(3)訓練とお願い
この村……と言うか世界に来てから一週間が経った。
いつの間にか朝起きると、ウィルドとレイダーの2人と朝練するのが日課になってしまい、何が楽しいのか毎日のようにボコボコされている。
……そろそろ自殺か、インターネットでいじめを晒して世論を動かすべきかもしれない。……ネットなんてないけど。
そして昼間になるとエドさんにこの世界の知識や、文字を教わっている。
まず文明レベルに関しては魔具と言って、電力ではなく魔力を蓄えた魔石を動力源に動く存在のおかげで、明かりや風呂が普通にあるので、特に不自由する事もない。
むしろ地下には劣化を遅くする食糧庫が設置されており、葉物野菜が3ヶ月は新鮮な状態保つと聞いた。地球に持ち帰ったら流通革命を起こせそうだ。
それと初日に感じた喋った時に感じる妙な違和感についても、エドさんに聞いたらすぐに分かった。
なんでも昔から時折異世界からこの世界に人が流れ着いては、言葉が分からない為に不幸な事件が何度もあったらしく、それを哀れに思った神々達は異世界から人がこの世界にやって来た時は、自然と言葉を翻訳するようにしたと伝えられてるそうだ。
神なんて胡散臭い存在だと思うけど、魔術や闘身術なんて力がある世界なのだ。神様と呼ばれる超越者がいてもおかしくないだろう。現に普通に喋れているのだし。感謝の祈りを捧げても良いくらいだ。
と言ってもこの世界に居る神様達は、大昔に世界を滅ぼそうとした魔王様と戦い、それ以来は直接的には世界に関わらず、たまに気まぐれで【加護】と呼ばれる力を与えるだけだそうだ。
しかもどれだけ自分を信仰していようが【加護】を与えないし、信仰していまいが気に入れば【加護】を与えるらしいので、神殿や宗教は神によってあったりなかったりするらしい。農民は農耕や天気を司る神には祈るし、裁判では審判の神に正しい判断を誓い、戦う者は軍神や武神を信仰する。
十字教のような厳格な教義はなく、例えるならば日本人の宗教観が一番近いかも知れない。自分に関係のある神にだけ祈り捧げ、叶うかどうかさて置き何かを願うのだろう。
ただし、僕が居るこの大陸には東西南北に別れる形で4つの国があり、南にある国は創世の女神を信仰する人教と呼ばれる宗教を国教としているらしい。しかも教義はかなり物騒で、人間種以外の種族は全て創世の女神の寵愛を受けた人間に仕える為の存在と教えてるらしく、実際にかなりの人間種以外の人々が奴隷として酷使されてるようだ。
ま、僕には直接的な関係はないし、関わるつもりもないけれど……人教の事を話していた時のエドさんの様子を思い出すと、何かしら関わりがありそうである。
あとアルディスさんが気が向いた時には魔術に関する知識を教えられている。魔術自体は一週間密かに頑張ったけど、すべて無効になるので使うのは諦めた。
と客など来ないのに、ウィルドが趣味で宿屋にしたと言う僕が寝泊まりしている家の一階、つまりは食堂を掃除しながら一週間の事を振り返っていた。
一週間で家事スキルが結構上がった気がします。
と……なにやら人の近づく気配を感じて、窓の方に目をやると赤い髪が見えた。
本人は隠れてるつもりなのだろうけど、目立つ真紅の髪がチラチラと窓から見えている。
……またあの子か。
はぁ……とつい無意識にため息を吐いてしまう。
異世界じゃなければ、ストーカーに付きまとわれていると警察に通報しているぞ。
ま……所詮、誰でも思いつくような当たり障りのない対処方を教えられるか、仮に動いても中学生にもならない僕と相手の年齢に、その整った顔立ちから単なるイタズラか、痴話喧嘩扱いか……あるいは精神的な余裕がない警官に「死ぬや!リア充!」と言われるかも知れない。
いや、最後のはさすがに無いな。
しかし、あの子の目的は何なのだろうか?朝の訓練やエドさんに色々な事を教えてもらってる間、ここ一週間ずっと僕の周囲をコソコソとうろついているが……何が目的なんだろうか?
この村は村人自体かなり少ないので、僕を覗けばストーカーの少女とその妹しか子供は居ないから初めての同世代……しかも異性の存在に興味あるとか?
思春期なのだろうか……いや、僕を含め普通にそろそろ思春期だけど、こういう場合、僕の方から話かけた方が良いのか?
正直めんどくさい、いや、それ以上にあの子に関わるとリアンさんが怖いのだが……何かをされている訳じゃないが、周囲をうろつかれるのも煩わしいし……仕方ない。話掛けるか…。
「ねぇ…。何か用なの?」
「ふぇ…にゃ…にゃー!にゃー!」
話し掛けると、慌てたような物音と、猫の鳴き真似が聞こえた。
頭が残念な子なのだろうか?この村で猫なんて見たこと無いのだけど……いや、それを言ったら猫がこの世界にいるのか?って疑問があるんだけどさ…。
「なん~だ!猫か」
「にゃー!にゃにゃー!」
とりあえず、乗ってみると肯定するような鳴き声を返して来た。
……ちょっと面白い子のようだ。
「そっか!やっぱり猫だったんだ!……なんてね」
誤魔化されたふりをしながら、僕は窓を開けて飛び越えると、少女の隣に着地した。
「ひゃ…!?あ…その…うぅ!」
少女は驚いた声をあげて、僕に気づくと恥ずかしそうに顔を赤らめ、目を逸らした。そして、顔を俯かせて清楚な白のワンピースを握り、もじもじとしている。……えっ?なに?この反応。こんな反応されるような事はしてな……うん。したな。初対面でいきなり頬や髪を触るってセクハラを。
「あ~……最近僕の周囲をうろついてるみたいだけど、何か用なの?」
謝るのが先かと思ってけど、それより先にこの子がどんな目的で僕の周りをうろついているのか聞いた。
「うぅ……そ、その…」
言いよどむ少女に相槌を打つ。
「その?」
「…ッ!ば、バイバイ!」
いや、バイバイって言われてもな。少女はそう言うと、駆け出して行ってしまった。
なんなんだ。子供の……それも女の子の考えは良く分からない。
そう考えた時、僕の脳裏に、風で巻き上がる粉塵と酷く乾燥した空気、灼熱の日差しがよぎった。
………ああ。本当によく分からない……。
僕もまだ子供なんだけどさ。
01
翌日。僕は何のためにしているのか分からない訓練をするために、森にある更地に向かった。習慣とは恐ろしいものです。
更地にたどり着くとレイダーさんとウィルドが笑みを浮かべて待っていた。
全く……こんないたいけな少年を虐めるのがそんなに楽しいのか?と思いながらお辞儀しながら挨拶する。
「おはようございます」
「おぅ。おはよう」
「おはよう」
挨拶をするとレイダーさんが一歩前に出て、僕に刃引きされた長剣を投げて寄越した。投げられた長剣の柄を掴みながら、僕は若干暗い声で聞いた。
「……最初はレイダーさんですか」
「おぅ!ジャンケンで勝ったからな」
何やら嬉しそうに言うが勘弁して欲しい。レイダーさんの相手をした場合、ほぼ確実に怪我をするのだ。僕の相手をする順番はジャンケンで決めているらしいが、6戦5勝じゃないか。ウィルドはどれだけジャンケンが弱いんだよ。
「さてと……行くぜ?」
内心で愚痴っていると、レイダーさんが突っ込んで来た。
「っ!」
頭を切り替えて闘気を纏い、すぐに迎撃出来るように凶悪な威圧感で強張る身体を叱咤して、力を抜く。
「はっ!」そんな僕を嘲笑うように、刃引きされているとは言え、身体を真っ二つにするような威力が込められた斬撃が振り下ろされる……その瞬間。
身体のあらゆる筋肉を瞬発力に変えて踏み込み、完全に力が乗る前に振り下ろされる剣の根元を狙って下から剣を打ち上げる。
なんとか剣を受け止めて、身体が潰れるような重圧を体中の力を使って、どうにか鍔迫り合いに持ち込むが、レイダーさんは笑い、丸太のような脚で僕を蹴り飛ばした。
「甘ぇよ!」
「がっ……!」
身体がバラバラになったような強烈な衝撃を自分から後ろに飛び、受け身を取りながら地面を転がる事でどうにか衝撃を緩和する。
「っ……」痛みに顔を歪ませながら改めて痛感する。体格、筋力、瞬発力、経験、闘身術の錬度、全てが格上だ。その上レイダーさんはまだ一割の力も出しているようには思えない。訓練とは言っても、現状で勝つことは奇跡を起こすより難しいだろう。
レイダーさんもウィルドも僕が本気を出して、やっと対抗出来るような絶妙な力加減をしているのだ。適当に手を抜いてさっさと終わらせたい所だけど、そんな事をすれば死にかねない。それにだ……一週間ほぼ一方的にボコボコにやられたのに、このまま何も出来ずにさすがに負けるのは悔しい。
なら、実で勝てないならば虚で攻めて一矢報いればいい。
「はぁーすーはぁー」
様々な武術の混ぜ合わせて創られた呼気法で痛みを和らげ、身体に闘気を巡らせる。
剣を肩に担いでこちらを静かに見つめるレイダーさんを見て荒ぶる凶悪な戦意と、心を鎮め明鏡止水のような心を同時に抱く。
「はっ!まだ10歳のガキの癖に相変わらず大した殺気だ。来いよ」
レイダーさんの挑発に乗ったかのように地面を蹴り、父親から教わった縮地術の一つ【縮雷】で距離を一気に縮め、殺意を込めて剣を振り下ろす。
「だから……ッ!?」
そして、振り下ろす剣を弾こうとするレイダーさんの真横に、左足の踵で瞬時に身体をズラし、右足で地面を踏みしめて本当の斬撃を放つ。
ウィルドが使ったのを見て覚えた【ムラクモ流・陽炎】だが……剣がレイダーさんに触れる直前、背筋にゾクリと悪寒が走ると同時に真横から剣の腹を叩きつけられた。
「……ッ!」
一瞬走馬灯が過るような一撃を流す事も出来ずに攻撃をまともにくらい、前以上の勢いで吹き飛ばされる。
「ッ!オイ!ヤマト大丈夫か!?」
焦ったようなレイダーさんの声を聞きながら、何とか体勢を立て直そうとするが身体が動いてくれない。せめて受け身だけでも取ろうとした時
「っと、おいおい?今ちょっと本気だったろう?アブねぇな……」
呆れたようなウィルドの声と共に受け止められたようだ。……助けられたのに感謝するべきなんだけど、おっさんに抱き止められるのは不快でしかないな。ま、抱き止められて嬉しいと思う人はほとんど居ないと思うけど。
「ウィルド、ありがとう」
礼を言いながらウィルドから離れる。
「おぅ!怪我はないな?それにしても相変わらずだが、一度見ただけなのによく【陽炎】を使えたな」
「……まぁ、一度見れば剣術や体術とかの武術なら猿真似が出来るだけですよ。大して役に立つわけでもない特技です」
そう……誰かの役に立つわけでも、誰かを喜ばせる事も出来ない。そんな何の役にも立たない能力だ。
「ふーん?俺にしたら羨ましいと思うがな……まあいいか」
ウィルドがそう言って頭を掻くと、レイダーさんが駆け寄ってきた。
「どうやら怪我はなさそうだな……。わりぃ!わりぃ!つい無意識に身体動いちまった」
「べつにいいですよ。いつもの事ですからね。それにウィルドが受け止めてくれたので怪我もしてないですから」
「そうそう!俺がちゃんとフォローしたからな。そんな事より次は俺の番だぜ?」
ウィルドが距離を取って剣を構えたので、面倒くさいと思いながら僕も剣を構えた。
どんな考えなのか分からないが、ウィルドの場合は組み手形式で僕に技を教えるのが目的みたいで、技さえ出来るようにそれで終わる。さっさと終わらせようと、僕は気合いを入れて剣を握った。
そうして九字切りと言う、同時に九カ所の急所全てに斬撃を叩きつける、赤い着物の流浪人が使っていたような技を覚えた。これで終わった……と解放感に浸っていると、土や枯れ枝を踏む音が聞こえたのでそちらに目を向けるとあまり会いたくない人が居た。
「おはようございます。お邪魔しますよ」
そう言って爽やかな笑顔と共に現れたのはリアンさんだった。僕はさり気なくレイダーさんとウィルドの2人を盾にするように移動した。
嫌いと言う訳じゃないけど……親バカのリアンさんには目の仇にされてるのだ。なにされるか分からないじゃないか。
「おや……?おかしいですね。なぜ僕が警戒されてるのでしょう?」
2人の背中に隠れる僕を見て、リアンさんは不思議そうに首を傾げた。……むしろ警戒されない方がおかしいと思います。
「お前……それ本気で言ってるのか?」
「まぁ……なんつうか見た目に反して、俺らの中で一番図太いのってリアンだよな……」
考える事は一緒のようで、2人は呆れたようにそう言うと、ウィルドが続けて言った。
「それで?こんな朝からなんか用なのか?」
「ええ……ヤマトくんに頼みたい事があるんですよ」
僕に頼みたいこと?……娘に近づく虫は死ね!とかだろうか?それは勘弁して欲しい。死にたくとも、簡単に死ぬわけには行かないのだ。……命を対価に救われた身としては
……でもそれにしてはどこか言いたくなさそうに見える。僕に頼みたくないけど、頼まないといけないこと……なんだ?
「……アリソンと友達になって貰えませんか?」
「…………えっ!?」
嫌そうに頬を引きつらせたリアンさんから出てきた予想外の言葉に、僕は思わず間抜けな声を出すのだった。