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本と落胆とタワーマンション




 その後僕は山田氏と連絡先を交換し別れた。何かあったとき彼とも連絡が取れたほうが都合がいい。

レストランを出たのは20時過ぎだったが、徒歩で帰ってきたことと、帰りに書店に寄って本を数冊買ってきたことで、家に着いたのは22時を過ぎていた。

ストーカーの知識なんてテレビでやっていることくらいしか持ってない僕が、まずできることは知識を入れることだった。


 改めて調べてみると色々なことが分かった。まずストーカー被害の報告が意外なほど経ていないこと。一昔前はテレビで必要以上に騒ぐほどよく聞く出来事だったが、最近ではほとんど聞くことがないので、ストーカー被害自体が減っているものと思っていたが、そんなことはないらしい。未だにストーカーに怯える人たちは山ほどいるのだ。


 そして次に、規制法が思いのほか軽いこと。事件が起こるまでは警察はストーキング行為を注意することしかできない。しかも相手を告訴し、警察を交えて相手と交渉し、禁止命令を発動した後、事件が起こらなければ逮捕できないということ。さらに、刑事罰と言っても6カ月の懲役か、50万円の罰金で済んでしまうということも僕を落胆させた。これほどストーカーが認知されたにもかかわらず、世間からストーカー被害がなくならない理由がはっきりした。


 正直こんなに甘い処分では被害者も安心できないし、警察を頼りになんて出来ないはずだ。

買ってきた本の1冊に『ストーカーになる人の心理』が書かれていた。俗にストーカーと呼ばれる人種は相手の立場になってものを考えることが出来ないらしい。一方的に自分の好意を押し付け、拒絶されても理解しない。要するに自分の想いが成就するまで付きまとい、そのためならどんなことでもするのだ。


この心理を考えるなら、どんなに規制法で刑事罰を与えたところで、また繰り返すのがオチだと思った。

知識を得れば得るほど警察に頼るのがバカらしくなってくる。実際に篠原は、毎日恐怖と闘っているのだ。完全な解決を求めるなら彼女から〈元彼〉の存在を抹殺させてあげるしかない。





              知美





「ああ、度々すみません」

 飯塚はドアを開けるなり、白い歯を見せた。笑った顔にはしわも少なく、きれいにセットされた頭髪は黒々として、一目には40代とは思えない。前に部下の彼女に迫られたことがあると自慢していただけあって、清潔感の漂う姿はできる上司を思わせるが、エネルギッシュな眼をいつもギラギラさせていて、わたしは苦手だった。

「どうぞ、上がってください」


 港区のタワーマンションの35階は広々とした窓から、広い空が一望できた。眼下にビルを従え、レインボーブリッジを一望できる部屋は成功者の証のように思える。20畳はありそうな広々としたリビングが嫌味に感じた。飯塚はカップに注がれたコーヒーを低めのガラステーブルに2つならべ、ソファに腰かけた。

「どうぞ、座ってください」


「これが今回の見積もりです」わたしは持ってきた書類を手渡しながら、横のソファに座った。革張りのいかにも高そうなソファ、だ。

 飯塚は見積書をちらっと見ただけで、すぐにテーブルの上に置いてしまった。飯塚には金額など、どうでもいいのかもしれない。

せっかく作ってきた書類を見ないのは失礼だろ。と心の中で呟く。ばれないように笑顔でカモフラージュした。思ったことを顔に出さないくらいの分別は持っているつもりだ。


「いやぁ、篠原さんの仕事を気に入ってしまいましてね。この際、全て篠原さんにやってもらおうと思ってまたご連絡差し上げたんです」

 飯塚は、このリビングなんて最高ですよ。と満足そうに手を広げた。

「今回は寝室とトイレ、それにバスルームでしたね」

「ええ、それで全て篠原さんのコーディネートで埋まります。今から楽しみですよ。」

 そう言って笑顔をわたしに向ける。しかし目が笑っていない。飯塚は目の奥をいつもギラギラさせている。


「今回は規模が大きいので、メインはわたしがやりますが、サポートとして山田をつけさせて頂きますので、あらかじめご了承ください」

 形式的に仕事の説明をする。山田先輩の名前を出した時、一瞬飯塚の顔色が変わったような気がしたが、すぐに元に戻った。気のせいだったのかもしれない。


「そうですか、その山田さんというのは、どういった方なんですか?」

「うちのオフィスのエースですよ。彼がサポートに回ることは滅多にないんです。一番人気があって忙しい人ですからね。飯塚さん、ラッキーですよ」

 山田先輩の話をするときはいつも自慢げになってしまうのはわたしの癖だった。尊敬する人の話をするときは誰だってそうなるように、無意識に顔がほころんで笑顔になる。飯塚は、ほう。と感嘆ともつかない声を上げたが、会ったこともない先輩のことを訝しんでいるようでもあった。

「今、別の仕事を終わらせてコチラに向かってます。もうすぐ到着すると思いますよ」

 腕時計に目をやる。先ほどここに来る前に連絡したときにはオフィスを出たところだと言っていたので、もうそろそろのはずだ。


「篠原さんはその山田さんのことをすごく気に入っているようだ。表情でわかりますよ」

 そう言われてわたしは少し恥ずかしくなってしまった。顔があったかくなってくる。きっと赤くなっているに違いない。あわてて下を向くと、同時にチャイムが鳴った。





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