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デートとメガネとぬいぐるみ




知美




 「デート?」

 わたしは耳に入ってきた言葉を一瞬理解できずにオウム返しした。

 と言うのも、食事が終わり、帰ろうとした三浦くんを引き留め、一杯だけ付き合ってもらおうと二人でビールを飲んでいたところ、急に三浦くんの口から「デートしよう」と零れたからだった。


 部屋の薄い壁が隣の山田先輩の声をここまで伝える。きっと聡美さんと電話で話しているのだろう。短い沈黙の後、わたしがあまりに鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていたためか、三浦くんはバツが悪そうに笑いながら訂正した。


「ああ、ごめん。言い方が悪かったな、篠原、今休みの日も一人では出かけられないだろ?家にいるだけじゃ気が滅入るだろうしさ、気晴らしに土日のどっちか、遊びに行こうよ」


 三浦くんは優しいから、きっとわたしに気を使って言い直してくれたのだと思った。そこが三浦くんのいい所でもあり、悪いところでもある。別にデートでも構わないのに。

 それでも三浦くんの誘いは嬉しかった。久しぶりに出かけられることもさることながら、ようやく誘ってくれた、といった感じだ。

「いいね、わたし久しぶりに買い物に行きたいな」

「よし、じゃあ決まりだ」




達也




 僕はアパートの前に車をつけ、アイドリングのまま篠原を待った。土曜日の朝は道を歩く人もほとんどなく、朝日に照らされた木々が淡い緑色を放っている。窓を開けると、すっかり秋が深まった朝の空気はひんやりと冷たく、眠気の残る顔を引き締めた。


 今日篠原を誘ったのには2つのわけがある。本人に言った通り、気晴らしに遊びに誘ったのも理由の一つだが、もうひとつは〈元彼〉の行動を限定する為だった。


僕と篠原が一緒に出かければ奴の行動は二つに一つしかない。僕たちの後をつけるか、篠原がいない隙に部屋にいたずらをするかだ。ストーカーの心理で言えば前者のほうが確率は高かったか、念のため篠原の部屋を見張っていてもらう必要があったため、昨日のうちに山田氏に連絡をして、一日見張っていてもらうという無茶なお願いをしていた。自分で言ってて申し訳なくなるくらい無茶なお願いだったが、以外にも山田氏は承諾してくれた。なんでも今日は恋人が家に来る予定だったらしい。

「部屋の壁が薄いから、誰か来たらわかりますよ」

確かに、壁が薄いのは先日、偶然僕も確認していたので妙に納得した。



 篠原が出てきたのを確認して助手席のカギを開ける。

お待たせ、と言って車に乗り込む篠原はいつもと印象が違っていた。服装が違うだけじゃなく、全体的な雰囲気が違って見えたのは髪をおろしているからだと気付いた。肩から背中にかけての黒髪のラインが朝日に眩しかった。


「あれ?三浦くんメガネなんかかけるんだ?」僕を見るなり篠原は珍しいものでも発見したかのように目を丸くした。

 それもそのはずだ。今日の僕は慣れない眼鏡をかけている。先日秋葉原で買ってきた高感度カメラを搭載したいわばメガネ型カメラだ。フレームの中に36ギガのマイクロSDが入っているため、最大4時間の撮影が可能らしい。つい最近テレビでこれを使ったカンニング事件の特集をやっていたのを思い出して買ってきたものだ。給料日前の財布に大打撃を加えたが、意を決して購入に踏み切った。もちろん盗撮目的じゃないことは僕の名誉のためにはっきりさせておきたい。〈元彼〉の姿を撮影する為のものだ。


「ああ、伊達メガネだよ。どう?似合う?」

僕がそう聞くと、篠原は笑いをこらえながら見慣れないから変だねと言った。自分でも慣れないメガネには違和感はあったが、鏡で見る限り似合っていないわけでもないと思っていたので、笑いをこらえる篠原を見て少し恥ずかしかった。

 車を発進させて、細々とした裏道を抜け、国道6号線に入ったところで、篠原は前を見ながら「でも、似合うよ。メガネ」と言った。



 ショッピングモールに着いたのはオープンして間もない午前10時過ぎだった。いつもは空きを見つけるのも困難な駐車場も、この時間は悠々と止める場所を選べた。

 買い物なんて久しぶりとはしゃぐ篠原を後目に僕はメガネ型カメラのスイッチを入れた。

瞬時に周りを確かめる。今のところ僕たちの周りに人はいない。ここに来る途中、何度もバックミラーを確認したが、あとをつけてくるような車も見当たらなかった。もしかしたら来ないのかもしれないなと思いながらも、警戒を怠らないように、自分にくぎを刺す。


 まるで野原を駆け回るウサギのように、篠原はショッピングモール内を跳ねまわる。店頭に気になる服を見つけては似合うかな?と同意を求められ、家電売り場では熱心に店員の話を聞く。買うつもりは無かったんだけど、と言って手に持ったブルーレイレコーダーのパンフレットを僕に見せながら「どうしよう、欲しくなっちゃった」と困った顔を見せた。


 気がつくとショッピングモール内は多くの客でにぎわっている。空腹感を感じ時計を見ると時刻は正午を指していた。

 僕の動きを察したのか「お腹空いたね」と篠原が顔をのぞきこむ。

「なにか食べようか?食事くらいなら僕がおごるよ」


 フードコートにやってくると、さらに多くの客でごった返していた。さすがにお昼時ともなると、座る場所を見つけるのも困難だ。あちこちから漂う香りが空腹を一層掻き立てる。

 僕たちはMのマークで全国展開しているファストフード店でハンバーガーを買い、何とか開いているテーブルに座ることが出来た。


「さすがに土曜日ともなると、人が多いね」これじゃ〈元彼〉を探すどころじゃないな。

「そうだねぇ。でも楽しいね、やっぱり買い物は」篠原はポテトフライをつまみながら子供のように目を輝かせた。少しは日ごろのストレスを発散出来ているのだろうか。

「でも、もう結構買ったな」

 僕の椅子の周りには服やら靴やらが入った紙袋が並べられている。およそ2時間でかなりの量だ。

「まだまだ買うよ。可愛い小物なんかも見に行きたいな」

「今日は一日つきあいますよ。篠原さん」



 雑貨屋に立ち寄ると、篠原の顔はさらに輝きを増した。その店はショッピングモール内においても、ひときわ大きな面積を誇っていた。店内には化粧品から、生活用品、子供用の玩具や、インテリアなど、様々な商品がそれぞれ凝った演出を施した売り場に並んでいる。店舗の広さから有名な店なのかと思い看板をみやるが、店の上部に掲げられた店名は何と書いてあるのか読めなかった。


 真っ先に篠原の目に留まったのは、店頭の一角に作られたぬいぐるみ売り場だった。篠原はそれを見るなり、ニキだかニケだか、声を上げ、揚々と近づく。


 柱を囲むように作られた売り場には小さな子どもほどはあろうかというぬいぐるみやら、キャラクターが描かれたクッションなど、見た目にもカワイイ商品が並べられている。

 反対側には回転式の器具に所狭しとキーホルダーがぶら下がっていて、その横には同じ器具に手足にマグネットがついた小さなぬいぐるみが張り付いていた。


 午後1時を過ぎた店内は客であふれかえり、活気づいている。相変わらず〈元彼〉と思わしき男は見当たらなかったが、メガネ型カメラを信じて出来るだけ多くの人を撮影できるようあたりを見渡す。


「知らなかった、こんなところにニキが置いてあるなんて」と篠原が零すと

「ニキ、ご存知なんですか?」と店員が声をかける。髪の長い男性店員は驚きとも喜びともつかない表情で、まるで旧友にでも再会したかのようだった。


 店員の反応を見てなるほど、と思った。知る人ぞ知るというやつだ。どうやら篠原はこのぬいぐるみメーカーのファンらしい。よく見れば篠原の家に置いてあるものと似ていた。


 篠原と店員の話は長くなりそうだったので、僕はぶらりと店内を見て回ることにした。もちろん〈元彼〉を探すことも兼ねて、だ。

 店内は子供連れの家族や、若いカップルが目立つ。化粧品や健康器具らしきもののコーナーには中年の女性も見て取れるが、比較的男性客の数は少なかった。そのなかで、時計などが飾ってあるコーナーで熱心に店員の話を聞いている男性客に目がとまった。電子式時計のきらびやかな光の中にあって、その店員と男性客はそろって黒づくめで、妙に異彩を放っていた。悪気はないが普通の雑貨屋にまぎれて犯罪の打ち合わせをしているようだ。会話を想像して吹き出しそうになる。


 僕の頭の中で男二人の強盗計画がまとまりかけた頃「三浦くん、お待たせ」と言って、篠原が寄ってきた。手には先ほどのぬいぐるみが入った紙袋を持っている。

「もういいのか?じゃあ行くか」

紙袋を受け取り、出口へ向かう。店を出るときその男がコチラを見ていたことを僕はその時知らなかった。



 「いっぱい買っちゃった。今日はありがとね」

篠原は満面の笑みで車を降りる。長いこと彼女のいない僕は女の子の買い物の恐ろしさを今になって再認識していた。後部座席には服やら化粧品やら生活用品やらが山になっている。久しぶりの買い物とはいえ、一体いくら分買ってきたのだ。


 買い物袋を抱え、篠原を部屋まで送る。ドアが閉まる瞬間、火箸風鈴の音が颯爽と心の中に入り、これといった成果を上げられなかった疲れを癒してくれるようだった。


 ふぅ、と息を吐いてメガネをはずす。電源はとっくに切れていた。反射的に時計を見る。18時を半分ほど過ぎていた。車へと戻る際、隣の部屋から山田氏の声が漏れてきた。まだ彼女と一緒にいるのだろう。楽しそうに笑う声が少し羨ましかった。





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