80:Ad Kalendas Graecas.
仮死を買って出たのはアロンダイト卿。視覚数術で俺と入れ替わり処刑に臨むという算段だったが、計画には穴があると双陸は教えた。
「毒の耐性がない貴方がたでは、無理です。代々毒を喰らって育ったタロック貴族たる私以外、その役目はこなせない。被憑依数術とやらの極意、ご教授願おう」
「毒以外にも方法はあります、刺殺で……死んだふりをすれば良い。客人の身を危険に晒すわけには参りません!」
「貴方の主には、そのような処刑を民に見せる覚悟がありますか?毒の処刑は、我が国の殿下に下された刑。アルドール様が誕生される以前のことですが、本を愛し敵国事情も明るい貴方ならばご存知でしょう」
「双陸さん……」
「高貴な方と同じ方法で。それは貴方の知をひけらかすと共に、寛大さを知らしめるには十分な策。そして私にとっては最も安全な、方法です」
俺の訴えに折れ、やがてカーネフェリアは頷いた。
「解りました。だけどエフェトスを見破ったエルスが、彼が貴方だと解らなければ話にならない。貴方だと解るようなものを、彼に預けていて下さい」
「そうですね……では、これを」
眠って居た?混血の少年に近づき、俺はエルスのリボンを預け……ようとしたが、心配だ。憑依数術が発動しないことからやがて彼は目を覚まし、俺を見た。
「エフェトス……だったか?此方へおいで、よし、これで良いな」
「……おかーさん?」
「!?」
先程までの展開と何やら異なる。手渡された書類とも話が違う。だがここで否定するわけにも行かない。
「……ああ、そうだとも!似合って居るぞ」
ぎこちない手で頭を撫でて、髪を結ったリボンを見せてやる。
「おかーさん!おかーさん!!」
その子は嬉しそうに折れに抱き付いては来るが、此方の心境は複雑だ。
「あ、そっか。エフェトスは混血だから……父親がカーネフェリーだと母親がタロック人か」
「大丈夫なのですか、アルドール様……母親が発動条件の被憑依数術を、我々は試したことがありません」
「だからってここで双陸さんを半殺しにして確かめるわけにもいかないよな」
「では双陸殿を変装させ、視覚数術を用いてカーネフェリーに偽装しますか?」
「エフェトスは混血だ。見る方も優れていると思う。たぶん危ない。というか母親だとエフェトス被憑依モード入ってなくないか?」
「……確かに。甘えていますね」
「いや、ちょっと待って……トリシュを被憑依したとき、引き金を引いたのはイグニスだ。発動する者と憑依する者は別でも構わないんじゃないかな。イグニスが何故、精霊シルヴァンとエフェトスが揃わなければ意味が無いと言っていたのか考えると……」
「なるほど、そういうことですか!それでその精霊は今どこに?」
「トリシュとユーカーを見つけたとき、俺の傍に居たけど……ランス、パルシヴァル、この辺に精霊の気配は感じないか?」
「さっきまで僕の後ろに居ましたけど、今は双陸……さん、に……くっついてます」
少年騎士が複雑な表情で俺を指差す。
「土の精霊が、スペードに憑くだって!?そんな馬鹿な!第一、精霊なら俺も見慣れているが……パルシヴァルに見えて、俺に……見えないとは」
「ら、ランス?」
「俺はっ、俺の心はそこまで汚れてしまったというのか!!!」
「あ、あの……おーいランス?」
「止めないで下さいアルドール様……俺は心身を清めるべく沐浴をっ!!」
「涙目でそんなこと言われても困るよ」
かつて砦で戦った高名なはずの騎士の様子が何やらおかしい。パルシヴァルが優れた目を持っているだけではないのだろうか?数術使いの世界はよくわからない。
「アロンダイト卿、そのようなことで見える見えないがあるのなら、うちの呪術師はどうなるのかと。エルスは精霊を見ていましたが」
「あ」
何故一同に、驚きながらも納得した表情なのか。エルスがカーネフェル側でどう思われているのか一瞬にして理解してしまった。
「双陸さんが憑けてる子に興味があるみたいです。シルヴァンさんは教会暮らしの精霊だから、珍しいその子が気になるみたいで」
「双陸殿に、精霊……?俺には全く見えないが」
「うん、俺も全然。シルヴァンが隠れてるのはやっと見えてきたけど」
「ええ、俺もです」
「そうですよ、体の中に居ますもん。数値は溶け込んでます。色んな元素を感じます」
ここに居る全員が数術を一応は扱える人間。にもかかわらず、少年の話を理解できる者がいない。しかし異質な精霊となれば、その点だけは察知する者も居る。
「エルス=ザインの力か?」
「その様子では、アロンダイト卿。貴方にはエルスの手の内、知られてしまったようだな」
何故かここで気まずそうに目を逸らされた。これは戦故責める気は無いが、先の戦いでエルスを痛めつけたのはおそらく彼か。割り切っても多少は苦い気持ちも芽生える。
「え、ええ、まぁ。想像を創造する数術使いとは推測しています」
「否定はしない、その通りです。恐らくはあれの語る話を、俺が信じた結果の産物」
「言われてみれば、以前と双陸殿の数値が異なる。彼は味方のブーストも出来るのか。そんな精霊を作れるとは……」
先程の後ろめたさも何処へやら、エルスの力をアロンダイト卿は欲しがり始めた。敵を招く柔軟さがあるこの主従が、なぜ山賊レーヴェを殺めたのか疑問は残る。エルスは単独行動を好むが、レーヴェには配下が居た。手下達はろくでもない連中だった、頭もろとも始末するしか道がなかったのかもしれない。
「詳しい事情はわかりませんが、発動に必要な精霊は俺の傍に止めることが出来る。しかし俺にははっきりとその姿は見えない。カーネフェリア様、彼を俺の傍に配置して頂くことは可能ですか?」
「パルシヴァル、お願いできるかな?」
「……王様が、そう言うならやれます」
やはり複雑な色を浮かべた目のままで、少年は王の言葉に頷き返す。
「俺はジャンヌ、ランスはエフェトス、パルシヴァルは双陸さんと一緒に動く。これでコートカードの加護は受けられる。戦力分散時も外部からの奇襲、その確率は下げられる。エルスも処刑前に単独で乗り込んでは来ないだろう」
緊急時の采配は、悪くはない。亡国を継いだのだ、これまでそんなことの連続だったのだろう。頼りなくも、しっかりした物言いが印象的だった少年王が、以前より一回りか二回り大きく俺には見えていた。もっとも……この程度では、タロックはおろか、セネトレア本国とやり合えるとは思えない。彼の青い目は、これから幾度も見たくは無い物を見て行かなければならないだろう。
「申し訳ないけどジャンヌが目覚めるまでは、俺の用事に付き合ってくれパルシヴァル。ジャンヌの寝てる部屋の近くに執務室がある、ランスはそこに。エフェトスは……双陸さん、しばらく遊んでいて貰えますか?」
俺は頷き、微笑んだ。この状況で……捕虜を客人と呼びこんな命を下す王、か。なんとも酔狂。我が君とは異なるが、違う意味で狂人めいている。
(優しい王だ……だが危ういな)
歯車一つ、狂ったならば……この王はどんな道を歩み出すのか、他国のことながら不安を覚える。しかし同時に俺は、夢を見ているような感覚になる。
(もし須臾王が……)
あの方に悲しいことが起こらなければ、我が君も……優しき良き王であった。似ても似つかない男だが……それはもしかしたら目の前の、少年に似た王だった……などと想像しては、苦笑する。
「そのくらいなら、喜んで。泣いてくれるなよエフェトス」
「おかーさん!」
発音綺麗なタロック語。性格も、髪色も目の色も違うというのに、……混血を前に思い出すのはあの捻くれた同僚だった。
(エルスもこのくらい素直だったら可愛いか。いや、それはそれで気味が悪いな)
*
流石に疲れていたか。昼間のことを夢に見ていた。
双陸が目を擦ると、楼の外に小さな人影。その明るい金髪は、あの少年騎士のものだろう。
「まだ起きていてくれるのか?」
「……見張りです」
「君も明日は忙しい。俺に付き合う義理はない。隣室に寝台が用意されてあるから使わせて貰うと良い」
「双陸さんが部屋に戻るならそうします」
「俺が部屋に居ると、明日の演出がおかしいだろう?」
「僕が捕虜の時……貴方は僕を牢に入れなかった」
「ああ……君は王として捕えられたからな」
「貴方を殺そうとした、僕の前で……よく眠ったり出来ますね」
あの時のことをまだ気にしているのか。いや、思い出すような出来事が、あったのか。セレスタイン卿に、この少年は懐いていた。ブランシュ卿のこともある。このような子供には、強い衝撃を与えただろう。
「そうだな、思った以上に疲労していたようだ。シャトランジアでも一度死にかけたからか」
「……貴方は、良い人です。貴方がカーネフェルに居てくれたら、僕も嬉しい。同じ事、思う人いっぱいいると思います。この都にも」
「リスティス卿、立場ある人間とは責任を取るために存在するんだ。例え敵国が心地良くとも、祖国が間違っていようとも……自分の命を買うために、自国の民を狩る策を練ることは出来ない」
「それじゃあ……世の中には、悪い人しか残りません。そんな悪い人が治める国しかない世界で貴方の民は、人は幸せになれるんですか?」
「ならば、尚更君が正しいと思う、君の主を君が支えるんだ。正しき王を正しき世界に導けば、世界は変わっていくだろう」
正しいと思えぬ王に、最初から付き従う人間などいない。俺もあの方に心酔し、仕えるようになった日は、あの方こそが優れた支配者だと信じていたのだ。
「王が誤ったとき、君はどうするパルシヴァル」
「王様が、間違ったとき……?」
「対立してでも諫めるか、見限り傍を離れるか?それとも俺のよう、変わらず忠義を捧げるか?或いは恐怖でそのまま留まるか?間違わない人間は居ない。王とて人だ。道を誤ることは起こり得る」
難しい話だ。俺も選択も正解ではない。小さな少年はこの問いを抱え込み、答えを出せずにひたすら唸る。やがて、ヒントを求めるように俺を見た。
「貴方は……どうしてタロックの王様に、付いていったんですか?」
「自惚れて、いたんだよ」
口からこぼれ落ちた言葉は、繕うこともなくなった……無意識の言葉。俺自身、そうだったのかと驚いた。
「俺まであの方を見捨てたら、あの方はこの世に何一つ……心許せる者も信じられる物もなくなってしまうのだと」
「そうしたら、もっと……悪い王様になる?」
留まることで、狂気を抑える。止めることは出来なくても、それ以上の最悪を防ぐこと……その可能性を信じたのかと少年が聞く。
そんな大それた気持ちがあったか、昔のことだ。もう思い出せない。唯、傍に居たかった。あの人を一人にはしたくなかった。
「そうだな。あの人が正気に戻る日を、俺は待ちたかったのだな……。あの人が良き王だったと、かつての俺は信じていたから」
けれど、それももう過ぎた話だ。タロックは……
「……パルシヴァル?」
「……」
「退屈な、話だったか……」
楼の外で少年が伸びていた。眠気からかと思ったが、寝不足疲労困憊の所、難しいことを考えすぎて気を失ったよう。鍵の掛からぬ牢を出て、彼を隣室へと寝かせた後、また俺は牢へと帰る。
(あんな話、するものではないな。すっかり目が覚めてしまった)
あの様な話を、他者とするのは久々だ。そもそも会話がそんなに長く続くことがない。エルスの場合は向こうからの会話量が多く、俺から切り出すことも多くはなかった。
慣れないことをした所為か、思考がクリアになっていく。そんな頭の状態で、浮かんでくる一つの気がかり。
(そうだ……そう言えば)
シャトランジアに趣いてから、思い出せないことがある。
(被憑依数術、精霊シルヴァン……)
カーネフェリア話を聞く内に、自分も何かをされたのだとは気がついた。カーネフェル側はそれに気付いていないため、細工したのはシャトランジアの方だろう。
計画のため自ら望んだ牢の中、双陸は溜息を吐く。
自分がここに留まる意味は理解している。帰る場所が、ないことも。しかし時間はそう長くない。
「甘いな、カーネフェル王は」
計画に必要な毒は、俺がカーネフェルへと貸し与えた。俺の処刑に用いるようにと。
敵将である自分を信じたというのか、彼は。
それを忘れてしまってから、やけに体が軽いのだ。剣を構えれば、鈍る気配はまるでない。全ての迷いが消えたよう、今なら斬られぬ者は無い。帯刀も依然許されたままで、俺以外が相手なら……何度寝首をかかれていたことか。
「……ふっ、笑うしかなかろうな」
極力敵を傷付けぬよう進軍し、都を落とした。それは略奪を望んでいた味方や部下に恨まれた代わりに、敵からの信頼を得た。俺が戦い守ってきたものは何か。今となっては解らない。
アルドール王の語ったように、エルスをカーネフェルに任せることが出来たなら……俺ももはや悔いは無い。しかしそれにはやはり、従えないのだ。
(すまん……)
剣は軽い。未だかつて無いほどに……俺の心と裏腹に、その時を待ち侘びる。
「許してくれ、エルス」
*
「おはようございます、アルドール」
「お、おはよう」
何があったわけではないけれど、ジャンヌの声は、いつもの数倍優し気だった。
「早く寝ましょうって言ったのに、本でも読んで居たのですか?こんな日まで寝坊だなんて」
ジャンヌは既に着替えを終えている。戦闘に備えてか、こんな日まで鎧姿なのは彼女らしくはあるが。
「頑張りましょうね」
「う、うん!」
「では部屋の外で待っていますから、貴方も早く仕度をなさって下さい」
寝坊とは言え、まだ朝の部類に入る。ジャンヌは一体いつから目を覚ましていたのだろう。それも……俺を無理矢理起こすでもなく、俺が起きるまで黙っていてくれたんだな。流石に本格的に計画に支障がでそうな時間には、問答無用で叩き起こされたんだろうけど。
「あ、そうですアルドール!先程シャトランジアの船が着いたとの伝えがありましたが如何なさいますか?」
「計画の前にエフェトスを回収されたら厄介だ。丁重にもてなして時間稼ぎをするようにお願いしたいんだけど、ランスは何て?」
「全く同じ事をさせて頂いておりました」
「そっか、助かるよ」
着替えを終え、窓の外を見る。城前広場にも多くの人だかり。俺の婚姻を祝う者達の集まりではないのは明らかだ。
「立派な王……か」
頑張ろう。だけど気負うな。それで動けなくなったら最悪だ。
傍に居てくれる皆を信じよう。俺に出来ること、俺がやらなきゃいけないこと……それだけ忘れないように。
*
「やれ!タロック人なんか殺っちまえ!!」
「止めてカーネフェリア様!」
嫌なくらい晴れた日だ。何かを予感させるような胸騒ぎ。このまま何事もなく全てが終わるとは思えない。
(余計なこと考えるな。今やるべきことを、全力で成功させる!)
それだけを考えよう。アルドールはそう頷いた。
「天九騎士、双陸……貴公は王都での疫病から我が民を守った。その感謝は私の内にもある。しかし同胞を諫めることもなく、略奪を許した。これもまた事実である。都を落とし、一時でも我が国を奪った罪、これを許すことは出来ない」
城壁の上、声を張り上げ俺は言う。俺や双陸さんに石が飛んでこないか不安だったが、一応王都暮らしの人々。そこまで荒れてはいないよう……なんて思っている内に、痛っ……くはないが、何かが俺に飛んで来た。
「アルドールっ!?」
ジャンヌがフルアーマーで俺に駆け寄る。
「酷い……王に向かって投石とは!!手当てをします……血が出て……いえ、これは」
「痛くはないんだ……なんかこれ」
「甘い香りです」
「中は真っ赤なイチゴジャム!投げて優しい、食べて美味しいアルドール罵倒饅頭、アルドール罵倒饅頭いらんかねー!」
「ゴムで振り回しぶん投げる!中身は口溶け滑らかバニラアイス!夏場も夏場、溶けかかってるから投げても安心!敵将アイス!黒髪の双陸様にあやかって、チョコ味用意しといたよ!買ってけ泥棒ー!!」
駄目だこの国。こんな時にも商売してる奴が居る。
(商魂たくましいというか、随分セネトレア色に染まってるな……)
今後の戦争が心配になる。セネトレアと関わることでますますこんなことになったらどうしよう。冷や汗を流す俺が横目で双陸さんを見れば彼もこの、カーネフェル人のお祭り根性に半ば呆れてしまっていた。タロックで悲惨な処刑をたくさん見てきた彼には、この平和ボケした処刑場に辱めさえ感じていそう。だって、ちょっと視線を通りにやれば屋台出てるんだ。昨日まであんなタイムリーな名前の物は無かったのに、いつの間に……
と、とりあえず仕切り直そう。俺はカードだ。ジャンヌも傍に居てくれる。仮に石を投げられたって死ぬものか!
「双陸殿、敵国の民をも救った貴公に敬意を表し、タロック人として名誉ある死を与えよう!アロンダイト卿、あれを此方へ!!」
「御意」
「この毒はタロック人ならよく知る物であろう。優しき将に優しき罰を!」
縛めを解かれた敵将は、槍を携えた兵士に毒杯の前へと連れて行かれる。これには広場から大勢の悲鳴が上がった。
「ふざけるな!」
「双陸様ぁあああ!いやぁああああ!!」
「顔面偏差値微妙な平凡顔癖に、物憂げな双陸様殺すなんて許さない呪ってやる呪ってやる!」
「KY王!!どうしてくれんだ!!絞首刑だと思って敵将首つりストラップを不眠不休で作ったうちの工場に対する補償を寄越せ!!」
「敵将斬首まんじゅうの立場は!?」
「お並びの皆様、敵将血飛沫フラッペはこれより敵将毒殺フラッペポイズンに改めますので以後変わらぬご愛顧を」
「くっそぉおおおお!!処刑方法クジ、大穴の毒殺かよぉおおおお!!俺の全財産がぁああああ」
カーネフェルの人達って、本当危機感ないよね。俺の目にも涙が浮かんできた。パンとサーカスじゃないんだよ?侵略されて、現に都まで落とされたんだよカーネフェルは。
ジャンヌも兜を抱えて辛そうだ。
「俺、法整備ちゃんとしなきゃいけない気がして来た」
「私も凄く同意します」
「安心して下さい、アルドール様」
「あれ、ランス?」
俺とジャンヌのひそひそ話に、割り込む男の声がある。ランスには毒をセットした後は、後ろへ下がり……いつでもエフェトスを被憑依状態に出来るようにと命じたはずだ。与えた持ち場から、勝手にランスが離れるなんて……どういうことだ?
「王様っ!違います!!」
俺達の中で一番よく“視える”パルシヴァルが、俺の名を呼ぶ文字数さえ嫌って俺を呼ぶ。それくらいの事が、起きているのだと。
「……エルス」
「この間は世話になったね、アルドール」
違和感に気付く瞬間まで、パルシヴァルさえ気付けなかった。エルスの数術は精度を増している。あの時は弱っていて気付けなかった、俺の失態。彼はペイジ以上に覚醒してしまったのか!?
「ランスに、何をっ……!」
「まだ殆ど何も?でも其方の出方次第では……解るよね?」
「……」
「そんなに睨まない睨まない。何も戦いに来たんじゃ無い。ボクはブランシュ卿へ、お悔やみに来たんだ。そんな日くらい、こんな物騒なことは止めないかっていいに来たんだ」
休戦を持ちかける者が、そんなあくどい笑顔をしているものか。当然エルスは悪巧みを持ちかける。
「王都ローザクアで愛された騎士ブランシュ卿!皆が愛したかの騎士を、殺めたのはタロックではない!証拠をボクは持ってきた!」
エルスの言葉に動けない俺達の前に、どこから入り込んだのか数回見かけたことがある、都貴族が現れた。
「カーネフェリア様、言い逃れは出来ますまい。これが誰の剣か、この剣で守られた者は都にも大勢居ります。嘘は心証を悪くしますぞ?」
奴らが掲げて見せたのは……この都で、この国で、最も優れた騎士の物。それにべったり張り付く赤い血が何とも不釣り合い。
(アロン、ダイト……ランスの剣だ!!)
ランスが囚われ盗まれた……にしては血が乾きすぎている。視覚数術?だとしても……民衆にはそれを見破る術がない。
(まずい……)
民を敵に回したら……この場を逃れられたとしても、俺がランスの処刑を命じなければならなくなる。
「切り口、血痕、全てが証拠だ。数術鑑定すれば誰の血かすぐ解ると思うけど?ブランシュ卿を殺害した犯人が誰なのか」
守るべき味方が、敵に変わる恐ろしさ。敵は内側に居る。真実を知らない流されやすい民衆は……時に恐ろしい敵になる。
本ではそんな物語、読んだことがあった。だけどこんなこと、自分の身に降りかかるなんて……俺は予想していたか?
先読みの、神子が居ない。イグニスが、傍に居ない。どんなに支えられていたか、今更気付く。こんなにも移ろいやすい悪意から、今まで俺は守られていたのだと。
(立派な、王に……)
イグニスが、俺から離れた。俺もそうした。俺はなった、なるんだ立派な王に!
心臓が、バクバク言う。吐き気さえ覚える。泣きたい叫びたい、だけど……震える唇を吊り上げて、俺は無理矢理不敵に笑う。
(犠牲になんか、するもんか)
*
双陸の処刑を行い瀕死ギリギリへと追い込むことで憑依数術を発動させる。エフェトスに被憑依をさせ、戦力を減らさずにエルスの捕獲を行う。計画のざっとした内容はそんなもの。邪魔が入る前にそれを迅速に遂行する……はずだった。それでも邪魔は、入る物。
目的の一つとしては歓迎すべき事柄とはいえ……
「しばらく来ないうちに、随分カードが減ったねここは。これなら正面突破でもやれてたな」
ランスに向かい残念そうに笑った混血は、外見だけなら可愛らしい。
(イグニス様に化けるとは……)
エルスは以前、イグニス様の船を沈めている。シャトランジアの船の形状……それを記憶し視覚数術で装うことも可能だったか。
(コートカード一枚失うことが、こんなに響くものだとは)
俺とアルドール様、そして双陸殿。上位カードが三枚。パルシヴァルとジャンヌ様の幸福だけではカバーできない不運。こうして易々とエルス=ザインの侵入を招いてしまった。
俺は持ち場を離れられない。港まで使者を出迎えるなど不可能。
(しかもエルスは……視覚数術のレベルを上げている)
エフェトスをまだ返せない俺達は、使者を足止めする必要があった。それは、俺がエフェトスと一時的に離れると言うこと。
(俺の、ミスだ……)
動かせるカードが、他になかった。軟禁のための貴賓室……囚われたのは俺の方。
(まもなくジャンヌ様、アルドール様が来て下さるはずだが……)
こんな無様なところは見せられない。これは、俺が招いた失態だ。俺は勝ち誇った笑みを浮かべる、貴族共を強く睨んだ。
「昨日は大層なご挨拶だったねぇ、アロンダイト卿」
「……ご挨拶は、其方でしょう。敵将と共に城に踏み込むとは」
昨日のうちに始末をするべきだった。シャトランジアの名を語り、船で都入りをしたのは……イグニス様に化けたエルスと使者を演じる都貴族だ。
「反カーネフェリア派閥の都貴族に、貴方の剣を預けています。暴れるようなら此方にも考えがあります、事実がどうあれ貴方は失脚せざるを得ない」
「……こんなことをしなくても、客人の望みだ。双陸殿には会わせるつもりなんだが、こんな格好では案内も出来ない」
「案内して貰うつもりはないからそのまま縛られたらどう?良く覚えていないけど、貴方のそういう姿は気分が良いよ。以前ボクをいたぶってくれたりしたんだろうね。……何目逸らしてるの?」
「き、気のせいだ」
「まぁいいけどさ。さて、あいつに盛られた毒と同じ物を……うん、出来た。阿摩羅の奴現地調達で毒作ってたんだな」
(阿摩羅……?)
カーネフェルに入り込んでいる他の天九騎士の名か?考え込む俺に向かい、エルスは無理矢理毒を飲ませる。吐き出そうとするが、駄目だ。既に体に異変が現れる。
「ぐっ……がはっ!」
「この毒はしばらく喋れなくなるし、集中力が霧散して数術も使えない。純血最高クラスの貴方が見抜けないようならこの城に、ボクの視覚数術を破れる者は居ない」
守りの布陣が、徒となった。
潜り込めるなら隙を見て仲間を連れて行く方法もあったろう。けれどエルスが双陸を連れ出せないのは……パルシヴァルが付いているから。コートカード同士やり合うリスクは負いたくないのだ。
「此方が逃げ切るまでの時間稼ぎ、させて貰わないとね」
敵将回。あの子の登場は、処刑前だといかんなぁということで次回に持ち越し。




