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0,7:Bis vincit, qui se vincit in victoria.

 それはあまりに唐突な終わりだった。

 窓の外を呆然と眺めながら、ランスは考える。それまでなんとなく、曖昧に捉えていたカードの終わり。それが今突きつけられている。

 幸福値がなくなれば、人はカードは死んでしまう。それは今まで自分が考えてきた死とは違うタイプの終わり方。

 戦って死ぬんじゃない。戦いを越えた先……それでもこうして、カードは死ぬのだ。幸福値が無くなれば、不運に襲われ事故として死ぬ。それは本人がいくら強くてもどうしようもない、逃れようがない終わり。


 *


 「今、何か聞こえなかったか?」


 久々にこいつとくだらないやり取りをしていると、昔を少し思い出す。懐かしさからか、妙な慕わしさが胸を刺す。俺は知っていた。こいつが逃げてくれないのなら、こいつと俺の別れは最悪なものとなる。俺はこいつの命を食い潰す。消費する。カードとして利用する。それでもここにいてやると言ってくれるその優しさに、罪悪感を覚え始めていた。


 その時俺は何かを聞いた。とても小さな音だ。だけど言い方が悪かったのだろう。従弟は少し脅えて、そしてそれを隠す虚勢でもって俺とその何かに噛み付いた。


 「お前はすぐそうやって」


 俺をからかって楽しいかと睨み付けてくるユーカー。


 「……ん?でもほんとに何か聞こえて来んな。上からか?何やってるんだあいつら」


 しかしそんなユーカーの耳にも何かが聞こえたようだ。いや、俺にも聞こえる。今度の音は大きかった。ここの部屋の階の上にはアルドール様の妹……フローリプさんがいる。道化師との戦いにより、数術の使いすぎで脳を酷使、結果昏睡状態に陥ったという話だった。ルクリースさんを失っただけでなく、フローリプさんもそんな様子だ。道化師に攫われていた彼女を無事に助け出したとは、言えない代償をアルドール様達は支払っていた。


 「……フローリプさんが目覚めたのか?」


 それなら多少騒ぎたくなる気持ちも解る。俺がそれを示唆すると、それでも素直じゃない俺の従弟は窓に向かって歩き出し、言い放つ。


 「おい!うっせーぞお前ら……」


 しかしその言葉は、途中で止まった。彼は窓の外に何を見たのだろう。俺が見たのは、破損した外壁の一部。それからバルコニーの装飾の金属。先程の音はこれが原因だったのだろうと、そんなことを思った。とりあえず次に思ったのは、城の老朽化の懸念。暇を見つけて改築工事を提言してみよう。そこで一旦俺は窓から視線を外した。念のためフローリプさんを他の部屋に移すべきだと思った。だからそれをアルドール様に伝えに行くつもりで部屋の外へ向かおうとした……その時だ。俺はまた、音を聞いた。

 それはユーカーが黙り込んでから、ほんの数秒……時間にして2,3秒の出来事だったと思う。俺の頭は回転してはいたが、その方向性と目の付け所はあまりに遠かった。

 今度の音は先程までのものとは違う。金属や石材が石畳にぶつかる音ではない。それより軽く、それより鈍く。脆い何かが叩き付けられぐちゃと潰れる音。へしゃげる音。それなあまりに簡単に、何かが折れて壊れた音だ。ここまで来て俺は、それがただ事ではないと思い至った。普段はあれだけ騒がしいのに……窓枠に縫いつけられたように、手を掛けてそのまま微動だにしない従弟の姿が今起きたことの異常性を醸し出している。


 「ユーカー……?」

 「……お前は上に行け。早くっ!!」


 振り返らずに彼はそう言う。それはまるで、俺に窓の外を見せたくないと言っているようで。だからこそ俺は窓へと向かう。


 「……っ!?」


 それを見た俺は従弟を押しのけ窓から飛び出す。咄嗟に回復数術を展開しかけ……それが無意味だと知る。辛うじて息はある。それでも……これはもう助からない。言うなればそうするだけ俺の数術代償が無駄になる。それを見越した上で、従弟は上へ行けと言ったのだ。


 「……お前っ、まさか!」


 振り向けば、遅れて外へと出てくるユーカー。


 「お前はⅢ、こいつはⅤ。ルールがいまいちわかんねぇ内は、どうしようもねぇだろ」


 ユーカーはJ。コートカード。ルール上、数札を殺すことが出来るし殺して良いと明言されているカード。俺はフローリプさんより上位カード。こんな弱っている彼女さえ、安らかに眠らせてやれない可能性がある。唯悪戯に痛みばかりを押しつける。それならいっそ……彼はそう考えた。


 「汚れ役は、俺の仕事だ」

 少女はもう助からない。何人もの死を見てきた自分たちだからこそ解る。少女の顔は青白く……その肌に張り付いた赤い色はこのまま放置していても彼女を死は襲い来る。

 あちこち骨も折れている。手や足が、本来曲がらない方を向いている。息をする度、身体に突き刺さった骨が痛いのだと涙に濡れる瞳が訴える。


 「……悪いな」

 「…………」


 ユーカーが剣を構える。それに少女は目を伏せる。悟っているのだ。もうどうしようもないことを。最期の時に、少女は唇だけで小さく笑う。ありがとうと言っているように、俺には見えた。

 聞き慣れた肉を裂く音。命の糸を断ち切る鋏。後は音の止まった時計が一つその場所に転がるだけ。もう戻らない魂を嘆くように赤い涙を流しながら。


 「ユーカー……」

 「完全には直さなくて良い。だけどあいつが見られる程度には整えてやってくれねぇか?こいつだって……アルドールにこんな姿は見られたくねぇだろうからさ」


 影を映した青の瞳で、従弟が辛そうに一言、絞り出した。それに、ああと頷きかけて……俺は俺が彼女よりも弱いカードであることを思い出していた。数術代償、そして幸福値。それを使い果たせば……俺もいずれ。


 「ランス……?」


 動きを止めた俺を不審がる従弟。そんな俺をみて、ユーカーは言おうとして……それを制止するような、掻き消すような爆音が響く。それは近くと遠くで。遠くの方からは歓声のようなものまで聞こえる。


 「……!?な、何だよ今度は!?」

 「…っ!来たんだ、きっと!!」

 「ああっ、くそっ!!早すぎだろうが!!」


 舌打ちするや否や、ユーカーは近くの木に登りそこから一気に上の階まで飛び移る。


 「お前はそいつをなんとかしてやれ!状況が状況じゃ葬儀上げてやる時間もねぇっ!!ついでに暇があったら外の情報探って来てくれ!こっちは俺と神子でなんとかする!」


 ユーカーは上方からそんな言葉を降らせて、問題の場所まで走っていく。

 何を勝手なことを。そう叫びたくなったが、従弟の言うことはもっともだ。万が一、この少女の亡骸が敵に手にでも渡れば、あの人はまた辛い思いをするだろう。今の内に葬ってやることで、あの人の心が軽くなるなら、俺はそうしなければならない。何をするにも情報は勿論要るが、彼女を何とかするまでは……敵に見つかってはいけない。しかし事切れたばかりのそ体を運ぶのはなかなか難しい作業だ。身体の中身の一部なんて飛び出して飛び散っているものだってある。


 「くそっ……」


 今上で何が起きているのか心配だ。早く王の元へ駆けつけたい。それでも、このまま彼女を放置するのは……王の願いに背くこと。それを理解している。だから俺はまた、目先の仕事に縛られる。

 舌打ちしたいのは俺の方だ。とりあえず拾えるものだけを拾って、彼女を抱きかかえれば、服に張り付く赤が肌に嫌な生ぬるさを伝える。

 そのまま走れば、街はちょっとした混乱に陥る。街を混乱させるわけにもいかず、彼女を隠すにしても、街を突っ切ることは難しい。第一城壁の外にはタロックの軍勢がある。都の外に運べれば、それが一番安全なのだとは思うが俺は神子様のような空間転移など使えない。


(それならせめて……水の元素が必要だ)


 城の傍には小さな森がある。そこには一つ、小さな沼があったはず。あそこなら何とかなるかもしれない。


 「母さんっ!助けてくれっ!」


 水辺に着くなり俺は母を呼ぶ。ここに母は棲んではいないが、これだけの淡水と水の元素があれば召喚出来る。

 俺の声に呼応するよう、水面は震え……底からごぽごぽと泡を作る。そして泡と共に光る数字の群れが浮かび上がって、水面から浮かび上がる小さな青い髪。透き通るような水で出来た羽を背に、精霊は現れる。


 《……ランス!もうっ!只今が遅いわよ!!都に帰って来てたならちゃんと母さんに会いに来ないと駄目じゃない!》


 俺が都の傍に住処を移してからは、母さんもカルディア近くの湖に落ち着いた。母さんは湖の精だから、基本的に一定量の真水のある場所になら移動することが出来る。今はその応用で呼び出させて貰った。久々の再会に、母さんはいきなり俺を叱り付ける。それでも……


 「ごめん母さん、それどころじゃないんです」


 この一言に尽きた。


 《……ってあんた血生臭いわね。どうしたのそれ》


 母さんは鼻をつまみながら、嫌そうな顔になる。精霊は基本的に汚れや血生臭いことを嫌う者が多い。水の精霊は特にそういうところが顕著だ。割と精霊としては変わり者に入るとはいえ、母さんもその例外ではない。それでもだ。他に頼れる相手もいなかった。


 「彼女は新しいカーネフェル王の妹君です。今は城が奇襲を受けていて、落ち着いて眠らせてもやれそうにない。だから母さん、しばらくこの子を預かってくれませんか?」

 《別に良いけど、そのままじゃちょっとねぇ。私も私の家に水死体浮かべたくはないし、魚の餌にしたところで、そんな魚をあんたに送ったら、あんただって嫌でしょう?》

 「………ええ、まぁ」


 俺は兎も角ユーカーとアルドール様が泣きそうだ。


 《まぁ、そういうのが得意な知り合いの家にしばらく預かって貰うけど、落ち着いたらちゃんと引き取りに来なさいよ》


 それでも俺が困った顔をしていると、母さんは渋々引き受けてくれた。しかし小さな身体の母さんにこの頼み事は、いささか大きい。


 《でもそのままじゃ運べないし、何とかして貰えない?》

 「…………そうですね」


 俺は彼女だったものを大地に降ろし、横たえる。それから俺が展開したのは、回復数術でも視覚数術でもない。それは発火数術。

 カーネフェルは炎の元素の多い土地。だからよく燃える。そして城の石材は、火を閉じこめる。ここで大きな炎を上げても、城は無事のはずだ。

 俺が上位カードになった所為なのか、以前より炎の威力が増している。それに土地の力も加わって、炎はあっという間に少女の身体を包み、嫌な匂いを立ち籠めて……彼女を骨へと変えていく。時間にして一時間。とても長く感じられた。

 それでも時間は来るもので、俺は骨になった彼女を小さな箱に閉じ籠めてそれを母さんへと託す。それに母さんは、任されたわと小さく溜息を吐く。


 《そう言えばあんた、砦の戦いで……大分無茶したって聞いたわよ。あんたまだ……》

 「母さん、俺は別に死ぬ戦いはしていません。……これは守るための戦いです」


 どうしてそんな言い方をしてしまったのか。俺は初めてカードの死を目の当たりにして……自分が関わっていること、その事の重大さをようやく理解し始めているのか。

(そうだな……たぶん、そうだ)


 俺は今まであんな死に方、想像したことがなかった。


 「母さん……」

 《何、そんな顔して……》


 憂い顔も様になってるわと満更でも無さそうな笑みを湛えている母さんは、相談相手としてちょっと心配だ。それでも俺のことでここまで親身になってくれる相手は他にそうそういない。


 「努力しても、どうにもならないことって……母さんはどう思いますか?」

 《何よ突然……》

 「俺はそういうのが嫌だなって思うんです」


 どうにもならないこと。どうしようもないこと。それをそうだと認めるのは辛いこと。だけど諦めなくても認めなくても、そういうものは絶対にこの世の中には存在するのだ。


 「昔の俺は……あいつに負けて、凄く悔しかった」


 あいつは何も知らなかった。当たり前だ。あんな部屋に閉じこめられていたんだ。

 俺が何か教えると、物知りだなってあいつが褒めるから。ついつい俺も良い気分になって、いろいろ教えてやった。剣だって歳者は俺が教えてあげたのに。元々は俺の方が先に学んでいたのに。あっという間に追い越されて、初めて勝ったと喜ぶあいつのその成長を喜んでやれる余裕もなくて……どんな顔をすればいいのかわからなかった。唯負けることはとても悔しいことなんだって、それを思い知らされた。


 「だから必死に剣の腕を磨いて、……あいつにまた勝てるようになった時は本当に嬉しかった。だけど……母さんも覚えていますよね?」

 《そうね……ユーカーの馬鹿は、笑っていたわね》


 俺はあいつに負けて、影で泣く程悔しかった。だけどあいつは俺に勝った時と同じ笑顔で「参った」と笑っていた。俺はそんなあいつに、また負けたような気がした。それはとても理不尽な思いだった。いろいろあってあいつが更に怠け癖を出すようになり、そこから俺が負けることは殆どなくなった。だから俺はいつまでも負けた気持ちを引き摺りたくなくて、努力に勝るものはないと強く信じるようになった。少なくとも、騎士としては俺の方があの人に信頼はされていた。だから無駄な努力なんてきっと何処にもない。やがてそれが確信に代わり始めた頃にまたこれだ。再びどうしようもないことが、俺の前に現れている。


 「別に俺はあいつが嫌いなわけでもないし、嫌いになりたいわけでもないんです」


 それは昨日のことで確信した。別にそういうわけではないのだと。唯昔みたいに、唯一緒に連んでいて、それで満足出来なくなってしまっただけで。あいつはそれでいいみたいなのに、俺は違う。俺だけ変わってしまったのだ。あいつは何も悪くない。悪いのは俺の方だ。だから優しくしたいとは思う。大事なのは本当だから。それでもまた違いを知る。カードという数が俺とあいつを引き離す。互いに劣等感を植え付ける。


 「それでも俺は……あいつに負けるのが悔しい。俺が勝っているはずなのに、いつも勝っている気がしない」


 最初にあいつを守ったのは俺の方だから。それが俺にとって当たり前になっていた。だけどあいつはそれを理解した上で、俺の力になりたいと言う。自分より弱い相手に守ってやると言われる理不尽、歯がゆさ。今だってきっと、危険から遠ざけるために、敢えて俺にこの仕事を託した。

 それを俺が飲んだのは、あの人の思いを汲んでだけではないのだ。目の前でお前は役立たずと言われるのが怖かった。アルドール様が今一番、必要としているのはイグニス様だ。そしてその次に頼りにされているのはユーカーだ。剣技があいつより強くても、指揮があいつより得意でも、それだけでは足りないのだ。俺が倒せるカードは限られているから。

 お前のために死んでやると口にする彼を止めるには、俺はどうすれば良いのだろうか?同じ事は言ってやれない。そして死なせないとも言ってやれない。俺ではもうあいつを守れないのだと、決められている。

 今さっき……フローリプさんの時のように、敵だけでなく味方まで殺させる、後味の悪い仕事をあいつに押しつけることだって……もう二度と無いとは言い切れない。身震いした。戦慄を知った。あいつは俺のためなら、たぶん何でもやってのける。際限なく与えられた、所有権に俺は今……戸惑っている。彼はカードとしては心強い。でも何かが違うんじゃないか。そうも思うのだ。

 フローリプさんの最期を見て、俺が恐れたのは……不運に襲われれば、それまでの過程など全てなかったことになって……今まで頑張ったことだって、全て無意味に変えられてしまうということ。その絶望の中息を引き取るという想像が生み出す震え。それから……彼女よりも弱い、幸福値の少ない俺やアルドール様を守るあいつは……その幸運を犠牲にしてで俺を守ってくれるだろう。俺はそれがありがたく、そして腹立たしいのだ。


 「母さんは下らないって笑うかもしれません。でも俺は生きたいとか死にたくないとか、そうじゃない。負けたくないんです。俺はあいつの兄代わりで!あいつを守って助けるのが俺だったのに……こんな悔しいことがありますか!?」

 《ランス……》

 「俺だってあいつを……死なせたいわけじゃ、ないんだ」


 俺は人としても騎士としても、あいつに負けたくない。だけどカードは俺の全てを無駄だと嘲笑っているようで……


 《……無駄な事なんてないと思うわ》


 カードのことも審判のことも知らないはずの母さんが、力強くそう言い切った。慰めだろうか。顔を上げれば、彼女は俺を労る様子など微塵も感じさせない笑みを浮かべる。どちらかというと、胸を張って満足気なご様子で。


 《あんたがそうね、無駄を嫌って怠けてばかりの男だったら、あの馬鹿はここまであんたに懐かなかったはずよ》


 人を手懐ける魅力と人望、そして手駒の優劣も強さと才能の内だと母さんはほくそ笑む。


 《あんたが一見無駄だと思えるようなことも誠実にこなす男だから、あいつはあんたに懐いたの。あのじゃじゃ馬を乗りこなすんだからあんたはやっぱり凄いわ、私の自慢の息子だわ》


 負けたくないというこんな俺でも、そのまますべてを慕ってくれる。こんなどうしようもない俺で良いと、彼は言ってくれているのだと……母さんはそう言っている。そしてそれは自分も同じだと母さんは俺に微笑んだ。


 「母さん……」

 《何?》


 お礼を言おうとした。だけど駄目だった。今そんな事を口にしたなら、とても情けない顔になってしまいそうだから。代わりに俺の口から出たのは……やはりというか薄情な言葉だった。


 「そろそろ城のみんなが心配なので帰ります、では」

 《ちょ、ちょっとぉ!!何で変なところでクールなのよあんたは!!そいう照れ隠しってどうなの!?私は全然好きだけどっ!!》


 しかし心配なのも事実だ。そこまで嘘というわけでもない。もう一時間以上も経っている。

 カードとしては一番心強いユーカーとイグニス様が付いている。それでも時間が長引き距離が離れるほど、強迫観念に襲われる。早く戻らなくては。感謝もそこそこに、俺の心は城へと向かい出す。


 《…………仕方ないわね》


 あんたは口で言って解る子じゃなかったわねと母さんが溜息を吐く。素直に見えて誰より頑固なのだと彼女は思いだしたという口ぶりだ。


 《これ、持って行きなさい》


 彼女は自分が首からさげていた、首飾りを俺へと投げる。日の光に透かしてみると、それが水入り水晶なのだと解る。


 「母さん、これは?」

 《お守りよ。肌身離さず持ってなさいよ。じゃないと母さん泣いちゃうんだから!》

 「よくわからないけどわかりました」

 《よろしい。それじゃ、あんまり無茶しないでって言っても無意味だろうから無茶は程ほどにしなさいよー!あんたももう十代後半なんだから、いつまでも自分が若いと思ってたら失敗するわよー!怪我してからじゃ遅いんだから!》


 自分で自分の回復をするなんて、自給自足にも程がある。それなら最初から怪我などするな。怪我するような危険と愚行は犯すな。そういう話ですと母さんが俺を戒める。


 《………ってちょっと待ちなさい!》

 「まだ何かあるんですか?」

 《違くて!何か聞こえるわ!》

 「え……?」


 母さんに言われて、俺も耳を澄ます。すると確かに何かが聞こえる。森の向こう……街の方から。

 聞こえてくるのは些か愉快なパレードの行進曲。


 《そう言えば今日即位式だったんですって?それで街はお祭り気分なのかしら?》

 「そんな馬鹿な……いくら浮ついた都の人々も、そこまで楽天的なはずがありません。もうタロック軍は目と鼻の先まで来ているんですよ?」

 《…………ねぇ、ランス。あんたの新しい王様って何て名前だっけ?》

 「アルドール様です」

 《あのね……これが私の空耳ならいいんだけどね?》


 母さんはそう前置きをして、言い辛そうに言葉を紡ぐ。


 《向こうから“アルドール饅頭”やら“アルドールサワー”やら“アルドール焼き”やらっていう意味深な単語と値段が聞こえてくるわ……》

 「とりあえずこれが平常時なら、畏れ多くも王の名を許可無く商標利用してるということで城へ連行していましたね……」


 相方は俺を散々ボケだと言うけれど、俺はそこまでボケではないと思う。あいつほどツッコミのキレはないかもしれないが、敢えて言わせて貰うなら……


 「三つ目は、一体何を焼いてるんでしょうね……」

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