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目薬と時計と犯人




             知美




 時計の針が二本重なって、窓の外が黒く塗りつぶされた頃、わたしはもう少しでひと段落つく仕事をいったん中断して、背伸びをした。ずっとPCに向き合いっぱなしで、目が痛い。


 机の引き出しを開けて、愛用の目薬を取り出すと、中身が入っていないことに気づく。こないだ使い切ったときに新しいものを買ってくるのを忘れていたことを思い出した。他のメンバーは皆眼球が異常に強いのか、目薬を使っている人がいないので、仕方なくわたしは向かいに座る山田先輩と岩崎さんに「ちょっと目薬を買いに下のコンビニ行ってきますね」と声をかけた。

「じゃぁ、コーヒーお願いね、俺と山田の分で2つ」

 ちゃっかりお使いを頼む岩崎さんに手であいさつして外へ出ると、身を切るような寒さに襲われた。11月に入り、急激に下がり始めた気温は、日が落ちるとコートなしではいられない。一度戻ってコートを取ってこようかと逡巡したが、コンビニは隣のビルの一階にあるので、少しだけ我慢して急いで行くことにした。わたしが勤めているオフィスパレットは小さなオフィスビルの3階にあるので、エレベーターを使えば、それほど時間はかからないはずだ。


 チンとレトロな音を立ててエレベーターが一階に到着すると、エントランスのガラス越しに通りを挟んだ反対側の公園が見える。昼間は人の姿が多い公園も、この時間では閑散とし、遊歩道沿いに植えられた樹木が風に揺れて、さわさわと音を立てているのがわかった。通りにも歩いている人の姿は少なく、一台だけ忘れられたようにポツンと車が路上駐車してあった。


 時間にすれば1分もしないうちに、距離にすれば数メートルも離れていない、隣のビルのコンビニにたどり着く前に、突然襲われた。

「静かにして、暴れないで」

 背後から羽交い絞めにされ、反射的に声を出そうとすると手で口を塞がれる。恐怖よりも先に混乱が頭をついた。何が起こっているのか分からず、まとわりついてくる腕を引っ掻いた。「気をつけろよ」と心配そうに言う三浦くんの姿が浮かぶ。何?コレ


「この時を待っていたんだ」頭のすぐ後ろから男の声がして背筋が凍る。目の端に見覚えのある高級腕時計が見えた。男の左腕にはめられたソレをわたしは知っていた。男の顔を見ようと首を曲げると、途端に視界が消えた。アイマスクか何かをかぶせられたようだ。

 男はわたしを軽々と持ち上げ、引き摺る。必死に手足をばたつかせるが、空しく空を泳ぐだけで、靴は地面の上を滑って行った。突然突き飛ばされて柔らかい何かの上に転がされ、ロープで手首を縛られると、バンと音がして周りの音が消えた。車の中だ、と気付くと、運転席のドアが開いてやはり聞き覚えのある声がした。「さぁ、迎えに来たよ」




             達也




 会社の前の緑化スペースに設置されたベンチに腰掛け、吉田さんは隣に座れと促した。

「昨日はどうしたの?お前が休むなんて珍しいじゃん」

 口ぶりはいつも通りだが、その言葉に幾分か刺すような冷たさを含んでいる。

「仕事が嫌になったんですよ」僕は質問をかわそうと冗談で返したが、吉田さんはお構いなしに矢継ぎ早に質問をぶつける。

「一昨日、あの後何かあったんだろ?昨日岩崎から電話があったよ。襲われたの、お前も知り合いだったんだって?例のあの子に関係してるんだろ?」

 吉田さんは例の身動きが取れなくなる瞳をまっすぐに僕に向け、悪気もなく逃げ道をふさぐ。元々隠すつもりもなかったので、僕は一昨日の出来事を話した。


 僕が遠藤の家に行った事を聞くと吉田さんは一瞬驚いたが、腕を組み少し考えた後、深くうなずき、軽い口調で話しだした。

「ホントは〈元彼〉との接触はもっと慎重に行かなきゃだめだったんだよね。〈元彼〉がストーカーだった場合、三浦が接触したとたんに全てが悪い方向に向かっちゃう可能性があったからね」

 そう言って吉田さんは笑みを見せるが、口調は僕の行動を責めているようにも感じた。軽い行動でもしかしたら篠原は殺されていたかもしれないんだぞ、と。その瞬間僕の脳裏に最悪の結果が浮かんだ。

「でも、結果的にあたしに答えを教えてくれたから、三浦のしたこともあながち悪いことじゃ無かったよ」

 答えと言う言葉に反応する。この少ない情報で吉田さんには何かわかったのだろうか。

「あたし、もしかしたら〈元彼〉はそれほど悪質なストーカーじゃないような気がしてたの。ドアの落書きあったでしょ?あれがそもそもおかしかったんだよね。だって落書きのタイミングが遅いんだよ。〈元彼〉は盗聴してて、しかも近くに住んでたんだから、三浦が彼女の前に現れた直後にやるはずでしょ。それなのに落書きされたのは確か、三浦が彼女の家に行ってから3日後だっけ?それじゃあ脅すにしても、自分が見張っていることを主張するにしても、効果が薄いでしょ」

「でも、僕の存在に気づいても、落書きするまで、なかなか勇気が出なかっただけかもしれないじゃないですか。それだけで〈元彼〉じゃないとは言い切れないですよ」

 僕が納得いかずに反論すると、それも当然と言わんばかりに吉田さんは続けて話しだす。

「じゃあ、もうちょっと考えてみて。彼女の家に落書きされたのはいつだった?」

「それはさっきも吉田さんが言った通り、3日後ですよ」

僕が腹立ちまぎれに言い放つと吉田さんは苦笑しながら「そうじゃなくて、別の角度から考えてみなよ」と言って指を立てた。


 眠気にやられてボロボロの頭を何とか動かし、記憶を引っ張り出してみる。

 あの日、僕は山田氏の電話で目が覚めたんだ。朝の6時過ぎだった。電話口の声にただならぬ雰囲気を感じたんだよな。あわててるっていうか、あせってるっていうか、それで車を飛ばして篠原の家に行くと、山田氏がドアの落書きを見て青くなっていたのを覚えてる。あの時朝とはいえよく捕まらなかったな。


 徹夜で脳がつかれていて、うまく考えがまとまらず、意味もないことばかりが頭をよぎって行った。そう言えばあれが山田氏からの最初の連絡だったっけ。

 ああ、そう言うことか。

そこまで考えてようやくわかった。あれは僕が山田氏に篠原の警護をお願いした直後に起きた出来事だった。あれは僕にではなく、隣に住んでいることもわかった上で山田氏に向けたメッセージだったんだ。第2のストーカーは初めから僕の存在を頭に入れていない。


「わかった?」

 吉田さんは出来の悪い生徒に問題の解き方を説明する先生のように、僕自身が答えを見つけるまで見守った後、ようやく喋り出した。

「あたしが思うに、ホントのストーカーは彼女と山田さんを知っている人物だと思う。それでいて、山田さんと彼女が付き合ってると勘違いしてるんだから、それほど深くは付き合っていない。ってことは」

「恐らく、お客さん。ってことですね」

 僕がたどり着いた答えに、吉田さんは満足そうに笑みを浮かべて大きく頷いた。





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