81:Solitudinem fecerunt, pacem appelunt.
(被憑依数術、そんなものがあるなんてね)
数術に不可能事はない。エルスもそれを知っている。それでも驚くべき事柄は、こうして現れる。混血に常識は通用しない。幼ければ幼いほど、先の世代にあり得ない数式を発現させる。
(だけどそれは、僕も同じだ!)
純血では僕には勝てない。
アロンダイト卿も馬鹿だな。いや、アルドールがと言うべきか。情報を形として残すなんて大馬鹿だ。誰が何のためにその種類を作ったかなんて、僕は簡単に読める。ご丁寧に、何通りもの翻訳までしてくれて。あんな危ないもの、さっさと処分すれば良いのに……真面目過ぎて馬鹿?主が書いた手紙を、後生大事に持ってるなんて。
(双陸を出汁にして、この僕を籠絡しようって魂胆……甘いよアルドール!)
「エルス……、話を聞いてくれ!レーヴェのことで、俺達を恨んでいるのだとしても……それをしたなら俺は、カーネフェルは……お前を守れない!」
ランスに危害を加えれば、お前も殺さなければならなくなる。そんな脅し、そんな誘惑……僕には何も響かない。
「“守れない”……ね。そっちの狙いは解ってる。だけどボクは、カーネフェルには下らない!」
「!?」
アロンダイト卿から奪った紙を見せれば、アルドールが絶句した。
数術使いの裏をかくなら、それ以上の数術使いを用意しろ。僕は混血、僕に勝つには僕以上の混血が要る。ここに残った混血は、一人では何も出来ない、特殊すぎる能力者。その力は素晴らしいが、上手く発動させられたって騙し討ちしか出来ない。手の内を知られたならば、それは無力だ。
「純血如きが何人集まったって、無意味だ。あの神子を帰したのが間違いだったねアルドール」
「……っ、タロックは、双陸を見捨てると言った!彼が帰っても殺されるだけだ!!お前は仲間を死なせたくないはずだろう!?」
「だからボクと双陸を、須臾と戦わせるって言うの?そんなことは、許さないっ!!」
双陸は信じてる。タロックが自分の信じたままのタロックであると、信じてる!儚い夢だ、僕が見ていた幻想と変わらない。だけど、その夢を、まぼろしを僕は守らなきゃいけないんだ。
「アルドール様、この責任どうなさるおつもりで!?殺すべきはブランシュ卿殺しのアロンダイト卿ではありませんか?」
「それとも庇うと言うのでしたら、それなりの責任の取り方を……ご存知ですよなぁ?」
本性を現した都貴族は、アルドールを王の名で呼ぶ事も無い。軽んじ、同等以上の上から目線であいつを見下す。
「もっとも、我々とて敵国の人間を信じたわけではありません。アロンダイト卿本人からの弁解を聞きたいですな」
都貴族子飼いの兵により、処刑会場へ連行されるカーネフェルの騎士。毒の力で当然彼は喋れない。弁解なんて到底出来ない。
「これは貴方の剣に間違いありませんな?」
「……」
「黙っていては何も解らないではないですか」
「……っ」
「沈黙は同意と見なします。次からはきちんとお応え頂こう」
「そうですなぁ、やましいことがないならば答えられることでしょう」
都貴族の追求で、アルドール達は迂闊に動けない。僕は今のうちにと双陸の元へと向かった。
「エルス……」
「双陸!」
笑う僕を見る彼は、何故か苦さを含んだ笑みで迎えた。泣くのを我慢しているのか?不器用な人だなぁなんて、僕は呆れてもう一度笑う。
(空間転移を組み立てるまで、もうちょっとかかる。時間稼ぎにあいつらを使おう)
「……させません!」
「精霊憑き……そこそこ使えるようだけど、純血がボクの相手になれる?」
双陸の傍に居たのもカードだった。一般兵の鎧を無理矢理着込み、靴の細工で背丈も偽った少年騎士だ!
「この距離の、接近戦ならどうですかっ!」
「双陸に当たっても良いの?そっちは本気で処刑する気なんてないんだろう!?遊んであげろシルフィード!」
*
「くっ……」
私がまだ、聖十字だったなら。十字法の下、こんな卑劣な真似は許さない。私が手に入れたもの、失ったもの……その狭間で私は苦悩する。
(……私はもう、シャトランジアの人間じゃない)
戦いに備えて装備は完璧だった。それなのに何も出来ない自分をジャンヌは憎む。
自分はコートカードだ、クィーンだ。この不利な状況を変えることが出来るカードであるのに。誰を捨てて、誰を守る?セレスタイン卿のことが過ぎって、剣を掴んだ両手が震える。
「パルシヴァルっ……!」
助太刀に行きたいが、アルドールの側は離れられない。
だけど身体に合わない鎧の所為で、パルシヴァルはろくに戦えていない。風の衝撃で余った体が鎧の内部に打ち付けられて、幾つも痣が出来ている。鎧を脱いで戦うように伝えても、彼は私に従わない。
(せめて、アルドールは守らなきゃ!)
私は彼の前に身を投げ、剣を捨て……弓を構えてエルス=ザインに狙いを定める。向こうが何かするなら容赦はしない。風の精霊がパルシヴァルとやり合う今、あちらの防御は落ちている。
「双陸殿から離れろ!」
「そんな物にボクは従わないよ」
「双陸殿っ……彼を止めて下さい!でなければ私は、どんな犠牲を払っても、貴方がた二人を殺める事になる!!」
勝ち誇った笑みのエルスと違い、静かな瞳で双陸殿は息を吸う。
「……違うな。ブランシュ卿殺害した者は……この私だ」
「双陸さん!?」「双陸殿!?」「馬鹿何言ってんの双陸!?」
双陸殿の機転には私達やエルスだけではなく、民の間にも動揺が広がった。
「配下に彼の剣を盗ませ、ブランシュ卿を殺害した。その責をかの高名な騎士に着せることで、世論をこうして操った。すべては私の企みだ」
(そうか!双陸殿は……)
アルドール、ランスの名誉を汚さずに、この場を収めるためわざと殺される振りを……!敵将が、何故ここまでしてくれるのか。アルドールの目指したこと、夢みたいな馬鹿な話。それがまさか本当に……彼はカーネフェルに下ってくれるとでもいうのか!?
「やめっ……シルフィードっ!!」
毒杯を手に呑み込もうすると彼に向かって、エルスは数術を放つ。しかし精霊はパルシヴァルと戦っていた。そこから別の命令を与えるに、隙が生じる!パルシヴァルはそれを見逃さなかった!隙を見せたエルスに向かって体当たり、そして彼に乗り上げ鎧の重さで動きを封じる。
「くっ……」
重い鎧を脱がなかったのは、エルスを捕獲するためか!エルスと同じく小柄で体重の軽いパルシヴァルがそれを為すための、作戦だった。
(精霊は……っ!)
私は耳を澄ませる。駄目だ、まだ聞こえる。軽やかな音色……それが杯を壊そうと双陸殿に差し迫る。
「……だめ、おかーさん……駄目」
幼くけれど鋭い声は、風の歌を打ち消した、響き渡る石壁の音。恐らく彼は自分の意思で、精霊シルヴァンを使用したのだ。
「エフェトスっ!?」
被憑依状態にないエフェトスが、自ら防御数術を紡いだ?こんなことって……今までなかった、それなのに!
「双陸!!」
毒を喰らってその場に倒れる。その解毒をすべく、パルシヴァルを押しのけようとするエルス。しかしパルシヴァルは離さない。
「や、止めなさいパルシヴァルっ!」
エルス自身から燃え上がる音色、続いて見える揺らいだ風は……あれは炎の数術か!?鎧のパルシヴァルには耐えられない。体を発火させるエルスを押さえ込み続ければ、鎧に体を焼かれ続ける!カードの強さも同程度……エルスが勝っているならば、パルシヴァルが死んでしまう!!
「……アルドールっ、彼に命令を!」
「パルシヴァル、撤退だ!!」
「ザビル河が、守り手っ……|青の鎖(サフィール=リンク)」
それが、彼が得た精霊の名か?アルドールの命令も聞かず、パルシヴァルは数術を展開させる!
鎧を突き破り、鋭く伸びた氷の杭は、自分もろともエルスをその場に縫いつけるが、この天候、気候……どちらも彼の不利に働く。鎧の内部で溶けた氷はやがて沸騰、彼を苦しめる。
「エフェトスっ!彼を助けて!!」
私の叫びに少年は、よくわからないと首を傾げる。誰が誰で何が何か。そんなことさえ解らないのだ、あの少年は。父と、母しか解らない。それさえ本当は解っていない。与えられた言葉のままに、いくつかの数術を作れるだけの……数術、兵器。
被憑依状態にないエフェトスには憑依が出来ない。金髪の誰かが発動させなければ……だけど、私もアルドールも動けない。ランスも何かされて、喋れない。そもそも動くことさえ許されない。双陸という切り札を失った都貴族は狼狽えて、ランスを人質にしてしまったのだ。
(何てことなの……)
コートカードが三枚も居る。それなのにコートカード一枚相手に大苦戦!殺すのではなく生け捕ることは、こんなにも難しい。
民も城壁でのやり取りの大部分が見えては居ないが、それでも此方が揉めていることは伝わっている。敵将が自害したことも……おそらくは。
「ジャンヌ、杭を狙え!」
「は、はい!」
何故とは聞く暇も無く、私はそれに従う。数術使いは、動かなくとも戦える。アルドールはパルシヴァルの氷杭を、火矢で砕くことが目的だった。片腕が自由になったエルスは身を起こし、逃れようとする。パルシヴァルは食らいつく!
「パルシヴァル、もう十分だ!下がれっ!!」
「でも!」
「お前に“もしも”があって、俺は二人を許せるか!?」
「おう、さま……」
パルシヴァルが、アルドールに向き直る。その一瞬でパルシヴァルを突き飛ばし昏倒させる水流、これはエルスの技ではない。
「ランス!!」
不調だろうに隙を見逃さなかったランスが紡いだ数術に、
エルスは空間転移を紡がない。己の回復も後回しに、倒れた双陸を助け起こして解毒を急ぐ。
「毒で彼は死にません。投降して下さい!」
「……」
私の言葉に、エルスは答えない。考えているのだ。此方より、タロック側が不利になったこの状況で、目的を果たす抜け道がまだ無いか。
(……いや)
私の声も、聞こえていない。目の前の人を助けることで必死なあまり。
(敵将エルスは、残虐非道……人を襲わせ村を焼き……)
しかし目の前の子供は、私達と何が違うのだろう。私の胸が、痛み出す。リオ先生の言葉が甦るのだ。
(これが限りない悪に、残された正義……?)
大義名分、目的が違っても……仲間を救おうとする様は、変わらない。解毒数術に宿った彼の心なの?泣いているような悲しい歌だ。
鬼と名乗った数術使い。泣きながら解毒の数術を展開させる様に、私は戦う意味を理由を再び考える。
(正義とは……己の目的のために、他の正義を叩きつぶすこと)
だから、限りなく正義に近い正義が勝たなきゃいけない。そのために、小さな正義を踏みつぶしても、道を示すことこそが……
(だけどそれは、本当に……?)
「妙な真似をっ!」
「ランスを放せっ!」
ああ、エルスの事ばかりに注意を向けてはいられない。拘束されて尚、数術を紡いだランスを都貴族が殴りつけた。これまで極力冷静を務めたアルドールも、我を忘れて彼らに叫ぶ!
「アルドール!お前はこの騎士が居なければ何も出来ないそうじゃないか!随分と周りの者に心を許しているそうだ。では……アロンダイト卿が惜しくば、王位を捨てろ!我らに全てを明け渡せ!!」
「貴様のようなガキに、カーネフェルが任せられるものか!!」
斬首の刑を待つ罪人のように頭を下げられ、取り押さえられたランス。その首筋に当てられるは、本来彼の手にあるべき剣。カーネフェルのために多くを傷付け、守ってきたその剣で……こんな辱め。なんて屈辱だ。他人事などとは思えない。卑劣な都貴族のやり方に、私は強い怒りを覚える。
「黙りなさいっ!カーネフェリアと、彼が最も信頼する騎士を、愚弄することは許しません!!」
「あぁ?何だうるさい女兵士が。我々に口を聞く身分にもないだろう小娘が!」
「ジャンヌ!?」
アルドールの声が遠ざかる。また、やってしまった。危ない?いいえ、私が守る。私のカードの幸運で!
「お、女ぁっ!!!こ、この私に手を上げるとは!!殺せっ!誰かこいつを殺せ!!」
「卑劣な行為は嫌いです。カーネフェリアに危害を加えるつもりなら、私を倒してからになさい!」
どうせそんな度胸ないのよ、こんな奴!命じることに慣れきって、自分で手を汚すことがない。籠手のまま思いきり殴り飛ばした男の頬は、赤く晴れ上がっていた。口汚い男の言葉以外に、私の耳に届いた音は……数術反応によく似たものだ。エルスが我に返って攻撃を?状況確認をするが、彼方に異変は見られない。それなら何処から?とても近くから聞こえるけれど……
(数術とは違う……歌が、重なっている?)
丸腰だったランスの傍に、現れた光り輝く剣。そこから聞こえる旋律に、呼応するよう私が携帯する十字架も歌う。これはアルドールから借りていた……セレスタイン卿のもの。
「!?」
そうだ、この十字架は剣になったことがある。ランスの携えたそれのように。
「シルヴァン=ウィリディス!!」
アルドールが、精霊を呼ぶ?すると私が手にする十字架の、発する音色もまた変わる。だけどまだ、違う。私の違和感は、数術使いには別の情報として解るのだろう。ランスが手にした剣の刃先を合わせれば、それは音叉のように響き合う。
(音色が同じになった!)
それを合図に此方の十字架も、剣の姿を取り戻す。
「平民がぁああっっっっ!!よくも私の美しい顔にぃいいいっ!!」
私に殴られた都貴族は顔を醜く歪め、アロンダイトを私に向け襲い掛かった。咄嗟にそれを剣で防げば、剣から発せられる風圧に、彼は体勢を崩す。
(すごい……これが触媒!?)
振るうだけで別の効果も付随する。数術使いではない私にも、まるで数術が扱えているみたい!
《ジャンヌ様……》
(この声……ランスですか?)
それだけじゃない。対らしき剣を持ったランスの声が、私の頭へと届く。通信数術の効果もあるのか?
《今は混乱を収めるのが最優先。民から見えない位置に連中を誘い、そこで俺が捕縛をします。周囲への指示は貴女が行って下さい》
(解りました!無理は禁物ですよランス!)
《……仰せのままに、我が友カーネフェリア!》
その言葉を最後に、ランスの言葉は途切れる。この通信はランス側から作られていた。波長が合った時だけ彼に出来る芸当か。数術使いではない私から、彼に呼びかけることはできそうになく、もう彼の思考は聞こえない。また、聞こえるようなことがあってはならない。そんな危機はもう、起こさない!
「アルドール!今日の所は処刑は中断!この場から敵将含め我々も生き残る!それで良いですか!?」
「……ああ!ジャンヌはパルシヴァルを頼む!」
自由になったランス相手に、都貴族達は圧倒されて次々戦闘不能に陥らされる。命までは奪っていないようだけど、そうなったらそうなったで構わないと言わんばかりの鬼気迫る剣技を前に、大の大人が泣き叫ぶ程。
アルドールはエルスの方へと向かい、彼に回復数術をかけ始める。痛みが引いて正気を取り戻したのか、エルスがアルドールを仰ぎ見る。
「エルス、双陸は死なせない。それに死なない。だから俺の話を聞いてくれ」
「アルドール……」
「俺はお前と話がしたい。俺は好きだよ、混血が。混血が、安心して暮らせる国を作りたいんだ。だから俺に、お前を殺させないでくれ」
エルスが僅かに心を開き始めている。敵からの回復数術を屈辱だと感じながらも、彼の目には涙が浮かんだ、その時だ。
「っ!?」
エルスの頭に、大きな石が投げられた。何者の仕業かと目をやれば……混乱に乗じて城壁に登ってきたカーネフェルの民がいる。
「何をしているんですか!?止めなさいっ!!」
彼らの目は、深い憎悪の瞳に燃えていた。私の声は、届かない。
*
「王よ!何故そんな化け物庇うのですか!!そいつが我々の村を焼いたんだ!!」
「何故守ってくれない!!お前は俺達の王なのにっ」
「天九騎士エルスっ!!子供とは言え容赦はしない!」
僕に向かって投げられたのは、変な名前の菓子ではなく、本物の石だった。大した痛みはないけれど、何故か胸の真ん中が……強く痛み出したんだ。
「皆、聞いてくれ!!あの混血は、あのガキは……人殺しだ!!タロックの騎士だからじゃない!あんな風に殺す必要なんか無かった!!山賊共と組んで、村の皆を……俺の婚約者を慰み者にして殺しやがった!!!」
まだ若いカーネフェリー……微かに見覚えのある男。ええと確か……ああそうだ!北部での道中、騙し討ちにしたあれだ。元の人の良かった青年は、怒り狂った鬼の形相。
レーヴェが殺されて……その手下も皆殺しにされた。まだ、売りに出されていなかったのだあの男は。タロック人の処刑と聞いて、婚約者の仇だと……それを喜び見に来たんだ。
「……胡弓弾き!」
「私の村もよ!あいつが大勢殺したの!!」
あいつだけじゃない。カーネフェル入りした時に、焼いた村の生き残りもいる。住処をなくし、都まで仕事を求めてやって来たのか。はるばる王都までご苦労なことで。
胡弓弾き三兄弟め……あいつらタロックに憎しみを抱く人間を、音色で誘いまとめて連れてきた。始末をしておけば良かった……カードじゃない弟と妹も。キールという男はそこまで大したカードではないが、片割れを失っている。混血三人揃っての演奏は脅威。
しかし八つ当たりも良いところ。元々この者達もブランシュ卿を殺したがっていた。目標を奪われた行き場のない気持ちを、演奏にぶつけるなんて……おまけにそれが、能力増加に繋がっている。
(これはアルドールやアロンダイトの企みじゃない。自ら動いたって言うのか!?)
それはブランシュ卿のため。或いはチェスター卿のため。アルドール自身に魅力が無くとも、周りのカードに惹かれる者達の支援。間接的でもあっても、使える駒を配置した……それも此方に手の内を読ませずに。
「やめなさい、キールっ!カミュル!コルチェット!!貴方達のしていることは、アルドールの望みとは違うわ!!」
「僕らの主はアルドール様ではありません」
「シールのじっさ、怒ってる」
「泣いてる、だから、許せない」
ブランシュ卿の訃報は既に、チェスター卿の耳にも入っていた。そう言えば、胡弓弾き妹&弟を、僕はあれから見かけていない。二人は北部に留まっていたのだ。そして数術で、情報を共有していた。
民衆を煽る、旋律数術。流されやすい、民衆は……復讐に刈られた男の感情数を増幅させた音色に魅せられ、僕へのタロックへの憎悪を募らせる。
(このボクが、……得意とする煽動で破られるなんて)
本当に、惨めだ。石は止まない。罵声も同じ。だけど痛みを感じない。麻痺してしまった?心も体も。
「ある、どーる……?」
何こいつ。何してるんだよ気持ち悪い。誰の許しがあってこの僕を庇っているんだ?何勝手なことしてるんだよ。最低、最悪!今すぐ止めろ!!
「カーネフェルは俺の国だ。裁きは俺が行う。苦しみは解る、でも!私情で彼を裁くのは駄目だ!!」
「俺達を守らない王なんか要らねぇんだよ!」
「そいつを殺すまで、私はあんたを王様だなんて認めないっ!!」
まだ僕の治療を続けている。こんなに罵られて、石打ちまでされているのに……なんて集中力なんだ。腕を切られた時以上の、恐ろしさを僕は覚える。
理解できない。なんなんだよ、こいつは。
「ジャンヌとランスはキール達と他の民を止めてくれ!俺は大丈夫だから!!」
自分がカードだから?カードじゃない人間には殺されないって思ってる?それでも痛いものは痛い。石を投げられるだけじゃない。僕を抱き締め背に庇う。その背を蹴られ踏まれ打たれて……それでも僕の治療を続ける。
「お前みたいな王が、この国を死なせるんだっ!!」
「っ!」
ついに刃物を取り出したのを見、僕が咄嗟に紡いだ防衛数術……それに奴らは一瞬怯むけど。
「この、化け物が!!」
僕が自分で名乗り続けた、その呼び名。そうと呼ばれることで、僕は奴らを見下してきた。今だってそのはずなのに、胸の痛みに呼応するよう、僕の数式が瓦解する。
「石が通った!やるなら今だ!!」
「離せ変態アルドール!!ボクはお前となんか、心中なんか絶対嫌だ!!」
こんな言葉を吐いても腕は緩まない。何て頑固な奴なんだ。精神脆そうな癖に、土壇場でここまで踏ん張るか!?こんな情けない優雅でもない王族、見たことが無い。
「双陸は、俺の民を傷付けずに都を落とした!心ある侵略者に、憎しみを返してどうなる!?」
その分……民に、心は近いのか?アルドールの言葉に、民らにも迷いが生まれ始める。
「苦しませるために、生かすんじゃない。償わせるために死なすんじゃない。守るために、守るんだ!!敵にさえ、傷付けたくないって思って貰えるような、そんな国の王になりたい!!守るためには戦う、だけどっ……彼らを俺が殺したら、カーネフェルは滅ぶ!!今のカーネフェルだけで、本当に勝てると思っているのか!?」
「綺麗事をっ!!そんな言葉で、死んだ人間は帰って来ない!!」
だけど一人は激昂し、再び剣を踊らせる。僕は精霊の名を呼ぶが、何も起こらない。
(数術、代償……?)
ここで、来てしまった。僕は、あの子を作り保ち存在させるための条件を、今の防御で忘れてしまった。精霊を作れなきゃ、何も出来ないどうしよう。
もう駄目だ。コートカードの僕が、こんな所で死ぬなんて……あり得ないのに差し迫った恐怖に僕は目を瞑る。見たくなかったんだ。僕を庇うそいつが死ぬ瞬間を。
「カーネフェリアの少年は、王にあるまじき器だ」
耳に届いたのは、風の吹き荒れる音と……それから優しい男の声。
「彼は……王としては、優しすぎる。あれでは従えられる者も従えられまい。しかし、だからこそ彼は言う。俺や、お前の罪さえ許そうと」
「双陸!!」
僕とアルドールを救ったのは、毒から目覚めた双陸だった。死んだはずの男が甦ったことに、元々ヘタレと気弱ばかりのカーネフェル男達は腰を抜かして震え上がった。
「良かった……良かった」
「双陸さん!大丈夫ですか?」
ようやく僕を離したアルドールはまだ本調子ではない双陸を、気遣っている。
「礼を言わせて頂こう、小さく偉大なカーネフェル王」
「俺は、何も……えっと、エルス」
「!?」
アルドールは双陸に、僕を押しやりにやっと笑う。疲れた疲れたと傷だらけの顔のまま、僕にさえ奴は優しい声で。
「うちの客人と約束したんだ。お前と話す機会を作るって」
「お、おい……!」
「俺はこの場を何とかしないとな。双陸さん、エルスをしっかり守って下さいね!おいで、エフェトス!」
「おとーさん?」
「そうだよ、今日も良い子だな!」
数術発動のための儀式とは言え、どんな会話だ。第一瀕死の人間なんて……一人居た。
「おう、さま?」
「パルシヴァル、二人の話し合いから二人を守ってくれ。お願いできるか?」
「はい!!」
パルシヴァル本体は、ジャンヌという女が背負っていたが、城門の下戦う彼女の背には姿がない。治療部隊と合流したかのか。それでも目覚めないと言うことは……僕との戦いで無理をしたのだろう。それなのに僕を……助けるなんてこの主従。
「俺は拙い王だけど、俺に文句があるのならちゃんと聞こうじゃ無いか。その上で、俺は説明させて貰うけど。そうだなそれじゃあ不満ある人から一列に並んで。その前に怪我人の手当てをしたい。聖十字に誰か手配を!城の空き部屋も病室として開放しよう!じゃ不満者説明会の整理券だけ先に配っておくね。とりあえず皆さん、移動しよう。兵士のお姉さんこっち誘導お願い!」
混血の少年に憑依した部下に仕事を任せ、アルドールは城壁から部外者を言葉巧みに回収していく。まだ街は騒がしいが……城壁には僕ら三人だけが、残された。
「双陸……話って、何?そんなのタロックに戻ってからすればいいのに」
見張り役からは聞こえないよう、少し距離を作った双陸。小声で僕へと彼は呟く。
「エルス、お前はタロックにいてはならない」
「どうして?」
「あの国はもうお前を守ってなどくれないのだ。お前を搾取し、傷付け……悲しませ……数術の兵器としてお前を最大限用いようとするだろう」
「双陸……!?」
「お前を知る前は、見えるものだけ見えていた。お前を知ろうとしてからは……お前を通し、知らないことを俺は知っていく」
その言い方はまるで、彼が全てを知ってしまったみたい。どこまで理解しているのかと見つめれば……穏やかな目の彼は、何もかもだと頷いている。
「カーネフェルは、良い土地だ。鬼の留まる場所じゃない。エルス、俺達は……カーネフェルの民を傷付けすぎた。先程も見ただろう。カーネフェリアがそれを許しても、カーネフェルは許さない」
お前はと、言わずに俺達と彼は言う。不器用な、彼の優しさと……僕と同じ物を名乗った決意の証明か。化け物が犯した罪は、同じ化け物にとっても罪だと……傷付けずに歩いた彼が言ってくれている。
「俺と、共に来てくれないか」
「逃げるって?行く場所なんて、何処にも無いじゃないか……そんなの。何処へ……」
「ああ、だから……」
「双陸?」
僕の返事も聞かず、彼は僕を抱き上げる。そのまま何処へ向かうのか、僕より先に気付いた見張りの少年が、悲鳴のように名を呼んだ。
「双陸さんっ!!」
心地良い風を、肌に感じる。傍に居てくれる人の温もりも。双陸が身を投げたのは、城前広場ではなく、人気の無い中庭の方。逃げるには丁度いいけどなんて、ぼんやり僕は考えていたが、地面が近付いて行く中あることを思い出す。
「双陸!ボク今数術、使えないっ!」
「構わない。エルス、俺と共に……死んでくれ」
双陸編、クライマックス。
双陸は書いていてとても難しいキャラクターでした。王への忠義、命令の抜け道で敵を逃がす寛大さ、良き指導者なんだけどその分味方から反感を抱かれる。
ならず者を煽動し、残虐非道な振る舞いのエルスとは真逆の敵将。当初反発し合っていた二人が次第に打ち解けていくことで、互いに相手を思いやったり庇う気持ちが出てきます。
それがどのような結果を迎えるのか……あと少しだけ見守ってやってください。




