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73:Nemo nisi mors.

(姉さん……)


 貴女はどこまで甘いんだ。俺には言われたくないだろうけど、そんな俺だって思うくらいに貴女は。彼女はかつて……人形だった俺がそれでもこの家で、唯一憎めなかった人。姉さんは混血への抵抗を示していたのに、混血を庇って命を落としていたなんて。悲しいけど、悔しいけど……俺は姉さんのそういう甘さが、好きだった。


 「あ、アルドール……」


 同じ物を、見せられたのか。話しかけてくるジャンヌの声も震えていた。


 「早く帰った方が良いよ、アルドール。貴方の大事な切り札が、壊れちゃうかもしれないんだから」


 ううん、こうして喋っている内に壊れてしまうかも。道化師はそう告げて、にたりと笑った。血の気が凍りそうだ。彼女は笑っているのに。愛した少女の笑顔を直視は出来ず、目を背けることで震えを抑えた。

 それでも逃がさないと言う風に、道化師は言う。耳から自分を侵食させる。お前のことなど何でも解る。どうすれば此方を振り向かせられるかも……彼女はそんな余裕で。


 「今ならまだ間に合うかも。貴方の“大事な友達”を助けてあげられる。誰のこと、なんて言わせないし聞かせないけど解るよね」

 「ユーカーに、何をしたんだ!?」

 「貴方は彼を見捨てられない。だって彼は、お兄ちゃんの再来。間に合わなかった貴方が、今度こそ間に合わなきゃいけない相手。代替品の身代わりでも、彼は貴方の救いなんだよね」

 「な、なにを」

 「その女もそう。アージン=トリオンフィを救えなかった貴方が、その罪滅ぼしに傍に置いているだけ」

 「私が何で、あの女から殺したか解る?」

 「わ、解らないっ!解りたくもないっ!!」

 「そっか、それじゃあ……教えてあげる!!アルドール、お前はギメルを裏切った!」

 「俺が、あの子を」

 「そうだ、私を!」

 「お前があの子を語るな!あの子でもない癖に……俺の大事な人をこれ以上貶めないでくれ!!」

 「それなら答えは見つかった?答えてアルドール。私は……誰?」


 こんなにもあの子を理解している。気持ちを言葉を表せる。それが本人でなくて誰だというの?道化師が俺に問いかける。


 「迎えに来てくれなかったのは」

 「ち、違う!」

 「助けてくれなかったのは」

 「俺はっ!」

 「ぬるま湯みたいな生活に浸っていたからだろう?あんなことくらいで傷ついた顔をして、本当に道化ねアルドール!!お前なんか私達よりずっとマシ!」

 「それでもギメルは……、ギメルなら!あの子は俺を信じていてくれる!だから俺も信じない!お前がギメルだとは信じない!!」

 「それでもお前は……彼女を選ばない。この審判さえなければ……お前が選んでいたのはあの女とトリオンフィだ」


 この悪魔のゲームが始まらなければ。イグニスが俺の前に現れなかったら。確信を持って道化師は言う。姉さんを憎めなかった俺の心のその意味を。


 「逃げる振りで、お前は追われるのを待っていた。捕えられるのを、迎えに来て貰うのを……他者に受け入れられること、求められることを欲していたんだ。それがあの場所で出来たのは、彼女だけ」


 心の天秤が、ギメルから姉さんに傾く日が、いつか来ていた。イグニスの存在がそれを阻止し、俺をカーネフェルへと誘った。そしてその結果が……みんないなくなってしまったとお前は言いたいのか!?


 「お前の言葉は、いつも虚しい。決して誰も守れない。それを身をもって知れカーネフェリア。そしてお前の罪を思い出せ!」

 「下がれアーク!それから陛下!」


 少しばかり乱暴になったリオさん。その言葉の節々から、彼女の緊張が見て取れる。だけど、興奮しているようにも俺には見える。彼女が両手に装備しているのは、教会兵器。しかしそれは聖十字兵が持つ白銀ではなく漆黒だ。屋敷の薄暗さのせいだろうか、彼女の恐怖を微塵たりとも感じていないその表情のせいか……俺には彼女自身も恐ろしく感じた。


 「来たな、道化師。先代に痛手を食らっておきながら、まだシャトランジアに居座っていたとは」

 「意外?」

 「神子様の、読み通りだっ!この状況、来ないわけがない!!」

 「誘われたのはそっちだとは思わないのかな」

 「誘う?誘われた?ふっ、抜かすな道化!思い出すが良い。聖下が手の内で、貴様に敗れたカードは一枚たりともないことを!」

 「その割に、随分と心細そうだ。君も、君の飼い主も。アルドール、何蚊帳の外みたいな顔してるの?もしかしてまだ知らなかった?別に彼らは神子の親衛隊なんかじゃない。教会の闇そのもの」

 「黙れっ!」


 道化師の口を封じようと発砲するリオさん。その行為自体が教会にとって、イグニスにとって……道化師の言葉が喜ばしい物では無いから。


 「それじゃあ言おう……神子、いや教皇イグニスの切り札。聖十字が諜報部。またの名を死刑執行機関、運命の輪!今までお前達を守っていたのは、私と何も変わらない、人殺し共だってこと!」

 「死刑執行!?」

 「アルドール、落ち着いてください」

 「で、でもさ」


 イグニスの部下達が、なんだって!?それはエレイン……いや、マリアージュに他にも女の子を何人か俺も見ていた。それに……エフェトスや、このリオさんだって。それに姉さんが庇った……あの子も確か、イグニスの部下。俺よりジャンヌが驚きそうな物なのに、何か心当たりがあったのか?彼女は俺より冷静だ。

 敵の言葉を頭ごなしに信じたりしない。それでも、今この瞬間だけは、道化師の側に真実があるように俺には思えてならなかった。少なくともリオさんは、聖十字の人間でありながら、それを受け入れている。このシャトランジアにおいて、十字法の下で道化師を殺めても構わないのだと。


 「お前は教会の裏を知らされるほど、出来た王じゃない。だから教皇はお前に何も話さない」

 「運命の輪は、残り少ない。何故だか解る、アルドール」

 「あの青髪の子だって、お前は本当には助けられはしないんだ」


 リオさんとの戦闘中に、道化師は俺を嗤う余裕があった。遊んでいるんだ、あいつはここで!


 「カーネフェルに帰れ、アルドール。今すぐに。守れるか、守れないかで全てが決まる」


 奴はそう言い残して、数術で姿を掻き消した。発砲していたリオさんは苛立った様子で舌打ちを。


 「お怪我は、カーネフェリア?」


 俺の呼び方も変わっている。俺へも苛立っている。その隣で、心配そうに俺を観るジャンヌが対照的だった。


 「アルドール……」


 姉さんに似ているジャンヌより、どうして俺は彼に心を許しているんだ?昔のイグニスに似てるから?本当にそれだけ?

 俺が、ユーカーを信頼しているのは。身内やイグニス達に比べればまだ出会って間もない、それは他の人だって。でも俺が彼にもたれ掛かってしまっているのは……


(似て、いるんだ)


 彼は、俺にも。


 「ジャンヌ。ランスと一緒にシャトランジアに残ってくれ」

 「な、何を言ってるんですか!?貴方は私がいなければ……っ!無事に国に帰れるかも解らない!!」

 「帰れる。俺だけなら……すぐにでも数術で」

 「私も行きます!私は、貴方の」

 「それじゃあ、駄目なんだ!」


 思わず声を荒げてしまった。俺にこんな風に言われると思わなかったのだろう。ジャンヌが驚き……いや、恐れている。俺に少し、脅えている。これまで見えていた俺と、今の言葉が違って彼女には見えていたんだ。俺の内にも彼女が恐れる物が在るのだと、彼女は初めて知ったのだ。


 「ごめん。怒鳴ったりして……でも、俺は。ランスも、ユーカーも友達なんだ。俺は二人を死なせたくない」


 ランスとジャンヌの間に何かあったのだとしても、ランスを一人には出来ないのだ。


 「……姉さんに、返すって約束したんだ。ジャンヌに渡すのはおかしいけどさ。これ、もらってくれないか?」

 「これは……」


 俺が彼女に手渡すは、宝剣トリオンフィ。この家に飾られていた装飾剣。触媒としての価値はあるが、剣としての価値は無かったその剣は、狂王との戦いで破壊され柄が僅かに残るばかりだ。


 「後で溶かして、指輪にでもさせる」

 「あ、あ、アルドール!?そ、それは……ま、まさか」

 「俺が無事に戻ったら、正式にあなたを妻に迎えたい」



 *


 「剣の騎士はあくまでも彼自身であり、聖杯の騎士は既にここにはなく、金貨の騎士は……女王にしかなれない。だけどあの最後の騎士は、……なかなかの役者。お兄ちゃんに踊らされているだけじゃない。彼は人を世界を踊らせる」


 道化師の資質。それはジャックというだけではない。道化師自身が語る情報に、男は耳を傾ける。数日前からここに留まる客人は、聞こえる噂よりは物静か。知的な印象すら感じさせるほど冷静。外傷は見受けられないが、それも数術とやらの力か。表情からも疲れを疲弊しているとも言うのか?


 「カードになってからの彼は、はっきり言って異常なの。いいえ、異質と言うべきかな」


 誰でもあって、誰でもない。そういう意味で四人のジャック、その中で一番ジョーカーの才能があるのはカーネフェルの隻眼の騎士。


 「まず、犬猿の仲だったブランシュ卿に“運命の貴婦人”として好意を抱かれる。次に此方の第一騎士に“失った妹”の面影から求められる。他の連中だって、結局の所誰かの代わりとして彼を必要としている。それはカーネフェル王だって変わらない」


 演じているわけではないのに、誰かを重ねて持たれる好意。果たしてそれは、幸運かしら?少女は此方に問いかける。それには男は黙して否定を告げた。不変こそが強さ。代替行為など、弱者のすることだ。


 「セレスタイン卿は、どの陣営にとっても意味、旨味のあるカード。塔が現れるまでは生かしておかなければならない」

 「塔とは?」

 「勝者の願いを届かせるために、必要な場所。塔への道を開くには資格在る者を四枚、各スート一枚ずつが必要。だけど塔には入れるのは各スート一枚まで」

 「資格が無ければ勝者になれぬのか?それともその四枚は、鍵に過ぎぬと?」

 「鍵はあくまでも鍵。条件の一つでしか無いわ。だって“双子模様は許されぬ”。模様が一枚になるまで入れないのだもの。扉を開けた後なら、始末は可能」

 「つまり、同勢力もいずれは一枚まで絞られる?」

 「ええ。塔が現れたなら、カーネフェルもタロックも、同士討ちが始まる。勝利を望むのなら、戦争に全てを注いでは駄目。国が勝っても自身の願いは叶わなくなる。戦争なんて、カードを掃除するためのイベントでしかない」


 それが真実なら、この戦……唯勝利すれば良いわけでもない。利用しなければならない。このタロックを建て直すために、誰を残すか、誰を勝たせるか。一つ解っていることは、それが須臾王であってはならない。


 「でも私のようなカードは元素に縛られない。それはもう一枚も。そして……ジョーカーは四枚のカード、その代用品としての使用も可能。けれどその資格は、“私”には無い」


 二枚の道化師には違いがあるのか、それともその条件を破る行為をこの娘が犯してしまったかのどちらか。そのどちらであっても違いはあるまい。


 「その、条件について聞いても?」

 「……構わないわ」


 少女はにこりともせず、冷たい眼差しで条件についてをもたらした。


 「その資格は貴方にもない。セネトレア女王にはなく、カーネフェルの新たな王妃にはある。殺人鬼SUITにはなく、彼の騎士にはある。アルドールにはあって、今の所彼の騎士の殆どにはある。勿論、ユーカー=セレスタインにも」


 少女に意味するところを、男はすぐに理解する。


 「それは、愛を知らない人間こそが鍵になり得ると?」

 「幸せな資格喪失者様?貴方なら、そう言えるかもしれない。だけど私ならこう言う。それは地獄の淵を知らぬ者だけよ」

 「気分の良い話ではないが……戦争が必要なわけだ。それも我が国からではなく、セネトレアの前座がな」


 この娘の目論見通り、タロックは一時退却。セネトレアとカーネフェルを戦わせることには異議はない。相手方の戦力を減らしてからの戦いになるのだ。


 「さて、最後にもう一つ良いか?」

 「何?」

 「何故、王ではなく、それを私へと話した?道化は王と通じていたとの情報がある」

 「だって、私は道化だもの。好きにさせてもらうだけ。必要に応じて情報を、必要な相手に開示する者。教会サイドが情報を隠している以上、フェアじゃない」

 「つまり、一方的にではなく対等につぶし合って欲しいと?」

 「それが私にとって、一番美味しい展開。それは認める。だけど、私のもたらすものがタロックにとって損にはならない。その耳を塞ぐことで不利益はあってもね」


 ようやく笑みを浮かべた道化は、何故かこれまでで一番悲しそうに男の目には映る。

 ついその髪に手が伸びたのは、無意識だ。男の気遣いは乱暴に振り払われて、舌打ち付きで返される。


 「私はもう一枚とは違う。誰の代わりにもならない」

 「……」

 「父君の、墓参りは望まないのか?必要ならばすぐに……」

 「血で私は人を愛せない。私が愛した人は、血ではなくその魂。器だけで身内面する奴が私は嫌い。例え貴方が限りなく善人であったとしても、私には関わらないで」

 「君に、味方は居ないのか?」

 「今は居ない。だけど全てを手に入れる」


 天九騎士を継ぐ血があっても、タロックの椅子は要らない。タロックと運命を共にするつもりはないと、冷たい瞳の娘が語る。


 「ご機嫌よう、“識”様。精々、良い戦いを」


 全て見透かすような目で、少女は最後に男を嘲う。先程までの感情的な素顔は何処へ、あっという間に完璧な笑顔を貼り付け、道化は数術によりその身を掻き消した。

 奴は本物の道化。外見通りの年だと侮れば、手酷い痛手を食らう。懐柔するのは不可能だろう。


(なれば……)


 此方もそれを利用するまで。



 *


 綺麗な金髪、困ったような瞳の娘。発することが出来ない言葉。思いだしてはならない。例え情報として与えられた言葉があっても、その事実を呼び起こそうとしてはならない。それはどうして?問いかけなくても、なんんとなくは解るんだ。

 頭の中で響く声。いいの?本当に良いの?声は僕へと問いかける。僕はそれに唯、胸の内で頷くだけ。


 「パルシヴァルっ!はやく殺れっ!早くっ……頼む」

 「僕が、セレスさんを……?」

 「本物の騎士になれ!簡単なことだろ!?お前の夢だ!!」

 「違います!僕は……僕の目指す騎士はこんなの、違います!セレスさん、もう少しなんです!王様が!ランスさんが!ジャンヌさんがっ!貴方のために、貴方を助けるために頑張ってるんです!だからそれまで堪えて下さい!」

 「無理だ……っ」

 「無理じゃない!僕が何度だって、貴方を元に戻します!」

 「無茶、言うな。今だって……限界なんだ」

 「セレス、さん……?」


 真っ直ぐな言葉は、偽りし者には棘になる。今の彼にパルシヴァルの言葉は辛すぎる。可哀想に、あんなに苦しそうな顔。


 「信じられねぇ……あいつらが、俺のために?ふざけんな!あいつらが欲しいのは、俺のカードだ!俺の力と俺の命だ!親父と同じだ!!俺の意思も、俺の思いも全部どうでも良い!元に戻ったって、どうせ俺は死ぬまでそういう風に使われるんだ。もう……楽にしてくれ」


 格好付けることも忘れた弱った瞳。そこから溢れる涙を、本当は誰にも見せたくないだろう彼が、そうすることを出来ないで居る。そこまで、追い詰められたのだ。敵のまやかしにより、何を見せられたのか。何を見せられたって構わない。貴方は強い人。きっと立ち直れる。そう信じる幼き瞳は、今この場で何より残酷だ。

 もう動きたくもない彼に、まだ戦えと訴えるようなものなのに。


 「セレスさん、貴方はずっと……そんなことを?」

 「失望したか?そうだよな。でもコレが俺だ。ああ。お前は違う。あいつらみたいな打算、お前にはない。だからお前が俺を……」


 暗い瞳でそう呟いた後、ユーカーは気を失った。目覚めた時、彼が誰として現れるかは解らない。パルシヴァルの数術の縛め、あれだってあと何分保つだろうか?


 「セレスさんっ!しっかりしてください!!僕を信じてくれるというのなら、信じて下さい!僕が貴方を助けるって、助けられるって信じて下さい!!」


 幼いあの子は必死に訴えかけては居るが、あれは奇跡ではない。恐らくは……幸福値の消費によるものだ。彼の幸福値を使って何度彼を元に戻せるだろう?

 ユーカーを操る者はどの位置にあるカードか解らない。だがパルシヴァルが手を焼くレベル。そんな下位カードは数術に明るくない。ならばあれは、ユーカー自身の幸福値を消費させての芸当だ。長引けば、長引くほど……状況は悪くなる。


 「パルシヴァル、ここは私に」

 「……え」

 「絶対とは言えない。ですが、今のやり方よりはまだ……。乗ってくれませんか、分の悪い賭けに」

 「あの……」

 「信じてくれるなら、ユーカーだけなら助けます!助けて見せます、私が必ず!」


 ユーカーが盛られた毒、それを相殺させられる物を僕が持っているとは思えない。でもこの中に一つでも、本物があれば時間稼ぎにはなる。


 *


 カーネフェリアの物では無く、トリオンフィ家の者として彼女にそれを送る意味。それは王ではなく俺という人間が、彼女が必要だと求婚したようなもの。俺も腹をくくったんだ。

 死亡フラグかもしれないけど、それならそれで仕方ない。あがけるところまであがくだけ。

 だけどこれは、今不安定すぎる彼女を安心させられるはずだから。アルドールはゆっくりと、固まったままのジャンヌに微笑んだ。


 「俺が無事に戻ったら、正式にあなたを妻に迎えたい。俺と共に戦ってくれ、ジャンヌ」

 「……不謹慎、ですよ。アルドール。ここには貴方を想って散った人が居るのに。死者を冒涜するのですか?……私に語る資格はありませんが」

 「代用品なんて、思わない。そのためにも俺はもっと貴女のことを知るべきなんだ。逃げずに、もっと……もっと、ジャンヌを」

 「……」

 「だから、俺が帰ってきたらもっと色々話そう!聞かれたことは俺もなんだって答える!」

 「それが、王としての……責任、義務のつもりで?」

 「ジャンヌ?」

 「ごめんなさい。笑って送り出してあげられなくて。普通なら、出来るんですよね?笑って、優しく貴方を支えて……それが貴方の姉君達ならば」


 自分は自分であるはずなのに、知らない誰かと比べられる。この空間は、そんな重荷を彼女に背負わせる。強く勇敢な彼女が、自分のことで弱音を吐くのはよっぽどだ。親しい人が傷ついたわけでもない、傷ついたのは彼女自身。


 「ごめんなさい、アルドール。私には、できない。私は、そんな風には出来ない。そんな求められた、都合の良い役割を演じることなんてできません!私はジャンヌ!ジャンヌ=アークという人間なんです!!受け取れません、こんな物っ!貴方は私を好きでもない癖にっ……こんな真似、止めて下さい!!」


 彼女はトリオンフィを掴んだその手を高く振り上げ、それを床へと向けて振り下ろす。まるで何かを断ち切るように。


 「俺が愛せなかった国を、ジャンヌは好きでいてくれた」

 「!?」


 叩き付けるその寸前、紡いだ言葉が彼女の動きを止める。


 「俺が嫌いな俺を、ジャンヌは必死に守ってくれた。ジャンヌには俺がカーネフェルにしか見えていないのかもしれないけど、それは俺にとっても嬉しいことだった」


 最初はそうだった。でも、段々と彼女は俺を見てくれるようになっていた。ジャンヌは俺を、失った友達や国代わりではなく俺として見てくれたのだ。俺が彼女を姉さんの代わりと思うのは、止めたいと思うんだ。そのために、俺は前へ進まなきゃ。

 ギメルのこと、姉さんのこと。その好意を見ない振り、気付かない振り。それが彼女たちを傷付けて、その人生を運命を狂わせた。フローリプのことだって……

 俺なんかに、そんな価値は無い。今だってそう思う。だけど俺が恐れることで、守れるものも守れなくなる。それが嫌だと思うなら、俺は俺の心を探しに行かなきゃならない。

 自惚れじゃない。ジャンヌは趣味が悪い。俺を気にしてくれている。その事実と俺は向き合う。


 「得ることは怖い。失うことは怖い。変わることは恐ろしい。だけどジャンヌが俺を見てくれるなら、俺は貴女を見ていたい。誰かの思惑とかそういうのじゃなくて、俺の意思で」

 「……」

 「やっと、思い出したよ。シャトランジアに帰って来て、良かった」

 「アル、ドール……」


 笑った俺の顔を見て、ジャンヌが涙ぐみながら……彼女もそうして笑うのだ。


 「おかえり、なさい」


 それは見送りの言葉じゃない。俺の顔を見て彼女が言った。最初に彼女とシャトランジアで出会った時、あの時の笑顔だって果たして本物だったかどうか。それでも彼女には、そう見えた。いや、それよりもっと俺は人間らしく、今笑えているよ。だからジャンヌは、そう言ったんだ。


 「うん、ただいま。行ってきます!本物の、王になって帰ってくるよ!」


 俺のカードも俺の民。カーネフェルの宝だ。もうこれ以上、一枚たりとも奪われてたまるものか!イグニスの思惑から外れても良い。俺が生き残れなくても良い。俺は俺の願いのために、この命を費やそう。

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