」


 祷理は不思議そうに機器へ近付き、それをゆっくりと拾いあげた。


「わあ、とても綺麗だけど……スマートフォン?」


 携帯電話を買ってもらえない祷理は、羨ましそうに眺めていた。


「あ、よく見たら後ろに

天使の翼みたいなのが彫ってる……カワイイなあ。

あーあ……わたしもこんなスマートフォン欲しいな」

『初めまして、鬼頭祷裡さん。

あなたは断罪者となり、

善良な市民を罪人の魔の手からお護りしたいですか?』


 祷裡の脳内に、直接そんな言葉が響く。


「えっ……今の声、誰なの?」


 祷裡は辺りを見回すが誰もいない。


『もしも鬼頭祷裡さんが認められるのなら、

あなたにこのESDを貸与しますが』

「えっ、もしかして……この機器が話し掛けてるの?」

『正確には違いますが、その通りです』

「そ、そんな事ってあるの!?」


 祷裡は1人、驚愕する。


『ありますよ。極秘なので公には知られていませんが、

ちゃんとした行政機関からの貸与物品なのです』

「あの、あなたの言っている意味がよく分かりません……」

『それは仕方ありませんね、慣れてくださいとしか』

「そんな理不尽な……」

『世の中はもっと理不尽でいっぱいですよ』

「そう言われると……何も言えません」

『それでは時間が勿体ないので話を戻します。

あなたは罪も無い善良な市民の平和を脅かす罪人を、

この世から亡くしたいとは思いませんか?』


 話を進める謎の機器――ESDから聞こえる女性の声に、

祷裡は戸惑いながらも答える。


「あの、乱暴なことはあまり好きではありません……。

ですけど、平和に暮らす人を護りたいとは思います!」

『それはつまり、

あなたが断罪者になりたいと認めたってことでよろしいのですね?』

「――はい、認めます!」


 人一倍正義感の強い祷裡は、後先考えずそう答えた。


『わかりました。

それでは今から手続きを行いますので私の支持に従ってください』

「あっ、はい」


 それから祷裡は女性の声に従い、

ESDの画面で指紋認証を行い、

声を出して声紋認証を済ませた。


『はい、指紋――認証完了。声紋――認証完了。

これからあなたを認識番号666のESD所持者と認めます。

受付人は私、五色真見(ごしきさなみ)が承りました』

「あ、ありがとうございます……?」

『それでは断罪者の職務に関する規則を必読してください』

「えっ、断罪者の……規則?」


 困惑する祷裡が持っているESDの画面に、

畏まった文字列がでーんと羅列される。


「えっ……なんなのこれ?」

『そこには断罪者の職務に関する約束事が書かれてます。

確実に読んでくださいな』

「うう、難しくて頭に入らない……」


 祷裡は必死に読もうとするが、ほとんど頭に入らない。


 そんな祷裡をボンタンは、

尻尾を振りながら不思議そうに見上げた。


『それではご健闘を。まあ頑張ってくださいや』

「えっ……ちょっと、これからわたしはどうすればいいの!?」


 ESDに強く語りかけるが返事はない。


「うう……とにかく分かるまでじっくり読もう。

じゃあ散歩の再開だね、ボンタンっ」

「わんっ!」


 祷裡は煩わしそうに規則を読みながら散歩を再開する。


「ええと、エクスキューショナー(断罪者)とは……

処理執行の権利を有する者をいう?

処理執行って何なのかな?」


 祷裡がESDをながら見しつつ疑問を声に出して歩けたのは、

公園内に誰もいなくなっていたからであろう。


『アラート、あなたは命を狙われています。

距離にして西の方角20メートル。

アラート、あなたは命を狙われています――』


 そんな時、先ほどとは違う機械的な音声が祷裡の頭に響いた。


「ひゃっ……いきなり喋らないでください!」


 祷裡は心底驚きつつも文句を言うが、返事は無い。


『アラート、急いで処理執行状態へ移行してください』

「あの、どういうこと?」


 突然の事ばかりで祷理は混乱する。

 その様子をボンタンは無邪気に見ていた。


「ふひひっ——クソガキ発見じゃい!」


 そんな時、歩道を突っ立っていた祷理のすぐ後ろに、

死んだ魚の様な目をした厳つい男がさし迫っていた。


 男の右手には、斬れ味鋭どい大きな出刃包丁。


「えっ――?」

「へへへッ――死ねや!」

「あっ……?」


 何がなんだか分からない祷理の脇腹に、鋭い刃先がブスリと突き刺さる。


「えっ――あっ……うああああああああっ!」


 すぐさま祷理の脇腹に激痛が走り、

大量の血を流しながら地面に倒れ藻掻き苦しむ。


「痛っ――痛いよお!!」


 公園中に響く程の悲痛な叫び声を上げながら。


 だが公園には二人を除いて誰もいない。

 彼女はボロボロと涙を零すしかできなかった。


「ヒヒッ、やっぱガキを痛めつけるこの感じ――タマンねえ!」

「わん、わんっ!」


 普段は大人しいボンタンが急激に吠え始める。


「あん? うぜえ犬コロだな」

「ばう!」


 顔をしかめる男にボンタンは思い切り飛び掛かった。


「うぜえっつってんだろ!」

「キャイ――!」


 男はすかさず飛び掛ってきたボンタンの首を狙い、包丁を思い切り薙ぐ。


 その一閃でボンタンは喉を裂かれて吹き飛び、

砂の地面にドシャッと叩きつけられ即死した。


「いや……ボンタン……。イヤ……だよ……」


 目前で弟の様な存在だったボンタンを殺され、

祷理は絶望に打ち拉がれてしまう。


「ヒッヒッヒッ!

よく見たらこいつガキの癖してデケエし上玉だな……ヤっちまうか」

「イヤ……こっち来ない……で」


 祷理は逃げようと必死に体を動かそうとしたが、

あまりの激痛と恐怖で動く事すらできない。

 さらには意識も遠退いてゆく。


 そして祷理は察する、もう長くないのだと。


「そっ……か、わたし……死ぬんだね……。

ボンタン、わたしも……げぼっ!

ボンタンの側……に……いくね……」


 祷理の意識はどんどん閉ざされてゆく。


 忌々しい男の下卑た笑い声と

『断罪者第666番の生命活動停止。

本機器は監督官(レギュレータ)の元へ自動転送されます』

というESDの音声を聞きながら。



 祷理は死んだかと思いきや、

周囲に見たことも無い景色が広がっていた事に気付く。


 空は赤黒い雲の様な渦が禍々しく蠢き、地面は無数のドクロが埋れ、

遠くに見える大きな溜め池は鮮血で赤く染まったおぞましい空間。


「なにここ、まるで地獄みたい。それにわたしの格好……幽霊?」


 祷理は自分の体を見下ろして驚愕した。

 何せ半透明で白装束の様な着物を着ていたのだから。


『――監督官の支持に従います』

「あっ、でもESDはあるんだ……」

「なんだ、また悪霊がやってきたのか?」


 絶望的な場所に小さな掘っ建て小屋がある。


 中には立派なパソコンと豪華な机があり、

豪華な皮椅子に座る青年が祷理を眺めて困惑していた。


「ええと、あなたは誰……ですか?」

「ん? 悪霊ではないのか」

「あっ、はい……?」

「だが、まずは君から名乗って欲しいものだな」

「あっ、すみません!」


 祷理はペコペコ頭を下げる。


「いや、別にそこまで気にせんでも。君はカワイイから特別に許してやる」

「えっ、かわいい……ええ!?」


 祷理は頬を染め、とにかく慌てていた。


 そんな祷裡を青年は微笑ましく眺めつつ、

「コホン」とわざとらしく咳払いする。


「あっ、取り乱してごめんなさい……」

「気にしないでいい」

「は、はい……」

「私は閻魔と申す」

「はあ、閻魔さんですね。わたしはき……鬼頭祷理と申しますっ」

「ほうほう、君が例の――うん、よろしくね」


 祷理は心底恥ずかしそうに名乗るが、閻魔は笑顔で返事する。


「えっと――あの、よろしくお願いします……って!

あなたはあの……地獄の大魔王えんま様なんですか!?」


 閻魔は舌を抜くとても怖い存在。

 そう認識していた祷理の体がガクガクと震える。


「いやいや、確かにそうだがそんなに怖がらなくてもいいじゃないの」

「だ、だって怖い……ですもの」


 非常に怖がっている祷理をよそに、

閻魔は彼女に近付き爽やかな笑顔を向ける。


「ほら、怖くなんてないだろう?」

「あっ、はい……」


 祷理は怖がるのをやめたが今度は近すぎて照れ臭くなり、

ジッと俯いてしまう。


「それにしてもその絹のような長い黒髪、最高にキレイだね。

左に小さく結えた髪も可愛さをアピールしてるし」

「あ、あの、そんなに見ないでください……」


 祷理は耳まで赤くなる。


「おっと悪い。

それでだね、君のような悪事を働いていない霊体が

ここに来るのはおかしいんだ」

「あの、わたしもよく……分かりません」

「ん? そう言えば君、その手に持ってるのは――」


 ESDを見て閻魔はポンと手のひらを叩く。


「ああ、そういうこと!」

「あの……何がでしょうか?」

「ああゴメン。どうやら君は断罪者として認められた魂みたいだ」


 どこかで聞いた単語に、祷理は首を傾げる。


「あ、断罪者って……規則に書いてた?」

「そう、断罪者。

処刑人……エクスキューショナーのことで、罪人を裁く権利のある者さ。

因みに君の持っているESDがその確固たる証だぞ」

「そうなんですね。

ですが……やはりえんまさんの言っている意味が全部は理解できません」

「うーん、規則に書いてることを説明するのも面倒だな。

とにかく君は罪人を裁く権利があるんだ。

無差別に殺人を犯すヤツとかね?」

「無差別に……うぇっ!」


 祷理は殺されたボンタンを思い出して吐き気を催し、

霊体ながらも口元を抑えてしまう。


「すまない、嫌なこと思い出させたかな」

「はあ、はあ……!

包丁の男、わたしの手で……殺したい!」


 祷理の目は殺意で血走っていた。

 そんな祷理に対し閻魔は楽しそうにクスリと笑う。


「ははっ、そうか!

やはり君は断罪者として素質ある子みたいだな」

「えんまさんの言っている意味はまだ理解できません。

でも、あの男だけはわたしが殺さないと!

ボンタンを殺した……あの男を!」

「いいよ、復讐してきなよ。

君には一度だけ蘇る権利があるしね?」

「蘇る……権利?」


 なんの事だか祷裡には検討も付かない。


「独り言だから気にしないで」

「あ、はい」

「蘇ったらESDを天に掲げてこう叫ぶんだ――執行開始とね」

「分かりました!」


 それから閻魔がパソコンをサッと操作すれば、

祷理のESDが輝き始める。


『監督官から断罪者認識番号第666番の活動再開の許可を頂きました。

これより第666番と共に地上へ帰還します』

「な、なにこれ、ESDが勝手に!」


 強い光を放つESDに祷理は驚愕した。


「この仕事は辛い事ばかりさ。

だけど頑張ってね祷理くん。

私は君を文字通り、縁の下で応援しているからね」

「あっ――はい。ありがとうございます、えんまさま!」


 光を放ったのが閻魔の所業であると思った祷裡は、

安心して元気にお礼を返す。


 徐々に祷理の体が白い光に包まれ、

地獄から姿を消してしまった。


 1人地獄に残った閻魔は、

久しぶりに楽しいものでも見れんとばかりに怪しく笑い続けていた。


「――くっくっく!

ついに『あの祷裡くん』が断罪者になってくれたか。

辛抱強く待ったかいがあった!」


 閻魔はパソコンに映された祷理の情報を見て思考する。


「やはり血は争えないものだね。

『君の体』は私のモノだよ祷裡くん……。

あは、あははははっ、あーっははははは!」


 楽しそうな閻魔の高笑いが地獄に響いていた。



 公園で息を引き取った筈の祷理が、完治した状態でパチリと目を見開く。


 彼女に跨ろうとしていた厳つい男がゾッとする。


「お、お前さっき死んで――」

「わたしの体に触らないで!」

「うごっ!?」


 地面に倒れたまま祷理が男の腹を蹴り上げ、男を背中から転倒させる。


 そこですかさず祷理は立ち上がり、ESDを天に掲げた。


「ボンタンの仇――『死刑』執行開始!」


 祷裡は無意識に、死刑という言葉を取り入れて叫ぶ。


 すると体が白く光り輝き、

首から下がピッチリとした白いタイツで覆われる。


 その際、祷理の脇腹に付着していた血痕は、

まるで何も無かったかのように消え失せていた。


 祷裡の身長を超える禍々しい大剣が

両手から生えるように現れ、それを天に掲げる。


「な、なんだよお前……一般人じゃ無かったのかぁぁぁぁ!?」

「黙ってて――たあああああ!」


 祷理が髪をバサリとなびかせながら剣を地面に叩き落とし、

恐れおののく男の右腕を巻き込んで斬り落とす。


「ひ――ひぎゃああああ!」


 男は自分の右腕が地面に落ちているのを確認し、叫び声を上げた。


 その様を眺めていた祷理は瞳孔を真っ赤に染めて我を忘れ、

大変楽しそうに口元をニヤつかせていた。


「そう……この感じだ。『我』が求めていたのは」

「やめろっ、近付くんじゃねえ!」


 辺りは男の右腕から溢れる血で染まるが、

そんな事はお構いなしに祷裡は男の元へヒタヒタと迫った。


「もっと足掻け、家族を殺めた罪だ」

「うわあああああ!」


 恐怖に囚われた男は一心不乱に両腕を振り回し、

男の生暖かい血液が祷裡の顔にべチャリと飛ぶ。


「えっ……なにこれ……血?」


 祷理は自分の頬に生暖かい感触を感じて我を取り戻し、

瞳孔も元の黒色に戻る。


 そして頬に掛かった血液を手で拭いとった。


「いてぇ――いてえよぉ!」

「あっ……わたし、違うの……」


 祷理は他人を傷付けたことに罪悪感を覚え、

ブルブルと体を震わせてしまう。


 そのまま力なく大剣を地面に落し、

自分の体を庇うように両腕で抱き締めた。


「そんな……怪我させるつもりなんて……っ」

「な、なんだよこのガキ……」

「うあああああ! 違うのママっ――!

わたしこんな……傷付けたくなんて!」

「頭おかしいんじゃねえのか……。

なんか知らんが……いま逃げなきゃ殺される!」


 男は冷静さを取り戻したのか、

切られた右腕を簡単に止血しつつ一目散に逃げ出した。


「うわあああああん! 違うもん……わたし悪くないもん!」


 残された祷理はすっかり錯乱し、

まるで赤児の様に泣き喚めいていた。



 祷理から逃げた男は息を切らしながら、必死に走っていた。


「ぜえ、ぜえ……マジなんだよあのガキ、ぜってえ人間じゃねえよ……。

つうか天の力ってのをくれたんじゃ無かったのかよ、弱すぎだろうがよ……」


 逃げた先はひと気のない薄汚れたトンネルの中。

 そこで男は意味不明な愚痴をこぼしていた。


「そうだね。きっとその子はただの人間じゃないねー」

「おい……なんで俺のテリトリーに人間がいやがる?

いや、こいつ1人だから当たり前か」


 独り言で勝手に納得した男の目前には、

緑を基調にした狩人服を着て、

うなじから長いロングテールを垂らした少女がおり、

その隣には気怠そうな顔した緑色の丸い鳥もいた。


 少女の右手にはバチバチと火花を散らす有刺鉄線の様な長い茨鞭。


 男は少女を見て小馬鹿に笑う。


「おいおい、なんだよお前イメクラかあ?

つうかなんだ、そのブサイクな鳥はよ!」


 丸い鳥はバカにされて癪に触ったのか、少しだけぷくっと膨れる。


「そう言われればそうかも知れないね。

でもま、あんたみたいなクソ野郎よりマシさね」


 少女の無表情で空虚な瞳が、男の顔をジーッと睨み付ける。


「あんま舐めんなよクソガキ、殺されてえのか?」

「殺される? ううん、処刑されるのはあんたの方!」

「――っ!?」


 少女は目にも止まらない速さで鞭を振るい、男の顔にぐるりと巻き付けた。


「たあああ!」

「まぎゃっ!?」


 少女が気合を込めた瞬間、

男の体に電流が流れて凄まじい火花を散らす。

 そのままあえなく黒焦げになり、即死した。


 即死した死体が瞬く間に

甘くて美味しそうなとろけるプリンの入った容器に変わり、

少女の持っていた端末――ESDに吸い込まれた。


>?:魔菓子 プリン1個取得

>?:EXP?→?


「ふうん、この男の断罪度(EXP)は128かー。

まあランク2だしこんなもんか。

とにかくこれであたしのランクももうちょいで4だし威力も上がるかなー。

まあそんな事より今は、

ランクの近い仲間を増やさなくちゃねー」


 少女は1人、ESDの画面を見ながら独り言を続け、

まるでゲームでも楽しんでるかの如く口元だけニヤつかせる。


「それにしても天の力……ねー。

昨日殺した罪人もそんなこと言ってたっけー」


 黄泉は男から情報を聞かなかった事を少し後悔する。


「んー……まあいっかー。

そんなことよりSOEに反応してる誰かと会わなくちゃ」


 それでも気にせず、祷裡のいる方角に向かって駆けていた。



 地獄で一人、閻魔はパソコンの画面をつまらなそうに眺めていた。


「うーん、そう簡単に祷理くんは覚醒しないか。

せっかくの獲物を他の子に取られちゃって」


 パソコンには謎の少女に処刑された男のデータが表示された。


>罪人ナンバー 10027

>姓名 諸刃蓮蔵

>特徴 癇癪持ち、子供嫌い、孤独愛好者

>主特技 孤高の追跡者(ロンリーチェイサー)

>殺傷数 26


 その他のウィンドウには、

全力で男の腕を斬り落とした時の

鬼の様な形相をした祷裡を映した画像が表示されていた。


「しかしこの時の祷理くんの表情はいいね。

間違いなく殺しの快楽を味わっている!」


 各種の映像を見て、閻魔は再び笑いをこみ上げさせていた。


 そんな彼の背後に突如として、

灰色を基調としたゴシックスーツを着た

銀髪ボブヘアの少女が現れる。


「相変わらず趣味の悪い事してますのね」


 そんな辛辣な言葉を飛ばしながら。


「はは、なんたって断罪者の生霊がやって来たんだ。それはもう興奮するさ」

「ふうん。悪霊ならここで何度も見たけれど、そんな不思議な事もあるのね」


 少女はつまらなそうに喋る。


「それより(うつろ)くん、何しに来たの?」

「決まっているでしょう? あなたに頼みたいことがあって来たの」

「わざわざ出向いて? ESDで連絡をよこせばいいのに」

「ふん、それだけでしたらわざわざこんなジメっぽいところに来ませんわ」

「そうか、『例のデータ』が欲しいわけかい?」


 閻魔はニヤニヤと微笑みながら、虚にボタン状の記憶媒体を見せ付ける。


「なんだ、ちゃんと用意してるじゃないですの」

「君の頼みを断ると後が怖いからね」

「相変わらず嫌味だけは達者ね」

「そういう身分だしね」

「それにしても最近の断罪者ったら、

とんでもない能力持ちばかりで対処に困りますわ」

「現代教育の弊害ゆえ仕方ないさ。

というか本来、僕から君にこのデータは譲れないんだけど」

「イヤとは言わせませんわ。お父様はあなたの恩人なのでしょう?」


 虚は憎たらしげな表情を見せ付ける。


「それはお互い様だったんだけどな」

「ふん、つべこべ言わずデータを渡しなさい」

「はあ……まあいいか。君はベテラン断罪者だから、この程度なら認めるよ」


 閻魔が渋々ボタン状の記憶媒体を差し出すと、

虚は嬉しそうにそれを受け取り、閻魔に背中を向けた。


「ふふ、ありがとう閻魔さま?」

「うん、もう帰っていいよ」

「連れない返事ね、まあよろしいですけど」


 虚はつまらなそうに顔をしかめながら、ESDを天に掲げる。


「あっ、そうでした」

「なんだい?」


 虚は閻魔に顔だけ向けて会話を続ける。


「その生霊の子、強いのかしら?」

「君より全然弱いよ」

「そんなこと当たり前ですわ。

ワタクシが聞きたいのは、

その子が特別な力を持ってるかどうかよ」

「残念だけど666番は完全な脳筋だ。そんなに頭も良くはない」

「そう、ならいいの。

まあ罪人に呆気なくやられたんですものね。

さっきの話を聞いてますと」

「そうだよ」

「それでしたら気にしませんわ。サヨウナラ閻魔」

「うん、さようなら」


 次こそ本当に虚が地獄から姿を消したのを確認して、

閻魔は面倒くさそうに頭を左右に振る。


「ふう……虚くんは厄介だなあ。

彼女と祷裡くんを会わせたくはないね」


 閻魔は大きな溜息を吐き、再び祷裡の監視を始める。


「まっ、虚くんは神奈川で祷裡くんは東京。近いようで遠いし放っとこう!」


 閻魔は楽観しつつ、祷裡を監視しながらニヤついていた。



「うう……グスン」


 男が逃げてから数分、

公園内でずっと泣いていた祷理は徐々に落ち着きを取り戻す。


 祷理の周りは、

彼女とボンタンの混じった大量の血液とボンタンの亡骸、

それに禍々しい大剣1本だけだ。


 そして何時の間にか、

男の右腕が消えていた事に彼女は気付く。


「そう言えばあの怖い人の右腕……どこいったのかな。

それにわたしの脇腹もすっかり治ってるし……」


 そのとき祷理は思う。

実は今までの事は全て夢であり何もなかったのだと。


 だけどもボンタンの亡骸が

彼女を夢から現へと無慈悲に引き戻す。


「――わたしのバカ。そんなわけないじゃないの……」


 そして再び、祷理の目から涙が溢れ出した。


「うう、ボンタン……!」

「君さー、こんな公園の真ん中で泣いてて恥ずかしくないの?」

「えっ――?」


 すると何時の間にか、

先ほど男を処刑した少女が隣に立っていた事に祷裡は気付く。


 今の少女は狩人姿ではなく、

普通の少女が着るような私服であったが。


 そんな少女を見た祷理は泣きやみ、

大きく目を見開き唖然としていた。


「あなた……誰?」

「あたしはキミと同業者の卯ノ花黄泉(よみ)だよん。

ま、よろしくねー」


 黄泉は祷理に右手を差し伸べて握手を求め、

祷裡は恥ずかしそうに右手を握り返す。


「えと……よろしくお願い……します」

「あー別に畏まらなくていいから。あたし、そういうの苦手だし」

「あっ、はい。いえ……うん」


 祷理なりに必死に言葉を崩すが上手くできない。


「あははは、だからって無理しなくてもオッケーよ。

まー、君のやりたいようにしなよ」

「あ、はい。

遅れましたけど……わたしの名前は……あの、そのっ」

「んっ、どったの?」

「わた……わたしのな、名前は……」


 モジモジする祷理の姿に黄泉はニヤつく。


「あ、もしかして君の名前って言いにくい系ってヤツなの?」

「そ、そうなんです……」

「言ってみなよ。別に君をバカにしたりしないから」

「はいっ……。あの、わたしの名前は、き、鬼頭祷理です……!」


 祷理は涙混じりにフルネームを叫んだ。


「ふうん、なんだ。全然悪い名前じゃないじゃん」

「えっ……?」

「キトウって鬼の頭って書くんでしょ。なんかカッコいいじゃーん」


 祷理はポカンと口を開けていた。


「あの……バカにしないの?」

「バカにしないってば。それよりイノリって名前可愛いねっ」

「そ、そんなっ、わたしかわいくなんて……」

「んや、いのりん自身も最高にカワイイー!」

「あ、あの……いのりんと言う呼び方はちょっと」


 構わず黄泉は祷理の体を眺める。


「なーに言ってるのさ、いのりん。

そんなカワイイ顔しておっぱい大きいとか最早パーフェクトじゃん。

というか、あたしもいのりんみたいになりたいしー」


 祷理は150センチとやや低めな割に発育のよい中一の少女。

 しかし黄泉は祷理より5センチ高く、

それなりにスレンダーな同い年の少女。

 この格差が密かに黄泉を嫉妬させているかもしれない。


「そ、それ以上言わないで……。

大きい胸なんて重いし……邪魔なだけだよ」

「あ、今いのりんがあたしにケンカ売った」

「そ、そんなことない……ですから。うう……っ」


 祷理は必死に誤解を解こうとするが、いい言葉が思い浮かばない。


「あははー、ウソウソ。

ただの冗談だからそんな気にしないでよー」

「そ、そうだったんですね……」

「だよー。ところでいのりん?」

「はい、なんでしょうか?」

「ええと、ちょっと言いにくいんだけどさ。

ワンちゃんのお墓作ってあげない?」

「あ、ボンタン……っ!」


 再び祷理の目から涙が溢れてくる。


「あーダメ、今は泣いちゃダメだって!

ほら、ボンタン(?)だっていのりんが泣いてたら

天国で心配して仕方ないっしょ?」


 宥められた祷理はすぐに泣くのをやめた。


「うん……そうですね」

「そーそー。じゃーあそこに連れてってあげよ?」


 黄泉は公園内にある雑木林を指差す。


「うん……」


 祷理はボンタンの亡骸を優しく抱き上げ、

黄泉と共に雑木林へ入っていく。


 雑木林の中にあった一本の大きめな杉の木の根元。


 祷理と黄泉は協力してボンタンの亡骸を埋め、

その上に一本の枝を立てる。


 二人は目を瞑り、手を合わせた。


「ボンタン……」


 祷理の辛そうな声を聞いて黄泉の瞳が少しだけ細まる。


「やっぱさ、家族がいなくなるって辛いよね」

「うん、胸が張り裂けそうです……」

「だよね。でさ、もうこんな思いしたくないじゃん?」

「したくない……です」

「そこで――」


 黄泉はポケットから白い機器を取り出し、祷裡に見せ付けた。


「じゃーん、これなーんだ?」

「あっ、わたしの拾ったESDと――同じ機器!」

「せいかーい。実はあたしも断罪者なんだよねー」

「え……ええ!?」

「それでさっき処刑しちゃった

片手の切られた厳つい男なんだけどさ。

もしかしていのりん、そいつと戦ってた?」

「あ、うん。大体その通り……です」


 祷理は怒りや悲しみ、

その他色々な感情が折り混ざり身震いしてしまう。


「そっか、ごめんねいのりん。

その男はボンタンの仇だったんでしょ?」

「うん……」

「あー、それなら縛ってでも連れてくるべきだったか。

せっかくSOEで処理執行中の君を見つけたのになー」

「SOEって……なんですか?」

「規則にも書いてるんだけど、

サーチオブエクスキューショナルっていう

ESDに内蔵されてるアプリなのさ。

処理執行状態……まあ死刑執行状態の隠語かな」

「あっ、うん」

「そうそう、それでね。

処理執行状態の断罪者や罪人のナンバーを

マップ表示してくれる機能なわけ」

「そんな機能もあるんだ……」


 祷理はマジマジと自分のESDを眺める。


「そだよー。

その代わり断罪者の識別番号しか出ないから、

その子がどんな子なのかは詳しく分からないんだ」

「なんだか不便、ですね」

「でしょー、まあある事をすれば断罪者同士だけでも

名前や危険通知なんかもできるらしいんだけどね」

「ある事って?」

「それはね、このリンカーってアプリで登録すんの」


 祷理はぎこちない手付きでESDの画面をなぞる。


「リンカー……あ、このハートのマークでしょうか?」

「それをタップしてみ」

「タップ……指で触ればいいの?」

「そうだよ」


 祷理がリンカーのアイコンを人差し指でタップするとアプリが起動し、

『認識番号613から登録を求められています。同意しますか?』

と音声が再生された。


「ここでYesをタップ……だね」

「そそ」


 祷理がYesの文字をタップすると、

ESD画面上に認識番号613――黄泉の詳細データが表示されていく。


「あ、卯ノ花さんのプロフィールが表示されて……」

「うん、あたしもいのりんのプロフが表示されてるよ。

ほほう、スリーサイズは上から8……もがが――!」

「あわわっ、口にしないで!」


 祷理は必死に黄泉の口を抑えた。


「ほはあ! は、ははひてー!」


 予想外な祷理の力に黄泉は苦しむ。


 祷理は「あ、ごめんなさい……」と謝りながら即座に手を離した。


「ふうっ、普通に死ぬかと思ったー」

「本当にごめんなさい……」

「んーん、あたしが悪いから問題なし。じゃー、だいぶ真っ暗だし帰ろー?」


 黄泉は言いながら真っ黒な夜空を見上げて指差す。


「そうだね……早く帰らないとパパが心配しちゃう」

「うん、でもその前に処理執行状態を解いた方がいいよ?」

「うっ……そう言えばわたし、こんな格好だったんだ」


 祷理は全身白タイツである事を今更自覚し、妙に恥ずかしがる。


「えっとね、

ESDを天に掲げて執行完了や状態解除とか言えば元の姿に戻んのさ。

さあ実行だよ、いのりん」

「うん……執行完了」


 ESDを掲げた祷理が控えめに言えば、

彼女が持っていた大剣がどこかに消え、元の私服姿に戻る。


「ほっ……戻れた」


 それで祷理は安心しきっていた。


「ああ、でもちょっと脇腹辺りはマズイかも」

「えっ?」


 だが電燈に照らされている

祷理の脇腹付近の布地は大量の血でベタつき、

出刃包丁で破かれてズタボロだった。


 それを見て再び涙目になる。


「あう……こんなのお家に帰れない……」

「分かった。じゃあ路線変更しよ」

「路線……変更?」

「とにかくあたしんち来なよ。代わりの服を用意したげるからさ」

「でも悪いよ……」


 遠慮する祷理の腕を黄泉は力強く引っ張る。


「いいから来てってばー。

そんな格好じゃ君の親御さんに余計な心配させるだけっしょ?」

「そうだけど……でも卯ノ花さんにも悪いです」


 祷理がどれだけ遠慮しても黄泉は手を離さない。


「あのねえ、友達が困ってるんだから、ほっとけるわけないでしょー」

「とも……だち?」


 友達という単語を聞いて祷理は呆然としていた。


「うん、友達。

恥ずいからあんま言いたくないけどね。

まーあたしってばマトモな友達なんて1人もいないしー」

「あっ……」

「だからー、いのりんがあたしにとって初めてのマトモな友達ってわけ」

「あの、わたしも……っ!」


 祷裡は顔を真っ赤に染めていたが、

黄泉も恥ずかしいのかお互いに顔を見せ合う事はなかった。


「ま、そんなわけだからさ。

いのりんさえよければ名前で呼んでね?」

「あ、うん……ごめんね……黄泉さんっ」

「うん、いい感じー」

「えへへっ」

「さあ少し走るよ。今のいのりんの姿、誰にも見せたくないしー!」

「うんっ……本当にありがとうございます!」


 黄泉は祷理の腕を離すと手を握り直し、黄泉の自宅向かって駆け出した。


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