66:Saepe ne utile quidem est scire quid futurum sit.
「敵将と、話がしたいのだが」
そんな一言で、面会は簡単に成し遂げられた。
(何だこの警備は)
トリシュは内心悪態を吐く。幾ら私が此方側とは言え、これはあまりにザル過ぎる。相手はカードだというのに、カードの監視が一枚も居ない。戦力がそれだけ少ないと言うことか、王の考えが回らないと言うことか。
(丁度良いと、監視役を任じられたか)
ならば好都合だと、トリシュは笑う。
「琴は、お嫌いですか?」
「いや……音色は違うが、好きな方だ」
ポロンポロンと奏でるは、何も無意味な音ではない。竪琴の音で、会話を隠すため、それは必要。
(話があります)
小声で話せば会話は外には漏れない。牢の傍へと座り、曲を奏でる。
(私は、この国を出ようと思います。亡命するつもりです、タロックへ)
(……それが俺に何か?)
(貴方を連れて行けば、向こうに手土産が出来る。そうは思いませんか?)
(ここから、俺を助けると?)
(はい)
しばらく考え込むようだった敵将は、琴の音色に耳を傾けながら、今度はしっかりした声で意思を伝える。
「名はなんと?」
「トリシュ、ブランシュ」
「ブランシュ卿、その気持ちありがたく思います。だが俺は、自分の意思でここにいる。逃げはしません」
「貴方はタロック王の忠臣と聞く。ここで囚われるのが本当に王のためなのですか!?」
ここに居ればカーネフェルへの服従、祖国と主への裏切りか……忠義のための死を強いられる。忠臣ならば汚名を着てでも主の元へ帰るべきだろう。そう訴えるが届かない。
「それは買いかぶり過ぎでしょう。俺はただの人間。それでも友のためなら、時に鬼にもなりましょう。貴方のように」
主のためではなく、他の思惑でここにいる。彼は静かにそう私に告げた。
「俺の王は、死にました。死んだ心の王のため、俺は俺の心を殺したつもりで従った」
壊れてしまった狂人さえ裏切らず、仕えることが正しき道だと彼は長らく信じたらしい。それが何故、ここに来て?そう思わせたのが、彼の言う友なのか?
「最初は怒りや憎しみ、軽蔑。けれど無感動な俺の中に、その存在は確かに根付いた」
それは他人の話だと言うのに、耳から入り身体に溶け込むように染み渡る。
「俺は死んでは居なかった。彼は、俺が人間だったと言うことを……思い出させてくれた。あの子が生きていくために、道を作らねばなりません」
「道、とは……?模範を示すというわけですか?敵に捕らえられても誇りを忘れるなと?」
「いえ」
第四騎士は、軽く首を横に振る。
「この国の王はまだ幼く……甘過ぎる。仮に俺が降伏し、仕え願うなら俺や……エルスの罪さえ許すでしょう。だが、俺もあれも……カードである以上」
死ぬまで命を使われるのは変わらない。敵将のそんな言葉にトリシュは青ざめる。
思想がなければ、願いが無ければ。忠義が無ければ。敵も味方も変わらない。カードなど、死ぬためにある。恨むも憎むも虚しく、誰を殺すか、誰に殺されるかだけなのだ。
(この人は……願いが消えたのか?それとも、これが願いだとでも?)
「自惚れるつもりはないが……カーネフェルの統治には、力を入れたつもりです」
天九騎士、双陸。都の噂では確かに人望も力もある。この短期間でよくやった。味方の不評を買いながら、彼は都貴族の腐敗からカーネフェルを建て直している。彼を殺してしまっては、王に民は付いては来ない。
逃げ帰るより、屈するより俺はカーネフェルを苦しめられる。彼はそんな悪意めいた言葉を吐きながら、涼しげな顔で微笑を浮かべる。
この将を懐柔できなければ、カーネフェル王の器も知れる。こうして捕虜であることが、友に示す道であり、王への忠義なのだと彼は言う。
「ブランシュ卿、貴方の判断は正しい。カーネフェル王は、いずれ……恐ろしい男になる。出来ることならその前に……手を打ちたい」
「あの方が?」
驚く僕を見て、彼はその笑みに苦さを表す。彼の怖さを知らないのかとでも、その顔は言いたげだ。
「貴公の亡命……成功を、心より祈らせていただこう」
これが最後の話だと、言い切るような冷たさで、敵将がそう漏らす。しかし此方はそうはいかない。何とか説得しなければ……祈るように念じたところで爆発音。それは何度か繰り返される。
「……あれは」
何やら城が騒がしい。奇襲でも受けたのだろうか?様子を見に行くべきか。いや、敵襲ならば捕虜である彼を連れ出す理由にはなる。
「双陸殿」
「ブランシュ卿、気が変わりました」
あの爆発から、彼は何を知ったのだろう。僕を真っ直ぐ見つめてこう告げる。
「俺をここから、出して下さい」
*
「弟は此方に居ませんか?……とのことですが、アルドール」
ユーカーの帰還を待ちわびる、そんな俺たちの所、彼の名前はようやく届く。でもそれは彼じゃない。彼では無く、ユーカーの姉を名乗る女性が現れた。
俺とランスの話し合いの席に現れ、伝えて来たのはジャンヌ。
「ユーカーの、お姉さん?」
それは俺よりランスの方が詳しいだろう。彼に視線を送り聞いてみる。
「ユーカーには確かに姉は居ますが……先日死んだとの情報が入っています。これがその方ですが……」
これを見せれば解るはず。そう言われて渡されたらしい彼女の写真。なるほど、真純血らしい色合いの綺麗なお姉さんだ。写真自体は本物なのか?それを見つめるランスも微妙な表情。
「誤報ってこと?」
「だとしても、逃げ延びた女性一人で南部から……ものの数日でここまで来られますか?」
「じゃあ情報を入手した偽物ってこと?セレスタインの遺産狙いの金の亡者かな」
「……面識はあります。俺が直接行って確かめましょう」
「俺も行く!」
「では、此方です」
その女性を通したという部屋へ、ジャンヌが俺たちを連れて行く。
「初めまして、陛下。それから……久しぶりね、ランス君」
「ら、ランス君」
「まぁ!」
ユーカーの姉ならば、少なくとも彼より年上のはず。しかし彼女は写真で見たより、少しだけ若く……幼びて見える。長く綺麗な金髪と、どことなくユーカーに似た目鼻立ち。血縁だというのは本当だろう。そんなことより俺が驚いたのは、あのランスを君付けで呼ぶ者がいたということ。ジャンヌも軽く驚いている。
「覚えていない?いとこのモルガナよ」
「覚えています。……今回のことは、残念に思います」
ランスの対応を見るに、彼女は本物らしい。
「そうね、私もそう思うわ。だけどこういうの、大事な話でしょ?勘当されたとは言え、もめたくないじゃない。あの弟と遺産の分配についてきっちり話したくて探してるんだけど……砦からいなくなったそうなの。居場所を教えて下さらない?」
「うわぁ……」
ユーカー、可哀想。いるんだなぁ、こういう人。美人だけどこれはちょっと。イグニスやルクリースも守銭奴だけど、まだかわいげがあった。
「俺がお前を見間違えるか?……よく似合ってるし可愛いが、遊んでいるなら怒るぞ、ユーカー」
「え」
「錯乱するのも解るが、やり過ぎだ。俺やアルドール様の何を試すつもりなんだ?理性なら性格を改めて出直してくれ」
「……え、えええええ!?」
来客の、恐るべき正体をさらりと明かしたランス。その平然とした態度に、代わりに俺が狼狽える。
「残念だな。これまでのお前なら、ここで俺と二人きりになってくれると思ったんだが」
「ジャンヌ様の居ないところでなら、俺を殺せると?見くびられたものだな。アルドール様に隠すことなど、俺にはない。お前とのことであっても」
ランスが歯の浮くような台詞を口にしているけど、そんなことも気にならないほど俺はユーカーの姉(偽)を凝視する。
「ジャンヌ、あれ……ユーカーなの!?セレスちゃん女装のレパートリー凄すぎない!?一応長剣振り回す騎士なんだから多少なりとはあるはずの筋肉とかどこに行った!!もうそれで食って行けるんじゃないユーカー!」
「良い仕事してますね、彼」
ぱっと見無表情。しかち口元は僅かににやつき、力強くGJと親指を突き立てるジャンヌさん。個人的な趣味が爆発していらっしゃる。なんのつもりだユーカー!よくわからないけどジャンヌの理性だけは崩壊してしまってるけど、どういうつもりなんだユーカー!俺にはお前の真意が全く見えないよ!
「褒める必要ある!?今それ必要あるの?っていうかあの眼、ユーカーあのドレスでもないのに視覚数術どうして!?」
「変装用の色硝子では……如何に色素の薄いセレスタイン卿でも、あんな綺麗な色は出ませんね」
「それじゃあ、どうして?」
俺とジャンヌの会話を耳に、ランスの顔が青ざめる。
「アルドール様、ジャンヌ様!すぐに窓を開けて下さい」
「え!?」
「はい!」
ランスは何に気付いたか。解らないけど動いたジャンヌを追いかけ俺も従う。
「遅いっ!!」
窓に辿り着く前に、ジャンヌが床へ膝をつく。そこで俺もようやく理解。口元を両手で覆うが吐き気と目眩に俺も倒れる。
ランスは水の精霊の守りがあって、辛うじて無事だ。守りや回復に回る時間が惜しいと、炎の数術を使い、ランスが窓硝子や壁、床を無作為に破壊する。
「タロックの人間と、風の無い部屋でやり合うのは愚か者のすることだ。簡単に招き入れるものではない」
あ、忠告&解説ありがとうございます。……なんて考えてしまう俺は、毒で上手く頭が回っていない。でもその言葉から察するに、あの変装は視覚数術ではなくて、毒で此方に幻覚を見せていたということ?
数札には数術に目覚める可能性がある。しかしタロックにはエルス以外まともな数術使いは居ないと、鼻から考えていた。シャラット領での嗅覚数術とも違う。こんな、毒で数術のようなことをする奴が居るなんて!
(……って、タロックの人間?)
何その流れ。だってあれはユーカーなんだろ?だけど今の言い方じゃ、まるでそうではないみたい。
「お前ら随分とこいつを頼っているようだが、程ほどにしておけ。セレスタインは既に、天九騎士の忠実な手駒だ」
「ユーカーに……何をした!」
毒にふらつきながらもランスが剣で斬りかかる。気持ち的には本当にその通りなんだけど、その斬りかかられている相手がユーカーなのだから、ランスの行動は矛盾している。殴ってでも元に戻すという戦法なのか、これは。
「そうムキになるなよ騎士様。王を失い、これが無事に北部から逃げられたとでも?あの辺りのこの者の記憶、随分とあやふやだとは思わなかったか?その辺知ってるはずのこれの部下が、さっさとアロンダイトの親父の毒牙に掛かったりなぁ!」
(俺と、同じだ)
どうして気がつかなかったのだろう。俺は彼のことを見ていたはずなのに。
ランスの攻撃を避けながら、ユーカーも攻撃に出る。彼が服に忍ばせていた得物は、ユーカーの剣じゃない。タロックの騎士が使うような片刃の剣。
俺でさえ違うと思うのだ。手合わせをしているランスはもっと感じているだろう。
(あれはユーカーの剣技じゃない!)
でも強い。毒で動きが悪くなっているのも理由だけど、やりにくそう。相手は純粋に、剣技に長けている。
「アルドール……無事ですか?」
「ジャンヌ、ありがとう」
「いえ」
換気で室内の毒が少しは薄れたか、何とか呼吸が出来るようになる。身体は重いし頭も痛いが身体の痺れは解けた。先に身動きが取れるようになった彼女に俺は起こされる。
(どうしよう……)
下手に加勢は出来ない。攻撃が此方に向けば、今の俺達では対応できない。なら、ランスの回復をすべきだろう。いや、じっとして居てくれないから難しい。俺が悩んでいる内に、勝敗は決してしまう。当然と言えば当然か。カードとして強いユーカーの身体を、何者かが支配して動かしているのなら。
「くっ……」
「ランスっ!」
喉元に得物を突きつけられたランスが呻く。迷ったことを後悔しながら俺は数術を展開……出来なかった。俺の数術は発動までに多少の時間が掛かる。その間にランスが殺される。おかしくなってるユーカーに、ランスを殺させるなんて、そんなの駄目だ。それは誰より彼自身が悲しむだろう。
「動くなっ!こいつの命が惜しくばな」
「止めてくれ、ユーカー……そんなことしちゃ駄目だ!」
何も出来ないからって、何もしないままではいられない。何とか彼を元に戻せないか。俺は必死に訴える。
「いつだってランスのために悩んで、傷ついてきたお前が……そんなことしたら、本当に辛いよ!取り返しが付かない!!それで生きていけるのか!?」
「こいつを正気に戻す毒でもなければ、これは其方の戦力には戻るまい。ここへ来る前も頭逝かれるくらい、毒をたっぷり嗅がせてやったのだから」
「そ、そんな……」
「毒ってのは良いもんだぜ、こいつみたいに追い詰められた人間には最高の現実逃避だ!可哀想になぁ、コートカードは!こんな簡単に毒が染み渡るくらい、精神すり減らされて!」
ユーカーが使えないのは、カーネフェルとしてこの上ない痛手。ジャンヌかジャックかパルシヴァル。女子供に処刑役を任せなければならなくなる。そんな風に思ってしまった自分が何より恥ずかしい。
「ごめん……ユーカー」
操られての彼の言葉が、俺にはとても痛々しかった。
イグニスに頼らないで、シャトランジアと対等になりたい。俺の独りよがりな思いが、間接的にユーカーを苦しめていた。
「俺、いっつも……ユーカーに頼って、助けて貰ってばかりで」
甘えていたんだ。彼は俺に仕えてくれたわけでもないのに。振り回して、傷付けて……相談に乗れたことも、支えられたことも俺にはない。
「お前がタロックの人間なら、欲しいのは俺の首だろう!?ランスを放せ!ユーカーから出て行ってくれ!!」
泣きながらの俺の説得に、ユーカーは僅かに興味を示す。そして彼が示すは、はじき飛ばされたランスの剣。
「……女は動くな。カーネフェル王、そこに落ちてるこの男の剣で、自分の首でも落として見せろ。それが出来たら」
「……わかった」
そろそろと……床を這い俺はアロンダイトに手を伸ばす。
握りしめた剣のずしりとした重さ。ランスが俺のため、カーネフェルのため振るい続けたその剣で、俺を殺めさせるなんて。こいつは最低だ。最低の人間だ。そんな相手の言いなりになって死ぬのが悔しい。悔しさと悲しさで、俺はユーカーを……操るその人間を睨み呪いながら重たい剣を持ち上げる。
「ジャンヌっ!!」
「はい……!」
救いを求めるように、ランスがジャンヌの名を呼んだ。数術でもない、でも奇跡。……いや、互いが互いを知っているから?俺を守れと言ったランスの声に、ジャンヌが応え俺へと抱き付く。
剣を握った俺の腕ごと彼女は掴み、ユーカーを目がけて突き出した。俺は引きずられるようそれを見る。ユーカーも唯固まったりはしない。ランスを殺めるために腕を引き、その喉元を貫こうとする。
(嫌だ)
ランスが死ぬ。ユーカーも死ぬ。そんなの嫌だ、まだ解っていないことも多いのに。もっと知りたいと思っているのに、俺の手で!!
(え……?)
目を背けよう、目を瞑ろう。そう思ったけど瞬き一つできやしない。それに腕が重いんだ。ジャンヌが止めた?そうじゃない。だって俺を掴んでいる彼女の腕も、振り上げられたまま固まっている。
室内に、動ける者はいない。それはユーカーでさえ……
「お戯れが……過ぎます」
「安心しろ、双陸。全てを知った貴様は、生かすに値せぬ。タロックに戻る場所はないと知れ」
扉の方から聞こえた男の言葉に対し、苦しげに吐き出されたユーカーの声。
「だが、言ってはならぬことを口にして見ろ。あれの命はない」
何とかそれを絞り出すと、ユーカーは気を失い床へと崩れる。それを見計らい、室内に流れるは花の香りだ。
「しばらく痺れが残るのは許して頂きたい。痺れ毒と、その解毒の薬を撒きました」
「双、陸っ……さん!?」
トリシュ帰ってきてたんだ。なんで彼を連れているのかとか聞きたいことはあるけれど、ひとまずは助かった。毒の知識は俺達よりも、彼の方が遙かに良く知っている。
「……今のは、一体」
無駄に思い切りが良い割に、ジャンヌの顔は蒼白だ。今更泣きそうな顔をしている。これは、ほっとしているみたいだ。俺はまだ、彼女に腕を掴まれたままだから、その手が震えていることを知っている。
「俺が言うのも説得力がありませんが、今のうちに彼を縛っていた方が良い。今のは彼自身毒への抵抗力がさほどなかったから出来たこと。目覚めればまた危険が生じると思われます」
「ユーカー……」
気絶している従弟を見る、ランスの瞳も苦しげだ。双陸が来てくれ無かった、本当に……どうなっていたことか。
「ひとまず礼を言います。助かりました」
「……捕らえる際には、身体検査くらいするものですカーネフェリア様」
「でも、助かりました」
一応武器は奪ったはずだけど……どこに毒を隠し持っていたというのだろう、この人は。そして駆けつけ殆ど毒を吸っていないはずのトリシュさえふらついている中、平然としているこの敵将。毒への強い抵抗力、カーネフェルにはないものだ。
「双陸さん……言える範囲で、教えて頂けませんか?ユーカーは俺の大事な……友人です。このままには出来ません」
「アルドール様。拷問なら……俺が」
「ランス、そういうのは良いよ。彼は恩人じゃ無いか」
吐かないなら吐かせる。いつもの冷静なランスらしくない。なんだかんだ言ってランスもユーカー大好きだもんな。ある意味究極のツンデレなんじゃないかこの人。
俺は目つきの悪くなったランスを宥め、双陸に頼み込む。
「貴方のことは捕虜から客人に待遇を改めます。これまでのことを咎めたり、仲間になれとは言いません。ただ……この件だけ貴方の力を貸していただけませんか?」
たぶんこれが、今できる最善の妥協案だ。彼にとっても、俺にとってもそうだろう。双陸は優しい人だ。エルスのことがある以上、タロックは裏切れない。
「タロック王家に仕える薬師の一族はいくつかありますが、その中でもっとも重宝され権力を持っているのが……識家。天九騎士にも二名ほど、名を連ねています」
「識……家?」
「タロック王家の歴史は毒殺の歴史。識家は王族を暗殺に負けぬ身体にするため、毒を食らわせた……毒の扱いに長けた一族。王が傀儡の時代や、幽閉の折に権力を持ったのが識家。今は我が君と対立する勢力です。セレスタイン卿に毒を盛ったのは、識家の者でしょう」
「……あの剣技、誰のものか貴方は知っているのですか?」
「アロンダイト卿。仮に貴方が本当の彼と剣を交える日があれば、それは自ずと知れましょう」
それまで話続けた双陸だったが、その質問には答えられないと、ランスの問いについてはかわす。
「毒使いの薬師一族、それが何故、ユーカーを……?」
「それも言えませんが……彼は、先王を守れなかった戦の際に、知ってはならぬことを知ってしまった。口封じの類かと」
「殺そうとして、殺せなかったということですか?」
故意にでもなければ、こんな手の込んだ洗脳はしないはず。先程のことも、誰かがユーカーに乗り移ったのではなく、予め刻まれていたんだ。状況によって、パターン化された受け答えが。これは毒と、脳を弄る数術の併用に違いない。俺も弄られてるから解るけど、何か鍵があるんだ。ユーカーは、そのスイッチを入れられた。そしてああなってしまったんだ。
もし俺が、自分の本当の名前を思い出したら……ユーカーみたいになる。プログラムされた通り、踊らせられる。俺の場合は……何もかも、忘れてしまう。記憶も、心も。考えるだけでも怖い。ぞっとする。俺が俺で無くなるなんて。
(ユーカー……)
彼はいつも悩んでいた。次から次へと降ってくる不幸、災難。その中でも強く生きていた。
苦手で大嫌いだったプライド高いタイプの貴族なのに、俺は彼が好きになったよ。そんな彼の最後がこんなのなんて、あんまりだ。ずっと苦しめられてきた彼が、このままでは害であるから始末しようなんて、そんな決断下せない!ユーカーを元に戻したい。可能性があるなら、出来ることがあるなら何だってする。
「アルドール様……俺には、こうしか考えられない。星が降る前に、タロックにはそれを知ってる者がいた。ユーカーがカードになることを知っていたとしか思えません」
「それか……タロックの誰かに、それを教えた者がいる、とかでしょうか?」
怒りを宿したランスの言葉に、触発されるようジャンヌが言った。何気ないその言葉に、ズキズキと……俺の胸が痛み出す。
未来を知っている。先のことを理解している。そう言われて浮かんでくるのは、俺の大事な……親友の名だ。
(イグニス……)
そんなわけがない。イグニスがどうしてそんなことをする?理由がない。だけど……
エフェトスのことはなんだ!?イグニスは幾つも俺に嘘を吐いていて、隠し事をしているじゃないか。
ユーカーとイグニス……どちらも大事な友達だけど彼ら二人を思い起こせば、イグニスはユーカーに対し、常に明確な悪意を述べていた。イグニスなら……やりかねない。
(そんな、はずない!!)
浮かんだ言葉を否定して、俺は再び考える。イグニスは、数術船で支援に来てくれた。これから一緒に、セネトレアをタロックを……倒しに行く仲間じゃ無いか。カーネフェルのために、彼女の部下だって死んでしまった。彼女も何度も傷ついた。タロックに彼女が通じる必要は無い。彼女が全ての国を相打ちにさせたいとでも、思わなければ。
(イグ、ニス……)
早く帰ってきて。俺の隣に。嘘だって言ってくれ。
俺が立派な王になるまで傍に居るって言ったじゃ無いか。親友を疑うような王が、立派な王か?違うだろ?早く、来てくれ。俺の考えは愚かだと、馬鹿げていると罵って。お願いだ……お願いだから。
新年早々ごめんねユーカー、それとイグニス……




