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82:Musica delenit bestiam feram.

 喋れないことがこんなに不便とは。


(アルドール様……、立派になりましたね)


 それでも王は、俺の助言無しに……この窮地を乗り切った。貴方の成長が喜ばしい。貴方のために剣を振るえることに、胸が高鳴る。

 怪我人が出ることも、想定はしていた。それは俺達だけではなく、民同士の衝突に対して。都近辺のカーネフェル軍、その中で回復数術の心得がある者を城に配置し待機もさせた。

 そこまで俺達が手当をする余裕はないとの判断だった。

 都貴族は全て沈めた。それまで俺の身を案じ、動けずに居た兵士達も力を貸してくれたため、それはとりわけ早く。だが、これまで捕えられていた俺に奴らを拘束する術はない。ここは、彼女たちに任せよう。頼めるか?と兵士を見つめ伸した都貴族達を指差した。


 「今の目配せ……まさか告白!?」

 「違うわよ!ランス様は私に愛を瞳で囁いたのよ!!」

 「この騒動が終わったら、結婚しようって事ですよね!?嬉しい!!!」

 「っていうかこの腐れ貴族共!良くも私のランス様を好き勝手してくれやがったわね!!ランス様の窮地に何やってるのよセレスタイン卿は!」


 事実と異なる反応が広がっていくが、兵士達は反逆者達の拘束にあたってくれる。


(ユーカーの件、失念していた。死亡説でも流さなければならないか)

 「そ、それ以上近付いてみろ!」


 剣を回収しようとしたところで、一人目覚めた者がいる。ジャンヌ様に殴られ俺に吹き飛ばされた男だ。


 「こ、これは貴様の剣だろう!お前達、今すぐ武装を解け!でなければこの剣たたき折ってくれよう!!」

(愚かな)


 アロンダイトは刃こぼれ一つしない。折るなどまして……


 「!?」


 さっさと終わらせてしまおう。そうして振り下ろした一撃を、腐れ貴族は受け止めた。


(アロンダイトを盾にした?)

 「……ん、おおおお!!す、素晴らしい!!なんという剣だこれは!!」

(頭のおかしい人間に、良い武器を持たせるものではないな。しかも計算だけは速い輩だ)


 アロンダイトは防御にも優れている。相手がろくな剣技も使えなくとも、それなりにはやれる程度には。


(だが……)


 この剣には道化師の力が込められている。全ての元素を宿した剣だ。如何に優れた剣であれ、それは物質……元素で構築されている。


(俺はあの男さえ斬った……己の剣さえ斬れぬ男と侮るか!?)

 「なっ……!?うああああああああああああああっっ!!!」


 至近距離で砕けた剣を受け、破片が男に降り注ぐ。悲鳴を上げて転げ回ったそれの回収も、兵士に任せて俺は主の方へと急ぐ。


(彼方はどうなった?)

「ジャンヌとランスはキール達と他の民を止めてくれ!俺は大丈夫だから!!」

(アルドール様……!)


 しかしそれを制止する、アルドール様の命令が出た。


 「ランス!」

 《ジャンヌ様!》


 再び意識し、剣の波長を合わせる。これ自体が触媒として上質だ。同じ剣を持つ相手としか繋がらないが、混血でもない俺にも情報数術が制御出来ている。


 「胡弓弾きを止めます、一緒に来て下さい!」


 口から紡がれる言葉と、頭に響く言葉が重なって、俺へと響く。秘密も作戦もあったものじゃない。俺の言葉が届いているなら問題はないのだけれども……


 《しかし》

 「アルドールは大丈夫です!傍にコートカードがいてくれる!!それも二枚も!」


 パルシヴァルを背負いながら彼女が言った。それでは彼女は、エルスも頭数に考えているのか?俺の疑問も伝わったのか、ジャンヌ様が言い切った。


 「友は、信じるものですよ……ランス!」


 アルドールは貴方にとって友でしょう?そんな気軽に言ってくれる。俺が何度否定し認めようとしなかった言葉だろう。それなのに彼女にそう言われると……反発する気持ちも消え失せる。ユーカーなき今、お前が王を支えろと……そう告げられた気がしたのだ。


 《……はい!》


 俺はアルドール様を信じます。貴方の目指したことが果たされること、信じています。ここにはもう居ない……貴方の友の分まで俺が、貴方を信じます!


(だから、勝って下さい……“アルドール”!!)



 *


(いつかトリシュを殺すまで……僕は笑えないと思ってた)


 憎しみの記憶を失い、穏やかになったシール様。その傍で嬉しそうに笑うカミュルとコルチェット。三人を見ていると、僕は姉さんや両親が居た頃を思い出す。

 どうして僕は傍観者?僕も彼らと一緒に居れば良い。日溜まりの庭、奏でる音色を重ねていって……そう思うのに、入れない。

 そのわけを考えれば……見えてくる。僕にとって彼らは絵に近い。飾って眺める宝物。僕はそれを守る者。


(まだ、未来が残ってる。僕とは違う)


 トリシュが死んだ。殺された。僕の目標がなくなってしまった。いや、シール様とあの男が和解した時点で、それは既に見えた結末。でもあいつが生きて居る限り、僕はまだ僕で居られた気がする。


(トリシュが……死んだ)


 どうしてこんな事を思うのか。死んだのは、僕の方みたいだなんて。

 街を歩くだけで聞こえてくる。騎士一人の死によって、膨れあがった王への不満。……だけどカーネフェル人は臆病だ。男は気弱、女は金のことばかり。一人では何も出来ない、行動に移せない。誰かの所為に出来ないし、責任なんか取りたくないから。


(滅ぶべくして滅ぶ国……カードの命を捧げても、アルドール王では食い止められない)


 それならトリシュ兄さんは、何のために死んだのだろう。僕を含めた他のカードは……何のために死ぬのだろう。いいや、妹と弟……それからシール様の身の安全、それが保障されるなら、僕は死んだって良い。


(だけど……)


 あの少年王の采配を、信じて大丈夫なのか?

 キールは急な不安に駆られる。トリシュという気に入らない男の死が、自分をここまで脅えさせるとは思わなかった。


(ランスが居る内はまだ保つだろうが……セレスタイン卿も消えたんだ。終わりは近い)


 正直な話、セネトレアに攻め込む余裕なんてないはずだ。守りではジリ貧になるのも確か、それでも守りさえままならないこの国だ。攻め込む内に国を落とされては敵わない。タロックが次に繰り出す指揮官が、双陸のように話が出来る男だという保障もないのだ。


(それならブランシュ領だけでもタロックに下るようシール様に進言するか?いや駄目だ。シール様自身がカーネフェリアを討つと言い出すのが目に見えている)


 カードでもない人間が、カードと戦ってはならないのだ。戦う前から勝敗が決まっている。それは唯の、無駄死にだ。


(カミュル……コルチェット)


 あの二人も、カードではない。きょうだいで、カードになったのは僕だけだ。弟と妹を、危険に晒すことなど出来ない。だから僕はカーネフェリアを謀った。

 聴覚数術で城の兵士を操り二人を演じさせ、視覚数術で仕上げる。多忙にかまけたランスや王には不審に思われることもなく、また彼らは僕らにそこまでの興味関心が無い。


 《此方には絶対に来るな、カミュル!コルチェット!》


 二人に数術でトリシュ兄さんの死を伝えた後、僕は二人を牽制しておいた。だけどあの二人は、僕の言うことなんか聞きやしない。

 僕の連絡を受けた二人は、昨晩の内にザビル河を越え王都入りしてしまっていたのだ。


 「なんで、来たんだ」

 「数術、馬と船」

 「そういうことを聞いているんじゃ無い」


 早朝僕を訪ねてきた二人を、大慌てで僕は城の一室に匿った。僕が用意した者が知れ渡っては大変だ。呆れながら説教をして見るも、二人に反省の色はない。


(シール様への連絡など……するべきではなかった)


 僕がそう後悔したところで、二人は僕の苦悩など知らずにいつもの無表情。


(……違う)


 二人から感じるこの音は、静かな怒り。


 「トリシュの兄ちゃん、大嫌い。でも」

 「シールのじっさ、泣いていた」

 「……カミュル、それはセレスタイン卿が望むことじゃない。コルチェット、お前はアロンダイト卿に楯突く気なのか?」

 「キール兄ちゃん」

 「兄ちゃん死んだら、じっさも私もカミュルももっと泣く」

 「お前達……」


 僕はカードだ。僕だけが、カードだ。二人はカードじゃないのに、僕を助けに来たというのか?


 「……都は危険だ。街の様子は見ただろう?」

 「ええ、そうですね。しかし危険は何も、他人事ではありません」

 「!?」

 「以上が、ご兄弟からのご伝言です」


 変わった口調と声色に、僕は驚き二人を凝視。肉親相手に油断していて、それが本物であると疑わなかった僕も僕だが、相手の数術も余程優れている。見たところ、外見は純血のようなのに……


(タロック人……僕に毒を使ったか?)


 そうか、奴らが優れているのではない。僕の判断力を奴らはさせたのだ。


 「おっと、大きな声は出すなよ。本物の二人は、こっちの手の内にある。都貴族の船出してやったら騙されて、すぐ乗ってきたよあの子らは。さすがにあんたみたいなやり方で、河を越えたり出来なかったんだな」

 「貴方はなかなか話せる方だと聞いております。此方も味方を回収したい。人質交換と参りましょう、キール殿」

 「目的は……それだけか?なら今すぐにでも僕の責任でそうしてやります。だから二人を」

 「貴方がた混血は、窮地に開花する存在だそうですね。此方としても、なまくらよりは研ぎ澄まされた剣が良い。もうしばらく協力して頂きますよ、貴方には」



 *



 俺とジャンヌ様が、胡弓弾きの所へ到着した頃、彼は満身創痍と言うに等しい状態だった。


(あれだけの演奏を、一人でやって居たというのか!?)


 「キールっ、今すぐ演奏を止めなさい!」

 「だ、黙れっ!!カーネフェルはっ、民を守れない。それなら好条件でタロックに譲り渡すべきだろう!その方が傷付けられる者も少ないっ!!」


 一人しか居ないのに、三人居るよう見せていた。これは視覚数術じゃない、情報数術の応用だ。音の反響、増幅……録音、再生?

 自身の情報を分散し、別個体として認識させる。静止物ならそれで良い。大した消費はないだろう。しかしそれら全てが動くのだ。違和感ないよう操作するのに割いた計算、数術量……解析を試みただけで気が遠くなりそうだ。


(並列で人間三人分の計算を一人で行うなんて無茶だ!)


 キールは命を削っている。俺達の姿を認めたキールは作戦を瞬時に切り替えた。


 「ディー姉さんっ!」

 「ええ。キールダム!」


 カミュル、コルチェットに代わり、現れたのは一人の少女。見覚えのないその子は、キールによく似た面差しの混血だ。唯、キールよりも大分背が低い。キールの記憶のままの姿が再現されているのだろうか?


(ではキールの姉は……)


 直接彼の口から聞いてはいない。それでもトリシュ経由で耳にした。キールは片割れを失った混血なのだと。

 キールの怒りに反応しながら、演奏の数術効果も変わる!これまで民の感情をブーストしていた演奏が、彼の強化曲へと変化した。

 力強く美しい旋律……広場の民もそれに聞き入り争うことを一時忘れる。これまで民を掻き分け距離を詰めなければならなかった俺達に、キールまで至る道が開けた、そう思ったのも一瞬で……


 「キール!」

 《近付いては駄目だっ!!》


 演奏だけなら怖く無い。攻撃数術は繰り出されていない。そう判断したジャンヌ様が接近戦で止めに行こうと飛び出るが、数式の解析をする俺は、悪い数値配列を見つけてそれを静止した。


 「どういうことですかランス!」

 《あの数式は……カウンター系の罠です》


 キールは幸福値を消耗させているのにまだああして立っていられる。計算が、合わないのだ。通常の数術代償以外にも幸福値でのブースト、それだけの負担で奏でる数式が害を成さないはずがない。

 そして今、ジャンヌ様が距離を詰めた瞬間に効果が現れた。


 《間合いに入った人間の幸福値を使用して、自らの力を増幅させる。他人の力で数式を練る》

 「確かに……不気味な音色です。でもそれより……聞いていて、悲しい歌」

 「違うよ、騎士さん」


 演奏数術使いのキールには、俺達の通信さえダダ漏れかなの!?或いはそれも間合いによるものか!?

 咄嗟にジャンヌ様を連れ後退する俺に、まぼろしの少女楽師がからから笑った。


 「あのねこれは、呪いの曲なの。カーネフェルを憎む私の怨み歌」


 不吉な式は、偶神の領分。偶は零。術者自身の元素を犠牲に式を練る。しかしこれはまるで壱!奇神分野の数術だというのに、他者を外部元素として取り込む禍々しい数式だ。

 キールは精霊を持っていないのに、こんなことが出来るのか?それともあの姉が……精霊の働きを担っている?それなら……やれるか?

 あれは分身ではなく、人工精霊?エルスの技だ。それに似たことを、命懸けで再現している?


 「この演奏を聞いた人が不幸になるの。急いで鼓膜破るかしないとね、ああもう遅いから止めた方が良いよ」

 「そ、そういうことは早く言って下さい!」


 既に自分の頬を殴って片耳の鼓膜を破ったジャンヌ様……。思い切りの良さは惚れ直す程だがそれで音楽数式を防げはしない。


 《これは、脳へ作用する数式です。相手の言葉を理解できた時点で、付きまとう。それこそ記憶を消しでもしない限りは》

 「では短期決戦なら問題無いと?」


 長引くほど不利なら、今すぐ殴りに行きましょう。構えを取ったジャンヌ様を俺は慌てて引き留める。


 《近付けば幸福値(いのち)が吸われます!余計に呪いが強まるだけです!!》

 「では、打つ手無しだと言うのですか!?」

 「どっちみち、幸福値……命を喰らって紡がれる音楽は、私達を殺すまで止まらない。民の避難誘導をするべきじゃないの、貴方達」


 耳を塞いだまま戦うしかないのか?しかしそれでは剣が使えない。身体能力は此方が上でも、幸福値を吸い取られながら蹴りと数術だけで倒せる相手ではない。

 聞こえない距離まで撤退し、遠距離から数術で殺す。それしかないか。


(だが……そんな数式、俺にはない)


 精霊を用いた遠距離攻撃だって限度がある。命を奪う数式に触れたら、元素の塊である精霊自身消滅しかねない。キールが奪いきれない、処理できないほど膨大な数術を叩き込み一掃する……には、イグニス様でも居なければお手上げ。こうなったら他に出来ることは……


 《ジャンヌ様……俺の言葉を彼に、伝えて下さい》


 ひとつだけ、まだあった。


(キール……)


 様子がおかしくなったのは、トリシュが死んだ後からだ。憎む相手が消えた時の気持ち……俺も父を死なせたことを思い出す。忙しさにかまけて忘れても、立ち直ったつもりでも、心を苛む影として残り、姿を現す。生きて居る限り、忘れられない、その人を。


 「“トリシュは……酷い歌詞だった。だけどこんな演奏はしなかった。あいつは、愛を歌っていたよ”」

 「……その兄さんを、死なせたのは誰ですか!?守れなかったのは、この国でしょう!?」

 「“お前の楽器は何だ?!俺の剣と同じだ!俺が剣を手にしたのは、立派な騎士になるためだ!!お前は立派な楽師になるためじゃないのか!?立派な楽師は、人を苦しませるような音楽を作るのか!?”」

 「僕は、二人を守るために……カードになった!僕から両親をっ、姉さんを奪ったカーネフェルに……これ以上大事な人を殺させるかっ!!」


 互いに得物は違っても、剣も楽器も手にする理由は同じ。殺すためじゃない、守るためにそれを用いる。


 「……完成、だっ!」

 「キール!?」


 既に限界を迎えていたキールが、演奏を奏で切り……その場に力尽きて倒れ込む。その傍ら、彼の姉はまだヴァイオリンを弾いている。


(また、演奏が変わった!?)


 数式の変化、彼女の演奏を一番近くで聞いていた者もキールのようにその場に倒れ、我に返った人々がそれを見て悲鳴を上げた。


 「し、死んでる!!だ、誰がやったんだ!?」

 「おまえらだろ、この人殺し!!」

 「毒使ったんならタロック支持者でしょ!?卑怯者!!」

 「タロックに見せかけて殺ったんだろ!?カーネフェリアの犬は外道だ!!」


 演奏で人が死ぬなんて思わない。民は互いに互いを疑った。人死にが出た途端に、場の空気も変わる。殺らなきゃ殺される、そんな恐怖心から……カーネフェルの民同士が互いを傷付け始めてしまった!!


 「やめてっ!落ち着いてっ!!冷静になりなさい、犠牲が増えるだけでしょう!?」


 エルスを不利にし過激に此方を味方したかと思えば、こうして民同士を争わせる。キールの目的は何だったんだ?キールは弟妹を守りたかったようだが、どうしてこんな方法を……?幾らカーネフェルを信じられなくとも、今は二人は後方任務、トリシュの安置所まで民が侵入しない限りは安全……


 《……時間稼ぎ!》

 「!?」

 《ジャンヌっ!エルスの確保だ急げっ!!》

 「そ、そうは言っても!」


 民が押し合い殴り合い、人並みに揉まれて進むことも戻ることももはや出来ない。民自身が、足枷だ。


(くそっ……)


 トリシュの番さえ、本物の胡弓弾きではなかった可能性がある。なら二人は何処に?タロック側の奸計だ。既にこの近辺に、敵将が他に潜り込んでいる!!

 おそらく奴らの狙いは、エルスの強化。そして俺達の消耗だ。もう、為す術もないのか。諦めが過ぎったとき……俺は別の音色を耳にした。キールの姉が次なる数式を展開させたのか?絶望を宿しながら、俺は目を其方に向ける。


(弦の音色とは違う……これは……歌?)


 呪いを奏でる音色にぶつかり合う歌は、数でそれを圧倒。突然始まった聖歌隊の歌声に、驚いたカーネフェルの民達も気を取られ、戦うことを忘れていった。


(カードでもない人間の歌が、キールの数術を、打ち破った……!?)


 そんな馬鹿なことがあるのだろうか。驚きのあまり腰を抜かして倒れ込んだ俺に、近付く白いフードの修道士。


 「もう、大丈夫。しゃべれるよ」


 タロックの毒が、消えていく?俺でも解析が終わらなかった物を、この一瞬で?


(イグニス様か?)


 だが声が違う。彼女のような落ち着いた声ではなく、場違いに明るい少女の声色だった。それに口調も、もっと幼い……


 「か、感謝します……貴方は?」


 その子は見える口元だけで笑って、俺に手を振り別の人間へと向い出す。その先には倒れたままのキールが見える。近付けば、幸福値が吸われる。それを知らないから?知っているのに?彼女はキールを助け起こして回復数術を展開させる。


 「ねえ……さん」


 見えないのか?解らないのか?傍に居る相手を姉と呼ぶキール。


 「大丈夫、ここにいるよ」


 なんて無駄なことを!助からないのが解ってて回復数術を?痛みを軽減させるためだけに?

 呆然とする俺の後ろで、彼女の連れが問いに答えた。


 「カーネフェル第二聖教会、並びにシャトランジア第一聖教会が支援に参りました」

 「第二、聖教会!?り、リオ教官!?」


 シャトランジアで別れた聖十字。彼女の隊が増援に来てくれた以外にも、第二聖教会へ掛け合ってくれたのか。


(シャトランジアの手は借りずに終わらせる、そのはずが……)


 主の思いを踏みにじられたようで、俺は悔しい思いに駆られる。そんな俺だけに、少女は言ったわけではないだろう。それでも彼女は俺と、全ての人にこう告げた。


 「“あなたが、しあわせでありますように”」


 優しい少女の言葉に信心深くない民から民から「宗教かよ」、そんな無粋なツッコミが入った。宗教だった。それは確かに。聖教会、宗教だな。

 しかし少女は、そんな批判の意味さえ理解はしていない。彼女の言葉は何の意味も無い、小さな祈りに過ぎなかった。けれどもその祈りは……キールに響いた。姉の姿が消え、数術が瓦解……悪しき音色も消え失せる。


 「カーネフェルの民よ、無礼な言動は慎んで頂こう!かの方は、聖教会が教皇イグニス聖下が妹君、ギメル様。戦地での人道支援のため遣わされたのだ」

 「ぎ、ギメル……さま?」


 何度か耳にした名前。何処でだろうと思い起こせば、ぞっとする。ジャンヌ様も同時に思い至ったらしく、二人で剣を構えてしまった。


 「王妃殿、騎士様。改めて言うが慎んで頂きたい」

 「え、ええと……で、でもですね教官」


 紹介を受け、フードを外した先には……道化師と全く同じ顔。しかし似ても似つかぬ琥珀のには、汚れも知らぬ幼さと……無垢な微笑み。剣さえ握ったことがないだろう、白く美しい指は混血の造形を際立たせる。しかしなんだ、幼い娘に不釣り合いな指の飾りは。あれはアルドール様の瞳によく似た色の宝石だ。


 「アルドールをたすけなさいって、お兄ちゃんが」


やっと……生ギメルちゃん書けた。書けてない。書けた。

長かった……これでヒロイン同士のバトルがはじまるのでしょうか?それどころじゃありませんけどね_(:3」∠)_

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