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画像と視線と焦燥感




 その視線に気づいたのは家に帰ってメガネ型カメラの映像を見始めて1時間も経ったころだった。


 映像は篠原が熱心に服を選んでいることから、時間はおそらく午前11時くらいだろう。

カメラが店内から店の外を映した時にコチラを見ながら歩いて行く男性を捕えた。


 初めは気にも留めない一コマだったが、それ以降、どのお店に居る時も必ずと言っていいほど、この男の視線が映っている。あの雑貨屋で黒づくめの店員と話していた男だ。


 またコチラを見る。明らかに僕ではなく篠原を見ている。化粧品売り場に不釣り合いに映っている。思いがけずはっとする。この男が〈元彼〉ではないのか。気に入った服を見つけて篠原がこれ似会うかな、と僕に訊いている時も、家電売り場で店員にレコーダーの説明を受けている時も、フードコートで食事をしている時も、必ず視線を篠原に向ける男。


 背筋に冷たいものを感じて鳥肌が立つ。一瞬ぐっと気温が下がったように体が震えた。

男は黒のジーンズに濃いグレーのシャツ。その上に黒のジャケットを羽織っているものだから、全身真っ黒だ。一見怪しく見えそうなものだが、黒が好きな人と捉えられなくもない。色白の肌に黒目がちの幼い顔立ちは、年齢をわからなくさせる。20代のようにも見えるし、高校生と言われても違和感なく信じてしまうだろう。すらっとした長身で、一見してモデルのようにも見える。いかにも女性に人気がありそうな外見をしていた



 どうして気付かなかったのだろう。少なくとも雑貨屋で見かけるまで、僕は〈元彼〉の気配を一切感じなかった。もっとよく見ようと画面を凝視するが、すぐに画面からいなくなってしまう。


 それもそのはずだ、この男は一瞬通り過ぎるだけなのだ。どの場面も篠原を注視するわけでもなく、前を通り過ぎるだけ。しかしその目は必ず篠原を捕えている。


 これだけ多く映っているとさすがに怪しい。というか限りなくクロに近い感じはした。

だが、断定はできない。例えば、実は篠原の古い知り合いで、声をかけようか悩んでいた、であるとか、たまたまショッピングモールに来ていた客で、篠原に一目ぼれして声をかけるタイミングを探していた、であるとか、もっと言えばたまたま怪しく見えるだけで、僕の思いすごしという可能性も否定はできない。


 画面には一時停止のまま、男がコチラを見つめている。恋人を見つめるような、優しく妹を見守るような、そんな目をしている。



 僕はあの男の写真をプリントアウトして、持ち歩くことにした。もしまた篠原の周りで見かけることが出来れば、疑惑が確信に変わると思ったからだ。

 そして今、山田氏に写真を見せている。彼にもこういう男がいることを知っていてほしいのもあるが、山田氏の率直な意見が訊きたいというのが本音だった。


「正直――」山田氏はしばらく写真を凝視した後おもむろに口を開いた「俺はこの男がストーカーとは思えないですね。この写真からはこの男がそんな陰湿な罪を犯すようには見えない。彼を見れば100人中90人はイケメンだと答えるような顔をしているし、女性に困っているようには見えないです。俺の偏見かもしれないですけど、ストーカーって、女性に対するひがみとか、妬みとか、そういう感情から生まれるんじゃないですかね。少なくともこの写真の男からはそういった感情が感じられないんです」


 山田氏の意見は僕とほとんど変わらなかった。やっぱりこの写真の男からは、篠原に対して好意を感じることはあっても、あの扉の文字から感じた『狂気』みたいなものは感じられなかった。

「これ、篠原に見せない方がいいですよね?」

「うん。見せない方がいいと思います。これがホントに〈元彼〉だったとしたら、篠原さんは顔なんか見たくないでしょうね」



 山田氏にあいさつをして家を出る。隣の部屋から漏れる灯りを見て、篠原にも声をかけようかと思ったけど、そのまま帰ることにした。今会ったらこの写真を見せてしまいそうな気がしたからだ。車に乗り込み、写真を助手席に放り投げる。エンジンをかけると僕はアクセルを強く踏み込んだ。スタート直後に鞭を打たれた車は悲鳴を上げ、急速にタイヤを回す。

大通りに出ると、さらにスピードを上げた。僕の中に渦巻く焦燥感を吹き飛ばしたくてアクセルを踏む足に力を込める。窓の外を滑っていくビル街を横目に車線を右に左に移行しながら次々に車を追い越していく。スピード違反で捕まらないかな、とも思ったがアクセルを緩めようとは思わなかった。

 助手席の写真を見る。僕はこれまで後手に回ってきた苛立ちを、この写真の男を〈元彼〉と断定することで晴らそうとしているのかもしれない。いや、やっと見つけた小さな手がかりを手放したくないだけなのかもしれない。僕はこの男こそが〈元彼〉であってほしいと願っているのだ。





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