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日常と嫌悪と盗聴器




             知美




「いやぁ、進捗具合を確認しに来ただけですよ」

 白い歯を見せながら飯塚はあたりを見回していた。大規模なコーディネートをする際は依頼主に別の部屋を用意して、一気に作業をするのだが、たまにこうして見に来る客もいる。飯塚もその一人と言うわけだ。鈍感なのか、気にしないのか判然としないが、わたしが言った軽い嫌味にも一向にひるむ気配がない。見かねた先輩が口を開く。

「もうそろそろ作業も終盤です。もう少しでまたお宅に帰ってこれますから」

「いや、私は別に急かしているわけじゃないんですよ。気になさらずにどうぞ、続けてください」

 あんたがいるから出来ないんだって。心の中で叫ぶと飯塚はいつものギラギラさせた眼をコチラに向けた。顔に出てたかな、と少したじろぐ。


「楽しみなんですよ。篠原さんの仕事が」

「あ、はい。ありがとうございます」よかったばれてない。


 飯塚は「どうですか?」と自慢げに高級腕時計を見せながら「もう時間も時間ですし、今日の作業はこのくらいにして、食事でも行きませんか?もちろん私がおごりますので」と提案してきた。おいしい中華の店があるんです。とも付け加えた。

 嫌いな上司に誘われた気分で、行きたくなかったが、依頼主の誘いをむげに断るわけにもいかず困っていると、横から先輩が

「篠原さんは確か今日は予定があるんだよね?」と、助け船をよこしてくれた。


「そうなんですか?残念だな」

「そうなんです。ごめんなさい」嘘なんです、ごめんなさい。行きたくないんです。

 飯塚は、予定はキャンセルできませんか?と、まるで自分の誘いのほうが大事だと言わんばかりにしつこく食い下がってきたが、最終的にはあきらめ、渋々帰って行った。帰り際にしっかりと「今度絶対行きましょうね」とあきらめの悪さを残して。


「わたし、あの人苦手なんですよ」

 帰りの電車の中でたまらず、先輩にぶっちゃけた。山田先輩は、やっぱりねとほほ笑む。

「篠原さんにしては珍しくしどろもどろになってたから、もしかしてと思ってとっさに嘘ついたんだけど、正解だったね」

「大正解です。ホントにありがとうございます」

「じゃあ、お礼に今度おごってもらおうかな」先輩は冗談めかして言った。もちろん断る理由は無い。それくらいに今日は先輩の機転で助かった。


「ところで、大丈夫なの?」

「え?何がですか?」先輩があまりに心配そうに訊ねるので、何のことかわからず訊き返してしまう。

「いや、あんなことがあった後だからさ」わたしに気を使っているのか、訊きづらそうにしている。ドアの一件のことだとはすぐにわかった。

「大丈夫ですよ。先輩もいるし、三浦くんもあれから毎日様子見に来てくれるんです。無言電話はまだ続いてるけど、今はそれほど不安じゃないかな」

「そう?なら良かった」

 電車がゆっくりと速度を落とし、ホームへと近づいていく。今日は三浦くん、どこにいるかな。




             達也




 篠原の部屋の前に来て、チャイムを押す。色あせた壁紙に塗り替えたばかりのドアの緑が目に鮮やかだった。今日も篠原が帰ってくるまで車で張り込みをしていた。今までと違うのは、僕が見ているのがアパートの周りではなく、向かいのマンションだったということだ。

僕の仕事が終わってから、篠原が帰宅する19時までの40分間。睨むようにマンションのベランダを眺めていた。5階建てで部屋数は西の端から東の端まで7部屋。その中でこっちのアパートの植木に邪魔されず観察できるのは3階より上の階でなくてはならない。7×3で21部屋。そのうち、見る限りでは各階に2~3部屋ずつ空き部屋がある。となると、残りは約13部屋。この中に〈元彼〉がいる可能性が高い。


 じっと見ていると、何部屋か、パッと灯りがつくことがあった。住人が帰ってきたのだろう。カーテンを閉める姿が確認出来た。即座に写真を取り出し確認したが、いずれもあの男ではなかった。


 篠原が帰ってくるまでに灯りがついた部屋は6部屋だった。中には元からカーテンがかかっており、どんな人物だったのか確認が出来ない部屋もあった為。僕は部屋の位置をメモしておくことにした。



パタパタとスリッパの音がして、少しの間があった後ドアが開く。

「三浦くん。どうしたの?」ドアチェーンをはずしながら篠原が顔を出した。

「よう。篠原。ちょっと上がってもいいか?」

どうぞ、と手を伸ばし、中へと誘導する。中に入ると、声を殺して篠原に話しかけた

「実は、これを買ってきたんだ」

僕は左手に持った盗聴器発見機を見せた。それ自体は一見、程度の悪いおもちゃのようにしか見えない。本体は手にすっぽり収まるくらいの丸い形で、中央にLEDと脇に小さなボタンが一つという簡素な造りだ。

「何これ?」篠原は僕の行動の意味がわからず素っ頓狂な声を出すので、あわてて、シー

と、口に指をあてた。

「これは、盗聴器発見機だ。もしかするとこの部屋に盗聴器が仕掛けられているかもしれない」

篠原は、まさか、と若干驚きの色を見せたが、すぐに声を殺して「でも、そこまでするのかな・・・?」とつぶやく。

「一応。だよ」とは言ったものの、おそらくあるだろうと思っていた。


 この機械は盗聴器の電波をキャッチすると中央のLEDが光るようになっている。盗聴器の位置が近ければ近いほど激しく点滅する仕組みだ。


スイッチを入れると、最初は何の反応も示さなかったが、部屋のあっちこっちに機械をかざしていると、一瞬光った。思わず動きが止まる。篠原も同じような反応をしていた。

恐る恐る光った方へ機械を近づけて行く。するとある一点を超えたところで、今度は、はっきりと光り出した。どうやらベランダに続く窓のほうに反応している。さらに近づいてみる。近づくごとに機械はウルトラマンのカラータイマーさながらに点滅を速めて行く。

 篠原の緊張が伝わり、顔を見やると、得体のしれない不安に一種の期待にも似た表情をしていた。


「これって、やっぱりあるってことなの?」恐る恐る訊ねてくる。僕は黙ってうなずいた。


 前に読んだ本に、盗聴器は電源が確保できる所に仕掛けてあると書いてあったことを思い出し、コンセントを探すと、すぐに窓のわきに見つけることが出来た。機械は僕たちの緊張を映すように最大限に点滅している。無意識にのどが鳴った。


異質だと思った。この恐怖は、子供の頃に親に怒られた時の恐怖や、徒党を組んだチンピラに追いかけられるような恐怖とは全く別のものだ。

 自分でも気がつかないうちに生活の音を全て聴かれてしまう。普段何気なく発せられる音、テレビを見て笑う声。料理を作りながら無意識に口ずさむ鼻歌。食事をするときの音。たまたま出てしまうひとり言や、寝息までも、受信機の向こうで舌なめずりしながら聴いている〈元彼〉の姿を想像して、僕は酸っぱいものがのどの奥を駆け上がってくるのを感じた。

「大丈夫か?篠原」

 篠原は「うん、大丈夫だよ」と気丈に振る舞ってはいたが、ショックは隠しきれないでいた。手をぎゅっと強く握り、必死に何かを耐えているようにも見える。


 こうなると、吉田さんの言っていたことが俄然真実味を帯びてくる。やはり〈元彼〉はあのマンションにいる。僕の中で憶測が確信に変わりつつあった。問題はこの盗聴器をどうするのかだ。


取り外すべきか、これを何かに利用するか。


「三浦くん?―――」篠原の心配そうな声で我に帰る。

何を迷う必要がある。僕は篠原を助けると言ったんだ。今この盗聴器をはずさないでどうする。「篠原、ドライバーある?」そう言った僕の顔はたぶん引き攣っていた。


 コンセントカバーをはずすと数本のコードが繋がれていて、その先に小さな基盤がくっついている。親指ほどの大きさだ。なんて簡単な造りだ。こんな小さなもので一人の人間の生活を脅かしてしまうなんて、ばかばかしくさえ思える。


 基盤をつまむとコンセントにつながるコードを無造作に引き抜いた。無性に腹が立っていた。盗聴器を仕掛けた〈元彼〉にも、一瞬でも迷ってしまった僕自身にも。

 基盤を指で挟んで思い切り力を込める。バキンと音がして真っ二つに割れた。


 指に冷たい痛みが走った。裏のとがった部分が指に刺さって血がにじむ。



 それから部屋の中をくまなく調べたが、幸いなことに盗聴器は一つしか仕掛けられていないようだった。もうどこに向けても発見機が光ることは無い。

「どうやら、これだけみたいだな」ようやく声を殺す必要のなくなった僕はため息交じりにつぶやいた。

「・・・血。血が出てるよ」篠原は震える手で僕を指差した。

指から流れる血を見て青い顔をしている。そういえば昔から篠原は血が苦手だったと思いだした。それを初めて知ったのは数年前のある事件がきっかけだった。





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