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68:Nervos belli, pecuniam.

 女王を誘い出す算段は、イグニスに任せた。俺からの親書をシャトランジアが届け、その返事が届くまでに一週間。カーネフェルにタロックの将が仕掛けてくることは無かった。双陸のことがあるからか?それもあり、此方も準備には念を入れた。

 此方の仕度が調った頃、女王からの情報も伝わった。相手は、此方の誘いを喜んで受けたという。セネトレア女王とこんなに簡単に会えるとは思わなかった。

 場所はシャトランジア、第一聖教会。何故都ではなくここかというと、教皇となったイグニスが彼女をここへ招いた……シャトランジアで最も、教会の力が在る場所だから。


(シャトランジア……)


 まさか、こんな形で帰ってくるとは思わなかった。一月前ここへ来た時を思い出し、アルドールは俯いた。

 あの時傍に居てくれた人は、もう誰も居ない。一緒にここを旅だったフローリプもルクリースも、見送ってくれたアージン姉さんも。そして……


「ようこそ、シャトランジアへ。カーネフェリア様」

(イグニス……)


 なんて他人行儀な。メルクリウルス港、ここを出た時は誰より傍に居てくれたのに。ああ、そんなことを呪っても始まらない。


「この度は、お招き頂きまして感謝致します。イグニス聖下」


 差し出した手、交わした握手。旅の中、俺達は何度だってそうやったのに。今じゃ思ってしまうよ。おまえはそうやって俺から情報を読み取っているんだろうって。

 信じたいのに信じられない。信じているけど、脅えてしまう。そんな距離を、きっと感じているんだろう。微笑の仮面を浮かべたイグニスは、悲しそうな目をしている。いや……でも少し、嬉しそう。俺の成長を、そこに見ていてくれるのか?


(成長、なのか?)


 こんな風に、イグニスを遠くに感じて。面と向かって友達だとも言えない関係が。俺はこんな気持ちになるために、イグニスの手を取ったんじゃ無かったのにな。イグニスは怒りから、俺は償いから……願ったじゃないか。思ったじゃないか。混血を人間にしたい。奴隷のいない世界を作りたいって。そうやって二人で同じ夢を見て、歩いてきたはずだったのに。

 思い出すのは、窓から遠離るギメルの姿。これが寂しいという気持ちだと、教えてくれたあの子にだって……俺はまだ再会出来ていない。


(でも、俺はカーネフェル王だ)


 俺をそう呼んでくれる人を悲しませたくない。その人が大切にしている人を、俺も取り戻したい。ほらな、イグニス。俺、何も変わってないじゃないか。結局、“友達”のためなんだよ俺は。

 友達が、イグニスだけじゃなくなっただけなんだ。どちらかなんて、誰かだなんて選べないけど。誰のことも、見捨てられるわけが無い。


(だって、友達なんだ)


 例え、彼が俺をそう思ってくれなくても。こんな立場を背負った俺だ。俺に何を求めない彼は、救いでもある。


「先に贈った、手土産の件ですが」

「ええ、先日届きましたよ?陛下のお気持ち、ありがたく頂戴致しました」

「そうですか。それでセネトレアの女王陛下は?」

「彼方の船も優秀です。今朝には此方にいらっしゃいました。正直、私もあまり彼女を引き留めたくは無い。教会が、血で汚れるから」

「イグニス?」


 イグニスがいつもの口調に戻ったのは、教会へと続く石段を中腹まで登った頃だ。


「ここで悪さをしたなら、十字法で裁ける。僕が戦う明確な理由を手に入れられる」

「でも、女王はラハイアさんを殺したんだろ?」

「その釈明を求める場でもある。流石にシャトランジアも、聖十字兵一人のためには動けない。だけど彼の犠牲を無駄にはしない。必ず次に繋げてやる……!」


 彼女の正体を知っている俺には、視覚数術も解けて見える。彼女はまだ幼く……頼りない、小さな背中。だけど背負っている物も、その業も……俺よりずっと重いもの。それを一緒に背負えたならば、イグニスは俺に隠れて何かをすることもないのだろう。


(俺がもっと、頑張らなきゃ)


 エフェトスのことは、俺の責任でもある。俺と、イグニスの背負うべきものだ。


(もっとしっかり、立派な王に。本当の……カーネフェル王に)


 そのためにも、ここは譲れない。俺はこれ以上仲間のカードを死なせない。そう決意を新たにするために、俺はここに戻ってきたのだと思おう。そんな俺の気持ちも見透かし通り過ぎる、イグニスの声。

 解っているのに、ふわりとかわす。それは風のようだけど、ある意味冷たい水のよう。


「貴方がたが来てくれたことを、感謝します」

「いえ……」


 振り返り俺の後ろの者に微笑むイグニス。彼女の視線の先には……強張った表情のジャンヌがいる。


(ジャンヌ……)


 そんなジャンヌを、ランスは心配そうに見つめている。

 今回俺が連れて来たのはこの二人だ。カーネフェルはパルシヴァル頼みになってしまって申し訳ないけれど、これが最善の配置だと思う。


(本当は連れてきたくなかったんだけど……)


 俺とランスだけじゃ、協会の負担になる。コートカードが必要なのは、仕方ないけど本当のこと。


 *


「アルドール、私を行かせて下さい」

「ジャンヌ!?」

「私が、女王を落として見せます。顔ならランス様には敵いませんが、女性の口説き台詞ならば心得ております!」

「……なんでそんなの心得てるんですか?」


 俺はあの時、思わず敬語になって聞いてしまった。


「聖十字時代にある友から教えを受けました。彼の失敗を活かし、言葉を組み立てる術を見出したのです。こんな成りでも私も一応女。少なくとも殿方よりは、私の方が女心を理解しています」


 どんな言葉を言われれば嬉しいか、喜ぶか。確かに天然ランスより、説得力はあるかもしれない。


「少なくともどちらか一人が、女王の気を惹ければ儲けものか」


 ランス一人連れて行って、それが女王の趣味と違った場合とりつく島も無い。美男が好きと言っても相手はタロック人だ。此方の価値観、美意識とは違う恐れもある。

 数術船の旅は、快適だった。敵に遭遇することも無い。道化師はわざと見逃した、そう考えるなら……これから良いことが起こるとは思えない。気を引き締めなければならないだろう。


「ジャンヌ、くれぐれも無茶は禁物だ。危なくなったら俺が止めるから、そのつもりで」

「はい!」


 どこまで伝わっているんだろうな。元気よく返してくれる彼女はいつも通りにも見えるけど、そんなわけがない。彼女のことは注意していなければならないな。勿論、油断ならないのはジャンヌだけではない。


「ランスもだからね?」

「俺は大丈夫ですよ、アルドール様」


 うわ、即答だ。きっと全然大丈夫じゃ無い。俺もランスのこと、ちょっとは解るようになったんだから。そう言ったってこの人は聞かないんだろうな。器用に見えて不器用。素直に見えて誰より頑固。何でも出来るようで、割と出来ない。生き辛い彼を、俺は何とかしてやりたいなと常々思う。もっと肩の力を抜いて、笑ってくれれば良いのに。そんな状況じゃ無いのは解っているけどさ。


「ランスが大丈夫そうな振りをする時は、大丈夫じゃ無い時だよ。ランスに何かあったら、元に戻ったユーカーが困るだろ?ランスも危ないことは控えて」

「一番危ないカードが何言ってるの?」

「え?」

「君が最弱。一番無理出来ないのは君なんだから」

「それは向こうだって」

「エースはタロック王。それじゃあ彼女は最低でも君より強いカードであるはずだ。それに傍に従者を連れている。詳しいことは、実際見た方が早い」


 いつになく、教会内は静まりかえっている。亡命者や聖職者、祈りに来た住民の姿もなく、緊張した様子の聖十字兵が教会の警備に当たっていた。いつもより、その数がかなり増えている。でも、何か違和感を感じる。彼らは鎧を着ているけれど、歩き方が頼りないというか、ふらふらしているというか。


「着きましたよ、カーネフェリア様」


 話している内に会談の間に着いてしまったのか、大きな扉の前で、イグニスが立ち止まる。心の準備は良いかと彼女が俺を見る。覚悟なんて決まらない。悪い評判を聞いている相手だ。ちょっと間違えれば俺はここで死ぬかも知れない。恐ろしい女王様から、解毒剤の材料を奪う……つまりは殺傷沙汰になるってことなんだ。


(ええい!セネトレアの女王が何だ!)


 俺は須臾王にだって会ったんだ。その娘だっていうんだ、あれより恐ろしい相手が出てくるはずないさ!俺にはランスとジャンヌも居るんだ。

 二人を振り向き、頷いて、俺は扉をノックする。手の震えを見て、すかさずランスが重い扉を開けてくれた。


「失礼します」

「ほぉ……神子だけでなく、カーネフェル王までこんなに若かったとはな。妾よりも年下とは」

「初めまして、セネトレイア様。俺の名前はアルドール。アルドール=D=カーネフェリア!」


 美しい声で紡がれたのは、流暢なタロック語。相手がくだけた口調で来たのだ。そこまで畏まることは無い。これ以上舐められて堪るか。視線を上げて最低限の敬語、それもカーネフェル語で話してやった。


「……ふっ、面白い。これが噂の少年王か。てっきり妾は童貞王的な意味での名称かと思っていたぞ?」


 カーネフェル語も堪能なのか!?何の違和感も無い滑らかな発音。尚かつその侮辱。それだけでも彼女の知識が伝わってくる。頭が良い女、とも聞いてはいた。これからこんな女と戦わなければならないんだ、俺達は。

 こんな事言われても、別に悔しくなんか無い。だけどやっぱり馬鹿にされたままでは駄目だ。王には誇りが必要だ。プライドへの侮蔑には、怒りで応えなければ。睨んでやろうと思ったけれど俺の身体は動かない。

 恐れたわけではないんだ。だって彼女は、タロック王ほど怖くは無い。

 陶器のように白い肌、血のように濃い赤の瞳。それは双陸さんよりもっと、暗い赤。漆黒の髪は他に一切の交じりを許さない、純粋な黒。これが、タロックの……真純血の姫。

 評判を、否定できない。彼女は絶世の美女である。背筋が震える、ぞっとするほど美しい。


「ふむ、その反応は外れでもないようだな。容姿はそこまででもないが、長髪の男というのも悪くないな。よくよく見れば田舎娘のように泥臭く、芋のように愛らしい。畑から掘り出したばかりの芋のようだな、妾は意外とそれもいける口でな。蒸して我が国の醤油とそちらのバターとやらで食すとこれがなかなか」


 果たしてそれは、褒められているのだろうか?俺が固まり戸惑う様子に、イグニスがフォローを入れてくれる。だが、今度は女王の関心は彼女に移る。


「そうでしたか、では夕食にはそのような物も用意致します」

「愛らしい教皇殿が妾に口移しで食べさせてくれるのなら、幾らでも喰らってやるぞ?」

「お誘いは光栄ですが、教義に反します」

「しかしだなイグニス殿。きっちり着込んでいる割に、スカートのようにしか見えないその礼服。そのようなこちらを誘っているとしか思えない。最高位の聖職者を誑し込むのは高価な食事より美味に違いない。さぞや愉快であろうな?」

「冗談が過ぎますよ、セネトレイア様」

「妾はいつでも本気じゃ。教皇殿も、愛らしいな。外見に不釣り合いな結構な目をしていらっしゃる。その目で何を見てきたか、褥でたっぷり聞きたいものだ」


 どうしよう、この人現れからずっと下ネタしか話していない。外見だけなら本当に綺麗なのに、どうして口からこんな言葉が出てくるんだろう。ほら見ろ、ランスなんか混乱して瞬きばかりをしているぞ。そりゃそうだ。誰だって最初にランスが絡まれると思ってた。俺もそうだし彼もそうだった。それなのに敢えて彼をスルーするこの手管。此方の狙いをかわしてきている。


「まぁ良い、堅苦しいのは下の物だけで結構だ。セネトレイアは多すぎて妾は好かん。妾は刹那で良いぞ、イグニス殿」

「それでは刹那様。セクハラはその位にして本題に入らせて下さい」

「よかろう。して、話とは?」

「先月、セネトレアで聖十字兵が殉職しました。ラハイアという名に、覚えはありませんか?」

「……ふっ、あの坊やの話か。覚えておるぞ?この妾に一泡吹かせた男はなかなかいない。良い男だった。一度もやれずに死なせてしまったのは妾も悔いておる」


 本題に入ってもこれだ。もうどうしようこの人。真純血のお姫様なのに、思考がルクリースよりぶっ飛んでいる。ルクリースは建前としてお金という目的意識がはっきりしていたけれど、彼女には無い。何が望みでこんなことを言っているのか、俺には何も理解できない。


(だって、この人女の人だろ?)


 なんでこんな話ばかりしてくるんだ、この女王様は。いや、此方のペースを狂わせてはいけない。そう思うのに、俺はイグニスに連れられ席に着くのがやっとで、何も口から言葉が出ない。彼女から、視線をそらせないままだ。


「殺す前に一度寝てみたかったな」

「っ!!」


(ジャンヌ!?)


 それは俺の背後に控えていた彼女が、手にした長剣で床を思いきり打った音。

 口説き文句は用意してあるとかそんな言葉も吹き飛んだ、ジャンヌが憤怒の形相で刹那姫を射殺さんばかりに睨み付けた。

 今度何か言ったなら、この鞘を捨て斬りかかる。そんな彼女の気持ちが俺にも伝わる。


(落ち着いて、ジャンヌ)


 俺は彼女に手を重ね、小さく首を横に振る。強く得物を握りしめる、ぶるぶる震える彼女の手。それがやけに冷たい。


「なぜ、そのようなことを?」


 するりと、俺の口から言葉が落ちた。俺の声を聞き、冗談ではなく初めて女王が俺に興味を持った風。


「ほぅ……、もう喋れるか少年王。なかなかに面白い相手。父上が長きにわたり、其方の土地で遊びたがったのもそういうわけか?先代もさぞや愉快な男だったのであろうな?」


 大笑いをする女王。あ、今度はこれランスの地雷だ。恐る恐るランスを見れば、歯をギリギリ噛み締め女王を睨んでいる。頭の良さではランスも刹那姫には負けないはず。十分良いところ行っているのに、相手が悪い。此方が完全に手玉に取られている。


(何とかしなきゃ)


 俺はイグニスから渡された書類に目を通し、女王に文句を言ってみる。


「ラハイアという聖十字兵は、奴隷貿易の摘発、奴隷の保護に尽力したと聞きます。それが刹那様にとって、セネトレアという国にとって不都合だったと言うことですか?十字法に触れれば、シャトランジアと揉めるとは考えられなかったのでしょうか?」

「そんなものではない。アルドール殿、其方は殺人鬼Suitという男を知っているか?」

「殺人鬼……?」


 話題の飛び方に疑問を覚えるが、女王は普通に話を続ける。これは無関係の話ではないらしい。


「世界貿易の中心とは言え小さな島国の話は、無駄に広い芋の大国までは行き届かないか?」

「東の大国です」

「む?これは失礼」


 悪びれる様子もなく、女王は哄笑。


「我が国を騒がせている罪人でな、商人、貴族を狙って殺している暗殺者だ。その標的に、セネトレアの重鎮も多く、迷惑していたのだ。妾は女の身。政治には疎い。有能な部下を殺められては堪らない」


 仕草だけは悲しむ風だが、顔は笑っている。彼女はその状況を完全に楽しんでいたようだ。


「奴は、奴隷保護の度に殺人鬼に遭遇していた。殺人鬼と通じていたのだ。つまりその殺人鬼は奴の差し金、狂言であり、殺人鬼はその男だった。妾は裁判にかけ、判決通り処刑したに過ぎぬ。勿論、これから冤罪だったと証明されるなら判決を覆し無罪を言い渡すぞ?」

「そんなことをしても、その人が帰ってくるわけではありません」

「カーネフェリーの若い男は、何億シェルだったか。奴は身寄りが無いらしい、その金額を教会に払えば良いのだろう?手土産じゃ、何、釣りは要らぬ、“教皇聖下”に“少年王殿”、この金で口封じをして女遊びを豪遊してみては如何か?」


 女王の合図に、女王の傍に控える騎士が広げる鞄。そこに敷き詰められた沢山のセネトレア紙幣。イグニスは俺の答えを待っている。そんなの、決まってる!


「受け取れません」


 俺は即答。吐き捨てるよう言い返す。


「刹那姫!貴女は間違っている!!人の命はどんな金を積まれても、それに釣り合わない!まして、死者は金でも生き返らない!!貴女は人として、王として最低のことをした!それは聖十字に、聖教会に……我がカーネフェルの盟友であるシャトランジアに対する最低最悪の侮辱だ!!」

「言いたいことはそれだけか?妾はそんな言葉を聞きに来たのではないのだが?して、イグニス殿はどうするつもりで?謝罪を受けないというのなら妾とやり合うつもりがあると?」


 俺が受け取らないのなら、これをどうするかはイグニスの采配。守銭奴のイグニスだって、これは絶対に突き返すと思っていた。しかし彼女はにこりと微笑み……


「なるほど、相場より多額の寄付金ですね。刹那姫様は謝罪の気持ちがある様子」

「イグニス!?そんなはずないだろう!?」

「十字法は、性善説から成る。罪を償う気持ちがあるのなら、それを信じるのが教会の在り方ですよカーネフェリア様?」

「その年でイグニス殿は人間が出来ていらっしゃる。将来が楽しみだ、妾好みの良い男になるぞ?」

「では、一度解散としましょう。刹那姫様、アルドール様晩餐の仕度が出来ております。此方へ……」


(くそっ……なんだよ、これって)


 イグニスには考えがあるのだろう。何かの演出かも知れない。だけど何を思ってのことか、俺には解らない。ここからどう、戦争に話を持っていくって言うんだ。どうして、女王のやり方に流されるような真似を……


「青いな、カーネフェリア。其方はその目よりも遙かに、青く、幼い」


 席を立つ女王は敬称さえ止め、俺を嘲る。もう許せない、椅子から振り返り、立ち去る彼女に一言浴びせてやろう!扉を見たが彼女はいない。


「雑音はあれど、曇りの無い良い目だ」

(え?)


 近くで甘く囁く女の声。


「アルドール!」


 傍で驚き、呼ばれた俺の名が、次第にどんどん遠くなる。俺は再び、固まった。

 振り向いたところで、女王がいたのだ。何を思ってかソファーの背から此方を覗き込んでいた。傍で彼女を目にして、最初に会ったときのよう、俺は再び動けない。そんな俺を前に、そのまま彼女は顔を傾け……


「そして、女を知らぬ目だ。女は良いものだぞ?」


 くくくと笑い、女王がその場を去った。


「あ、アルドール様」

「あ、アルドール……」

「あ、あ、ああああ……ああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 完全に、遊ばれている!馬鹿に、されているっ!!悔しさと情けなさから俺は頭を抱えて絶叫、そして泣く。シャトランジアに来て、いきなりイグニスに仲間に情けないところを見せてしまった。恥ずかしい。死にたい。そして、何より……


(キス、された……!!あんな女にっ!!!)


 羞恥心からボロボロ、涙が溢れてくる。幾ら美人だからって、あんな最低な女に、俺の……俺の、俺の……。


 *


 嗚呼、ギメル。可愛いギメル。俺の天使。俺のオアシス。俺の……とか言ってたらもう俺変なポエマー扱いされるんだろ畜生!

 でも本当に、あの頃のギメルは可愛かった。手を繋ぐだけで天にも昇る心地だった。本当に思ったよ。このままずっと一緒に居られたら。

 もしいつか、キスをするんだとしたらそれは……この子だったらいいなぁ。そんな風にさえ思ったさ。

 イグニスとギメルはいつもべたべたしていたし、頬とかおでこにキスするなんてざらだった。イグニスになりたい。仲よさそうで、二人とも羨ましい。あれが兄妹か。いつも楽しそうで羨ましい。俺にも入り込めない何かが、あの二人にはある気がした。だから思ったよ、俺も二人のきょうだいだったらなって。


「何見てるの、気持ち悪い」

「アルドールどうしたの?」


 二人の仲睦まじい様に癒されながら眺めていたら、イグニスから嫌悪感の宿る声と鋭い視線が送られる。


「いや、なんか良いなって。俺、そういうのされたことないから」


 義母さんは、俺に愛の鞭っていう物理攻撃折檻しかしないし。義父さんとの間にも距離がある。使用人達は金のことしか考えていない。


「ご貴族様はこれだから。金も身分もあるのにまだ何か欲しいわけ?無い物ねだりはこれだから」

「アルドール」


 ちょいちょいと、ギメルが俺を手招き。不安がるイグニスを完全無視し、彼女はにこにこ笑い俺においでおいでを続ける。


「アルドール、目瞑って」

「駄目だよギメル!そんなの僕は許さない!」

「お兄ちゃんはいいから」


 ギメルに文句を言われ、イグニスが啜り泣いているような。何だこの記憶は。

 言われるとおりに目を瞑る俺を、誰かが蹴ってくる。これ絶対イグニスだよね!?

 しばらく俺が蹴られ続けていると、頬に柔らかい感触が触れる。驚き其方を見ると、顔を真っ赤にして笑うギメルがいた。


「そんなに、見ないでよ。はずかしい……」

「ぎ、ギメル……」

「アルドールぅうううう!!僕のギメルを傷物にしてくれやがって!!死ね!殺してやるっ!!おまえを殺して僕は生きるぅうううううう!!ギメルと一緒に生き延びてやるっ!おまえの死は無駄にしないどころか僕らの幸せの糧となるだろう!死ねっ!!」

「だってお兄ちゃん、ほっぺたは家族だけじゃ無くてお友達にしても良いって聞いたよ?」

「誰だ!そんな腐れ雑学をギメルに植え付けた悪魔は!それはこの僕の特権だったのに!!調子に乗るなよアルドール!そ、そんなのキスにカウントされないんだからな!僕の妹の唇はそんなに安くないんだ!き、キスってのは口じゃなきゃノーカウントなんだぞ!残念だったな腐れ貴族!!」

「それじゃ、お口は大人になったらね」


 小指を差し出しギメルが笑う。狼狽えながらも赤面し、俺がそれに応えた所で思いきりイグニスにぶった切られた。


「それ無効っ!」

「指切りしたもん、本当だもん!約束したからお兄ちゃんの無効が無効!」

「くそっ!君なんか大嫌いだアルドール!!僕のギメルをよくもっ!!へらへら笑いやがって!!」


 泣きながらイグニスが俺をぼかぼか殴ってくるが、そんなの痛くないくらいあの日の俺はにやけていた。


(ギメルと……いつか)


 そんなことするってことは、当然彼女と結婚するんだろう。花嫁衣装の彼女はとっても可愛いに違いない。毎日家に可愛いギメルがいてくれる幸せとか、本当夢みたいだ。最高だ。もう死んでも良い。


(幸せだ……)

「幸せ?そっか、良かったねアルドール」

「え?」


 あの頃より、背丈の伸びた真っ赤なドレスのギメルが笑う。足下には生首。その手には……切り落とされた姉さんの手。


「ち、違う!おまえはギメルじゃない!!俺のギメルを返せ!!」


 助けを求めるよう俺は後ろを振り向いて……唇には、何かの感触が。夢とは違う、生々しい感覚が蘇る。


「下手だなカーネフェル王?いや、童貞王だったか?近々結婚するようだが、こんなので女を満足させられるのか?」


 赤い瞳の女がにやにやと、俺を見下し笑い出す。


「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 遠くから聞こえる自分の悲鳴。夢の中で俺は気を失って……もう何度目かの悪夢から目を開ける。


 *


「ユーカーの気持ちが解るよ。馬鹿にしてごめんな。本当に、悪かったよ」

「アルドール、セレスタイン卿は置いてきたでしょう?いい加減、此方に戻って来なさい」

「そうだよな。本当にごめん、はじめてって……大事だよな。ロマンだよな。夢だよな。ユーカーの気持ち、俺全然解ってなかった。あの時のヴァンウィックとイグニスは酷かったよ」

「困りました……」

「エアユーカーとは、アルドール様……俺でもまだそんなことはできないのに」

「そこは驚くところですかランス?それとも……何か少し妬ましそうなのは何故なのですか?」


 ジャンヌは、カオスなこの状況に頭を抱えていた。

 時折気を失って、悲鳴を上げ戻って来ては遠い目をして、ここには居ない人間と話を続けるアルドール。そんな主を目の前に言動がおかしくなりつつあるランス。果たしてどちらに妬いているのだろう。どちらもだろうか?

 アルドールにエア自分をしてもらえるくらいの信頼が欲しいし、自分の従弟にそこまで親しみを感じられていることがなんだか腹立たしくもあるような、彼の複雑な心境が表に出ている。


「エアセレスタイン卿との話はまだ終わりそうに無いですか?」

「ええ。完全に心がやられてしまっています」

「アルドールはそういう方面疎いから、女王の色香にあの程度しか惑わされなかったとは言え……」

「女王の色香……?」

「あの美貌と恵まれた身体、そしてその知識。あの女は男を魅了する才能を持っています。男の8割9割は傅かせることが可能でしょう」

「アルドールが固まっていたのは、それですか?」

「ええ。魅入られて身動きが取れなくなっていたのです。普通の男は大抵そうなりますよ?もっとも、普通はやましさからもっと酷いことになるのですが」

「普通の男……ですか」


 セネトレア女王……確かに美しい女だった。私も少しは魅入られた。だけどすぐに彼女のしたことを思いだし、怒りが勝った。ランスも少しは様子がおかしかったから、普通の男性なのだろう。だけどイグニス様はどうなのだろう?平然としていていつも通り。


(普通の男性では、ないのかしら?)


 相手は聖職者。厳しい修行をされているのならそれも納得だけれども、この方はアルドールより幼いのに、どうも子供らしくない。完成されているような違和感があるのは否めない。


「毒が抜けるまで、まだしばらくかかりますね」

「え?」

「しかしすぐにアルドールが拭ってしまったし、あの程度の唾液ではどうにもならない」

「あの、何の話ですか?」


 イグニス様が、何を言っているのか解らない。それではもう既に目的の、一部に触れたかのような言い方。


「毒の王家の人間は、多少の毒をもっています。それは聞いていませんか?ですからアルドールがおかしくなったのは、刹那姫の持つ毒の中毒になっているからですよ」

「き、キス一度で錯乱してしまうのですか!?」


 事前情報で、確かにそれは聞いている。しかし、あの程度の接触で毒に触れてしまうのか?

 軽率な行動が目立つ女だ、目的を達成するのは難しくは無いだろう。しかし……その反動が錯乱とは。


(アルドールが、あの程度で済んで良かったのかも知れない)


 本当ならもっと、危険なことになるところだった。そうなる前に、下がらせることが出来たのだから。


(後は、私が……あの女を)


 私がやるんだ。私がやらなきゃ。


「微量とは言え、明日までは元に戻らないかと思います」

「私達で、やらなければならないということですね?」

「出来ますか?」

「やります!」


 私の返事を聞いて、イグニス様は頷いた。


「信頼していますよ、貴女のことを。彼らをよろしくお願いします」

「イグニス様?」

「お膳立てはしました。あとは貴方達二人にかかっています」

裏本編の展開が早くて、裏本編との時間軸合わせが辛くなってきた。女王様には表舞台でも暴れて貰わなければならないので色々考えなきゃ…

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