表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/105

88:quid faciam? quo eam?

 あの人と出会う以前から、私は多くの生徒を見守って来た。

 前線から離れたのは何年前だっただろうか。思い出したくない。……怪我が原因だ。何も出来ない。自分の代わりに育てた教え子達を正義のためと過酷な場所へと送り込む。自分は正しい事をしている。そう思う傍ら、苦しみ藻掻く私が居た。


 「あ、リオ教官」

 「どうした、アーク」


 私という先客に驚いたのか。風変わりな教え子は、普通の村娘のように気の抜けた声を出す。堅苦しいことはなしにしよう。今は訓練時間ではない。


 「私のような女が、祈るのはそんなにおかしいか? 」


 からかうようにそう言うと、少女はブンブン横に首を振る。


 「ち、ちちち違います! 唯……」


 嘘で誤魔化すことも出来るのに。ジャンヌは口から心だけの言葉を語る。


 「リオ教官のように立派な方でも、主に頼ることがあるなんて……思ってもみなくて」

 「ははは、私だって人間だ。祈りたくなることくらいある。君はどうした? 十字法の試験範囲が心配か? 」

 「それも確かに心配ですけれど、私は……」


 嘘は吐かない娘が、ここで躊躇う。彼女自身の真実を口にすることが、人や世界に受け入れられるとは限らないから。彼女の噂なら私も知っている。入隊時にやらかした“馬鹿”がいる。その内の片割れが彼女だ。確か面談でかなり電波な事を口にしたのだ。

 “聖十字に入って、カーネフェルを助けろと言われたんです”

 誰にと問われたこの娘は、純粋な眼差しで相手を神だの天だの言い張った。そのような訳で、彼女の友人は当初……同じくやらかした少年くらいなものだった。


 「君は変わったな」

 「教官? 」

 「賢くなった。それに君は仲間を理解者を得て、丸くなった。それ自体は良いことだ」


 そう。話してみれば気狂いでも電波でもない。使命に燃える少女であると解るから、彼女に好意を抱く人間も増えた。それでも、目障りだと思う輩も少なからず居る。金を貰うため、職にあぶれたために入隊する聖十字兵は多い。人や国のため、なんて志願者の方こそ異質。


 「君は嘘でも、自身を救ったシャトランジアに恩を返したいとは言えなかった」

 「そ、それは……その、勿論感謝はしています、ですが」

 「聖十字は、私は……ただの娘であった君を、君が望むならば強き兵には育てられる。しかし聖十字では、君の力にはならない」


 シャトランジアはカーネフェルを助けない。そう断言した時、彼女も解っていると頷いた。


 「退役するつもりです。私が望む強さを手に入れられたなら」

 「その前に、休戦が破られたなら? シャトランジアは見ていることしか出来ない。傷付いた者を助けはするが、我々に振り上げられた剣が下ろされるまで、手出しも出来ないんだぞ私達は」


 他国の民が襲われても、我々に刃を向けられるまで“正当防衛”は出来ない。十字法を行使出来る場所であっても不殺法で戦えば、味方の被害は甚大だ。殺さずに、その場を収めることは難しい。時に殺すことが、最小限の被害を導くことだってある。


 「教官……リオ先生。リオ先生は、凄いです。貴女、ですよね。名前は違うけど」

 「アーク? 」

 「私の故郷が襲われた時、助けてくれたのは貴女ですよね? 」

 「は? 」


 何を言っているんだこの子は。何の冗談……そう返すつもりが何も言えない。面接をした人間も、こんな真っ直ぐな瞳を向けられたのだろうか? 


 「聖十字は何も出来ないから。だから貴女は“誰にも見えない精霊”を使ってくれました」

 「っ!? 」

 「ありがとうございます。私、貴女にまた会いたかったんです。貴女から教わることが出来て光栄ですリオ先生! 」


 見当違いをしていた。この少女は……亡命しすぐに聖十字に入ったのではない。私が助けたのは、もっと昔だ。ジャンヌの言葉通り、私は彼女に会ったことがある。

 私が精霊を使ったのは、二度だけ。この子の村は壊滅した。それでも生存者はまずまずあった。彼らはあの後別の街へ移動したと思っていたが……彼女はそこを飛び出し、シャトランジアへやって来たのだ。


(だが……)


 既に私は精霊を持たない。見えるはずもない、いないのだから。それでもこの子は何かを、あれの影を私から感じ取っている。


 「人違いだ。だが……君は、数術を学ぶためにここへ来たのか? 」

 「私、聞こえるけど見えないから。数術の才能、ないんです。あったら良かったのに」


 言えない理由が在るのだろうと私の嘘を見破って、彼女は一度悲しそうに目を細め……その後すぐに切り替えて、明日も指導をお願いしますとはにかむように笑う。

 そんな姿を見て思う。駄目だ、この子はいけない。彼女が昔の自分と重なって……私は恐れを抱き始める。


(精霊数術……)


 この子を気に入る者さえ居れば、彼女の願いは叶えられる。しかし失敗したならば……この子は私になるだろう。

 もし才能があったとしても、私はこの子に数術を教えてはならない。


 *


 「ふむ……阿迦奢が、あの神子と相打ちとな? 」


 知らせを受ける刹那の声に、落胆の色は見られない。少し残念そうなのは、直接“少年教皇”の最期を見られなかったからだろう。遊び甲斐がなかったと言う意味で落胆はしているかもしれない。アニエスは、仇敵をそのように分析していた。

 このように拘束された自分は、上位カード……元素を扱う触媒として使われている。セネトレア王家の血を引く者、或いは土のカードのためか。情報数術の最高峰も土カードだと知ったこの女は、私をこのように使うことを思い立つ。私を中継とし、第五公との艦から情報を得る。

 あの船は、この女が作った。作らせた。意味など無い、思い付きでのやり取りだ。


 「嬉しいだろう、アニエス。其方の騎士と同じく隻眼だ」


 混血の眼球は、数術を扱うための触媒になる。それは彼らが数術使いとして優れているから。ならば元素に愛された、上位カードの目は如何ほどか?


 「嬉しかろう? 其方とあの男は、これで正真正銘、二人で一つの人間だ」


 私の騎士、トライオミノス。彼とは逆の瞳をこいつは刳り抜いた。その目を取り付けた船で、この女は戦況を知る。阿迦奢なる女が、第五公を庇い前線に出るのを見越した上で。

 いや、どちらに転んでも良かったのだ。どちらでも、この女は愉しめる。


 「……“貴女の、思い通りにはならない、絶対に”」

 「くくく、そう意気込もうと其方にその才は無い。言葉なぞ無力な事よ」

 阿迦奢が倒れ、シャトランジアの不法者共が暴れようとした時に、戦況に変化が起こる。セネトレア、シャトランジア……その双方を沈めたのは、一人の混血。

 互いに新たな艦がぶつかりあうまで暫しの休息。生まれたのは隙。しかし此方と彼方を沈めた者の狙いと正体がわかるまで、双方迂闊に動けない。タロックの船が来るまで、海戦はお遊び程度になるだろう。被害という点では良い船を持ってきたシャトランジアの分が悪い。セネトレアが失ったのは、実質私の片目と……タロックの女騎士一人と彼女の配下。セネトレアは痛くない。


 「相手は混血。貴女の思惑通りにはならないわ」


 直接、神子や騎士が死んだ場面を見てはいない。見ても私は語らない。視覚情報を記録するのは私だけ、この女は視覚情報で揺らぐ私の感情数を分析し、事実を文章として抜き出すことしか出来ぬのだ。映像を扱えるほど、彼女の脳は数術に適していない。映像を一度言葉に置き換え情報容量を減らす作業が必要なのだ。


(そして私も彼女も、その場の音は拾えない。誰が倒れ、何が沈んだとは知られても)

 「なるほど、言葉は確かに力は劣る。言葉の通りには受け取れまいが、妾の首を狙う者が多いのならばそれも余興となろう」


 生き延びた人間がいるならそれもまた良し。味方であろうと敵であろうと、不穏分子は泳がせる。酔狂な彼女の姿勢は大物か? 違う、王の器にないが故の酔狂。


 「さて、慣れぬ事をして妾も疲れた。しばらく休ませて貰うとしよう」

 「何処へ、“逃げる”の? 」

 「吠えるな“女中姫”。妾は逃げも隠れもせぬわ。第一島ベストバウアー、セネトレア王宮にて妾は全てを迎えよう」


 ちいさく欠伸を浮かべた赤眼には、睡魔からか涙が浮かぶ。一応この女も人間だと言うことか。それでも……演技と欠伸以外で、この女を泣かせることが出来る人間が、果たして地上にいるのだろうか。

 この女としては珍しく、敵対者以外に示した興味。追従者への好意。その相手が海者屑と消えたって、この女は揺るがない。悲しむこともこれは知らない。

 唯、他者を傷付けることでしか、呼吸が出来ない……そんなモノ。生きながら、人を害することしか出来ない者だ。殺さなければ、殺さなければ。そのために、私は犠牲を支払った。今は時を待つ、それしか出来ない。


 「第五公を出したのは、第四公のため? 」

 「……くくく、愉快な事よ。毒の魔女に、風土病を解析させてどうなるか……それが足りずとも、間もなく増援が来る。あの男は薬師共のように治すことには劣っているが、殺すことには有能よ」


 私の言葉を否定はせずに、女王は別の天九騎士の到来を告げる。カーネフェルが侵入する内に、刹那は次の手を打っていた。


 「帰るぞアニエス、其方もじゃ。囚われの姫がいなければ、騎士共も盛り上がらないだろう? 」


 片目を失い、それでも恨み言以外を口にした私を、女王はまだ捨てるつもりがないようだ。


(アニエス……)


 それが、私の名。嗚呼、愛しい名。それでも私は、揺らいではならない。失った、この眼のために。


 *


 《私はカーネフェル王、アルドール! 我が軍は、既にセネトレア第四島にある! 投降するならば命の保証はしよう。共にセネトレア女王の悪政を打ち砕く理想を掲げる者はその目の色、髪色が違えど迎えよう! 》


 声、聞こえてくる。放送数術で谺する、アルドールそっくりの声。彼女の声を聞きながら、私達は第四島を通過する。罪悪感を感じることに、ジャンヌは罪悪感を覚えていた。神を、我が主を信じることは容易でも、神が如き人を信じることがどうしてこんなに難しい。

 それは“死”だ。神は死なない、信じる限り。だけど人は簡単に、悪意や暴力……そんな物に負けてしまうから。

 それでも彼女の声は、空へと響く。


 《私の友は、混血だ。それを当たり前と言えるような、豊かな国に……カーネフェルをするために、私はセネトレアを落とさねばならない! 》


 たどたどしい、いつもの拙い言葉とは違う。アルドールを演じるように、彼女の声は夜空へ煌めいた。


 《逃げることを怖がらないで欲しい。私が貴方を助けるために、どうか私の言葉を聞いてくれ。私の耳に聞こえるように、助けてくれと言ってくれたなら。私の民だ! 私は貴方を守る王となろう!! 》


 離れる岸から、声がする。戦いが始まった。虐げられ搾取されることになれた奴隷達が、純血と戦う意思を抱き始める。加勢したい。守りたい。私も皆もそう思う。それでもそれは、彼女の役目。彼女が率いる精霊と、僅かな聖十字兵達が成し遂げてくれると信じて私達はここを離れる。


 「……心配は要りません」


 嘘。


 「ギメル様には強力な精霊が憑いています」


 これは本当。だけど嘘。


(リオ教官……)


 貴女はあれほど渋っていたのに、もう表面上は切り替えている。それでも心の底では納得出来ない気持ちがある。そんな師を、ジャンヌは複雑な心境で見つめていた。


(貴女の精霊、その“歌”を聴いた時と同じくらい、今の貴女は動揺している)


 だけどランスやアルドールは気付かない。気付けるほど彼女と時間を過ごしていないし、興味を持つほど彼女が自分を語らない。軍人として命令に従うように、纏ったものを越えてまで、彼女を知りたいと思う余裕も時間も彼らにはないのだ。だから気付いたのは私だけ。彼女に教わってきた私だけ。


 「“保管数術”か……そんな物まであるんだなぁ」

 「一体ならば解りますが、あれだけの数を持ち運ぶとは……」


 緊張した二人の声。未練を口にしたならば、それが未練に変わるから……ランスとアルドールは違うことを口にする。心が抜け出しそうになる自分を必死に押さえ込みながら。

 ランスやアルドールの代わり。それを担える精霊を、リオ教官は第四島の人々へ預けた。最後に見せる。海路は順調。夜が明ける前に、第一島へは辿り着く。

 ギメル様が引き受けたのは、一人で背負いきれる任ではない。その苦労に報いるならば、私達が足早に、戦を終結させなければ。王になること、アルドールは噛み締めている。これが現実なのだから。大事な人を犠牲にしても、多くの民を守れる判断。それを下せるのが王なのだ。正しき王だと彼はそう信じている。

 どんなに苦しくても、心が悲鳴をあげても、正しい判断を。正しい選択を。それを選び続ける、死ぬまで。自分の欲のために国を民を虐げる王を否定するなら、彼はそうならなければならない。どんなに難しい道であっても、立ち止まることは許されない。


(そう、だから私は)


 貴方の傍に居たい。貴方を支え、守りたい。今はそれだけ、それだけで良い。


(先生は……)


 きっと私と同じ。支えたかったのだろう、“ギメル様”を。二人の間にどんな出来事、会話があったか解らない。時間ではなく密度? 信じるに足る関係を二人は結んでいたのだと思う。だからその言葉に彼女は従った。心がそれを受け入れられずとも。


 「となり、良いですかリオ先生? 」

 「先生、か。君はもう私の教え子ではないだろう? 」


 船は自動操縦。甲板で星を見る彼女の傍に、私は佇む。私の呼びかけに応じるように、先生も私を王妃扱いしなくなる。


 「ごめんなさい。私達がもっとしっかりしていれば、先生もあの場に残れたのに」

 「過ぎたことだ。君だけの所為ではない」


 カーネフェルのカードが、底をついたこと。戦力不足は、私達……カーネフェルの不和が引き起こした。出会ったカード全てを仲間に出来ていたなら、私以上にランスとアルドールが胸を痛めている。

 だから聞くのは躊躇われた。それでも今を逃せば、そんな機会はないかもしれない。そう思い、私は口を開いてしまう。


 「“あの人”は、どうしてアルドールに何も言わないのですか? 」

 「何の話だ? 」

 「先程の言葉を聞きました。言葉は人をあんなにも……希望を抱かせ動かすものなのに」


 どうしてあの人は、それを無力だと思うの? いつもいつも、嘘ばかり。本当のことを口にするのを恐れるみたい。彼を傷付け回りくどく、彼を助ける。それは何故? 先生に聞くのは卑怯なこと? あの人の覚悟を知っているから、それを逃げと私は口には出せない、聞けなくて……思い出す、二人の抱擁。言葉ではなくあんな風にしか、あの人は彼を救えなかったのだろうか? 


 「人に与えられた答えを自分の物と、思い込むのは良くないなアーク」

 「え? 」

 「答えとは、自分で悩み考え導き出すこと、その物だ。間違っていてもそれが答えだ。悩み傷付いた過程が大事なんだよ。そこに間違いはない。君は知っているはずだ」


 答案用紙を見て、答えを知る者を君は許せるかと聞かれているのか。そんなの私は許せない。だけど、それとこれとが同じ事なの? 


 「十字法は記されている、しかし答えはそこに無い。君は君の答えを見つけ、今ここにいる。そうだろう? 」

 「はい……でも、リオ先生。貴女も話すべきです。貴女の大事な人と」


 そんなに悲しい目をするのは、貴女が諦めているから。彼女が死を覚悟していること知っていて、もう会えないことを知っているから。アルドールが堪えきれず、考えることを止めたのとは違い、貴女は今も考えている。アルドールも解ってる。解っているから解らない。目先のことだけ考えて、頑張り続ければ報われるのだと考えて。そうして彼は失い続ける、何もかも。もっと先を見ていないから、駆け抜けた先にぽっかり空いた大穴に、彼は踏み出すときまで気付けない。だけど先生、貴女にはその穴が見えているんだ。


 「私、先生を絶対に死なせません。先生も、もっと欲を持って下さい。もう一度話したいとか、もう一度会いたいとか、そういう気持ち。何もかも諦めた顔をしないで。貴女もカーネフェリーでしょう? 貴女が何処に属していても、貴女は私の、アルドールの守るべき民のはず」


 私を眩しそうに、だけど少し煩わしそうに、先生は一度溜息。


 「私は、シャトランジーだよアーク。私は、シャトランジアのためにある。この目が髪が何であっても」

 「それでもシャトランジアは我が盟友。私は貴女を守ります」

 「それが君の選んだ王の姿か? 」

 「私は兵です。どんな身分になろうとも。誰が私を尊ぼうとも、ただの……人間。それが武器を持っただけ」


 アルドールに許されないこと。彼に出来ないことを私が望む。それがカーネフェルの在り方。そうあって欲しいと私が望む。たぶん、夢だ。それが夢。国のために死ぬのでは無く、国のために私は生きたい。生きる限り守りたい。


 「ジャンヌ」


 不意に先生が、私のことを名で呼んだ。


 「かつて私は正しいと、思ったことをした。その結果が君なのだろう」

 「先生? 」

 「それは光だ、だが影だ。同時に私は罪を犯した罪人だ。正しい選択の先にあるものが、正しい結果とは限らない。だから……君は決して私にはなるな。それが私に教えられる、最後のことだ」


 それ以上は私が何を言おうと彼女は揺るがなかった。夜風は冷える、帰りなさいと同じ事を促されるだけ。それでも懲りない私を前に、彼女は一つだけ違うことを。


 「王の側を離れて良いのか? 」


 これを言われたら、私は彼女に逆らえない。


 「狡いです、リオ先生」

 「大人とはそういうものだよ」


 笑ったあの人の顔から翳りは、ほんの少しだけ消えたように私は思う。或いは全てを……もう、決めてしまっただけかもしれない、しれないけれど。


 *


 耳慣れぬはずの名が、どうして今は心地良い。すっかり肌に私の器官に溶け込んで、私を違う人間にする。


(リオ=プロイビート)


 罪を刻んだ私の名。これは、私が形作られる以前の話。

 一度目の成功。見える奴らは敵にも味方にも居なかった。私は目の前の人を助ける、すべてを精霊に任せながら。中立の立場を崩さないまま、傷付けられる前に傷付く人を助けられる。調子に乗ったんだ私は、身の程も知らずに。


 「シャトランジアに死刑はない。だから君は戦死したことにする。今日、兵士としての君は死ぬ。剣も銃も扱えないように手を壊す」


 拘束された教会地下。満足な治療もない。数術で間に合うような怪我では困る。後遺症が残るまで血を残す。汚れを嫌うような精霊は回復などしてくれない。

 ご丁寧なこと。そんなことまでしなくても、もう私の中には何も残っていないのに。


(失敗……した)


 自身の死よりもそれが悔しい。部下を死なせた、助けたい民も死なせた。英雄にでもなったつもりだったのか。私には、精霊を複数同時に扱うことも出来ないと、何故気付かなかったのだ。

 私は変わった。思い上がった。精霊のお陰で助けられたこと、自分の実力だと私は傲った。そんな私に祝福を、彼らはもはや施さなかった。

 一度目を聞き、不審に思った人間がいないと何故思う? 二度目の舞台に、見える者が加わると何故気付けない? 同じ事を、倍の力で返された。その事に、上が気付いてしまった。


(私一人が生き残ったのは……)


 私を見限った精霊達の中、最初のひとりが最期まで……私の傍にいてくれたから。だけど、もういない。空っぽだ。私は何も収納できない。もう今後一切私は、精霊数術を使うことは出来ないだろう。いや、何を馬鹿な。この牢から出ることだって叶わないのに。


 「貴女に新たな名を与えます、“リオ=プロイビート”」


 天の迎えとは奇妙。私は地獄に落ちるだろうに。

 数年後……私を牢から出したのは混血の少年。「人間ですよ」と苦笑しながら、彼は私に手を伸ばす。


 「あ、あなたは……」

 「神子です、次の代の」


 彼に求められた手は、それを握ることも出来なかったのに……触れられた指が、手が動く。後遺症も何もない。私の手が動く!! 


(信じられない)


 驚き手を動かした。閉じて開いて、信じられない。彼は私の利き手にも手を伸ばしかけ、しかしそれには触れず、手を下げた。


 「もう片方も直すことは出来ますが……貴女に罰は必要でしょう」


 鍵は既に掛かっていない。言われた扉に手を伸ばす。地上だ。私が“死”ぬ前に見たのと変わらない、光がそこにある。以前は何も思わず享受していたそれを、再び私は目にし、その美しさに涙を流した。


 「あの……」


 お礼と共に、今後のことを聞きたいと思い振り返る……そこには誰も居なかった。手掛かりは、彼から告げられた名前だけ。私は私のかつての名、そして新たな名を調べると……私は既に殉職していて、今の私は聖十字海軍で功績を収めたが、船が沈んで行方不明ということだった。同じく“リオ”なる人間も死んだ物と扱われ、階級だけは上がっていた。それでも奇妙なのは、私が拘束された日と、私が死んだ日が食い違うこと。私が捕えられていた期間は年単位。何度眠った? 何度食事を? 五年……十年? いやそこまではないと思うが、少なくとも私が時間を忘れるくらい、数年間は経過している。だって、そうだわ。私の風貌も変化している。にもかかわらず、数日前だ。本当の名前の私が死んだのは。


(どういうこと……? )


 書類の私と今の私を見た者が、本当の私と気付くこともなく、私だけが過去へ戻ったような奇妙な感覚。それどころかリオの名を探す私と書類を交互に見た聖十字は、私が本人だと言って大騒ぎ。


 「ご無事でしたか! さぁ、こちらへ!! 聖下が貴女をお待ちです」


 あれよあれよとい言う間に、私は神子様に謁見する機会を賜った。

 私がそこで会ったのは、私を助けた人とは違い、年老いた男性だった。私の瞳に僅かの失望、落胆が見えたのを知り、彼は全てを見透かすように頷くのだ。


 「君を助けたのは私ではない」

 「あの……チャリス、様? 」

 「先読みで、私も次代の顔は知っている。琥珀目の、美しい混血だったろう? 金髪のまだ幼い子供だ」

 「は、はい」


 周りを気にする私に、彼は人払いは数術込みで済んでいると仰った。


 「“保管数術”」

 「神子……さま? 」

 「本来それを喰らうだけでは何の意味も無い。しかし喰らい閉じ込めることで、意味を成す精霊も居る。あれめまた……世界のために火遊びをしたな」


 呆れたように、悲しむように……喜んで、彼は誰かを口にする。


 「リオ君、君は苦しみに満ちた監禁生活において、極々珍しい数術の才能に目覚めた。それが“保管数術”だよ。君を助けた未来の神子は、決して少なくはない代償を支払って、君に喰わせた。君は彼の命の時間分、違う場所へとやって来た」


 私は精霊数術以外の数術に、そこまで明るくはない。だから神子様のいうことの半分以上を理解は出来ていなかった。それでも私を救った人が、規格外の生き物だと言うことは解る。彼は教会の“禁忌”……死と引き替えとなるような危なげな数術を、やってのけたというのだから。


 「君の能力があってはじめて起きた奇跡だが、“精霊化”と組み合わせ“時間数術”を成功させるか。とんでもないな私の後継は。よほど君にやって欲しいことがあるらしい」

 「神子様、私はっ……」

 「君が彼と出会う頃、彼は既に消耗している。君の助けが必要だ」


 あの人は、自身の時間を命を数年私に分け与え、私に失った時間を取り戻させた。別人としてやりなおす、そのための時間を。動かない利き手と、動く不器用な手。それが私を“リオ”という人間として構築させる。


 「私の先読みでは、君は第一聖教会で教官の任に就いている。その役を引き受けて貰いたい」


 からっぽ。抜け殻の私。私は待っていた、あの場所で。あの人と再会できる日を待ちながら、何時しか今に慣れきって……なりきっていた、浸りきっていた。教え子達は可愛い。送り出すことは辛い。それでもそこに、あの人が望む意味があるのだと時には忘れ、時に思い出し、日々を送った。

 ああ、そうだ。教えると同時に私も学ぶ。数術船、教会兵器について。命令を下す立場であれば、武器は要らない。優秀な兵を育て上げればそれが私の武器となる。もう剣では戦えない。不慣れな手でそれを覚えても、大事な時に勝てる相手はいない。ならばプライドを捨て武器の性能を頼る。

 教える以外の時間を使い、地下の射撃訓練施設で私は漆黒の銃を手になじませた。身体の一部になるくらい、使い込んだと思う。使う相手もいないのに。敵の姿も知らぬのに。何時か出会う人の武器になれるよう、私は時間を費やした。利き手を治されなくて良かった。私が罪を忘れたら、私は懸命にはなれず……救われた恩も忘れてしまっていたから。

 動かない、私の右手が繰り返し私に問いかける。罪を忘れるなと、何度でも。

 それから何年? 解らない。時間の感覚を私は失っている。ほんの数年だと思う。だけどとても夜は長かった。教え子達と語らう昼はとてもとても、悲しいくらいの刹那なのにね。


 「はじめまして、リオ」


 私が名乗るより先に、彼は私の名を呼んだ。それだけで私は貴方を信じた。

 チャリス様により救われたという幼き神子は、傍らに混血の修道女を一人。いや他に……彼に次々付いていく。教会内に住まう精霊達が次々と、彼を主と認めて続く。まるで凱旋、なんの凱旋? 

 嗚呼、これは死か。これが死だ。十字法に死刑はない。違う形での死が私の前に現れた。

 ルキフェル、イグニス様に最初に救われた子。それが自慢。それが誇り。可愛い子、可愛そうな子。時間なんて関係ない。だけど時間を口にするなら、私は貴女より先に救われている。


 「お待ちしておりました、我が主……」

 「え!? え!? な、何ですかこの女!! 」

 「良いんだよルキフェル、彼女は僕の味方だ」


 空っぽの私が、貴方で満たされていく。彼が求める握手の手、応じる形で伸ばしかけ……右手を下げて上げた左手。


 「リオ=プロイビート。これから貴女は、僕の手足になって貰う」

 「神子様っ! この手は! 」


 掴まれ、癒される私の手。動く、動いてしまう……私の罪が。


 「“罪には罰を”……だけど、貴女の罪は僕の罪。痛みは引き受けよう僕が」


 回復数術ではないのだと知る。この人でも、既に治療できない傷だった。しかしあの人の手はどちらも動く。ならばそう、そうなのか。


(貴方は、もう……)


 それならば。私はやがて命じられる、作戦の意味さえ気付いてしまう。

 動く両手、その名は罰だ。罪を貴方に背負わせた、私は私の使命を果たす。そうさせるよう貴方が仕組んだ。解っていても、貴方を思う。思ってしまう。

 仕組まれたこと、逃れられないのは人の心だ。計算式に組み込まれても、心はそれに付き従う。私は貴方を裏切らない。貴方の命令は必ず果たす。


 「ご命令を、イグニス様」


 *


 精霊を多く侍らせ従えさせる。それは数術使いとしての力を誇示すること。もしくは能無しであることを認めること。彼や彼女が彼らと意思を疎通していないのなら多くの場合、それは後者であるだろう。敵も数術使いなら、手の内を見せてやるのは愚かなことだ。故に、優れた術者は精霊の存在を隠す。

 その数術の名は、保管数術。それは、体内に無数の精霊を保有し持ち運べる力。収納する箱としての才能。

 精霊は意思を心を持った存在。ある側面で被憑依数術にも似ているが、主人としてその身体をキープするのが術者本人。術者の意識で精霊の意識に蓋をし覆い隠して同調、沈黙、或いは睡眠状態にさせる。

 これはなかなか難しいことだし、意識レベルまで同調できるような相性の良い精霊を一体……それが通常の数術使いの限界だ。そもそも“保管数術”の存在を知らない術者が数術使いの大半を占める。精霊数術を極めた聖教会が、有する知識であり情報。それを教会が秘匿している以上、精霊との偶然が生じなければ人はそれに気付かない。


 イグニスという人が、世界最高の数術使いと賞賛されるのは……特殊な数術に特化した私達“運命の輪”達すべてをその分野で打ち負かせるから、ではない。

 それ専門に特化した私や彼らにあの方は劣る。変身数術ではマリアージュに敵わないし、不可能ではないが、余程近しい人以外、エフェトスの被憑依数術を真似ることも難しい。被憑依させられる相手は、心身の構成数を理解した彼の片割れくらいだろう。


(そして……私の保管数術も)


 あの方は、私ほど多くの精霊を隠せない。それでもあの方が恐ろしいのはその万能性。あの方は実に多くの精霊を使役できる。四元素全ての精霊を従えた神子はこれまで一人も居なかった。イグニス様は、本人の生まれ持つ元素と相性最悪の精霊さえ従えるのだ。リスクを省みないなら、全てを可能。それを可能にするだけの、数術への適応性。

 ただ一つに秀でた我々を、統べる全てを理解する人。メンバー一人一人が神子様に敵わなくとも、運命の輪が団結出来たなら……私達はあの人を凌ぐ力を持つだろう。私達全員が意思を持つ以上、それはあり得ないことだけど。おそらくあの人は、自身のスペアを作り上げるため私達を集めた。自らの死後に対する保険のように。私はそんな風に受け取っている。受け取らざるを得ない。

 誰に対しての備えかは、私も知った。貴方が“道化師”を恐れるのが解る。貴方の死後、教会は運命の輪は割れ綻びる。貴方とあれの違いをはっきりと、見抜くことが出来るのは……貴方を愛する者だけだ。忠誠だけではきっと足りない。だから貴方は私の心を奪ったのでしょう。でも、貴方は運命の輪全てから愛されることを望まなかった。貴方は増えすぎた愛も、亀裂に繋がることを知っていて……私や彼女を信じた。私達の言葉を、彼らが聞入れてくれることを願った。

 私は死ねない、まだ死ねない。少なくとも貴方よりは前に、死ぬことは許されない。生きろと貴方が言ったのは、私を愛してのことではなくて……私という歯車を、最大限活用するためのこと。貴方が満たした私の心、貴方が再び無に変える。私の違う使い方、私に理解させるため。

 私は多くの教え子を見た。人を見た。貴方が集めた部下の傾向にも気付く。私達、特殊数術を持つメンバーは、切り札がある。能力を知られた後も、場を動かせる切り札が。

 私が運搬役以外の役割を、こなせることを貴方は知って、私をカーネフェリアと向かわせる。その意味は、保険。最悪の場合においての保険。最悪とは、運命の輪にとって? 違う、カーネフェリアにとっての。

 貴方は貴方の本当の願いを知って、それでも貴方から離れない者から愛されるよう、車輪を動かした。望む世界から、極力離れないために。


(イグニス様……それでも、私に何が出来ますか? )


 多くを持ち運べたから、その全てを従えさせられるわけではない。保管と使役、そのどちらもが秀でて居てこそ精霊数術の使い手としては優れている。しかし自己満足と名声目当て以外でそれを一人で行う必要は無い。


(私は……私自身には、精霊数術の才能がまったくない)


 私は私自身をそう分析している。 私は……ギメル様、そしてカーネフェリア方に精霊を渡し、そこから先は数術艦で威嚇を行う物だと思っていたのに。


(どうするおつもりなのですか、イグニス様)


 念話数式、問いかける。あの人の声はもう、聞こえない。もう、他に割く余力さえ……あの人には残されてはいないのだ。


(イグニス様)


 もう一度、私は胸の中で同じ言葉を繰り返す。答えはやはり、聞こえなかった。

 イグニス様は、もう決められた。それを覆す事はなさらない。きっとこれはそういうこと。最後に下された命令。それは“ギメル様”から伝えられるより以前。

 あの方はもう、その時から決めていたのかもしれない。第一島へ行くと言うこと。それは泳いで? カーネフェルの騎士がやったという風に数術で? 出来なくはない。しかし迅速に目立たず……それなら空間転移? いや、その負荷に耐えられる者がここにはいない。幼きカーネフェリアはあの数式を安定させつつあるけれど、見知らぬ土地はまず成功しないし、代償を肩代わり出来る相手も傍には居ない。ジャンヌを使っての空間転移は既に数回されている。ここで食いつぶせば、肝心の時に勝利を逃す。故にあの人に私は命じた。


 《数術船で第一島に》


 その後のことも短い言葉で念話数式が、届いたことを思い出す。

 “逃げて、生きろ”と言った貴方の声は、命令と言うには心が滲みすぎていて、願いのように私に届いた。だから揺れる、私の水面。ゆらゆらと、二つの希望に挟まれて。


(ジャンヌ、君まで私にそれを言うのか)


 違う希望がそれぞれ私に生きろと言った。その意味を、あの二人が知らないはずもないのに。

リオ回。十字編で書くか悩み、海戦の方を彼方で掘り下げることにして、本編では彼女を掘り下げました。

運命の輪はそれぞれ担当ナンバーの章(か同時進行の時間軸近く)で活躍するよう考えていました。例外も居ますが。


イグニスが最高の数術使いなのは、高度な汎用性。各種数術を高水準で扱えること。情報数術オンリーならトーラには劣ります、変身数術なら代償の意味でマリアージュに負けます。寿命を省みないなら最強。神々との契約数術(それぞれ別の代償)と、生まれ持つ先読み&言霊数術もあるチート野郎。それでも四苦八苦しているのは幸福値と命の残り少なさから。

手駒集めと教育には文字通り命懸け。自分一人では運命に抗えないことを、知っているのかも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ