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62:Carthago delenda est

 頬をなでる夏の夜風は冷ややかで、生ぬるい。不可視の闇は認識できない獣をそこに隠しているかのような息づかい。

 嫌な予感がすると、ジャンヌは高台から遙か彼方を見下ろした。前方に広がるのは枯れることのない大河。そして……


 「何……あれ」


 作戦と違う。

 アルドールがザビル河を蒸発させて、私とリスティス卿とで挟撃を行うはずだった。それなのに、もう燃えている。河ではなく、その向こう……向こう岸が燃えている。


(アルドールでは、ない……それならランスが?……いや、彼は聡明で冷静な人。そんな無謀な策を取るかしら?)


 ジャンヌが思い起こした青年は、優しく知的。しかし勇敢で……時に冷酷。彼には嘘偽りを感じない。彼は基本的に良い人だし、正しい人物だ。

 裏と表があるわけではない。唯、彼は極端すぎる。いつも危ないことをしている。自分も親友も……祖国のためなら切り捨てられる人間。私は彼のそういう強さを尊敬するし、それが彼の強さなのだと思った。


(だけど……)


 どうしてだろう。私も彼も、この国が……カーネフェルが大事。守りたいという気持ちはぴったり同じ同志のはず。それなのに何故、アルドールを見る私と彼のまなざしは……同じ色と温度ではないのだろうか。ふとした瞬間、彼がアルドールを見る目は……とても、命がけで必死。それなのに……その目はアルドールを見ていない。私と談笑している時とか、セレスタイン卿と一緒に居るときの方が、よほど自然で優しい目をしているわ。

 ランスがアルドールを見る目は、義務なのだ。優しくする、義務。守る義務。


(命を、投げ出す義務……)


 おかしい。国のためならそれは何も間違っては居ない。それなのにどうして私は、それは違うと思ってしまうの。


(アルドールは……)


 彼はきっと、和解を望む。二人のアロンダイト卿が手を取り合うことを望んでいる。親子が殺し合う所なんて見たくない。だからランスは勝手に向かった。

 ランスは……アルドールの望みを叶えるつもりがないのだ。アルドールは全ての結果を受け入れるしかない。それが信じることなのだと言い聞かせて。

 それは、まるで……私のようだ。教会で私を、いいえ神に恨み言を吐いたアルドールが、私のように盲目だ。神ではなく、人を。他人を崇めるみたいに大切に思っている、不思議な子。その先に、救いはあるの?苦しいだけではないのでしょうか……


 「アルドール……貴方は」


 何故でしょう。私は貴方が、可哀想だと思ってしまう。貴方があまりに普通の顔をするから、泣いて笑って……苦しみ傷つく、頼りなくて弱くて情けない貴方だから。そんな貴方が背負うにこの国は、私たちの期待は願いは重すぎる。誰より近くで支えてくれるはずの騎士様が……貴方のことを、見ていないのに。


 *


 「……エルス=ザインは想像を創造する数術使いだ、と思う」

 「ランス……正気ですか?」


 砦の外まで逃げ延びた俺の言葉に、一同は呆気に取られている。キールに至っては三白眼で俺を見ている。

 その反応を見るより先に、ランス自身おかしなことを言っている自覚はあった。しかしそれ以外の解が見つからない。彼は幻想を形に変える。それには強い思いこみ、言うなれば信仰めいた物が必要。彼の記憶を見てそう思ったのだ。


(ある意味……アルドール様と同じ)


 脳を弄られている。でもそれは、彼自身が辛い現実から目を背けるため。何より衝撃を受けたのは、あのタロック王があの混血相手には慈悲の心を見せたこと。


 「ああ、血迷ってはいないよ。俺が見た情報の限りでは……真実だ」


 気絶するまで注ぎ込まれた集中力。それが生み出す無数の魔物。異国情緒溢れる異形は、言うなれば彼が生み出した人口的な精霊。混血の中でもかなりのレアな才能持ちなのか、教会の二人も驚いている。


 「彼は自ら記憶に蓋をしている。いや、タロック王が毒を使ってのことかも知れない」

 「ええとアロンダイト様?」

 「俺が無理矢理情報を引き出そうとしたショックで、思い出してはならないことまでが、表に出てきてしまった。その結果が、あの暴走……なんだと思います」


 俺の探るような憶測の言葉。それに対する混血達の反応は先程ほどではなく、納得する様子すら見受けられる。


 「まぁ、混血ならトラウマ持ちってのはよくあることだ。それにあの性格じゃ、平均以上のことがあったと見て間違いないな」


 なるほどと頷くアルマさん。


 「へ、平均以上って……」

 「俺達の界隈からすりゃ、そこの胡弓弾き君らはまだ可愛いもんだってことさ。これは褒めてるが良い性格してるぜ、真っ直ぐしてて」

 「……キールが真っ直ぐ?」

 「どうして僕を見るんですかランス!!全く腹立つ人ですね!!」


 キールが何やら騒いでいるが、今はそれどころではない。俺は話の方向を、視線と共に元に戻した。


 「おそらく彼が本当に契約している精霊はものの数には入らない。タロックで彼が契約したと思っている精霊達は、皆……彼が作り出した想像の産物だ」

 「アルマ、聞いたことある?」

 「いや、ねーよ。だが、タロックは教会にとっても未開の地。一種の土着信仰めいた概念がある。シャトランジア的思考じゃ太刀打ち出来ねぇ」

 「キール、君も混血だろう?何か思い当たる物は?」

 「幾ら僕らがタロックに組していたとは言え、そこまでは」


 「ねぇ、アルマ……全てが嘘なのだとしても、あの子自身は無から有を。それじゃあ零ってこと?」

 「いや、でもなルキ。零は回復技無しだろ?腕を治したってどういうことだよ」

 「そういう精霊に治させた?」

 「それとも……目覚めてる?」


 繰り広げられるルキフェル、アルマの会話。彼女たちの発言に、妙に気になることが在る。尋ねてみても彼女ら二人は聞こえる声で密談をする。防音数式になれすぎて、こういう気配りに疎いのだろうか。


 「目覚めるとは、どういうことでしょう?」

 「……どうする?」

 「神子様は彼を信頼したんだ。これくらいは話していいだろ」

 「でも一応、定時報告兼ねて通信を……あれ?」

 「ルキフェル?」

 「……イグニス様と、繋がらない!」

 「あのなぁ……神子レベルでもなきゃ内線と外線同時に出来るわけ無いだろ」

 「あ……そっか。じゃあキール君一端切って」

 「はぁ!?無茶言わないで下さい!これもう一回発動させるのにどれだけ消費すると思って」


 二人の様子を見るに、教会の者達は基本的に教会兵器である銃を念話数式の触媒として使っているようだ。しかしそれはイグニス様とのやり取りであって、こういう不規則なメンバーとのやり取りには使えない。となれば誰かが新たに念話数式を組み立て、維持しなければならないのだが、アルマさんもルキフェルさんも特殊な数術能力者のため、こういうことには向かない。シャルルスさんの方は得意かもしれないが、戦闘能力的に今はアルマさんを出したい。となれば全ての負担はキールに向かう。これも仕方ないことだ。


 「頑張ってくれ、キール」

 「くっ……割と本気で殺したい。無駄に爽やかな笑みしやがって」


 励ましただけなのに、キールに思いきり睨まれた。別に嫌味ではなかったのだが、彼は気難しい。


(通りでトリシュと馬が合わないわけだ)


 教会が所持する念話数式。今回の作戦に辺り、キールには頑張って貰った。

 半分くらい彼のおかげで、今いるメンバーとの遠距離通信が可能になった。キールを連れてきた理由の一つはこれだ。

 こんな便利な式があるならどうしてイグニス様は教えて下さらなかったのだろう。そう思ったが、理由は単純。カーネフェル側にそれを使える者がいなかったのだ。術者は最低でも混血レベルの数術がなければならない。キールが音楽の数術で兄弟間、触媒である楽器を通じてのやり取りなど……似たようなことが出来たが、純血にまで極秘情報伝達は出来なかった。だが教会が持つ念話数式、それを今回作戦のためキールに伝授した。俺では発動できないが、式だけはイグニス様に教わったのだ。

 まだ不満を言いたそうなキールの様子から見て、恐らくこれを発動するにはかなりの集中力を使う。もう一度やれというのは休ませなければ無理だろう。無茶をさせたら戦闘、補助方面での活躍は期待できない。鍵であるキールが使えなくなるのは痛手。


(仕方ない、彼の肩を持つか)


 嘆息後、俺は教会陣営の二人に告げる。


 「無理ならば聞こうとは思いません。今はキールにこれ以上の負担は掛けられない」

 「ランス……今はって何ですか?」


 少し見直した、そう思いかけて引っかかる。そんな口調でキールが睨む。しかし、すぐに元の整った顔に戻った。彼は何かを察している。


 「……何か、聞こえる。不協和音だ」


 音楽を数術に組み込む楽士だ。耳は良いのだろう。それかユーカーと同じタイプで、耳で数術を感じ取れるのかもしれない。

 キールの言葉に教会の二人はゴーグルを装着。これも教会兵器の一つらしい。彼女たちはそれで砦を見た直後、防音薄う術がなければ命取りになるくらいの大声を上げた。


 「うぐぇええええ!!!む、虫ぃい!?」

 「嫌ぁああ!気持ち悪いっ!!」

 「俺を盾にすんなって!」

 「いや、あのお二人とも……キールまで」

 「ぼ、僕は前衛じゃない!基本的に後衛なんだ!何でも出来る化け物騎士なんだから貴方が数術で焼き払えば良いだろ!!」

 「まぁ、それもそうか」


 此方に向かってくる虫の大群に、炎の数術をぶつける。


 「ぎゃああああああ!こいつら炎耐性があるわ!!」

 「水も駄目、炎も駄目……ランスが完全に物理攻撃しか出来ないでくの坊じゃないですか!」

 「キールもなかなか言うな」

 「僕は貴方を貶してるんだ!そんなことで褒めるな馬鹿!!」

 「おいおい、マジかよ!!追いかけてくるっ!!光に群がる性質でもあんのか!?」

 「いや、それなら……」


 元々炎の中から逃げてきた。そう思ったが奴らには炎耐性がある。光に集まるのなら砦から逃げては来ない。追ってくるのは別の理由だ。そう考え、思い出すのは……アーカーシャに会う前にエルスがやったこと。


 「……あの香水が原因か」


 エルスをいたぶる中、その匂いが俺達に移ってしまったのだ。元々エルスは懐疑的だった。あれが罠だと気付いていた節もある。その上でわざと引っかかったのは……エルスにも人の心が残っていたということ。

 それを策に用いた俺は何とも後味が悪い。またあのお優しいアルドール様を泣かせてしまうかも知れない。ジャンヌ様も嫌がるだろう。そう思うと気が重い。


 「くそぅ……腐っても師団長。一応身の危険は感じて手は打ってたのね」

 「しかし火、水駄目となると……風か?」

 「スペードなんて敵じゃない。無理無理。そもそも火と風は相性良すぎて、逆効果。属性的に無理。でも……アロンダイト様。そっちに土……属性のカードって、あった?」

 「……ない、ですね」

 「だから神子はあの山賊が欲しかったんだけどな。そこそこ下位のカードだったし」

 「うっ……」


 シャルルス経由でアルマさんにも情報は伝わっているのか、俺がレーヴェを殺したことが、今なおちくちくと責められているようで落ち込む。最善を行ったつもりが、イグニス様の言う最善からはかけ離れていて、盤面に狂いが出た。その帳尻あわせを俺は求められているのかも知れない。それこそ、自分の命を賭けて。


 「土なら止められたんだけどね……、あ」

 「ル……ラトゥールさん?」

 「あれ……」


 不意に立ち止まるシスター。彼女を振り返り、俺は虫の数が減っていることに気がついた。

 虫は減った。それでも火の手は増している。砦が全焼しているわけでもないのに近くの木々へ、遠くの森へ、どんどん炎は燃え移る。カーネフェル産の木材は、薪に向いて燃えやすい。このままでは大変なことになる。


 「あの虫、炎を広げているんだわ!許せない!!」

 「落ち着け、ルキフェル!」

 「放しなさいよアルマっ!!」


 同僚に取り押さえられ暴れるルキフェル。彼女の手が勢い余って手にした銃の引き金を引く。


 「あ……」


 それはたまたま近くを飛んでいた火虫に命中。虫は地に落ち動かなくなる。もう燃えることも無い。


 「今の弾、何使ったんだ?」

 「通常弾、だけど」

 「……物理は有効。命中すれば止められる、ってことか?」

 「だとしても……数が多すぎる。弾の数にも限りがあるもの」


 突破口が見えた。そう思ったのも束の間。


(いや……まだ手はある)


 すぐさま諦めを否定し、ランスは瞳を強く見開いた。そして燃える砦を睨む。


 「数術使いの弱点は、接近戦。この炎をかいくぐり、術者であるエルスを殺せれば……」

 「でもアロンダイト卿、ルキフェルの力は同じ相手に短いスパンでかけられねぇ。基本的に不意打ち能力だ。強いカードほど弱体化させられる時間は短いし、二度目の革命からは発動条件に制限が掛かる」


 先ほどまでと同じ手は使えない。確かにそれは痛手。だが、向こうも袋小路なのもまた確か。

 エルス=ザイン。彼は以前、アルドール様の炎で深手を負った。それなのに今、鮮やかに炎を操る。風のカードならば炎に強いのは当然だが、それならば以前は何だったのか。そう考えるなら、ナイトに覚醒するまでのペイジは無属性。属性が確定すぐのが覚醒後と見るべき。


(それだけでもない。彼の本質はとても攻撃的な物だ)


 防御の数値を全て、攻撃に割り振り変換している可能性もある。或いは今召喚している精霊との契約代償が、それか。何にせよ、エルスには物理攻撃が一番。それは間違いないこと。


 「ラトゥールさん。止めを刺す時だけで良い、革命を発動させることは出来ますか?」

 「無理よ……私の革命数術は同じ相手に、一日二度は使えない」

 「じゃ、あの子が瓦礫に殺されるまで待つか?どれだけ火が広がるかわからんけど」

 「でもあの数術使い、まだ幸福値がある。でなければ、僕たちはあそこで有利にはなれなかったはず」


 夜が明けるまで、ルキフェルは使えない。あそこで仕留め損なった以上、今日ここでエルスは倒せない。こうなったら自分一人でもと覚悟を固めた俺の傍ら、青髪の少女がはぁをため息。遠くを見つめるような目で、彼女は空を見た。


 「はぁ。ここにイグニス様がいれば……」

 「お、名前呼び?」

 「う、うるさいわね!私だって面と向かってじゃなかったら神子様をイグニス様って呼べるんだから!」

 「っと、じゃれてる暇はないか。で、どうする大将?精霊の創造が、あの子本来の能力ならば……可愛い顔してかなりのワイルドカードだ。傀儡と出来るなら、どこの陣営も欲しいところだ。勿論うちもな」


 殺すにはあまりに惜しい逸材だとアルマさんが唸る。その直後、生け捕りなんか無理だとルキフェルさんが言う。


 「追い込まれた私達……混血は、純血の手には負えない。それは事実よ」


 何か手はあるのかと、混血達が俺を見る。彼らはこれ以上教皇からの指示も情報も得ていない。


 「……この火はおそらく、カーネフェルの責任になる。火属性のカードが多いのは言うまでも無いし、優位にあったタロック側が味方を危険にするような、こんな策を取るとは客観的に考えられない」


 この火が消せないのなら、せめて……それなりの地位にある者を討ち取らなければ。俺の言葉に皆もそうかと目を開く。


(エルス=ザインか……最低でもあの男を、俺の父を討ち取らなければ)


 僅かの葛藤。短すぎるその中で、思い出す父の声。

 薄っぺらい言葉。優しく甘い言葉達。だけど彼は一度として良い父親では無かった。


(俺は、ユーカーでさえ斬れたんだ)


 あんな父よりよほど大事な、本当の家族のように大切に思っている親友を傷つけられたこの俺が、憎むべき父をどうして殺せないだろう。


(否……っ!)


 迷いを振り払い、ランスは顔を上げ告げる。これから自分たちがすべきことをその場に示すよう。


 「エルスとの決着は持ち越しだ。彼の幸運が尽きていることを祈り、ここは標的を変える。狙いは……当初の予定通り、ヴァンウィック=アロンダイト。並びにジュヌヴィエーヴ妃だ」


 *


 「人間……最後に残る物ってのは、何なんだろな」


 朝日がまぶしい。海に近いこの場所は……こんなに早く日が昇る。先ほどまで夜の中に居た自分には、いささかまぶしすぎる。移動によって景色も変わりもはや見えなくなった砦を振り返り、レクスは憂鬱に息を吐く。自分が善人だとは思わない。それでも引きずられる心はあるのだ。


(やっぱなぁ……こういうのは辛いぜ)


 自分より幼い子供を苦しめる、というのは趣味から外れる。可哀想に、位は思うかな。堅物同僚と俺も似ているところがあったんだな。

 船や都で言葉を交わしたエルスのことを考えれば、思い出すのはくるくると変わるその表情だ。喜怒哀楽が激しい。素材が良いから可愛い。見ていて飽きないタイプだ。からかい甲斐のある……そんな子だ。残虐趣味がいきすぎてエグいところはあるが、毒の王家の連中に比べれば外見同様可愛いもの。

 エルスは笑っていた。それでも真実を知れば、あの子は笑み一つ浮かべられなくなるだろう。狂王に愛されたあの子は、やさしい嘘で作り直され守られた。

 あの子は空想の中を生きている。空に築いた城に住む。これまで平気で歩けた道が、音を立てて崩れていく。今、俺の背を向けた方角から。


 「ごめんな、エルスちゃん」


 あのユニークかつ恐ろしい数術能力は、一度あの子が壊れるところまで行ってしまったから。だからこそ手に入れた、恐るべき力。嗚呼、そうだ。まだ失えない。タロックにも俺にも俺の主にも、エルスはまだ失えない。エルスはある意味タロック王よりも大事な意味を持つ。

 あの方にとって、表舞台の勝敗などどうでも良いことなのだ。レクスはそれをよく知っている。己の主の関心は、そんなところにはないのだからと。

 盤面を引っかき回して両陣営のカードを疲弊させる。その中で来たるべき日のため、仕える手駒を育て上げること。それが何より大事なこと。そのための一枚が、エルスちゃんってわけだ。

 エルス=ザインは幻想を現実へと変える。妄想に形を与え創造する数術使い。唯その創造には幾つかの制約がある。そのために色々と回りくどいことをしなければならなくなった。「全く、恐ろしい話だ」と……全てを知る者達は、口々にそう言ったもんだ。あり得ない者をそこに生み出すあの力。使い方さえ気をつければ、最高の駒に成長するかもしれない。


(そう、成長だ)


 可哀想なもんだよ。他人事だが少しは俺も心が痛む。

 エルスの能力は、特別だ。エルスは死なせてはならない。けれどタロック城の奥深くに繋いで閉じ込めておく訳にもいかない。大切な物を何も持たずにいた鬼に、心許せる相手を作らせて……それを次々刈り取っていく。その痛みと悲しみで、あの子は強くなるだろう。より強い幻覚で、現実を侵食するだろう。頼るべき縁を求めて。


(全く、怖いお人だ)


 レクスは思う。これからの企み、己の主の言葉を思い出し……恐ろしい人だと震え上がった。それは武者震いに似た妙な感覚。その人物の恐ろしさに気持ちが高ぶるような、そんな高揚感。それからそうだ。後は感心する気持ち?ああ、そんな物によく似ている。

 あの方は、俺によく似ている。大事な人を失った俺とよく似ている。俺は妹を失っても、俺のままでいられるし、その面影を求めて他の何かを見つけていけるがあの人はそうじゃない。ずっと追いかけているんだ。俺には出来ないことを、失った物を求めてもがき続けている。

 この気持ちは何に例えれば良いのだろう。何とも形容しがたい。彼は恐ろしくもありながら、放っておけない存在なのだ。彼を支えて助けたところで、俺の取り戻したい物が戻ってくるわけじゃない。俺は別に過去を取り戻したいのではないのだ。

 愛する人を失って、締め付けれる胸の痛み。これを俺は生涯忘れられないだろう。ずっとあいつのことを考えて生きていくんだ。いつか、死ぬまで。だが、この痛みもある瞬間から甘美な物へと変わるのだ。これはあいつが俺にくれた最後の物なのだ。そう思えば、喪失さえも愛おしい。失ったという現実を、愛しい記憶と織り交ぜて……俺は余生に思いを馳せる。それが人生ってもんじゃないか?


(だけど、あの人はそうじゃない)


 怖い人だよ。可哀想な人だよ。だけどどうしてだろうな。あの人以外に俺は膝を折れない。永遠を見ようとしない俺とは違う、俺が諦めている物を求めているあの人の向かう先を見ていたいと思うんだ。結局は人間、自分が一番可愛いからさ。違う道を、答えを選んだ俺がどうなるか……見守りたいと思うのだろう。


 *


 あれは、誰だったのだろう。長くて綺麗な金髪の……その髪が、見事な毛皮に思えた。母さんの有り触れた金髪じゃない。黄金の獣を思わせる、その色。きっと撫でたらふわふわで気持ちが良くて、あったかい。

 冬は嫌いだ。寒いから。僕が一人きりなんだってことを思い出すから。

 夏は良いよね。作物が腐る。みんな飢えてしまえば良いんだ。僕みたいに、苦しめば良い。みんな夏の悪魔に殺されてしまえば良いんだ。

 夏の悪魔のおとぎ話を聞いたのは、僕がまだ村に居た頃だ。四人の従者を失った悪魔は、一年の四分の一しか生きられず、生まれて死ぬまで孤独な旅を続けている。春を殺して秋に殺されるまで。彼は、疫病と腐敗を司る夏の死神。冬の長いタロックには関係の無い神のように思えるが、彼はあの地にあって尚……恨まれるべき伝承。適度な夏の日差しが無くなれば、作物は豊かに実らないのだから。


 「こん、こんこん……」


 狐だと思った。あの日炎の中で見た影を。待ち望んだ者だと思った。僕を人から違う者に変えてくれる者だと思った。

 身体の中で苦しみもがいているのは、おそらくきっと、僕じゃない。植え付けられた、虫の方。彼らが電気にやられて苦しんでいる。その痛みにリンクして、僕も痛くて堪らない。


(あったかい……)


 エルスはまどろむように微笑んだ。倒れ込んだ床の石材。そっと背中に寄り添う温度。炎の毛皮に包まれている。それでもアルドールにやられた時のよう、炎に傷つけられることもない。それでも……

 死にたくない。そう願っても、何かが解るわけじゃない。ずいぶんと痛めつけられた。ここからは動けない。回復をするような集中力はない。回復技の精霊を呼び出そうとしても無駄。幾ら呼んでも出てこない。そんな者ははじめからいなかったと言わんばかりの無反応。それは以前カーネフェルで契約したはずの精霊すら呼び出せないのだから、笑ってしまう。


 「あれも……ゆめ、だったのかな」


 どこから何処までが夢か、現実かが解らない。今も昔も未来も何も解らない。はじめから僕には何もなかった。全てがまやかしだ。

 僕の力は、僕が気付いてはいけないもの。気付いた時点で意味と力をなくす物。信仰は信じること。僕が盲目的にそれを信じることで、意味を成す力。

 須臾に会いたい。死にたくない。そう思っても……何の力も出てこない。全ての絡繰りを理解した後では、望んだ者を作ろうとしても形にならない。心の底から信じなければ、全く意味の無い力なのだろう。


 「ふ、ふふふ。笑っちゃうよなぁ……」


 熱気を帯びた天井。仰いだ両目から、涙が溢れる。

 誰も助けになんて来てくれない。ずっとそうだった。あの時だって。自分で行動しなきゃ、何も変わらない。それを僕は知っている。だから誰も助けに来ないことも知っている。

 炎に焼かれずに済んでも僕は、崩れた瓦礫に押しつぶされて死ぬのだ。それとも酸欠でだろうか?嗚呼、なんて惨めなことだろう。村を焼いた日と同じ。同じように僕は死ぬ。先送りになっただけなのだ。

 桜が、綺麗だった。あの景色を見たのも夢だったのか。確かに彼らと見たと思った。あの景色を取り戻したくて、僕はこれまで頑張ってきた。全てが消え去った後、僕の中に残ったのは絶対的な存在。


(須臾……)


 あの人は、僕が帰らないと心配する。僕が居ないと駄目なんだ。身体を引きずり、腕で這い……炎の海を僕は進み出す。空間転移が使えない。精霊もいないのでは、自分の身体を使うしかない。誰か味方の所まで、僕は向かわなければならない。


(帰らなきゃ……)


 ここに来る前にも喧嘩をしてしまった。あの人は僕はそういう者だと思っているから、別に怒りはしないだろう。だけど今、あの城の中にあの人が信頼できる相手など居るだろうか?敵の方がよほど多い。考えてみればおかしいんだ。最初からおかしいんだ。須臾はそれに気付いているか?いや、気付いていたって……あの人は面白ければそれで良いんだ。憎しみはあっっても、この世に何の未練も無い。壊したいだけなんだ。


(それでも……帰らないと)


 須臾は鬼だ。化け物だ。僕と同じ生き物だ。殺戮を好み、日との生き血を啜る生き物。普通の人間と一緒には居きられない。だから僕が、傍に居てあげないと駄目なんだ。


『それは、本当に?』

(え?)


 突然背後から聞こえた、憎しみの感じられる声。だけど聞き覚えのある、懐かしいその響き。


 「い、イリス……」

『それは本当に貴方なの?』

 「……幻覚は黙ってろ。お前はボクの頭の中にしかもう居ない、死んだ人間なんだ」

『いいえ、黙らない』


 否定しても否定しても目の前の少女は消えない。昔の片割れとは違い、成長している。今の自分と同じ背丈で同じ顔……呼吸や温度を感じさせるような、高度な幻覚。僕の不安がそのまま形となって現れている。力が暴走しているんだと解る。あの腐れアロンダイトの奴の所為で。


『嘘よ。だって、あの人は……カーネフェルの小さな騎士を拾ったじゃない。ああ、そうだ!あの赤い子が言っていた。本物の那由多王子が生きている!!王の前に現れるそうじゃない!もうエルスはお払い箱なのよ、あはははは!最高よ!!お前は最高の道化だわ!!道化師にはなれなくてもお笑い要員にはなれるのね、あっはっはは!』


 耳をふさげば進めない。埋め込まれた弾に苦しむ身体の痛みと、心を抉られる痛み。どちらも痛くて、息が詰まった。咳き込む僕を、嬉しそうにあいつが眺める。


『良かったね、エルス。エルスはもう炎に焼かれない。だけどここから逃げられない』


 この炎は他人を遠ざける。お前を閉じ込める檻なのだと彼女は笑った。ああ、そうだ。その通りだと僕も思う。

 須臾にはもう、僕は必要ない。夢から覚めた現でも、僕に帰るところなんかないのだ。誰も僕を見てなど居ない。唯一見てくれようとした女の子を、僕は失った。もっと彼女を気にかけていれば、こんなことにはならなかったのに。


(ごめんね、レーヴェ……)


 そうだな。死んでも良いかもしれない、ここで。誰か僕を恨む相手に見つかって、私刑で惨殺されるよりは良い。このままここで死んでしまおう。

 それに……もしかしたら須臾だって、レーヴェだって本当はどこにもいなかったのかもしれない。信じられるものなんて、果たしてこの世界に存在するのだろうか?


 「……、夏の悪魔(アエスタス)


 契約数式は、精霊数術とは違う。代償は他にある。僕の血は流れた。契約によって呼び出せるだろう。もしも存在するのならと、彼の名を呼ぶ。多くを焼いた日に、僕は契約した。忘れられた神々と。四季の風を従えた、そう思った。あれが本当だったなら……縋るよう、確かめるよう僕はその代表たる者を呼ぶ。しかし、彼さえ現れない。嗚呼、何もかもが夢だったんだ。ああ、何だこの気分。一周して、いっそおかしい。何時になく楽しい。おかしくて堪らないのに、笑い声一つ作れない。そうすれば、それが嗚咽になるのが解る。

 泣き出した僕の両目を覆うように、触れられた見えない手。暖かな風。それが何かと考えることも出来なくなった僕を、その手は眠らせるよう、深い意識の底へ落とすよう……ああ、もう何も解らない。

 最後に感じたことは、痛みでも悲しみでも無くて……ものすごく、喉が渇いたってこと。


 *


 「これは、一体……」


 ランスは燃え盛る砦に戻って、まず違和感を覚えた。逃げ遅れた兵士達も居るだろう。しかし彼らは瓦礫に押しつぶされたのでもなく、焼け死んだでもなく……唯事切れている。


 父は何処へ行っただろう。数術で場所を探る意味は無い。あれだけ神出鬼没な男なのだから……情報をはじく数術手段を保持しているはず。それなら父が向かう先、場所、人を思えば良い。そうして考え得るのは高い場所。仮にもだ。利用価値ある高貴な女性を監禁するのに、俺たちと同じ地下牢だとは思えない。


 「……無茶苦茶過ぎる」

 「何か言ったか?」

 「貴方がおかしいと言っただけだ!」


 キールがなにやら怒っている。楽師である彼には重労働だったのか。俺たちは唯、上の階を目指して来ただけなのに。

 嗚呼、何も問題ないはずだ。炎の元素加護が厚い俺が先陣を切り、炎を受ける。俺は壱の数術使いだから外部元素を取り込むのは得意。それをひたすら吸収し、後ろの三人が火傷しないように道を作る。


 「もう少し体力を付けたらどうだ?此方の女性達はたくましいぞ」

 「こ、混血だって得手不得手があるんです!!」


 何で混血なのに教会のこの二人は、騎士のお前並に平然としてるんだと彼は不満そう。確かにそうだ。ルキフェルさんもアルマさんも体力の消耗は少ない。


(イグニス様は考えているらしい。混血の弱点を克服させている)


 感心すべきか恐れるべきか。少女二人の顔を見るが、彼女らは事切れた死体の方に興味があるようだった。


 「それで、これは何なんだ?」

 「外傷はないようだけど……」

 「どうかな、ほれ」

 「……って、嫌ぁあああ!何脱がせてんのよ馬鹿ぁあっ!!」

 「ちょ、違う!ここよく見ろ!!」

 「ラトゥールさん、落ち着いて」

 「不潔っ!不潔だわ!!それから死者に対する冒涜よー!」


 異性の露出になれていないのか、兵士の亡骸が半裸にされた位でルキフェルさんは顔を覆って目をそらす。その傍ら、男装生活が板に付いているアルマさんは、眉一つ動かさず……冷静に状況を分析していた。


 「ほら、こっちに小せぇ穴がある。服から僅かに血の匂いがしたから脱がせてみて正解だった」


 アルマさんに見せられた死体には、小さな傷があった。それは人が使う、どんな武器でもない。足や腕に空けられた、とても小さな穴だった。


 「これは……虫ですか?」


 エルスの仕業だろうか。エルス=ザインは虫を使役していた。そのことを指摘した時だ。


 「うぉっ!」

 「きゃああ!!」

 「な、何なんだこれは!!」


 突然、アルマさんが抱えていた死体が動いた。咄嗟に彼女がそれを放すと、それはふらふらと歩き出す。襲ってくるかと各自身構えるも、何故かそれは俺たちは無視し下の階へと向かっていた。


 「本当、何あれ……?」

 「とりあえず、捕獲してみましょう!」

 「おう」


 ルキフェルさんの言葉に、アルマさんが獲物を狙う。背後からの跳び蹴りがあっさり決まった。


(あっさり?)


 見れば、蹴られた死体の口から液体状の物が吐き出される。それは唾液や胃液と血液が混ざった物。その中に、細い糸が数本混ざっている。


(いや……)


 その糸は動いている。動きながらまだどこかへ向かおうとする。その方向を見れば、同じような様子の死体が徘徊している。彼らは示し合わせたかのように……これからどこかへ向かうよう。


 「同じ虫に憑かれていると、言うことか……?」


 俺がそう呟けば、黒髪の少女がうーんと唸った。やがて彼女は、自分には荷が重いと肩をすくめて……


 「ちょいたんま。解析はシャルのが得意だ」


 そう言って、目を閉じるアルマさんの周りに数術反応。黒髪の彼女の身体が金髪の少年の物へと変わる。入れ替わりの反動か、バランスを崩した彼を支えると此方をのぞき込むよう凝視した後、顔を赤らめ狼狽える。


 「うわぁあっ!ランス様っ!?」

 「おかえり。いきなりすみません。早速ですが、これが何か解りますか?」

 「いえ……あの、見たことのない虫です。おそらくタロックの限られた地域にのみ生息する寄生虫……かと。傷口の様子から見て、これはすでに成長した姿。刺されたときはもっと小さいはず」

 「シャルっ!!こんなちっこい虫ばかり出てくるなら私、無理!!数術効かないなら防御のしようがないわ!」


 どれだけいるかもわからない……小さ過ぎる的に、貴重な弾を費やせない。第一そんな物に命中させられるかどうか。チートな教会陣営がたじろく位だ。エルスの持ち出した物は、此方にとってかなりの悪手。


 「キール、楽器でなんとか出来ないか?虫除けの音を出すとか」

 「くそっ、僕は今日初めてっ……心底セレスタイン卿を尊敬するっ!!」


 普段口調が丁寧なはずの彼が、イライラとそう吐き捨てる。「ヴァイオリンはそんな万能楽器じゃねぇよ糞が無茶なことばかり言いやがって」とか言わんばかりに、キールは顔を歪めていた。


(確かに面倒だ)


 指示を出すのはなれていると思ったのに、このぐだぐだっぷり。俺と彼らは上司と部下でもなく、同僚でもない。そんな付き合いの浅い者達との連携が、こんなにも難しいことだとは。シスターが教皇の名を呼ぶように、ランス自身頭に浮かんだ名があった。


(これがユーカーだったら……)


 説明しなくても解ってくれる。最善を勤めようとしてくれる。ああ、そこにジャンヌ様の幸運の追い風があれば……何も恐れることはないだろう。それでも自分は彼らを選んでここに来た。その理由を今一度考えろ。


(俺は、ここに父を討ちに来た)


 王妃の存在、それからエルスの横槍のため、脱線したが……そもそもの目的はそれだ。

 あの男とは、俺が決着を付けるべきだと思った。そうでなければならない。

 液体まみれの幼虫に火の数術をぶつければ、ジュッと焼け焦げる音。この虫は火の耐性を持っていない。このまま放置しても問題はなさそうだ。



 「……深追いはいけない。目的通り、このまま進む。そしてそれを遂行した後、すぐに撤退だ」


 うかつな真似は出来居ない。虫の感染源を叩く前に、ミイラ取りがミイラになる可能性がある。今は一刻も早く全てを終わらせ、この場を立ち去る。時間稼ぎなら王妃を手中に収めさえすれば、……俺の名声と引き替えにどうにかなる。

 皆を引き連れ広い通路を抜ければ、塔へと続く螺旋階段が見えてきた。


 「く、屈辱だ……」

 「その内何かに目覚めますよ!」

 「目覚めて堪るかっ!」


 「二人とも、酸素を無駄にするな」

 「黙れ元凶クソランス!」


 体力に自信がなさそうなキールとシャルルス。二人を連れて速度を上げるのは難しい。仕方ないので俺がシャルルスさんを、ルキフェルさんがキールを背負って走り続ける。女性に抱えられるというのがプライドに障ったのか、キールは怒りと羞恥心で顔が真っ赤になっていた。


 「……セレスタイン卿が口悪くなったのって、もしかしてアロンダイト様の所為?」

 「ユーカーは元々ですよ」

 「……まぁ、別に興味ありませんからこれ以上は聞きませんけど」


 ルキフェルさんの微妙な感じの視線と声が俺へと伸びる。元々は丁寧な敬語キャラだったはずのキールが暴走しているのが気になったらしい。


 「ランス様!あそこです!」

 「……ありがとう、シャルルス」

 「は、はい!」


 さん付けを止めたことで、ぽっと顔を赤らめる聖十字。何となく、ジャンヌ様を重ね見て……彼女を名前で呼べたらどんなに良いだろうかと俺は笑った。いつか、そんな日が……来るはずもないのだけれど。もし許されるなら、本当の友人のように……俺の気持ちを隠しながら、彼女をそう呼べれば良いのに。


(だが、叶わぬ願いだ)


 嗚呼そうだ、そんなもの俺は願ってはならない。雑談は終わりだ。睨み付けた階上には、一人の男。男は最上階の部屋の前に佇み、俺たちを待っているよう……

 奴は何者か。貴婦人の部屋を守る騎士か、愛しい人に拒絶され扉の前に捨て置かれた惨めな男か。


 「……来たか、ランス」

 「ヴァンウィック……アロンダイト」


 俺の言葉にその男は、少し悲しそうに笑うんだ。よくもまぁ、……面の皮の厚いことで。流石は俺の……父親だ。最低なところがそっくりだ。反吐が出るほど、憎らしい。


 「ははは、もう私を父とは呼んでくれないのかい?」

 「貴方は……お前は、俺を三度怒らせました」

 「ふぅむ、何だったかな。三度で済むとは思わないが。最近だとエレインのことかい?それともセレス君をからかったこと?嗚呼、マリアージュちゃんのこともあったなぁ」

 「嗚呼、それだけじゃない!!俺が何より許せないのは、お前は……お前達はあのお優しい、アルト様を傷つけた!母さんを悲しませ、死へ追いやった!そして……お前は再びカーネフェルを!アルドール様を裏切った!!」


 叫んだのは、扉の向こうに居る女性にも聞かせてやりたかったから。本当の母さんが貴女なのだとしても……俺が愛して欲しかった母さんは貴女じゃない。幼い俺が失った母さんなんだ。


 「何故殺した。何故助けなかった!!何故……母さんを殺した女を、お前はまだ愛しているんだ!!カードでもない癖に、こんな危ない場所まで助けに来てっ!!祖国を裏切って……そうまでしてお前は愛に生きるのか!?嗚呼、下らない下らない!馬鹿げている!!」


 湖で見た記憶で解った。母さんの死を望む者は、王妃様しか居ないんだ。あの女は、この男と結婚できない自分の不幸を呪い、例えそこに愛がないのだとしても……形式上、戸籍上最低男の妻となった女に嫉妬した。だから殺した。そんな身勝手な理由で。


 「なるほど、ランス。お前はこの方を……殺すつもりだな?……それがこの場とは限らんが」


 時間稼ぎが終われば、敵の仕業に見せかけ殺すつもりだろうと問われた。否定はしない。まっすぐに奴を睨めば、ヴァンウィックは重く息を吐き……悲しげに苦笑した。


 「確かに私はカードではない。だが、真の愛も知らぬ青二才に負ける私でもないさ!さぁ、来い!相手をしてやろう!」

 「ほざけぇええええっ!!!」

エルスパートとランスパート…どっちもまとめるの苦労しました。

エルスちゃんの能力のこととか、色々悩んでまして……


どこまでを幻覚にして、どこからを本当にするかとか。

とりあえず創作精霊を生み出す力の他は、虫使い。幼少時に寄生された虫は、誰に植え付けられたんだか。見てならないものを見てしまったから、数術で記憶弄られたんでしょうね。詳細はタロック編かなぁ…

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