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65:Utinam tam facile vera invenire possem quam falsa convincere.

 「セレスちゃん」

 「セレス言うなクソが」

 「久々に帰ってきたと思ったら、相も変わらず生粋な坊ちゃんで」


 誰にも会いたくないってのに。ユーカーは嘆息を着く。砦の守護に再びもどったクソ髭男爵(バロン)ことサラマンダーに出迎えられた。それはまだ良い。何も部屋まで付いてくることはないだろう。


 「今都は大忙しなんだろう?坊ちゃんがローザクアに帰らずこんなところでだらだら惰眠をむさぼってていいんですかい?」

 「うっせーよ」


 さっさと帰って来いという、ランスからの伝令も届いた。サラが急かす理由も分かる。だけどそんなの、言われなくても解ってる。でも……どうしろって言うんだ。

 ユーカーは寝台の上、寝返りを打つ。


(俺はこんなことのために……カーネフェルに残ったのか?)


 「殺してやろうか?」囁くあの、敵将の声。その手を振り払って俺はここに残ったはず。そんな俺の決意も叩き折る……覚悟を嗤う道化師の声。目を伏せて、闇を見る。過去の苦悩が蘇る中、光のように響く声。それはこんな俺に生きてと言った、少女の声だ。


(……アスタロット)


 生きることは辛い。苦しい。苦労の連続だ。死ぬために戦っていた頃とは違う。顔を上げれば見なくて良いことまで見えてきて、俺はますます苦悩する。

 教皇は何故俺をあの場へ連れて行った。俺に何を見せたかった?親父との和解……それが目的だったって?俺が間抜けなお人好しならそいつを信じてやっても良い。百歩譲って俺がそんな間抜けだとしよう。

 道化師は何故、あんなことをした?俺が本当に、あんな事で楽になるとでも?楽になったのか……俺は。


(違うっ!!俺は……)


 認めて欲しかった相手が、親父がもう居ない。俺は俺の過去と決別できないまま、死ぬまでもがき続けなきゃならない。殺すにしても、それは俺がやらなきゃ意味が無かった。それなのにどうして?泣き叫ぶ俺を前に、あいつは笑った。「貴方のためだよ」と。

 確かにそうだな!俺はある一点にのみ救われた!!王への忠義のため、父親からその地位と権力を奪い、援軍を差し向けた……そう語られることはなくなった。俺がこの腐れカーネフェルという国に、縛られるような重い荷物を与えられることは無かったんだ。あの援軍を集めたのは、俺じゃない。教皇に被憑依されたあの混血、エフェトスだ。

 俺に残されたのは……血にまみれた家督と領地。不吉な噂を広める嫌な領民、兵士達。そりゃそうだ。親父を慕うような奴らだ。セレスタインから勘当された馬鹿息子が次の領主だなんて、最悪だろうよ。家を継ぐために俺が殺したと、本気で思ってる奴らだっている。屋敷に仕えていた奴らだってそうさ。全員道化師に殺された。その家族が俺を快く思っているわけがねぇ。


 「くそっ!もう出てけサラ!!」


 俺が本気で怒ると、観念したようあいつが部屋を出ていくそぶりを見せる。退散する前奴は、俺の部屋の片隅に座っていたエフェトスを抱えて連れ出した。


 「そこの小っちゃい坊ちゃん!あんたもこっちに……そっちの外見だけは一人前の面してるが小心者の坊ちゃんは、一人になりたいそうで」

 「おいクソ髭っ!!」

 「おー怖ぇ怖ぇ!」


 気を利かせてくれるにしても、もう少し言い方ってものがあるだろう。どいつもこいつも嫌味な奴らだ。


(嗚呼、くそっ!!)


 こんな国、捨ててしまいたい。だけどランスの馬鹿は俺の力を借りたいらしい。また、汚れ役だ。俺はあいつの栄光の影……それについては文句はねぇが、タイミングを考えろ。あの事件の後にすぐ俺がそんなことをしてみろ。民の俺への不信感はもう取り返しの付かないところまで来る。

 馬鹿だな、何考えてるんだ。そう振り払っても、簡単に頭に浮かんでくる。俺が死ぬ日のイメージが。ランスでも、アルドールでもねぇ。俺を殺すのはこのカーネフェルだ。俺はこの国に殺される。カーネフェルのために命をすりつぶしても、俺は誰にも理解されない。感謝もされない。幸福値が尽きたところで、民衆共に適当に嬲り殺しにされるんだろうよ、根も葉もない噂でさ。嗚呼、馬鹿みたいだな俺。被害妄想もここまで来れば、呆れもする。でも否定できる気もしない。


 「はぁ……」


 情けない話だが、こう言う時はパルシヴァルにでも会いたくなるな。パー坊の純粋さには俺もずいぶん救われている。いや、あいつだってこんな情けない俺の話聞いたら失望するか。そうだ。パルシヴァルは、今回都に攫われたことで色々思うところがあっただろう。あいつを落ち着かせる前に、クソ教皇によって引き離されたなそういえば。大丈夫なんだろうかあいつ……心配だな。こっそり様子を見に行くか。いや、別に都に帰るわけじゃない!俺はパー坊を見に行くんだ。

 そう意気込んで、窓から外に飛び出した。もう慣れてしまった女装が憎い。だがこの風評被害の中、変装もなしに外は出歩けない。仕方ないだろう。愛馬を操り帰ったローザクアーで、パルシヴァルを見つけるのは簡単だった。城に忍び込む方法を考える内、あいつが城門までやって来た。アークも一緒だ。俺が二人に声をかけようとするより先に、慌てた様子で奴らは城に駆け込んだ。そうして二人がしかり飛ばし、泣いて再会を喜ぶ相手は……アルドール。アークはまだ解る。だけどおいおい、どうしたんだよパルシヴァル。そりゃお前は前々から王に憧れてるところはあったが、それはアルドールなんかじゃねぇはずだ。あいつがお前に何をしたって?


(いや、何考えてんだ俺)


 別に俺はあいつに慕われたくて、尊敬されたくて助けたわけじゃないだろ?あの二人の主従関係がどうなろうと俺の知ったことじゃねぇ。そうだ、そのはずだ。だってのに……何だこの、クソ重い感じは。


(ショック……受けてるのか、この俺が?)


 俺が一人で苦しんでる間にも、あいつらは信頼を掘り下げたんだろうな。こうなるのが教皇の狙いかよ。あいつ、俺を裏切らせたいのか?させたくないのか?もうよく解らねぇ。俺がますますランスに依存すりゃいいと思ってるのか?そうすりゃ俺はカーネフェルの犬になる。だから他のつながりを断たせようと企む?


 「……はぁ」


 おい、腐れイグニス。なんで俺だけ、苦しめてどうこうさせようとするんだ。他の奴らみたいに欺してくれたって良いじゃねぇか。気分良くここにいさせてくれたって良いだろ、別に。他の奴らと俺の、一体何が違うって言うんだよ。


(馬鹿みてぇ……俺)


 こんな情けない変装してるからか、疲労心労が祟ったのか、なんだか涙まで浮かんでくる。愛馬を連れてとぼとぼと……元来た道を引き返す。このままカルディアに戻る気も無くなった。でも何処へ行こう。


 「イズー!!」

(!?)


 カルディアを過ぎ、近くの水辺で足を止めた後だ。背後から響く蹄の音と、張り上げられた男の声。このクソ面倒臭い時に、クソ面倒臭い男が来やがった!!

 馬に水を飲ませるためとはいえ、この場所は止めておけば良かった。ここは俺がアルドールと、道化師に初めて出会った場所。ここでトリシュに出くわすなんて、また嫌な思い出が増えてしまった。


 「……」


 あの時みたいにごまかす気力も無い。話をするような余裕もない。奴が馬を飛び降り駆け寄る前に、急いで袖で涙を拭う位しか……


 「可哀想に……ずいぶんと疲れた顔をしている。気分が良くない?私の取った宿にでも……」


 また変なこと考えてるんじゃないだろうな。警戒の視線を向けるも、トリシュは悲しげに苦笑するだけ。


 「イズー……貴女の話は聞きました。家族を亡くされて、辛い思いを……。でも、僕にもわかります」


 お前に俺の何が解るって言うんだ。ふてくされたように睨み付けるも、あいつは笑う。今度は何故か嬉しそうに。


 「貴女が悲しんでいることが、私は悲しい。貴女が苦しんでいることは、僕にとっての苦しみなのです」


 俺も落ちぶれたもんだ、こんなクソ野郎の言葉に何感動してるんだクソっ!何時にもましてトリシュのクソ野郎が輝いて見える。どうかしてるぜ。あと久々に会ったらまた劇口調復活して主語がごっちゃじゃねーか!どことなく仕草も女くせぇぞ。いや、こいつ女装の任務だったから仕方ないし違和感なく俺よりよっぽど似合ってるけど。


(しかし……こいつ、俺を姉貴と勘違いしてるんだよな)


 その思い違いがある以上、迂闊なことは言えない。早くこいつどこかへ行ってくれないだろうか。睨み付けて黙り込む俺を目に、トリシュは思い至ったように頷いた。


 「えっと、そうだ。確か貴女は……喋れないんでしたよね?何となく、覚えています。貴女のことを忘れるなんて、本当に申し訳ありません。戦で死にかけた後遺症と言いますか……」


 この野郎は何を丁寧に説明しくさっているのだろう。そんなの俺にはどうでもいいことだし、大体その経緯は俺が誰より知っている。腐れ縁ってのも面倒なもので、あれで終わったと思ったのにこうしてこいつとの関わりは途切れない。


(不思議なもんだな……)


 俺を忘れても居ないパー坊は俺から離れていくのに、俺を覚えても居ないこの阿呆は……未だにこうして俺に近づくか。その理由を頭の中で結びつければ逃げ出したくもなるが、多少なりともありがたくは思う。懸命に喋り続ける姿に、いつかの婚約者の姿が重なって、そこまで憎くは思えない。こいつが必死なことだけは俺も認めているんだ。


 「どうか、私の手を取って。そうすれば……私の命を貴女に捧げます。お連れしますよ、貴女の行きたい場所ならば何処へでも。そう……この海の果てであっても!」

 「お前……まさか」


 俺の声が勝手に漏れた。だってそのくらい驚いたんだ。俺は両目を見開いてトリシュを見る。その向こうであいつはただ、穏やかに笑む。


 「返事は明日の夜……この場所で、聞かせて下さい」


 馬に飛び乗り、振り返らない。奴の長く綺麗な金髪が、俺の惑いに似た風と……しばらく戯れていた。アルドールよりも、俺を選ぶと断言する言葉に胸が震える。女扱いするなと怒鳴る気力も無くなって、俺は顔を両手で覆う。


(あの馬鹿……)


 俺がタロックに亡命するなら、付いていくだって?そんな馬鹿な言葉、ランスもパルシヴァルだって言わない。俺を尊重し、俺の言葉を問いかける。それが俺に与えられる全てで有り、証明できることなのだと言わんばかりに。


 「へぇ、面白そうなことになってるわね、ユーカー」


 名前を呼ばれて驚き振り向く。そこでにこりと微笑むは、金髪青眼の女。誰だろう、こいつ。俺はこんな女知らない。


 「貴方の姉は、何人?」

 「なんだよ、お前」

 「いいから答えて」

 「そんなの上の姉貴と下の姉貴でふた……」

 「何人いるの?」

 「何人って、“三人”……」


 何て変な質問を。誘導されるよう答えさせられたその質問。答えてはっと我に返ればその女が誰かようやく分かる。


 「あ、姉貴!?どうして……ここに!?」

 「実家のこと耳にしたの。それであんたが砦にいるっていうから向かうところだったの、都から」


 そうだ。彼女は俺と同じく家を離れて都に居たんだ。でもどうしてだっけ?嫁いだ先が都貴族の所だったんだったか?


 「しかし酷い弟よねー。私ずっと都に居たのに、会いにも来てくれないんだから」

 「も、モル姉……」

 「かなり困っているみたいね。私が協力してあげましょうか?」

 「き、協力って?」

 「それは勿論……」


 姉貴がにこりと笑う。この笑みを、俺はどこかで見たはずだ。それは何時、それはどこ?頭が痛い。身体が震える。


 「お前、何をっ!!」


 今なら解る、これは数術だ。神子にも気付かれないような物を、俺はいつかけられたんだ?


 「術がこんなに綺麗に繋がるなんて。生かしておいて価値があったな」

(あの、女っ!!)


 シャラット領で出会った道化師。あいつは俺に何かを仕掛けたんじゃ無かった。すでにかけられていた物を、巧妙に隠すことを手伝ったのだ。


(だって、俺の姉貴は三人じゃない!!)


 逃げなきゃ、伝えなきゃ。


 「逃がさない、毒も知らない身体でタロックに抗えるとでも?」


 カーネフェルにいる敵将は、あいつらだけじゃ……なかったのに。


 *


 報告したいことは、いくらでも。だけどその、相手が居ない。


 「イグニス様は?」

 「ご挨拶だな。お前らしいが」

 「リオっ!!探したけどいらっしゃらなかったの!だから聞きに来たの!!」

 「戦の準備がある。もう此方には来ないだろう」


 数術船を操りシャトランジアからやってきた同僚に、ルキフェルはむくれながら出迎えた。外見上はカーネフェル人らしい女指揮官。それは勿論仮の姿である。


 「というか、連絡役はお前だろう?通信は来ていないのか?」

 「……反応が、ないのよ」


 先代の決断は、神子様の予言とは違っていた。


(病死の前に、自ら命を絶つなんて)


 それを間近で見たあの人はどんなにショックだろうか。それこそ、数術で指示も出せないほどに落ち込まれている?


 「お前の役目は神子様の護衛だろう。そもそも何故こんな所に?」

 「マリア―ジュの殉職もあったし……今回はたまたま、置いて行かれたのよ。私の力が必要だったらしくて」

 「マリアが……そうか」


 しばらく黙り込んだ後、同僚は私に指示を出す。端から見ればおかしな構図だ。海軍の将が修道女に命令するなんて。

 基本的に私達は裏方。表舞台には配置されない事が多い。しかしこの女は元々表舞台の人間だ。本来もうそこから消えていたはずの彼女が表舞台に返り咲くことが出来たのも、神子様のお力添えがあってこそ。あの方がそこまでする以上、この女を高く買っているのだ。


 「ルキフェル、シャトランジアに戻っていいぞ。イグニス様はわざと守りを薄くして、道化師を誘き寄せるおつもりだ」

 「あっ!!わ、私のこと!!アージン様の一件で、道化師は知ってるわ!」


 自惚れるつもりは無いけど、私は抑止力。一時的にカードの幸福を入れ替える私の力。それがあるから教会は安全だった。


 「もしかして、先代様は」

 「ただのパフォーマンスではないだろう。最後の数術に決まっている。道化師の撃退は成功しただろうが、神子様が心配だ。ルキフェル、すぐに帰還しろ」


 そんなの言わなくてもそのつもり。空間転移を使えるエフェトスが、カルディアまで来ているらしい。そこまで行ってすぐに帰ろう!


 「ルキフェル、世話になった陛下や騎士様達に挨拶は……」

 「んな暇ないわよ!!」


 礼儀や格式重んじて、あの方に何かあったらただじゃおかないんだから!同僚を怒鳴りつけ、私は波止場に背を向ける。


(イグニス様……イグニスさま……っ!)


 走り出す内、涙が溢れる。主の心を思えば辛いのだ。

 カーネフェル王は、イグニス様を疑っている。疑ってるって言い方は良くないかも知れないけど、私からすればそんなもんよ。自立しようとしている?対等になりたい!?はっ!笑わせないでくれるお坊ちゃん!!そうしむけたのだって、イグニス様なのよ?

 アロンダイト様には悪いけど、カーネフェル王アルドールっ!今度会ったらただじゃおかない!!何が親友よ!何が友達よ!!あの人のこと、全然解ってない!都取り戻して浮かれムードなのは解る。でも、許せない!

 貴方達は全然対等じゃ無いのよ。安全に南下出来たのも、都を取り戻せたのも全部イグニス様が頑張ったから!カーネフェル自身がそれを成し遂げられるよう、あの方が裏で努力なさったからなのよ。それを知らずに、知ろうともせず……取り戻した平和に浸ってる。人々が褒め称える聖女と英雄の名も、吐き気がしてくるわ。


(イグニス様……)


 こんな国、貴方が……私達が命を賭ける意味はあるのですか?あんなふざけた王のため、“運命の輪"は死ななければならないのですか!?


(誰より正しい貴方のために、車輪は回ると信じたから……私は)


 *


 体調は万全とは言えない。それでもやるなら、セレスタインが戻る前。物陰に身を潜め、エルスはローザクアの様子を伺った。違和感がないよう姿は数術でカーネフェル人を装っているが、どうしたら城に忍び込めるか。空間転移を使ってみようとしたが、使えない。僕の数術は、寄生した虫に僕自身の血肉を食わせることで成り立っていた。その虫が消えたのだから、代償も減り能力も低下した。

 城で生活するようになってから、多少の毒は食わせられたが、それでも始末できなかったのだから、毒に抗体を持つ虫だったのかも。ならばそれを得るために、摘出もせずそのまま苗床として僕は野放しにされたのだろうか?

 確かに、須臾の傍に居ても僕は死ななかった。寄生虫の有用性と活用法を確立できれば、王家の狂気も存続も……危ぶまれずに済むかも知れない。


(僕を実験台にするなんて……怪しいのは、薬師の奴らか)


 元々僕の性格もあるけれど、タロックで頼れそうな仲間が居ない。双陸を助け出すのは僕しか頼れない。彼が居なくなれば出世できると、そんな後釜狙い達が彼の救出を手伝ってくれることはないだろう。

 僕が契約したと思った精霊達、その殆どが……僕が想像で作り出したもの。


 いや、駄目だ。町中に噂が広がっている。聖女が都にやって来たと。


(あの女がやって来てから流れは最悪だ)


 あの女をどうにかしなければ、此方の思い通りにはならない。でも、幸福値がすり減るのを待っている暇なんか無いんだ。レーヴェのことを思いだせ!時間が無い。双陸だってすぐに、殺される。どうしたら潜入できる?双陸を助けられる?


 「よう、エルスちゃん生きてたか」


 気安く僕を呼ぶ男。頼れるような相手ではないけど、そのカード自体はありがたい。


 「レクス……っ!?」

 「そんな可愛い顔して、何のおねだりだ?」


 この変態が!にやつくような状況じゃないって言うのに。でも双陸を助けるためなら、この際多少の無理は聞いてやる。恥もプライドもない。彼に駆け寄り、助けを求めようと……縋ったところで気がつく。彼は、一人ではない。その陰にもう一人……僕を見ている者が居た。


 「貴方の仕事はここまでだ。王が貴方をお呼びです」


 黒く綺麗な黒髪。それは奴の生まれの良さを物語る。だけどその姿は不気味。暗闇から生じた化け物のよう。顔をすっぽり覆った白い仮面が特徴的なその男。


 「あ、阿摩羅(アマラ)……!」


 識家はタロック王家に使える薬師の家系。この男はその分家に当たる人間で、プロの毒使い。だけど代々毒に触れているような家柄、王家ほどではないけど時折狂人が現れる。こいつはそれだ。数年前に気が触れて、薬物実験で自ら顔を焼いたという。


(……暗殺者。願ってもない配置だけど)


 同僚の中で、こいつほど怪しい奴もなかなかいない。この状況……暗殺のプロが来たのは心強いが、全てを任せて僕だけ帰るなんて出来るわけがないじゃ無いか。


 「双陸はタロックに必要だ!置いてはいけない!!第九騎士が、末席がボクに命令するつもりか!?」

 「その理屈だと、エルスちゃんは俺の言うこと聞いてくれるのか?」

 「と、時と場合による!」

 「へぇー……そいつは楽しみだ。期待してるぜ」

 「って、そんな話をしている暇はない!今は双陸が大変なんです!!」

 「いえ、彼はもう要りません」


 こんな時まで此方をからかう第一騎士。話に水を差す、とんでもない末席の声。末席騎士が、双陸を捨て駒扱いするのが僕は許せず奴を睨んだ。


 「そんなはずが……!双陸以外に指揮を執れるようなのは、本家の方の識くらいだろう!?彼はタロックの守護の任がある!カーネフェルの支配を諦めるのか!?」

 「あはは!」

 「な、何がおかしい!」

 「貴方の全てに、笑わずにはいられません」


 仮面の下からまた仮面。微笑を浮かべた男の顔が、牙を剥き出し笑う鬼へと変わる。


 「子鬼が随分と人間らしい、顔をするようになったじゃないか。王が愛でたくなる気持ちも分かる」

 「っ!?」


 その言葉は何だ。お前が僕の何を知っている!言い返そうにも、身体が震えて答えられない。触れてはならない、恐ろしい何かをこの化け物は秘めている。


 「素晴らしい成長だ。貴方さえ居れば、タロックはいくらでもやり直せる」

 「……?」

 「でも、まだ足りない」

 「貴方を育てるためには、必要なこと。貴方の数術もそうでしょう?大事を成すには、犠牲は付きもの」

 「……っ!!」


 双陸を見捨てる。暗殺者の宣言に、震えながら僕は否定の言葉を……吐き出せない。


(こ、これは……)


 毒を盛られた、いつの間に!?驚く僕は動けない、当然声も出せない。


 「毒は何も、液状、固体ではない。貴方も知っていたはず。風使いは毒と相性がとても良い。私に風上を渡した時点で、貴方の負けです」


 香りもない、数値でも見えない、そんな毒香があるものか。幾ら僕が万全ではなくとも、この目で見えないはずはない。おそらくは……今じゃない。もっと前に、こいつに何か仕掛けられたんだ僕は。


(いや、そんなことはどうでも良い!)


 動けなくとも、数術使い。使える技はまだ残っている。風の数術なら、僕自身でも扱える!

 集中が途切れそうになりながらも無理矢理術を展開、毒の風を押し返す。


 「幼子の愚かさも、ここまで行けば愛らしいものだな」


 睨み付ける僕の頭を、何のつもりか男は何度か軽く撫で、仮面の下から笑うように息を漏らした。


(こいつ……毒が効いていない!)


 皮膚から毒に触れさせる。そのつもりが全く効いていない。これは仮面の所為じゃない。

 毒への高い耐性。少なくともこいつは、真純血の貴族ではある。その傍で、平民出のレクスが苦笑しながら麻痺りかけているから。


 「さぁ、見届けなさい。タロックのため、友の最期を」

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