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59:recepto dulce mihi furere est amico

 人間なんて、人間なんて……人間なんか、大嫌い。

 エルスは胸の中で、同じ言葉を繰り返す。


(大嫌いだ、人間なんて)


 僕だけ捨てて、僕から大事な物を奪っていく。そして自分たちだけ幸せそうに笑っているんだ。人間ほど残酷な生き物は居ない。僕はそれを教えてあげているんだ。僕のやることなんてまだ、奴らに比べたら可愛いものだ。

 箱の外から、幸せそうな箱庭を見せられるだけ。そんな境遇に陥れば、誰だって思うはずだ。それを壊してやりたいと。

 そんな僕は、奴らから見れば酷く歪な存在だろう。それでもレーヴェはそんな化け物に、僕と同じ鬼になりたいと言った。

 双陸は……僕の鬼畜の所行を知っても、自分が鬼だと言ってくれた。あいつも僕と大差ないと言ってくれた。慰めじゃない。彼本人が自分をそう思っている目で。

 いつも輝いていた瞳のレーヴェとは違う。色の深さは違うのに、双陸の目はとても懐かしかった。彼は本当に僕と同じ。


(僕は鬼だ。人間じゃない)


 鬼は人間を殺しても、鬼は殺さない。レーヴェのようにはしない。僕は双陸は……死なせない。須臾は僕以外には殺させない。

 第二騎士がどんな女か知らないけど、人間風情が鬼に嫁ぐなんて生意気だ。


(それに……双陸が出世したら、結婚したら)


 今みたいに気軽に会えることもなくなるんだろう。もう僕と同じ鬼では居てくれないかもしれない。


(そんなの、嫌だ)


 だって貴方は鬼だって言ったじゃないか。結婚とかして、その内子供とか生まれるんだろ、どうせ。そうすればきっと子煩悩になるんだろうね。貴方みたいな人ってさ。

 須臾と同じだ。僕は誰かの代用品。他の贖罪の相手を見つけるんだろう?僕じゃなくても良いんだ。良くなるんだ。そうしてまた、僕だけ一人、取り残される。

 そんなのおかしい。僕が鬼で、貴方も鬼なら……貴方は僕みたいでなければならないんだ。鬼の癖に、人殺しの癖に、そんな人間らしい生活出来ると思っているの?自分だけ、自分だけ……


(何、考えているんだ僕は……)


 何必死になって居るんだろう。どうしてこんなに取り乱している?

 言えない。言えるはずがない。置いていかないで、だなんて。子供じみてる。馬鹿みたい。恥ずかしい、そんなこと。


(第二騎士が双陸に相応しくない、ろくでもない女だったら……)


 それってあいつのためにならないよね。うん、絶対ならない。そうだ。丁度良い。ここにはカーネフェルの騎士が居た。あいつに罪をなすりつければ、その女を始末しても何ら問題はない。


 *


 案内しようとした兵士を止めて、僕は行き先を変える。


「ちょっと、待って。阿迦奢に会う前に寄りたいところがある」

「エルス様、どちらへ?」

「牢屋!」


 如何にアロンダイト卿ランスと言えど、所詮上位カード。セレスタインなんかより余程手が掛からない。僕がその気になればその場で始末できる。

 タロックがカーネフェルを叩き潰す正統な理由も出来るし一石二鳥。ついでに第二騎士の後釜に双陸が出世すれば万々歳。

 機嫌良く、僕は通路を進む。地下牢に繋がれているのはカーネフェルの騎士と胡弓弾き。


「やぁ、元気?」

「そう見えるか?」

「折角の取り柄が台無しだね。そっちの子もタロック裏切ってカーネフェルに寝返った途端こんなことになって可哀想に」

「また心にもないことを……」

「そんなことないよ。ボクは二人にとってもいい話を持ってきたんだ」


 地下牢の見張りから鍵を取り上げ、僕は牢の鍵を外して笑う。流石にそれを訝しんだ騎士が僕を睨んだ。


「何のつもりだ?」

「実はここに天九騎士のお姫さんが来ているらしい。美人らしいよ?折角だし冥土の土産を見せてあげる。ついておいで」


 二人を縛り、兵士に引かせ歩かせる。その後ろを僕は、悠々と進んで行く。すると前の捕虜が僕に疑問を投げかける。


「どういう風の吹き回しなんですか?」


 どうせろくなことではないだろう。そう断定するような胡弓弾き。失礼だなぁと思いながらも僕は笑みを絶やさない。


「え?だってさぁ……カーネフェルの騎士ってどいつもこいつも垢抜けないっていうか、確実に童貞臭がするっていうか。DTのまま死んで祟られても困るし、最後くらい美女と語らってみたら?貴方達顔だけは良いんだから口説けば相手してくれるかもよ?断られたらそういう趣味の兵士でも貸してあげる?相手がカーネフェル一の美形騎士様ならお相手したい馬鹿が沢山いるだろうなぁ」


 言い返せないのか、二人も暫く無言だった。しかし、僕に言い返す術を見つけたアロンダイトが僕を鼻で笑う。


「生憎俺にそう言う趣味はない。男色趣味ならそちらの第一騎士だろう」


 いや、どの面下げて言ってるんだこの男は。お前とセレスタインの仲を怪しんでいる連中が都にもかなりいたんだけど。城のお宝物色していた時、女兵士が隠れて認めていたらしい怪しげな本を発見したうちの兵士がドン引きしたり、部屋に持ち帰って使用したりとしてる件について、僕は打ち明けるべきなのだろうか?ついでにお前の父親の方のアロンダイトが持ってきた例の写真が闇市場で売買されていることについて、僕は暴露してやるべきなのか?

 相手のあまりの発言に、今度は僕が呆気に取られる。


「それに童貞ならば俺がやり合った第四騎士とやら、お前の所の真面目そうな騎士も大概だが」


 な、なんだこの天然鬼畜騎士っ!事もあろうに今度は双陸を馬鹿にして来た!!なんか腹立つ。あいつを馬鹿にして良いのは基本的に僕だけなんだから。他の連中に馬鹿にされるのは無性に許せない。


「な、何でそこで双陸が出るわけ!?あ、あいつだってああ見えて意外と……意外とやってるに違いないよ!もういい年なんだから!あの年でDTとか流石にないからっ!っていうかあいつ普通にそこそこ格好いい部類に入るし出世頭だし……でも仕事忙しいから見合い蹴ってるだけでっ!!普通にしてれば女とか放っておかないんじゃないかな!!っていうかあいつああ見えて結構人格者だしローザクアにはあいつの隠れファンクラブとかあるらしいんだから!」

「ああ、そう……」


 変なことを力説してしまった。何言っているんだ僕は。カーネフェルの奴らも若干引いている。天然系のアロンダイトさえドン引きだなんて、僕はかなりおかしなことを言ってしまったんじゃないのか?初めて僕は自ら死にたいと思った。

 でも何だろう。何となく……あいつが下手すぎても上手すぎてもイメージが崩れる気がする。本人に聞けば良いんだけど、今のあいつと猥談出来る雰囲気が僕にはない。少し前なら嫌がらせで話題振れたんだろうけど、どうしてしまったんだ僕は。


(双陸に女かぁ……)


 想像できるようで想像できない。あいつ堅苦しいし付き合った女とか過去に婚約者が居たとしても「結婚するまでそういうことは云々かんぬん」とかほざいて距離置きそう。で、その内他の男に寝取られて別れるとかありそうだよね。いや、でもさ……最低でも素人童貞レベルはあるだろうな。須臾の付き合い接待で色町くらいお伴してそう。


「……っち」


 双陸の癖に生意気な。ああ、ああ何それ?俺そういうの興味ないけど主がそういうから付いてきましたみたいな顔してさ、それで女買うわけ?ああ、実際そんな感じだよね。あいつならそういうことしそうだよ。

 でも買われる側からすりゃ腹立たしいよねそれ、何となく。来たくないなら最初から来るんじゃねぇよとか、興味ないとか言いつつしっかりやることやって行くんでしょ?うわぁ、てめぇ何様だって足の指思い切り踏んづけたい。


「な、何故突然舌打ちを!?」

「ボクだってわかんないよ!!」


 なんか凄い苛々する。帰ったら双陸の足の指を踏んでおこう。特に理由はないけれど。


「それで、第二騎士は何処?」

「彼方の部屋でお待ちです」

「それにしては人が少なくない?」

「何かあっては困りますからね。警備の目を光らせ、人払いをしております」


 警備というのは満更嘘でもないようだ。通路に立つ警備兵は辺りの様子を警戒している。けれども僕は、言いしれぬ違和感を感じていた。

 兵士に通され進む先、辺りの空気が変わって来ている。これは香の香りだろうか?それは女の醜悪さを隠すように甘ったるく、毒に似た匂い。思わず鼻を押さえてしまう。


「他の奴らには何て言って追い返してるわけ?」

「レクス様が兵士のつまみ食いを開いていると」

「ああ……そりゃ、近寄りたくないな」


 でも少なからずうちの軍に居るであろうそういう趣向の人間すら寄ってこないとは些か妙だ。


(なら……何か操作しているな。この件に、数術使いが絡んでいる?)


 ここでエルスは初めて冷静になる。これが敵の罠の可能性もあると。

 此方が足を止めると、先行く兵士が振り返る。顔に見覚えはない。しかし全ての兵士の顔など把握していない。数術を駆使すればそれも可能なのだろうが、その労力を考えれば面倒だ。怪しいものは黒。白だろうが灰色だろうが黒。そうやって殺せば良いだけ。


「エルス様?」

「身支度だよ。昨日は湯浴みも出来なかった。いくらボクでもこんな暑い国に居たら汗くらい掻くし。相手は一応身分高い家の娘だし」


 立ち止まり、僕が纏うのも香水。瓶から適量掌に取り、それを身体に塗りつける。

 貴族の娘を前に、身だしなみくらいは整えないとと溢せば、兵士は微妙な顔で頷いた。


「何?僕が女に気を使うのがそんなにおかしい?」

「い、いえそうではなく……」

「案内、ご苦労様。後はもういいよ。そいつら僕が連れて行くから。はい、これ取っておきなよ」

「はい、ごゆっくり」


 僕が案内の礼に金を手渡すと、兵士は一礼し扉の外に残る。踏み込んだその部屋は、通路よりも香の匂いが強い。


「……ふふふ、疑り深い猫よ」


 外での会話が聞こえていたのか、帷の向こうでは鈴の音のような女の声。それはコロコロ、カラカラ……転がる鈴のように僕を笑っていた。


(いきなり人のことを笑うなんて……嫌な奴)


 そうは思いはしたが、向こうの企みも解らない。下手に出るのは尺だけど、ここは冷静になるべきだ。僕は自分にそう言い聞かせる。


「初お目に掛かります。私は天九騎士団が第六師団長。第六騎士エルス=ザイン……」


 顔を上げればそこには一人の少女。年は僕より数歳年上。十代半ば……婿捜しならば丁度良い、引く手あまたの年頃だ。


(凄い……)


 自分の物とは比べものにならない綺麗な黒髪、深い赤目。誰かに似ている、あの色は。

 そうだ、双陸の色にそっくり。思わず見惚れてしまってから、エルスはその女を睨む。


「御主が第六騎士か」

「そうですけど……」

「ふむ」


 女は此方にすすすと歩み寄る。その際前の二人には見向きもしないで僕に近付く。そして……


「ぎゃああああああああああああああ!!」

「なるほど……一応男か」


 突然抱き付いてきたかと思えば、そいつは人の身体をまさぐり始める。


(な、何するんだこの痴女っ!)


 出会い頭に人の胸部触ってくるってどういうことだ。タロックの身分の高い女はどうしてこんなのばかりなんだ。僕は慌てて女を引き剥がそうとする。


「ほほほ……い奴め。王の愛妾ともあろう者が、その反応とは情けない」


 誰が妾だ、誰が誰の妾だっていうんだ!


「それとも女は知らぬか、少年?これはこれで良い物だぞ。どれ、我に賞味させてみよ」

「……お断りします」

「なるほど。ギャラリーは要らぬ派か。噂と違って硬派なのだな。外の男よ、この者達を連れて行け!」


 いい加減、顔が引き攣ってきた。何この女。刹那姫ほどじゃないけど、こういう奴は苦手なんだ。もう、タロックに帰りたい。

 しかし帰ったのはカーネフェルの捕虜二人。先の兵士に連れられ部屋を去る。


(こいつ……)


 ここで僕がこの女を殺しても、カーネフェリーを犯人に仕立てられなくなるじゃないか。先手を打たれてしまった。


「まぁ、そう言うな。我も些か暇を持て余しておってな」

「嫁入り前の女が気軽に男遊びってどういうことですか!?だ、大体貴女は純血でしょう!?なんだって混血の僕にまで絡むんです!」

「なるほど。確かに結婚は問題よ。しかし御主も解っていよう。タローク男に嫁は選べずとも、タローク女は男漁りし放題!結婚相手決めるまでつまみ食いは正義とな。第一御主、そういう爛れた女が好きだと噂で聞いたぞ。此方でもなかなかの悪事をしていたそうではないか」


 うっ、言い返せない。ああ、確かにやったよ!上陸した村でも破落戸けしかけて煽ったり、山賊に悪ささせたりしたけどさ。別に僕はそれに参加はしていない。僕はあくまで煽動者に留まっている。人の不幸を見るのは好きだけど、僕がそういう展開に持ち込んでどうこうしたいっていう話ではないのだ。


「確かにボクは須臾の小姓みたいな立ち位置でもありますけど、別にそういうのでは」

「王がまた言いふらしていたそうな。夜に苛めすぎて機嫌を損ねて逃げられたと。昨晩は嫌だ嫌だ言いながらもあんなに喜んでいたのに、まったく気分屋な奴よと」

(須臾ぅうううう!!!もう本当にいつか殺すっ!!)


 くそっ、事実を都合良く捏造したなあの狂王!もうお前なんか、今度から狂王の前に色とか付けて色狂王とか呼んでやる。


(だけど……今の発言嫌に現実味がある)


 双陸の阿呆も最初僕を完全にそういう目で見てたよね。寄るなこの変態女装男娼色欲淫乱ビッチ、我が君が汚れる。とかそういう敵意向けてたよね。知ってるんだから僕だって。

 それが誰の責任かと言えば……言うまでもなくあの馬鹿だ。

 須臾はそういう風に僕をからかう。実際今と似たようなことをよく言ってる。幾ら妻が二人とも故人だからって、僕にセクハラするのは止めて欲しい。セクハラしないと生きられないのかあの中年クソ男。


(須臾は……そうやって、僕を一人にしようとする)


 歪んでるんだよ、あの人。寂しがる分僕が、貴方にべったりすると思ってさ。僕のこと馬鹿にするのもいい加減にしてよね。

 本当に寂しいのは、自分の方だってこと……認めたくないから僕から貴方に依存するようにし向く。嫌いだ、あんな人。そんな小細工、人間臭くて僕は嫌。

 須臾は強いんだから、力任せに色々出来るのに……変なところで小心者。狂っている癖に、今更何を恐れて居るんだろう。


「須臾……何か言ってた?」


 此方に来る前に話をしたのだろう。女は頷く。


「おお、言って居ったな」

「何て?」

「それなら……ほぅれ、近ぅ寄れ」


 でなければ話せないだろうと女が言う。だけどそれは罠だ。僕が気付いていることに阿迦奢も気付いた上で、僕を誘う。


「そう、警戒するな。御主に他に道はない」

「何を……」

「最近御主は第四騎士と仲が良いらしいな」

「別に。何かの間違いじゃありませんか」

「ほぅ、それなら我が頂いても構わないと?あれもなかなか良い男だと聞いて居る」

「……っ!」

「馬鹿真面目そうだからの……我がはじめてだとでも言えば、平気で騙されるぞ。そうなれば責任を取りたいと向こうから申し出て来る。この戦、生き残れないならば名家はどこも跡継ぎを作っておきたいはず。向こうもそれは喜ぶだろうよ」

「……でしょうね」

「だが、我も鬼ではない。御主がどうしてもと言うのなら、諦めてやっても良いのだが」


 それは普通の言い回し。それでも僕にとっては、何よりの嫌味。人間風情がこの僕を脅しているのか。


(双陸……)


 もう治った傷。それでも僕は腕の包帯に手を伸ばしてしまう。


「ほぅ……怪我か?褥で我が手当てをしてやろう」


 女の白い手に引かれ、寝床に招かれながら……僕は彼女に問いかける。


「一つ……聞かせて」

「申してみよ」


 空いた片手で突き付けた、双陸の脇差し。刃の先で阿迦奢は笑っている。思いの外、愉快そうに。


「ふふふ、抵抗されるのもまた一興よ。して、申せ」

「……阿迦奢。貴女はここまでどうやって来たんですか?須臾の昨晩の様子まで知っていて、こんな短時間でどうやって?」

「愚問だな……我は第二騎士。そこまでの数術が使えるようになったとは思わんのか?」

「それなら、今すぐ後ろからでもボクに抱き付いてみてください。空間転移で移動して」

「……」

「それが出来るのなら、貴女の言葉を信じます」

「ふむ。良いだろう……ではこれより三数えよう。その内に、御主にそれを見せてみようぞ」


 阿迦奢は可愛らしく……でも腹の底まで見せぬ笑いで、取引に応じる。


「一……」


 彼女の数える言葉を聞きながら、僕は彼女を凝視する。


「二……」


 彼女の身体から何か数値の変動が見える。その数は夥しい。空間転移出来るというのも嘘ではないのかも。上位カードは数術に目覚める。須臾もそうだった。それなら……でも。


「三……っ!」


 僕は身構え振り返る。するとそこには……さっきの兵士。やっぱり嘘だったんだ。数術を紡ぎながら僕は阿迦奢を振り返る。この脇差しで彼女を……彼女ですらない何かを殺めるために。


「遅いっ!」

「ぅぐ……っ!」


 そうだ。阿迦奢が偽者ならば、この女を連れてきたこいつだって敵だった。背後から両腕を取られ、僕は身動きが取れなくなる。


「お前……はっ、アロンダイト卿ランスっ!!」

「少しは同僚、部下と仲良くしたらどうだ?」

「……は?」

「情報が筒抜けだったぞ。お前が第四騎士に入れ込んでいることが」


 ランスの言葉に僕は、誰にやられたかを察する。


(レクスっ!!)


 嵌められたっ!あの男……ここで僕の噂を流したな。それが兵に伝わり兵の耳からこいつらに。それか直接こいつらにそれを話したんだ。


(くそっ……)


 これだから人間は!人間なんかっ!!

 睨み付けても相手は涼しい顔。何こいつ……普段の聖人面どこに行ったんだ。今すぐ逃げだしたくなるような、怖い目をしている。


(怖い……?そんな馬鹿な)


 だって今のこの男、須臾より感情が見て取れない。気が狂って居るんじゃない。正常な人間の恐ろしさ。底の知れ無さ。それを僕に感じさせる目だ。計算のためなら人を人とも思わぬ残酷性。そこに潜んでいる人間ならではの欲。でもこいつは何が欲しいのか、何がしたいのかを此方に教えない。だから何が彼をこんな目にさせているのか解らず、怖い。


(こいつ……僕より弱いカードなのに)


 こいつの目は、僕を殺すことを何とも思っていない。この場に僕を殺す術があると言わんばかりの表情。


「空間転移には、強い集中力と数術代償が必要」


 低く、淡々とした声。それが美味しくもない料理のレシピを読み上げるよう淡泊に呟かれた。


「~~~~~~~~~~~~~~~~~っっ!!!」


 それがあまりに唐突で、僕は悲鳴も上げられなかった。だから折られてから気が付いた。腕の骨を、折られたのだ。腕の感覚がない。痛みに思考を侵される。このままでは得物を落としてしまう。


「お前はアルドール様に腕を斬られても、空間転移で逃げたという情報がある。腕一本程度の痛みでは、まだ集中力を乱せない」


 回復数術を紡ぐ暇もない。集中を邪魔するよう折れた腕をそいつは引っ張る。


「シャルルス!両足だ!」


 男が命令を出した方には阿迦奢。


(いない……?)


 いや、居た。そこにいたのは先程までの黒髪赤目の女ではなく……金髪赤目の少年だった。


 *


(やった……)


 ランスは胸の中で息を吐く。ここまでは作戦通りに来ている。

 ルキフェルの革命能力で幸福値を入れ換える。これによりエルス=ザインを弱体化。

 今ならⅢに過ぎない俺でもエルスを殺せる。シャルルスは、マリアージュに劣るとは言え素晴らしい力の持ち主。

「彼は、不完全な双子なんです」とは、イグニス様の情報による言葉。

 数値異常により、山賊レーヴェが怪力になったのと同じ。二人の母親は妊娠中に数値異常の果物を口にしてしまった。それが原因で、シャルルスとアルマは互いに身体のパーツが足りずに生まれてしまった。


(恐らくは、数値異常にも二種類があるのだろう)


 数値が増える物と、減る物と。その数値が減るような果物を、母親は食べてしまったのだ。

 二人の臓器、その多くは一人分しかない。このままでは二人とも死んでしまうというところ、教会医術が二人の命を救ったらしい。

 混血は生命の危機に瀕したとき、数術の才能を開花させる。そういう話もあると情報は言う。つまり彼らのそれも一種の変身数術。表に出ている片割れは、もう片割れの余ったパーツを体内に情報化して取り込む。しかし生存に必要な情報をもう一方も得なければならず、定期的に入れ代わるのだ。


「金髪……赤目!?」


 こいつも混血かとエルス=ザインが驚いている。それもそうか。

 シャルルスさんは金髪赤目の男、アルマさんは黒髪青目の女。普段は目の情報を入れ換え、更には性別を偽り聖十字に紛れ込んでいた。


「アロンダイト様……申し訳ないんですが、僕はそういう血生臭いのは。アルマに代わってもらっちゃ駄目ですか?」

「彼女なら大丈夫ですか?」

「ええ。ただ一つ問題がありまして……っはー!久々の娑婆だあああああああああ!空気美味ぇえええええええ!嗚呼、猫被るのいい加減疲れたわ」


 数値が光ったかと思えば、今度は黒髪青目の少女に代わったシャルルス……アルマがその場に寝そべった。何処から取り出したのか、煙草まで吹かしている。

 彼女は普段男装して聖十字に紛れているため、性格は無駄に男らしく大雑把。煙草の匂いを隠すための香だったのだが、それがエルスに要らない警戒心を持たせてしまった。本当ならば、もう少し簡単に取り押さえられるはずだったのに。


(いや、上出来だ)


 俺は付き従ってくれた皆に礼を言い頷いた。


「アルマさん。やってください。空間転移で逃げられたら困りますからね」


 今も逃げられては困ると折った腕を責めたり、間接技決めたりしているのだが、彼女はあまり乗り気ではないようだ。


「敵を達磨にして回復させながら拷問って、良い趣味してるぜあんた。ジャンヌに知られたら打ったたかれるじゃ済まないぜ?」


 ここでジャンヌ様の名前を出されると、ちょっと弱い。それでもこれは戦争だ。


「問題ありません。直ぐ済みます」

「すぐって?」

「イグニス様の情報数術は、何度か見ました。相手を壊さずに情報を抜き出すのは困難でしょうが、廃人にしても構わないのなら話は別。見様見真似ですが……やれます」

「やれやれ……同胞虐めはあんまりしたくないんだが、恨まないでくれよ可愛い坊ちゃん」


 アルマが構える銃口に、エルスの身体が震える。今にも悲鳴を上げそうだ。だけど助けを求めても無駄。予め防音数術は施してある。


「原形は残るようにしてあげるから、痛いの我慢な」


 引き金を引くアルマが、申し訳なさそうに片手をで祈った。


 *


(……予定より早く、仕事が片付いたな)


 五月蠅いのが何人か居ない分、集中して作業が出来たかと双陸は苦笑する。


(しかし……)


 子守りの任から解放されたとはいえ、こうまで静まりかえると何だか少し物悲しいなと一人呟いてはまた苦笑。


「俺は……過保護なのかもしれんな」


 馬鹿なことをしたかもしれない。気付かれたら笑われるな。また怒らせてしまうかも知れない。俺は同僚の顔を思い出し、足りない物のことも思い出す。窓の下の城下はまだ騒がしく、人で賑わっている。


「まだ、やっている店もあるか」


 丁度良い。町の視察も兼ねて、エルスに礼の物でも買って来よう。


「お疲れ様です、双陸様!どちらへ?」

「視察も兼ねた散歩だ」


 夜に出歩くなど久々だ。兵士に心配されたが杞憂だと告げ、城を出る。灯りの灯った方へと歩いていくと、夜市がやっている。


「これはこれは将軍様!いらっしゃい!」

「俺は唯の騎士……まぁいい。見せてくれ」

「おお、髪飾りなんか送る相手が居たんですか?隅に置けませんねぇ!」


 店主に絡まれたが適度に相づちを打ち、かわす。そして商品を見て回る。


「なかなか良い品だな」

「へへっ、どうも。カーネフェルの触媒は結構質が良くてですね。きっと店の女の子も喜びますよ!」

「……店?」

「いやぁ、堅物に見えたタロックのお偉いさんもやっぱり男だったんですねぇ。どこの店の子なんだか」


 店主の言葉がどうにもおかしい。辺りを見回すと、何やらここは高級感はあるが、いかがわしい通りらしい。


(し、信じられん!)


 城から直ぐ近くにこんな通りがあるなんて、この国の景観はどうなっているんだ。


「お客さん?買うの?買わないの?」

「あ、……ああ。これを貰おう」


 今更断れず、購入してしまった髪飾り。


(あいつには似合うと思ったのだが……)


 何処で買ったかは、気付かれないようにしなければ。また機嫌を損ねてしまう。「ボクをそういう目で見てたわけ!?」と引っ叩かれる。

 景観に関する条例の制定を考えながら、俺は本日一日の情報を受け取りに行く。懐に忍ばせていたエルスのリボン。それにふれることで、頭に響いてくる音声がある。


「……エルス?」

今回のタイトルは

私はねぇ…友人が戻ってきたら馬鹿騒ぎをするのが楽しみなんだよとかそういう意味だそうです。

双陸とエルスはまた酒飲み交わせるんだろうか…。通信数術の伏線がほくそ笑んでますね。

え、エルスちゃんは他人を不幸に陥れる時と、本人が苛められている時に一番輝く二度美味しい子です。私は本編ではかなり愛してるんですが(←作者の愛が歪んでいる)

ランスさんは……うん。あれだ。円卓としては間男ポジだけどジャンヌ側のストーリーでは青髭ポジション気味だから。




それなら美少年いたぶってもしかたないよね(禁句)

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