第10話:全ての君を
「OK♪今日はこれで終わります!お疲れ様♪」
生徒会長の呼びかけに、みんな一気にざわつき始めた。
はぁ、やっと終わったよι
俺がひと息着いたその時、生徒会長が慌てた様子で声を上げた。
「あ!!いけない忘れてた!先週の特別講演の感想文、誰か2人に書いて欲しいんだけど…ι」
「………。」
うわぁ…ι瞬間的に静まり返ったよι
「ごめんι私文章書くのダメなんだι」
「私も〜ι」
「同じく〜ι」
どこからともなく、皆口々に言い訳を口にした。
おいおいι
すると、困った生徒会長が隣にいた麗奈にすがった。
「どうしよι麗奈ι」
「うちが書いたるよそんなん♪何文字??」
「400文字の原稿用紙を5枚ほど…ι」
へ?!そんなにあの講演から学んでねぇよ!
「OK!分かった!」
すると、さっきまで必死で言い訳をしていた、麗奈と同級生の先輩が口を開いた。「流石麗奈!2人分くらい余裕でしょvv」
……ん?
今の俺の聞き間違いか??
…2人分?
って!この人達麗奈に2人分書かせるつもりか?!
「任せとき〜!!」
っておい!!呑気に
「任せとき〜!」なんて言ってるばあいじゃないって?!
「何時もごめんねι麗奈ι」
って生徒会長もその気かよ?!
マジこの人達神経大丈夫か?!
でも…何で麗奈も無理って言わないんだろ…?
俺がなんだかモヤモヤした気持ちになっているなか、皆が帰り初めているのに気付いた。
って待った!このまま麗奈に10枚分の感想文書かせる訳にいかないだろ?!
「生徒会長?!」
俺は慌てて生徒会長に声をかけた。
「ん?」
「感想文、俺も書きます!」
俺の発言に、麗奈が目を丸くした。
しかし、すぐに笑顔になって俺に告げた。
「ええよ悠斗?!感想文とかしんどいやろ(笑)」
「いや、5枚くらい余裕だよ♪」
遠慮なのか、俺の提案を否定する麗奈に、俺はわざと軽くそう言ってみせた。
「ありがとう秋野君vvやっぱり顔も良ければ優しさもあるのねぇvv」
調子良いなぁιこの生徒会長ι
そうして無事に感想文を書く人が決まると、皆続々と帰っていった。
全くι自分じゃなきゃそれで良いってか?
まぁ良いやι俺も帰って大人しく感想文書くかι
俺は帰ろうと、席を立った。
「悠斗!」
「へぃ?!」
俺は名前を呼ばれて慌てて声のした方を振り向いた。
と、そこには笑顔の麗奈がいた。
「『へぃ?!』ってなんやねん(笑)江戸っ子やないねんからι」
「いや、つい驚いてι」
「ごめんごめんι驚かせてしまってι」
「いや!全然大丈夫!俺が勝手に驚いただけだし。」
てか麗奈に話しかけられると嬉しかったりする訳でι
「てか用何だった?」
「あぁ、一緒に帰ってもええ?って聞こうと思って…ええかなぁ?」
「全然良いよ!!」
俺は即座に返事をした。
むしろ一緒に帰って下さいって話しだし!!ラッキー!
そうして俺は麗奈と一緒に学校を出た。
学校を出て駅に向かう道。麗奈が話しを切り出した。
「さっきはありがとう!感想文とか…正直めんどいやろ?」
…確かに面倒ではあるけど…。
「でも…それは麗奈も一緒でしょ?それに、誰かが書かなきゃいけないんだからさ♪」
俺はそう麗奈に答えた。
……。
………ん?
麗奈の返事が無いことに違和感を感じ隣を見ると……?!
「麗奈?!」
隣に麗奈が居ないのに気付いて、俺は慌てて周りを見渡した。
すると、俺の数メートル後ろに、呆然と立ち尽くしている麗奈がいた。
「…麗奈?」
俺はもう一度、今度は少し控え目に呼んだ。
「ごめん!ちょっとボーっとしてしまってι」
そう言って、麗奈は俺の隣に小走りで向かってきた。
「大丈夫?」
…どうしたんだろ?
すると、麗奈が口を開いて話し始めた。
「いや、そんなん言われたの初めてやったからι驚いたんよι」
「…?」
俺がポカンとしていると、麗奈が話しを続けた。
「うちに“自分も一緒やろ?”とか“誰かがやらなあかんのやから”とか…。
今まで言われた事なかってん。
うちが2、3人分やるって言っても、皆頑張ってね!って言ってくれるくらいで…。」
「…え?」
じゃあ…今までずっとこんな事やって来たのか?
「無理だとか思わなかったの?」
俺は、出来るだけ優しい声音で問いかけた。
すると、麗奈は俯いて答えた。
……あ。
俺はその瞳に、初めてあった時に感じた、強い眼差しの中にも感じた、あの寂しさを思い出した。
「思った事もあったよ、でも言えんかった。皆がうちに頼ってくれてるって思ったら、“こんなんできるわ!”って意地になって…。目の下クマ作ってでもやってた…。」
……何でそんな1人で頑張んだよ…!
1人で全部抱え込んで…。
俺はそんな疑問を抱きながら、一人、今まで味わった事のない、不思議な気持ちになっていた。
……何なんだ?この感じ…。
「辛く無かったの?」
「…辛かったのかも知れへん。でも…皆に“ありがとう”って言われると、なんや嬉しくなって、うちが頑張らな!って勝手に思ってしまうんよ。」
……麗奈。
周りに何時も友達がいて、皆に頼られてて、信頼されてて、何時も笑ってる。
器用に生きてる様に見えるのに…本当は…不器用なとこも…あるんのかも…しれない…。
「ねぇ、悠斗は将来の夢ってある?」
「…え?」
俺は麗奈の唐突な問いかけに、思わず声を上げた。
「夢…?」
「うん♪」
麗奈はいつの間にか、何時もの笑顔に戻っていた。
驚きながらも、俺はその問いかけにこたえた。
「医者…かな?俺の父さんが医者で、開業医なんだけど…なんか…小さい頃から見てて…良いなって。」
これは本当。なんか、地元の皆に信頼されてる父さんをずっと見てきたから。
「そっか…。良い夢やね♪」
「麗奈は?」
俺がそう問いかけると、麗奈はまた俯き気味に答えた。
「…なんやろ。何になりたいんやろね?ただ、何となく…やりたい事も、なりたいものも分かってるのに…そこに踏み出されへん自分が居る。」
言い終わると、麗奈が儚げに笑い、空を見上げた。
「ごめんなιなんか重くなってι」
麗奈はそう言って、また何時もの笑顔に戻った。
「朝雨降ってたのに、綺麗に晴れたなぁ!」
無邪気に右手の傘を振り回しながら、朝とは違い、オレンジ色に染まった空を見上げまま、麗奈が言った。
「そっかぁ、お医者さんかぁ、頑張りや!」
そう明るく言ってみせる麗奈の隣で、俺は考えていた。
何時も笑いを取って、冗談を言っている麗奈。
何時も皆のまとめ役であって、頼られている麗奈。
だから普段は、強い眼差しをしているのかも知れない。
でも…何なんだ?
この感じ。
さっき感じた、不思議な気持ちは、俺の中でより大きなものになっていた。
この胸に感じる、どうにも収まらない、熱い感じ…。
ただ…。
目の前に居る麗奈の、この笑顔も。皆の為に頑張り過ぎてしまったり、本当は無理でも、大丈夫って言ってしまったりする不器用な所も。それを誰にも見せまいと、平気な顔で笑って見せる強さも。さっき、少しだけ顔を覗かせた、一歩を踏み出す勇気の出ない、弱い部分も…。
全てを守りたいと思った。
…守らなきゃと思った。
あぁ!この気持ちって…!
…やっと解った!
やっぱり俺は…。
麗奈が…好きだ。




