83:Transit umbra, lux permanet.
精神的なトラウマか。子供を前に、刀を握るとそれが冷たく重く感じてしまうのは。
子供を殺すことに躊躇いがあった。弟を、殺した時を思い出すから。
それが、どうしたことだろう。シャトランジアで毒に倒れた直後から……俺の迷いが消えたのだ。隙を狙えばカーネフェリアさえ俺には殺せただろう。けれど祖国のため……それを行わなかったのは、もうその意味が無いことを俺は覚えていたからで。
俺が忘れたのは、弟を殺したあの日の剣の鈍さだ。子供を前にしても、触れた得物はいつもと同じ温度と質量で。
カーネフェリアの計画を聞き、それに協力する体で俺は機会を窺っていた。
(エルス……)
お前の数術は、あまりに悲しい力だ。タロックは、滅ぶべくして滅ぶ。もはや逃れようはない。お前がそれに付き合う必要は無い。
しかしそうなった時……エルスには、帰る場所がないのだ。幾ら幼いカーネフェリアがエルスを許しても、民はエルスを許せない。好意的に言ってやるなら戦意喪失のための策、しかし必要以上に残虐な振る舞いをした。庇いきれないのだ、エルスを誰も。抱え込めば地獄の淵まで共に身を沈めることになる。
(鬼が笑って生きるには……この世はあまりに狭すぎる)
牢の中、夜を眺める。掴んだ得物は尚軽い。選択の先を思えば胸は軋むほど。
「共に、桜を眺めよう……エルス」
頬を涙が伝っていった。須臾王、弟以外のことで……悲しむ自分に気付いて笑う。
*
(な、なんなんですかこの子は!)
ジャンヌはひたすら狼狽える。アルドールの知人を名乗る、イグニス様の妹君……それは道化師に酷似していて信用できない。
キールを聖十字へ任せたどころか、私が戦う前に兵士に預けたパルシヴァルの回復まで彼らは始める。
(道化師が、彼女の名を騙っていたとは聞いたけど……この子が本物である保証はない。リオ先生も偽者と考えるべき……?)
タロック側か道化師が、仕掛けてきたとも考えられる。彼女たちが本物である証拠を見せられるまではやはり……
しかし少女は城壁の向こうを指差して、侵入の意思を伝える。
「いそがなきゃ。あっちに行かなきゃ駄目」
「失礼ですが、貴方がたをここは通せない。少なくともアルドールの許可が下りるまで、城に近づけるわけにはいきません」
立ちはだかる私に向い、彼女は酷く焦った様子で手を伸ばす。だけど力で私に敵うはずもなく、しっかり身柄を拘束される。
「間に合わなくなる!」
泣きそうな、少女の声のその後に……獣の咆吼めいた絶叫が辺りに響いた。
「な、何事です!?」
*
何かを、見た。あれは、夢?体の痛みが僅かに引いている。なんとか体を起こすことは出来そうだ。
「双陸……?」
生きて居る。僕は生きてる!エルスは目を開けすぐ傍に、自分を引き寄せたまま血を流し続ける男を呼ぶ。
「しっかりして……どうしたんだよ……こんなことで、どうして」
体の痛みはある。それでも僕はまだ生きてる。危ないのは彼の方だ。回復数術でも間に合わない。どうしてこんなことになる?彼はカードのはずなのに、自分で自分を殺めるなんて。
「エル、ス……っ」
息も絶え絶え、双陸はもう長く保たない。それでもまだやるべき事があると、僕を連れて行こうとする。彼が手にしたのは、落下の際僕から離れた……彼が僕に預けた脇差し。接近戦に弱みがある僕を守ってくれるよう、彼が貸し与えた物だ。それで、彼は僕を殺すつもりだ。
「双陸……」
何故か、僕の目からは涙が溢れた。
裏切られたような気がしたんだ。僕の手当てをしてくれた人が、僕を傷付けようとする。僕を殺そうとする。こんな事をするなら最初から、僕のことなんか見捨ててくれれば良かったじゃないか!
怒りや悲しみが、数術に結びつかない。集中がまるで出来ないんだ。こんな僕を殺すのは……きっと彼には簡単だ。
「や、やめっ……痛っ!ボクは……僕は貴方を助けに来たのに!?どうしてこんなことっ……!?」
僕の幸福値はまだ残っている。だから死ねないんだ。それか双陸が弱いカードだから?
解らないけど死ぬほど痛い!瀕死な双陸の攻撃は、微妙に急所を外して行くんだ。
「う、あっ……ぁ………」
首でも締めてくれたら良いのに。介錯するつもりなんだろう?なるべく早く死ねるように、苦しまないで。でも狙いが定まっていないから余計に痛いだけなんだ。不器用な人だな、こんな時まで。
(操られたんじゃない。変わっても居ない……双陸は、本気で言ってる)
逃げられないと知っているから、こんな方法を選んでしまった……馬鹿な人。だけど……忘れられないんだ。まだ腕に巻いたままなんだ。人間に施された、優しさを……僕は。
「桜を……見に、行こう……エルス」
「双、陸……」
「きっと、綺麗だ……」
「……双、ッ」
「そこでは誰も、お前に……石を投げない。誰も、お前を罵らない」
この人は死ぬ理由ないのに。あんなに馬鹿真面目で。須臾の犬で。タロックのことが大好きだったこの男が……
「……うん」
口から滑り落ちた言葉。涙はまだ、止まらなかったが僕は目を閉じ上を向く。この方が首を斬りやすいだろう。
「だけどな」
「世の中そんなに甘くありません。でしょう?我らが、須臾王」
目を閉じた僕の耳に、ぞっとする言葉が届く。あの腐れ同僚二人によく似た声色と、他にもう一人の息づかい。
「!?」
*
「退けぇええええっっ!!」
敬語も忘れて声を張るジャンヌ様。その迫力、怒気に恐れを成した民は次々道を空けていく。
「今の音は……!?双陸殿っ!?」
その場所に、真っ先に駆けつけた俺とジャンヌ様が見たのは……血まみれで事切れた双陸殿の姿だった。
「ひ、酷い……」
(数術の痕跡……エルスの仕業か?)
遺体の状況は、凄惨な物だった。幾本もの刃で体を貫かれたような切り口で、胸の中央に刺さった太刀により、彼は城壁に縫いつけられていた。口封じに来た仲間に殺られたか?こんな得物エルスでは扱えないだろう。
だが多くの傷口からは数術反応を感じる。最後の一撃以外、貫かれた傷は数術か?
(ここにはエルスの血も残ってる……僅かに引きずられた後も)
エルスは回収されたか。キールを脅し城に侵入したタロック人がいたのだろう。だが、大した抵抗の跡がない、エルスは数術を使えるような状況ではなかったようだ。
(空間転移……彼方にエルス以外の数術使いが居るのは確実か)
「ランス、何をしてるの!?」
双陸殿の介抱もせず状況の分析を始めた俺を非難するよう、ジャンヌ様が怒鳴る。回復数術の使い手なのに俺がそうしない意味、理解していないはずがないのだが。
「……貴方達っ、こっちだ!!回復数術を、はやくっ!!」
俺に痺れを切らしたか、遅れて駆けつけた救護兵に、ジャンヌ様は敵将を看るよう指示するが、無駄なことだと知れて居た。
(痕跡が消える前に……読み取らなければ)
イグニス様ならいざしらず、俺のような純血では事件現場の解析は、その直後……早ければ早いほどが良い。その分得られる情報もより正確な物になる。
ジャンヌ様だって本当は解っているつもりだ。解りたくないだけなのだ。ご自分が、聖十字を疑い留めたがために、“間に合わなかった”ことを。
(とは言え……ユーカーに続いてこれだ。お心をどんなに乱されているだろう)
これは、好きにさせるしかない。手を尽くしても駄目だった。彼女が納得出来るまで。
中庭に、一番最後に現れたのは聖教会からの使者達。せめって走って駆けつけ回復の手伝い、その振りでもすれば違ったか。とぼとぼと力なく歩く少女は、この件に関して全てを悟り、諦めていた。それはジャンヌ様の正義とは相容れない行動だった。
「……かわいそうな、人」
事切れた敵将を前に、ギメル様は悪意なく彼を哀れんだ。
「お休みなさい。せめて、幸せな夢を」
それは何の祈りだ?跪いて彼の目を伏せ、彼の手をそっと握ってまた放す。
「っ……そんな言葉、何の意味があるの!?解っていて、どうして教えなかった!?貴女には、わかっていたんでしょ!?どうして……もっとはっきり、私に……」
らしくない、他人を強く責める言葉。それは彼女がセネトレア女王に対峙した時並の激昂。けれど語尾になるほど弱々しく、彼女はその場に泣き崩れた。
「ジャンヌ様!」
咄嗟に俺が支えるも、彼女は俺を振り払う気力も無くそのまま涙を流し続ける。
「ギメル様に予知能力はありません。イグニス聖下より伝えられたことを我々は把握しているのみです」
イグニス様の妹を、補佐する指揮官がやるせなさを滲ませながら吐き捨てる。
「ランスっ、ジャンヌ!!」
「アルドール様!」
異変に気付いた俺の主が慌ててこちらへとやって来る。城に戻り彼は何かをしていたようだ。
俺に縋ったジャンヌ様を見、アルドール様は少し遠慮がちに距離を置く。泣いている女性にかける言葉が見つからないのか。
「……双陸、さん」
辺りの人々の視線が向かう先、俺の主も気がついた。アルドール様は、俺達は……目的にために奮闘した……無駄な足掻きを。頑張れば頑張るほど、報われなかった時の絶望は深い。
(それでも此方の手を汚さずに、タロックの将を討てた)
世論を少し操作する必要はあるが……安い犠牲という言葉、主から出てくることはないか。
泣きそうだ。それでも堪えて唇をアルドール様は引き絞る。民が居る前で泣くような王は、皆が不安になるだろう。まだ幼い少年が、王であろうと精一杯に務めている。
「アルドール様……こんな時にですが、彼方はシャトランジア使節の方々です」
「……っ、シャト、ランジア?」
「まだ立て直しの半ば、このように満足に歓迎も出来ずすみません。しかしこの度はどのようなことで我が国に?」
アルドール様が息を整える間、俺が代わりに話を振った。
「ええ、イグニス聖下はお忙しい身。しかし旧友にして盟友であるアルドール王のめでたい知らせに、こうして代理の我々が参りました」
「……え」
「おめでとうございます!ご結婚、真に喜ばしいことですなアルドール陛下!」
あの聖歌隊、結婚を祝う歌を歌い始めた。まさか……彼らをそのために、連れてきたのか!?
「北部平定に尽力されたジャンヌ妃殿下は、我が聖十字軍でも活躍されたお方!きっと両国を結ぶ架け橋となってくださることでしょう!さぁ……貴女からもお祝いを」
「この度は、まことにおめでとうございます陛下」
ぺこりと頭を下げた少女。やや棒読み口調なのは、先程の付き添いの言葉を思い出してのオウム返しか?妙にたどたどしい声だ。
「あ、ありがとうございま……」
「結婚するんだねアルドール!すごいね、すごいね!!わたしね、私……一回おっきなケーキ?食べてみたかったの!!あ、背伸びた?」
しかし顔を上げた彼女は、目の前にアルドール様が現れたことに安堵して?途端に口が回り出す。
「あ……ごめんなさい。こんな時に、する話じゃないよね」
彼女はその場に跪き、双陸殿にもう一度祈りを捧げる。死者は何も喜ばず、何も食することはない。聖職者である身で、慎ましやかではない食事を望むのは良くないか。自責の念に駆られて沈んでいく少女。
「でも、これだけは許して」
「……っ、……ぎ」
「嬉しいよ。わたし、また……あなたに会えて!」
泣きながら、ふわりと笑った少女。彼女の微笑みを前に、アルドール様はその場に膝を折り座り込む。信じられない者を見るように、それでも震える唇は、彼女の名前を作り出そうと必死な様子。泣くことを、もう耐えられないと意思に反して溢れる涙に、王の威厳は見られない。年相応の、少年が居た。
「ギメル!!!本物!?本当にギメル!?」
「あはは!なにそれ」
自分では動けないアルドール様に彼女の方から駆け寄って、ぴょんぴょん跳びはね抱き付いた。
結婚を民に知らされた王が、別の女と抱き合っている。これには不安を覚える民も居るようだ。しかしこの少女、年より言動が幾らか幼い。何の下心も感じさせない無垢な姿に、浮気だとしてもこれはエロスじゃなくてアガペーだな、などと囁き合う民も居た。
「アルドール様、積もる話はまた後で。今はこの場を収めることが先でしょう!……ジャンヌ様、宜しいですか?」
「す、すみません……ランス」
彼女の手が離れることが名残惜しい。いや、そんな場合か!
これでは埒が明かないと、俺は騒がしいその場を仕切り、兵を使って民を誘導。情報整理を終えた現場はこれで良いだろう、双陸殿を丁重に運ぶことも命じた。
アルドール様がああ言うのだ。あれは本物の“ギメル様”らしいが……エルスは手に入らなかった。俺達も疲弊した。近付くセネトレア攻めに……暗雲が横たわるようで気が重い。
(トリシュにキールに双陸殿と失って……ユーカーも居ない)
勝てるのだろうか、この戦。アルドール様は信じられても……俺は俺達の力と、カーネフェルを信じ切れては居なかった。内乱の種は、転がっている。足下を掬われないように……慎重にすすまなければ。王にもそう言い聞かせよう。
*
もう後悔をしないように。変わって行こうと心に誓った。その言葉に嘘はない。ないったらないんだけど……こんなことって、最悪だ。俺は俺の不運を呪う。
アルドールは、斜め後方からのジャンヌの視線に当てられながら、玉座で冷や汗を流す。
結局あれから丸1日も経過していた。それまで現場と事後処理の書類と指示とで、使者と満足に話す暇さえ無かったのだ。
どこから頭を整理したら良いのだろう。
折角頑張ろうと決めたのに、キールのこと双陸さんのこと……エルスのこと。全てが裏目に出て、何一つ成果は上げられないし、もう精神的に辛すぎて、思い出す度胸も頭が痛いしお腹も痛い。連鎖反応でトリシュとチェスター卿のことも考えて痙攣まで起こしそう。
トリシュもキールも居なくなってしまったんだ。カミュルとコルチェットのこともある。胃が何個合っても足りない。牛になりたい。でも俺が牛なら全ての胃がこうしてキリキリ痛むんだ。やっぱり俺は俺でありたい。
「我々はこの度のお慶びに際し、カーネフェリア様に祝いの品を献上するため参りました。数術船、聖十字兵……それから“ギメル様”です」
「ええと、あの……リオ殿?シャトランジアの支援は喜んで受けさせて頂く。しかし、その……彼女は」
「我がめいゆーカーネフェルのため、きょーこーイグニスさまから命じられました。カーネーふぇリアさまにお側仕えでも下女でも妾でも構いません。私の身も心も、今日よりあなたの物になさってください」
凄い、棒読み。良く暗記できたな。いや、チラチラと彼女は片手を盗み見ている。
「あるどーる、何そんなに私の顔見て。何か付いてる?」
「あ、あのさ、ギメル!!!!?ほ、本当に本当!?本物なのか!?イグニスとかじゃなくて!?」
「あはははは!何それ、あるどーるったら変な顔」
「り、リオさん……これは」
彼女をシャトランジアから連れてきた、聖十字の指揮官に俺は震えながら返答を求める。
「はい。これより私と彼女はカーネフェルに従います。私はこの戦争が終わるまで、彼女は生きて居る限り貴方とカーネフェルのために尽くしましょう」
「い、いやそうじゃなくて!!」
「エフェトス、こちらにおいで」
「おとーさん?」
「良い子にしてたか?」
「おとーさん!!」
事情を説明するには、直接首謀者と話した方が良いとリオさんは……エフェトスの被憑依数術を展開させた。そうしてここに現れるのは……
「……久しぶり、でもないな。そっちは上手くやったようだねおめでとう」
「イグニス!!!どういうことなんだ!」
「先日、刹那姫から奪った毒でいくつか薬が開発された。その中の一つが、ギメルの眠り病を劇的に回復させたんだ」
「信じて、いいのか」
「どう考えるかは君次第だ、カーネフェリア」
ギメルとイグニスが、こうして同時に存在している。もう、何が何だか解らない。それじゃあ道化師って本当に誰なんだ!?イグニスでも、ギメルでもないってこと?
「彼女は予言や攻撃数術は使えないが、回復に特化した数術使い。その代償は契約数術によるものだから、軽い負担で戦場では大いに活躍できる。ランス様を消耗させないためにも彼女を君に預ける」
「預けるって、そんな語りじゃなかったよな今の!!」
「ああ、そうそう。結婚おめでとう。シャトランジアからの貢ぎ物と友好の証として受け取ってくれ」
(新婚早々、新郎の初恋の人を側室まがいの名乗りで送り込むとか何考えてるんだよ!!ジャンヌ凄い顔でこっち睨んでるじゃないか)
(君がギメルに手を出せるとでも?)
(だ、出せる出せないとかそういう話じゃなくて)
「ギメル、手を見せて」
「あ、おにーちゃん!!」
嬉しそうにエフェトスに抱き付くギメル。無邪気な姿は昔と何も変わらない。少しだけ背が伸びて、痩せていた昔とは違い、少しだけ女性らしい肉も付いて体の柔らかさも……い、いや何を言っているんだ俺。
あんなに恐れていたのに、いざ彼女を目の前にすると……俺も昔に戻ってしまうようで、何ら変わらぬ彼女に変わらぬ心を捧げたくなる。
(馬鹿なことを、考えるな)
彼女を抱き締めたい。そんなこと、考えてはいけない。ああして抱き付かれるエフェトスを羨ましいなんて考える、そんな資格は俺には無いんだ。
「以前言ったように、彼女は右手にカードを宿している」
「ハートの……女王………」
見せられたギメルの手……甲にはハートの紋章、掌にはQの文字が刻まれている。じっと目を凝らしてみるが、そこから怪しい気配は感じない。ランスに目配せしてみるが、彼にも見破れないよう。
カーネフェルへの旅路の際、出会ったあの精神体。船で出会った視覚数術で、道化師がギメルを騙ったと言うこと?
「イグニス」
「僕に聞かずに試してみたら?ランス様なら視覚数術、操れるだろう?」
「ランス、試しに自分のカードを別の数値に変えてみてくれ」
「はい、仰せのままに」
「パルシヴァル、ランスの手を見てくれ」
「Ⅲです」
「どうしてそう思う?」
「全体的な雰囲気が、カードの幸福値?」
見抜けても要領を得ないパルシヴァル。また寝不足か、辛いことが続いている。口調もたどたどしい。
「ジャンヌ、パルシヴァルを休ませてやってくれ」
「わかりました」
これ以上無理はさせられない、俺は彼を下がらせて休むように促した。ジャンヌなら力業でも彼を眠らせてくれるだろうと見越してだ。しかし立ち去る間際、ジャンヌに睨まれた気がするのは気のせいか?
「ごめん、話を続けて貰えるか?」
「解った。分かり易く言うと、今現在の残りのMPと最大MPの違いだよね。彼は今現在のランス様を見て、偽装カードに違和感を覚えた。それで視覚数術を破った」
「え、えむぴー?あの……イグニスさん?」
「残ってる幸福値と、振り分けられた幸福値ってこと。僕ら数術使いはその前者なら見て取れる。初期段階なら残りの幸福値も多いから、大体のカード数を見破ることは容易い。消耗が続いた終盤からはそれを読むことも難しいだろう。カードを偽装する意味は無い。というかそもそも、君の目から見ても普通にいつものカードのままだろ?」
「本当だ」
「カードは参加者の身元証明でもある。神の領域に触れた手だ。隠すことは可能でも、それを偽装することは出来ない」
「隠す……?手袋以外に?」
「手を焼くか手首を切り落とせば隠せるよ。でもそれを傍に置かなければ幸福値のブーストや、元素の加護は受けられない」
「昨日の今日で、グロい話は止めてくれ……」
「まぁ、そんなことより彼女の身元を保証するにはあれが一番だ。見たら解るんじゃない?」
エフェトスは、ギメルの右手を指差して……俺に良く見ろと促した。
「……まさか!!」
ギメルの右手の薬指……確かに光る物が在る。
「昔……俺が移民居住区で、ギメルにやった指輪」
ギメルだ、本当に彼女はギメルなんだ!!俺を憎んで皆を殺した道化師は、ギメルじゃなかったんだ!!
肩の重荷が下りたよう、俺は感極まる同時に……己の心と状況に、入れ替わりに違う重荷を抱え込む。
ギメルは無実だ。ギメルは何も悪くない。自分に言い聞かせてきた言葉。だから立ち止まっていた。でも前を向こう、変わらなきゃと誓った俺の目の前に、罪のない……あの子が居る。
彼女は何も変わらない。相変わらず可愛くて……見ているだけで一緒に居るだけで、俺は幸せになれる。
(だけど……)
俺はこれ以上、ギメルに近づけない。昔よりも遠くに居なければいけない。身分とかそういう話ではなくて……俺が今日まで彼女を、信じ切れていなかったから。
「アルドール、どこか痛いの?」
俺の心も読めないのか、イグニスと違って。ギメルは心配そうに俺の回復を始める。そんな彼女を前に、思うのだ。石を投げられるべきは俺であり、投げるべきがこの子だったと。
敵将&ギメル回。ジャンヌさんも荒れ模様。作者もお腹が痛い。
キールも双陸も書く内愛着が増したキャラでした。
本文で力尽きました。各人に語りたいことはまた後日……




