第14話:それぞれの思い
夏休みも終盤に差し掛かったこの時期。
普通なら、最後のラストスパートとばかりに、宿題を終わらせようと、机にかじり付いているか。
はたまた、宿題をサッサと終わらせた奴が、自由気ままに遊び呆けているか。
そんな時期。
俺は…ハイι
しっかり今日も登校してますよι
なんなら全校作成物に全力投球してますけど…何か?!
全校作成物たるものに取りかかって、早1ヶ月。
頑張ったさιそりゃあもぅι俺の夏休み、全てを捧げたと言っても過言じゃない位に!
暑さに弱い俺が、この巨大な作成物を作るために、空調の効かない体育館で!
汗水垂らして!半分干物になりながらも!
その甲斐あってか、全校作成物は例年に比べ、かなりの急ピッチで進んだらしく、例年なら文化祭ギリギリに終わるらしいが、今年はもう、後は仕上げだけと言うところまで来た。
うん…俺頑張ったよι
と、隣で画材を揃えていたまいちゃんが口を開いた。
「今年は本当に速かったなぁ♪文化祭には余裕で間に合うね♪」
その言葉に、俺も頷きながら答えた。
「本当にι頑張った甲斐があったよι」
すると、まいちゃんが、今度は笑いながら話した。
「悠斗頑張ったもんねぇvv」
あなただけですよι俺の頑張り認めてくれるのはι
俺と話しながらも、画材の準備を手際よく続けるまいちゃんを見ながら、俺はまた、自分の世界に入っていった。
…でも…。
今更だけど、なんで“助っ人”がまいちゃんなんだろ??確か…この作成物の下書きもまいちゃんだったよなぁ…?
単純に絵が得意で、生徒会長が頼んだとか?
確かにまいちゃん、絵上手いよなぁ…。
俺がボーっとして、一人の世界に浸っていると、何時の間にか準備を終えたまいちゃんが、俺に話しかけた。
「よし!悠斗、今日も始めよっか♪……って…どうしたの?悠斗…考えごと?」
俺はハッと我に帰り、慌てて言葉を放った。
「え?あぁ、いや…何でもなぃ!よし、始めよっか!」
俺がそう言うと、まいちゃんは『なにそれ〜(笑)変なの〜。』なんて言いながらも、何時もの様に作業を始めた。
作業中、まいちゃんは黙りこくる。周りの音も聞こえない様で、名前を呼ばれても、肩を叩くまで全く反応しない位だ。
本当に…ι何時も嵐の様にうるさいってのに…ι絵を書いてる時だけは相当集中してるんだろうなぁ…。
だって、喋ってないと死んじゃいそうな人が、全く喋らなくなるんだからなぁι
俺がまいちゃんの真剣な横顔を見ながら、そんなことを考えていると、後ろに突然、人の気配を感じ、後ろを振り返った。
「ぅわぁ?!」
「ぅわぁ?!」
……ビビったぁι真後ろに居たのかよ?!
……てか…誰?!
俺は床に座っていて、相手は俺の真後ろに立っていた。
そのため、俺は人物を把握するため、視線を恐る恐る上げていった。
「…?!って…麗奈?!」
そこには、何時もと違い、私服のジャージ姿で、苦笑いを浮かべた麗奈が立っていた。
俺が麗奈のいきなりの登場に、半分パニックを起こしていると、麗奈が笑いながら口を開いた。
「バレたかぁι驚かそ思ったんにι」
なんで居るんすか?!マジでビビったぁι
てか…いつ見ても綺麗だなぁ…。
じゃなくて!!
俺はやっと平静を取り戻しながら、そっと口を開いた。
「れ、麗奈!久しぶり♪」
本当に久しぶりだよなぁ…。
夏休みに入って、俺はほぼ一日中ずっと、まいちゃんとこの体育館に籠もっている。
麗奈は麗奈で、別の係りを頼まれてるから、俺達が会うことは無かった。
……つまりは…。
…え?!1ヶ月ぶりじゃん!
…ヤベぇιマジ嬉しい!!
俺が嬉しさのあまり、勝手に上がってしまう口角と戦っていると、麗奈がまた話し出した。
「本間に久々やねぇ。2人ともこんな暑いとこで大変やなぁιまぁ約一名、うちが来たことさえ気付いて無い人が居るけどι」
と、麗奈が目配せした方を見ると、そこには、麗奈の登場などには全く気付かず、ただひたすら作業を続けるまいちゃんがいた。
本当に凄い集中力だなι
関心しつつも、俺はまいちゃんの肩を叩き、麗奈の登場を知らせた。
「まいちゃん?麗奈来てるよ!」
「ほぇ?!」
『ほぇ?!』ってアンタιどんなけ情けない声出してんだよι
まいちゃんは、俺の声に、慌てて顔を上げ、麗奈の姿を探し、当たりをキョロキョロ見渡した。
そして、俺の後ろに居る麗奈の姿を見つけると、パッと笑顔に変わった。
「麗奈!!久しぶり〜vv例・の・頑張ってる??」
生き返ったかの様に話し出したまいちゃんに、一瞬驚きながらも、麗奈は答えた。
「うん!ジャージで頑張ってるよ(笑)麻衣子も頑張ってるみたいやねぇvv」
2人が会話をする中、俺は一人、ある言葉に突っかかっていた。
……例の…?
例のって…何のことだ?
“ジャージで”って事は、麗奈がジャージで居ることと関係あるって事だよなぁ??
この学校では、夏休みの間の文化祭の準備では、制服では動きにくいというのと、汚れるということから、私服を着る事を許されている。
ただ単に動きやすいからジャージじゃないのか??
すると、俺を無視して話し続けていた2人が、俺に話しかけた。
「悠斗?!どっか行ってるで〜?」
「帰っておいで〜。」
俺はその呼びかけで、やっと我に返った。
「あぁιごめんごめんι」
俺が答えると、麗奈が苦笑いを浮かべて話し出した。
「なんや考え事?」
「いや、全然そんなんじゃないよι」
俺がそういうと、麗奈は思い出したかのように言葉を紡いだ。
「あ!せや、悠斗に聞きたい事があったんや!ちょっとえぇかなぁ?」
……俺に聞きたいこと?
いや、そりゃ何でもお答えしますけど…何だろ?
俺は疑問に思いながらも、首を縦に振り、その場に立った。
すると麗奈が、体育館の外に出ようと歩き出しながら、まいちゃんに声をかけた。
「麻衣子!悠斗かりるでぇ?……ってι聞いてないなι」
俺も麗奈の後ろに並んで歩きながら、まいちゃんに目を向けると、まいちゃんは既に、また一人の世界に入って絵を描いていた。
麗奈に連れられて、体育館の外に出た。
と、麗奈が振り返って話し出した。
「ごめんね急にι」
いや、全然良いっす!寧ろちょっと嬉しいしvv
俺は首を横に振って答えた。
「いや、全然問題ないよ!…でも…俺に聞きたいことって…何?」
俺が、そうストレートに聞くと、麗奈は苦笑いを浮かべながら話し出した。
「それなんやけど…あのさぁ…。」
どうしたんだろ?
何時も聞きたいことはスパッと聞く麗奈だが…なんか煮えきらない感じ…?
俺がちょっと心配になり、麗奈をそっとのぞき込むと、麗奈はやっと、決心したように話し出した。
「あのな?…麻衣子。無理してない?」
「え?」
麗奈の、思いがけない質問に、俺は情けない声を上げた。
…麻衣子?って…あの麻衣子さんですよねぇ?
絵を書き始めると、邪念が全くもってなくなる…麻衣子さんですよねぇ?
絵を書き始めると、後ろからど突いても気付かないかもしれない…麻衣子さんですよねぇ?
俺は、麗奈の質問の意味が分からず、思わず聞き返した。
「まいちゃん…が…無理…する…?」
「悠斗、何人やねん(笑)」
いや?!日本人ですけど…。
じゃなくて!!
俺が心の中で突っ込みを入れていると、麗奈が小さく笑顔を浮かべながら、改めて口を開いた。
「ちゃうねん…。あんな?麻衣子…むっちゃ絵好きやろ?」
確かに…。
俺は黙って頷いた。
「あの子…画家になるのが夢やねん。」
…え?
…あぁ、だからあんなに…嬉しそうな顔して…。
夏休みの間、皆半分嫌々で作業を進める中、絵を描く間、まいちゃんは何時も、生き生きした表情を浮かべて作業していた。
「それでね、卒業したら、パリに留学行くんやて。」
…り、留学?!
俺が驚いて目を丸くしたが、麗奈は気付かず、話しを続けた。
「そんなけ絵が好きで…今回の助っ人も、自分からやりたいって言ってきてん。」
そうだったんだ…。
「けど…あの子ι絵に集中すると、何も周りの事入らんくなるやろ?」
確かにι何っっにもねι
「せやから、直ぐ体壊すのι前にも、思いついたとか何とかって言って、3日も…3日もやで?!『忘れてた』って、ご飯食べず、全く寝ずで絵描いて、貧血で授業中倒れた事あってんι」
マ…マジっすか?!食べるの忘れるか?!寝るの忘れるか?!人間の最低限の事じゃ無いんですか?!
「今回もね?『こんな大作!作れるチャンス無い!』って…張り切っててんι」
俺は黙って相づちを打った。
「せやから…また無理して倒れるんやないか?って…心配っで…」
ん?
言葉につっかかった麗奈に、フッと目をやると、麗奈は涙を流していた…。
俺はその涙に戸惑いながらも、落ち着いて口を開いた。
「麗奈…。まいちゃんなら大丈夫だよ!お昼には声かけて、ちゃんとご飯食べさせてるし、何時間置きにかは水分補給させてる…。」
本当に、俺が声かけなかったら絶対忘れてるだろうなι
俺はそんな事を考えながらも、話しを続けた。
「だから大丈夫だよ!麗奈の代わりに、俺がちゃんと見てるから…な?」
俺は出来るだけ、穏やかな声色で話した。
すると麗奈は、そっと顔を上げ、目に涙を溜ながらも、柔らかく笑って話し出した。
「ありがとう。ごめんねι急に…。」
俺はそっと首を横に振った。
「何でやろ?悠斗の前やと…なんや弱い自分が出てしまうわι」
俺はただ黙って、そっと笑って見せた。
すると麗奈が、思い出したように口を開いた。
「あ!もぅ時間や!ほな悠斗…ありがとう…麻衣子よろしくね?」
「うん!任せとけ!」
俺がそう返事をすると、麗奈は涙に濡れた目をごまかすように、パチパチさせながら、何時ものような、キラキラとした笑顔で頷いた。
「ほな行くわ!」
そう言って、麗奈は去っていった。
弱いと言っていたけれど…友達の事を本気で心配して…。
きっと思い出したんだと思う。まいちゃんが倒れた時のこと。麗奈のことだから、“自分のせいだ”と思ったんだろうなぁι
本当に、彼女は何でも抱え込み過ぎる。
人並み以上に優しいが為に、それが仇となって出てしまう。
だからきっと、まいちゃんが倒れた時、自分を不甲斐なく思ったんだろぅ。
“何で気付いてあげられなかったんだ”って…。
さっきの涙は…きっと、その時を思い出したんだろう。
“またそうなったら”って思ったんだろぅ。
何時も笑って居るようで、繊細な心の持ち主で…。何時も神経がピンと糸が張ったようになっているから…。
だからたまに、崩れそうになってしまう。
でも、そうなってもなお、一人で抱え込んでしまう。
だから…俺がまいちゃんを見守る事で、その張りつめた糸が…少しでも弛んでくれればと思った。
麗奈の後ろ姿を見送りながら、俺は一人、思いを巡らせていた。
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「まいちゃん!俺が見張ってるからな!」
「は?!」
秋野悠斗
好きな人のために頑張ります!




