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第21話:若いってのも悪くない・3



やっと帰れるぜ〜ι



テスト一日目の日程を終え、尚と担任をなんとかなだめ、勉強をしろという割に長話で時間をさく矛盾した担任の話が終わった瞬間、誰よりも早く教室から逃げ出してきた。



このまま帰れれば良いのに…ι


俺には一応“委員長”という役割がありましてι


呼び出し大好きなこの学校の先生方。テストのこの時期、テストのことで〜とか言って呼び出されたり、提出物をだしに行かなきゃだったり…ι



まぁ要するに、帰り際に提出物を届に行かなきゃいけないって訳なんですがι



今日の提出物は数学の問題集。

俺はそのクラス全員分の問題集と、精神的な意味とでかなり重くなった足を、半ば無理やりに動かす思いで前に突き動かし、やっとの思いで職員室の前までたどり着いた。



っとに…ι無駄に遠いんだよι



俺は心の中で悪態をつきながらも、それを顔に出さないようにしながら職員室の扉を開いた。



-----ガラガラ------


「失礼しまぁす。」



テスト期間中のこの時期、生徒の職員室への入室は基本的には禁じられている。


こんな場合、普通なら用のある先生の名前を呼ぶんだろうが…今日の場合、もっと良い方法があるんだなぁ♪



俺はその方法を実行するべく、少し大きめに息を吸った。


--スゥ----ッ


「チョビヒゲ先生〜!」


「だぁ!その名で呼ぶな〜!!私には鈴木三郎という名があるんだ〜!」


早ιやっぱこっちの方が良いじゃねぇか…ι


数学担当の鈴木三郎すずきさぶろう)は歳は50歳くらい。髪はキレイな7:3分けで、メガネをかけている。そして最大の特徴がチョビヒゲ。


最大の特徴がチョビヒゲって…どうなんでしょうね…ι


んでもって毎回毎回名前主張してくるんだけど…ι


この学校に“鈴木”って教師何人いると思ってんだ?!9人だぞ9人!い〜す〜ぎ〜だっつの!



俺はこのやりとりを、手慣れたものだとばかりに言葉を返した。



「えぇ〜?だってチョビヒゲ先生のが早いし分かりやすいでしょ?特徴はこういうとこで活かさないと!」


「だ〜か〜ら〜!」

俺が答えると、鈴木もこれでもかと言うほど顔を近づけて叫んでくる。


うん…ι

ツバかかるから…つか顔近いんだよι


俺の心の声も全く察していないのだろう。ここが職員室だということも半ば忘れかけている風に鈴木は続けた。



「聞いてるのか〜!」


「何をッスか?チョビヒゲ先生ι」


「だから〜!私には鈴木三郎というちゃんとした名があるって言ってるのです〜!はいッ!言ってみなさい?」


「あ〜はいはい。鈴木三郎。」


「そぅそぅ。私の名は鈴木三郎…って違〜う!せ・ん・せ・い・でしょう?!はい!」


「だ〜から言ってるじゃないですか…。チョビヒゲ先生♪」


「違〜う!だから………」



まだなんか言ってるや…ι

ま、いっかι


俺はまだゴチャゴチャと話を続ける鈴木の話しなどお構いなしに自分の用件を切りだした。



「分かったから…先生!問題集持ってきました!」すると鈴木は話を止め、(まぁ俺が半強制的に止めさせたんだけどι)俺の用件を聞いてコロッと態度を変えた。


「…でだねぇ…だから…ッえ?問題集?いやぁ〜ありがとうありがとう!ご苦労さん!」


…単純ι


俺はその態度の変わりように大いに呆れながらも、職員室の入り口付近にあった机に問題集をドサッと置きながら、口先だけの言葉を発した。


「とんでもないです。じゃあここ置きますね。」

すると鈴木は、俺のちゃんとした言葉使いに機嫌を良くしたのか、上機嫌で返事をしてきた。


「おぉ、良いよ良いよ。そこに置いといてくれ〜。」


ハハ〜vvなんか腹立つ♪


俺は用が済んだので職員室をでることにしたが…ここで大人しく食い下がる俺ではない。



「じゃあ俺はこれで失礼します。さようなら!チョビヒゲ先生!」


俺は満面な笑みでそう告げると、素早く回れ右をしてサッサと職員室を出た。




「だから〜私には鈴木三郎という名が〜!」



後ろからそんな声が聞こえたが、俺は完全にスルーして、堪えきれなかった“してやったり”という笑みを浮かべながら、職員室に行くまでとは違い、軽やかな足どりで職員室を後にした。






「本当にもう!誰がチョビヒゲだ〜!」


「まぁまぁ、そんなに熱くならないで。チョビヒゲ先生!」


「教頭まで〜(涙”」


「ハッハッハ〜!まぁ良いじゃないですか〜?」


----ボソ----

「何でこんなに脳天気な教頭なんだι」



「何か言いましたかな?」

「いッいえ!なにも!」


「そうですか〜?ハッハッハ〜!まぁ心を寛大にね?チョビヒゲ先生♪」


「教頭〜(涙”」




---------------


あ〜スッキリした!


俺は鈴木をはめてやったという爽快な気持ちで、校門に向かってスキップでもしているかのように軽い足取りで歩いていた。



「いやぁ〜なんや楽しそうやなぁ〜悠斗♪」


「おぅ♪楽しい楽しい♪」


ん……?


「うわぁ!つか麗奈じゃん!」


いきなり話しかけられ、あまりの上機嫌にそのまま会話を続けてしまっていたが、ふと隣を見れば、そこには俺に合わせて同じ歩調で、満面の笑みを浮かべた麗奈がいた。


俺は久々の麗奈とのご対面と、その登場の仕方に、足をピタッと止め、驚きのあまりに声を上げた。


つか何でいるの?!

いつの間に来たの?!


俺は慌てながら心の中で叫んだ。


「え?あぁ、歩いてたら悠斗がなんや楽しそうに歩いてるのが見えたから…一緒にかえりたいなぁと思って追いかけてきたんよ♪」


あぁ、そういうことか…。


…ん?


って!何で俺の心の声が分かったの?!


まさか…エ…


「エスパーちゃうよι」

-----ビクッ!


俺はその声に驚き、反射的に麗奈の方を見た。



「あの…何で…?」


俺がなぜ俺の言いたいことがわかるのかと疑問を口にすると、麗奈は小さくクスッと笑い、俺の疑問に答えた。



「フフッ(笑)…さっきから全部口に出てるんやもん」


「…え?」


「やから…エスパーもなんもないの(笑)」


「お、俺としたことが〜ι」


「まぁまぁ♪そんな事より…帰らへんの?」



そぅ麗奈に言われ、俺は麗奈の言葉を思い出した。


『…一緒にかえりたいなぁと思って…』


…きた。


きたよね?


きたってこれは!


一緒に帰りたい?俺と?俺だけと?!


やったぁ〜!



「悠斗…?大丈夫?」


俺が一人で頭の中でさっきの麗奈の言葉をグルグルと考えていると、麗奈が心配げに俺の顔を覗きこみながら声をかけてきた。



「ッ!!」


ち、近いッスよ?!


「悠斗…?」


「あッ…あぁ、大丈夫!さッ!帰ろう帰ろう!一緒に帰ろう!」


俺はやっと我に帰り、そう言ってまた歩き出した。


すると麗奈は、急に歩き出した俺に驚きながらも、小走りで掛けながら『なんか今日変やで?』と言いながら、俺の隣についた。


はぁ…今日の運勢最高!!



俺は心の中で力強くガッツポーズを決めた。




麗奈のお誘いのお陰で、俺のテンションは最高潮に上がっていた……。



…が。



俺と麗奈が二人で並んで歩いていると…どこからともなく聞こえてきたこの会話。



「あぁ〜ι明日もテストだねぇ〜ι」


「本当に〜ιもぅやんなっちゃうι」




お前ら…。


またテストの話しかい?!

誰だかしらねぇけど絶対ここ一週間はテストの話ししかしてねぇだろ?!



俺はせっかくのこの貴重な時間を邪魔されたという、勝手な被害妄想をしながらも、表情には出さないように務めた。



すると、麗奈が一瞬俺の表情を見たかと思うと、麗奈は堪えるような笑いを浮かべて話した。


「悠斗…テストの話し嫌いなん?むっちゃ表情に出てるで(笑)」



「…え?ι」


…バレとったんかい!!

俺はつい『しまった』という表情を浮かべてしまい、それこそしまっただ!と思った頃にはもう遅く、麗奈の笑いに追い討ちをかけただけだった。



「図星か…分かりやすいなぁ(笑)めっちゃ笑えるわ♪」



「いや?そんなことないって!…うん…テスト…テストね…テスト…テストは…テストで…その…。…はい。嫌いです。」



俺は必死に否定の言葉を考えたが…無理でした。


だってしょうがないじゃん?嫌いなもんは嫌いだもん!テストの話し!嘘は泥棒の始まりなんですよね?!俺泥棒じゃねぇし〜!



俺が自分でもよく意味の分からない開き直りをしていると、麗奈が相変わらずの笑顔でまた俺に質問を投げかけてきた。


「そぅなん?この時期悠斗達も英太君とかとせぇへんの?」


そう聞かれ、俺は一瞬たじろいだ。


「あ…いや…。あんまりι」


俺がそう答えると、麗奈は少し目を大きくして、きょとんとした表情を浮かべた。


「珍しいなぁ?まぁうちも好きちゃうねんけどね。」


え…麗奈もなんだ…。


「まぁ、多分悠斗には負けると思うわ♪けど…、なんで嫌いなん?」


少し控えめに、けれど聞きたいと言う気持ちが現れた眼差しで投げかけられた質問に、俺は少しの迷う時間を要してから、ただじっと自分の顔を見つめている彼女の瞳に、逃げられないプレッシャーを感じ、半ば仕方なく決心し、自分足の歩みを止めると共に、口をそっと開いた。




「いや…まぁ…何でかって聞かれれば…そんなに深い意味もないんだけど…ι」


言葉を発しながらも横目で彼女を見れば、どこか期待外れだったかのような表情。

俺は続けた。



「まぁ俺らの場合、テストっていっても、尚はサラッとやれば出来るタイプだし、小沢は普段から塾行ったりしてるし…まぁコツコツやるタイプって言うか、だから本人曰わく、テストだって焦んなくて良いんだってさ。んで、英太も英太で、自分は将来調理師になるから、勉強はそれなりで良いんだってさ。」


尚は本当にたちが悪いタイプだなι


俺は心の中で悪態をついた。


「へぇ…そぅなんやぁ…。…で、悠斗はどうなん?」


俺は麗奈の質問に答えた。


「俺は…俺さ、前に医者になりたいって言ったの…覚えてる?」



「え?あ…うん。」


俺の問いかけに、彼女は一度上を見上げ、『あぁ!』という表情を浮かべた。



「俺には今、医者になるって夢があって、そのために必要なことが勉強だって分かってる。もしここで勉強投げ出したって、後々痛い目見るのも、後悔すんのも自分だし…後悔したところで、時間は元には二度と戻らないし。」


「うん…。」


彼女は静かに相づちを打った。


「だから、自分の今出来ること、やるべきことをやるだけのこと。それをいやだの面倒だの言ったって、な〜んにも始まんないかなぁ〜?と思って…。だからあんまり、テストだからどうのこうのって言うのがあんま好きじゃないって言うのかなぁ…。」


俺がそう良い終えると、麗奈は俯きながら言った。


「なんか…めっちゃ大人なんやな?」



「え?全然そんな事ないよ…。まだまだほんのガキっすよ!」


俺はこの少ししんみりしてしまった空気を取り払おうと、少しおどけて言って見せた。そして、すっかり忘れていた足を動かし、歩みを再開した。


なんだかすっかり真面目な事を言ってしまったような気がして、俺はそれを誤魔化すようにわざと笑顔を浮かべていた。



そうやって何歩か歩みを進めた頃、さっきまで隣に居たはずの彼女が居ないことにハッと気づき、慌てて後ろを振り返れば、彼女はじっとその場に立って、俯いたまま地面を見つめていた。



どうしたんだろ…?



「麗奈…?」


俺は相手を驚かせないように、少し小さめな声でそっと声をかけた。



「めっちゃ…大人や…。」



「え?」



聞こえるか聞こえないか。と言うか細い声と、悲しみとも投げやりともとれる口調で言われた言葉に、思わず情けない声が出てしまった。



俺は彼女の様子を、もう一度よくうかがった。



すると彼女は、どこか懐かしい表情を浮かべていた。


あの時の表情だ…。



初めて会った時の。

一緒に帰ったあの時の。


どこか寂しげな…あの表情。



だが今日は、あの時とは少し違っていた。

あの時より何倍も寂しげで…とにかく辛そうで…今にも涙がこぼれそうな表情。




その表情を見た瞬間、俺はとっさに彼女に駆け寄っていた。



「悠斗…?」



彼女の不思議そうに、だが涙を必死に抑えている様な震える声に、俺はハッと我に返った。



気づけば、俺は自分でも意識の無いまま、彼女の左手を、少し震える自分の手で握りしめていた。


俺は慌ててその手を離そうとしたが、そうはしなかった。



離したら…彼女が壊れてしまいそうで。


離したら…崩れ落ちてしまいそうなくらいに不安定で、ギリギリなバランスで彼女がここに存在している様に思えて。



「悠…斗…?」


「俺がいるから。」


「え…?」



いきなりの俺の発言に、麗奈は静かに顔を上げた。



「俺…何も知らない…ただのガキかも知んないけど…。」


「そんなこと…。」


「でも、麗奈が辛いときは俺がいるから!だがら…その…。」

言っている途中で、俺は言葉に詰まってしまった。胸の中には伝えたいことが確かな輪郭を持っているのに、うまく言葉にできない。


俺は自分の頭の中の辞書の薄さに情けなさを感じていた。




「…ありがとう。」



麗奈の言葉に、いつの間にかすっかり下がってしまった自分の頭をそっと上げた。


すると、そこにはいつもの笑顔を浮かべた彼女がいた。


「ありがとう。でも、大丈夫やから…。」

そう言うと、彼女は

「さっ帰るで〜!」と言って俺に向かってニコッと笑ってみせると、一度ぎゅっと、でもどこか控えめに俺の手を握り返してから、さり気なくするりと、俺の手をすり抜けていった。


そして突っ立ったままの俺をよそに、先程俺がいた辺りまで歩き、先程と全く逆の立場になったとき、麗奈は俺を振り返って少し企んだように笑って言った。



「ほら〜帰ろ?明日もテストやで♪」



「…えっ。あ…おう!」


俺はそう返事を返すと、少し慌てて麗奈の隣に駆け寄った。



麗奈は、なにも無かったかのように、他愛もない話しをし始めた。




そんな話しにいつものように乗りながらも、俺の心はどこか別なところにあった。






この笑顔の下に見える悲しみの表情は…思い過ごしだろうか?


いや。そんなことはない。


彼女の心は…笑ってなんかいないのだろう。



持ち前の笑顔で必死に隠しているが、その隙間から垣間見える悲しみが…余計に俺の胸を苦しくした。






俺の手には、確かに残っている…握り返された感覚。



あれは彼女の何かの心の叫びだったのだろうか。


だとしたら。



その意味を、叫びを。



うまく受け取ってあげられない自分が…。



ひどく情けなかった。



こんな情けなくて頼りない自分に…彼女を守れるだろうか。



今までに感じたことのない痛みと苦しみが、俺の胸を駆け巡っていた。





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