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仕事とカルボナーラと協力者




 僕一人ではできることに限りがある、いつも篠原のそばにいられるわけじゃないし、実際ストーカーがどういう行動に出るのか解ったものじゃない。僕なりに考えた結果、協力者が必要だと思うに至った。そこで頭に浮かんだのが、あの山田と言う人物だ。


 僕の提案に篠原は少し戸惑ったが、意外と早くOKしたのは、それだけ山田という人物を信頼している証拠なのだろう。僕たちは夜、あるレストランで落ち合うことにした。



 地下鉄の上野駅から徒歩10分の場所にあるレストランはうちのOLの間で安くておいしいと評判の店だった。生パスタを食べさせてくれるお店で、話を聞くと、うちの連中の一押しは『半熟たまごのカルボナーラ』だそうだ。この店にした理由は、会うならお互いの住んでる場所からなるべく近い方がいいだろうということと、話を聞いて一度は来てみたいと思ったからだ。店には僕の方が遅れて着いた。帰り際に課長につかまり、20分ほど時間を食ったせいだ。同期の間で『ハゲ林』と呼ばれ、嫌われている課長については時間があったら説明しよう。


 「三浦くん、こっち」店内に入ると奥側のテーブルに篠原の姿があった。

「遅れてごめん。課長につかまっちゃって」

二人とも料理も注文せずに待っていたようで、余計に申し訳なくなる。

「ううん、大丈夫、そんなに待ってないから、ね、先輩」

「ああ、実は俺達も遅れちゃってね、さっき着いたばかりなんです」

そう言ってはにかむ彼は、あらためて間近で見ると眼鏡の奥の眸がとても印象的な整った顔立ちをしていた。線は細いが、表情からは意志の強さがにじみ出ている。篠原が慕うのもわかる気がした。


「紹介するね、彼は三浦くん。わたしの大学の先輩なの。で、こっちが山田さん。パレットの先輩」

パレットというのは篠原が勤めているインテリアコーディネートオフィスの名前だ。

「はじめまして、三浦達也です。お噂は篠原から聞いてます」僕が握手を求めると彼もすんなりと手を差し出す。

「どうもはじめまして、山田啓輔です。篠原さんの話の中にたびたびあなたのお名前が出てくるので、俺の方は初めての気がしないですよ」


 挨拶も済み、件の生パスタを食べながら話をしていると、意外なことに山田氏が同い年ということが分かり僕は急に親近感がわいた。

「ごめんなさい、失礼ながら一目見たときから年下だと思ってました」

ずいぶん失礼な言葉だと思ったが、こんなことで怒るような人物ではないと直感したので、あえて正直に言ってみることにした。僕の予想は当たりだったようで

「よく言われるんです。必ず年よりも若く見られてしまうようで、篠原さんにも初めは年下だと思われてたんですよ」と言って笑った。彼の人柄の良さが一層僕を惹きつけた。


「でも、先輩の事は尊敬してますよ。わたしの目標」篠原は少し照れたように言った。

「そう言ってもらえると俺も励みになるよ。でも篠原さんだって大したものだよ。もうリピーターのお客さんがついてるんだから」

「ああ、飯塚さんですか?こないだもメールあったんですよね。今度は寝室だって。もう3回目ですよ」

「リピートしてくれるってことは篠原さんの仕事を気に入ってくれてる証拠だよ」

普通のメーカー勤務の僕にとって篠原たちの仕事の話は新鮮で、聞いているだけでも楽しかったが、一応会話に参加することにした。

「そんなにリピートってないものなんですか?」

山田氏はくるくるとフォークでパスタをまきとりながら「ええ。」とうなずいた。


「規模にもよりますけど、この仕事はそれなりに値が張りますからね。一般の方で何度も依頼される方は少ないですね」

「そう。それなのに3回も同じ人から依頼が来るなんて異例中の異例なんだから」


 彼らの仕事の話を聞きながら僕は少し羨ましさを感じていた。自分の感性を売る仕事をしている彼らは、毎日顧客への対応に追われる僕の仕事では感じられない、充実感や達成感みたいなものを知っているからなのかもしれない。



「で―――」食事が終わり、テーブルの空き皿を片づけてもらった後、山田氏は唐突に話しだした。

「今日俺を誘ったのは三浦さんに合わせるためだけじゃないでしょ。何か話があるんじゃない?」

なるほど、彼は感も良さそうだ。僕はちらりと篠原の顔をうかがった。彼女も僕に目配せをして、小さくうなずくと、本命の話を始める。



 篠原の話をはじめは半信半疑で聞いていた彼も、話に信憑性が増してくると、真実と受け止めてくれたようだ。山田氏はたまにコーヒーに手を伸ばしながらも、真摯な態度で篠原の話を聞いていた。

「―――なるほど。そんなことになっていたのか。篠原さんが恋人と別れたことは聞いたけど、その彼がね・・・。それで、一緒のアパートに住んでいる俺に篠原さんの警護を頼みたいと」

「ええ。お願いできませんか?」

「それはもちろん。具体的に何をすればいいんですか?」

山田氏が快く引き受けてくれて僕は安心した。篠原も同じようで、僕たちは顔を見合わせて同時に安堵のため息をついていた。

「具体的には、出勤、退勤をなるべく篠原と一緒にしてほしいんです。〈元彼〉の方も篠原が一人じゃなければ、なかなか手出しも出来ないと思うので」

「お願い、先輩」篠原は拝むように手を合わせた。

「そんなことなら全然大丈夫ですけど・・・。篠原さん、このことは聡美さんには言ったの?」

その名前は聞きたくなかったとばかりに、山田氏の質問に篠原はバツが悪そうに目を伏せた。

「やっぱり、まだ言ってないんだね。ダメだよこう言うことはちゃんと言わないと。こういうとき聡美さんはすごく頼りになる人だよ」


 彼の言葉に絶対の信頼感がにじみ出ていることから山田氏は『聡美さん』という人物をとても信頼しているのだということが解る。

「あの、失礼ですけど聡美さんという方は・・・?」

「ああ、ごめんなさい。聡美さんは我々のオフィスの室長です。自分でオフィスを開いただけあって、知識も豊富ですし、法律に関しても詳しいんですよ」

なるほど、室長ならスタッフの信頼を集めて当然だ。僕は室長という肩書から、40代くらいの、少し恐わめの、お堅いイメージの女性を想像した。


「それだけじゃないよね、先輩」篠原が茶化すように言うと、山田氏は「コラ」と一喝した。

「それに、俺が一緒にいるだけじゃ根本的な解決にはならないよね。そのことも含めて相談出来る人にはしておいた方がいいよ」

山田氏の言うことも、もっともだが、篠原の気持ちを考えるとあまり多くの人に知られたくないと思うのは当然だ。法律に詳しいのは助かるのだが、それとこれとは話が別だ。

「まぁ、その後のことは僕に考えがあるので、そのことについては篠原の判断に任せましょう」


 ホントはまだ何もおもいついてはいないのだけど、この話をあまり広げさせないように僕は嘘をついた。確かに信頼できる人は多いに越したことはないが、僕はなるべく篠原の意志を尊重してあげたいと思っていた。篠原が初めに僕に相談したということは、うぬぼれじゃなく僕以外に相談する相手がいなかったからだと思っている。





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