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嘘と再開と始まり

篠原知美と三浦達也のお話




「嘘というのは人間が考え出したものの中で最も高度で最も卑劣な言葉だ」

 昔大学の教授が言っていた言葉を思い出した。恩師と言うほど尊敬もしていない教授だが、この言葉だけはいつまでも記憶に残っている。


 人がつく嘘の種類は何種類あるんだろう。と、ふと考えた。僕たちは日常的に嘘をつく。きっと数え切れないほどあるし、生きている限り、数え切れないほど嘘をつくんだ。

 とにかく僕、三浦達也は嘘をついた。嘘をつこうと思ってついたわけじゃなく、意図せずにとっさに口をついて出てしまった。しつこい残暑がようやく終わり、風が心地よくなってきた10月の長い夜に、急にかかってきた篠原知美からの電話がきっかけだった。


「あ、起きてた?」

「どうした?こんな時間に」

 その日はめずらしく残業もなく、僕は大好きな時代劇をレンタルして、爽快なチャンバラに心躍らせていた。時間は確か23時を過ぎたころ、3本目のDVDをプレーヤーに入れてしばらくたち、主役の大立ち回りが始まったところで、急に携帯が鳴りだした。友達からのくだらない誘いなら無視して、この映画の一番の見せ場を楽しんでいた所だが、着信の名前が篠原だったのであわてて携帯を取った。


「ごめんね、こんな遅くに。三浦くんとちょっと話がしたくて。今、大丈夫?」

 篠原は大学時代の一つ後輩で、同じ時代劇研究会で多くの時を一緒に過ごした。今でも研究会の仲間と連絡は取り合っているが、篠原からかかってくることはめずらしかった。

「ああ、大丈夫だよ。どうした、何かあった?」

なにか相談事があって連絡してきたことは明らかだった。篠原からの連絡はいつもそうだからだ。頼りになる先輩ではなかった僕になぜか昔から篠原はなついてくれて、何かと僕に相談を持ちかける。


「今度は何だ?仕事の相談か?それともまた好きな人でも出来たのか?」

「ごめんね、こんなこと話せるの三浦くんしかいなくて」

そう言うと篠原はゆっくりと話し始めた。僕が卒業してからの約2年半の間のこと。大学で学んだ建築学を生かすために就職したインテリアデザインの仕事のこと、一年付き合った彼氏がいたこと。そして今、その元彼氏にストーカー行為を受けていること。


 篠原が話し終えるまで僕は何も言わずに聞いていた。この2年半全く連絡しなかったわけじゃないし、いつ電話しても篠原の声は明るく、仕事もいい仲間に恵まれて楽しくやっていると聞いていたので安心していた。『今時ストーカー?』と初めは思ったが、久しぶりに聞いた篠原の声が消え入りそうなほど小さく、相当悩んでいるのだと思った。

 なんと声をかけたらいいのか迷う。

「そうか、そんなことになってるなんて」自分の口から出た言葉にがっかりする。僕はこんな言葉しかかけられないのか。

「ごめんね」篠原はしきりにあやまっている。「わたし怖くて。でも誰にも相談できないし」

「謝るなよ。バカだな篠原。もっと早く言ってくれればよかったのに。篠原は大事な後輩だ。お前が困ってたらいつだって助けてやるさ。まかせとけ。そう言うことには少し詳しいんだ」

 僕は嘘をついた。嘘をつこうと思ったわけじゃない。と、思う。




              知美




 「これくらいですんで良かったじゃないか」

 電話を切った後、わたしは昔三浦くんが言った言葉を思い出した。

あれはまだ、わたしが大学に入って間もないころ、通り魔に襲われた時に三浦くんが言った言葉だ。病院に向かう救急車の中で、三浦くんの左手から流れる血を見ながら慌てふためくわたしに、三浦くんは笑ってそう言ってくれた。


 不意にサイドボードの上に置かれた固定電話が目に入る。今日も当たり前のように無言電話がかかってきた。もう3カ月近く、毎日わたしが帰ってくると必ずかかってくる。初めはただの悪戯だと思っていたけど、1カ月も過ぎると、その異常さに気持ち悪さを覚えた。犯人はわかっていた。それだけに悲しかった。


 一時でも共に時間を過ごした相手からうける嫌がらせは心に小さな傷を作った。わたしから別れを切り出した手前、仕方のないことと、あきらめ耐えていたが、次第に傷は大きくなり、やがてじくじくと痛みだした。アレを見てから傷口が膿んでしまったようだった。


 警察に相談しようか、迷っていたわたしの頭に真っ先に浮かんだのが三浦くんだった。

「これくらいですんで良かったじゃないか」と大きな傷を負いながらも笑ってわたしを励ましてくれた彼なら助けてくれそうな気がして、考えるより先に携帯を掴んでいた。


「これで良かったのだろうか」

「こんな相談をしたわたしを三浦くんは疎ましく思うだろうか」

閉じた携帯を見ながら自問自答を繰り返す。

「卒業してから、ほとんど連絡しなかったくせに、今さら頼るのか」

「面倒くさい女だと思われてるぞ」

 部屋に一人でいると考えが悪い方へと向かっていく。住み慣れたはずの部屋が別空間になってしまったように、居心地が悪かった。

今は一人でいたくない。




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