77:Exceptio probat regulam de rebus non exceptis.
このまま追いかけよう、そんな無謀な提案は出来なかった。本当なら、そうしたい。その場に残る痕跡を探りはしたが、格が違った。純血の数術使いなどに、道化師の足取りを掴むことなど出来なかった。この中で一番数術に秀でているらしいパルシヴァルや、不思議な才を持つジャンヌ様であっても。そういう、状況ですら無かったのだ。あの二人の動揺は大きすぎて……早く休ませなければいけなかった。仮に、昏倒させてでも。
そんな荷物が増えたなら、城への撤退以外の道はない。
(もう、朝か……)
身体を休めるよう言われたが、ランス自身一睡も出来ずに夜が明けた。しんと静まりかえった室内の空気に馴染めず、留まったのは友が命を落としたその部屋で。
まだ、埋葬も出来ていない。城で騎士が命を落としたなど知れ渡ってはならない。民に要らぬ不安を与える。夜のうちに外部に運び出させたから、戦死扱いで明日また城に戻される。いっそあの敵将がトリシュを殺した事にすれば、表向きの言い訳も立つのだが……力も借りた。そんな濡れ衣は着せられないし、第一アルドール様が許さない。
「……」
床には、ユーカーが残した文字が刻まれている。残されたのは、あいつの得物……だったもの。トリシュに致命傷を与えた凶器が、それだろう。触れて解析したところ、その剣は四元素全てを内包している。
「……“行ってくる”か」
何処へ何しになんて書いていない。誰から誰に向けてかも。それでもようやく気がついた。
これを使えと言うことは、俺の剣に対する懸念だろう。取り出した自身の剣を残されたそれに打ち付けて……答えは明らかになった。
「こんなことにも、気付かないとは」
敵将からユーカーが奪い返してくれた剣。それがこうして、あっさり折れる。
手入れにも身が入っていなかった。普段なら絶対気付くようなことにも気付けなかった。
数術使いである俺が見抜けないなんて……と落ち込むような暇は無い。それを見抜けただろう混血達が何も言わなかったのは、何故だ。教会への不信も募る。
錯覚数術、とでも言うのだろうか?手がかりが無ければ気付けない、視覚数術とも異なるそれは……ユーカーが残した数術気配にも似ている。それが道化師の力だというなら、タロック側に道化師が荷担している証になり得る。これからの戦い、全く油断は出来ない。ユーカーを連れた道化師が身を隠す先がタロックということも十分有り得るのだ。あのまま操られ……敵になることだって……。それでも……ユーカーはコレを残した。
(こんな言葉を残すんだ。戻って来るんだろう……?お前は)
それまでこれを使えと、残された。気が触れる寸前、操られながらも理解したのだ。この剣が何たるか。触れて解るよ、お前がどうなってしまったのかなんて。
この炎の元素はお前の物だ。だけど異質な他の三つのそれもお前の数値が刻まれる。アルドール様にお前が預けた剣と全く同じ物。あれはお前の母親の形見だ。元々は耳飾り……だから当然二つある。以前は変形には他の元素を持つ人間の力が必要だった。それがお前たった一人でこの剣をこの形状に留めるだけの……何かがあったのだ。
(その何かこそ……覚醒、だ)
どうして、あいつばかりが。俺が思うのは間違いだろうか。苦しめた要因である俺には哀れみを口にすることも許されないか。
アルドール様と出会ってからのあいつを、思い出そうとする。怒らせたり泣かせたり、死なせかけたり殺そうとしたり……酷いことを随分してきた。それでも最初に思い出すのは、笑った顔なんだ。優しい目だ。本当の家族のように、俺を見ていたあいつの目。
そんな目で……あいつは嘘を吐いていた。嘘、と言うのは良くないか。それじゃあ……隠し事、だ。いつから、あいつはそれを知っていたんだろう。何も話せず、抱え込み……それでも俺を支えようとしてくれた。
“ジャックは他に三枚居る”とは、かつて敵将レクスが口にしたこと。気にも留めなかったその言葉……どうして気付いてやれなかったんだ俺は。
(ユーカー……)
何故、こんなことに。お前がそう簡単に死ぬとは思えないが、無事だとはとても……。既に……異常は出ていたのだ。もし生きて帰って来たとしても、それはもうお前では無いのかもしれない。動けず、何も語らず……表情一つ変わらずに、息だけをするもの。才能の無い人間が、数術に触れた末路のひとつ。
どうして俺を頼ってくれなかったのだ。そう、責めたい気持ちもある。しかし今更だ。お前のカードのことを打ち明けられたところで、俺はお前を憎まずに居られただろうか? コートカードの時点で、苦い物を胸に抱いていたというのに。
(俺は、助けられもしないのか……?)
俺へと向かって吐き出された言葉の、ひとつひとつが懐かしい。あいつはその時、何を思いそれを俺へと吐いたのか。
あいつがもう一枚になれれば、このゲームの勝者は俺だ。俺が……そうなれる。それが解っていたからイグニス様は、それを俺へと教えなかった。ユーカーを追い詰め、誰にもそれを話せないようにした。
勝算の高い賭け。どんな願いも必ず叶う。その状況下で俺がカーネフェルを、アルドール様を選びきれないことに、気付いていた。信頼など、されてはいなかったのだこの俺は。
親身なあの少女の言葉だって、俺が裏切ることを想定はしていた。
求めるのならば手を伸ばせ。ジャンヌ様に触れても良いと背を押す発言は、彼女ごと俺をカーネフェルに縛りつけるための、枷。
(ジャンヌ様は、正しい事をした)
それは確かなことなのに、この気持ちは何だろう。解るのに。どうすればあの人を支えられるか、咽まで言葉が浮かんできている。もっと近づける、手に入れられるかもしれない。
“貴女は正しい”そう告げる?それは彼女を傷付ける。それなら彼女を責めるか?それも彼女を追い詰める。
簡単なことだよ。俺が泣けば良い。狼狽えれば良い。心が感じたまま正直な気持ちを露わにすれば、それで良い。取り繕わずにそう居れば……彼女が歩み寄るだろう。アルドール様と同じさ。弱さを見せれば良い。ジャンヌ様は、他人の弱さや痛みを前に強くなる方。他人の心配で、自分の不安を置き去りにする。そうやって、目を遠ざけさせてあげたら良いんだ。そうすればすぐ、立ち直る。
(解っているのに……)
それが出来ない。怒りを憎しみをぶつけず、悲しみだけを吐露するなんて無理だ。他の誰かのことならば……それが出来たかもしれないが。他ならぬ、あいつのことだ。俺はそこまで割り切れない。それとも、安堵すべきなのだろうか。俺はまだ、お前が大事だ。あの男とは違う。俺は俺の道を歩けている、証だと……
「ユーカー……」
俺は、迎えには行かない。最後にお前が残した言葉を、信じてる。だから……はやく、帰って来い。
*
翌朝、もう日が高く昇った頃……会議室に集まる面々はたったの四人。強制的とは言え、少しは寝ただろうに見たのは悪夢か、俺と似たような顔のパルシヴァル。考え込む様子の双陸、それから心底恨みがましい顔つきのキール、そして俺……ランス=アロンダイトだ。
ラ=トゥールがシャトランジアに帰ったとは、聞いた。しかしシャルルス……彼の行方も知れない。教会が残した者達は皆姿を消したことになる……よりにもよって、このタイミングに。
(シャトランジアは、頼れないと言うことか)
俺達を、カーネフェルを、アルドール様を試すつもりのようだ……あの混血の教皇聖下は。
「実感が、湧きません。あの人が……いないなんて」
「キール……」
「あんなに腹立たしくて苛ついてうざったくて……そんな兄さんは、もういないんですね」
「……」
「シール様に……何て言えば良いんでしょう」
トリシュの遺体を持ち出すこと、そしてまた城に戻す役目を俺が命じたのは……胡弓弾き三兄弟。カミュルとコルチェットはトリシュの葬儀の手配と見張りを買って出たため席を外している。弟達がいないからか、キールは強がる気持ちも消え失せて、悲しみをこうして吐露するような有様だ。
「トリシュは……最後まで大切な人を守ろうとした。そう、伝えてくれ……」
「……馬鹿な人です、本当に」
俺から顔を背けながら、涙声で彼が言う。
「そこまでして、結局守れないんだ。命を賭ける意味なんて……なかったのに」
支払った代償、その重さ。それでも結果が付いてこない。こんなものなのか、カードだなんて言っても。思い知るようで、怖い。これが数兵、ヌーメラルの宿命だ。上位カードである俺の願いは、トリシュ以上に何も残せない。そんな気がする。それでも……
「その意味を見つけるのが、残った者がやるべきことだ。違うか、キール?」
「……」
未だ心を決めかねて、迷った瞳の胡弓弾き。彼は呼吸を整えてから、じっと俺の方を見た。表面上はいつもの冷静さを取り戻してはいる。これ以上俺に弱さを見せることを嫌ってこのとか。
「弟たちの、所へ行きます」
「ああ。無理はするなよ」
「貴方にだけは、言われたくない」
それだけ言い残し、キールは部屋から出て行った。無言の室内で、此方への不満があるだろう相手はまだ他にいる。
「パルシヴァル……君は俺に何も言わないのか?」
「……傍に居て、何も出来なかったのは僕です」
昔の俺みたいなことを言う。この子にとってはユーカーが、俺達にとってのアルト王と同じ存在だったのか。いや、両親どちらもの……代替品だったのかもしれない。
「トリシュは、何か言っていたか?」
「いいえ……でもセレスさんは、トリシュさんのために……、看取ろうとした。他の誰かになろうとした。セレスさんの、優しさです……セレスさん、数術なんて、使えないのにっ」
視覚数術に似た、それでも違う数式。それに触れた結果が、あの廃人同然の姿。
好きになれない理由はあっても、嫌えはしない気持ちがあった。だから逃げて、全てを守れるなら……そう思ったのだろう。
アスタロットとの約束、自分の心、それからトリシュ。全てを守る選択肢は、自分であることを止めること。あいつには、それしか無かったのだ。
「優しさ……じゃない。あいつは、そういう風にしか生きられないんだ」
興味を持たれず生きてきたから、慕われたら悪い気がしない。それを強くは拒めない。唯、それは義理堅いあいつにとっては先着順だ。だからそれが俺でアスタロットであの人だった。選ばれなかったんじゃ無い。会うのが遅すぎただけなんだ、パルシヴァル……お前も、トリシュも、アルドール様も。
(俺は、それを知っていて……あいつを利用していたんだ)
俺が一番最初に、興味を持ってあいつに近付いた人間だ。だからユーカーは、俺より誰かを優先させることは無い。俺が本気で頼んだならば、あいつは絶対それに従う。それがアスタロットや、アルト様に背くことでも。
「……自慢、ですか」
「後悔、だよ。俺だって君と同じだ」
「同じって……」
「解ったつもりで、解って無かった。それか解っていて俺はそうした、そうさせた。ユーカーがああなったのは、そういう風に俺が育てたようなものだよ」
「セレスさんは、そんなこと思ってないです」
「どうだろう」
俺に不足しているもの、俺が手に入れられなかった、失ってしまったもの……手が届かないもの。その全ての代用品として、あいつがここにいた気がしてならない。父であり母であり友であり弟であり、好敵手であり愛玩動物であり恋人の……そのくらい近しい身代わり。王以外の、世界の全てだ。
ジャンヌ様に触れることから逃げ、俺には友が居ると宣った。道を踏み外しはしない、父にそう告げた瞬間に、俺は既に誤った。他ならぬその友を犠牲にし、搾取してあのような姿に変えてしまった。全ては、俺の責任だ……
「みんな……遅れてごめん」
「アルドール様」
最後に部屋に現れたのは、護衛も連れない俺の主だ。道化師はユーカーの相手が忙しいのか、こんなチャンスも狙いに来ない。ユーカーのいないカーネフェルなどいつでも消せると言うつもり?いや、違う。もっとアルドール様を苦しめるための演出を、そのための仕込みを行っている最中なのだ。それなら此方も指をくわえてみているだけとはいかない。
「ジャンヌ様は……?」
「眠ってる……無理を、し過ぎたんだと思う」
回復数術は、精神までは治せない。数術が使えても、自分は無力。それは彼も同じか。
現れた主を出迎え、俺は頭を下げる。
「申し訳ありません、アルドール様」
「謝らなきゃいけないのは、俺の方だ。来てくれてありがとうランス……双陸さんも」
思いの外、アルドール様はしっかりした口調。それではジャンヌ様は……そこまで、“酷い”のか。
「みんなもたぶん、気付いていると思う。俺もそれに気がついた。そのための話をしたい。それがきっと、カーネフェルのこれからと、ユーカーを取り戻すために必要なことだと思うんだ」
アルドール様が、気丈にもこうして冷静を取り繕うのは、それくらい今の状況が切迫している何よりの証拠。俺達は、ユーカーを失った。頼れるのはジャンヌ様とパルシヴァルのみ。こんな状況で国を守り、尚かつ他国に攻め込まなければならない。守りと攻めを同時に行う異常、コートカードを二枚は連れ歩けない。その両名に、多大な負担が掛かることももはや避けようが無い事実。
「イグニスは俺の大事な友達だ。今だって心の底からそう言える。だけど、イグニスにも守るべき国がある。俺に嘘だって吐くし……同盟関係にあるとしてもシャトランジアは信用できない」
「アルドール様、根拠はございますか?」
「ああ、勿論あるよ」
開き直るしか無いのだろう。これまで気付こうとしなかった事実にも、アルドール様は視線を合わせて言葉を紡ぐ。
「今まで俺達の前に現れた道化師全てが、道化師であったとは思えなくない。あの中には何回か、イグニスかその部下が演じた者があるはずだ」
「確認したところだと、砦にいたエフェトスも……姿を消している」
「アルドール様」
「いいんだよ。双陸さんには知られても」
機密情報を、タロック側の人間に話しはならないと咎める言葉を笑ってかわし、アルドール様は双陸に数枚の用紙を渡す。
「これがこれから、今まで出てくる専門用語と単語をまとめたものです。これを見ながら耳を傾けるだけで結構ですから」
「お、王たる貴方が、自ら……ですか!?」
「王らしくないですか?でも、こんな時だからですよ。俺は、こんな時代の王だから」
平和な時代には要らない人間。カーニバル王なのだと自覚しながら彼は苦笑している。
「だから、これで良いんです。字が汚かったらそれは許して下さいね。失礼かも知れませんがカーネフェル語だけじゃあれだと思って一応、シャトランジア共通語と分かり難い所にはタロック語でも書いてみました。其方も双陸さんから見たら文脈変だったらごめんなさい」
「……お心遣い、痛み入ります」
「あはは、読めます?」
「どちらもそれなりに、なんとか」
「あ、で、ですよねー……」
慣れ親しんでいる祖国の言葉、必要にかられて覚えた異国の言葉。互いに共通語なら会話も滞りなく進められるが、細かい意味合いを正しく伝えることは難しい。
互いに理解が足りないのだ。タロックも、カーネフェルも。シャトランジアという橋渡しがいなければ、言語や文化さえ……交わることは無かっただろう。こんな机上のやり取りで、世界の縮図を見ているようだ。
「双陸さん、うちで語学教師やる気ありませんか?俺、屋敷にいた警備のタロック人からタロック語聞いて覚えたりしたけど、読むのは本で囓ったけど独学だし、書くのとかは……なんかまた、難しいですよね別の次元で」
「……覚える暇などあるのですか?」
「うっ……」
「ではそれは、“こんな時代”以外がもし……叶ったならば、お約束致しましょう」
「……はい!」
「今は、居候の身です。万が一タロック、セネトレアとの交渉の際、聞く読む書くの手伝いくらいは致します。その内容を信じて貰えるかどうかは其方にお任せ致しますが」
「ありがとうございます、それでは話を……戻しますね」
アルドール様は要点をまとめた紙を、俺とパルシヴァルにも下さった。
「一応、他にも何枚か作って来たから。こっちはカーネフェル語だけだけど、見てみて欲しい。俺の認識してることと違うことを知ってる者がいたら、どんどん声をかけて下さい。じゃあ、まずは“空間転移”について」
昨日の道化師の動向。それを言い表す言葉がそれだと彼は言う。
まずアルドール様がトリオンフィ邸で出会った道化師。その後、カーネフェルでユーカーを攫った相手。いくら何でも、タイミングが早すぎまる。カーネフェルを見張りながらシャトランジアにも現れるなど。それは同時進行で行われたと見るのが正しい。
「イグニスは、あんまり空間転移を使いたがらない」
「代償の重さのためでしょう。俺の知る限りでは、部下の方に任せることも多かった」
空間転移について、よくわかっていないパルシヴァルと双陸。それに連れられたことはあっても、代償云々についてはピンと来ていない風。
「……コレを見て下さい」
「アロンダイトが折れてるっ!?」
「……先程、負荷が遅れて現れこの様です。俺は空間転移の際、コレを触媒として使いました。お二人の助力を得ても……」
それは……紛い物だった。精巧な複製……と言うよりは、数式を刻み他者にそれを誤認させるような代物。如何に怪しげな剣と合わせたとは言え、俺の剣はこうしてあっさり刃こぼれをする剣ではない。これまで俺が気付かなかったのだ。触媒としての耐久度はそれなりにあったはず。でなければすぐに、これが紛い物だと此方に知れ渡る。
(アルドール様に余計な心配はこれ以上かけたくない)
ユーカーの目的や、この剣のことも黙っていよう。今は俺のことなどに、裂く時間は無いはずだ。幸い武器はあいつが残してくれた。
「自分でやってみて、解りました。ジャンヌ様の幸福値、精霊の加護を持った俺と双陸殿の元素能力……それらを借りてなんとか。混血の凄さを思い知りました」
「混血の数術使いが、桁違いなのは俺も知ってる。俺が暴走せず今回成功できたのも……ジャンヌが傍に居てくれたからだと思う」
上位カードの元素、それから下位カードの幸福値。それらがあってようやく純血に同じ事が出来る。アルドール様が言うように、俺も俺一人では無理だった。
「自力であれが出来るとは思えません。それこそ……死を覚悟しなければならないでしょう」
「えっ」
俺の言葉を受け、主は驚いた顔になる。謙遜には思えない俺の言葉に違和感を抱いたらしい。
「アルドール様?」
「ああ、うん。そうなんだ。確かに普通なら、おかしくなるような高等数術だよ。でもランスなら、出来るんじゃ無いかな。ランスの数術代償ってなんだっけ?」
「アルドール様……それはどういう意味でしょうか」
「数術代償は幸福値以外の可能性もあるんだ」
俺の場合は体温だけど、とそう告げて……
「俺に出来ることが、ランスに出来ないとは思えない。ランスは俺よりも数術の才能も幸福値もあるんだ。俺は元々数術使えてなかったし……ランスは精霊の加護もあるし、負担を精霊が肩代わりしてる可能性もある。一度代償について調べた方が良い……良いんだけど……うちにそんなの解る奴いないよな」
「解りました……自力で、調べて見ます。次に大きな数術を使う際に解析も行えば、解るかも知れません」
通常の戦闘や効果の小さな数術は、殆ど精霊が負担を引き受けてくれている。母さんも俺を守るため……数術に関して嘘を教えていたのかも。今度詳しく問い質さなければ……本当のことを教えてもらえるかは解らないけれど。
「イグニスのサポート無しじゃ暴走して目的地にはほどんど行けないけどさ、俺の場合。それこそ幸福値で補正かけなきゃ無理だよ、今回はジャンヌが傍にいてくれたから成功したんだと思う」
「……あそこで出会った貴方も、数術で飛んで来ていたな」
「あの時、体温低くて本当戦えるような状況じゃ無かったんですよ。貴方が話せる人でなければ、俺はあそこで死んでいた」
敵将の目を見て、アルドール様が一度笑った。
(この人は……)
敵将を前に、臆することなく対等に会話をする。その笑顔に嘘はなく、本当に客人、友として迎え入れるような寛容さ。頼りなくすぐ泣く少年が、この窮地でアルト様を思わせるような包容力。
ジャンヌ様と、本当に相性が良いのかもしれないな。一人が落ち込めばもう一人がこうして力を増して、一人が傷付けばもう一人が立ち上がる。そうして支え合い、補える関係だ。二人が共に前を向ければもっとと思うのだが……彼の不運のためかそういう効果は期待できない。むしろそんなことになったら、恐ろしい。嵐の前の静けさだ。
「アルドール様、さっきのお話なんですが」
「どうした、パルシヴァル?」
「あの……数術代償以外に幸福値を使った場合、それ以外に成功した時は、いつもイグニスさんが傍に居たんですよね?それじゃあ……シャトランジアに出た道化師というのが、イグニスさんだった場合は」
「……凄い読みだ。ああ、そうだよパルシヴァル。たぶん、俺はそうだと思う」
ユーカーを失い、頼る相手もいない。だからだろうか、無理して背伸びをするような、大人びた横顔のパルシヴァル。その読みも、見当外れのものでもなく、此方がはっとするようなもの。追い詰められたような目が心配だが、先程の俺との会話の感情的な態度を忘れたように、恐ろしいほど冷静だ。
(こいつは……数年後が怖いな。あればの話だが)
俺とユーカーの秀でたところ(と欠点)をそれぞれ併せ持つような、そんな騎士になるかもしれない。俺は嫌われているが、出来ることなら敵に回したくない。そんな未来があるならば。
「あの道化師は、俺に帰るよう促した。冷静になれば余計にそう思う。イグニスの言葉を俺はもう信じられないから、敵の姿を借りて……俺を助けてくれた。カーネフェルの危険を察知して……」
「アルドール様……」
「イグニスは俺を助けてくれる。それは俺も疑わない。だけど、俺を支えてくれるみんなまで、助けてはくれない。みんなを犠牲にする策を練る。だから俺は……イグニスとはもう、友達としては話せることは少なくなると思う。この審判が、終わるまで」
覚悟を感じさせるその言葉。審判が終わる時、それは多くの場合においてこの場の誰もが、イグニス様でさえ残っていないだろう。生涯、以前のような関係に戻れないかもしれない覚悟、アルドール様は王としてここに立っていらっしゃるのだ。
(ユーカーを、追いかけるとは言わない……か)
僅かに、期待していた。それでもその時は窘めるつもりだった。失望しながらも安心していく、なんだろうこの気持ちは。一つも取りこぼしたくないと泣くだけだった少年が、強くあろうとする姿。影で心を痛めても……こうして表向きは切り捨てられていくのだろうか……あいつも俺も、いつの日か。
(王に、なろうとしている。いや、王になられましたねアルドール様……)
だが、アルドール=トリオンフィという少年は死んだのだ。
「セネトレア攻めについて、俺なりに考えてみた。異論があれば言って欲し……うわぁあああ!」
「アルドール様!?」
しかしどうにも決まらない。背後から何者かに思いきり抱き付かれ、俺の主はその場に顔から倒れ込む。
「おとーさん!おとーさんは!?」
「え、エフェトス!?シャトランジアに帰ったんじゃ……!?」
何故か、この場にいてはならない人間が……そこに突然現れた。壊れてしまった心の少年、彼は教皇イグニスにさえ、完全に制御はできないイレギュラー?それともそれも計算の内?
(……エフェトス=ジャック)
少なくとも、シャトランジアへの忠誠心は彼に無い。ならば……“彼”は、使えるカードになり得るか?
相手が弱ると自分がしっかりしなきゃと強くなる、それがアルドールとジャンヌの関係性。凹んで浮上して、それでも前に進もうとするバランスが取れた組み合わせなんだなって段々思うようになりました。火と風のカードの相性最高、とはこういうことなんだろうか、違うかも。




