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短編

山神様に恋をした

作者: 仄夜唄

初の短編に挑戦です。まだ、なにか書き足りない気がしますが…。暖かい目で読んでいってやってくださいませ。

まだ緑が豊だった小さな島国で、一際大きな山があった。

その山には、山神様が住まうといつの頃からか人々に崇められ、立派な社が立てられた。

沢山の村人や遥か遠くに住まう人もその恩恵を肖りたいと、足を伸ばしてやって来るほどだった。しかし、いつしか時代は移り変わり、山神様が住まう社は人々に忘れ去られていった。

現在は、腕利きの職人達が作った社は荒れ、柱は腐り、烏達が巣を作る不気味な神社として今も存在している。

麓に住まう子供達の中では、肝試しの舞台にされている山の遥か奥に佇むその社に、ある日のこと、怖いもの知らずの男の子が一人、やってきた。


今宵は、その怖いもの知らずの男の子と人間嫌いの小さな山神様が出会った、恋のお話をお届けしよう。



******



天気の良い青空が広がる午後に、今ではめったに見かけなくなった屋根瓦の平屋から、女性の怒声が広い庭先に響いて来た。


「こらぁ、真琴!また摘み食いをして!あれほどお客様に出す茶菓子に、手をつけるなって言ったろう!あ、こら。待ちなっ!」


食い散らかされた和菓子の箱を眺めていた中年の女性が、玄関先に向かっている小さな男の子へ怒鳴った。


「やっべぇ。」


カンカンに怒った母の形相に、さほど急いだ様子も見せない男の子は、手短にあった襖の扉を声を掛けずに勢い良く開けた。


「な、なんだ!?」


「…おっ?」


タンと勢い良く開いた先には、スーツと和服姿の男性が一人ずつ机を隔てて向かい合わせに座っており、眼鏡を掛けた着物の男性は、いきなり開いた襖に驚いて飛び上がった。反対にスーツ姿の男性は、目を通していた書類から目を上げて、戸口に佇む男の子を見やった。


「真琴っ!」


「あ、いらっしゃい。」


着物姿の男性が、 困ったように声を掛けたが、男の子はさらりと何事もなかったかのようにピシャンと襖を閉めた。


「真琴君は今日も元気ですな。」


「いや〜、お恥ずかしい限りで。」


「男の子はあれくらい肝が座って居りませんと。」


「そうですかね〜、一体誰に似たんだか。…ちょっと失礼。」


同じ年代ぐらいの二人の男性は、男の子が去った後もそんな話を交わし、着物の男性はまんざらでもないように、後頭部に手をやって笑っている。スーツ姿の男性は、柔らかな笑みで向かいの男性を見やっていた。


「あ、茶菓子は結構ですよ。お気になさらずと奥様にお伝え下さい。」


席を立った丸い眼鏡を掛けた着物の男性に、そう声を掛けるとにこやかに笑った。


「…いや〜。」


バツが悪そうにする彼は、直ぐ戻ると言って部屋を後にした。


「真琴。」


小さな背中を丸めて靴を履く息子に、着物の男性は静かに声を掛けた。


「どこかへ出掛けるのか?」


少し色素が薄い綺麗な髪は、耳が隠れるほど長く、毛先で大まかに揃えられている。一瞬だけ見れば女の子に間違えられそうな髪型だが、彼がその髪型でいじめられたことなど無い。

なにせ、いじめる者を片っ端から泣かした強者である。

靴紐を結んでいたらしい彼は、焦げ茶色の瞳を背後の父親にちらりと向けてから答えた。


「母さんが怒っててウルサイから。ちょっくら散歩してくる。」


紺色の半ズボンに、灰色のボーダーシャツというラフな装いであるが、彼のちょっくらというのは当てにならない。

何せ、散歩と言って車で二時間は掛かる隣町まで、歩いて行くのだから。


「そりゃあ、お前が和菓子を摘み食いするからだろう?出掛けるなら、母さんに謝ってからにしなさい。」


決して怒っている言い方ではない父に言われて、彼は立ち上がって背後を振り返った。


「ん―。だけど、あの菓子まずかったよ。あれは客に出すもんじゃないと思うね。母さんに言っといて。」


「えっ!?いや、それは…。」


「行ってきまーす!」


もごもごと口ごもる父を放って、玄関先の引き戸を開けて彼は飛び出して行ってしまった。


「…言えるわけないだろう。」


息子が去った静かな玄関先で、父は小さくそう零した。


「…あなた?」


「はいーぃ、なっなんでしょーうかぁ?」


そんな父に、怒りを称えた低いお声ががかった。上擦った声で背後を振り返れば、怒りがまだ静まらない妻の姿があった。


「今、真琴、外に言ったでしょう?どうして引き止めてくれなかったの!?摘み食いして、ちゃんと叱らないとあの子はまた、同じ事を平気でしますよ!…あなたはいつも真琴に甘くて。毎日怒る私の身にもなって下さい!」


「うーん。だ、だけど!」


「だけど、なに?」


「真琴が、あの茶菓子はまずかったって!客人に出すようなものじゃないって。」


「………はあ?」


その後、息子の代わりにこっぴどく説教され、その会話は客間にまで筒抜けとなっており、一人客間で待つ中年の男性はしばらくの間、声を殺して忍び笑いをしていた。


さて、家での様子などつゆ知らないお気楽な一人息子・真琴は、ぶらりと森の方へと足を向けていた。

特に行く宛もない日は大抵、森を散歩して時間を潰している。


古びた社がある大きな森は、昔は大きな山があったらしいが、土砂崩れや土地開拓で削られ、今はそんなに大きくなくなった。それでも、何か禍々しいものが混ざっているように思えて、子供は勿論、大人さえもめったに立ち寄らない。

年に一度あるかないか、子供達の肝試しの舞台に選ばれ稀に賑やかになることがあるが、それ以外は誰一人この森に神社があることを知らない。


「…面白いのになあ。」


そう言って真琴は空を仰いだ。視線の先には、見上げるほど高い石の鳥居があるが、あちこちひびが入っていていつ倒れるかわかったものでない。


「??」


そんな鳥居を眺めていた真琴の額に、ぽたりと一滴雫が落ちた。雫を拭き取った手のひらを不思議そうに眺めていた真琴の元に、大粒の雨が降り注いで来た。

やがて、それは本降りとなり大地を濡らす。


「うわっ、降ってきた!」


慌てて森の奥へと駆け出した。山の近くにあるこの町は、山の変わりやすい天気を受けやすく、こうして時たま晴れている日でも本降りになることがある。すぐに止むとわかっているから、距離がある家には向かわず、走ってすぐの寂れた神社に向かった。


「ひぇー、参った参った。」


雨漏りが酷い社の軒下に潜り込んで、誰に言うでもなく雨を払いながらそう独り言を言うと、腐った床板に座り込んだ。


しばしぼんやりと雨を眺めていると、ふと背後で物音が聞こえた。

振り返って見れば、今時珍しい藤色の着物を着た少女が一人、社の奥からこちらを見やっていた。


「………。」


「………。」


「…雨宿り、させて貰ってます。」


無言で見合っていた事に耐えかねて、真琴が小さくそう言った。少女から返事はないが、真琴は大して気にせず顔を正面に向けた。

彼の同じ年の子供達は、幽霊などといって騒ぐが、真琴はそんなものに怖いなどと思わないようで、足をぶらぶらとさせてまだ止まない雨を仰いでいる。

しばらくして雨が小雨になった頃に、無言だった少女が静かに真琴の左側隣へと座り込んだ。


「野上真琴。君の名前は?」


「…………。」


無言の少女は、真琴をちらりと見やってから、正面を向いたままなにも言葉を口にしない。

美しい長い黒髪が印象的な彼女。

真琴は、その横顔に見とれながら、じろじろと無意識のうちに彼女を眺めていた。すると…。


「…変わった奴だの。」


「え?」


「妾が怖くはないのかえ?」


色素が薄い、その青い瞳に見つめられ、ドキリと胸を騒がしたが、努めて平然を装った。


「…どこが怖いって?君はここの神様だろう?それに、ぼくは君が取っても綺麗だと思う。」


にっこりと笑った真琴とは反対に、顔を赤らめてそっぽを向いた彼女は何とも愛らしかった。


「そうだ。妾はここの山神だ。」


照れを隠すように、胸を張って答えた彼女は到底神には見えず、思わず苦笑を漏らした。


「何故に笑う?」


「ううん、何でもないんだ。」


「?」


首を傾げる小さな神様は、晴れ間が覗きだした空を見上げて言った。


「…雨が止みそうであるぞ?」


安易に帰れと伝える山神は、いつまで経っても腰を上げない真琴を急かすように背に回り込んだ。


「んー、じゃあ帰ろうかな。またくるよ、その時は名前を教えて。」


ぴょんと床板から跳び、着地を決めてから背後の神様に振り返った。


「名前は既に無いが。昔呼ばれていた名ならある…千景ちかげだ。」


可愛らしい顔には不似合いな渋い顔つきで、千景という少女は名前を名乗った。もう来て欲しくないために名乗ったであろう言葉に、目を輝かせた真琴はにこーっと笑って言った。


「千景?君によく似合う名前だね。それじゃ、また来るね!」


「も、もう来るでない!」


「じゃあねー!」


慌てて叫ぶが、手を降って駆け出した少年に聞こえる筈もなく。


「…困ったのぉ。」


どうやら、あの真琴という少年に好かれてしまったような。


この世のものではない者にあっても物怖じしない性格のようだから、それはそれで…。


「ねぇ!」


「!?」


そんなことをぼんやりと社に戻る途中で考えていると、背後から先程の声が元気よく掛かった。


「…おぬし、帰ったのでは無かったのか!?」


「うん、これから帰る。名前さあ、千景だっけ?」


驚きで目を白黒させる神様に関係なく、息を切らした少年はにっこり笑って言った。


「さっき家に戻る途中で気がついたんだ。…ぼく、君に恋をしたみたいなんだ。」


声もでないほど驚きに固まる千景は、まだ小さなその少年に呆れた。


「…なにをくだらんことをっ!」


「くだらないってなに?」


「妾は人間が大嫌いなのだ、神様だと崇めておきながら、どうでも良くなったらこの有様だ!そうして、また…。困ったら神にすがり、頼み込むのだ。勝手で、傲慢な人間と関わるのはもう懲り懲りだわい!」


悪気もない少年。

自らの姿に怯えないことで、すっかり気を許してしまっていたようだが、元々人間は大嫌いだ。

ぷいと顔を背けた神様に、真琴は首を傾げて問いかけた。


「じゃあ、ぼくのこと嫌いってこと?」


「そうだ!だから二度と妾の前に現れるな!」


「いやだね。」


「なっ!」


はっきりと拒否を示した真琴は、にっと笑って悪戯を思いついたように頬を緩めた。


「また来て話をしよう?ぼくを好きになってくれるまで、来るから。好きになってくれたら、いろんなとこにデートに行こう?」


「でーえとというのは…?」


「毎日来るから。」


すっかり真琴のペースに乗せられてしまっている千景だが、真琴は手を振って駆け出していった。


「でーえと?…妾のことを好きとな??」


小さな人間嫌いの神様は、その長い髪を揺らして首を傾げて呟いた。

さて、社から駆け出した真琴。一気に鳥居の元まで来ると息を整え、走ってきた道筋を振り向いた。


「…恋、だね。」


美しい少女。一目見た時に、その色素の薄い青い瞳に心奪われた。


「…好きだって言わせてみせる。」


それは、真琴の確かな初恋であった。


鼻歌を歌いながら、再び走り出した彼は、その後も頻繁にこの社へと足を運ぶことになる。


「ただいまーっ!」


「真琴っ!ちょっとこっちにいらっしゃいなっ!!」


元気よく開けた玄関扉から迎えてくれた母の声は、怒りを収めずに真琴を出迎えた。


「ごめんなさーい。」


全く反省の色が見えない真琴であるが、頭は先程出会った山神の少女のことでいっぱいだ。


「真琴、聞いてるの?」


部屋に飛び込んだ真琴に、怒りで声を低くさせた母がやってきて聞いた。


「うん、聞いてるよ。母さん、ぼくね。山神様っていう女の子に恋をしたんだ!」


「…は?山神様?」


「そう、千景って言うんだよ。だけど、人間が嫌いなんだって。ぼくのことも嫌いだって。けどねぇ、ぼくのことを好きって言わせてみせるよ!今度連れてくるね!あー、腹減った。」


濡れた服を脱ぎ捨て、新しい服を箪笥タンスの引き出しから取り出した真琴は、裏表反対に来て部屋を飛び出した。


「ちょっと待ちなさい!」


騒がしい息子の根っこを摘んで引き止めると、耳をつまんで部屋に引き戻した。


「いてて!痛いよ、母さん。なに、なんなのさ?」


「何がなんなのさですか!!脱いだ服自分で洗濯機に!山神様かなに様か知りませんけどね、摘み食いをしたことをバレたら余計嫌われるでしょうよ!」


引っ張られた耳をさすりながら、母をじとっと見ていた真琴は、うっと言葉を詰まらせて黙った。


「お客さまの苅部かりべ様にも謝りに行きますよ!」


「えぇー。」


「えぇーじゃない!…全く、山神様などと変なことを言って。」


息子をせき立てながら、きっちりて結い上げた色素の薄い髪を掻きながら、母はぼやいた。


「ほんとなんだから!」


「はいはい、わかったから。真琴、その服裏表反対よ。」


キャンキャン喚く息子を相手にせず、母親は先に客間へと向かった。


数年経って、風変わりな少女を家に本当に連れて来るなどとは、つゆ知らない母である。

変わった少年、真琴は宣言通り山神様を落とすのであるが、それは随時先の話で。神も風変わりな少年に好かれてしまったものだと嘆くのは、もっと先の話となる。


山神様に恋をした少年、真琴。神というのは厄介なものだと言うが、それ以上に厄介な者がいたようであった。気の毒な山神様が折れるのと、真琴が勝ち誇ったように笑うのは、今日のような気まぐれな雨が降る午後のこと。


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