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違和感と電話と花束




 店内を流れる陽気なリズムとは裏腹に、空気が張り詰めたように重い。無意識にのどが鳴り、自分の発した音に驚いた。全てを見とおせるほどの知識と推理力のある吉田さんが言う危険な賭けの内容を僕は聞けないでいた。


「ふぅ。なんだか、重い話になってきたな。」長い沈黙をやぶり、岩崎が口を開いた。

「そんなことないよ。あたしが言ってるのは、写真の男が〈元彼〉でストーカーだった場合の話し。その場合は最悪、危険な賭けに出るしかないのよね。」

とにかく、と語調を強くして吉田さんは人差し指を僕に向けた。


「その子を助けたいんだろ?それも中途半端に警察に任せたりしないで三浦自身で完全決着したいんだろ?だったら、三浦、お前に覚悟があるのかどうかなんじゃない?」

 吉田さんの言葉は人差し指を発射台にして真正面から僕を射抜いた。覚悟という言葉が突き刺さる。吉田さんに相談すれば何とかなると、この期に及んで高をくくっていた自分を叱責しているかのようだった。

 そうか、と思う。吉田さんがなぜこんな話をするのか。そうか、僕を試しているんだ。僕にどれだけの覚悟があるのかを、篠原のために僕がどれほどのことが出来るのかを。しり込みしている場合じゃないぞと、自分を鼓舞する。


「覚悟ならありますよ。なんだってやりますとも。」

 吉田さんは、その言葉を待っていたと言わんばかりに、よし。と白い歯を見せた。じゃあ、と説明を始めようと口を開いたところで、携帯電話がけたたましく鳴りだした。あわてて携帯を取り出して確認するが僕のではなかった。隣で岩崎が携帯に出る。


「おう、どうした?・・・おい。」携帯を耳に押し当て、にわかに岩崎があわてだした。立ち上がり、携帯を持ちかえては、しきりに相手の名前を呼んでいる。その様子は明らかにただ事ではないと感じ取れた。全員が岩崎の様子を見つめ、その電話の内容を推しはかろうと耳をそばだてていると、今度は僕の携帯が鳴りだした。篠原からだ。




             知美




 ようやく飯塚の家の最終確認が終わり、わたしたちは帰宅の途についていた。

「終わったね。飯塚さん喜んでくれてるといいけど。」隣で山田先輩が若干の高揚感を織り交ぜながら笑っている。わたしは仕事が終わった、というよりはようやく飯塚と顔を合わせなくてすむ、という安堵感のほうが強かった。先ほど引き渡しの際にいつも以上に瞳のなかにエネルギーをみなぎらせながら「すばらしい。」と感嘆していた姿を思い出す。


「先輩この後予定とかあるんですか?もしなかったら、ご飯でも食べに行きません?こないだのお礼に御馳走しますよ。」

「ああ、アレ、冗談だったのに。」先輩はありがとうと笑いながら「でも、ごめん。今日はちょっと寄るところがあるんだ。」と言って、私たちが降りる駅より2つ手前で降りる準備をする。


「じゃあ、また明日ね。お疲れ様。」

 電車がホームに到着し、大きな鼻息を思わせる音とともにドアが開く。次々に降りて行く人々の足並みはカタツムリのようなじめっとした感覚を思い起こさせた。もうひとつ大きな鼻息をついてドアが閉まる。ホームで手を振る先輩を遠くへ押しやって電車は加速した。



 アパートに帰ってくると、一種、異様な雰囲気を感じた。空を暗澹たる雲が覆い尽くしているからなのか、朝のニュースで言っていたように今日が特別寒いからなのか、それとも昨日切れてしまった玄関ロビーの電球のせいで薄暗いからなのか、原因はわからなかったが、いつもと違う感じがしてわたしは一瞬足を止めた。




             達也

 



「もしもし?どうした?」

「三浦くん、あの・・・あのね。」

 電話越しの声が震えている。ひどく怯えているようだった。

「どうした篠原?何かあったのか?」

「・・・あの、今、家に帰ってきたんだけど、ド、ドアの、ま、前にね。」

「落ち着いて、篠原は無事なのか?」

「うん。大丈夫。あのね、ドアの前に、は、花が置いて、あるの。」

「花?花束か?」

「うん。・・・それと封筒が一通、添えてあるの。」

「封筒?」嫌な予感がした。花束は〈元彼〉の仕業だろう。とすると、封筒に剃刀を入れてある、なんてことも考えられる。


「篠原、僕がすぐそっちに行くから。花束にも、封筒にも触っちゃだめだ。部屋に入って鍵をかけてじっとしてるんだ。いいね?」

 僕が電話を切るのとほぼ同時に岩崎も電話を終えた。突然男二人があわてだしたものだから、ただでさえ狭い店内が余計に狭く感じた。事情が分からず吉田さんも困惑を隠せないでいる。


「悪い、ヨッシー。後輩が何者かに襲われたらしい。結構ひどそうだ。今何とか救急車は呼んだけど、急いで病院に行かなきゃならねぇ。」

 岩崎はカウンターに並べたタバコやら、鍵やらをあわててしまい、足早に店を飛び出した。残された吉田さんとマスターが顔を見合わせる。あ、お勘定。と思い出したようにマスターがつぶやいた。

「まぁ、大変なことがあったみたいだから、つけにしときましょうか。」と肩をすくめる。


「ごめんなさい、僕もすぐに行かないと。吉田さん、この話の続きはまた今度。」

 僕も岩崎に負けず劣らず、あわてていた。急ごうとするあまり、足がもつれ、上着を着るのを忘れ、さらには財布まで忘れそうになる。その都度マスターに「忘れてますよ」と指摘された。


「三浦、あんまり急いでも何も変わらないよ。あわてないで事故に気をつけな。」

重厚な扉が閉まる直前に吉田さんの言葉が耳に入った。




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