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0,6:Fortuna amicos parat, inopia amicos probat.

 カーテンの隙間から、差し込む朝日に無理矢理眠りの底から意識が浮上させられる。

 眩しいのはあまり好きじゃない。普段隠してる分、特に右目は光に弱い。しかし光以上に不快なのはズキズキと痛む頭痛だ。


 「頭痛ぇ……」


 ユーカーは、小さく呻く。やっぱり酒は苦手だ。何で酒なんか飲んだんだっけ?この怠さは間違いなく酒だ。しかし寝起きの頭ではまだはっきりと思い出せない。

 それでも身支度を調えなければ。そうすりゃ嫌でも気が引き締まる。眠気も少しはマシになるだろう。


 「……って俺の眼帯がねぇっ!!」


 やべぇ。何処かに落としてきたのか?あれがないと、あれがないと、この部屋からも出られやしねぇのに。っていうかもう何が何なんだか。何もかもが面倒臭い。怠い眠い二度寝してぇ。そもそも何で気ぃ引き締めねぇといけねぇんだっけ?その理由も分からなくなる。眠い。眠い。唯眠い。

 再び寝台に倒れ込んだ俺の耳に、届くのは誰かの声。聞き慣れた男の声。


 「お早うユーカー!」


 朝っぱらから聞きたくない奴の声だ。そりゃ爽やかオーラ纏ったお前なら朝日とかの下にも絵になるだろうさ。しかしこれから二度寝をしようとしている俺の前にそんな爽やか物質が現れてももはや公害だ。せっかく怠惰に傾いたこの部屋の空気が汚染される。


 「ぐっないぼんぬいぼぉなのって。つうわけで俺は寝るから」


 もぞもぞと毛布にくるまれば天国だ。この至福の一時を邪魔する奴は相手が誰であっても許さない。そう、この日の出と共に床に就く気分は最高だ。これから愚民共がせかせかと働き出すというのを見下ろして、俺は颯爽と昼寝に勤しむわけだ。堪んねぇ。


 「こら、今日が何の日か忘れたのか?」


 くるまってる布団ごと、床に引き摺り下ろされた。強かに腰と頭を殴打した。頭痛はよりいっそう痛みを増した。


 「なにしやがんだよぉ……らんすのばかやろうが」

 「ほら、水持ってきたから飲め。少しはすっきりするだろう?」


 手渡された容器の水はよく冷えていた。確かに次第に頭もはっきりしてきたようにも思える。


 「つか何でお前がここにいるんだ?」


 確かこいつには別の部屋が割り当てられていたはずだ。それ以前に俺は鍵を掛けて寝たはずだ。しかしこの男は、にこりと人の良い笑顔で笑い、それに似合わぬ言葉を紡ぐ。


 「ああ、気にするな。唯の不法侵入だよ」

 「ああ、なんだ。……ってさらっと何言ってやがるんだ!!」


 俺が遅れて突っ込めば、ランスが真面目な顔になる。何だって言うんだ。


 「どうにもお前が気になって眠れなかったんだ」

 「は……?」


 その一言に様々な推測が頭の中を駆けめぐる。意味が分からないなりに、脳内検索で弾かれたのは、昨日こいつと話したことだ。


(もしかしてこいつ……道化師に狙われるのが俺だと思って心配してくれたのか?)


 そんな風に誰かに心配されること何て、久しくというか殆ど無かったことだから……嬉しいようなこそばゆいような、そんな気持ちが浮かんでくる。この時の動揺のおかげで、眠気など何処かへ飛んでしまった。

 お礼を言うべきだろうか?いや、こいつなんかにそんなこと言うなんて俺のプライドが許さねぇ。大体俺の方が強いカードなんだ。それなのに心配だなんて俺を馬鹿にする行為じゃないか。

 だから不満は覚える。それでもこいつが俺にアクションを返してくれることなど滅多にない。それは純粋に嬉しいのだ。なんたって俺はこいつの墓に手を合わせる図を想像できず、俺の墓にそうされることしか思い描けない。その時にこいつは泣きもしないとそう簡単にイメージできる。こいつはそれくらい俺なんか、基本的にどうでも良い人間だ。そうなんじゃないかと、思っていた。


(……………でも)


 段々と思い出す。酒を飲みながら交わした会話。あいつは、逃げても良いと口にしていた。俺に意見を押しつけずに、何かを迫ることもしない。そんなあいつを見るのは初めてだった。俺の意思をあいつから、聞いてくれたのは気に掛けてくれたのは……本当に滅多にないこと。でもあれは夢じゃなかったのか。それともこれも夢なのだろうか。だって今もこいつは俺の身を案じてくれている。何て言い返せばいいのかわからずに視線を上げれば、心配していると言うより、少し怒っているというか呆れているか、従兄はそんな顔になっていた。


 「お前のことだ。やはりと思って来てみれば、この一週間で洗濯物を貯め込んで!クローゼットの中のシャツも上着も皺だらけだし我慢ならないというわけで、クローゼットの中身は洗濯に出させて貰った」

 「………はぁ!?」


 俺のモノローグを返せ。ちょっと感動とか感謝してた俺の純真さに謝れ。

 ユーカーがクローゼットへと走ると、そこは蛻の殻。このままなら人1人くらい隠れられそうな十分すぎるスペース。昨日掛けておいたはずの着替えがそこにはない。


 「お前は、何てことをっ!!俺に何着ろってんだ馬鹿!!今着てる服しかねぇじゃねぇか!!」

 「今日は天気も良いしな。その内乾くだろう」

 「そういう問題じゃねぇよ!もうすぐ敵攻めて来るんだぜ!?洗濯物なんか暢気に取り込んでる暇あるかっ!!」

 「問題ない。大体あれは冬服じゃないか。久々に城に着たら、夏服が支給されていたぞ?はい、これお前の分」

 「くそっ……八月に入ってからって軽く嫌がらせじゃねぇ?衣替えって六月とかだろ。もっと早くに寄越せよって話」

 「まぁ、俺達はその頃から遠征に行っていたわけだから仕方ないだろ」

 「そりゃそうだけどよ。つうか俺暑いのとか嫌いなんだよ」


 南部出身とはいえ、元々幼少時代は引き籠もり生活していたわけだ。長時間の日光には慣れない。たぶんこの夏の炎天下の中荒野越え有りの南部遠征に行ったら俺は倒れていただろう。溜息を吐けば相方が、椅子の上に着替えを降ろした。


 「それなら夏服に文句はないだろ?」

 「ある。日焼けする。それから擦り傷切り傷増える。つか夏服って癖に全然涼しげな色じゃねぇのがもうほんと嫌がらせだよな」


 しぶしぶ着替えを手にとって、俺はあることを思い出す。


 「そういや俺の眼帯とリボンまで持って行ったのもお前か?」

 「ああ。あれはすぐに乾いたぞ?アイロンも掛けておいたから」

 「お前、ほんと何処のおかんだよ。お前もう騎士止めて家政夫でもやれば?」


 手渡されたそれをセットするため鏡の前に移動する俺の、背後とそれから鏡の中でランスが不満そうな顔を浮かべた。


 「頭の結び目曲がってるぞ、直してやるからちょっとそっち向いて」

 「曲がってるのがいいんだよ」

 「またそう言って上手く結べないのを棚に上げてわけのわからない言い訳を……」

 「ていうか曲がってるのが好きなんだよ俺は。好きって言うかもはや愛してる」

 「はいはい、わかったから貸してみろ」


 そのお節介焼きの行動に半ば呆れて俺は半眼になる。俺の頭の後ろで陽気な鼻歌が聞こえて来る。こいつはやっぱり矛盾している。基本どうでも良い癖に、暇さえあればこうして構いたがる。こいつは俺をペットか何かと勘違いしてる節がある。基本的には優しいが、人権はあんまりない。


(あー、でも……そんなもんかもな)


 言い得て妙だ。死ねばそれなりには悲しいけど、すぐに代わりは見つかる。こいつがあんなに慕ったカーネフェル王でさえ、今は代わりがいる。それならそれには及ばない俺なんかもっとどうでもいいし、いくらでも代わりは見つかるだろう。友情とか、そういうものでも好きになった方が負けなんだろう。俺は何一つだってこいつに勝てるものはない。


(逃げても、いい……か)


 それもそういうことだ。

 俺はお前を見捨てられないから、ここから逃げられない。だけどお前はそうじゃない。だからそんなことが言えるんだ。俺の意思を尊重とか、そう思ったのは勘違いだった。

 別にお前じゃなくても使える駒はいる。サボリ癖のある俺よりももっと剣が強い奴はいる。俺が必要とされているのは、俺がジャックでコートカードだからに過ぎない。

 アスタロットはこんな俺を笑うだろうか?愚かだと。こんな愚かな俺まで彼女は許してくれるだろうか?

 自由に生きてと言われた俺が、この様だ。自由に生きているはずなのに、俺は今もとても不自由だ。こいつを見捨てられれば、きっともっと自由になれるんだろう。しがらみも過去も捨てられる。願いも叶えられる。


(…………だけど)


 長く一緒にいすぎたんだ。だからしがらみと切り捨てることが出来ない。そう簡単に見捨てられるような相手ではない。

 俺じゃ王になれない。守られはせず、使い捨てられる。俺はそういうカード。

 下位カードは国にとっては必要ない人間だ。現にそうだ。ルクリースが死んでもこの国は、この世界は変わらずそこにある。

 だけど上位カードはそうじゃない。死ぬべき人間じゃない。アルドールの阿呆はどうだか知らないが少なくともランスはカーネフェルになくてはならない。下位カードの幸運と命を犠牲に捧げてでも、守らなければならないカード。

 こいつは自分自身の命をどれだけ軽く見ているかは知らないが、エースカードのアルドールのためなら他のカードの犠牲を受け入れるだろう。俺がここから逃げない限り、こいつはその中に俺を組み込む。そうせざるを得ない。その時こいつは俺を助けてはくれないのだ。それまで俺が何度こいつを助けたとしても、こいつは俺を助けない。見返りなど無い。思いを捧げても、報われるとは限らないのがこの世界の在り方だ。心は目には見えない。だから金ほど分かり易く、何も表せはしない。

 こいつが俺をその内、見捨てるんだとは知っていても……それでも見捨てられないのが、俺の抱える弱さなのだろう。


 椅子に座らされながら鏡中を見上げると、きっちりと整えられたリボンを見て満足そうに笑う従兄がいて……その姿に馬鹿みてぇと俺も笑うしかなかった。


 *


 「あいつがへまやんねぇように、ちょっと渇でも入れてくるか」


 着替えを終えた頃ようやく目も冷めたのか、何だかんだで面倒見の良い従弟はそんな事を言い出した。別にそれを断る理由もなかったため、ランスもそれに同意する。

 昨日は俺も疲れていたのだろう。だからあの方を心配するこいつが気に入らなかった。でも落ち着いてみれば、浮かんでくるのは別の心だ。


 「……?何笑ってんだよ」

 「いや、何でもない」

 「あっそ」

 「……………くっ……」

 「何笑い堪えてんだよてめぇ!明らかに今目ぇ逸らしたろ!何かやましいことでもあるんだな!!」

 「いや、親切なユーカーなんて面白い物を見たら流石に俺の笑いのツボが……くくく」

 「お前って時々っていうかいつも俺に対してほんと失礼だよな」


 不機嫌そうに先を急ぐユーカーに、やってしまったなとランスは思う。

 唯単に微笑ましいと思っただけなのだが、そう告げて馬鹿にしてるのだと勘違いされても困る。それを誤魔化してみたが、結局怒らせてしまった。


 「ユーカー、……」


 彼の後を追い、フォローでもしよう。そう思ったが、追いつけばユーカーは何者かといがみ合っている。


 「は?何言ってんだてめぇら」

 「だから申し上げたとおりだ」


 アルドール様の部屋に続く、その階段の前には数人の兵が居る。それはユーカーを通さないように道をふさいでいた。


 「これは一体?」

 「ああ、アロンダイト卿。丁度いいところに」


 兵の1人が一礼した後、ユーカーを一瞥する。


 「セレスタイン卿に言って聞かせてくださいませんか?どうぞここはお引き取り下さいと」

 「何で俺が雑兵風情の言うこと聞かなきゃならねぇんだよ」

 「……ユーカー」


 視線で、堪えろと訴える。それに彼は不服そうな顔になり、それでも言葉を呑み込んだ。言いたいことは解る。それでもここは都だ。ここでは俺たち地方出身の騎士の身分は限りなく低い。中には一般兵以下に数えている輩もいるだろう。


 「それで彼は引き下がらせるとして、私も通行不可と言うことですか?」

 「はい。誰も通すなとのご命令で」

 「っざけんな!誰の命令だって!?どうせあいつの命令なんかじゃんねぇんだろ?」


 吠える従弟の肩を押さえて落ち着けと告げるが、気持ちは俺も同じだった。


(……厄介な)


 新しいカーネフェル王をここまで守り連れてきたのはユーカーだ。昨日までこいつが見張りをしていたのは、アルドール様が心配だったから……それだけではなかったのだ。

 こいつは都で頼れる相手がまずいない。それは俺も似たようなものだが、ユーカーほどではない。あの人に目を掛けて貰っていた分、やっかみを買うのは仕方ないとして、こんな緊急事態までそれを続ける者がいるとは呆れてしまう。イグニス様の言うとおり、一度都を明け渡す荒療治も必要なのかもしれない。

 あいつは他の奴に見張りを頼んでも、おそらく誰も引き受けない。そういう風に言われている。それでアルドール様に何かあれば、全てはユーカーの責任となる。

 だというのに即位となれば、こうして邪魔をする。昨日までは唯の少年である彼も、即位する今日からカーネフェル王。先代に引き続き、今代の王にも俺たちが親密になるのが気にくわないと考えている奴が居るのだ。


 「何の騒ぎですか?」

 「イグニス様」


 涼やかな声に振り返れば、幼い混血の神子が居る。彼は俺たちと同じく王に会うためにここにやって来たのだろう。式典でカーネフェル王を即位させるのは彼の仕事だ。王とは事前に話すことが幾らもあるだろう。

 イグニス様は微笑んでいる。でも目が笑っていない。この状況が何を意味するのかを察して、苛立っているようにも見える。


 「そこの方々、邪魔です。消えていただけませんか?」

 「み、神子様!?失礼いたしました!!」


 シャトランジアの権力者である彼には一介の兵は逆らえない。カーネフェルがどうなるかは、この神子の匙加減に掛かっている。彼が支援を打ち切れば、この国が終わってしまうという危機感は、流石にこの兵達も持ってはいるようだった。

 波を裂くように、さっさと彼は階段を上る。そして再び戻ろうとした人波相手を一睨み。


 「僕は人払いをお願いしたはずですが?」


 有無を言わせぬその迫力に、兵達は逃げ帰るよう走り去る。命令をもらった相手の元へ帰るのだろう、不測の事態の対処に困り。


 「まったく……この状況に及んでまだ派閥争いとは救えませんね」

 「返す言葉もありません」

 「今騒ぎを起こしてまた厄介事が増えるのは面倒ですから、今日のところは僕に任せてください」


 派閥なんてまもなく何もかも壊して差し上げますよと神子はにこりと笑う。

 その笑顔に何やら思うことでもあったのか、ユーカーはそのままイグニス様と階段に背を向ける。


 「……んじゃ、任せたぜ」

 「ユーカー?」


 会っていかないのかと問いかければ、いいんだと彼は言う。


 「今はあの神子があいつにとって何よりだろ」


 その言葉に、俺は納得をする。


(……そうだ)


 今行って何が出来る?何が言える?あんな状態のあの方に。多分何を言っても届かない。今あの方が、傍にいて欲しいのは俺じゃない。そしてそれはユーカーでもないのだ。

 傷ついたアルドール様を、誰よりも深く理解しているのも、それを今一番支えることが出来るのも、それはイグニス様だけだ。

 水を差す趣味はねぇよと引き下がるユーカーの言葉に、俺も頷き頭を下げてイグニス様を見送った。

 やがて即位式が始まって、それを限りなく遠くから俺たちは見せられていた。王ではなく会場の警備なんかを王宮騎士にさせるのだから、侮辱も良いところだ。だからユーカーの言うことももっともだ。それは俺の心の代弁でもある。


 「ったく……つまんねぇ仕事させやがって」

 「ユーカー」


 それでもそれを窘めなければならないのが悲しい俺の性だろう。


 「大体見たかよ?あの都貴族共。あいつを利用してやろうって顔してやがったぜ……?」


 その言葉から感じる静かな怒り。彼も怒っているのだ。守れなかった自分たちと、王を生け贄に捧げたこの都の人間達を。権力を奪われた哀れな王の末路を、一番傍で見て見届けたのはユーカーだ。その言葉からはもう二度と、同じことは繰り返させない……そんな強い決意が漂う。


(もしかしたら……)


 こいつは俺なんかいなくても、アルドール様に仕えてくれたのかもしれない。むしろ俺がそのための弊害になっている。その可能性に気がついた。


(…………それでも、俺は)


 イグニス様は俺に欲がないと言ったがそれは誤り。欲ならある。王に信頼されたい。でも長らく所有してきたこいつが王に奪われるのは気に入らない。そしてこいつが俺より王に信頼されるのは嫌だ。騎士としての俺と、俺としての俺の対立。

 こいつに立派になって貰いたいと成長を見守る心と、必要とされたいからずっと駄目なままでいて欲しい。だから甘やかして騎士としても駄目にしてやろうという邪な心がある。


 「ランス?やっぱお前疲れてるのか?」


 黙り込んだ俺に向かって、ユーカーが問いかける。その青は俺を心配そうに見つめている。それなのに俺は何と言うことを考えていたのだろう。今の自分を悔い改める。

 「え、……ええと」


 俺はすぐに答えを返せず、その場で二人足が止まった。街は騒がしいが城の中はそうでもなく、遠くの喧噪を聞きながら俺たちは少し黙り込んだ。

 するとそれを見計らったよう、現れた人間が居る。通路の向こう側から、聞こえてくる足音の正体。それは人間。金色の髪に青い瞳のカーネフェル人。このご時世に珍しい、まだ年若いカーネフェル人の男だ。年は俺たちとそう変わらない。


 「あ!」


 久々に会う同僚との再会に、俺は気持ちが明るくなったが、従弟は対照的に途端に嫌そうな顔になる。


 「……げっ」


 そしてユーカーのその嫌そうな顔を見て、満足そうに青年は笑った。


 *


 ぶっちゃけるなら俺は、そいつがあんまり好きじゃない。派閥だなんだって言う前に、馬が合わないそれに尽きる。


 「お久しぶりですねセレスタイン卿?それにしても相変わらず不貞不貞しい顔をしていらっしゃる」


 即位式が終わり、城の中にも緊張が宿る。

 タロック軍はもう都の前まで来ているし、アルドールの空元気は遠目に見ても痛々しい。一見人らは何もわかっちゃいねぇようだったが。

 まぁ、兎に角だ。そんな危機感を誰もが持っているはずのこの状況で、それを微塵に感じさせないその声に俺が苛立つのはごく自然の感情。そういうことになる。よくよく考えなくとも、第一声がこんな奴を好くような阿呆はまずいない。いたら余程の変態だ。少なくとも俺はそうじゃない。


 ユーカーはそれを聞こえない振りで、さっさとその男の横を通り過ぎる。後ろから何やら声が聞こえたが、俺は何も聞こえなかった。しかし執念深い男だ。わざわざ嫌いな相手に近寄って嫌味を言いに来るとは本当に都の人間はろくでもねぇ。つかつかという足音が背中から迫ってくる。俺はそれに競歩になりながら颯爽と距離を離す。すると男は全力疾走。そこまでして嫌味を言いたいかこの糞野郎。そこでお優しいこの俺様もそろそろ我慢の限界だった。仕方ないから足を止めてやれば男は嬉々として俺に嫌味の言葉を向ける。


 「へぇ、帰って来てたんですね。噂には聞いていましたが、どの面下げて城までやって来られたのだか」


 しかしその程度にへこたれるユーカー様じゃねぇ。


 「どちら様?」


 俺は本気でお前誰?そういう顔で奴を見てやる。男は小綺麗な顔の、その口元と眉をひくひくさせながら、わなわなと両肩を振るわせていた。


 「悪い、俺基本的にモブキャラの顔は覚えらんねぇんだわ。なんかさーもう少し特徴っつーか?キャラ立てしてから来てくんね?サラ然りそこらの髭のおっさんの方がまだ存在感あるわ」


 唯イケメンってだけでキャラが立つと思うなよ。俺に覚えて貰ってるとかそういう前提がまずおかしいよな。そう言ってやればそいつは怒り狂った。悲しみを映したような美しい青い瞳だとかなんとかで、女兵士やら街娘達はもう一つ渾名をつけていたが、これのどこが悲しみの君だってんだ。今日から怒りの君とかに改名しちまえ糞野郎。


 「この私を忘れたと!?」

 「ひょろモヤシ系吟遊詩人はさっさと消えろよ。ここ戦争始めんだけど?」

 「音楽を理解できないとは、これだから地方貴族は野蛮で困りますね」

 「てめぇの竪琴の弦全部ピアノ線に変えてやろうかぁ!?あぁ!?ピアノ線舐めんなよ!!」

 「お前達、同僚同士少しは仲良くできないのか?」


 睨み合う俺とその男を、仲裁するように近づいてくるランス。俺たちの騒動を目にして、それでも廊下は走らない。それがランスという人間だ。先代カーネフェル王が廊下は走るなと言った命令を未だに守っている阿呆だ。


 「出来るかボケ!糞ランス!!このリストラ野郎のせいで俺がどんな目に遭ったと思ってやがる」


 忘れたとは言わせねぇ。こいつはその軟派な趣味が効を成し、都貴族に気に入られていた王宮騎士の1人。だからこそ、常時城に住まうことが許されてる。こいつは俺たちの同僚にして敵だ。


 「リストラされたのは彼ではなく、お前の方だからその名称は些かおかしいかもしれないが、まぁ少し落ち着け」


 そのはずなのに、こともあろうに……何故かランスとこいつは仲が良い。


(ランスの阿呆っ!!)


 俺じゃなくてこんなチャラ男の肩を持つのかよ。


 「まったく、少しはアロンダイト卿を見習ったら如何です?貴方方はとても従兄弟とは見えませんよ」


 爪の垢を煎じて飲ませてもらえとしたり顔のその男。その澄ました面に右ストレートでも叩き込みたい。しかしそんなことしようものなら、俺がランスから腕ひしぎ十字固めくらいは食らいかねない。おまけに「すぐに暴力で解決しようとするのはお前の良くない癖だ」とか言われながら矛盾した笑顔でやられかねん。あの野郎は本当外面は良いが身内に容赦ないから。


(っとなれば……)


 陰で殴ったりしたら普通にランスの耳に入りそうで殴れないのは悔しいが、俺も舌先三寸。この口で招いた窮地をことごとく脱して来た男。そしてよく任務をサボっていた男。どうでもいい街の噂話と無駄話の情報量で、俺に勝る騎士はまずいない。


 「黙れうっせー!トリシュたん!!」


 ブランシュ卿トリシュ。俺から言わせれば唯のいけ好かない変態だが、城下においてこの優男は宮廷騎士の中でもランスに次ぐ勢いの人気騎士様だ。もっとも宮中だけならランスをも凌ぐ。そのイケメン野郎が俺の発した単語ひとつで、顔は青ざめ足はふらふらし出す。


 「ぼ……僕をその低俗な名で呼ぶなっ!!」

 「低俗も何もてめぇのファンの女共が影でこそこそ付けてた渾名だぜ?へぇ、流石モテ男は違ぇ。女のあしらい方も最低だな」

 「僕はそんなセンスのないネーミングの女は嫌いだ!付き合う女性の理想が高くて何が悪い!唯条件は性格と顔と身分とそれに名前が加わっただけじゃないか!それなのにどうして僕のイズーは何故現れない!?」


 このイケメン騎士様は、女の理想が糞高ぇ。やれ髪は輝かんばかりの金でやれ賢くやれ性格は良くてやれ顔はとびきり美しくやれそんな燃えるような恋がしたいなどクっソふざけた妄言を宣っているような御仁だ。起きてても目が覚めないならいっぺん死んでしまえばいいと割と本気で俺は思う。


(んな女いるか阿呆……)


 時代が時代ならカーネフェルのお姫様になっていたかもしれないあのメイド女。 ルクリースだってあんな野蛮なんだ。アスタロットは性格はこの時代のカーネフェリー女にしては珍しいほどお淑やかだが、この男からすれば外見がアウト、チェンジとか言いかねない。もし言われたら今度こそぶん殴る。鳩尾狙いで。


 「そうやって現実と非現実の区別も付かねぇからしまいにゃ、得物にも馬にも女の名前なんて女々しいもん付けてんだろうが!最近聞いた噂じゃ竪琴の名前までイゾルなんちゃら、なんちゃらゾルデって話聞いたが正気かよ!?」

 「う、五月蠅い!運命の人に出会えない欲求不満くらいあっても仕方ないだろう!?」

 「何年前に出版された本を語ってんだ阿呆っ!名前にも流行くれぇあんだろが!このご時世にんな名前の女がいるもんか!本の中のお姫様に一目惚れとは高名な騎士様の考えることはわっかんねぇぜ。つかあんなヒロインヒロインしてる女が現代にいると思うなよ!!現実見ろよ糞野郎!」


 何を隠そう、この男が惚れたのは本の中のお姫様だ。そのヒロインと名前まで同じ女をリアル世界に探しに行くという愚行を青春と履き違えている十代後半。どうかしてるぜ。


 「本には媚薬飲ませらんねぇしなー、可哀想な野郎だぜ。特に頭が」

 「な、何だと!!そんなのわからないじゃないか!!本の挿絵に浸せば、そこから私のイズーが飛び出してきて私の胸に飛び込んできてくれるかもしれないじゃないか!!」

 「来ねぇよ馬鹿っ!!」

 「……っ、そこまで言うのなら私にも考えがあります」


 言葉で負けたのがそんなに悔しかったのか、イケメン騎士は俺に向かって指を突きつけ指図するようなポーズをする。


 「セレスタイン卿ユーカー!王には私から進言し、貴方には危険な外回りの任務を命じさせましょう!」


 口で負けるなら、権力で物を見せてくれる。その言い草がまた勘に障る。だから俺は試合を投げる。


 「けっ、やってられっか。誰があんなガキに仕えっかよ」

 「こら、ユーカー」


 ランスに叱られるが、別に俺は悪くない。そっぽ向けば、自分の勝ちを誇るように騎士が去っていく。本当に何しに来たんだあの野郎。このクソ忙しい時に。


 「確かに都貴族に懐かれてはいるが、トリシュは今まで都を守って居てくれたんだ。あの方への忠誠は本物だ。そこまで噛み付くことはないだろう?」


 それはそうだが、気に入らない。ランスは知らないだろうが、俺たちが都に着いた頃……まだこの都は貴族共が宴会やらダンスパーティやらやって遊んでいたんだぞ?こいつも守りどころか、度々奏者として呼ばれていたとかそんな話も良く聞いた。褒めるより叱るべき点の方が余程多い。


 「だから礼を言えってか?んな義理ねぇよ。大体お前の言うあの方ってのは、アルドールじゃねぇだろ?あいつだってこれからどう動くかわかったもんじゃねぇ」

 「……そうだな。何だかんだトリシュも人が良いからな。都貴族に踊らされているところがないとも言えない」

 「何でそんなにあいつばっか庇うんだよ」


 やたらあの騎士ばかり持ち上げる相方に、不満を漏らせば、意地の悪い笑みが俺を見ている。いや、笑顔だけなら爽やかなんだけど。なんか気に入らないから爽やかに分類してやりたくない。別に劣等感とかそういうあれじゃねぇんだけどっこは意地悪い系に分類しといてやろう。うん。


 「お前も庇って欲しかったのか?」

 「んなわけあるか!!鳥肌立つわっ!!」


 ここまで来ると俺をからかうためだけに、敢えてあいつを持ち上げていたようにさえ思えてくる。俺の被害妄想なんだろうか?でもランスが性悪なのは事実だ。以上。


 「さて、イグニス様の言葉だと……隙を作れとのことだったな」

 「んだな。どうするんだ?」

 「よし、俺はケーキでも作るか」

 「はぁ!?」

 「即位はめでたいことだしな。ユーカーお前はお茶でも淹れてくれ」

 「隙ってそっちの隙かよ!?」


 敵陣に隙を作れそう解釈していた俺と違い、ランスはこのカーネフェル側に隙を作れと解釈していた。


 「何だ?あっちというとライクの方か?」

 「その好きでもねぇよ!!」

 「なるほど魚か」

 「それは鱚だろ」

 「以前の話は覚えているか?」

 「……っ、いきなり真顔に戻りやがって」


 ランスが言っているのは、カルディアで神子イグニスが口にした策。俺たちは敢えてこの都で敗れる。それを知っているのは限られた人間だけだ。


 「……話したのか?」

 「いや?まさか」


 それとこれとは話が別だと、ランスが小さく笑った。トリシュと仲が良い癖に、仕事に私情は挟まない。立派と言えば立派だが、何だかんだでやっぱりランスは薄情な人間だ。俺が微妙な目で見ているのに気付いたのか、奴はいつも通り笑って見せる。そう言う顔は優しげだ、嫌味なくらいに。


 「実はさっきな、お前達が全力疾走バトルをしている時に、兵士の女の子から季節の果物を貰ってな」

 「なんでそうなるんだよ」

 「いや、食料調達係だったみたいなんだけど、美味しそうだねって言ったら分けてくれた」

 「なるほど、お前が時々何処からともなく食材を入手してると思ったらそんな経路があったとは。税金はこうして無駄に横流しで消費されていくのか。通りでこの国傾くわけだ。この傾国のクソイケメンが」

 「そう言うな。俺の作る物は大抵お前の腹に入るじゃないか。それだと税金の隠し金庫はお前と言うことになるぞ?それに今の季節柄、フルーツケーキも悪くないかと」

 「俺はアップルパイが良い。それがねぇならミートパイ」

 「今何月だと思ってるんだ?まだ八月だぞ?」

 「んじゃ洋梨のタルト」

 「そうだな、それじゃあ間を取って白身魚のパイ包みでどうだ?」

 「てめぇの言う間の次元がわかんねぇよ!!ていうか紅茶と一緒に食いたくねぇ!!大体果物何処に使うって!?」

 「大根下ろしの用量で使おうかと。林檎はないけどすり下ろし林檎とかそういうニュアンス」

 「お願いだから止めてくれ。ベリー系が血みどろ加工に見えてグロくなること請け合いだから」


 都まで届けてやったのが誰かってのも忘れたような、薄情な城の人間達。新たな王の傍に仕えることも許されていない俺達は、戦争が始まるまで暇を与えられている。始まればすぐに前線で死に物狂いで戦わせられることになるのは目に見えていた。勿論今回の策があれな以上、そんなことをしてやる義理は俺たちにはない。その時が来るまで王には神子がついている。いくら彼女が性悪だからって、合図くらいは出してくれるだろう。

 がらんとした談話室で茶を淹れている俺の背中に届くのは、皿を運んできたランスの声。


 「俺は、ちょっと彼が羨ましいと思うんだよ」

 「……ブランシュが?」

 「ああ、それでちょっと面白いんだ」

 「あの野郎が?」

 「彼は俺の知らない世界を生きている。俺の知らないものを知っている。それが興味深いっていうのかな」


 違うからこそ話していて面白いのだと奴は言う。


 「お前が知らないこと……?音楽か?」


 絵面的にはこの男にも十分似合いそうではある。しかしそうじゃないよと奴は首を振る。


 「絵に描いた餅とはいえ、それを追い求める姿にはある種の情熱を感じるよ」

 「その例えなんか違う。水に映った肉じゃねぇ?橋の上から犬がそれ覗いてる図」


 互いになんとも色気のない例えだ。それでも言いたいことは解った。


 「馬っ鹿みてぇ。何寝言言ってんだ?お前みたいな男なら、その気になれば1人でも2人でも100でも200でも女囲えるんじゃねぇの?」

 「馬鹿言え。俺は騎士だぞ?剣の道に生き、剣の道に死ぬ。それが騎士としての在り方だ」

 「その話だと、あの野郎は邪道に外道にも程があるんだがな。お前みたいなご立派な騎士様が、あんな脳内彼女といちゃついてる可哀想なチャラ男を羨む理由がわからねぇ」

 「……そうだな」


 その言葉に、ああと思った。確かにこの男は縁遠い。精霊に育てられたからなのか、俺が過保護過ぎたのか。本人が天然だからなのか。本人が剣と忠誠に情熱燃やし過ぎてストイックすぎたのか。そういう浮ついた話が聞こえない。

 砦やら街やらを歩けば解るが、女共にモテてはいるのだ。これでもかってくらいには。それをこの女殺しの阿呆はボケ殺しでそれをひょいひょいかわしていく。人の好意はドッジボールの球じゃねぇんだよとツッコミ入れてやりたい。

 恋なんか俺にとっては箸置きさ。あってもなくても困らない。ていうかむしろ置き場所に困る。むしろ邪魔。だからこそ理解も出来ない。だから、興味深いんだよと……こいつの言葉はそんな風に俺に聞こえた。


 「なるほど、お前の精神もようやく思春期ってとこか」

 「馬鹿にしているのか?」

 「いやお前も人の心が解るような年になったと思うとな。感慨深いぜ」

 「俺の方がお前より年上なんだが」

 「それで?カードになって自分の死期を突きつけられてるような気持ちで、種の保存本能でも芽生えたのか?」

 「いや、別に」


 ランスは首を振る。皿は並んだがまだケーキは焼けないらしく空。せっかくの茶が冷えるのも嫌で、俺はティーカップを手に取った。


 「唯、そうだな。俺は死ぬだろ?」

 「……そりゃ人間だし、いつかは死ぬだろうな」


 俺が曖昧に肯定してやれば、ランスも茶を啜り始めた。そして一口含んで……また再び口を開く。


 「俺は俺の生き方を迷ったり後悔はしないが、それでも……一度も誰も思わずに生きて死ぬというのは、人としてどうなのだろうなと思っただけだ」

 「何でいきなりそんなこと……」

 「お前の世界は、俺のそれより広いだろう?それが少しだけ、羨ましく思えたんだ」

 「は?」


 何故そこで話題が自分に飛ぶのか解らず、口から変な声が出る。


 「あの頃の俺はさ、少しだけ……寂しい思いをしたものだよ。お前が別の生き物になったようで、置いて行かれるようだった」


 そこまで言われ、ユーカーはようやく理解する。この従兄はアスタロットの事を言っているのだ。彼女に恋した自分が、彼の言葉も聞かなくなる。彼女を失ってから、自堕落に陥った俺を彼はそんな風に見ていたのか。


 「馬っ鹿じゃねぇの。そんなの別腹だろ。ジャンルが違ぇよ」


 友情と愛情を同じ天秤にはかけられない。どちらだって大切だ。その意味は異なるけれど。……唯どちらも忠誠の前には廃れるものではあるのかもしれない。


 「お前は立派な騎士だから、私情を挟まねぇで判断できる。だからわざわざ剣を鈍らせるようなことしてこなかったってだけだろ」


 そうだ。俺は忠誠を一番に選べなかった騎士失格の騎士。俺は駄目な騎士だから、剣にサビを作ったってだけだ。だけど切れなくなったその剣を俺は別に疎ましくは思わない。


 「お前はわざわざ敵に付け込まれるような弱さを作らなかったんだ。それがお前の強さだし誇って良い事だと思うぜ」


 強くて立派な理想の騎士。奴を見れば誰もが憧れる。俺が同じようになれるとは思えないが、こいつが俺の誇りなのは間違いない。


 「わざわざ弱くなる必要はない……か。確かに、それはそうだ」

 「だろ?ほんと大変だったんだからな。あの道化師の野郎に一杯食わされて。俺なんか時間数術とか何とかって奴で退行させられて弱体化するわ背が縮むわで」

 「そうか、やはり俺も付いていけば良かったな。それは一見の価値があった」

 「ねぇよ!!」


 しまった。墓穴を掘った。この自虐ネタが出る癖を改めなければ俺に幸せな明日はない。ずっとこいつとかにからかわれるのがオチだ。嫌だそんな人生っ!

 しかし心の中でどんなに後悔してももう遅い。従兄はしっかり俺をからかうモードに入っている。


 「いや、昔のお前は結構可愛かったじゃないか」

 「そういう言い方止めろ!!」

 「ああ、ごめん。今もそれなりに可愛いよ」

 「そういう催促でもねぇよ!!ったく……せっかくの茶が冷えちまった」

 「でも夏だし冷えた方が美味しいな」

 「そんな風に褒められても嬉しくねぇし」


 からかいすぎたと反省したのか、フォローに入ってくるランス。それでも俺だってそこまで単純ではない。結構繊細なんだからな俺は。褒められたくらいで機嫌を直してやるものか。第一それ俺の功績じゃないし。


 「……でもお前に女ねぇ。タイプくらいは決まってるのか?」

 「さぁ、どうなんだろうな」

 「エレインとはどうなんだよ」

 「流石に俺は、あんなに年の離れた年下相手にそんな感情は持てそうにないよ。そういう才能が俺には皆無みたいだ。……父さんなら兎も角」

 「……ランス」


 余計なことを言ってしまった。俺はまた墓穴を掘った。ランスがそういうことを避けているのは、未だ根強く残る父親との禍根のよるものだ。


 「…………あの人の見境のなさは本当に酷いからな」

 「まぁな。お前の所の親父さんも俺の親父とは別ベクトルで最低だよな」

 「まだ生きていたか?」


 俺が北部に行っていたときに、援助してくれたのはランスの父親であるアロンダイト卿だ。女たらしで有名なお人だが、何処か憎めないのはこいつに顔がよく似ているからか。その明るい人柄なのか。俺のことも歓迎してくれるし、叔父としてはいい人だ。人柄はいい人なんだけど、でも女から見ればやっぱ最低だと思う。


 「ん、まぁ元気そうだったよ。まだまだ現役って感じで」

 「そうか……」

 「え、えっとな!何処で変な噂聞きつけたんだか知らねぇんだけどよ、あの人例の祭りのこと聞きつけて……俺の着替えとか支援物資にとんでもねぇもの送り込んでなんか来たからやっぱ俺も苦手だな、うん!!」

 「……あの男、とうとうそこまでストライクゾーンを広げたのか」

 「いや……まぁ、うん。俺もう時間数術かかりたくねぇよ。今だから冗談で済んでるけどな……」

 「そう言えば今年はどうなるんだろうなあの祭り……時期的に毎年そろそろだったが」


 言われてみれば確かにそうだ。毎年夏にやって来る恐怖と狂気の祭典。そして俺のトラウマの宝庫の一つ。


 「いや流石に、今年は無しだろ。もう敵が目と鼻の先まで来てるって言うのに……ここでまだあんなことさせるっていうなら完全に都貴族はいかれてやがるぜ」

 「それもそうだな」

 「って何でちょっと残念そうなんだよお前は。そんなに俺の嫌がる顔を見たいのか。悪趣味にも程があるぜ」

 「いや、お前は基本的に嫌そうな顔をしている時が一番輝くし可愛いじゃないか」

 「本当にお前最低だなっ!!」


 俺をからかうのが本当に、この男は好きなんだな。現に俺が心底嫌そうな顔をしているのを見て爆笑している。それでも顔の美形度が揺るがないのがこれまた嫌味だ。いや、それを嫌味と感じさせないのが逆に嫌味だ。


 「いや、あれは年に何度あるかないかの俺とお前の大勝負じゃないか」

 「まぁ、俺も死ぬ気で逃げてるからな。ここのところ俺の連勝だったな」

 「ああ、だから今年こそはお前を無理矢理参加させようともう城から街からお前の行きそうな場所の至る所に罠まで仕掛けていたのに」

 「……お前、天然だからって公害やって済まされると思うなよ?どっかのガキが引っかかってたら通報もんだぞ?」

 「まぁ、いいじゃないか。あんな所に仕掛けた罠に掛かるのはお前かタロック軍くらいかだろうから」


 普通の人間が行かなそうな場所に仕掛けましたと、澄ました顔で相方は言う。


 「それに付近の精霊に頼んでおいたから、もし一般人がかかったら助けてくれる手筈だよ」

 「なんか俺の中で忠誠がゲシュタルト崩壊してるんだけど」


 最高の騎士と謳われた男が、何をやっているんだか。

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