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78:Nemo autem regere potest nisi qui et regi.

 「おとーさん!」

 「えっと、イグニスとユーカーなら……」


 イグニスはどうしてこの子を置いて行ったのだろう。

 アルドールは、考える。できる限り冷静に、自分にそう言い聞かせながら。

 エフェトスは、特殊な数術使い。教会としても大事なカードの一枚だ。袂を分けた俺の所に彼女が手駒を残すとは思えないのだ。

 俺がトリオンフィ邸で出会ったあれがイグニスだというのなら。全てが間に合わない時に俺に帰国を促したのは何故?俺が彼女の言葉をもう聞かないから、それだけか?

 一度でも道化師を騙ったら、これまでとこれからを、疑われることになると知らないはずがないだろう?

 ましてや、被憑依数術。その使い手エフェトスをカーネフェルに残すなんてヘマ、絶対にしてはならない。カーネフェルに居た道化師さえ、エフェトスを用いた憑依数術による演出と、此方が主張することだって出来るのだ。

 先代教皇の訃報と同時に、道化師は既にイグニスに成り代わっている?だからエフェトスがそれに従わない?


(違う……)


 イグニスなら、このタイミングでそんなことはしないし、絶対にさせないはずだ。これから戦争が始まる、大事な時期に両国の連携が崩れるのは一番不味い。


(俺が、違うやり方を……そう言ったから?)


 大事な、大事な駒だろう。それを此方に貸し与えてくれたのは、自分と違うように彼を用いろという意味で……カーネフェルの民だった彼を、俺に守って見せろと?

 それはたぶん、ジャンヌと同じ。イグニスは、彼を俺の手駒として拾い、育て……配置した。俺が助けた子を、俺のためのカードに変えた。本人達にその自覚がなかったとしても……


(いや、そんなはずはない。被憑依数術の使い手をイグニスが此方に寄越す意味が無いんだ)


 だってイグニスの方が今後疑われて面倒なことになるんだし。それに特殊な精霊とセットで、それかイグニス並の数術使いで無ければ彼を上手く使うことは出来ない。此方としても彼方としても何のメリットもない。敢えてリスクを冒したのは……シャラット領での言葉のためか?悩めば悩むほどもう白も黒も解らない。だけどこれは回収ミスというよりは……


(エフェトス自身に、自我が戻った……?)


 それは僅かかもしれない。だけどイグニスの命令に逆らうような、何かが生まれた。それさえ狙っての配置かどうかは今は考えないでおく。


 「そうだ!!ユーカーだ」


 どうしてエフェトスが砦内のユーカーの部屋に入り浸っていたか。それは、あの写真だけが理由じゃ無かった!

 ユーカーの、道化師の力。それは、エフェトスの“父親”の、代用品にもなり得た力。数術使いでもないのにイグニスの数術に割り込む脅威。彼の存在が、イグニスの計算に狂いをもたらした。

 俺の漏らした彼の名に、全てを理解したのはランスだけ。パルシヴァルや、双陸さんは疑問符を浮かべたような顔をしている。

 だけどランスだけは違う。そこから俺より早く、新たな答えに行き着いた。おそらく、それが最善であろう手に。


 「……おいで、ジャック」


 それは、ユーカーに向けるような声だ。誰にでも優しいランスだけど、その声には親しみさえ滲ませる。咄嗟の演技にしては、上出来も上出来。当然あの子も喜んだ。


 「おとーさん!!」

 「ごめんな、寂しかっただろう?お父さんが悪かったよ、ごめん」

 「おとーさん!」


 見目麗しい、純カーネフェル人の外見の“おとーさん”。それを優しく肯定さえしたならば、エフェトスを籠絡するのは容易。混血の少年は、ランスの腕の中で容易く意識を手放した。それが、憑依されるのを待つ体勢。


 「アルドール様、双陸殿の処遇……俺に任せては頂けませんか?彼は貴方の客人、俺の恩人。悪いようには致しません」

 「ランス、それって……」

 「被憑依数術の発動条件、それはイグニス様なしでも……もう一つ、存在しています。双陸殿、貴方との約束……必ずや守りましょう」



 *


 その日のうちに敵将双陸の処刑、そして王宮騎士トリシュの殉職を同時に民へと告げた。王都ローザクアをその二つの情報に、戸惑う者は多かった。

 トリシュは、王都では名の知れた騎士。社交界や都貴族からも気に入られ、女性からの人気も上々。しかしながら、都では民とも語らう。街中で竪琴を奏でる姿に聞き入る者も多かった。高貴な騎士でありながら、王都の人々にはもっとも近しい位置にいた。

 その、トリシュが亡くなった。その事実に驚かなかった人間はいない。トリシュの遺体が運び込まれたローザクア。これまで他人事だった都貴族も民達も、顔色を変える事態となった。


 「どうなっているんだアロンダイト卿!」

 「ブランシュ卿があんなことになるとは、一体何をしていた!こんな王都のお膝元で、彼が殺されただと!?ここはそんなにも危険だというのか!?」

 「我々が危険な目に遭ったらどうしてくれる!!」

 「シャトランジアへの避難を、受け入れを申し入れろ!まず富民層を優先した船の手配からやるべきだろう!?」


 このクソ忙しい時に迷惑な客が来た。これまでの理想の騎士らしい出迎えなどする気も起きず、ランスは仏頂面でそれを迎えた。

 門番に金を渡したか脅したか、怒鳴り込んできたのは早速噂を聞きつけた都貴族共。双陸殿がこの連中をすべて始末してくれたらどんなに良かったか。しかし、以前よりは力を失っている。イグニス様の企み通りでも、此方にとってはありがたい。

 以前はあの連中、アルト様のこの城に住み込んでいる者も多かったのだ。都に屋敷を構えながらも王よりも豪華な部屋に住み、贅沢三昧していた奴らだ。それらを城から追い出してくれただけでもその手腕は見事なものだ。

 しかし都貴族にも二種類が居る。アルドール様を傀儡にし甘い蜜を啜りたい者と、国を腐敗させタロックの侵攻を招いた者。

 前者の多くは双陸殿が退けた。こうしてトリシュの訃報に来たのはその残党と、別の目的を持った者。双陸殿の処刑を聞きつけやって来た、カーネフェルを滅ぼしたい奴ら。いっそのこと全員この場で叩き斬ろうか……いや、駄目だ。まだ、使い道が残されている。


 「お言葉ですが、我が国は戦争をしています。つい先日までこの都を奪われてすらいた。危険など、当たり前のことでしょう!何を他人事のような顔をしていらっしゃるのですか?国の大事とあれば、民を率い先頭に立ち戦うのが我々貴族の在り方。それが何か?身の保身を私に、我が主に訴えるとでも?」


 従わない王は要らない。アルドール様に責任を押しつけ、別の者を王にするつもりなのだろう。金の亡者が。故郷を奪われて、それでもまだ目先の欲しか見えないか!?


(ユーカー……)


 お前が、こんな任務嫌だと言ったのが解るよ。今まで守らせられて来た者が、こんなにも醜悪だったと思い知らされる。隠されてきたお前の目は、見ていたんだな。


(トリシュ……)


 お前が長年仕えてきた奴らが、お前の死をまるで悼まない。こんなものか。俺だって、死ねば同じだ。その死を悼んでくれるのは、お前に守られた民と憧れた者達だ。

 国とは、民とは……守るべき者とは何か。俺も今一度、それを考えなければならない。


(俺も、お前に憧れるよ……トリシュ)


 お前の最後の顔が悲しみに彩られていても、お前は自分で選んだたった一つのために死ねたんだ。そんな風にあれたらどんなに良いか。だけど、それは俺にはあってはならない。


 「我が友トリシュは、最後まで立派に戦いました。彼は民を……ある娘を庇い、命を落とした。騎士であり貴族である彼が、薄い目の娘のために命を投げ出した。立派な男でした。それが貴方がたは何を言っているのか!彼の死を悼みに来たのでも無い!我が友を、ひいては彼を信頼していた我が主を侮辱するおつもりか!?」

 「た、たかが辺境領の跡継ぎが何を!」

 「失礼ながら私はアルドール陛下より全ての補佐を任せられております。陛下の不在の折りは、“俺”がそれに代るようにも」

 「で、でまかせだ!!そんなものはでまかせだ!!お前のような、あの男の息子が陛下に信頼されるはずがない!!」

 「俺の言葉は、陛下の言葉です。ご理解頂けたのでしたら、お引き取り願いましょう」


 都貴族には従わない。アルドール様の意思を伝えれば、王への利用価値などなしと奴らは判断するだろう。こうして俺達への反感を募らせれば、この連中は保身を捨ててタロックに味方する。手引きをするんだ。再び都を盗らせることと……自分達の復権を狙って。

 双陸殿の処刑を目論めば、カーネフェルに潜んだ残党を、都に集められる。向こうが彼を見限ったのだとしても……エルスは釣れる。タロックが、エルスを失うのは痛手。

 カーネフェルの民を大勢殺めたエルスではあるが、アルドール様はあの混血を此方に引き入れるおつもりなのだ。そのための罪を背負う覚悟も決められた。殺すより生かす方が難しいと解っていても、彼はそれを望まれた。ならば俺もそれに従おう。


 *


 嫌いだった。それは互いに。あいつは須臾が大好きで、僕は須臾が大嫌い。互いに違う僕と双陸は……それでもそれぞれ須臾の寵愛を受けていた。

 刃向かう僕をあしらいながらも、そこに那由多王子の影を見て傍に置きたがる。そして狂気の淵まで付き従った双陸を、須臾は認めていたしあの城で唯一の味方と考えていた。だけどある時から、須臾から直接双陸に命令が下ることはなくなった。


 自分のことは自分自身が、たぶん誰より知っている。そのはずだ。そのはずだった。

 だけど解らないことがある。僕は、あの時何を言おうとしたんだろう。伝えなきゃ、教えなきゃいけないことがあった気がする。なのにどうして、話さなかった?


(双陸が……悲しむと思った)


 あの時僕は知っていた。隠してあげた嘘がある。鬼らしかぬ振る舞いをした。その嘘に、僕自身が呑み込まれていた。僕は知らなかったけど、僕の力はそれには打って付けの能力だった。何が本当か、何が嘘か……段々わからなくなって。カーネフェル王への憎しみに囚われる内、他のことが朧気になっていった。まるで、あいつだ。


(セレスタイン卿、ユーカー……)


 星が降る前、北部で出会ったあの男。あいつに盛った毒はなんだっけ。誰に渡された毒だっけ?思い出せない、頭が痛い。でも僕のこの症状は、あれに似ている。誰にいつ僕がやられた?タロックに帰った時か……?おそらくそうだ。でなければ、こんな状況に僕が陥るはずがない。


 「思い切ったな、カーネフェリアの小僧」


 同僚が、世間話をするように軽い口調で話題を振った。僕は、どうしてしまったんだろう。以前の自分なら、こんなこと……大好きだった、はずなのに。


 「不満そうですね」


 不満も不満だ。大不満。

 先日の毒……の他にも何か盛られた結果、今は何も喋れない。解毒の数式を組めればこんなの訳ないけれど、それが上手く行かない理由がある。


(この僕が、見ていることしか出来ないなんて)


 「悔しいでしょうね、第六騎士ともあろう方が!末席の私にいいように弄ばれているのですから」

 「おいおい、あんまりエルスちゃん虐めないでやってくれよ第九騎士殿。こう見えてエルスちゃん、一回打ち解けると割と尽くす系だぜ?デレたら懐いたら可愛いタイプだ」

 「おっと、さすがは混血。まだ数術を紡げますか。では……もっと強い塗り薬……いえ、毒を」

 「っ!!」


 縛られていようと声を奪われていようと数術使いを舐めるな!でも……混血だろうと数術を使うには、集中力が要る。だからこのド腐れ外道薬師は、集中力を奪う毒もいくつか僕に使っている。手足の自由も利かないのに体の痒みが止まらなくなるわ、微熱も出るわ、まともな数式なんか、作れない。

 簡単な弱い攻撃数術なら何とかなっても、繊細な数式は難しい。空間転移なんてまず無理で、縛めを無理矢理外しても、また縛られるから意味が無い。少しずつこいつらにバレないように内側から体の治療をする。そうして万全にならなければここを脱することも不可能だ。


 「これで一人称が俺だったら助けたついでにお礼プレイでもしたいところだな」

 「変態ですね、第一騎士様」

 「いやいや、この顔絶対誘ってる顔だろ」

 「私に其方の趣味はありません。もっとも、これで髪が腰まで伸びるロングストレートだったら一晩くらいは考えても良いですが」

(人が喋れないと思ってこいつら心底馬鹿にしやがって!!)


 殺意で人を殺せたら、この二人今すぐ血祭りに上げてやりたい。


(この僕にこんなことしやがって!須臾が知ったら……こんな奴ら)


 ……あれ?

 僕はおかしい。僕はいつから、そんなことを言うようになったんだ?僕が須臾を頼るなんて。須臾が僕を助けるなんて。それって何か、おかしくないか?


(僕とあいつは、そういう感じじゃなくて……もっと僕が、あいつに振り回されるような)


 「おや、別のことを考える余裕がお有りですか?それとも混血特有の危険回避能力で、無効化耐性でも付きましたか?お忘れではないでしょう、貴方の大事な双陸殿のこと」

(……忘れる、もんか)


 気が狂いそうになりながらも、数術を作ろうとするのは、彼を助けに行くためだ。


 「にっくきカーネフェル王が、とうとう彼の処刑を決めました。それが明日!」


 いちいち言われなくても解ってる。だけど意味が分からない。無力な僕の目の前で、双陸を失わせて何になる!?あの男を失えば、タロックが傾くことも解らないのか!?

 第九騎士を睨み付ければ、仮面の男がにやりと笑う。見ているだけで腹が立つ。そいつの仮面はキツネを模した物。目と鼻と顔の半分覆ったそれは、口は隠さず奴が僕を馬鹿にし吊り上げた口の様子をこれでもかと言うほど見せつける。


(くそっ……直視はダメだ)


 シャトランジアと国交があった時代に仕入れた数式か?仮面に数術効果を刻んでいるのだろう。第九騎士、阿摩羅=識。天九騎士の末席、識家の分家当主。毒の実験が失敗し、顔が焼けたとかで、それから仮面で顔を隠すようになったと言うが……どうにも怪しい男だ。

 こいつを見ていると、何かを思い出しそうで、だけど何かを忘れていくような……嫌な気持ちになる。毒と併用して、人を洗脳する術に長けているとの話もある。上の騎士を敬う気持ちも見受けられない。決して信用してはいけない相手。例え苛ついても、目を合わせてはいけない。無視だ、無視。


 「議会派の本家と違って、分家の私は王の僕なのです。王には貴方が必要だ。だから貴方をもっと、須臾様に尽くす忠犬に教育し直す必要があるのです」

(識だけじゃ、タロックは守れない!本当に須臾と国を思うなら、双陸だけは絶対に死なせちゃ駄目な騎士だろう!?お前はタロックを滅ぼすつもりか!!)

 「“王”さえ無事なら、国など幾らでもやり直せます。それに比べて騎士の一人や二人、安い物。それは私のことも含めて、ね」


 阿摩羅はカードになって数術を会得しているようだ。この僕の感情数を読み取る程度には。

 でもダメだ、こいつ話にならない。

 僕は八つ当たりも兼ねてもう一人の男に敵意前回の視線を送る。


(第一お前もお前だ!狂王派なんてお前の天敵じゃ無いのか!?)

 「そんな睨むなって、俺に当たるなよエルスちゃん。俺はあれだ、船待ちだ。タロックまで帰る足がなくてなぁ、丁度こいつが来るって言うから細かいこと言ってられねーだろ。双陸のことが終わったら、船出して帰国させてくれるって言うからよー」


 こいつははなから須臾の味方じゃない。元は平民。僕と同じで、刃向かったのを気に入られて召し上げられたのだ。

 心の中でひとりずつ、精霊の名を呼んでみて……それでも誰も応えない。そんなもの、初めからいなかった。嘘の記憶と一緒に僕が作り出した、人口の精霊だったのだから。

 タネが解ってしまった以上、同じように出来るかと言えば……それもやっぱり難しい。意識しないで出来ていたことを、意識してそうしようと思っても、どうやっていたかが解らないのだ。


(……いや、待て)


 シャトランジアの神子が、何か言ってなかったか?

 教会から逃げ出した、精霊……と。そうだ、一人だけ……僕にはまだ、残っている。でも近くにいない、感じない。それはどうして?僕が変ってしまったから?


(お願いだ。ここにおいで、“シルフィード”)


 僕はここだ。何も変わってなんかいない。だから、力を貸してくれ。

 呼びかけても応えてくれない。気配は感じる、でもいない。僕の変化はそんなに嫌か?


 気付いていけないことがある。忘れた方が都合の良いと思われていることがある。それがなくなれば僕はたぶん。

 こんな言い方屈辱だけど、僕は生きて居るんじゃ無い。“生かされて”いるんだ。須臾に敗れた日から、今もこうして。でも今、僕を生かしているのは須臾じゃない。

 優勢だったタロックがここで窮地にあるのも、双陸が大変な目に遭っているのも、それを望む奴が居るから。敵は、タロックの内部にも居る。僕は鬼だ。そう、言い張らなければ僕は立っても居られない。全部嘘で作り上げたまやかしでも。それが僕の強さだったなら……僕は信じなければ。

 利用するならそうしろ。遊ばれてやる!レーヴェの二の舞は絶対に嫌だ!僕は、僕と同じところに落ちた、落ちて来てくれた“鬼”だけは見捨てない!


(ああそうさ。僕は妖怪だ、鬼だ、化け物だ。こんな奴ら、こんな奴ら、仲間じゃない!!)


 何を犠牲にすれば良い?何を糧に君は喜ぶ?奪え僕から、何もかも。

 祈りを捧げるように、僕は固く目を伏せた。耳に聞こえる悪意の声も、遠く遠くに切り離し……


 *


 「新たなカーネフェリアも傀儡か!?」

 「あんな良い人を処刑だなんてあんまりよ!!」

 「でもそれってイメージ戦略って言うんじゃないの?あの病気をカーネフェルに持ち込んだのもタロック人だって話もあるわ」

 「マジかよ!!じゃああの男俺達を騙して善人の振りしてたっていうのか?!」

 「信じらんねぇ!俺はカーネフェリアに賛成だ!!あんな奴、殺してしまえば良い!!南部の村を焼いたって言うし、北部も散々な目にあったらしいじゃねーか!!」

 「ブランシュ卿が亡くなったのも、タロックの所為なんでしょ!?まだ隠れてる奴が居たんだわ!!」

 「私のトリシュ様を返しなさいよ黒髪族っ!!」

 「殺せ!殺せっ!!」

 「助けてあげて!あの人がいなきゃ、私達はとっくに死んでいたのよ!!」

 「双陸様はタロック人だけど良い人だ!!」

 「嫌ぁあああ!どうして!?ここ王都なのよ!?なんでそんな危ないことが起きるの!?」

 「逃げなきゃ!早く荷物をまとめるんだ!!同盟国のシャトランジアなら」

 「馬鹿っ!聞かなかったの?シャトランジアも戦争をはじめるって話じゃないの!!何処にもないのよ、逃げ場所なんて!!」

 「それじゃあどうしろってんだ!!俺達に死ねって言うのかカーネフェリアは!!」


 都中が騒がしい。城の前にだって抗議の者が大勢集まっている。処刑が決まった敵将は、人格者。病が広まった際も、進んでカーネフェルの人々を助けた。それを信じる者と、疑う者。どちらも本当のことだから、俺も心苦しい。このままでは都の中で国王派と敵将派で争いが起こってしまう。その前に、やらなければ。


(落ち込んでなんか、いられない)


 街での用事を済ませ、アルドールは裏門から城へと急ぐ。騎士達では民に見つかる。まだそんなに顔が割れていない……いや、覚えて貰えないし目立つような美形でもない俺と護衛のパルシヴァルとでの外出だった。


 「最近さ、墓参りばかりしている気がするよ」


 北部から回収したフローリプの遺骨、それからシャラット領から持ち帰ったルクリース。

 二人とも俺の家族だ。カーネフェリアの名を刻んだ墓石も完成し……取り戻した王都に眠らせられた。他の用事と一緒で申し訳ないけれど、供える花を買ってきた。

 トリシュは葬儀の後に……ブランシュ領に返すことになるだろう。チェスター卿へ伝える言葉を考えて、今から俺は胃が痛い。折角昔のような関係に戻れた二人が、こんなに早く引き離されることになるなんて……


(全部、俺の責任だ)


 俺がもっと立派な王だったら。ユーカーを守れていたら、トリシュだってこんなに早くは……

 命を使い果たしても、願いが叶うとは限らない。トリシュは……あんな風なユーカーを、望んではいなかった。だから……いつも通りの彼を、俺だけのためじゃなく……取り戻したい。無意味なことなんて、何もないって信じたいから。


 「パルシヴァルは、会ったことなかったよな」

 「はい。でもセレスさんから聞きました、少し。乱暴な……それでも強い女の人と、僕と同じくらいの年の子と」

 「ああ。だから俺、最初パルシヴァルにもエフェトスにも戦って欲しくなかったんだ。どうしても、フローリプを重ねちゃうから」

 「……そう、ですか」

 「ユーカーのことは、本当に悪いと思ってる。もしパルシヴァルが追いかけたいって言うなら……俺は止めないよ」


 ユーカーを追いかけよう、取り戻そう。いつもの俺なら簡単に言った言えていたセリフ。都を取り戻した今、そんな言葉が作れない。何もないから簡単に言えていた。守る物があるということは、こんなにも不自由なことだったのだ。


 「でも、俺は……こんな風に手を合わせる相手が、一人でも少なければ良いと思う」


 確証はない、でも確信していることがある。

 これまで何度だってそのチャンスはあった。それでもあいつはそうしなかった。それは何故?でもそれは確かなこと。

 道化師は、ユーカーを殺さない。出来れば仲間にしたいんだ。二枚目のジョーカーを籠絡出来れば、あいつの勝利は揺るぎない。……でも、完全な仲間に出来なくても良い。自分に刃向かう前に、ユーカーを俺達他のカードと削り合わせれば……最大の敵も始末でき、やはり勝利は揺るぎない。その時点で俺達の敗北は決定だ。

 俺がやらなきゃいけないことは、どんな状況になっているか解らない、ユーカーを元に戻すこと。そしてその時、ユーカーが守りたいと思ってくれるような、カーネフェル王になり、そんなカーネフェルを作り上げること。


(それから……ランスも、他のカードも死なせない)


 仲間やユーカーを犠牲にするような国に、彼はきっと戻って来たくない。国のため、民のため……みんなのため、俺のため。それがなるべくかけ離れない答えが欲しい。

 無力さを悔いた。だからカードになったんだ。俺の命を捧げて願いが叶うなら、俺が生き残らなくて良い。俺はまだ、この国に暮らす人々全員を愛せてはいないけど……傍にいてくれる人達は守りたいと思う。彼らは俺の民であって欲しいと、そう思う。


 「パルシヴァル……俺も、ランスや君を責められないよ。俺だってユーカーに……“昔のイグニス”を重ねてたんだ」


 カーネフェルに、居場所がなかった。彼を彼でなくしてしまったのは……俺を含めた全ての人間。


 「王様……、アルドールさま。僕……もっと強くなります」

 「パルシヴァル、無理することはない。君は……」

 「セレスさんを今、死なせずにいられるのはあの人だけ。それは本当なんだと思います。あの言葉に嘘は感じなかった。でも、戻って来たセレスさんが、セレスさんのままかはわからない」

 「……」

 「セレスさん、そんなの嫌だと思ってる。だから……約束通り、セレスさんがセレスさんじゃなくなっていたなら、その時僕が……殺せるように。僕はもっと強くなります」

 「パルシヴァル……」

 「無理なんか、してません」

 「あのさ、俺思うんだ」


 この子は、守るための騎士になりたかった。それが憧れだったんだ。そんな子が、憧れた人を殺す覚悟を決めるだなんて……あまりにも辛すぎる。


 「どっちを選んでも苦しいし、悲しいなら……自分が本当に正しいと思えたことに、近い方を選べたら良いなって」

 「……正しい、こと?」

 「殺して終わりにするのは簡単だよ。覚悟さえ決められるなら。でも、殺さないでその場を納めるって大変なことだ。今回のこともそう……俺も上手くやれるか解らない。でもさ、パルシヴァル」


 どうなるか解らない。それでも諦めないよ、今回は。いやその後だって……後悔は、うんざりするほどしただろう。これが慣れるということなら、俺はもっと最低な人間になった。悲しいことが続いていく内、おかしくなってしまったのかも。ユーカーが行方不明、トリシュも死んだ。でも今は、涙も出ない。

 解ってる。わかってた。人はいつか死ぬ。トリシュは……もう長くなかった。……でも、出来れば笑って死にたいな、俺は。トリシュは泣いてた。だから俺は……ユーカーのこと、トリシュが悲しむような結果にはしたくない。


 「殺すしかないって諦めるより、助けたいって頑張る方が……俺は、俺の考える王様っていうのに近づける気がする。パルシヴァルにとっての騎士っていうのは、どっちだろう?」

 「……僕は。ぼくは………っ、……僕はここで、失礼します」

 「パルシヴァル?」

 「ジャンヌさんに、会いに行ってあげて下さい。もう、起きたみたいです」


 何かを言いかけたパルシヴァルは、それを俺へと吐き出すことはなく、代わりに俺達の心配を口にした。それは成長、なのだろうか?あの無邪気だった少年が、自身の心を隠す悲しい嘘を語るようになるなんて。楽になること、救いなど……今は要らないと言われた気がした。


 「心の揺らぎが、すごいです。風から伝わってきています。あれではどこにいるかなんて、数術使いにはすぐ解ってしまう。アルドール様は解らないんですか?

 「俺は……情報系の数術、全然だからなぁ。読み取り方も解っていないところが多いし」


 見たくない者を何度も見てきた。数値の違い……生きてる人、死んでいる人の違いはわかるようになったけど、それでも解らないことだらけ。いつもイグニスを頼っていたから……

 ああ、こんな言葉を返したら彼を不安にさせてしまうかな。一人になりたいという彼を、一人にするのは気が引けるけど……俺が彼だったら、同じ事を言われても考える時間が要るのは同じ。

 それなら、俺は笑おう。俺まで暗い顔してたら、彼まで余計に暗くなる。何も出来ないかも知れないけど、強がりでも……俺は余裕を見せなきゃきっと、誰も俺に付いてきてくれない。俺は誰も守れない。


 「頼りにしてるよ、ありがとうリスティス卿」


 一度軽く頭に触れて、俺は感謝の言葉を伝える。それでも敢えて彼を騎士と呼ぶ。逃げるなら逃げて良い。君が助かるならそれで良い。でも彼の願いが叶えば良いと思う。出来ることなら俺が叶えてやりたいと思う。それが俺の思う、王の姿だ。

 傍にいてくれる人が幸せであれば良い。死なせる策は極力避ける。いつか命を落とすのだとしても、その時その人が笑って死ねるような人生を送らせてやりたい。


(ごめんな、トリシュ……)


 笑って死ねなかったトリシュのために、今すぐユーカーを助けてやりたい。だけど、それは出来ない。でも俺が死なない限り、ユーカーも無事。あいつはユーカーを、俺を殺すカードに育てたいはずだから。


 *


 パルシヴァルと別れ、ジャンヌと話し……執務室にもどった俺を迎えてくれるランス。

 窓の外、街では騒動が起きている。信じる者、疑う者。小さな喧嘩や殴り合い、その位なら構わないけどそれを止めるため兵を向かわせることも既に何度も。俺が出かけている内にも、そんなことがあったのだろう。ランスが留守中のことを教えてくれる。


 「なるほど……面倒事ばかり任せてごめん」

 「いえ、悪くはありません」


 答える彼は、嘘を感じさせない微笑を浮かべた。


 「アルト様の時は、何も出来なかった。あんな腐れ貴族共に、反論するだって俺には……あの方には許されていなかった。アルドール様、俺は感謝しています。貴方が王で居て下さることに」


 傀儡ではなく、王として人々を従えようという気概。それを俺が持ち始めたこと、ランスは喜んでいてくれる。

 だけど……街から聞こえる声の多くは、俺を批判するものだ。言ってることまで城まで声なんか聞こえない。それでもそれが想像出来るのは……先程まで俺が街の中に居たからだ。聞いた言葉が何度も何度も俺の中で繰り返される。俺は誰からも望まれる、喜ばれる王ではない。思うのは苦悩か悔恨か。言ってもそれは切りが無い。心の許容量を超えている。

 最高の結果にはならなくても、最善と思える行動を望みたい。誰かに任せた方が上手く行くのだとしても、リスクは一緒に俺も背負いたい。俺だって、同じく罪を背負うべきなのだ。綺麗なだけのお飾りの、そんな人形は御免だ。そんな風に望まれるのは嫌だって、ずっと思ってきたはずだろう?王だとしても、王になっても俺は忘れてはならない。自分の頭で、心で考えて感じること。人の証を。


 「アルドール様、トリシュの葬儀は件の処刑の後で構いませんか?」

 「ああ、それで頼むよ。その後に……俺の挙式だ」

 「そのように手配致します」

 「それからやっと……セネトレアとの戦いだ」

 「……はい」


 俺は、早々にルクリースを使い潰した。ユーカーも、トリシュのことも守れなかった……だけどランスの言うとおり、他に方法がない。俺が助けたつもりのエフェトスを、兵器として俺が使う日が来てしまった。


 「俺はイグニスに反対して、それなのにイグニスと同じであの子を頼る。矛盾してるよな」

 「そんなことはありませんよ」

 「どうだろう」

 「アルドール様らしくない仰りようですね」

 「はぐらかしてるって?」

 「失礼ながら、少し……俺みたいです」

 「ははは、そうだった?」


 ランスが小さく吹き出した。これもまた、嘘がない。こんな風に彼は笑う余裕も見せている。それにつられて俺も吹き出す。


 「安心した。だけど心配してる」

 「ええ。それは俺も同じです」

 「ランスのことだよ」

 「……アルドール、様?」


 よく眠れていない顔をしている。なのに、ユーカーが居ないのに、こんなに落ち着いているランスはおかしい。心配しすぎて、心がそれを解らなくなってしまったんだ。以前のように暴走はしていないし冷静だし頼りになるけど、やっぱり少し心配だ。

 そうやって周りの心配をすることで、俺も俺で居られるのだろう。そうでなきゃ、俺は本当に何も出来なくなっている。ただ、泣く以外の何もかも。


 「俺は、ユーカーを頼りすぎていた。道化師がユーカーに目を付けたのも、彼があのカードだったから、それだけじゃない。ユーカーは、俺を嫌っていた頃のイグニスにも似てたから」

 「あいつは、本当に……俺に言えた事ではありませんが」


 ランスは最後まで言わなかった。それでもランスは……可哀想な子だと、そう言いかけたのだと思う。彼は彼として生きて居たのにどうして他人の影を、多くの相手から背負わせられてしまったのだろう。それが、ジョーカーだとでも言うのか。


(可哀想……)


 見ている、見つめ合ったつもりでも、見ているのは別のもの。だから、愛なんて知らない。いざ本当の姿を追いかけられれば、恐れて逃げる。臆病な人。

 ユーカーに、イグニスを重ねていたくせに、俺は俺自身をも彼に重ねる。誰にとっても大事な誰かの代わりになれる、その素質。それは近付いて、彼を知ろうとしなければ見えては来ない。


 「俺に罪を思い出させたい道化師には、どうしても必要な人だったんだ。そう思う。……ごめん、二人をこんな事に巻き込んで」

 「逆です、アルドール様」

 「逆?」

 「だからユーカーと俺は、まだ生きて居られる。生かされている」


 道化師が二人を殺すつもりなら、そうする事も出来たはず。今残っているカードは、まだ道化師の計画にとって必要なもの。ランスはそこまで言い切った。


 「約束します、俺は貴方に。道化師の下から戻ったユーカーが、貴方に敵意を向けるようなことがあるなら俺がこの手でユーカーを。いいえ、それが叶わずともどんな悪しき策を用いても、俺が始末をします」


 ああ、どうしてこの人も……パルシヴァルみたいなことを言うのかな。パルシヴァルがランスに似たというのか、何なのか。みんな、思い詰めて居る。俺が彼らを支え切れていない現れだろう。本当に俺は無力だ。だけど言っておかなきゃ駄目だ。俺の望みを明確に……話会うことを怖がっていてはならない。俺が立場ある、王ならば!


 「ランス、それは違う。仮に道化師がそれを企んでいるのだとしても、ユーカーはランスを裏切ったりしない。だから俺は……貴方に認めて貰えるような王になるため頑張るよ」


 貴方が貴方で居られる国と王であれたなら、何を吹き込まれたってユーカーはユーカーだ。

 彼の目を見て伝えれば、先に視線をずらしたのはランスの方だった。膝を折る彼と同じ高さに俺もなり、紋章を晒した手を差し出した。


 「そのためにも、まずはこの作戦。生き残ろう、みんなで!」

 「アルドール様……はい、必ずや!」


 ランスと初めて会った日に、彼がそうしてくれたよう……俺も俺の命を彼に預ける。


 「貴方が俺の剣になってくれるなら、俺はカーネフェルの盾になる。命に代えても、俺の民を守ると誓う」

 「喜んで。俺は既に、貴方の騎士です」

 「ありがとう。ランス……カーネフェルのため共に生き、共に死のう!」

 「俺は死にますが、貴方は生きて下さいカーネフェリア様」

 「うん、王の言葉にも反論してくれる人は大事だな」


 言葉は重ならないけれど、俺の手をランスはしっかり握り返してくれた。レーヴェの時とは違う。今度こそ……俺達は、間違わずに居られるはずだ。そうしてみせる。

話数を消費しすぎて、そのうちサブタイトルのネタが尽きそうで怖い。

というかたまに忘れて重複したりして直したり…((((;゜Д゜)))))))

しかしアルドールやジャンヌは躁鬱の気が激しいですね(それ禁句)


ジャンヌの方は故意的にそう書いてます。アルドールは、落ち込んでいたら話が進まないし、かといって落ち込まなかったらそれはそれで人としてどうかと思うし。色々ありすぎて段々心が耐性付けてきたのかどうなのか。

しかしアルドールのそもそもコンセプトの普通の少年とは一体どうなったのでしょうかね……この世界観で、カーネフェル人の普通の少年はこんなことがあってこうなってしまうということなのか……私の力不足か!!頑張ります。

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