【GL】美術室の秘め事。
【 まえがき 】
■ポケクリからの再掲[移転]です
■キスシーンあり
2012/10/7
二人しかいない美術室。茜に染まる室内は、冬だというのに少し暖かい。それは、私――柏倉亜実の体温が高いからだろうけれど。
向かいでスケッチブックに向かうのは、同じ美術部の椎葉由先輩で。細い指で鉛筆を持ち、白いそれに走らせている。シャッ、シャッと芯が削られる音が、小気味よく美術室に響く。
ふと、先輩がゆっくりと顔を上げる。途端、セミロングの漆黒の髪が先輩の頬を掠め、長い睫毛に縁取られた闇を埋め込んだような双眸が私を捕らえる。
「先輩……」
「動かないで」
今は下書き中だが、私は先輩の人物画のモデルになった。しかし、それは県内のコンテスト出展の大事な人物画である。私でいいのだろうか、と思った。
不安に駆られて先輩に声を掛ければ、叱咤されてしまう。
「亜実、もう少し、ね」
形のよい赤い唇から私の名前が零れる。ぷっくりと膨れたそれは、女の私から見ても羨ましいと思う。そもそも先輩は才色兼備で、太刀打ち出来ないけれど。
小さく息を吐けば、鉛筆がスケッチブックの上を踊る。しかしそれは数分で終わった。
「……今日はここまでかな。亜実の集中も、私の集中も切れてるしね」
そう言って先輩は鉛筆を専用の筆箱へと入れた。それはアルミ製で、二段式となっている。それと閉じたスケッチブックを床に置いたカバンへと落として、ファスナーを閉じる。そうして躯を捩り、イスに掛けたコートを手に立ち上がった。厚手で紺色の学校指定のそれを羽織り、私を見遣る。
「帰ろうか、亜実」
「あ……、はい」
私は座らされたイスから立ち上がって、先輩へと歩み寄った。
隅に寄せてある机上に置いたコートとマフラーを手にすれば、後ろから軽く抱きしめられる。正確にいえば、ふくよかな胸が背中に当たったので抱きしめられたのだと思った。
「先輩?」
「髪に埃着いてる」
刹那髪に触れられ、だがその手はすぐに離れていく。
「取れたよ」
「ありがとうございました」
軽くお礼を言えば、先輩は『どういたしまして』と言い放つ。
温もりが離れていく時に、甘い匂いが微かに香る。香水か、それともシャンプー……いや、リンスか、多分、その類いのなにかだろうそれは、躯の力を抜けさせた。緊張の糸が切れ、躯がよろめく。
「亜実っ」
荒い声と共に先輩が私を受け止める。こんなことならダイエットすればよかったなんて、今にして考えてしまう。
「力、抜けちゃいました」
軽く笑えば、先輩は頭を軽く小突いた。
「もう、笑い事じゃないでしょ」
「そうですね……。すいません……」
「寒いから、早くコート着なさいよ?」
やんわりと手から外されたコートがふわり、と躯を纏う。
「マフラーも。亜実は寒がりだから」
柔らかく笑う先輩に、胸がきゅうっと締め付けられてしまう。
どうしよう――。
これ以上、見ていられなくなり顔を伏せて視界から外す。
「亜実、私のこと嫌い?」
嫌いなんてそんなこと。
「あ、あるわけないじゃないですかっ」
思わず顔を上げれば、先輩の視線とぶつかる。頬に手を添えられ、額が当てられた。
「せっ、先――」
近い顔に焦れば、唇が重なった。すぐに離れたけど。
「しぇ、しぇしぇしぇしぇんぱいっ!?」
驚きで呂律が回ってない。焦る私とは正反対に冷めた口調で先輩は言い放つ。
「ごめんね、亜実。――私、この街からいなくなるの」
それは冷たく、頭を掻き回した。
「っえ?」
「引っ越し、するの」
驚きで目を見張る私の頭を撫でながら、先輩は「明後日ね」と付け足す。
「いや、いやですっ! そんなのっ……いや……で、す……。転校なんてっ」
頭を振りながら目尻に浮かぶ涙。先輩の指がそれを掬う。
「引っ越しはするけど、学校は変わらないわ」
「へ……?」
だって今の雰囲気は、確実に転校を示唆していた。のに、違うらしい。
「早とちり」
先輩はふふっと笑って頬に唇を落とす。
「そう思わせたのは、私だけど――ね」
「先輩っ」
からかっているのか。楽しそうに笑う先輩は確信犯っぽい。
「亜実と離れたくないから」
「わ、私も先輩と離れたくない、ですっ」
そう言えば、先輩は綺麗に笑った。
先輩のこの顔に、随分前から魅せられている。
end.
2010/7/1