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暁の守護者  作者: 神衣政樹
少年と村人達
2/6

(1)異世界での目覚め

目を開くと……こちらの顔を心配そうに覗き込む美少女と目が合った。


「………」

「………ッ!?」


目が合った少女は驚いたのかビクッと少し震えると、石像のように固まった。……なんだろう、実は石化の魔眼が僕に備わっていたのか?などとバカな事を思いながら固まった少女を見る。


歳は僕と同じ10歳くらいだろうか。腰まで届くだろう燃えるように紅い髪をポニーテールに纏め、少し気の強さが垣間見える釣り目がちな紅玉ルビーの瞳は、引き込まれるような深い色彩を帯びている。全体的に非常に整った顔立ちをした少女は、服装も白い清楚なワンピースとあり今の所は年齢的に可愛らしいと言う印象が強いものの、あと五、六年も経てば、下手な男では声を掛けるのを躊躇うほどの美女になりそうだ。


……と目の前の少女を観察してしまったけど、僕は死んだはずだ……ここは地獄なのだろうか?


でも、明らかに頭や身体には、柔らかくも確かな弾力で支えてくれる枕とベッドの感触があるし、目の前の少女も罪人を罰する獄卒などより、天使と言われた方が納得出来る。


……いや、決めつけるのは早いか。


僕は身体をベッドから少し起こして、目の前で固まる少女に手を伸ばした。そして……左手でほっぺをムニムニとつまみ、頭に角が無いか探る為に右手で頭を撫でた。


うん!ほっぺは不思議とずっと触っていたくなる程に柔らかく、頭もずっと撫でたくなるようなサラサラな触り心地だ。ふむ……古典に則れば感触を感じるのだから夢というわけでもないのだろう。


少しの間、女の子は僕にされるがままになっていたけれど、段々と頬から耳まで赤くなり「ひゃああぁ!!?」と奇声を上げて僕から離れた。


……反応が遅いなぁ。思わずムニ撫でし続けてしまったぞ。


「うっうぅ……っ!」


女の子は顔を真っ赤に染めながら、涙目で何か言いたそうに僕を見つめたのだけど……何も言わずに部屋から出て行ってしまった。


しまった……ついつい触り心地が良かったのでやりすぎてしまった。色々と聞かないといけない事があったのに……。




それから少しの間、部屋の生活感の無さや、必要最低限の家具しか置いてない事、埃などが微妙にあることから空き部屋か、宿屋のなどの一室なのだろうと予想した。窓から外を見て、今自分が居る部屋は二階である事を確認した。


さて……心当たりのない瀕死の重傷で死んだはずなのに、何事もなかったように健康な……それも下手すると普段以上に調子の良い体調に首を捻りながら、ぼーっとしていた。


拉致されたのか、倒れていたのを助けられたのかは分からないけど、あの紅い髪の女の子が親なり何なりに僕が目覚めたと報告するだろう。ちょっと前に下の方から騒がしい声が聞こえたし、とりあえずは大人しく待つとしよう。


それから少し経つとこの部屋に近付く人の気配を感じた。


「邪魔するぜ」「失礼します」声と共に部屋の中にそれぞれ特徴的な三人の男が入って来た。一気に部屋が男臭くなったような気がする。


先ず真ん中に立つ男は癖っ毛なのか、逆立つ赤銅の短髪に、強面なのに不思議と人懐っこい感じがする顔立ちに、身体は上にも横にも大きい偉丈夫で、ハンマーで殴ってもビクともしないような鍛え抜かれた分厚く、練磨された筋肉が全身を覆っている。


次に左にいる男はくすんだ茶髪を丁髷ちょんまげのように結い、日系と北欧系が混じっような整った顔立ちに無精ひげを生やしている。着物を着て、それなりに様になっているのだが、どこか締まりのない顔付きや無精ひげの所為か、日本の映画村で外国人がコスプレしているような妙な違和感がある。身体付きは瞬発力がありそうな引き締まった身体だ。


……うん。この二人は多分……いや、確実に僕の数十倍は強いだろう。


最後の一人は明るい栗色の毛髪、全体的に整った顔立ちで、怜悧な印象を受ける茶色の瞳に眼鏡が特徴的な男だ。


この人だけが物騒な匂いがしないな……。それと何となくだけど、苦労人ぽい感じがする人だ。


僕が三人を観察していたように、三人も僕を観察していたようで、強そうなおっさんはどこか面白がるように、眼鏡の男は値踏みするように僕を見ていた。


目が合った眼鏡の男は中指で眼鏡の位置を調整すると口を開いた。


「……さて、私の名はエド・エドワード、横の二人は厳つい方がレイダーさんで、着物を着ている軽薄な方がウィルドさんです」


「おいおい、ひでぇ言われようだな?」「本当……エドは口が悪いよなぁ。……はいはい」紹介の仕方に文句を付ける二人を、エドは話の腰を折るな言わんばかりに、鋭い視線で睨んで黙らせると話を続けた。


「村はずれの森で倒れているあなたを発見して、ここに連れてきたのですが……差し支えなければ、なぜ森の中で倒れていたのか伺っても良いですか?」


……差し支えなければと言うけど、ここで回答を拒否する選択をした所で何の意味もないと思うけど。というか……日本語?


「……それはありがとうございます。僕もよく分からないんですが、気づいたら瀕死の状態で倒れてました。最後に残ってる記憶では日本にいたはずなのですが……ここはどこですか?アジアでは無いのは分かるんですが……」


……そこまで言って僕は変な気持ち悪さを感じた。僕は相手に合わせて日本語で喋った。ここまでは問題ない。……なのになんだろうか?この違和感は、まるで互いの異なる言語を通じるように、機械が変換してるような違和感がある。


僕が眉根を寄せて、違和感について考えを巡らせようとすると、エドはどこか拍子抜けしたような顔をして、レイダーとウィルドは目を合わせて、互いに肩を竦めている。


「……そろそろ発見されてもおかしくないので、奴らの手の者かと思いましたが……違うようですね」


「だから俺達は大丈夫だと言ったろうが……なぁ?ウィルド」


「そうそう、普通の子供とは全く思えないけど、奴らとは纏ってる空気が違うわな」


……こう僕を置き去りにして話をされると、仲間外れにされてる感がいい感じにするよね?そもそも仲間じゃないけど。僕の視線に気づいたのかエドが、軽く頭を下げる。


「……失礼しました。質問させて欲しいのですが……あなたが居た世界は魔術や闘身術が存在しない世界で、例えば科学と呼ばれるものが発展した世界などでは?」


エドの質問に僕は黙り込んだ。まるで……そう。まるでエドの言い方は僕の知る世界とこの世界が違うように聞こえる。


僕の戸惑いと沈黙を肯定と受け止めたのか、エドは納得するように頷いた。


「なるほど……確率的に偶然と言うには出来過ぎていますが、君が異邦人ならば森で倒れていたのにも納得出来ます」


そこで言葉を区切り、エドは僕の目を見て静かに告げた。


「率直に言いましょう。君に取ってここは異世界です」


「……そうですか」


僕がただ頷くと、エドは何度か目を瞬いた。


「……それだけですか?もっとこう……有り得ない!嘘だ!何を言ってるんだ!元の世界に帰せ!証拠は見せろ~!などと言わないのですか?」


「……子供一人捕まえて、ここは異世界なんて普通は信じられないような嘘を吐く理由がないじゃないですか。なら、疑う必要が有りません。ここが異世界だと受け止めて、受け入れるだけです」


淡々と僕は言った。先程、赤毛の少女で確認しているものの、可能性としては、瀕死だったのも、今も夢の中と言う可能性もあるが……胡蝶の夢と言うやつだ。僕が現実と認識し、受け入れたのだから、夢だろうと何だろう大した事ではない。


エドが目を見張るのと同時に「「くっはっはっ! 」」と堪えきれないとでも言うように、巨漢のレイダーとコスプレ男のウィルドが笑い出した。


何が面白いと思ったのかさっぱりだけど、楽しそうで何よりだ。


僕が視線を向けると、ちょうど二人と目が合うと、ニヤリと笑い、レイダーの方がどこか楽しそうに、どこか試すような口調で聞いて来た。


「面白い奴だな、お前。一つ聞きてぇんだが……お前は人を殺した事があるな?尚且つ、かなりの場数を潜ってる」


……いきなりなんて質問だ。どう答える?


「……ええ。初めては五歳の時で殺されそうになったので、殺しました。それ以来は父親の手伝いで、数え切れない程に人を殺しましたし、少し前には命乞いする連中を虐殺しました」


多少は迷ったものの、僕はありのままに答えた。責められようが、どういう目を向けられようが、危険人物として殺されるなり、幽閉されるなりされても構わない。どうやらレイダーと言う男は直感的に確信してるようだし、何より……事実として僕は虐殺をしたのだから、そう、虐殺だ。


目を閉じれば今でも鮮明に思い出せる。

恐怖に染まった目も、命乞いをする声に、血と火薬が混じった臭いを、何よりも


『……人殺し!!!』


……憎悪を込められた目を、怒りに満ちた声を、僕が忘れられる訳がない。


三人は一体どんな顔をしているだろうかと目を向けた。そして、目に映ったのは……全く予想もしなかった表情を浮かべている三人だった。


エドは痛ましいものを見る目を僕に向けて、レイダーとウィルドの二人は何かを見定めるような静かな目で僕を見つめていた。


三人の予想外の反応に僕はどう反応していいか分からず黙り込んだ。


僕が黙り込んでいると、エドが中指で眼鏡の位置を調整してから口を開いた。


「その……お聞きしたいのですが、あなたの父上はどのような仕事を為さっていたのですか?」


「傭兵です。物心ついた時には危険地帯を父親に背負われながら、渡り歩いていました。それと……一応補足すると、父が僕を連れ回していたのには母が早くに亡くなっている事や、仕事柄様々な所から恨みを買っているので、側に置いて守るという理由もあったみたいです」


……それと父親は傭兵と言っても、色々な国から戦闘以外の依頼も時折受けていたので、特殊代行人エージェントと言うのが、父親の職業に相応しい名前かも知れない。


話を終えるとエドは「そうですか……」と言って、意見を求めるようにレイダーに視線を向けた。


エドから視線を向けられたレイダーは不敵に笑うと、僕の目を見ながら言った。


「ふん。ま、大まかなお前の事情は分かった。で、異世界である以上行く宛てもねぇだろう。どうせならしばらくこの村で暮らさねぇか?」


突然の言葉に僕は顔をしかめた。ムサいおっさん達と暮らしたくないと言うわけではない。僕を……僕みたいな大量殺人鬼を側に置こうと言う考えが理解出来なかったからだ。


世の中には僕みたいに無愛想の子供にも関わろうとする変わり者がいるのは知っている。元の世界にも変わった人は居た。


それでも目覚めて最初に会った赤毛の女の子みたいな子供がいる以上、人殺しが側に居るのは不安で不快のはずだろう。


だから僕はその事を言った。


「僕が殺人衝動を抱いて、さっきまでいた女の子に何かしたらどうするんですか?」


そう言うとレイダーとウィルドは「ハッ!」「ふっ!」と、どこか小馬鹿にしたように鼻で笑った。


「別にお前は享楽殺人鬼シリアルキラーじゃねぇだろう?仮に何かしようとしても、今のお前くらいなら簡単に叩き潰せるし、何より本当に何かするつもりの奴なら、そんな事は言わねえだろよ。と言うかお前……何で急にアリソンを触ったりしたんだ?」


異世界である以上、地獄とか言っても通じない可能性があるよな……と僅かに考えてから僕は答えた。


「起きたら見知らぬ場所、見知らぬ女の子が居たので夢かどうか確かめたんです」


そう言うとレイダーが呆れたような、感心したような表情を浮かべて言った。


「……それにしてもいきなり触るとか……すげぇな、お前。おかげでどれだけあの親バカを止めるのが大変だったか……」


「ああ……本当にリアンの奴を止めるのは大変だったな……。止められなかったら、今頃殺されてるぞ?お前」


レイダーの呟きに続くように、ウィルドは僕を見てそう言った。


何やら物騒な話である。殺されるなら殺されるで構わなかったけれど、一応礼を言って僕はウィルドに聞いた。


「……それはありがとうございます。あの……ウィルドさ…ん?は、僕がここで暮らす事に反対しないんですか?」


そう言うとウィルドはきょとんとして、何言ってるんだ?こいつ?みたいな顔をして言った。


「むしろ賛成だぜ?俺は。俺の恩師もお前と同じ異世界から来た異邦人だから、何かの縁だろうしな。そもそも俺はお前が殺した奴らより、数倍は殺ってるからな。お前にとやかく言うような権利はねぇよ。それと俺にはさん付けしなくていいぞ」


何でもないように僕以上に人を殺してると言うウィルドに僕はなんと言うべきか分からかった。


「………」


次にエドはどうなのかと視線を向けると、僕の意図を察したのか。考えを整理するように再び中指で眼鏡の位置を調整した。癖なのかもしれない。


「私はお二人がそう言うのならば反対しませんよ。君もこの世界の常識や知識を知るためにも、ここで過ごした方が良いのでは?」


エドに言われた事を考える。確かに……現状この世界の常識や知識を何も知らないし、伝手も何もない以上、多少の労働は求められるだろうけど、衣食住付きはかなり魅力的だ。


この人達がどんな思惑で言っているのかは分からない。善意か、悪意か、何かしら違う思惑なのか……。

それでも断った所で何かしら目的や、宛てがある訳ではないのだ。とりあえず受けて問題ないだろう。


「……ヤマト……ヤマト・サイカと言います。どうかよろしくお願いします」


僕は頭を下げながら名前を名乗った。


「おぅ!」「よろしくな~」「ええ……よろしくお願いします」


レイダーは不敵に笑いながら、ウィルドは軽薄に笑い、エドは眼鏡を触りながら、それぞれ言ったのだった。

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