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57:Nabis sine cortice.

 一時間待てと言われた。だからってこの大雨の中……出来ることもそんなにない。アルドールは苦笑する。

 本当は色々あるんだろうけど、俺みたいなのが中途半端に手伝っても足を引っ張るだけ。掃除とかするのも王としての威厳がとかジャンヌ辺りに説教されそうだ。


(……どうしたもんかな)


 「王様……ちょっと、良いですか?」

 「え?」


 振り向くと、パルシヴァルが俺の服を引いている。何か話したいことがあるらしい。


 「ああ、いいよ。あんまり人に聞かれたくない話?」

 「……はい」

 「じゃ、場所を移そうか」


 そう提案したのは、僅か数分前のこと。会議室の外に出てすぐ俺はパルシヴァルに捕まった。二人で歩きながら探したのは、なるべくなら人気のない通行の少なそうな場所……それでも人の行き来が見える場所。

 ヴァンウィックはもういないのだから、盗聴を気にする必要はない。小声で話せば問題ないだろう。緊急事態が生じた場合、皆の傍から離れるのも揉んだ大だろう。階段を下りながら俺は、ここより上には重臣以外は上って来ないだろうと考える。丁度良いと適当な階段に腰を降ろして、彼にもそうするように促した。


 「それで、パルシヴァル。話って?」


 ジャンヌのお陰で彼は落ち着いたようだ。だからこのまま聞かないことは出来るけど、それは根本的な解決にならない。彼の話をちゃんと聞いておくべきだろう。


 「……もしかしなくても、ユーカーと何かあった?」


 単刀直入な俺の言葉に、彼は少し驚いている。そんな様子は本当に普通の子供なんだけど……


(でも、パルシヴァルはコートカードだ)


 夜中に現れたこの子。それと一緒に現れた雨雲。もしかしてと思ったんだ。パルシヴァルって水の元素と関係があるんじゃないかって。俺は今までイグニスの言葉を疑わなかった。それでも新たにナイトなんてカードが現れた。ペイジはとても特殊なカード。彼が何か迷っているなら無理はさせない方が良い。ヴァンウィックの裏を掻くなら俺達は守りも残さず全員で南下する。その奇襲が一番だ。それでも……


(俺はイグニスとは違う)


 パルシヴァルを……幼い子供をエフェトスのように戦争の道具にはしない。したくない。彼自身がそれを望まないなら、置いていこうと思う。


(物は言い様……だな)


 それって自分の自己満足じゃないか。俺にはイグニスを責める資格なんか無い。エフェトスの件を責める資格もないんだ。イグニスの言うように、南部を取り戻せもしない俺には。


 「王様……」

 「うん」

 「王様は、誰かを殺したことがありますか?」


 これまでの彼の口ぶりから、彼の悩みの方向性は理解していた。それでも実際言われると、落ち着かなくはなる。俺は人を殺したことがない。殺させたこととか、死なせてしまったことならあるが、直接この手で生きた人を殺したことはまだない。エルスを怪我させたことならあるけれど。


 「……まだ、直接はないよ」

 「まだ、ですか?」

 「ああ……」


 そんな俺じゃパルシヴァルの役には立てないかな。彼が一番したいことはなんだろう。そう思って、思い出すのはユーカーの鋭い眼差しだ。


(俺のこれは、優しさじゃない)


 自分の心が解らない。俺がそうしたいと思ったことも、俺のため。

 ユーカーの言うよう、自分のことも話さずに相手のことだけ探ろうとするのは一方的だ。俺はちゃんと話をしなきゃいけない。解りたいと思うなら……俺は何でも話そう。どんなことでも。


 「でも、何時か殺す。俺は道化師を殺すために、カーネフェルを守るために……みんなに守られてるんだ」


 それは何故?


(それは立派な王に……なるためだ)


 自問自答の答えはすぐ出る。それでも立派な王というのを俺は正しく理解していない。

 人として正しい選択だけを、綺麗な答えだけを選ぼうとする。それが王として正しいことだと思った。だけど……そうじゃない。

 俺がそういう風であろうとすることは、周りの人を傷付ける。みんなの罪を被るよと言いながら、俺はみんなに罪を押し付けていたも同然だ。俺は汚れ役をイグニスに、人殺しは騎士のみんなに任せて、綺麗事ばかりを口にしていた。苛つかれても仕方ない。俺に必要だったのは、もっと国のことを考えること。周りを犠牲にしてでも国にとって正しい選択をすることだった。


(覚悟を決めろ。何時までも、迷っては居られない)


 敵は殺す。その命令を出すのは俺だ。ランス達に、自主的な判断で任せない。もし本当にヴァンウィックが敵ならば……俺はランスにだって、父親を排除するよう命令する責任がある。


 「パルシヴァル。君は騎士としての仕事を何だと思っていた?」

 「僕は……」

 「理想と現実が食い違っているなら……無理して俺に、カーネフェルに仕える義務はない。君はまだ子供だ。守られる側の人間で居ても良い」

 「……」

 「そうやって普通に生きて……何時か君が誰かのお父さんになったら、その時は守る側の人間になれば良いんだ。君はペイジだから、審判で無理に死ぬ必要もない」


 選ぼうと思えば、普通の生活に戻れる。人殺しをすることも、殺される恐怖に脅えることもない。そう告げると、彼の瞳が僅かに揺れた。心が揺れているのか。それなら無理に引き留める必要は……

 彼はイグニスの口車に乗せられて、憧れだけで騎士になった。何も解らない子供を騙すようなやり方を続けていっても俺達の関係は改善しない。俺は向き合わないと、みんなと……パルシヴァルと。


(でも……)


 パルシヴァルはペイジだ。イグニスもユーカーもエフェトスもいない今、ジャンヌ以外の大事なコートカードだ。彼がいるといないのでは……勿論いてくれた方が良い。

 パルシヴァルをこのままペイジとして戦線から離脱させるか、ナイトまで育てて……消費するか。

 王になる。それは綺麗事じゃない。俺はこの子の命を犠牲にしてでも、この国を守らなきゃ駄目なんだ。これまで死んだ人達のためにも。そうしなきゃならない。だけど無理強いは出来ない。俺は彼を操らない。彼の意思を引き出して、その上で話し合わなきゃ。


 「パルシヴァル。どうしたいかは、君が決めて良いんだ」


 騎士になりたいと言ったのは彼。それでもこんなのは違うと泣いたのも彼。これからどうしたいのか。ここに残る?ここから逃げる?どちらでも構わない。それでも死にたくないのなら、俺から逃げろ。逃げてくれ。じゃないと俺は君の命を食い潰す。無理に笑って見せた。怖がらせていないだろうか。


 「王様……」


 ふっと彼が小さく笑う。そして俺に手を伸ばし、俺の手に触れた。


 「王様の手……震えてます」

 「え?!」


 隣に座るパルシヴァル。その目を見れば、彼はじっと俺を見ていた。その瞳はもう迷っていない。俺より先に、彼は答えを出したのか。

 優しい目だ。ランスともユーカーとも違う色合い。だけど彼は、彼の目指す騎士像を明確な物として捉えた風だ。


(子供……か)


 そう思って馬鹿にしていた?……そうかもしれない。彼の方が、案外俺よりずっと大人なのかも。


 「僕は、騎士です。僕は僕なりの……騎士の在り方を探していきます。殺すためじゃなくて、守るために」

 「ま、守る?」

 「ジャンヌさんに言われて思ったんです。ジャンヌさんの言うこと……とても素敵だけど、立派だけど……僕には無理です。殺すのって……本当に、取り返しが付かないと思うから。だから僕は、守るし殺さない騎士になりたい。そう思ったんです」

 「パルシヴァル……」

 「勿論、難しいと思うんです。殺さないで戦うこと、殺さないで守ること。それでも最初から諦めちゃいけない。殺したくないなら、殺し合わないでも守れるような状況を作り出す。そうしなきゃ!」


 強く意気込み、彼は笑う。俺の震えを見て、決心したのか?自分より年上で、自分より恐がりで情けない男がいるということを知って。


(いや……)


 パルシヴァルは守るって事を、正しく理解したんだ。俺なんかより、ずっと早く……正しく深く。


 「王様、僕は南に行きます!連れて行ってください!」

 「パルシヴァル……」

 「貴方は言いました。今は守りのカードは置かない。みんなで攻め込むときなんだって」

 「……君が、見たくないものを見てしまうことになるかもしれない」

 「それなら……二度とそんなことが起こらないように、僕は学んで目に焼き付けます」


 何時になく強い光を宿した少年の瞳に、俺はたじろいだ。パルシヴァル、昨夜とは別人だ。都で何があったかわからないけど、その経験は確かに彼を成長させている。

 それでも最後に……もう一度だけ、突き放す。本当にカードとして見ても良いのかと俺は聞く。


 「後悔……しないか?」

 「はいっ!」

 「そっか。それじゃあ……付いて来てくれ」

 「はいっ!」


 差し出した手を、彼は思いきり握り返す。彼の握力なんて大したことはない。それでも僅かに痛いと感じる程だったのは、彼がそれだけ真剣だったからなのだろう。そんな彼の姿に、俺は自分を省みる。


(守る……か)


 それって今のパルシヴァルみたいに、純粋な気持ちのはずだろうに。どうして俺は彼のような目で、この国を見つめられないのだろう。


(いや……)


 それなら尚更、俺には彼が必要だ。俺が忘れていくような心を大切にして持っていられる……彼の純粋さが必要だ。それはきっと、カーネフェルにとっても。


 *


 一時間も経つと、不思議なことに昨晩から続いた雨も……大分雨脚が弱まって来ていた。雲の流れ、風の向き。風は南へ吹いている。予感めいた物は感じた。


 「た、大変ですアルドールっ!」

 「ジャンヌ?」

 「見て下さい、アルドール!机の上にこんな物が!」

 「手紙?」


 一時間後。俺達が叩いた扉の内には、誰もいなかった。

 慌てるジャンヌから手渡されたのは……卓上の手紙。胡弓弾き三人を借り受け先に南下を行うという旨が記されたその手紙には、ランスの名が記されている。そこには俺達は一度旧チェスター領に戻り、万全の状態で進軍しろとも。

 それがランスの導き出した答えかと思うと口から妙な息が出る。それは「ああ、やられたな」と感心するような気持ち?


(それだけじゃない)


 信じてくれと俺は彼に言われ続けていた様な気がする。勿論それを声に出して言われた訳じゃない。でも、彼の目はいつも……そう言っていた。

 ランスは俺のために尽くして仕えてくれるけど、心の底から俺を信頼してはくれない。それでも信頼して欲しい。そんな男をどう信頼すればいいのか。俺は彼の扱いを随分と間違えて来た。

 俺も彼も、いつも扱いやすいユーカーに甘えてばかりいた。それでも彼の不在……その中でランスがはじめて俺を見たんだ。そんな気がする。いつもの俺ならここで慌てて彼を追いかけるよう指示を出す。でもそれは間違いなんだ。間違いだったんだ。


(俺もランスに信用して欲しい)


 ここで追いかけるのは、彼を疑うこと。山賊達の件とは違う。俺はランスを完璧超人だとか根っからの善人だとは思い込まない。彼が最善を尽くしてくれることを期待しながら、彼が持ち帰る結果……それがどんな物であっても受け入れる。それでお帰りって言うのが俺の仕事だ。そうなんだと思う。


(これは戦争なんだ)


 俺は甘えていた。身近な人が何人も殺されて……それでも戦争自体に殺された訳じゃないから甘えていたんだ。カードがあれば何とかなると、俺は思っていなかったか?カード以外の人間と、殺し合うことなんかないんだって。


(イグニスは言っていたな)


 カードになれなかった者は、カードを利用しようとするって。それで願いを叶えようとするんだと。ヴァンウィックもおそらくそうだ。カードだったらイグニスが気付いていたはず。いや、勿論イグニスが敢えて俺に教えなかった可能性もあるけど……そう言うところで彼女は嘘を吐かない。むしろ俺やランスにプレッシャーを掛けてさっさと決断下させるような展開を仕組むはず。


 「はぁ……」

 「アルドール?」


 空の室内、その様子に俺が呆れているのだと思っていたらしいジャンヌ。彼女は不思議そうに俺を見た。それは嘆息する俺が笑っていたからだろう。


 「やっと解ったよ。イグニスはシャトランジアに帰った。それは船を取りに行ってくれたんだと思う。でもそれは……ヴァンウィックも知っていると思うんだ。だから彼はイグニスより後に消えたんだ。自分の都合の良い言付けを残すために」

 「アルドール?何故そこでアロンダイト卿の名が?」

 「……ヴァンウィックはタロック側のスパイだ。それに気付いたからランスは俺に黙って南下したんだ。仕事に私情は挟まないっていう……これは彼の決意だよ」

 「そ、そんな……あのランス様の父君がスパイだなんて。し、信じられません!な、何か証拠は、あるんですか?」

 「彼はアロンダイト領の戦いで生き延びた。死んだのはマリアージュだけ。彼が本当に彼女を庇ったという確証もない。あれは俺達を欺くための演技だったのかもしれない」

 「そ、そんな理由でですか?」

 「それだけじゃない。彼はあまりに神出鬼没だし、俺が誰にも話していない秘密を知っていた。陰で俺達の様子を観察していたとしか思えない。ジャンヌは、俺が服を脱いだところを見たことがある?」

 「い、いいえ……」

 「おかしいと思わない?」

 「そ、それは……冷え性なのかと」

 「そうだよね。普通は俺は王だからこの長袖を怪しいと思っても服を剥ごうとは思わない。でもヴァンウィックは、常日頃から変態を演じることでそうすること、覗くことになんら違和感を抱かせない雰囲気を作り出したんだ」


 室内に緊迫した空気が流れる。それを気まずく思いながら俺は腕を思い切りまくって見せた。それに二人は言葉を無くして立ち尽くす。うん。こういう反応されるのが何となく嫌で、黙ってたんだ。でもランスと話して解った。この空気に負けちゃ駄目なんだって。話が足りなかったんだって。


 「二人には……あんまり俺の話をしたことは無かったよね?」


 俺の言葉に二人は頷く。その無言に負けそうになりながら、俺は必死に何時も通り笑って見せた。


 「俺が王になったのは、奴隷貿易を無くすためだ。混血とか純血とかそういう隔たり無く友達とか恋人になれて、人が人として生きられるように!そんな国が欲しくて俺はカーネフェルの王位を引き受けた」


 ジャンヌとは全く違う理由で俺はここにいる。俺はジャンヌのように立派なことは言えないけれど、俺の心を伝えたい。


 「でも……奴隷じゃなくたって、みんな……苦しんで、悩んで生きている!そうさせているのが戦争だ。カーネフェルが平和な国になれば……そんなことが無くなる!無くすためにも!俺を信じて欲しい!俺に二人の力を貸してくれ!実の父親と戦わなければならない……、今一番辛い思いをしているだろう、ランスのためにも!ランスが敵の目を引いてくれている内に、俺達は次の手まで繋げていくんだ!」

 「アルドール……」

 「王様……っ」


 ジャンヌとパルシヴァルが俺を呼ぶ。そして強く頷き返してくれる。その姿にほっと息を吐き……もう一度吸う。二人に頼み事を伝えるために。


 「それじゃあ俺達はこれより、本拠地へと戻る!今ある兵の半分は引き続きブランシュ領の警備に!残りは俺達と共に旧チェスター領へ!そこで残り半分の兵に旧チェスター領を任せ、それ以外の兵全てを連れて南下する!」

 「アルドール!?そんな大勢の移動、敵の目に付きます。万が一敵の目に止まって一網打尽にされたなら……」

 「ああ。だから二手に分かれる。海沿いと山沿いの二つのルートで南下する」

 「二手に、ですか?」

 「ああ。それぞれのルートで志願兵を拾って行く。俺は真っ直ぐ南下……海沿いはジャンヌ、山沿いはパルシヴァル!頼めるか?」

 「はい!……って、アルドール!?」

 「ぼ、僕にですか!?」


 俺の言葉にジャンヌもパルシヴァルも驚いている。それはそうだろう。


(でも、これが最善だ)


 ランスは最短ルートでザビル河を目指したはず。山賊を討伐した今、山ルートは比較的安全。気をつけるのは海側だ。そこをジャンヌに任せるならば問題なく進軍できる。



 「ああ。これは俺には出来ない。兵を率いるには二人のようなカリスマが……人間的魅力が必要なんだ」

 「ぼ、僕にはそんな……」

 「パルシヴァル。君は幼い。それでも君は騎士だ。さっきの君の言葉を聞いて思ったよ」

 「王様……」


 コートカードは……幸運だと言うだけじゃない。俺が思うに彼らは率いる才能がある。無かったとしても運の良さでカバーできる。それって人間的に魅力があるって事なんだと思うんだ。そう告げればパルシヴァルの説得は完了だ。問題は……もう一人。


 「無茶ですアルドール!兵も守りのカードを一枚も付けずに南下するだなんて!」


 ああ。やっぱりジャンヌはそう言うよね。しかし俺は負けない!ランスがいなくなっていろんな意味で吹っ切れたとかそんなんじゃないけど、プレッシャーが無くなった分、怖い物も無くなっている。要するにとてもハイだ。無駄にハイだ。パルシヴァルの直向きさを見て感動したとでも言っておくと、今の俺の精神状態を言い表すのに一番それっぽい感じがするかも知れない。

 無謀なことは無謀なんだけど、妙な確信がある。こんなの言えばユーカーとかにはまだ信じているのかって馬鹿にされるかもしれないけど。

 俺とイグニスの関係は、信じるとか信じないじゃないんだ。俺がもう頼らないと決めただけ。こんな状況だけど彼女が何をしようとしているかが解るんだ。俺から離れるって言うことは、俺を信頼してじゃない。イグニスは確信している。今、道化師は俺の前に現れない。

 道化師としてもタロックとカーネフェルのカードが殺し合う方が楽なんだから。もし本当にあいつがタロックサイドの人間なら、レーヴェの時だって俺達の前に現れたはずなんだ。道化師は、タロックのカードにも死んで貰いたい。そのはずなんだ。だからまだ俺を殺したりしない。


 「ジャンヌ、南に攻めるなら今しかない。大丈夫、俺にも策はある」

 「……ですが!貴方一人ではっ!」

 「一人じゃない。俺には……ルクリースが、フローリプが……アージン姉さんが居る!」


 勢いよく取り去ったマント。その下から現れた俺の格好に、ジャンヌとパルシヴァルは白けた顔になる。今度は驚いたと言うよりも、若干呆れられている。


 「あ、アルドール……貴方という人は」

 「王様……さっき僕と話した後何処かへ行ったと思ったら」


 パルシヴァルとうだうだ話したのが三十分。ヴァンウィックの手に掛かっていない女装一式を揃えるのに残り三十でやってのけたのだから、少しは褒めてくれても……いや、ごめんなさい。

 でも完璧に仕上げたんだよ?今の俺はさほど可愛くもない、どこからどう見ても芋臭い田舎娘だよ!なかなかこの微妙な感じを出せる奴っていないんじゃないかな。似合う似合わないではなく、芋っぽく農村に良く馴染む俺の女装!ありとあらゆる男と女に恋愛対象外認定を受けること間違い無しだ!


 「な、何だよ二人とも!その微妙な反応は!確かに俺はセレスちゃんとかランスみたいにはいかないけどさ、無策で女装なんかするもんか」


 二人にはドン引きされてるわけですが……俺も俺なりに南下の策を考えた。俺は一人で南下する。ランスが居たらランスと二人でそうするつもりだった。


 「俺はここに来るまで、多くの人に守られた。……そうだ。マリアージュもだな」


 俺の力って、平凡なことだ。女装すれば、本当に何処にでもいるようなカーネフェル女になる。価値がないってこと。それは安全ということだ。

 俺は三つ編みを解いて、髪を二つに結う。俺のツインテールに似合わなさは異常だが、良い感じにウエーブ掛かっていてマリアージュ……もとい髪型だけならエレインっぽい。それに何の意味があるのかと問われたら、心構えとしか言えないけれど。旅の心得を俺はルクリースに教わった。女装もそれだ。フローリプには化粧をされたし、アージン姉さんからは……トリオンフィを託された。


 「……それを活かしたのがこの作戦なんだ」

 「……詳しい話を聞かせて貰えますか?」

 「ああ。二人とも、これを見てくれ」

 「こ、これは……!」


 俺は卓上に地図を広げ、二人を招く。ジャンヌを海沿い、パルシヴァルを山沿いのルートでザビル河まで向かわせる。そして俺が真っ直ぐ南下。その意味は……


 「二人と兵達には、河を塞き止める堤防を築いて貰う。勿論そんな時間はないだろうから、大きな石とかをどんどん河に投げ込んで欲しい」

 「アルドール……そんなもの抱えての進軍は速度が更に落ちますよ?」

 「あ、そっか。……あ!でも確かこのブランシュ領にはタロック軍が残した船がある。タロック軍に怪しまれずに河に近付くために、これを使ってみたらいいと思うんだ」

 「……そう言えばアロンダイト領には、タロック人の男達が居ましたね。彼らを乗組員にすれば敵の目は欺けるかも知れません」


 ジャンヌが唸るように呟いた。この作戦、行けるかも知れない。彼女もそう思い始めているのだろうか?


 「しかしアルドール。これまで船に乗ったことがない者に、船を操縦させるのは簡単ではないでしょう。私は数術など使えませんし」

 「ああ、それなんだけど聖十字の海軍に居たお姉さん達に運転を任せることは任せるし、足りない部分は風で乗り切ればいい」


 要するに、外から見て違和感を悟られなければ良いんだ。レーヴェを仲間に引き込めていたら言うこと無しだったんだけど、そうも言ってはいられない。上からの命令で作業していますと言い訳させるしかないだろう。


 「アロンダイト領の人達はユーカーに心酔している。ユーカーが居ない今、連れ出すのは難しい。だからジャンヌ……彼らにこれを見せてくれ」

 「あ!それセレスさんの!」


 ジャンヌに見せる前にパルシヴァルが食い付いた。不思議そうに眺める彼に十字架を預け、ジャンヌに渡してくれるように頼む。彼はそれを食い入るように見つめた後、溜息の後それをジャンヌに差し出した。


 「王様、いいなぁ」

 「あ、あはははは。ちょっと貸して貰ってるだけだから」


 ああ、これはあれか。アージン姉さんが士官学校卒業する頃、第二ボタンを巡る壮絶な戦いが巻き起こったというのと同じ感じの話か?パルシヴァルは憧れの先輩的なユーカーの身につけている物が欲しかったのか。それを俺が普通に持っているのが羨ましく見えたのか。


(なんだか、可愛いな)


 パルシヴァルはちょっと拗ねている。実に可愛い。普段素直な子がいじけてるのってなんか……いい!昔のギメルを思い出す。懐かしくて鼻血出そう。


 「アルドール?」


 顔赤いですよとジャンヌが不思議がっている。いかんいかん。パルシヴァルに癒されている場合じゃない。


 「えっと……これはユーカーがいつも身につけていたから見せれば彼からの願いだと聞いてくれるはず!これを持ってジャンヌはアロンダイト領に寄りつつ海岸ルートを」

 「はい、解りました」


 折角ユーカーから貸して貰った触媒だけど、南下を急ぐ俺にその役目は引き受けられない。ユーカーには後で謝っておこう。


 「アルドール、では貴方はこれを」


 触媒を受け取ったジャンヌは、代わりにと俺に耳飾りの片方を差し出した。


 「聖十字兵に支給されているこれも触媒だと聞きました。数術の使えない私より、貴方には役立つことでしょう」

 「あ、ありがとう」


 み、身につけるってこれ片耳だけなんだけど。これ付けたら俺の危ない噂がカーネフェル中に広まりそうだ。ジャンヌ、気付いていないんだろうか?……まぁ、ジャンヌならそれで女性の支持も得てくれそうだからいい……の、か。


 「付けないのですか?」

 「え、ああ……う、うん。付けます」


 何も解っていないジャンヌの視線が痛かった。それに逆らえず俺はこそこそと耳飾りを身につける。とりあえず無難に左に付けよう。ジャンヌも左耳だから「あ、私の真似してる?」と微笑ましい感じで俺を見ている。あああ、やっぱりこの人解っていない。いや、女捨ててるジャンヌなら表面上の意味だけは解っているのかも知れない。うあああ……裏の意味まで誰か教えてあげて。いや、それともこれ「お前と政略結婚してもそういう趣味ないからな」って俺が拒絶されているとか。いや、ジャンヌに限ってそんなことは……無いと思うけど。

これまでの反応を見ても、ジャンヌは俺に優しいんだ。特別俺を嫌っているのなら……あんな風に世話を焼いてくれたりしない。


 「アルドール?」

 「王様、顔赤いです」

 「い。いや!な、なんでもないよ!」


 どうして昨晩のことを思い出すんだ。今更、スカート姿のジャンヌのことなんて!


 「アルドール、大丈夫ですか?まだ具合が……」

 「だ、だいじょうぶ!もう昨日ちゃんと寝たし良くなったから!」


 狼狽える俺をジャンヌは小さく笑い、そうですかと頷いた。多分俺が子供みたいに見えたんだろうな。よくわからないけど、何だか悔しい。視線を逸らした俺を労るように、パルシヴァルが頷いていた。彼もみんなに子供扱いされているからきっと、俺の気持ちを解ってくれたんだろうな。俺は何ともなしにパルシヴァルを眺め……そこにある存在の影を思い出す。パルシヴァルの傍には風の元素を纏った存在がある。彼女のことを話すのを忘れていた!


 「そうだ!それから……パルシヴァル、今憑けている精霊をジャンヌに貸して貰えないか?」

 

 突然の俺の申し出に、パルシヴァルは慌てている。俺と精霊の顔を交互に見、困ったように俺を見つめた。


 「え!?む、無理です!僕風のお姉さんに実は嫌われてて!イグニスさんにお願いして貰わないと、僕からじゃ言うこと聞いてもらえません」

 「……というわけで、お願いできないかな?」


 俺はパルシヴァルに憑いている精霊に両手を合わせてお願いしてみる。すると彼女はジャンヌの方へと移動した。この反応、やっぱりそうだ。


 「パルシヴァル、君は風属性とあんまり相性が良くないみたいだ。君のカードの属性はよく分からないけど、ランスのような事例もあるし一概には言えない。それでも一般的に風と相性が悪いのが土、その次が水。逆に風と相性が悪い土と水属性は最高の相性……これもイグニスの受け売りなんだけどさ。俺が思うにパルシヴァルは……実は、ハートカードなんじゃないかな」

 「僕が、ハート……?」

 「ああ」


 パルシヴァルがこっちに来たのと同時にあの雨は現れた。俺が思うにパルシヴァルはクラブじゃない。現に彼の手にはまだ何の紋章も見えない。


 「だからパルシヴァル!君にして貰いたいのは、山沿いのルートで土の精霊を味方にして欲しいってことなんだ」

 「精霊……ですか?」

 「うん。だけど土と風の相性は悪い。今一緒にいる精霊は、スペード……同じ風属性のジャンヌに預かって貰う。それでパルシヴァルは土の精霊を使って、河を塞き止める素材を集める。そして二人は、河まで来たら河の中腹……以前橋が架かっていた辺りまで集合。その間も移動しながら河に沈めて欲しい物がある」


 これから一度湖城に戻るのも、ルートを分けて南下させるのも、大河を蒸発させるだけの触媒を求めてだ。幾ら元素に愛されていても、俺の元々少ない幸福値ではザビル河をどうにかするなんて無理。着火程度にしかならないだろう。だからこそそれが必要。


 「パルシヴァルは山間部の木材を、ジャンヌは南下しながら街を巡って油を!移動しながら各々それを流して欲しい。そうしてくれれば後は俺が、炎の数術で一時的に河の水を蒸発させる。そのために河に流れ込む水量を調節し、水の流れを加速させるんだ。これが上手くいけば、全軍南部に進軍できる……と思うんだけど」

 「アルドール……地図上ではいい手にも思えますが、ザビル河は運河ではありませんし、水位の調節というのもまず無理でしょう。河の水も西から東へ流れて行きますし……貴方の力でもどの程度蒸発させられるか。押し返した分の波が戻ってきたなら大変です。河の周辺に村落のない北部は良いでしょうが……南部はそうもいきません。もし失敗すれば王都が洪水で沈みますよ?」

 「うーん……そっか。そうだよなぁ……」


 それで敵を一掃というのは流石に非人道的過ぎます。ジャンヌにそう言われ、そうだよなぁと俺も落ち込む。そんな俺をじっと見つめる幼い瞳がある。パルシヴァルだ。


 「あの、王様。山ルートが安全って言うのは山賊達がいなくなったってことですよね?」

 「ああ、そうだよパルシヴァル」

 「それじゃ、山賊のアジトだった所には山賊の人達が持っていた財産があるんじゃないでしょうか?」

 「ああ、そっか。それは確かに……でも山賊が持っているような物で使える道具なんて……あれ?あああ!そうだ!でかした!凄いよパルシヴァルっ!」

 「わわっ!」


 興奮した俺は、パルシヴァルの手を取ってぶんぶん振り回す。だって凄い!凄いことを忘れていた!俺は数術船のことを思い出したのだ。あれと同じ原理を用いれば……


(いける!いけるぞこの作戦!)

パルシヴァル回。前章とかの伏線とか説明を繋げられればいいなぁと書いては消し、書いては消し。


アルドールの精神状態の浮き沈み。これもジャンヌの持つ影響力なんだって書ければ良いんだけど。なかなか上手く表現できません。

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